説明

疾患モデル動物、細胞、組織、精巣、交配用動物、生殖細胞生産方法、生殖細胞、培養細胞、スクリーニング方法、医薬組成物、妊孕性診断キット、検出方法、ポリヌクレオチド、ポリペプチド、及び抗体

【課題】低妊孕性又は不妊症の病態や治療法を研究する上で有用なツールを提供する。
【解決手段】ジーンターゲッティング技術によりMeichroacidin(MCA)遺伝子の第1エクソンを欠失させたMCAホモ欠損マウスは、精巣内では精細胞が見られるものの、副精巣において精子が見られず無精子症を呈する。従って、このMCAホモ欠損マウスは、無精子症のモデル動物として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は疾患の現象解明や治療法の確立に有用な疾患モデル動物などのツールに関するものである。また、本発明は、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を可能にする技術に関するものでもある。
【背景技術】
【0002】
近年、少子化の問題が頻繁に取り上げられ、この問題を解消するために様々な対策が模索されている。少子化の対策として、不妊症により子供を授からない夫婦を救済することが重要であることは言うまでもない。
【0003】
非特許文献1では、子供を望む夫婦のうちの約15%が2年たっても妊娠できないことが報告されている。近年では、体外受精(IVF;In Vitro Fertilization)の技術発展により、精子の活動能が低い場合においても妊娠出産が可能になっているが、不妊の背後にある分子メカニズムは依然として明らかになっていない。
【0004】
非特許文献2によると、マウスにおける雄性不妊の研究により、妊孕性に影響を与える多くの遺伝子の存在が明らかになっており、これらの遺伝子の変異がヒトにおいても男性不妊を引き起こす一因となっている可能性がある。
【0005】
哺乳類の雄性生殖細胞の成熟は、数々の構造的及び機能的変化を経てなされる。その過程は精子形成と呼ばれ、主として(1)精原細胞の増殖及び分化、(2)精母細胞の前期段階における減数分裂、及び(3)半数体円形精子細胞から精子への分化の際の急激な形態変化、の3つの段階を含んでいる。
【0006】
上記の(2)の減数分裂期に特異的に発現するタンパク質として、Meichroacidin(以下「MCA」という)が知られている。MCA遺伝子は、最初にマウスにおいて単離された(非特許文献3)。その遺伝子産物は、パキテン期精母細胞の細胞質に発現し、減数分裂期に核膜が消失すると染色体や紡錘体に結合することが分かっている。このことから、上記の遺伝子産物はMale Meiotic Metaphase Chromosome-Associated Acidic Proteinの頭文字をとってMeichroacidinと名付けられた。MCAタンパク質は特異的なアミノ酸の反復配列を含んでおり、後にこの反復配列はMORNモチーフと名付けられた(非特許文献4)。
【0007】
その後、ヒトMCA遺伝子も単離され、解析の結果、ヒトMCAタンパク質は精子の鞭毛、基底小体及びアクロソームにおいて発現していることが明らかになった(非特許文献5)。また、マウスにおいてMCAタンパク質が精子の鞭毛にも発現していることも明らかになった。
【0008】
なお、MCAタンパク質は、ヒトやマウスなどの哺乳動物だけでなく、コイやホヤの精子の鞭毛にも発現していることが知られている(非特許文献6,7)。
【非特許文献1】de Kretser DM et al., J Clin Endocrinol Metab. 1999; 84: 3443-3450.
【非特許文献2】Matzuk MM et al., Nat Cell Biol. 2002; 4(Supp1): S41-S49 / Nat Med. 2002; 8 (Supp1): S33-S40.
【非特許文献3】Tsuchida J et al., Dev Biol. 1998 May 1;197(1):67-76.
【非特許文献4】Takeshima H et al., Mol Cell. 2000 July ;6(1):11-22.
【非特許文献5】Yasuhiro M et al., Reproductive Medicine and Biology. 2005; 4: 213-219.
【非特許文献6】Ju TK and Huang FL., Biol Reprod. 2004 Nov; 71(5):1419-1429. Epub 2004 Jun 23.
【非特許文献7】Satouh Y et al., Mol Biol Cell. 2005 Feb; 16(2):626-636. Epub 2004 Nov 24.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、男性不妊の病態や治療法を研究する際に有用なツールとなる疾患モデル動物は未だ十分に得られていない。一口に男性不妊といっても、その原因は、生殖細胞自体の欠失から精子の受精不全まで多岐に渡る。従って、病態に応じた有効な治療法を確立するためには、様々な男性不妊モデル動物を得ることが望まれている。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その第1の目的は、低妊孕性又は不妊症の病態や治療法を研究する上で有用なツールを提供することにある。
【0011】
また、男性不妊を診断するための有効な遺伝子診断方法も、未だ十分に確立されていない。
【0012】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その第2の目的は、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明者は、後述する実施例に示すように、MCA遺伝子が欠損し、MCAを発現しないMCA欠損マウスを作製した結果、このマウスが不妊症になることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、上記第1の目的を達成するために、本発明に係る疾患モデル動物は、正常なMCAタンパク質の発現が低下し、低妊孕性又は不妊症を呈するオスの非ヒト哺乳動物であることを特徴とする。
【0015】
或いは、本発明に係る疾患モデル動物は、正常なMCAタンパク質が発現しないオスの非ヒト哺乳動物であることを特徴とするものであってもよい。
【0016】
さらに或いは、本発明に係る疾患モデル動物は、MCA遺伝子が欠損したオスの非ヒト哺乳動物であることを特徴とするものであってもよい。
【0017】
これにより、低妊孕性又は不妊症の新規のモデル動物が提供される。
【0018】
また、上記疾患モデル動物は、低妊孕性又は不妊症を呈することが好ましい。また、上記非ヒト哺乳動物はマウスであることが好ましい。また、上記疾患モデル動物は無精子症を呈することが好ましい。
【0019】
本発明に係る細胞は、上述した疾患モデル動物から単離されたものであることを特徴とする。また、本発明に係る別の細胞は、MCA遺伝子が欠損又は変異し、低妊孕性又は不妊症を呈するヒト男性から単離されたものであることを特徴とする。なお、上記細胞は、生殖細胞であることが好ましい。
【0020】
本発明に係る精巣内の組織又は精巣は、上述した疾患モデル動物又は上述したヒト男性から単離されたものであることを特徴とする。
【0021】
本発明に係る交配用動物は、上述した疾患モデル動物を作製するための交配に用いられ、MCA遺伝子の一部又は全部が欠損している非ヒト哺乳動物であることを特徴とする。この交配用動物を用いれば、上述した疾患モデル動物を容易に作製することができる。
【0022】
本発明に係る生殖細胞生産方法は、低妊孕性又は不妊の雄性生殖細胞を生産するための生殖細胞生産方法であって、オスの哺乳動物由来の培養細胞又はオスの哺乳動物から単離された細胞である哺乳動物細胞が有するMCA遺伝子を欠損させる遺伝子欠損工程と、上記遺伝子欠損工程によってMCA遺伝子が欠損した哺乳動物細胞を生殖細胞へ分化させる分化誘導工程とを含んでいることを特徴とする。
【0023】
本発明に係る生殖細胞は、オスの非ヒト哺乳動物の生殖細胞であって、MCA遺伝子が欠損し、低妊孕性又は不妊を呈することを特徴とする。
【0024】
本発明に係る培養細胞は、ヒト男性由来の培養細胞であって、MCA遺伝子が欠損し、低妊孕性又は不妊を呈する生殖細胞であることを特徴とする。
【0025】
本発明に係るスクリーニング方法は、低妊孕性又は不妊症の治療薬の候補化合物をスクリーニングするためのスクリーニング方法であって、上述した疾患モデル動物、細胞、組織若しくは精巣、雄性生殖細胞、生殖細胞、又は培養細胞に対して上記候補化合物を作用させ、その結果を評価する工程を含んでいることを特徴とする。
【0026】
本発明に係る低妊孕性又は不妊症の治療及び/又は予防用医薬組成物は、上述したスクリーニング方法によって得られた化合物を主成分として含むことを特徴とする。
【0027】
また、上記第2の目的を達成するために、本発明に係る妊孕性診断キットは、ヒトMCA遺伝子の欠損又は変異の有無を検出するための試薬を含んでいることを特徴とする。
【0028】
上記試薬は、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒトMCA遺伝子の翻訳領域の第92位の塩基および第121位の塩基のうちの少なくとも一方の塩基の変異の有無を検出するものであることが好ましい。
【0029】
具体的には、上記試薬は、ヒトMCA遺伝子の上記第92位の塩基および第121位の塩基のうちの少なくとも一方の塩基を含む領域を増幅させるためのプライマーの組と、上記領域の塩基配列を決定するための塩基配列決定試薬とを含んでいてもよい。
【0030】
或いは、上記試薬は、上記変異の有無をインベーダー法によって検出するものであってもよい。
【0031】
さらに或いは、上記試薬は、上記変異の有無をSMMD法によって検出するものであってもよい。
【0032】
また、上記第2の目的を達成するために、本発明に係る検出方法は、ヒトから単離された生体サンプルを用いて上記ヒトにおける遺伝子の欠損又は変異を検出する検出方法であって、ヒトMCA遺伝子の欠損又は変異の有無を検出する工程を含んでいることを特徴とする。
【0033】
MCA遺伝子の欠損又は変異は男性の妊孕性に影響を与えるため、上記妊孕性診断キット又は検出方法により、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定が可能になる。
【0034】
また、上記第1の目的を達成するために、本発明に係るポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第92位の塩基がシトシンに置換した塩基配列からなることを特徴とする。
【0035】
また、上記第1の目的を達成するために、本発明に係る別のポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第121位の塩基がアデニンに置換した塩基配列からなることを特徴とする。
【0036】
また、上記第1の目的を達成するために、本発明に係るさらに別のポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第92位の塩基がシトシンに置換し、さらに第121位の塩基がアデニンに置換した塩基配列からなることを特徴とする。
【0037】
なお、上記ポリヌクレオチドは、低妊孕性又は不妊症に関与するものであることが好ましい。
【0038】
また、本発明に係るポリペプチドは、上述した何れかのポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなることを特徴とする。
【0039】
上記のポリヌクレオチド又はポリペプチドは、低妊孕性又は不妊症の病態や治療法を研究する上で有用なツールとして利用することができる。
【0040】
また、上記第2の目的を達成するために、本発明に係る抗体は、上述したポリペプチドと結合し、かつ、ヒト野生型MCAポリペプチドと結合しないことを特徴とする。
【0041】
また、上記第2の目的を達成するために、本発明に係る検出方法は、ヒトから採取された生体サンプルを用いて上記ヒトにおいて発現しているMCAポリペプチドの変異を検出する検出方法であって、上述した抗体によってMCAポリペプチドの変異を検出する工程を含んでいることを特徴とする。
【0042】
また、上記第2の目的を達成するために、本発明に係る別の妊孕性診断キットは、抗ヒトMCA抗体を含んでいることを特徴とする。
【発明の効果】
【0043】
以上のように、本発明に係る疾患モデル動物は低妊孕性又は不妊症を呈するので、その個体、細胞、組織及び精巣は、低妊孕性又は不妊症の病態や治療法を研究する上で有用なツールとして利用することができる。
【0044】
また、本発明に係る生殖細胞生産方法、生殖細胞又は培養細胞によれば、低妊孕性又は不妊のオスの生殖細胞が提供されるので、これを低妊孕性又は不妊症の病態や治療法を研究する上で有用なツールとして利用することができる。
