説明

病原性/感染性タンパク質などのタンパク質においてコンホメーション転移を誘発させる方法

本発明は、タンパク質においてコンホメーション転移を誘発させるためのin vitroの方法であって、前記コンホメーション転移によりβ-シート二次構造の含有量の増加がもたらされ、a)転換緩衝液を提供するステップと、b)負に帯電した脂質を含む層状脂質構造の溶液を転換緩衝液に加えるステップと、c)転換緩衝液にタンパク質分子を加えるステップと、d)転換緩衝液、加えた脂質およびタンパク質分子から試料混合物を形成するステップと、e)試料混合物において転換温度を確立するステップと、f)ステップd)の試料混合物をステップe)による転換温度に、コンホメーションが転移したタンパク質が形成されるのに十分な時間曝露させるステップとを含む方法に関する。この方法により層状脂質性構造とコンホメーションが転移したタンパク質との水溶性の複合体が形成され、コンホメーションが転移したタンパク質はオリゴマーβ-シート中間構造である。アミロイド形成的凝集体は、層状脂質構造を能動的に破壊することによって層状脂質性構造とオリゴマーβ-シート中間構造との水溶性の複合体から生成され得る。このようなタンパク質は、伝播性海綿様脳症(TSE)、アルツハイマー病、多発性硬化症、およびパーキンソン病などの神経変性疾患に関与しているかもしれない。本発明の開示は、たとえばPrPCからPrPScへの転換の様々な態様を開拓するため、ならびに新しい診断的なTSE試験およびヒトにおけるクロイツフェルト-ヤコブ病などのTSEに対する潜在的な治療または予防を開発するための、本方法によって生成したタンパク質の使用を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本特許出願は、その開示の全体が本明細書中に参考として組み込まれる2002年7月11日出願の米国仮特許出願第60/395,203号の優先権を主張するものである。
【背景技術】
【0002】
タンパク質フォールディングのセントラルパラダイム(Anfinsen, C.B.、(1973)、「Principles That Govern Folding of Protein Chains.」、Science、181、223-230)、すなわちタンパク質の固有の三次元構造がそのアミノ酸配列にコードされていることは十分に確立されているが、最近展開された「プリオン」の概念によりその普遍性が疑問視されている。中枢神経系の変性を引き起こす感染性スクレイピー物質の生化学的な特徴づけにより疾病伝播の必要構成要素はタンパク質性であることが示され(Prusiner, S.B.、(1982)、「Novel proteinaceous infectious particles cause scrapie.」、Science、216、136-144)、これは最初に(Griffith, J.S.、(1967)、「Self-replication and scrapie.」、Nature、215、1043-1044)によって大まかに概説されている。プリオン伝播はさらに、PrPCで表す細胞性プリオンタンパク質からの毒性スクレイピー型、すなわちPrPScへの転換を含み、これは、PrPScが、PrPCから新しいPrPSc分子が形成されるための鋳型として作用することによって促進される(Prusiner, S.B.、(1987)、「Prions and neurodegenerative diseases.」、N Engl J Med、317、1571-1581)。この「タンパク質のみ」の仮説は、同一のポリペプチド配列が、翻訳後修飾が全く存在しなくても、2つの相当に異なる安定なタンパク質コンホメーションの形をとることができることを示唆している。したがって、プリオンの場合、証明はされていないが、これらがタンパク質フォールディングのセントラルパラダイムを侵害している可能性がある。コンホメーション転換プロセスに別の要素が関与しているかもしれないという間接的な証拠があり(Prusiner, S.B.、(1998)、「Prions.」、Proc Natl Acad Sci USA、95、13363-13383)、これにはα-ヘリックスからβ-シート二次構造への劇的な変化が含まれる。推定される「X因子」が分子シャペロンとして作用し得ることが提案されているが、その化学的性質は未だ同定されていない(Zahn, R.、(1999)、「Prion propagation and molecular chaperones.」、Q Rev Biophys、32、309-370)。したがって、「X因子」は、タンパク質、脂質、別の生体高分子、またはそれらの組合せであり得る。
【0003】
