説明

疎水性基板及びその製造方法

【課題】安価な酸化物からなる基板を使用した原子レベルで平滑な表面を有する疎水性基板を提供する。
【解決手段】 劈開性を有する親水性金属酸化物からなり、その劈開面が疎水性官能基を有するシラン化合物で被覆され、表面粗さが、実質的に0.5nm以下であることを特徴とする疎水性基板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水性基板及びその製造方法に関する。更に詳しくは走査型プローブ顕微鏡用基板などに使用される原子レベルでの表面平滑性が要求される高平滑性疎水性基板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
原子レベルでの表面平滑性が要求される基板として、走査型トンネル顕微鏡や原子間力顕微鏡(以下、「AFM」と呼ぶ場合がある。)などの走査型走査型プローブ顕微鏡に用いられる顕微観察用基板が一般に知られている。特に原子間力顕微鏡による観察の場合、高さ方向の分解能が非常に高く、基板表面の凹凸が目標の試料像に反映してしまうため、より広範囲に原子レベルでの平滑性(少なくても凹凸が1nm以下)を有する基板が必要である。
【0003】
また、特許文献1で開示されているように電子基板の集積化、サイズダウンに伴い、基板の製造工程において作製基板上の凹凸がデバイスの性能や歩留まりに大きな影響を及ぼすことが予想され、ナノサイズの金属・半導体微粒子の集積化用の原子レベルで平滑な基板が必要とされている。
【0004】
さらに、近年、有機分子や無機分子をナノレベルで合成・集積・組織化することで構造や物性を精密に制御した素子の開発が望まれている。
【0005】
例えば、特許文献2で開示されているようにバイオセンサー用のタンパク質及び核酸の固定基板(生体物質が固定化された生体物質固定化チップ)において、タンパク質をバイオセンサーの基材として用いる場合、固定化される生体物質の配向性を制御する為に、基板に適切な方向で吸着させる必要がある。この場合、タンパク質の固定は主として、タンパク質表面と基板との疎水性相互作用を利用している。センサーの効率はタンパク質が適切な方向で基板と吸着できているかに依存するため、原子レベルで平滑であり、かつ、疎水性である基板が必要とされている。
【0006】
このように、顕微観察用基板や高感度バイオセンサーや次世代型の電子基板に好適に使用できる疎水性で広い範囲の原子レベルで平滑な基板が必要とされている。
現在、平滑性を持つ疎水性基板として一般的には高配向性グラファイトであるHOPG(Highly Oriented Pyrolytic Graphite)が多く使用されているが、HOPGを劈開した表面は、原子レベルで平滑な面が数百nm2程度であり、高配向性のHOPGは非常に高価であることから、汎用的に用いるには欠点があり、安価で広範囲にわたり原子レベルで平滑な表面を有する基板の開発が望まれている。
一方、マイカは原子間力顕微鏡用の試料基板として一般的に用いられ、比較的安価である。また、その劈開面においては、原子レベルで平滑な面積が1mm2以上であり、HOPGと比較して広範囲の平滑性を有している。しかしながら、マイカの劈開面は親水性であるため、未処理の状態では上記の疎水性基板として使用することはできない。
【0007】
そのため、マイカを適当な方法で処理し、疎水性基板を得る方法が強く望まれている。
非特許文献1には、劈開したマイカ表面をシラン化処理し、表面を疎水化する方法が開示されている。この方法は、劈開したマイカ基板を蒸留洗浄し、さらに200℃でベーキングを行うことにより、表面清浄及び表面の水酸基(OH基)の活性化を行い、その後、表面疎水化剤となるシラン化合物を含む溶液をマイカ基板表面に滴下して表面にコーティング膜を形成し、適当な溶媒でリンスしたのちに真空乾燥を行うことによって、マイカ表面に疎水化性のシラン被膜を形成する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−307725号公報