【0045】
また、MCA遺伝子が欠損又は変異し、低妊孕性又は不妊症を呈するヒト男性から得られた細胞、組織及び精巣も、低妊孕性又は不妊症の病態や治療法を研究する上で有用なツールとして利用することができる。
【0046】
また、本発明に係るポリヌクレオチドは、実際にヒトの不妊症患者に見られる変異を有しているので、本発明に係るポリヌクレオチド又はポリペプチドは、低妊孕性又は不妊症の病態や治療法を研究する上で有用なツールとして利用することができる。
【0047】
また、本発明に係る妊孕性診断キット、検出方法又は抗体によれば、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0048】
本発明の一実施形態について以下に詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。本実施形態では、本発明に係る疾患モデル動物、その生産方法、その利用の順に詳細に説明する。
【0049】
(1)本発明に係る疾患モデル動物
本発明に係る疾患モデル動物は、低妊孕性又は不妊症を呈するオスの動物であり、正常なMCAタンパク質の発現が低下していることを特徴とする。
【0050】
疾患モデル動物として用いられる動物の種類としては、ヒト以外の哺乳類(非ヒト哺乳動物)が挙げられる。具体的には、ラット、マウス(Mus musculus, Mus spretusなどのMus属に属する動物)、モルモット、ハムスター、ウサギなどの各種実験動物であり、より好ましくは、ラット及びマウスであり、特に好ましいものとしては、マウスを挙げることができる。これらの動物が好ましい理由は、飼育が容易で、現在までの研究の積み重ねを利用できるからである。次にMCAについて説明する。
【0051】
マウスMCAの推定アミノ酸配列は284残基からなり、MORNモチーフを有している(非特許文献3)。マウスMCAの転写産物は、出生後14日齢から検出され、主として精巣に発現する。同様に、タンパク質も主として精巣に発現する。組織免疫染色により、タンパク質は、パキテン期の精母細胞から円形精子細胞までの間には細胞質に見られ、さらに、第1及び第2減数分裂期に核膜が消失する間には、M期の染色体及び紡錘体周辺に局在することが明らかになっている。また、その後の研究により、マウスMCAは精子の鞭毛等に存在することも分かっている。
【0052】
MCAはヒトにも存在し、そのアミノ酸配列はマウスのものと79.8%の同一性を有し、MORNモチーフも保存されている(非特許文献5)。また、ヒトMCAタンパク質は、精子の鞭毛、基底小体及びアクロソームに局在している。以上のことから、MCAは精子の鞭毛の発達に重要な役割を果たすタンパク質であると考えられている。また、MCA遺伝子は、上述したように魚類であるコイや無脊椎動物であるホヤにも有ることから(非特許文献6,7)、哺乳動物全てに保存されていると考えられる。なお、当業者は、必要であればこれらの非特許文献からMCAの詳細について知ることができるので、本明細書ではMCAについての詳細な説明を省略する。
【0053】
本発明に係る疾患モデル動物は、MCAタンパク質の発現量の低下に起因して低妊孕性或いは不妊を呈するので、低妊孕性モデル動物又は不妊症モデル動物として、不妊症の病態解明や治療法確立といった様々な用途に利用できる。本発明に係る疾患モデル動物は、特に、MCA遺伝子に異常があるヒトの患者に対する有効な治療法を確立するための有用なツールとなる。
【0054】
なお、本発明に係る疾患モデル動物は、正常なMCAタンパク質が発現しないことが好ましい。これにより、疾患モデル動物が一層確実に低妊孕性又は不妊症を呈するようになる。
【0055】
また、本発明に係る疾患モデル動物は、MCA遺伝子が欠損したオスの非ヒト哺乳動物であってもよい。MCA遺伝子が欠損していれば、正常なMCAタンパク質の発現が低下し、モデル動物が低妊孕性又は不妊症を呈するので、低妊孕性や不妊症のモデル動物として好適に用いることができる。
【0056】
なお、MCA遺伝子の欠失は遺伝子全体の一部であってもよいが、正常なMCAタンパク質の発現が著しく低下するように、或いは正常なMCAタンパク質のアミノ酸配列が少なくなるように、上流のエクソン(例えば第1エクソン)が欠失していることが好ましい。もちろん、MCA遺伝子の欠損は、双方のアレルにおいて起こっていることが好ましい。
【0057】
後述する実施例に示すように、MCA遺伝子が双方のアレルにおいて欠損し、正常なMCAタンパク質を発現しないMCAホモ欠損マウスは、本発明の疾患モデル動物として特に好ましい。MCAホモ欠損マウスは、精子の形態が異常であり、それゆえ、精巣内では精母細胞や精子細胞などの生殖細胞の量にほとんど変化はないが、副精巣に精子が全く見られず無精子症になるという興味深い症状を呈する。従って、MCAホモ欠損マウスは、精子の鞭毛の形態異常等に起因する無精子症を治療する治療薬、例えば精子の形態異常を回復させる薬剤や、精子の鞭毛運動を活性化させる薬剤の開発などに極めて有用である。
【0058】
なお、哺乳動物において大多数の遺伝子の役割は共通しているため、疾患モデル動物としてマウス以外の他の哺乳動物を用いた場合でも、同様の症状を呈することが予想される。従って、正常なMCAタンパク質を発現しないマウス以外の哺乳動物であっても、低妊孕性や不妊症(詳細には無精子症)のモデル動物として有用である。
【0059】
また、本発明に係る疾患モデル動物では、MCA遺伝子が欠損する代わりに、MCA遺伝子に変異が生じていてもよい。もちろん、MCA遺伝子の変異は、双方のアレルにおいて起こっていることが好ましい。
【0060】
(2)本発明に係る疾患モデル動物の作製方法
本発明に係る疾患モデル動物を作製する方法のうち、典型的なものとしては、ジーンターゲッティング技術によりMCA遺伝子を欠損させる方法が挙げられる。ジーンターゲッティング技術としては公知の手法を用いることができる。この場合、MCA遺伝子の全部を欠失させてもよいが、MCA遺伝子の一部のエクソン(特に第1エクソン)を欠失させる方法が簡便で好ましい。
【0061】
ジーンターゲッティング技術により疾患モデル動物(ここではマウス)を作製する方法の一例を述べると次の通りである。まず、薬剤耐性遺伝子カセットの前後に、欠失させたい領域よりも上流の配列、下流の配列がそれぞれ連結されたターゲッティングベクターを作製する。なお、MCA遺伝子やその周辺の塩基配列は、当業者であれば必要に応じて公開データベース(GenBankなど)から入手することができる。そして、このターゲッティングベクターをマウス胚性幹細胞(ES細胞)に導入し、薬剤を用いてES細胞をスクリーニングすることにより、相同組換えが起こったES細胞を選出する。そして、選出したES細胞を胚盤胞に注入し、キメラマウスを得る。
【0062】
このキメラマウスにおいて、ES細胞が生殖細胞に分化すれば、MCA遺伝子が片方のアレルにおいて欠損した生殖細胞が増殖するので、キメラマウスを野生型マウスと交配させることにより、MCA遺伝子が片方のアレルにおいて欠損したF1マウス(以下「MCAヘテロ欠損マウス」という)を得ることができる。こうして得られるMCAヘテロ欠損マウス同士をさらに交配させることにより、MCA遺伝子が両方のアレルにおいて欠損したマウス(以下「MCAホモ欠損マウス」という)を得ることができる。
【0063】
以降は、メスのMCAホモ欠損マウスや、オス又はメスのMCAヘテロ欠損マウスを維持しておけば、交配により再びMCAホモ欠損マウスをいつでも容易に得ることができる。従って、MCAホモ欠損マウスを作製するためのこれらのマウス、すなわち、MCA遺伝子の一部又は全部が片方又は両方のアレルにおいて欠失している交配用マウスもまた、本発明に含まれる。
【0064】
ところで、上記ではマウスを例にとって説明したが、本発明はこれに限定されず、マウス以外の他の哺乳動物であってもよい。マウス以外の他の哺乳動物におけるMCA遺伝子及びその周辺の塩基配列は、公開されているゲノムデータベースから、マウスやヒトのMCA遺伝子の塩基配列を用いたホモロジー検索等によって取得することができる。なお、ジーンターゲッティング技術が確立されていない動物を用いて本発明に係る疾患モデル動物を作製する場合には、ゲノムDNA中にランダムに変異を発生させる公知の手法(例えばENUミュータジェネシスなど)を用いてもよい。この場合、ENU処理などにより標的動物のゲノムDNAに変異を起こさせ、MCA遺伝子が欠損している個体をスクリーニングにより選出する。
【0065】
また、ジーンターゲッティング技術の代わりに、ジーンサイレンシング技術によって本発明に係る疾患モデル動物を作製してもよい。この場合、MCAを標的とするsiRNAを設計・合成し、これを標的となる動物の精巣などに導入すればよい。さらには、トランスジェニック技術を用いて、このsiRNAの発現に必要な核酸塩基配列を標的となる動物の染色体に組込み、RNAiトランスジェニック動物を作製してもよい。これにより、siRNAが恒常的に発現し、RNAiによるMCAの抑制効果が長期間持続する。
【0066】
(3)本発明に係る疾患モデル動物の利用(有用性)
本発明に係る疾患モデル動物は、低妊孕性や不妊症(詳細には無精子症)を発症する新規の疾患モデル動物である。無精子症はヒトにおいても数多く報告されているが、現在までに有用なモデル動物は得られていなかった。本発明に係る疾患モデル動物は、低妊孕性や不妊症(特に無精子症)の病態解明や治療法の確立に特に有用である。
【0067】
本発明に係る疾患モデル動物を素材(或いは実験材料)として見た場合、個体そのものだけでなく、それから単離される細胞や組織、器官等もまた、上述した用途に用いることができる。細胞の単離方法は特に限定されるものではなく、公知の方法を用いることができ、公知の方法で培養することができる。同様に、組織、器官についても公知の方法で摘出することができ、公知の方法で培養することができる。
【0068】
なお、上記の細胞としては雄性生殖細胞であることが好ましく、分化段階が精母細胞以降の雄性生殖細胞であることがより好ましい。また、上記の器官としては少なくとも精巣を含む雄性生殖器官であることが好ましく、上記雄性生殖器官には精巣に加え副精巣も含まれていることがより好ましい。また、上記組織としては、上記雄性生殖器官に含まれる組織であることが好ましく、精巣に含まれる器官であることがより好ましい。これらの素材は、不妊症の原因究明や治療法の開発に一層適している。
【0069】
また、上記の細胞、組織及び器官は、マウスであれば出生後14日齢以降の個体から単離されたものであることが好ましい。MCAの転写産物は、マウスにおいて出生後14日齢以降に検出されるので、14日齢以降のマウスから単離された上記の素材は、低妊孕性又は不妊症になっている状態か、低妊孕性又は不妊症を発症しかけている状態であると考えられる。従って、出生後14日齢以降の個体から単離された上記の素材は、長期間培養することなく、上述した用途にすぐに用いることができる。
【0070】
以下では雄性生殖細胞の単離方法の一例について説明する。雄性生殖細胞は、例えばKita K et al., Biol Reprod. 2007 Feb;76(2):211-7. Epub 2006 Oct 25に記載された方法によって単離及び培養することができる。
【0071】
この方法では、まず、精巣の薄膜を剥離して精細管を露出させる。そして、PBS中にコラゲナーゼ・タイプ2(2mg/ml)とDNAse(10μg/ml)とを含む第1消化液で精巣組織を37℃20分間処理する。そして、処理液を遠心して精巣組織を沈殿させ、DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)中にコラゲナーゼ・タイプ2(2mg/ml)とDNAse(10μg/ml)とヒアルロニダーゼ(2mg/ml)とを含む第2消化液で精巣組織を37℃5分間処理する。そして細胞懸濁液をPBSで2度洗浄した後、孔径40μmのメッシュフィルターに通すことによって、雄性生殖細胞を回収する。
【0072】
上記の方法は、マウスやラットに好適な方法の一例であるが、もちろん上記の単離方法に限定されず、細胞を単離する動物に応じて様々な改変を施してもよい。
【0073】
(4)ヒトの細胞、組織及び精巣
マウスとヒトとでは、殆ど全ての遺伝子が同じ役割を果たすことから、ヒトMCAタンパク質もマウスMCAタンパク質と同様の役割を果たすことが強く示唆される。従って、ヒトにおいてMCA遺伝子が欠損又は変異し、MCAタンパク質の発現量が低下したり、MCAタンパク質が発現しなくなったりすると、マウスと同様に低妊孕性又は不妊症を呈すると考えられる。それゆえ、MCA遺伝子が欠損又は変異し、低妊孕性又は不妊症を呈するヒト男性から単離された細胞、精巣の組織及び精巣もまた、マウスのそれらと同様に有用であると考えられる。従って、これらの細胞、精巣の組織、精巣もまた、本発明の範囲に含まれる。もちろん、上記細胞は、生殖細胞であることが好ましい。
【0074】