PrPScが細胞性アイソフォームの転換を促進する分子機構について2つの一般的なモデルが提案されている(図1参照)。PrPSc形成の「有核重合」または「シード(seeding)」モデル(Jarrett, J.T.およびLansbury, P.T., Jr.、(1993)、「Seeding "one-dimensional crystallization" of amyloid: a pathogenic mechanism in Alzheimer's disease and scrapie?」、Cell、73、1055-1058)は、PrPCとPrPScが迅速に確立された平衡状態にあり、またPrPScのコンホメーションは結晶様のシード内に捕捉されている場合にのみ熱力学的に安定であることを提案している(図1A参照)。この提案されたプロセスは、動力学的バリヤーが単一分子の周りの核形成に課されている、微小管の集合、鞭毛の集合、および鎌状細胞ヘモグロビン原線維形成を含めた他の十分に特徴づけられている核形成依存性タンパク質重合プロセスに類似している。指数関数的な転換速度を説明するためには、癒着のためのますます増加する表面を提供するように凝集体が連続的に断片化されていると推測しなければならないが、断片化の機構は未だ説明されていない。PrPSc形成の鋳型支援」または「ヘテロ二量体」モデル(Prusiner, S.B.、Scott, M.、Foster, D.、Pan, K.M.、Groth, D.、Mirenda, C.、Torchia, M.、Yang, S.L.、Serban, D.、Carlson, G.A.他、(1990)、「Transgenetic studies implicate interactions between homologous PrP isoforms in scrapie prion replication.」、Cell、63、673-686)は、PrPCがある程度アンフォールディングされ、鋳型として機能するPrPSc分子の影響下でリフォールディングされることを提案している(図1B参照)。高エネルギーのバリヤーが仮定されており、これにより既存のPrPScによる触媒なしではこの転換が見込みのないものとなる。このコンホメーション変化はPrPC-PrPScヘテロ二量体から2つのPrPSc分子への解離によって動力学的に制御されていると提案されており、自己触媒的ミカエリス-メンテン動力学に従った誘導適合酵素反応として扱うことができる。転換が開始された後は、PrPSc二量体が迅速に単量体へと解離される限りは指数関数的な転換カスケードが引き起こされる。鋳型支援モデルの不利点は、何故PrPScが伝播後にタンパク質原線維へと凝集するのかが説明されない点である。Manfred Eigenは、2つの提案されたプリオン病の機構の動力学の比較解析を提示している(Eigen, M.、(1996)、「Prionics or the kinetic basis of prion diseases.」、Biophysical Chemistry、63、A1-A18)。彼は、原理上理論的にはどちらのモデルも可能であるが、それらが作動する条件が狭すぎて非現実的であることを見出した。自己触媒的鋳型支援モデルが作動するためには協同性が必要であるが、そうするとこれは、やはり(受動的な)自己触媒の一形態である核形成モデルから現象的に区別不可能になる。これら2種類の機構は、2つの単量体タンパク質コンホメーションのうちどちらが有利な平衡状態であるかという疑問において異なるが、これらはどちらも、凝集した状態を、最終的に平衡状態において有利となり、かつプリオンタンパク質の病原型を恐らく表す型として要求している。Eigenは、これら2つのモデルのうちどちらが正しい型であるかを判断するためにはさらなる実験的証拠が必要であると結論づけた。原則的に、プリオン伝播のモデルのどちらでも、「X因子」による支援の可能性は排除されていない。
【0004】
プリオン病の機構を理解するには、プリオンタンパク質の細胞型および病原性型のどちらもの三次元構造の詳細な知識が必要である。どちらのタンパク質構造もが解読された場合にのみ、転換がどのように起こるかを理解することができる。In vivoでは、「健康な」プリオンタンパク質は、グリコシルホスファチチルイノシトールアンカーを介して細胞表面に付着しており、脂質ラフトと呼ばれる膜ドメインに配分される(Vey, M.、Pilkuhn, S.、Wille, H.、Nixon, R.、DeArmond, S.J.、Smart, E.J.、Anderson, R.G.、Taraboulos, A.およびPrusiner, S.B.、(1996)、「Subcellular colocalization of the cellular and scrapie prion proteins in caveolae-like membranous domains.」、Proc Natl Acad Sci U S A、93、14945-14949)。最近の構造研究では、核磁気共鳴(NMR)分光法を用いて、様々な種由来の可溶性組換えプリオンタンパク質に焦点が当てられている。これらの研究は、哺乳動物のPrPCが2つの明確に異なるドメイン、すなわち、残基23〜120を含む柔軟に無秩序化されたN末端テール、およびα-ヘリックス二次構造に富み、小さな逆平行β-シートを含む残基121〜230のよく構成されたC末端球状ドメインからなることを示している(Lopez Garcia, F.、Zahn, R.、Riek, R.およびWuthrich, K. (2000)、「NMR structure of the bovine prion protein.」、Proc Natl Acad Sci U S A、97、8334-8339)。PrPCがPrPScへと転換される際、哺乳動物および非哺乳動物プリオンタンパク質で最も保存された配列因子を表す残基90〜120が(Wopfner, F.