説明

疲労き裂進展シミュレーション方法

【課題】構造体が最終破断に至るような疲労き裂進展を対象としたシミュレーション技術であって、汎用的で実用性のあるシミュレーション技術を提供すること。
【解決手段】構造体を形成する材料の疲労特性から算出される累積損傷値に基づいた疲労き裂進展シミュレーション方法において、構造体の表面からの距離、もしくは、前回の繰り返し荷重サイクルまでのシミュレーションの結果によって疲労き裂と判断された領域からの距離に依存する係数をシミュレーションによる損傷値に乗じた値を損傷値として、前回の繰り返し荷重サイクルまでのシミュレーションによる累積損傷値に加算して、累積損傷値を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造体の疲労き裂進展シミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器の高集積化に伴い、電子部品が表面実装の形態でプリント基板に対してはんだ接合されるのが一般的になっている。電子機器に温度変動が生じると、線膨張率や温度変化の差異に伴い、電子部品とプリント基板との間に膨張差が生じる。このように生じた熱応力場においては、構造上最も柔らかいはんだ接合部にひずみが集中する傾向にあり、熱疲労破壊に起因する断線を防止することが重要課題になっている。
【0003】
こうした背景から、本発明の発明者らは、材料損傷則に基づくき裂進展解析法や、FEM解析によって算出されたクリープJ積分範囲に基づくき裂進展挙動評価について報告している(非特許文献1参照)。
この場合において、材料損傷則に基づく疲労き裂進展シミュレーション方法は、応力範囲や非弾性ひずみ範囲などのパラメータと材料の疲労特性から算出される損傷値を累積し、これが一定の限界値に達すると疲労き裂が進展するとした方法である。この方法は、未損傷材料から形成される構造体表面から発生する初期の疲労き裂の評価に関しては原理的な妥当性がある。しかしながら、構造体の内部領域において、疲労き裂の到達以前に有意な損傷値が生じる場合は、損傷値を単純に累積することの妥当性は乏しい。したがって、一定の制約条件下のみで有効な手法であり、構造体が最終破断に至るような疲労き裂進展を対象とした汎用性のあるシミュレーションは難しい。
【0004】
また、有限要素法などを利用した疲労き裂進展シミュレーションを活用して破断寿命を予測する方法において、破壊力学パラメータに基づく疲労き裂進展シミュレーションは最も実績のある方法である。しかしながら、詳細な有限要素モデルを用いて、疲労き裂先端におけるJ積分範囲、あるいはクリープJ積分範囲などの破壊力学的パラメータを経路積分により算出して評価するためには、多大な計算量が必要とされる。したがって、構造体の最終破断までをシミュレーションする方法としては実用性に乏しい。
【0005】
上述のように、従来方式での疲労き裂進展シミュレーションには、次のような問題があった。
すなわち、破壊力学パラメータに基づく疲労き裂進展シミュレーションには計算量の課題があり、また、材料損傷則に基づく疲労き裂進展シミュレーションには適用範囲に制約条件があるため、構造体が最終破断に至るような疲労き裂進展を対象とした汎用性のあるシミュレーション手法はあまり見当たらない状況であった。
【非特許文献1】向井他「はんだバンプ接合部のき裂進展挙動評価」日本機械学会論文集(A編)67巻655号(2001−3)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、構造体が最終破断に至るような疲労き裂進展を対象としたシミュレーション技術であって、汎用的で実用性のあるシミュレーション技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の局面に係る疲労き裂進展シミュレーション方法は、構造体を形成する材料の疲労特性から算出される累積損傷値に基づいた疲労き裂進展シミュレーション方法であって、構造体の表面からの距離、もしくは、前回の繰り返し荷重サイクルまでのシミュレーションの結果によって疲労き裂と判断された領域からの距離に依存する係数をシミュレーションによる損傷値に乗じた値を損傷値として、前回の繰り返し荷重サイクルまでのシミュレーションによる累積損傷値に加算して、累積損傷値を求めることを特徴とする。なお、本発明は、プログラムの発明としても成立する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、構造体が最終破断に至るような疲労き裂進展を対象とした汎用性かつ実用性のあるシミュレーションが可能となり、かつ各種機器の信頼性設計の低コスト化に貢献する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。本発明は、入出力装置と、記憶装置と、演算装置(CPU)とを有する汎用のコンピュータや、パーソナルコンピュータ等で実現可能である。従って、その構成及び説明については、省略する。なお、本発明は、構造体一般を対象とした疲労き裂進展シミュレーション方法であり、対象とする構造体に制約はない。しかし、下記の説明では、電子機器で用いられるはんだ接合部の疲労き裂進展シミュレーションを代表的な適用例として取り上げる。
【0010】