【特許文献2】特開2005−220028号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】A. G. Lambert, D. J. Neivantdt, R. A. McAloney, and P. B. Davies, Langmuir 16 (2000) 8377.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、非特許文献1記載のマイカ基板をシラン化する方法では、基板に滴下したシラン化合物を含む溶液における溶媒の急激な蒸発が基板全体で起こるため、蒸発に伴う前記溶液の凝集によって、基板に吸着せずに溶液中に残っていたシラン化合物がサブミクロンサイズの凝集体を形成しサブミクロンサイズの凹凸がマイカ表面上に形成され、表面平滑性が失われるという問題があった。結果として、上述のマイカ基板の均一平坦面は、5μm×5μm程度であり、広範囲(20μm×20μm程度)に原子レベルで高精度な平滑性が要求される顕微鏡用基板などへの適用は困難である。
また、特に親水性の高い材料であるシリカと比較すると、マイカ表面の水酸基の数は十分ではなく、マイカ表面水酸基と、表面疎水化剤であるシラン化合物との化学架橋が進行しづらい傾向にある。そのため、マイカ表面が疎水性になるように十分な量のシラン化合物を固定するためには、試料調整から乾燥までの工程において、水分や酸素濃度が特に低い環境を保持する必要があった。
【0011】
かかる状況下、本発明の目的は、マイカなどの安価な酸化物からなる基板を使用して、原子レベルで平滑な疎水性基板を提供することであり、また、該基板を簡便に作製することが可能な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、表面疎水化剤となるシラン化化合物を含む溶液中で劈開性を有する親水性金属酸化物を劈開することで得られる新鮮な親水性基板を大気中に持ち出すことなく直接的にシラン化処理を行ない、大気中の酸素及び水分に急激に触れさせることなく不純物の付着を阻害しながらマイカ基板を徐々にシラン化することで、上記課題が解決可能であることを見出し、本発明に至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
<1> 劈開性を有する親水性金属酸化物からなり、その劈開面が疎水性官能基を有するシラン化合物で被覆され、表面粗さが、実質的に0.5nm以下である疎水性基板。
<2> 前記劈開性を有する親水性金属酸化物が、マイカである前記<1>記載の疎水性基板。
<3> 前記シラン化合物の疎水性官能基が、非置換あるいはハロゲン原子置換の炭素数5〜40のアルキル基である前記<1>または<2>に記載の疎水性基板。
<4> 前記シラン化合物が、オクタデシルトリクロロシランである前記<1>または<2>に記載の疎水性基板。
<5> 前記<1>から<4>のいずれかに記載の疎水性基板からなる顕微観察用基板。
<6> 以下の工程を含む劈開性を有する親水性金属酸化物からなり、表面粗さが実質的に0.5nm以下である疎水性基板の製造方法。
(1)劈開性を有する親水性金属酸化物からなる基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含む非水系溶液中で劈開し、劈開した基板を、前記シラン化合物を含む非水系溶液中で保持し、基板表面をシラン化する工程
(2)シラン化した基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含まない非水系溶媒中に浸漬し、保持する工程
(3)前記非水系溶媒中で保持した後に溶媒を蒸発除去し、基板を乾燥させる工程

<7> 前記劈開性を有する親水性金属酸化物が、マイカである前記<6>記載の疎水性基板の製造方法。
<8> 前記シラン化合物の疎水性官能基が、非置換あるいはハロゲン原子置換の炭素数5〜40のアルキル基である前記<6>または<7>に記載の疎水性基板の製造方法。
<9> 前記シラン化合物が、オクタデシルトリクロロシランである前記<6>または<7>に記載の疎水性基板の製造方法。