、Weidenhofer, G.、Schneider, R.、von Brunn, A.、Gilch, S.、Schwarz, T.F.、Werner, T.およびSchatzl, H.M.、(1999)、「Analysis of 27 mammalian and 9 avian prion proteins reveals high conservation of flexible regions of the prion protein.」、J Mol Biol、289、1163-1178)、プロテイナーゼKを用いた処理に耐性を持つようになり(Prusiner, S.B.、Groth, D.F.、Bolton, D.C.、Kent, S.B.およびHood, L.E.、(1984)、「Purification and structural studies of a major scrapie prion protein.」、Cell、38、127-134)、これは、このポリペプチドセグメントが構造化されることを示唆している。PrPCのコンホメーション転移にはβ-シート二次構造の相当な増加が伴うということのさらなる証拠も存在する(Pan, K.M.、Baldwin, M.、Nguyen, J.、Gasset, M.、Serban, A.、Groth, D.、Mehlhorn, I.、Huang, Z.、Fletterick, R.J.、Cohen, F.E.他、(1993)、「Conversion of alpha-helices into beta-sheets features in the formation of the scrapie prion proteins.」、Proc Natl Acad Sci U S A、90、10962-10966)。
【0005】
従来技術に見られる課題
PrPの様々な型のコンホメーションの特性を明確に定義することは、転移および疾病の機構を定義するために重要である。プリオンの場合、タンパク質コンホメーションを決定するための最も強力な方法のうちのいくつかが凝集体の調査を妨げる可溶性同種試料に依存していることから、これは厄介なことである。これまでに、病原性プリオンタンパク質は詳細な構造解析に抵抗を示している。これらがアミロイド原線維を形成する傾向によりX線研究のための結晶の成長が妨げられ、これまでのところ構造決定のための溶液NMR分光法は40kDaまでの分子量のタンパク質にしか適用できていない。しかし、原線維はそれよりはるかに大きく、さらに不溶性である。現在原子レベルの解像度でアミロイド原線維のPrPScを解析する唯一の技術は固体状態でのNMRであるが、この技術は生体高分子への応用に関して多大な発展が必要である。
【0006】
プリオンタンパク質の可溶性凝集体の生成および構造的な特徴づけから、プリオン病の調査における科学上の一大進歩が期待されている。プリオン複製の一般的なモデルによれば、このようなオリゴマーPrP凝集体は細胞型から感染性スクレイピー型へのリフォールディングに重要であり、このプロセスにX因子が関与している可能性の証拠が存在する(Prusiner、1998)。PrPScの可溶性複合体ならびにPrPC/PrPSc凝集体は、溶液状態での任意の生化学的技法または分光技法の魅力的な標的である。したがって、組換えPrPCからPrPScへのコンホメーション移行のプロトコルの開発は、多数の潜在的な用途を有するであろう。
【0007】
組換えPrPで行われた以前の転換研究により、通常のタンパク質原線維が得られなかったことが示されている。酸性pHかつ高濃度の尿素の存在下では、mPrP(121〜231)が可溶性のβ-シートに富んだアイソフォームに転換されるが(Hornemann, S.およびGlockshuber, R.、(1998)、「A scrapie-like unfolding intermediate of the prion protein domain PrP(121-231) induced by acidic pH.」、Proc Natl Acad Sci U S A、95、6010-6014)、hPrP(90〜231)は塩酸グアニジンの存在下で原線維の凝集体を形成するβ-シートに富んだアイソフォームに転換される(Swietnicki, W.、Morillas, M.、Chen, S.G.、Gambetti, P.およびSurewicz, W.K.、(2000)、「Aggregation and fibrillization of the recombinant human prion protein huPrP90-231.」、Biochemistry、39、424-431)。しかし、これら凝集体の超微構造はよく定義されていないと考えられ、これらがアミロイドに典型的な生物物理学的な特性を示すかどうかは報告されていない。還元条件下で洗剤を存在させずに、hPrP(91〜231)で不規則な原線維様の凝集体も得られている(Jackson, G.S.、Hosszu, L.L.、Power, A.、Hill, A.F.、Kenney, J.、Saibil, H.、Craven, C.J.、Waltho, J.P.、Clarke, A.R.およびCollinge, J.、(1999)、「Reversible conversion of monomeric human prion protein between native and fibrilogenic conformations.」、Science、283、1935-1937)。