上記の細胞、精巣の組織又は精巣は、低妊孕性又は不妊症を呈しているヒト男性患者の中から、遺伝子診断を行うことによってMCA遺伝子に欠損又は変異が生じている患者を見つけ出し、その患者から細胞、精巣の組織又は精巣を外科的手法により単離することによって取得することができる。なお、患者は、無精子症であることが確認されていることが好ましく、精子の鞭毛や核などに形態異常が認められていることがより好ましい。また、上記の細胞は、患者より摘出した精巣から、上述した非ヒト哺乳動物と同様の方法によって単離してもよい。これらのヒトの細胞、精巣の組織又は精巣もまた、基本的に非ヒト哺乳動物と同様の方法で培養することができる。
【0075】
(5)疾患モデル細胞
MCA遺伝子が欠損し、低妊孕性又は不妊の症状を呈するヒト又は非ヒト哺乳動物の雄性生殖細胞(特に精子細胞及び精子)が低妊孕性や不妊症の研究に重要なツールとなることは既に述べたが、このような生殖細胞は、以下の方法によっても生産することができる。
【0076】
すなわち、本発明に係る生殖細胞生産方法は、低妊孕性又は不妊の雄性生殖細胞を生産するための生殖細胞生産方法であって、オスの哺乳動物由来の培養細胞又はオスの哺乳動物から単離された細胞である哺乳動物細胞が有するMCA遺伝子を欠損させる遺伝子欠損工程と、上記遺伝子欠損工程によってMCA遺伝子が欠損した哺乳動物細胞を生殖細胞へ分化させる分化誘導工程とを含んでいる。なお、上記生殖細胞生産方法において、哺乳動物とは、ヒト及び非ヒト哺乳動物の双方を含む。
【0077】
上記遺伝子欠損工程において、MCA遺伝子を欠損させる対象となる細胞としては、培養細胞の場合、ヒト又はマウス由来のオスのES細胞を用いることが好ましい。ES細胞は全能性を有しているため、生殖細胞にも容易に分化させることができる。以下では、オスのES細胞を用いた例について説明する。
【0078】
まず、遺伝子欠損工程では、上述したジーンターゲッティング技術により、オスのES細胞が有するMCA遺伝子を欠損させることができる。このとき、MCA遺伝子を双方のアレルにおいて欠損させたい場合は、片方のアレルにおいてMCA遺伝子が欠損しているES細胞に対し、上述したターゲッティングベクターの導入及びスクリーニングをさらに行えばよい。
【0079】
そして、分化誘導工程では、MCA遺伝子が欠損したES細胞を、例えばNayernia et al., Developmental Cell, 2006, 11, 125-132などに記載されている方法によって、生殖細胞(精原細胞や配偶子)へと分化させることができる。この方法では、Stra8遺伝子のプロモーター、プロタミン1遺伝子のプロモーターにそれぞれレポーター遺伝子(緑色蛍光タンパク質や赤色蛍光タンパク質の遺伝子)を連結したコンストラクトをマウスES細胞に導入し、ES細胞を分化させつつ、生殖細胞系列に分化したもののみをFACSで選別する。なお、この文献ではマウスについて記載されているが、ヒトについても同様の手法で分化誘導できることが予想される。
【0080】
なお、上記では、ES細胞を用いた例について説明したが、ES細胞の代わりに多能性を有する各種幹細胞や分化細胞を用いてもよい。これらの幹細胞や分化細胞は、株化された培養細胞であってもよいし、ヒトや非ヒト哺乳動物から得られた初代培養細胞であってもよい。これらの細胞についても、上述したジーンターゲッティング技術を用いてMCA遺伝子を欠損させることができる。そして、MCA遺伝子を欠損させたこれらの細胞を一旦脱分化させて未分化状態にし、その後生殖細胞へと分化させることによっても、低妊孕性又は不妊の雄性生殖細胞を得ることができる。
【0081】
以上のようにして、MCA遺伝子が欠損し、低妊孕性又は不妊を呈するヒト又はマウスの雄性生殖細胞を得ることができる。このようにして得られる雄性生殖細胞もまた、本発明に係る疾患モデル動物から得られた生殖細胞と同様の形質を示し、低妊孕性や不妊症を研究する際の有用なツールになると考えられる。
【0082】
以上に述べたように、(i)オスの非ヒト哺乳動物の生殖細胞であって、MCA遺伝子が欠損し、低妊孕性又は不妊を呈する生殖細胞や、(ii)ヒト男性由来の培養細胞であって、MCA遺伝子が欠損し、低妊孕性又は不妊を呈する生殖細胞である培養細胞は、様々な方法で生産することができるが、生産方法に関らずこれらの細胞は本発明の範囲に含まれる。
【0083】
(6)治療薬の候補化合物のスクリーニング方法又は候補化合物の薬理作用の評価方法
次に、本発明に係る疾患モデル動物の具体的な利用例について説明する。
【0084】
<利用例1:薬剤のスクリーニング方法>
本発明に係る疾患モデル動物の代表的な利用例としては、不妊症治療薬の候補化合物のスクリーニングへの利用を挙げることができる。本発明に係る疾患モデル動物では、精子の鞭毛異常に起因する無精子症を発症しているため、無精子症の治療薬のスクリーニングに好適に用いることが可能である。
【0085】
スクリーニング方法の具体的な構成は特に限定されるものではなく、公知の手法を好適に用いることができる。具体的には、本発明に係るスクリーニング方法は、(a)本発明に係る疾患モデル動物に対して候補化合物を投与する工程と、(b)候補化合物を投与した疾患モデル動物における不妊症(詳細には無精子症や精子の形態異常)の症状の変化を評価する工程と、(c)評価結果に基づいて疾患モデル動物の不妊症(詳細には無精子症や精子の形態異常)を緩和する化合物を選択する工程とを含んでいてもよい。もちろん、必要に応じて他の工程を含めてもよい。
【0086】
<利用例2:薬理作用の評価方法>
本発明に係る疾患モデル動物は、不妊症治療薬の候補化合物の薬理作用の評価の際にも利用することができる。すなわち、上記スクリーニング方法又は他の方法で候補化合物が見出されたとしても、その候補化合物が実用に耐え得るか否かを評価する必要があるが、本発明に係る疾患モデル動物はそのような用途にも好適に用いることができる。
【0087】
評価方法の具体的な構成は特に限定されるものではなく、公知の手法を好適に用いることができる。具体的には、例えば、(a)本発明に係る疾患モデル動物に候補化合物を投与し、(b)候補化合物を投与した疾患モデル動物における不妊症(詳細には無精子症や精子の形態異常)の症状の変化を観察し、薬理作用の有効性や副作用の有無等を確認するという各工程を経ればよい。また、必要に応じて他の工程を含めてもよい。
【0088】
なお、上記利用例1・2ともに、本発明に係る疾患モデル動物の個体を用いてもよいし、必要に応じてこの個体から単離した細胞、組織又は器官等を用いてもよい。また、上述したヒトMCA欠損患者から単離した細胞、組織又は器官を用いてもよいし、ジーンターゲッティング技術などによりIn Vitroで生産され、MCA遺伝子の欠損した生殖細胞を用いてもよい。ヒトの細胞、組織又は器官を用いることによって、候補化合物のスクリーニング及び薬理作用の評価は一層信頼できるものとなる。
【0089】
なお、非ヒト哺乳動物やヒトの精子を用いて上述した候補化合物のスクリーニング又は薬理作用の評価を行う場合、精子の形態異常が回復するか否かに基づいて評価を行ってもよいが、精子の運動能が向上するか否かに基づいて評価を行ってもよい。
【0090】
このように、本発明に係る疾患モデル動物(若しくはその細胞、組織、器官)、又は、ヒトMCA欠損患者から単離した細胞、組織若しくは器官、In Vitroで生産した生殖細胞などを用いてスクリーニングされ、評価された化合物を主成分とすれば、不妊症(特に精子の形態異常に起因する無精子症)の治療及び/又は予防用医薬組成物を製造することが可能になる。
【0091】
(7)本発明に係る検出方法及び妊孕性診断キット
上述したように、MCA遺伝子の欠損又は変異は、ヒトにおいても低妊孕性又は不妊症の原因になると考えられる。従って、被験者から生体サンプルを採取し、この生体サンプルを用いて被験者のMCA遺伝子に欠損又は変異があるか否かを調べることにより、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定が可能になる。
【0092】
すなわち、本発明に係る検出方法は、ヒトから採取された生体サンプルを用いて上記ヒトにおける遺伝子の欠損又は変異を検出する検出方法であって、ヒトMCA遺伝子の欠損又は変異の有無を検出する工程を含んでいることを特徴とする。
【0093】
また、本発明に係る妊孕性診断キットは、上記検出方法に用いられる試薬を含んでいる。なお、妊孕性診断キットには、使用方法が記載された取扱説明書が含まれていてもよい。
【0094】
被験者から採取する生体サンプルは特に限定されず、例えば血液や頬の内側の粘膜などを挙げることができる。また、ヒトMCA遺伝子の欠損又は変異を検出する方法としては特に限定されず、公知の各種手法、例えば、サンガー法を基礎とする塩基配列決定法、インベーダー法、SMMD法(simultaneous multiple mutation detection system)、PCR−RFLP法、MASA法、塩基伸長法、Taqmanプローブ法や、それらを改変した方法などを用いることができる。
【0095】
ヒトMCA遺伝子及びその周辺の塩基配列は、例えばNCBIヒトゲノムリソース(NCBI Human Genome Resources: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genome/guide/human/)から当業者であれば容易に入手することができる。なお、NCBIヒトゲノムリソースにおいて、MCAはTSGA2とも称される。ヒトMCA遺伝子の欠損又は変異を検出するためのプライマーやプローブなどは、ヒトMCA遺伝子及びその周辺の塩基配列を基に設計することができる。
【0096】
上記検出方法又は妊孕性診断キットによってMCA遺伝子に変異が見出された場合、その被験者は、妊孕可能性が低いと推定される。また、被験者が不妊症患者であれば、その原因がMCA遺伝子の欠損又は変異であることが分かる。従って、そのような被験者に対して適切な処置を施すことにより、早期に疾患を治癒することができる。つまり、本発明の検出方法は、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を目的とした診断方法ともいえる。
【0097】
配列番号8は、ジーンバンク(GenBank)にアクセッション番号AB006536で登録されている野生型ヒトMCA遺伝子の転写産物の塩基配列の中から、翻訳領域のみを抽出したものである。配列番号8に示すように、野生型ヒトMCA遺伝子は、930bpからなる翻訳領域を有している。また、配列番号9は、野生型ヒトMCAタンパク質の推定アミノ酸配列を示すものである。
【0098】
野生型ヒトMCAタンパク質は、上述したように、成熟した男性の精巣の生殖細胞において特に強く発現することが報告されている。図8は、野生型ヒトMCA遺伝子の構造を示す模式図である。ヒトゲノムプロジェクトによって構築されたヒトゲノムリソースによれば、ヒトMCA遺伝子は、ヒト21番染色体長腕に位置している。この遺伝子の転写産物は約1.4kbである。
【0099】
本願発明者らは、後述する実施例に示す調査の結果、男性不妊症患者からなる集団の中に、配列番号8に示すヒトMCA遺伝子の翻訳領域における第92位のアデニン(以下、単に「A」という)が片方のアレルにおいてシトシン(以下、単に「C」という)に置換している患者、および、第121位のグアニン(以下、単に「G」という)が片方のアレルにおいてAに置換している患者がいることを見出した。一方、この第92位および第121位の塩基置換は、妊孕性が確認されている男性からなる集団では全く見られなかった。なお、これらの置換部位は、図8に示すようにいずれもMCA遺伝子の第2エクソン内にある。
【0100】
ヒトMCA遺伝子に上記の置換変異が起こると、元々ヒスチジン、グリシンをコードしていたこれらの部位がプロリン、アルギニンをコードするようになるため、正常なタンパク質が発現しなくなってしまう。それゆえ、ヒトMCA遺伝子の上記第92位および第121位における置換変異は、たとえ片方のアレルのみに起こっている場合であっても、正常なMCAタンパク質の翻訳量が低下することにより、或いは、変異型MCAタンパク質がドミナントネガティブに作用することにより、不妊症を引き起こす可能性が高いと推測される。
【0101】
以上のことから、本発明に係る検出方法は、被験者(ヒト)から採取された生体サンプル(血液や頬の内側の粘膜など)に含まれるゲノムDNA、または、被験者の生体サンプルから単離されたゲノムDNAにおいて、ヒトMCA遺伝子の機能欠損を引き起こす変異の有無を検出する工程を含んでいる。
【0102】
また、本発明に係る妊孕性診断キットは、被験者から採取された生体サンプルに含まれるゲノムDNA、または、被験者の生体サンプルから単離されたゲノムDNAにおいて、ヒトMCA遺伝子の機能欠損を引き起こす変異の有無を検出する試薬を含んでいる。
【0103】
上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMCA遺伝子の機能欠損を引き起こす変異の有無を検出するものであれば、その態様は特に限定されるものではない。例えば、検出方法及び妊孕性診断キットは、被験者のヒトMCA遺伝子に、該遺伝子の機能欠損を引き起こす変異が含まれていることを検出するものであってもよいし、被験者のヒトMCA遺伝子に、該遺伝子の機能欠損を引き起こす変異が含まれていないことを検出するものであってもよい。