<10> 工程(1)と工程(2)の間に、さらに前記シラン化した前記基板を、加圧した溶媒で洗浄する工程を含む前記<6>から<9>のいずれかに記載の疎水性基板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の疎水性基板は、広範囲に原子レベルでの平滑性を有するため、走査型プローブ顕微鏡基板など高精度な平滑性が要求される基板として使用することが可能である。また、本発明の製造方法によると、比較的簡易な器具及び安価な試薬を使用して、広範囲で原子レベルでの平滑性を有する疎水性基板を製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】(a)は実施例1である基板1の原子間力顕微鏡像であり、(b)は(a)における白線部分の高さプロファイルである。
【図2】(a)は実施例2である基板2の原子間力顕微鏡像であり、(b)は(a)における白線部分の高さプロファイルである。
【図3】(a)は比較例1である基板3の原子間力顕微鏡像であり、(b)は(a)の拡大図であり、(c)は(b)における白線部分の高さプロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、劈開性を有する親水性金属酸化物からなり、その劈開面が疎水性官能基を有するシラン化合物で被覆され、表面粗さが、実質的に0.5nm以下(好ましくは0.25nm以下)である疎水性基板に係るものである。
【0017】
ここで、「(その表面粗さが、)実質的に0.5nm以下」とは、少なくとも20μm×20μm(400μm2)の範囲において、0.5nmを超えるの凸凹が観測されないことをいう。なお、基板表面の凹凸は、例えば、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて評価することができる。
【0018】
本発明の基板は、比較的簡易的な器具及び安価な試薬で調製が可能であることに加え、広範囲(20μm×20μm)において、表面粗さが、実質的に0.5nm以下であり、原子レベルで平滑であるため、顕微観察用基板や高感度バイオセンサーや次世代型の電子基板などに好適に使用することができる。この中でも、一般的な原子間力顕微鏡の最大視野は、20μm×20μm程度あることから、本発明の基板は特に顕微観察用基板に適する。
【0019】
本発明の基板に係る、劈開性を有する親水性金属酸化物は、劈開性のあるケイ酸塩鉱物が挙げられ、広範囲で平滑な劈開面が得られるという点で、海緑石、金雲母、黒雲母、白雲母などのマイカが特に好ましい。
劈開性のあるケイ酸塩鉱物は、酸素(O)、珪素(Si)、水酸基(OH)、アルミニウム(Al)からなる層同士がアルカリイオン(A+)で弱く結合された組成とされているため、このアルカリイオン(A+)の結合を解放することで劈開面を形成する。
この劈開面は本発明の基板表面として、前記ケイ酸塩鉱物の劈開面であるため、表面が原子レベルで平滑であることに加え、劈開を行うことにより常にフリーのOH基を持った表面を得ることができ、またコンタミ等の不純物の付着が防げる。
該劈開面の全面には、フリーのOH基が多数存在するため超親水性である。このフリーのOH基が、後述ようにシラン化剤に含まれる疎水性官能基を有するシラン化合物と脱水反応することにより、該劈開面に疎水性官能基を有するシラン化合物が固定される。その結果、この劈開面を表面に有する基板を疎水化することができる。
【0020】
本発明の基板表面は、疎水性官能基を有するシラン化合物で被覆されているため、極めて疎水性が高い。
ここで、本発明で用いられる疎水性官能基を有するシラン化合物が有する疎水性官能基として、好適には非置換あるいはハロゲン原子置換の炭素数5〜40の直鎖状または分枝状アルキル基などが挙げられる。
前記シラン化合物として具体的には、モノメチルシラン、モノメチルトリメトキシシラン、モノメチルトリエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルビニルメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、オクタデシルトリクロロシランなどが挙げられる。この中でも、特に基板表面の疎水化効果が大きいトリハロゲン化シランである、ビニルトリクロロシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、オクタデシルトリクロロシランが好ましく、特にオクタデシルトリクロロシランが特に好適である。