【0008】
アルツハイマー病、パーキンソン病およびクロイツフェルト-ヤコブ病などのいくつかの異なる神経変性疾患は、高いβ-シート二次構造含有量を有する特異的なタンパク質またはペプチドの形成を伴い、これにより、タンパク質/ペプチドの凝集およびアミロイドと呼ばれる難溶性の細胞内または細胞外沈降物の形成の傾向が高くなる。当分野の先頭集団による発表では、神経変性疾患の病原性を引き起こす原因となるのはこのような「β-タンパク質」のオリゴマー型であり、必ずしもアミロイドの典型的な大きな凝集体である必要がないという証拠が存在する。
【特許文献1】2002年7月11日出願の米国仮特許出願第60/395,203号
【非特許文献1】Anfinsen, C.B.、(1973)、「Principles That Govern Folding of Protein Chains.」、Science、181、223-230
【非特許文献2】Prusiner, S.B.、(1982)、「Novel proteinaceous infectious particles cause scrapie.」、Science、216、136-144
【非特許文献3】Griffith, J.S.、(1967)、「Self-replication and scrapie.」、Nature、215、1043-1044
【非特許文献4】Prusiner, S.B.、(1987)、「Prions and neurodegenerative diseases.」、N Engl J Med、317、1571-1581
【非特許文献5】Prusiner, S.B.、(1998)、「Prions.」、Proc Natl Acad Sci USA、95、13363-13383
【非特許文献6】Zahn, R.、(1999)、「Prion propagation and molecular chaperones.」、Q Rev Biophys、32、309-370
【非特許文献7】Jarrett, J.T.およびLansbury, P.T., Jr.、(1993)、「Seeding "one-dimensional crystallization" of amyloid: a pathogenic mechanism in Alzheimer's disease and scrapie?」、Cell、73、1055-1058
【非特許文献8】Prusiner, S.B.、Scott, M.、Foster, D.、Pan, K.M.、Groth, D.、Mirenda, C.、Torchia, M.、Yang, S.L.、Serban, D.、Carlson, G.A.他、(1990)、「Transgenetic studies implicate interactions between homologous PrP isoforms in scrapie prion replication.」、Cell、63、673-686
【非特許文献9】Eigen, M.、(1996)、「Prionics or the kinetic basis of prion diseases.」、Biophysical Chemistry、63、A1-A18
【非特許文献10】Vey, M.、Pilkuhn, S.、Wille, H.、Nixon, R.、DeArmond, S.J.、Smart, E.J.、Anderson, R.G.、Taraboulos, A.およびPrusiner, S.B.、(1996)、「Subcellular colocalization of the cellular and scrapie prion proteins in caveolae-like membranous domains.」、Proc Natl Acad Sci U S A、93、14945-14949
【非特許文献11】Lopez Garcia, F.、Zahn, R.、Riek, R.およびWuthrich, K. (2000)、「NMR structure of the bovine prion protein.」、Proc Natl Acad Sci U S A、97、8334-8339
【非特許文献12】Wopfner, F.、Weidenhofer, G.、Schneider, R.、von Brunn, A.、Gilch, S.、Schwarz, T.F.、Werner, T.およびSchatzl, H.M.、(1999)、「Analysis of 27 mammalian and 9 avian prion proteins reveals high conservation of flexible regions of the prion protein.」、J Mol Biol、289、1163-1178
【非特許文献13】Prusiner, S.B.、Groth, D.F.、Bolton, D.C.、Kent, S.B.およびHood, L.E.、(1984)、「Purification and structural studies of a major scrapie prion protein.」、Cell、38、127-134