【0104】
例えば、上記変異の存在を検出するものである場合、上記検出方法および妊孕性診断キットは、上記の機能欠損を引き起こす変異が少なくとも一方のアレルにおいて起こっていることを検出できればよい。一方、上記変異の非存在を検出するものである場合、上記検出方法および妊孕性診断キットは、上記の機能欠損を引き起こす変異が双方のアレルにおいて起こっていないことを検出することが好ましい。
【0105】
上記検出方法又は妊孕性診断キットにより、上記変異の有無を調べ、その結果、変異が検出されなかった場合は、妊孕性に問題がない可能性が高いと推定できる。また、被験者が不妊症患者である場合は、不妊症の原因が、MCA遺伝子の機能欠損以外のものによる可能性が高いと判定できる。
【0106】
一方、変異が検出された場合は、低妊孕性又は不妊症でない可能性が高いと推定できる。また、被験者が不妊症患者である場合は、不妊症の原因がMCA遺伝子の機能欠損による可能性が高いと判定できる。よって、この場合は、TESE−ICSI(Testicular sperm extraction - Intracytoplasmic sperm injection;精巣生検−顕微授精)などの現存の治療法の適格な選択を提示することができる。
【0107】
このように、上記検出方法及び妊孕性診断キットによれば、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を行うことができる。すなわち、上記検出方法又は妊孕性診断キットによれば、不妊症の診断を行う上で有用な情報が提供される。それゆえ、上記検出方法における変異の有無を検出する工程は、低妊孕性又は不妊症の診断方法において用いられることが好ましいといえる。
【0108】
なお、上記検出方法および妊孕性診断キットは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒトMCA遺伝子の翻訳領域の上記の第92位および第121位のうちの少なくとも一方の塩基の置換変異の有無を検出することが好ましい。
【0109】
さらに、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMCA遺伝子の上記の第92位の塩基がシトシンに置換していること、或いは、上記の第121位の塩基がアデニンに置換していることを検出するものであることが好ましい。このように、変異を検出する箇所や検出する変異の種類を絞ることにより、低妊孕性又は不妊症の原因となる変異の有無を効率よく調べることができる。
【0110】
ただし、上記の第92位または第121位の置換変異以外であっても、ヒトMCA遺伝子に起こった変異(置換変異、挿入変異および欠失変異を含む)は、不妊症を引き起こす可能性が高いと推測されるので、本発明は、上記の第92位または第121位の置換変異を検出するものに限定されない。
【0111】
一実施形態において、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMCA遺伝子内の領域のうち、上記の第92位および第121位のうちの少なくとも一方(以下、「変異検出部位」という)の塩基を含む領域の塩基配列を決定することにより、上記の置換変異の有無を検出するものであってもよい。塩基配列の決定には、サンガー法やこれを応用した公知の各種手法を用いることができる。
【0112】
この場合、妊孕性診断キットには、ヒトMCA遺伝子の上記の変異検出部位を含む領域を増幅させるために、変異検出部位を挟むようにして設計されたプライマーの組が含まれることが好ましい。このプライマーの組には、より詳細には、ヒトMCA遺伝子の変異検出部位よりも上流の塩基配列の一部または全部を有するプライマーと、ヒトMCA遺伝子の変異検出部位よりも下流の塩基配列の一部又は全部と相補的な塩基配列を有するプライマーとが含まれる。
【0113】
被験者から採取された生体サンプルに含まれるゲノムDNAを鋳型として上記のプライマーの組を用いてPCR(polymerase chain reaction)を行えば、ヒトMCA遺伝子の変異検出部位の塩基を含む領域がDNAフラグメントとして増幅され、さらに、上記のプライマーの組の一方又は両方のプライマーを用いて塩基配列の決定を行えば、置換変異の有無を確実かつ簡便に検出することができる。塩基配列の決定は、例えばABI−PRISM 310 Genetic Analyzer(Applied Biosystems Inc.)などを取扱説明書に従って使用することにより、簡単に実施することができる。なお、塩基配列の決定に用いられるプライマーは、DNAフラグメントの増幅のためのPCRに用いられるプライマーとは別のものであってもよい。
【0114】
なお、それぞれのプライマーは、MCA遺伝子又はその周辺と同一の塩基配列、或いは相補的な塩基配列を少なくとも10塩基以上有することが好ましく、15塩基以上有することがより好ましく、18塩基以上有することがさらに好ましく、20塩基以上有することが特に好ましい。MCA遺伝子又はその周辺と同一の(或いは相補的な)塩基配列の長さを長くすることにより、MCA遺伝子の第92位および第121位のうちの少なくとも一方を含む目的の領域のみを確実に増幅させることができる。
【0115】
また、上記のプライマーの組は、互いのプライマーによって挟まれる領域の長さが5kb以下であることが好ましく、3kb以下であることがより好ましく、2kb以下であることがさらに好ましく、1.5kb以下であることが特に好ましい。互いのプライマーによって挟まれる領域の長さを短くすることによって、上記の変異検出部位の塩基を含む領域の増幅を効果的に行うことができる。
【0116】
また、塩基配列の決定に用いるプライマーは、上記の変異検出部位の塩基から2kb以内の位置に設定されることが好ましく、1.5kb以内の位置に設定されることが好ましく、1.0kb以内の位置に設定されることがより好ましく、0.7kb以内の位置に設定されることが特に好ましい。上記の構成により、塩基配列の決定を正確に行うことができる。
【0117】
さらに、塩基配列の決定に用いるプライマーは、上記の変異検出部位の塩基から20bp以上離れた位置に設定されることが好ましく、30bp以上離れた位置に設定されることがより好ましく、40bp以上離れた位置に設定されることがさらに好ましく、50bp以上離れた位置に設定されることが特に好ましい。また、上記プライマーの組は、ヒトMCA遺伝子の変異検出部位の塩基を含む20bp以上の領域を増幅させるものであることが好ましい。プライマーの近傍は、塩基配列の決定結果が不正確になる傾向にあるが、上記の構成により、塩基配列の決定を正確に行うことができる。
【0118】
上記のプライマーの組としては、例えば、それぞれ配列番号16,17に示す塩基配列からなるプライマー(図1のMCA−P3及びMCA−P4R)を用いることができるが、本発明に用いることのできるプライマーの塩基配列がこの配列に限定されないことはいうまでもない。ヒトMCA遺伝子の塩基配列及びその周辺の塩基配列は、当業者であれば上述したヒトゲノムリソースやジーンバンク(GenBank)から容易に入手することができるので、入手した塩基配列を基に、Oligo(登録商標、National Bioscience Inc.)又はGENETYX(ソフトウェア開発)などを用いてプライマーを設計することができる。
【0119】
各プライマーは、例えばホスホロアミダイト法などの公知の方法によって合成することができ、例えばApplied Biosystems Inc.の392型シンセサイザーなどを取扱説明書に従って使用することによって簡単に合成することができる。
【0120】
なお、上記の各プライマーには、蛍光標識が付されていてもよい。プライマーに蛍光標識が付されている場合、ダイプライマー法によって、放射性同位元素を用いることなく増幅領域の塩基配列を決定することができる。
【0121】
一方、各プライマーに蛍光標識が付されていない場合、ダイターミネータ法によって塩基配列を決定することができる。この場合、上記妊孕性診断キットには、上記のプライマーの組に加えて、A,T,G,Cの各単量体からなるデオキシリボ核酸、蛍光標識されA,T,G,Cの各単量体からなるジデオキシリボ核酸(所謂ダイターミネータ)、及びポリメラーゼなどがさらに含まれていてもよい。
【0122】
一実施形態において、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMCA遺伝子の上記の変異検出部位における塩基の置換変異の有無をインベーダー法によって検出するものであってもよい。インベーダー法の詳細については、Lyamichevらによる論文(Lyamichev V et al., Nat biotechnol. 17, 292, 1999)に記載されており、本明細書ではこれを援用する。
【0123】
図9は、インベーダー法の原理を説明する模式図である。インベーダー法では、非蛍光標識プローブのインベーダープローブ2及びシグナルプローブ3と、蛍光標識プローブのフレットプローブ5とが用いられる。
【0124】
インベーダープローブ2は、ターゲット遺伝子1と相補的な塩基配列を有し、かつ、3’末端の塩基がターゲット遺伝子1の変異(又は一塩基多型)検出部位1aと対応するように設計される。一方、シグナルプローブ3は、ターゲット遺伝子1とは無関係な塩基配列であるフラップ3bと、ターゲット遺伝子1と相補的な塩基配列を有し、かつ、5’末端の塩基がターゲット遺伝子1の変異(又は一塩基多型)検出部位1aに対応するように設計されたヌクレオチド3aとが連結したものである。ここで、フラップ3bは、ヌクレオチド3aの5’末端側に連結されている。
【0125】
このように設計されたプローブ2・3をターゲット遺伝子1とハイブリダイゼーションさせると、変異検出部位1aでは、ターゲット遺伝子1、インベーダープローブ2及びシグナルプローブ3が3重鎖を形成する。すると、フラップエンドヌクレアーゼ(「クリアベース(cleavase)」ともいう)4がこの3重鎖を認識し、シグナルプローブ3を3重鎖の3’側で切断する。その結果、フラップ3bと変異検出部位とが連結したフラップ遊離体3cが生成される。
【0126】
フレットプローブ5は、5’末端側が自身とハイブリダイゼーションでき、かつ、3’末端側がフラップ3bとハイブリダイゼーションできるヌクレオチド5aと、蛍光色素5bと、クエンチャー(発光抑制体)5cとからなる。ここで、ヌクレオチド5aは、5’末端がフラップ遊離体3cの変異検出部位と相補的な塩基配列となっている。また、蛍光色素5bは、ヌクレオチド5aの5’末端に結合している。ただし、フレットプローブ5においては、クエンチャー5cにより蛍光色素5bの蛍光が抑制されている。
【0127】
このようなフレットプローブ5に対してフラップ遊離体3cがハイブリダイゼーションすると、フラップ遊離体3cの変異検出部位について、再び3重鎖が形成される。その結果、上述のフラップエンドヌクレアーゼ4がこの3重鎖を再び認識し、フレットプローブ5の5’末端部分が切断される。その結果、フレットプローブ5の5’末端に結合していた蛍光色素5bが遊離し、蛍光が生じる。
【0128】
従って、妊孕性診断キットがインベーダー法により上記の置換変異の有無を検出するものである場合、妊孕性診断キットには、インベーダープローブ2、シグナルプローブ3及びフレットプローブ5などが含まれることが好ましい。
【0129】
置換変異が有る場合に蛍光が生じるようにする場合、インベーダープローブ2は、ヒトMCA遺伝子と相補的な塩基配列を有し、かつ、3’末端の塩基が変異型MCA遺伝子の上記の第92位の塩基(C)又は第121位の塩基(A)と対応するように設計される。また、シグナルプローブ3のヌクレオチド3aは、ヒトMCA遺伝子と相補的な塩基配列を有し、かつ、5’末端の塩基が変異型MCA遺伝子の上記の第92位の塩基(C)又は第121位の塩基(A)と対応するように設計される。そして、フレットプローブ5は、上記インベーダープローブ2及び上記シグナルプローブ3が変異型MCA遺伝子とハイブリダイズして3重鎖構造が形成された場合にフラップエンドヌクレアーゼ4によって切断されるフラップ遊離体3cを検出できるように設計される。
【0130】
上記の構成により、被験者のMCA遺伝子の上記の第92位又は第121位の塩基が置換している場合は、ヌクレオチド3aの3’末端とインベーダープローブ2の5’末端とがオーバーラップすることにより3重鎖が形成されて蛍光が生じる。一方、被験者のMCA遺伝子が野生型である場合は、インベーダープローブ2の末端部分で3重鎖が形成されないので蛍光が生じない。
【0131】
また、上記の例では、被験者の有するMCA遺伝子が置換変異型の場合に蛍光が生じる構成としたが、本発明はこれに限定されず、被験者の有するMCA遺伝子が野生型の場合に蛍光が生じ、置換変異型の場合に蛍光が抑制される構成としてもよく、様々に改変することができる。