【0021】
基板表面を被覆するシラン化合物の層構造は、十分な表面疎水性と表面平滑性とが両立される限り、一層構造でも多層構造でもよく、使用するシラン化合物の種類に応じて、適宜選択される。この層構造は、後述する製造方法において、シラン化合物を含む溶液の濃度や基板の溶液への浸漬時間などによって、制御することができる。
【0022】
次に本発明の疎水化基板の製造方法について説明する。
本発明の疎水性基板の製造方法は、以下の工程を含むことを特徴とする。
(1)劈開性を有する親水性金属酸化物からなる基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含む非水系溶液中で劈開し、劈開した基板を、前記シラン化合物を含む非水系溶液中で保持し、基板表面をシラン化する工程
(2)シラン化した基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含まない非水系溶媒中に浸漬し、保持する工程
(3)前記シラン化合物を含む非水系溶媒中で保持した後の基板を乾燥する工程
【0023】
以下、各工程について詳細に説明する。
工程(1)は、劈開性を有する親水性金属酸化物からなる基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含む非水系溶液中で劈開し、劈開した基板を、前記シラン化合物を含む非水系溶液中で保持し、基板表面をシラン化する工程である。
【0024】
本発明の製造方法の特徴のひとつは、工程(1)において、劈開性を有する親水性金属酸化物からなる基板をシラン化処理により表面を疎水化し、新鮮な親水性基板を大気中に持ち出さずに、直接的にシラン化することにある。
大気中に持ち出されずに、シラン化合物を含む非水系溶液中で劈開されるため、劈開した基板は、空気中の水分や酸素と接触することなく、常にフレッシュなOH基を有する表面を得ることができ、またコンタミ等の不純物の付着を防ぐことができる。
【0025】
工程(1)において、劈開性を有する親水性金属酸化物からなる基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含む非水系溶液中で劈開する方法は、特に限定されないが、好適な具体例としては、洗浄したピンセットの先端でマイカの端のみをつかんで壁開する方法を挙げることができる。
【0026】
劈開性を有する親水性金属酸化物および疎水性官能基を有するシラン化合物としては、上述の本発明の疎水性基板における説明と同じのものが挙げられる。すなわち、劈開性を有する親水性金属酸化物としてはマイカが好ましく、疎水性官能基を有するシラン化合物の疎水性官能基として、好適には非置換あるいはハロゲン原子置換の炭素数5〜40の直鎖状または分枝状アルキル基などが挙げられ、具体的なシラン化合物としてはモノメチルシラン、モノメチルトリメトキシシラン、モノメチルトリエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルビニルメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、オクタデシルトリクロロシランが挙げられ、特に好適にはオクタデシルトリクロロシランである。
【0027】
本発明の製造方法で用いられるシラン化合物を含む非水系溶液は、上記疎水性官能基を有するシラン化合物を適当な非水系溶媒に溶解した溶液である。
非水系溶媒としては、上記シラン化合物が溶解するものであれば特に限定されるものではない。例えば、ベンゼン、ヘキサン、酢酸エチル、エチルアセテート、メタノール、クロロホルム、ジクロロメタン、四塩化炭素、テトラヒドロフランなどを挙げることができ、これらの1種または2種以上を混合して使用してもよい。また、溶媒は脱水処理したものを用いることが好ましい。これらの溶媒中でも特に四塩化炭素が好適に使用され、特に脱水処理したものが特に好適である。
【0028】