図1は、はんだ接合部の疲労破壊現象を説明するための図である。図1において、(a)は、BGA型半導体パッケージ12が複数のはんだバンプ接合部11を介して回路基板14の上に実装されるようすを示しており、(b)は1つのはんだバンプ接合部11を拡大して示す図である。
【0011】
BGA(Ball Grid Array)型半導体パッケージ12は、多数の電気的接合部を有する代表的な電子部品である。BGA型半導体パッケージ12は半導体チップ13を搭載しており、回路基板14の上に、はんだバンプ接合部11を用いて実装される。この場合において、BGA型半導体パッケージ12と回路基板14は線膨張率に差がある。このため、図1(b)の矢印で示すように、電子機器の動作や、環境温度の変動に起因する温度変動により、BGA型半導体パッケージ12と回路基板14の間には、両者の線膨張率に起因した繰り返しの相対変形が生じる。その結果、はんだバンプ接合部11には厳しい応力が繰り返し加わることにより、疲労き裂15が発生する可能性が高くなる。さらに、疲労き裂15が進展して最終破断にいたると接合信頼性が著しく低下する。
【0012】
この場合において、はんだバンプ接合部11における熱応力は、上記のように、電子機器の動作や、環境温度の変動に起因する温度変動に起因して生じるため、低ひずみ速度領域での変形となる。なお、このときのはんだバンプ接合部11の非弾性挙動は、一般に塑性変形とクリープ変形が重畳して生じる。
【0013】
この場合において、具体的には、疲労き裂に対する破断の寿命Nfは、
Nf=αεin−β
ただし、α、β:定数
εin:非弾性ひずみ範囲
であり、損傷値は寿命Nfの逆数(=1/Nf)で与えられる。
【0014】
本実施形態の処理の流れを、図2を参照して説明する。図2は、本発明の一実施形態に係る疲労き裂進展シミュレーションの処理の流れを示すフローチャートである。なお、上記したように、本実施形態に係る疲労き裂進展シミュレーション方法は、装置でも実現可能であるが、コンピュータで読み取り可能なプログラムで実現可能である。なお、以下の手順は、すべてコンピュータで読み取り可能なプログラムをコンピュータで実行したものとして説明する。
【0015】
まず、対象とする構造体に繰返し荷重1サイクルを与えた有限要素解析を行う(ステップS1)。その結果から、各計算点において損傷値を算出するための力学的パラメータが出力される(ステップS2)。損傷値を算出するための力学的パラメータは応力範囲や非弾性ひずみ範囲などの値が用いられる。また、これと併せて、当該計算点の座標値も出力される。
【0016】
力学的パラメータが出力されたら、損傷値を算出するための力学的パラメータと当該構造物を形成する材料の疲労特性から損傷値が算出される(ステップS3)。その一方で、構造体の表面、もしくは、既に疲労き裂と判断された領域から、損傷値を計算する計算点までの距離が座標値を用いて計算され、その距離に依存する関数に従って損傷値の影響係数が算出される(ステップS4)。なお、ステップS3とステップS4の処理は、並列に実行する必要はなく、ステップS3の処理を先に実行した後にステップS4の処理を実行しても良いし、その逆に、ステップS4の処理を先に実行した後にステップS3の処理を実行しても良い。
【0017】
本発明の実施形態では、この損傷係数を用いる手順を備えたことが特徴となっているが、この損傷係数について簡単に説明する。上記のように、損傷係数は、表面からの距離に依存する関数であり、表面からの距離が所定の距離以下であれば損傷係数を1とし、所定の距離以上であれば、材料に応じて、例えば、
(1) 所定の距離を越えた時点で、0とする。
(2) 所定の距離を越えた時点から、距離が長くなるにつれて(反比例して)、損傷係数を減少させる。
等の値が与えられる。なお、ここで、所定の長さは、計算の対象とする構造体の表面、もしくは、既に疲労き裂と判断された領域近傍領域を定義しており、構造体を形成する材料の数結晶粒分相当の長さであることが一般的であって、(結晶粒分の長さ)×(5〜10)であり、特に構造体がはんだの場合には、(結晶粒分の長さ)×(5〜6)が好ましい。
【0018】
次に、計算点における累積損傷値に、ステップS3で算出された損傷値とステップS4で算出された損傷係数を乗じた値を加算する(ステップS5)。そして、累積損傷値が予め設定された限界値より大きいか否かを判断する(ステップS6)。なお、この累積損傷値の限界値は、一般的に1が用いられるので、本実施形態でも1とする。
【0019】
ステップS6において、累積損傷値が、1を越えた場合には(ステップS6のY)、当該計算点を疲労き裂領域として判断し、次回以降の繰り返し荷重サイクルの有限要素解析の準備として当該計算点にて累積損傷値に応じた疲労き裂のモデル化を行う(ステップS7)。そして、ステップS2の処理へ進み、次の計算点について同様の解析を行う。なお、累積損傷値が1以下の時は(ステップS6のN)、ステップS1の処理に進み、次サイクルの解析を行う。
【0020】
ステップS7におけるモデル化について、疲労き裂は、幾何学的な有限要素モデルとしてモデル化する場合や、材料特性モデルの剛性を低下させる場合がある。材料特性モデルの剛性を低下させる方が簡便で取扱いが容易であるので、材料特性モデルの剛性を低下させる方が好ましい。なお、材料特性モデルの剛性は周知のようにヤング率で定義され、この材料特性モデルの剛性を低下させるために、例えば、ヤング率を100分の1から1000分の1にする。