【0132】
一実施形態において、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMCA遺伝子の上記変異検出部位における塩基の置換変異の有無をSMMD法によって検出するものであってもよい。SMMD法の詳細については、Wakaiらによる論文(Wakai J et al., Nucleic Acids Res., 2004. 32(18), e141.)に記載されており、本明細書ではこれを援用する。
【0133】
図10は、SMMD法の原理を説明する模式図である。なお、この図は、ヒトMCA遺伝子における変異のうち、上記の第92位の塩基の置換変異の有無を検出する場合の例を示している。SMMD法は、電気化学的反応を利用して一塩基多型、置換変異、欠失変異、又は挿入変異などを検出するものである。まず、図10に示すように、被験者のゲノムDNA11を鋳型として変異検出部位を含む領域をPCRによって増幅させるため、カウンタープライマー13と特別プライマー12とを1:4の割合で用いて非対称PCRを行う(工程A)。ここで、特別プライマー12は、変異を検出したい遺伝子11の変異検出部位11aよりも下流の領域と相補的な塩基配列からなるオリゴマー12aと、タグ12bとからなる。タグ12bは、遺伝子11の変異検出部位11aよりも1塩基下流の塩基から、オリゴマー12aがハイブリダイゼーションする塩基よりも1塩基上流の塩基までの領域と相補的な塩基配列を有しており、オリゴマー12aの5’末端に連結されている。
【0134】
上記の非対称PCRの結果、工程Bに示すPCR産物14が生成される(工程B)。このPCR産物14のうち、特別プライマー12を含む一本鎖の非対称PCR産物14は、タグ12bを含んでいるため、自己ループを形成して特別ターゲットを形成する(工程C・D)。
【0135】
次に、変異型プローブ20及び野生型プローブ30を用意する。プローブ20・30は、ともに、変異を検出したい遺伝子11と同一の塩基配列を有し、かつ、変異検出部位11a・11bを3’末端とするオリゴマーをその5’末端側で金電極25に固定したものである。ここで、変異型プローブ20はオリゴマーの3’末端が変異型の塩基(C)となっているのに対して、野生型プローブ30はオリゴマーの3’末端が野生型の塩基(A)となっている。これらの変異型プローブ20及び野生型プローブ30は、オリゴマーが上述した特別ターゲット15の3’末端側と相補的な塩基配列を有しているため、特別ターゲット15とハイブリダイゼーションすることができる。なお、金電極25にオリゴマーを固定するための詳細な方法は、Takenakaらによる論文(Takenaka S et al., Anal Chem., 2000, 72, 1334-1341)に記載されており、本明細書ではこれを援用する。
【0136】
プローブ20・30を特別ターゲット15とハイブリダイゼーションさせる前に、フェロセニルナフタレンジイミド(ferrocenylnaphtalene diimide;以下「FND」と略称する)を含む溶液中で、予めバックグラウンド応答を行い、電流Iを測定しておく(工程E)。
【0137】
そして、特別ターゲット15と変異型プローブ20及び野生型プローブ30とのハイブリダイゼーション及びライゲーションを行う。ここで、特別ターゲット15が変異型のものである場合(すなわち、被験者が変異型遺伝子を有している場合)、特別ターゲット15は変異型プローブ20と塩基配列が完全に一致するのでライゲーションが行われる一方で、野生型プローブ30とは塩基配列が末端部分で相違するのでライゲーションが行われない(工程F)。
【0138】
その後、変性処理を行うと、野生型プローブ30と変異型の特別ターゲット15との組では、野生型プローブ30から変異型特別ターゲット15が解離する。一方、変異型プローブ20と変異型の特別ターゲット15との組では、ライゲーションが行われているので、解離が起こらない(工程G)。
【0139】
そして、それぞれのサンプルを洗浄して余剰のDNAを除去し、FNDを添加して、FND分子の電気化学的電流I1を測定する(工程H)。ここで、2本鎖DNAを有する電極では、1本鎖DNAを有する電極に比べて電流I1が大きくなる(工程I)。
【0140】
これにより、被験者のゲノムDNAが変異型であるか野生型であるかを測定した電流値に基づいて判定することができる。なお、SMMD法では、上記の変異型プローブ20及び野生型プローブ30をECA(Electrochemical array)チップとしてアレイ状に形成することにより、多数の変異を同時進行的に検出することができる。
【0141】
従って、本発明に係る妊孕性診断キットがSMMD法により上記の置換変異の有無を検出するものである場合、妊孕性診断キットには、特別プライマー12、カウンタープライマー13、変異型プローブ20及び野生型プローブ30などが含まれていることが好ましい。なお、変異型プローブ20及び野生型プローブ30は、何れか一方のみでもよい。
【0142】
上記特別プライマー12は、ヒトMCA遺伝子の変異検出部位よりも下流の所定領域と相補的な塩基配列からなるオリゴマー12aと、タグ12bとからなる。タグ12bは、ヒトMCA遺伝子の変異検出部位から、オリゴマー12aがハイブリダイゼーションする部位までの領域と相補的な塩基配列を有しており、オリゴマー12aの5’末端に連結される。一方、上記カウンタープライマー13は、ヒトMCA遺伝子の変異検出部位よりも上流の所定領域と同一の塩基配列からなる。
【0143】
また、上記変異型プローブ20は、ヒト変異型MCA遺伝子と同一の塩基配列からなり、かつ、上記の第92位の塩基(C)または第121位の塩基(A)が3’末端になるオリゴマーを有するように設計される。また、上記野生型プローブ30は、ヒト野生型MCA遺伝子と同一の塩基配列からなり、かつ、上記の第92位の塩基(A)または第121位の塩基(G)が3’末端になるオリゴマーを有するように設計される。
【0144】
上記の構成によれば、被験者のMCA遺伝子が置換変異型の場合、特別ターゲット15は、変異型プローブ20とライゲーションできるが、野生型プローブ30とはライゲーションできない。一方、被験者のMCA遺伝子が野生型の場合、特別ターゲット15は、野生型プローブ30とライゲーションできるが、変異型プローブ20とはライゲーションできない。
【0145】
なお、上記の各方法において、MCA遺伝子のセンス鎖(コドンをコードする側の鎖)を調べることによって置換変異の有無を判定する構成について詳細に説明したが、アンチセンス鎖を調べることによっても同様に判定することができるのはいうまでもない。
【0146】
(8)本発明に係る検出方法及び妊孕性診断キットの変形例
上記では、ヒトから採取したサンプルのゲノムDNAを調べることによって妊孕可能性の推定および不妊症の原因の同定を行ったが、タンパク質レベルでも同様に妊孕可能性の推定および不妊症の原因の同定を行うことは可能である。
【0147】
すなわち、一実施形態において、本発明に係る検出方法および妊孕性診断キットは、ヒトにおいて正常なヒトMCAタンパク質が発現しているか否かを判定するものであってもよい。より具体的には、上記検出方法は、ヒトMCAタンパク質と結合する抗ヒトMCA抗体を用いて、ヒトから採取された生体サンプル中にヒトMCAタンパク質が発現しているか否かを判定する工程を含んでいてもよい。また、上記妊孕性診断キットは、試薬として抗ヒトMCA抗体を含んでいてもよい。
【0148】
上記検出方法および妊孕性診断キットにおいて、抗ヒトMCA抗体を用いてヒトMCAタンパク質の発現の有無を判定する手法は特に限定されず、公知のウェスタンブロッティングおよびELISA(Enzyme-linked Immunosorbent Assay)などが挙げられる。また、ヒトから採取する生体サンプルとしては、精巣生検によって被験者から採取した精巣内の組織(例えば精細管)、精子細胞または精漿などが挙げられる。精漿は、たとえ精子細胞を含んでいなくても、精子細胞が破壊などされることにより放出された、精子細胞で発現するタンパク質を含んでいると考えられている。また、抗ヒトMCA抗体としては、例えば上述した非特許文献3に開示されたポリクローナル抗体などを用いることができる。上記文献のポリクローナル抗体は、マウスの抗原を用いて作製したものであるが、ヒトMCAタンパク質と結合することも確認されている。もちろん、それ以外の抗ヒトMCA抗体を用いてもよい。
【0149】
妊孕性診断キットがウェスタンブロッティングまたはELISAを利用するものである場合、妊孕性診断キットには、抗ヒトMCA抗体に加えて、発色反応に必要なペルオキシダーゼなどの特異的酵素で標識した抗グロブリン抗体が含まれていてもよい。
【0150】
抗ヒトMCA抗体を用いてヒトMCAタンパク質が発現しているか否かを調べ、被験者においてヒトMCAタンパク質が発現していないと判定された場合は、ヒトMCA遺伝子が欠失または変異していることが示唆され、同時に、その被験者は、妊孕可能性が低い、あるいは不妊症の可能性が高いと推定することができる。また、被験者が不妊症の場合には、不妊症の原因が正常なヒトMCAタンパク質が発現していないことによるものと推定することができる。
【0151】
また、他の実施形態において、本発明に係る検出方法および妊孕性診断キットは、上述した第92位および第121位のうちの少なくとも一方の塩基置換を含むヒト変異型MCA遺伝子によってコードされるヒト変異型MCAタンパク質と結合し、かつ、ヒト野生型MCAタンパク質と結合しない抗体を用いて、ヒトから採取された生体サンプル中にヒト変異型MCAタンパク質が発現しているか否かを判定するものであってもよい。この場合に用いられる抗体の詳細については後述する。
【0152】
上記抗体を用いてヒト変異型MCAタンパク質が発現しているか否かを調べ、被験者においてヒト変異型MCAタンパク質が発現していると判定された場合は、ヒトMCA遺伝子に上述した置換変異が生じていることが強く示唆され、同時に、その被験者は、妊孕可能性が低い、あるいは不妊症の可能性が高いと推定することができる。また、被験者が不妊症の場合は、不妊症の原因がヒトMCA遺伝子の異常に起因していると推定することができる。
【0153】
(9)本発明に係るポリヌクレオチド、ポリペプチド、発現ベクター及び発現キット
次に、本発明に係るポリヌクレオチドについて説明する。本発明に係るポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第92位の塩基がCに置換した塩基配列からなるものである。また、本発明に係る別のポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第121位の塩基がAに置換した塩基配列からなるものである。また、本発明に係るさらに別のポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第92位の塩基がCに置換し、さらに第121位の塩基がAに置換した塩基配列からなるものである。
【0154】
一実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、配列番号10から12の何れかに示す塩基配列からなるものであってもよい。ただし、本発明に係るポリヌクレオチドは、配列番号10から12の何れかに示す塩基配列のものに限定されない。本発明に係るポリヌクレオチドには、配列番号10から12の何れかに示される塩基配列のみならず、配列番号10から12の何れかに示される塩基配列において1若しくは数個の塩基が欠失、置換若しくは付加されたポリヌクレオチドからなり、かつ低妊孕性又は不妊症に関与するポリヌクレオチドも含まれ、特に、配列番号10から12の何れかに示される塩基配列において一塩基多型により1又は数個の塩基が置換された塩基配列のものも含まれる。
【0155】
ここで、数個とは、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことなく当業者が作ることができる程度の数を意図し、例えば、20個以下が好ましく、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下を意図する。
【0156】
本明細書において、「ポリヌクレオチド」は、「遺伝子」、「核酸」、または「核酸分子」と同義であり、ヌクレオチドの重合体を指す。本明細書において、「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と同義であり、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。
【0157】
上記ポリヌクレオチドは、RNA(例えば、mRNA)の形態、DNAの形態(例えば、合成DNA、cDNAまたはゲノムDNA)の何れであってもよい。さらに、DNAの場合、二本鎖、一本鎖の何れであってもよい。さらに、一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖としても知られる)でもよいし、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)でもよい。