これらの溶媒の量はシラン化合物の質量の100〜100000倍(特には5000〜10000倍)が好ましい。100倍未満であると、シラン化合物の濃度が高すぎて、親水性の基板表面と接触しづらくなり、基板表面のシラン化が十分に起こりづらくなる場合があり、100000倍を超えると、溶液中のシラン化合物の濃度が低すぎて、マイカ表面をシラン化合物で十分に被覆できない場合がある。溶媒使用量がシラン化合物質量に対して、100〜100000倍(特には5000〜10000倍)であると、劈開した基板表面を均一にシラン化合物で被覆することができる。
【0029】
工程(1)における雰囲気は、基板自体が非水系溶媒に浸漬されているため、窒素や希ガスなどの不活性ガス雰囲気に限定されず、酸素を含有する酸化性雰囲気中や大気雰囲気でもよい。但し、不活性雰囲気が好ましい。
【0030】
工程(1)における劈開後の基板の浸漬時間は、前記シラン化合物と基板劈開面の水酸基とが反応する時間があれば特に制限はないが、通常、1時間以上であり、基板表面に十分にシラン化合物を固定するためには、好適には20時間以上である。
【0031】
工程(1)における基板を劈開および浸漬する際の温度は、通常、5〜70℃であり、20〜50℃が好ましく、20〜30℃が特に好ましい。温度が、5℃未満であると、シラン化合物と、基板劈開面の水酸基とが十分に反応しない場合があり、70℃を超えると反応が不均一になり、また、非水系溶液の溶媒である有機溶媒の沸点以上になる場合があるため好ましくない。
【0032】
工程(2)は、工程(1)において、シラン化した基板を疎水性官能基を有するシラン化合物を含まない非水系溶媒中に浸漬し、保持する工程である。
【0033】
上述の工程(1)では、非水非酸素の条件下で基板表面のOH基と、シラン化合物との間の結合は完全には進行していない場合がある。また、シラン化合物が高濃度の溶液を使用した場合には、未反応のシラン化合物が物理的に基板表面に付着している場合もある。
このような状態で乾燥を行うと、シラン化合物が不均一に凝集することが多く、基板表面粗さが大きくなる。
そこで、工程(2)では、工程(1)の後の基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含まない非水系溶媒中に浸漬し、保持することによって、余分な未反応のシラン化合物を取り除く。また、この工程によって、基板表面に結合したシラン化合物の再配列が促進されるため、基板表面のシラン化合物が均一になりやすい。
【0034】
なお、余分な未反応のシラン化合物やその他のコンタミ成分を取り除くという観点からは、工程(1)と工程(2)の間に、基板を加圧した溶媒で洗浄を行う工程を含ませてもよい。ここで、使用する溶媒は、特に限定されないが、工程(2)における溶媒と同じものを使用することが好ましい。また、加圧した溶媒を噴射する方法としては、スポイトや注射器など公知のものを使用すればよい。
【0035】
工程(2)における溶媒としては、上述の工程(1)で説明した非水系溶媒と同じものを使用することができる。工程(1)と工程(2)で異なる種類の溶媒を使用してもよいが、通常、同じものが使用される。また、溶媒は脱水処理したものを用いることが好ましい。
【0036】
工程(2)において、基板を浸漬する時間は、基板表面に十分にシラン化合物を固定するためには、好適には20時間以上であり、特に好適には30時間以上である。
【0037】
工程(3)は、工程(2)において、シラン化合物を含む非水系溶液中で保持した後の基板を乾燥する工程である。
工程(3)は、工程(2)と連続して行ってもよいが、工程(2)と同時に行ってもよい。すなわち、工程(2)において、基板を非水系溶液中に浸漬し、保持した状態から、非水系溶液の溶媒を蒸発させることによって、基板を乾燥させる方法を採用してもよく、この場合、基板を大気に曝す必要がないことから、形成される基板の均一性、生産性の点で有利である。
【0038】
工程(3)における雰囲気は特に限定されるものではなく、酸素を含有する酸化性雰囲気中や大気雰囲気、窒素やアルゴンなどを含有する不活性雰囲気、水素を含有する還元性雰囲気などの雰囲気条件を任意に選ぶことができる。
【0039】