【0021】
上記のような一連の処理を繰返すことにより、疲労き裂領域が拡大し、疲労き裂進展のシミュレーションが可能となる。
【0022】
上記のような処理を実行したシミュレーション事例の結果について図3及び図4を参照して説明する。図3は、シミュレーションに供したはんだバンプ接合部の有限要素モデルである。図4は、シミュレーションで得られた累積損傷値の分布図である。
【0023】
図3に示すように、本シミュレーションでは、単一のはんだバンプ接合部の2分の1の領域をモデル化している。そして、図3中の矢印のように繰り返し相対変形を与えた場合について、シミュレーションを実施した。なお、繰り返し荷重1サイクル毎に損傷値を逐次計算することは計算時間の観点から現実的ではないため、1サイクルの計算結果から得られる損傷値を定数倍する(例えば、10サイクル分の損傷値は、単純に10倍する)ことで近似的にそのサイクル分の損傷値として計算を進めた。
【0024】
図4において、黒色表示は累積損傷値が限界値に達した領域であり、これが疲労き裂と判断された領域となる。図4(a)〜(c)に示すように、100サイクルから520にサイクルにかけて、疲労き裂と判断された領域が界面近傍において全周囲から中心に向かって拡大している。この結果は、実際に観察される疲労き裂進展挙動と符号している。特に、図4(c)は520サイクル相当経過後に累積損傷値が限界値に達した領域、すなわち疲労き裂と判断された領域を示しているが、疲労き裂と判断された領域が中心部にまで到達しているため、接合部が最終破断に至ることが読み取れる。このように、本実施形態に係るシミュレーション方法であれば、従来困難であった最終破断に至るまでの疲労き裂進展挙動の予測が、精度良く比較的容易にできる。なお、本実施形態に係るシミュレーション方法における計算量は、破壊力学パラメータに基づく疲労き裂進展シミュレーションに比べて、10〜100分の1となるので、現実的な計算量で、疲労き裂進展挙動の予測ができる。
【0025】
上記のように、構造体が最終破断に至るような疲労き裂進展を対象としたシミュレーションにおいて、汎用的で実用性のあるシミュレーション技術を提供できる。
【0026】
なお、本発明は上記実施形態そのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。さらに、異なる実施形態にわたる構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】はんだ接合部の疲労破壊現象を説明するための図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る疲労き裂進展シミュレーションの処理の流れを示すフローチャートである。
【図3】シミュレーションに供したはんだバンプ接合部の有限要素モデルである。
【図4】シミュレーションで得られた累積損傷値の分布図である。
【符号の説明】
【0028】
11…バンプ接合部
12…BGA型半導体パッケージ
13…半導体チップ
14…回路基板
15…疲労き裂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造体を形成する材料の疲労特性から算出される累積損傷値に基づいた疲労き裂進展シミュレーション方法において、
構造体の表面からの距離、もしくは、前回の繰り返し荷重サイクルまでのシミュレーションの結果によって疲労き裂と判断された領域からの距離に依存する係数をシミュレーションによる損傷値に乗じた値を損傷値として、前回の繰り返し荷重サイクルまでのシミュレーションによる累積損傷値に加算して、累積損傷値を求めることを特徴とする疲労き裂進展シミュレーション方法。
【請求項2】
前記構造体の表面からの距離、もしくは、前回の繰り返し荷重サイクルまでのシミュレーションの結果によって疲労き裂と判断された領域からの距離が所定の距離以下である場合には、前記係数の値を1とし、該距離が所定の距離を超える場合には、前記構造体の当該部位の表面からの距離、もしくは、前回の繰り返し荷重サイクルまでのシミュレーションの結果によって疲労き裂と判断された領域からの距離に応じて前記係数の値を0〜1の間とすることを特徴とする請求項1に記載の疲労き裂進展シミュレーション方法。
【請求項3】
累積損傷値が限界値に達したために疲労き裂と判断された領域は、次回の繰り返し荷重サイクル以降において、当該領域の材料特性モデルの剛性を低下させることで疲労き裂の発生と進展をシミュレーションすることを特徴とする請求項1に記載の疲労き裂進展シミュレーション方法。
【請求項4】
前記構造体は電子機器で用いられるはんだ接合部であり、塑性やクリープなどの非弾性ひずみ範囲と低サイクル疲労特性から算出される損傷値を累積した値を累積損傷値とすることを特徴とする請求項1に記載の疲労き裂進展シミュレーション方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−116255(P2008−116255A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−297978(P2006−297978)
【出願日】平成18年11月1日(2006.11.1)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】