【0158】
なお、上記ポリヌクレオチドは、その5’末端又は3’末端に、タグ標識(タグ配列又はマーカー配列)をコードするポリヌクレオチドが連結されていてもよい。
【0159】
上記ポリヌクレオチドを取得する方法としては、PCRを用いる方法が挙げられる。具体的には、変異型MCA遺伝子を有している人のゲノムDNAを鋳型としてPCRによって得ることもできるし、また、変異を入れたプライマーを用いてPCRを行うことにより、野生型MCA遺伝子から得ることもできる。
【0160】
また、上記ポリヌクレオチドは、組換えベクターに挿入されていてもよい。この組換えベクターは、インビトロ翻訳に用いるベクターであってもよいし、組換え発現に用いるベクターであってもよい。
【0161】
ベクターの具体的な種類は特に限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターが適宜選択できる。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実に上記ポリヌクレオチドからヒト変異型MCAタンパク質を発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと上記ポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。
【0162】
上記発現ベクターは、導入されるべき宿主の種類に応じた発現制御領域(例えば、プロモーター、エンハンサー、ターミネーター、および/または複製起点等)を含有する。細菌用発現ベクターのプロモーターとしては、慣用的なプロモーター(例えば、trcプロモーター、tacプロモーター、lacプロモーター等)が使用され、酵母用プロモーターとしては、例えば、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター、PH05プロモーター等が挙げられ、糸状菌用プロモーターとしては、例えば、アミラーゼ、trpC等が挙げられる。また動物細胞宿主用プロモーターとしては、ウイルス性プロモーター(例えば、SV40初期プロモーター、SV40後期プロモーター等)が挙げられる。発現ベクターの作製は、制限酵素および/またはリガーゼ等を用いる慣用的な手法に従って行うことができる。発現ベクターによる宿主の形質転換もまた、慣用的な手法に従って行うことができる。
【0163】
上記発現ベクターを用いて形質転換された宿主を、培養、栽培または飼育した後、培養物等から慣用的な手法(例えば、濾過、遠心分離、細胞の破砕、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等)に従って、変異型MCAタンパク質を回収・精製することができる。
【0164】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。また、例えば、上記ポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチドを昆虫で発現させる場合には、バキュロウイルスを用いた発現系を用いればよい。
【0165】
上記組換えベクターを使用すれば、上記ポリヌクレオチドを生物または細胞に導入することができ、結果として当該生物または細胞中に変異型MCAタンパク質を発現させることができる。さらに、上記組換えベクターを無細胞タンパク質合成系に用いれば、変異型MCAタンパク質を選択的に合成することができる。
【0166】
また、上述した組換えベクターを含み、かつ、上述した変異型MCAタンパク質を細胞に発現させるために用いられる発現キットの形態にしてもよい。
【0167】
上記発現キットには、上記の組換えベクター以外の他の試薬を含んでいてもよい。他の試薬としては、例えば、組換えベクターを宿主細胞に導入するための導入用試薬、その宿主細胞、組換えベクターが宿主細胞内に導入されているかどうかを検定するためのプローブ群などが挙げられるがこれに限定されない。つまり、変異型MCAタンパク質の発現実験を、確実かつ簡便にできるように支援する試薬であればどのようなものが含まれていてもよい。上記発現キットを用いることにより、目的の宿主細胞において、確実に、かつ簡便に、変異型MCAタンパク質を発現させることができる。
【0168】
また、本発明に係るポリペプチドは、上述したポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるものである。
【0169】
一実施形態において、上記ポリペプチドは、配列番号13から15の何れかに示すアミノ酸配列からなるものであってもよい。ただし、本発明に係るポリペプチドは、配列番号13から15の何れかに示すアミノ酸配列に限定されない。本発明に係るポリペプチドには、配列番号13から15の何れかに示されるアミノ酸配列のみならず、配列番号13から15の何れかに示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ低妊孕性又は不妊症に関与するポリペプチドも含まれ、特に、配列番号13から15の何れかに示されるアミノ酸配列において一塩基多型により1又は複数のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列のものも含まれる。
【0170】
ここで、数個とは、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことなく当業者が作ることができる程度の数を意図し、例えば、20個以下が好ましく、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下を意図する。
【0171】
本明細書において、「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と同義である。また、本発明に係るポリペプチドは、天然供給源より単離したものであっても、化学合成したものであってもよい。
【0172】
「単離した」ポリペプチドとは、天然の環境から取り出されたポリペプチドを指す。例えば、宿主細胞中で発現された組換え産生ポリペプチドは、任意の適切な技術によって実質的に精製されている天然または組換えのポリペプチドと同様に、単離されていると考えられる。本発明に係るポリペプチドは、上述した本発明に係るポリヌクレオチドの利用方法に従って取得することができる。
【0173】
本発明に係るポリペプチドは、天然の精製産物、化学合成手順の産物、および原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞を含む)において組換え技術によって産生された産物を含む。なお、上記ポリペプチドは、組換え産生手順において用いられる宿主に依存して、グリコシル化されたり、非グリコシル化されたりしたものであってもよい。さらに、上記ポリペプチドは、宿主媒介プロセスの結果として、翻訳開始を示すメチオニン残基が改変されたものであってもよい。
【0174】
本発明に係るポリヌクレオチド、発現ベクター、又はポリペプチドによれば、ヒトの不妊症患者に見られる変異型MCAタンパク質が得られる。従って、これらの発明は、ヒトMCA遺伝子の第92位および第121位の少なくとも一方の塩基の置換変異に起因する低妊孕性又は不妊症の治療を目的とした薬剤及び治療方法を開発する上で極めて有用なツールであり、研究現場へ販売することができる。また、これらをキット化することにより、産業上の利用可能性が一層向上する。
【0175】
(10)本発明に係る抗体
本発明に係る抗体は、ヒト変異型MCAポリペプチド(すなわち上述した本発明に係るポリペプチド)と結合し、かつ、ヒト野生型MCAポリペプチドと結合しないものである。本発明に係る抗体を用いれば、上述したように、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定をタンパク質レベルで検出することができる。
【0176】
一実施形態において、本発明に係る抗体は、配列番号10から12の何れかに示す塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチドと特異的に結合するものであることが好ましい。換言すれば、本発明に係る抗体は、配列番号13から15の何れかに示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと特異的に結合するものであることが好ましい。
【0177】
本発明に係る抗体は、上述したアミノ酸の置換変異を含むヒト変異型MCAポリペプチドまたは変異部分を含むそのフラグメントを抗原として実験動物を免疫処置することによって生産することができる。具体的な抗体の生産手順には、従来公知の方法を用いることができる。例えば、Chow, M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82: 910-914;及びBittle, F. J. et al, J. Gen. Virol. 66: 2347-2354 (1985)を参照のこと。
【0178】
一般的に、動物は遊離ペプチドによって免疫化することができる。ただし、遊離ペプチドを高分子キャリア(例えば、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)または破傷風トキソイド)にカップリングすることによって効率的に免疫化できるようになる場合もある。例えば、システインを含有するペプチドは、m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(MBS)のようなリンカーによってキャリアにカップリングすることができる。一方、他のペプチドは、グルタルアルデヒドのようなより一般的な連結剤を使用してキャリアにカップリングすることができる。
【0179】
ウサギ、ラット及びマウスのような動物は、遊離ペプチド又はキャリア−カップリングペプチドと、Freundのアジュバントとを含むエマルジョンを、腹腔内および/または皮内に注射することにより免疫化することができる。ELISAにより検出できる程度に有用な力価の抗ペプチド抗体を得るためには、約2週間の間隔で追加免疫注射を行うことが好ましい。
【0180】
そして、免疫化された動物から血液を採取し、血清からIgG画分を抽出することにより抗体を得ることができる。また、抗体を公知の技術によって精製することにより、抗体の力価が向上する。
【0181】
本発明に係る抗体は、上述したヒト変異型MCAポリペプチドに結合する一方で、ヒト野生型MCAポリペプチドには結合しないものである。それゆえ、上記の手順によって得られた抗体のうち、ヒト野生型MCAタンパク質と結合しないものを選出することによって、本発明に係る抗体を得ることができる。上記の選出を容易にするためには、動物に注射する抗原ペプチドとして、ヒト変異型MCAポリペプチドの変異部分とその周辺のアミノ酸配列からなる10残基程度のオリゴペプチドを選択することが好ましい。
【0182】
なお、本明細書では、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の代表的な塩基配列として、配列番号8に示す塩基配列を例示したが、特許請求の範囲に記載の「ヒトMCA遺伝子」及び「ヒト野生型MCA遺伝子」の翻訳領域は、配列番号8に示された塩基配列のもののみに限定されない。なぜならば、ヒト遺伝子には多くの一塩基多型が存在し、ヒトMCA遺伝子においても例外ではないからである。従って、特許請求の範囲に記載の「ヒトMCA遺伝子」及び「ヒト野生型MCA遺伝子」には、配列番号8に示される塩基配列のみならず、配列番号8に示される塩基配列において1若しくは数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された翻訳領域を有し、かつ妊孕性に関与するもの(すなわち、自身のコードするポリペプチドが配列番号9に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するポリヌクレオチド)も含まれ、特に、配列番号8に示される塩基配列において一塩基多型により1又は数個の塩基が置換された塩基配列を翻訳領域として有するものも含まれる。
【0183】
ここで、数個とは、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことなく当業者が作ることができる程度の数を意図し、例えば、20個以下が好ましく、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下を意図する。このことは、ヒト変異型MCA遺伝子についても同様である。
【実施例1】
【0184】
以下では、本発明の一実施例について図2から図5に基づいて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本実施例では、マウス(Mus musculus)のMCA遺伝子を欠損させることにより本発明に係る疾患モデル動物を作製した。なお、以下の各工程では、特に断りがない限り、常法又はキットに添付されている取扱説明書に従って処理を行った。