工程(3)において、溶媒を蒸発除去し、乾燥させる方法としては、自然乾燥、加熱乾燥、減圧乾燥などのいずれの方法を用いてもよいが、均一性の高い基板を得るためには、急激な溶媒の蒸発は好ましくないため、自然乾燥が好ましい。好適な乾燥条件としては、温度20〜35℃(より好適には、25〜32℃)であり、かつ、相対湿度40〜80%(より好適には、55〜70%)を挙げることができる。
【0040】
また、工程(3)において、基板を非水系溶液中で浸漬保持した状態から、非水系溶液の溶媒の蒸発速度を制限した条件下で溶媒を蒸発させることによって、基板を乾燥させる方法を採用すると、基板表面で溶媒の急激な凝集が起こることがないため、特に均一性が高い表面を得ることができる。また、目視で完全に乾燥後に1日以上(好適には3日以上)保管すると、表面の均一性がさらに増す傾向にある。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の要旨を越えない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0042】
(実施例1)基板1の作製
ビーカー内の所定量の四塩化炭素(和光純薬工業株式会社製)に対し、所定量のオクタデシルトリクロロシラン(以下、「OTS」、信越化学工業株式会社製)を添加し、スターラーで撹拌することで、0.5MのOTS溶液を得た。
次いで、この溶液中に、適当な大きさのマイカ基板(30×10mm、厚さ0.3mm)を浸漬し、溶液中でマイカ基板をピンセットによって劈開し、そのまま劈開面を24時間浸漬させた。
次いで、液圧を加えた四塩化炭素で浸漬後の基板表面をリンスし、さらに、処理したマイカ基板はかき混ぜながら新鮮な四塩化炭素中で三分間のリンスを2度行った。その後、口径1cm、高さ3cmのガラス製容器に、10mLの四塩化炭素中に24時間放置し、その後ふたをアルミホイルに変えピンセットで蒸発用の穴(2つ)を開けた。溶媒の蒸発が完了した7日後、マイカ基板を取り出して再度四塩化炭素中でリンスを行い、実施例1となる基板1を得た。なお、すべての工程は、室温25℃、湿度40%の条件下で行った。
【0043】
(実施例2)基板2の作製
アルミホイルに明ける蒸発用の穴の数を3つにした以外は、実施例1と同様にして、実施例2となる基板2を得た。なお、溶媒の蒸発は6日で完了した。
【0044】
(比較例1)基板3の作製
大気中でピンセットによって劈開したマイカ基板を、超純水の蒸気をあてることにより、基板表面の蒸留洗浄を行った。次いで、基板を熱したガラスプレート(約200℃)上に置き、水分を蒸発させた。
次いで、基板を窒素雰囲気のグローブボックス(室温25℃)に入れ、基板表面にシリンジによって、0.5MのOTS溶液(溶媒:ヘキサデカン/クロロホルム(モル比1/3))を滴下し、24時間放置し、溶媒を蒸発させてOTSの被膜を形成した。
OTS被膜の基板を新鮮なヘキサデカン/クロロホルム(モル比1/3)に浸漬し、3分ずつかきまぜながらリンスした。次いで、溶媒をクロロホルムに変え、さらに2度リンスを行った。最後にデシケーター中で真空乾燥することにより、比較例1となる基板3を得た。
【0045】
「評価」
(1)疎水性評価
室温(25℃)、湿度40%の条件下、基板1の表面へ15μLの超純水の水滴を落とした。その後、接触角を接触角計(協和界面科学株式会社製、FACE)を使用して評価したところ、基板1〜3すべての基板表面が疎水化しているかことが確認された。
【0046】
(2)AFM観察
原子間力顕微鏡(AFM,セイコー電子工業(株)製 SPI3700型)を使用して、
室温(25℃)、湿度40%の条件下、基板1の表面のAFM像を、Constant Force モードで得た。得られた像は、全てAuto Linearize処理を行い、必要に応じてFLAT-AUTO処理を施した。カンチレバーは窒化ケイ素の探針を持つトライアングル型のバネ定数0.02と0.09N/mのものを用いた。
【0047】
図1(a)は、基板1(実施例1)の表面の無作為に選んだ領域を20μm×20μmの分解能で観察したAFM像であり、図1(b)は、(a)における白線部分の高さプロファイルである。図1(a)から、目立った凹凸や模様はなく、表面の均一性が高いことがわかる。また、図1(b)から基板表面の粗さ(高低差)は0.25nm以下であることが確認された。この領域以外にも5カ所での観察を行ったが、すべての箇所で図1と同様であり、目立った凹凸は確認されなかった。