【0185】
〔MCAホモ欠損マウスの作製〕
図1は、マウスMCA遺伝子の第1エクソン及びその周辺の物理地図である。図1に示す領域に対応する塩基配列を配列番号1に示す。配列番号1に示す塩基配列は、NCBIマウスゲノムリソース(NCBI Mouse Genome Resource)に登録されている第17番染色体の第17582317位から第17622316位までの塩基配列である。なお、NCBI Mouse Genome Resourceにおいて、MCAはTsga2とも称される。図中において、「第1エクソン」と標記されている領域(配列番号1の第17848位から第17991位の塩基配列に相当)が、MCA遺伝子の第1エクソンに相当し、右側がMCA遺伝子の上流で左側が下流となっている。本実施例では、この第1エクソンをネオマイシン耐性遺伝子カセット(プロモータ及び翻訳領域を含む)で置換することによって、正常なMCAタンパク質が発現しないようにした。
【0186】
ターゲッティングベクターには、(a)配列番号1の第19218位から第23000位までの塩基配列からなる5’アーム配列と、(b)配列番号1の第10021位から第16250位までの塩基配列からなる3’アーム配列と、(c)5’アーム配列と3’アーム配列との間に挟まれたネオマイシン耐性遺伝子カセット(neoカセット)とを含めた。なお、neoカセットは、図中の左側が上流、右側が下流になる向き(つまりMCA遺伝子と逆向き)に挿入した。図2は、ターゲッティングベクターの構造を示す模式図である。
【0187】
次に、作製した図2のターゲッティングベクターを制限酵素で消化し、ターゲッティングベクターを環状から線状にした。そして、線状にしたターゲッティングベクターをエレクトロポレーションによりW9.5 ES細胞に導入した。導入後、G418ガンシクロビルを添加した培養液でターゲッティングベクターを導入したES細胞を培養し、G418ガンシクロビル耐性クローンを得た。
【0188】
そして、得られた耐性クローンについて、相同組換えが問題なく行われているか否か(ターゲッティングが行われているか否か)を次の3つの方法で調べた。第1の方法では、ネオマイシン耐性遺伝子の3’末端領域に存在する塩基配列からなるneo1746fプライマー(配列番号2:5’−cctgccatagcctcaggttactc−3’)と、図1に示す5’アーム配列の外側の23250rプライマー(配列番号3:5’−gcagagggagcgaggctcagcacatgg−3’)との組を用いてPCRを行い、5’末端側のターゲッティングが正常に行われているか否かを調べた。このとき、試薬にはロシュ社のThe Expand Long Template PCR Systemを用い、反応条件は次の通りとした。
(1)94℃で5分
(2)94℃で30分、58〜61℃で1分、68℃で5分を1サイクルとして35サイクル
(3)68℃で10分
これにより、ターゲッティングが行われているクローンのサンプルでは、約4.2kbのフラグメントが検出された。
【0189】
また、第2の方法では、サザン解析によってターゲッティングが正常に行われているか否かを調べた。このとき、クローンのゲノムDNAはXbaIで消化し、プローブには、配列番号1の第23051位から第23750位までの塩基配列からなる5’プローブ(図1参照)を用いた。この5’プローブは、野生型マウスのゲノムDNAを鋳型とし、23051Fプライマー(配列番号4:5’−gttggccagggaagaactctttctc−3’)と23750Rプライマー(配列番号5:5’−tacacgctgttagccaaatagg−3’)とを用いてPCRを行うことにより作製した。サザン解析の結果、野生型クローンのサンプルでは約12.6kbのバンドが検出され、ターゲッティングが行われているクローンのサンプルでは約16.5kbのバンドが検出された。
【0190】
第3の方法では、図1に示す3’アーム配列の外側の9725fプライマー(配列番号6:5’−tcctgcctcatcctgttttaatgg−3’)と、ネオマイシン耐性遺伝子の5’末端領域に存在する塩基配列からなるneo6rプライマー(配列番号7:5’−catagccgaatagcctctcc−3’)との組を用いてPCRを行い、3’末端側のターゲッティングが正常に行われているかを調べた。なお、PCRの条件は、基本的には上述した第1の方法と同じであるが、伸長ステップ((2)の68℃での処理)の時間を7分にした。これにより、ターゲッティングが行われているクローンからは、約7.1kbのフラグメントが検出された。
【0191】
以上のようにして、ターゲッティングが行われていることが確認されたES細胞クローンをC57BL/6Jの胚盤胞に注入し、オスのキメラマウスを得た。そして、得られたキメラマウスを野生型のメスのマウスと交配させ、MCAヘテロ欠損マウス(F1)を得た。なお、MCAヘテロ欠損マウスの同定は、PCRを用いる上述の第1の方法によって行った。図3は、代表的なスクリーニング結果を示す図である。図中に矢印で示すように、一部のレーン(レーン11,12,15)では、MCAヘテロ欠損マウスが得られたことを示す約4.2kbのバンドが検出された。そして、得られたMCAヘテロ欠損マウス同士を交配し、MCAホモ欠損マウスを得た。
【0192】
次に、精巣でのMCAタンパク質の発現を調べるためにウエスタンブロットを行った。ウエスタンブロットには、非特許文献3に記載の抗MCA抗体を用いた。この抗体は、非特許文献3に記載されている、マウスのMCAタンパク質全長とGSTタンパク質との融合タンパク質をラビットに免役して得られたもので、哺乳類細胞においてMCA特異的に反応することが分かっているものである。ウエスタンブロットの詳細な手順は次の通りである。
【0193】
まず、約40μgの精巣のタンパク質をSDS−PAGEによって展開した後、セミドライ法によってポリビニルジフルオライド(PVDF)フィルターにトランスファー(1mA/cmで80分)した。そして、フィルターを5%スキムミルクでブロッキングし、TBS(25mM Tris-HCl pH=7.4, 150mMNaCl, 50mM KCl)で1000倍に希釈した上記抗MCA抗体によって4℃で1晩処理を行った。次に、フィルターをTBSにより5分間洗浄する処理を3回繰り返し、TBSで750倍に希釈したペルオキシダーゼ(POD)をコンジュゲートした抗ラビット抗体(DAKO, A/S, Denmark)によってフィルターを室温で3時間処理した。処理後、フィルターをTBSで5分間洗浄する処理を3回繰り返し、PODイムノステインセット(Wako, Osaka, Japan)でシグナルの検出を行った。
【0194】
図4は、ウエスタンブロットの結果を示す図である。図中において、「+/+」は野生型マウスを示し、「+/−」はMCAヘテロ欠損マウスを示し、「−/−」はMCAホモ欠損マウスを示す。図4に示すように、MCAホモ欠損マウスでは、MCAタンパク質が全く発現していないことが示された。
【0195】
また、精巣でのMCA転写産物の発現を調べるためにノーザンブロットを行った。ノーザンブロットは、MCA cDNA全長をプローブとして用い、次の手順で行った。
【0196】
成熟マウスから摘出した約5mm四方の各組織(脳、心臓、腎臓、肝臓、肺、筋肉、脾臓、精巣、唾液腺)を1.5mLマイクロチューブに入れ、1mlのTRISOL(登録商標) reagent(GIBCO BRL, NY, USA)を加え、氷上でホモジナイズして5分間室温で静置した。その後、200μlのクロロホルムを加えて激しく撹拌し、5分間室温で静置した後、4℃、13500rpmで10分間遠心分離した。次に、上層を新しいチューブに移し、100%エタノールを1ml加えて撹拌し、4℃、13500rpmで10分間遠心分離した。そして上清を捨て、70%エタノールを1ml加えて撹拌し、4℃、13500rpmで10分間遠心分離して再び上清を捨て、沈殿物を軽く乾燥させた後にDEPC処理水に溶かした。これにより、全RNAを得た。
【0197】
次に、20μg分の全RNAを65℃で20分間変性処理した後、0.66Mホルムアルデヒドを含む1%アガロースゲルで電気泳動した。そして、ゲルをアクリジンオレンジで染色して18S及び28SリボソームRNAを確認した後、キャピラリートランスファー法によってZeta−Plobe(登録商標) Blotting Membrenesフィルター(BIO-RAD, CA, USA)にRNAをトランスファーした。その後、フィルターを2×SSCで5分間処理し、80℃でベーキングすることによりRNAをフィルターに固定した。
【0198】
続いて、フィルターを65℃のPerfectHyb(登録商標) Hybridization Solution(TOYOBO, Osaka, Japan)中で1時間プレハイブリダイゼーションした。その後、全長MCAフラグメントをBcaBest(登録商標) random primer kit(Takara, Osaka, Japan)を用いて32Pでラベルしてプローブを調製し、そのプローブをPerfectHyb(登録商標) Hybridization Solutionに加えた60℃のハイブリダイゼーション溶液にフィルターを浸漬し、2時間ハイブリダイゼーションを行った。そして、1%SDSを含む1×SSCによりフィルターを室温で10分間洗浄した。その後、0.1%SDSを含む0.2%SSCによりフィルターを60℃で30分間洗浄する処理を2回行い、バイオイメージングアナライザーシステムBAS1000(Fuji Film, Japan)でシグナルを検出した。
【0199】
図5は、精巣サンプルについてのノーザンブロットの結果を示す図である。図中における「+/+」、「+/−」、「−/−」は、図4のウエスタンブロットと同様である。図5に示すように、MCAホモ欠損マウスでは、MCAの転写産物が全く見られず、遺伝子が確実に欠損していることが確かめられた。
【0200】
〔MCA欠損マウスの解析〕
次に、得られたMCA欠損マウスの形質の解析を行った。具体的には、MCAヘテロ欠損マウス、MCAホモ欠損マウスのそれぞれから精巣及び副精巣を摘出し、切片標本を作製した。そして、作製した切片標本を染色し、顕微鏡で観察した。切片標本の作製及び染色の方法は次の通りである。
【0201】
成熟マウスから精巣及び副精巣を摘出し、摘出した組織をブアン溶液により4℃で一晩固定してパラフィンに包埋したもの、及び、摘出した組織を固定せずにTissue−Tek Compound(Sakura Finetechnical Co.Ltd, Tokyo, Japan)で包埋し−20℃に冷やしたものから、厚さ7μmの切片を作製した。次に、Tissue−Tek Compoundに包埋した未固定の組織について、100%アルコール若しくはパラホルムアルデヒドで固定した後、抗体反応を行った。具体的には、PBSで1000倍希釈した抗MCA抗体によって4℃で一晩処理し、PBSによる室温での5分間の洗浄を3回繰り返した。その後、PBSで750倍希釈したPODコンジュゲートした抗ウサギ抗体(Amersham)によって、室温で4時間処理した。最後にPBSによる室温での5分間の洗浄を3回繰り返した後、ジアミノベンジミド(DAB)による発色を行い、ヘマトキシリンによるカウンター染色を行った。
【0202】
図6は、MCAヘテロ欠損マウスから摘出した精巣、副精巣尾、副精巣頭の顕微鏡像を示す図であり、図7は、MCAホモ欠損マウスから摘出した精巣、副精巣尾、副精巣頭の顕微鏡像を示す図である。図6に示すように、MCAヘテロ欠損マウスでは、精巣、副精巣尾、副精巣頭の何れにも異常が見られなかった。また、MCAヘテロ欠損マウスの妊孕性にも特に問題はなかった。これに対し、MCAホモ欠損マウスでは、図7に示すように、精巣には目立った異常が見られなかったものの、副精巣尾及び副精巣頭において精子が存在しなかった。このため、MCAホモ欠損マウスは無精子症を示し、不妊であった。
【0203】
MCAホモ欠損マウスの精巣重量を調べた結果、野生型と比べて大きな変化はなかったため、減数分裂後の精子細胞分化は進んでいることが示唆された。精巣の精子細胞を詳細に観察した結果、減数分裂後の精子細胞の数は、野性型マウスと比べてほとんど量的な差がなかった。しかしながら、精子鞭毛の折れ曲がりや、核が野性型マウスのように棒状に伸びず、不均一な円形のままであったことから、精巣における精子細胞の形態形成不全が生じていることが明らかになった。このことから、精巣内での鞭毛形成が不完全である精細胞は、精子形成後に副精巣へとうまく移動できなかったために、副精巣において精子が見られなかったものと考えられる。なお、精子の形態については、現在電子顕微鏡によりさらなる解析を進めている。
【0204】