【0048】
図2(a)は、基板2(実施例2)の表面の無作為に選んだ領域を20μm×20μmの分解能で観察したAFM像であり、図2(b)は、(a)における白線部分の高さプロファイルである。
図2(a)から、基板2(実施例2)の表面は、基板1(実施例1)と同様に、均一性が高いことが確認された。また、図2(b)から基板表面の粗さ(高低差)は0.25nm以下であることが確認された。
この領域以外にも5カ所での観察を行ったところ、一部の箇所で数点1〜2nm程度のドットが確認されたが、その部分を除けば、基板表面の粗さ(高低差)は、0.25nm以下であり、全体的な平滑性は保たれていた。ドットの高さ、サイズからOTSの三次元凝集体と推測される。
【0049】
図3は、基板3(比較例1)の表面の無作為に選んだ領域を観察したAFM像であり、(b)は(a)の拡大図であり、(c)は(b)における白線部分の高さプロファイルである。
図3(a)から、表面全体にまだらの模様が確認され、基板1,2と比較して、表面の均一性が低いことがわかる。また、図3(b)、(c)に示すように、長さ200nm以上、高さ2.5nm大きな凝集体も多数確認された。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の疎水性基板は、広範囲に原子レベルでの平滑性であり、現在一般に疎水平滑平面基板として使用されているHOPGにくらべてコストパフォーマンスが極めて高いため、原子間力顕微鏡観用基板などの市場への参入が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
劈開性を有する親水性金属酸化物からなり、その劈開面が疎水性官能基を有するシラン化合物で被覆され、表面粗さが、実質的に0.5nm以下であることを特徴とする疎水性基板。
【請求項2】
前記劈開性を有する親水性金属酸化物が、マイカである請求項1記載の疎水性基板。
【請求項3】
前記シラン化合物の疎水性官能基が、非置換あるいはハロゲン原子置換の炭素数5〜40のアルキル基である請求項1または2に記載の疎水性基板。
【請求項4】
前記シラン化合物が、オクタデシルトリクロロシランである請求項1または2に記載の疎水性基板。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の疎水性基板からなる顕微観察用基板。
【請求項6】
以下の工程を含むことを特徴とする劈開性を有する親水性金属酸化物からなり、表面粗さが実質的に0.5nm以下である疎水性基板の製造方法。
(1)劈開性を有する親水性金属酸化物からなる基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含む非水系溶液中で劈開し、劈開した基板を、前記シラン化合物を含む非水系溶液中で保持し、基板表面をシラン化する工程
(2)シラン化した基板を、疎水性官能基を有するシラン化合物を含まない非水系溶媒中に浸漬し、保持する工程
(3)前記非水系溶媒中で保持した後に溶媒を蒸発除去し、基板を乾燥させる工程
【請求項7】
前記劈開性を有する親水性金属酸化物が、マイカである請求項6記載の疎水性基板の製造方法。
【請求項8】
前記シラン化合物の疎水性官能基が、非置換あるいはハロゲン原子置換の炭素数5〜40のアルキル基である請求項6または7に記載の疎水性基板の製造方法。
【請求項9】
前記シラン化合物が、オクタデシルトリクロロシランである請求項6または7に記載の疎水性基板の製造方法。
【請求項10】
工程(1)と工程(2)の間に、さらに前記シラン化した前記基板を、加圧した溶媒で洗浄する工程を含む請求項6から9のいずれかに記載の疎水性基板の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−249696(P2010−249696A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−100159(P2009−100159)
【出願日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【Fターム(参考)】