MCAタンパク質は、上述したように減数分裂期に発現することが報告されている。そこで、MCAホモ欠損マウスについて、精巣で減数分裂期に異常が生じ、アポトーシスを起こす精細胞が増加していないかを調べた。その結果、アポトーシスを起こす精細胞が増えていることが明らかになった。しかしながら、精子形成が見られ、精巣重量にも大きな差がなかったことから、精子形成期における鞭毛形成障害に起因して正常な精巣半数体精子細胞が形成されず、セルトリ細胞に精細胞が貪食され、その結果として副精巣に精子が存在せずに無精子症になったと考えられる。
【実施例2】
【0205】
以下では、本発明の別の実施例について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本実施例では、ヒトMCA遺伝子における置換変異の解析を行った。なお、以下の各工程では、特に断りがない限り、常法又はキットに添付されている取扱説明書に従って各処理を行った。
【0206】
〔参加者〕
不妊症の日本人男性被験者(N=245)を精子形成の欠損の程度に基づいてサブグループに分割した。これらの不妊症被験者のうち、97人(40%)は非閉塞性無精子症であり、148人(60%)は非閉塞性重症精子過少症(<5×10細胞/mL)であった。遺伝的要因を調べたところ、これらの被験者は何れも原発性特発性不妊症であった(Birmingham A et al. Fertil Steril 2004; 9: 2313-2317)。
【0207】
一方、妊孕性が確認された男性のコントロールグループ(N=172)として、産婦人科医院にいる妊婦のもとに生まれた子供の父親を選択した。
【0208】
なお、ドナーは、本研究において血液をゲノムDNAの解析に使用することに同意した。
【0209】
〔PCR増幅DNAのダイレクトシーケンシングによるMCA遺伝子の変異の同定〕
以下の各工程では、特に断りがない限り、常法又はキットに添付されている取扱説明書に従って処理を行った。ゲノムDNAは、プロテアーゼ処理及びフェノール抽出により血液サンプルから単離した(Sambrook J et al., Isolation of DNA from Mammalian Cells. New York: Cold Spring Harbor Press. 1989: pp. 9.16-9.21)。また、MCA遺伝子の第2エクソン及び第3エクソンを含む領域を増幅させるために、PCRに用いるプライマーの組として、MCA−P3及びMCA−P4Rを設計した(図8参照)。MCA−P3は、図8に示すように、MCA遺伝子の第2エクソンの上流領域と同一の塩基配列(配列番号16:5’−TAGCATAGTGGGATGACTCAAGGG−3’)からなる。また、MCA−P4Rは、MCA遺伝子の第3エクソンの下流領域と相補的な塩基配列(配列番号17:5’−AACTTCTGTAACACGAAAATCTGC−3’)からなる。
【0210】
PCRは以下の条件で行った:98℃で10秒間変性、60℃で5秒間アニーリング、及び72℃で30秒間伸長を1サイクルとして、これを40サイクル。PCR増幅フラグメントはSUPREC PCRスピンカラム(タカラバイオ)を用いて精製した。
【0211】
MCA−P3及びMCA−P4Rからなるプライマーの組によって増幅したフラグメントについて、同じMCA−P3及びMCA−P4Rのそれぞれを用いてシーケンシングを行った。このとき、サーマルサイクルシーケンシングキット(アプライドバイオシステムズ)を用いて反応を行い、反応産物をABI−PRISM 310 Genetic Analyzer(アプライドバイオシステムズ)によって解析した。両方向の決定結果を比較し、塩基配列を決定した。
【0212】
〔結果〕
不妊症被験者及び妊孕性確認被験者のそれぞれについてMCA遺伝子の第2エクソン及び第3エクソンの塩基配列を解析したところ、MCA遺伝子の翻訳領域の第92位のアデニンが片方のアレルにおいてシトシンに置換している被験者が、不妊症被験者245人
の中に3人見出された。この被験者のうち、2人は無精子症であり、1人は重症精子過少症であった。一方、妊孕性確認被験者からは、この置換変異が全く見出されなかった。
【0213】
さらに、MCA遺伝子の翻訳領域の第121位のグアニンが片方のアレルにおいてアデニンに置換している被験者が、不妊症被験者245人の中に1人見出された。この被験者は、重症精子過少症であった。一方、妊孕性確認被験者からは、この置換変異が全く見出されなかった。
【0214】
配列番号8に示すヒトMCA遺伝子の翻訳領域の第92位のアデニン塩基がシトシン塩基に置換すると、この部位がプロリンをコードするようになる。また、第121位のグアニン塩基がアデニン塩基に置換すると、この部位がアルギニンをコードするようになる。
【0215】
MCA遺伝子は哺乳類に広く保存されていること、並びに、そのタンパク質が精巣の半数体生殖細胞に特に強く発現することから、MCAタンパク質の変異は、男性不妊を引き起こす(或いは引き起こしやすい)と考えられる。上記の置換変異が見出された被験者は、正常なMCAタンパク質の翻訳量が低減したことにより、或いは、変異型MCAタンパク質がドミナントネガティブに作用することにより、MCAタンパク質の働きが不十分になって不妊症になったものと推測された。
【0216】
なお、本研究により、上記の置換変異以外にも一塩基多型がMCA遺伝子内に見出されたが、これらの一塩基多型は、そのパターンが不妊症被験者と妊孕性確認被験者との間で有意な相違を見せず、特に妊孕性に影響を与えるものとは認められなかった。
【0217】
本発明は上述した実施形態及び実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0218】
本発明によれば、不妊症の現象解明や治療法の確立並びに不妊症の診断に有用なツールが提供されるので、製薬分野や医療分野において本発明を好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0219】
【図1】マウスにおけるMCA遺伝子の第1エクソン及びその周辺の物理地図を示す図である。
【図2】MCA欠損マウスの作製に用いたターゲッティングベクターの構造を示す図である。
【図3】マウスのジェノタイプを調べるために行ったPCRの結果の例を示す図である。
【図4】MCAタンパク質の発現を確認するために行ったウエスタンブロットの結果を示す図である。
【図5】MCA転写産物の発現を確認するために行ったノーザンブロットの結果を示す図である。
【図6】MCAへテロ欠損マウスの精巣、副精巣尾及び副精巣頭の顕微鏡像を示す図である。
【図7】MCAホモ欠損マウスの精巣、副精巣尾及び副精巣頭の顕微鏡像を示す図である。
【図8】ヒトMCA遺伝子の構造を示す物理地図である。
【図9】インベーダー法の原理を説明する図である。
【図10】SMMD法の原理を説明する図である。
【符号の説明】
【0220】
1 ターゲット遺伝子
1a 変異検出部位
2 インベーダープローブ
3 シグナルプローブ
3a ヌクレオチド
3b フラップ
3c フラップ遊離体
4 フラップエンドヌクレアーゼ
5 フレットプローブ
5a ヌクレオチド
5b 蛍光色素
5c クエンチャー
11 遺伝子
11a・11b 変異検出部位
12 特別プライマー
12a オリゴマー
12b タグ
13 カウンタープライマー
14 PCR産物
15 特別ターゲット
20 変異型プローブ
25 金電極
30 野生型プローブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正常なMCAタンパク質の発現が低下し、低妊孕性又は不妊症を呈するオスの非ヒト哺乳動物であることを特徴とする疾患モデル動物。
【請求項2】
正常なMCAタンパク質が発現しないオスの非ヒト哺乳動物であることを特徴とする疾患モデル動物。
【請求項3】
MCA遺伝子が欠損したオスの非ヒト哺乳動物であることを特徴とする疾患モデル動物。
【請求項4】
上記非ヒト哺乳動物がマウスであることを特徴とする請求項1から3の何れか1項に記載の疾患モデル動物。
【請求項5】
請求項1から3の何れか1項に記載の疾患モデル動物から単離されたことを特徴とする細胞。
【請求項6】
MCA遺伝子が欠損又は変異し、低妊孕性又は不妊症を呈するヒト男性から単離されたことを特徴とする細胞。
【請求項7】
請求項1から3の何れか1項に記載の疾患モデル動物又は請求項6に記載のヒト男性から単離された精巣内の組織又は精巣。
【請求項8】
請求項1から3の何れか1項に記載の疾患モデル動物を作製するための交配に用いられ、MCA遺伝子の一部又は全部が欠損している非ヒト哺乳動物であることを特徴とする交配用動物。
【請求項9】
低妊孕性又は不妊の雄性生殖細胞を生産するための生殖細胞生産方法であって、
オスの哺乳動物由来の培養細胞又はオスの哺乳動物から単離された細胞である哺乳動物細胞が有するMCA遺伝子を欠損させる遺伝子欠損工程と、
上記遺伝子欠損工程によってMCA遺伝子が欠損した哺乳動物細胞を生殖細胞へ分化させる分化誘導工程とを含んでいることを特徴とする生殖細胞生産方法。
【請求項10】
オスの非ヒト哺乳動物の生殖細胞であって、
MCA遺伝子が欠損し、低妊孕性又は不妊を呈することを特徴とする生殖細胞。
【請求項11】
ヒト男性由来の培養細胞であって、
MCA遺伝子が欠損し、低妊孕性又は不妊を呈する生殖細胞であることを特徴とする培養細胞。
【請求項12】
低妊孕性又は不妊症の治療薬の候補化合物をスクリーニングするためのスクリーニング方法であって、
請求項1から3の何れか1項に記載の疾患モデル動物、請求項5若しくは6に記載の細胞、請求項7に記載の組織若しくは精巣、請求項9に記載の生殖細胞生産方法によって得られた雄性生殖細胞、請求項10に記載の生殖細胞、又は請求項11に記載の培養細胞に対して上記候補化合物を作用させ、その結果を評価する工程を含んでいることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項13】
ヒトMCA遺伝子の欠損又は変異の有無を検出するための試薬を含んでいることを特徴とする妊孕性診断キット。
【請求項14】
上記試薬は、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒトMCA遺伝子の翻訳領域の第92位の塩基の変異の有無を検出するものであることを特徴とする請求項13に記載の妊孕性診断キット。
【請求項15】
上記試薬は、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒトMCA遺伝子の翻訳領域の第121位の塩基の変異の有無を検出するものであることを特徴とする請求項13に記載の妊孕性診断キット。
【請求項16】
ヒトから採取された生体サンプルを用いて上記ヒトにおける遺伝子の欠損又は変異を検出する検出方法であって、
ヒトMCA遺伝子の欠損又は変異の有無を検出する工程を含んでいることを特徴とする検出方法。
【請求項17】
翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第92位の塩基がシトシンに置換した塩基配列からなることを特徴とするポリヌクレオチド。
【請求項18】
翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第121位の塩基がアデニンに置換した塩基配列からなることを特徴とするポリヌクレオチド。
【請求項19】
翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒト野生型MCA遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第92位の塩基がシトシンに置換し、さらに第121位の塩基がアデニンに置換した塩基配列からなることを特徴とするポリヌクレオチド。
【請求項20】
請求項17から19の何れか1項に記載のポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなることを特徴とするポリペプチド。
【請求項21】
請求項20に記載のポリペプチドと結合し、かつ、ヒト野生型MCAポリペプチドと結合しないことを特徴とする抗体。
【請求項22】
ヒトから採取された生体サンプルを用いて上記ヒトにおいて発現しているMCAポリペプチドの変異を検出する検出方法であって、
請求項21に記載の抗体によってMCAポリペプチドの変異を検出する工程を含んでいることを特徴とする検出方法。
【請求項23】
抗ヒトMCA抗体を含んでいることを特徴とする妊孕性診断キット。

【図1】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−237204(P2008−237204A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−184946(P2007−184946)
【出願日】平成19年7月13日(2007.7.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、受託研究「男性不妊症患者のSNPsライブラリー及びマイクロアレー作成」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】