【非特許文献14】Pan, K.M.、Baldwin, M.、Nguyen, J.、Gasset, M.、Serban, A.、Groth, D.、Mehlhorn, I.、Huang, Z.、Fletterick, R.J.、Cohen, F.E.他、(1993)、「Conversion of alpha-helices into beta-sheets features in the formation of the scrapie prion proteins.」、Proc Natl Acad Sci U S A、90、10962-10966
【非特許文献15】Hornemann, S.およびGlockshuber, R.、(1998)、「A scrapie-like unfolding intermediate of the prion protein domain PrP(121-231) induced by acidic pH.」、Proc Natl Acad Sci U S A、95、6010-6014
【非特許文献16】Swietnicki, W.、Morillas, M.、Chen, S.G.、Gambetti, P.およびSurewicz, W.K.、(2000)、「Aggregation and fibrillization of the recombinant human prion protein huPrP90-231.」、Biochemistry、39、424-431
【非特許文献17】Jackson, G.S.、Hosszu, L.L.、Power, A.、Hill, A.F.、Kenney, J.、Saibil, H.、Craven, C.J.、Waltho, J.P.、Clarke, A.R.およびCollinge, J.、(1999)、「Reversible conversion of monomeric human prion protein between native and fibrilogenic conformations.」、Science、283、1935-1937
【非特許文献18】Morillas, M.、Swietnicki, W.、Gambetti, P.およびSurewicz, W.K.、(1999)、「Membrane environment alters the conformational structure of the recombinant human prion protein.」、J Biol Chem、274、36859-36865
【非特許文献19】Sanghera, N.およびPinheiro, T.J.、(2002)、「Binding of prion protein to lipid membranes and implications for prion conversion.」、J Mol Biol、315、1241-1256
【非特許文献20】Vold, R.R.およびProsser, R.S.、(1996)、「Magnetically oriented phospholipid bilayered micelles for structural studies of polypeptides. Does the ideal bicelle exist?」、Journal of Magnetic Resonance Series B、113、267-271
【非特許文献21】Dencher, N.A.、(1989)、「Gentle and fast transmembrane reconstitution of membrane proteins.」、Methods Enzymol、171、265-274
【非特許文献22】Hornemann, S.、Korth, C.、Oesch, B.、Riek, R.、Wider, G.、Wuthrich, K.およびGlockshuber, R.、(1997)、「Recombinant full-length murine prion protein, mPrP(23-231): purification and spectroscopic characterization.」、Febs Letters、413、277-281
【非特許文献23】Holscher, C.、Delius, H.およびBurkle, A.、(1998)、「Overexpression of nonconvertible PrPc delta 114-121 in scrapie-infected mouse neuroblastoma cells leads to trans-dominant inhibition of wild-type PrP(Sc) accumulation.」、J Virol、72、1153-1159
【非特許文献24】Ottiger, M.およびBax, A.、(1998)、「Characterization of magnetically oriented phospholipid micelles for measurement of dipolar couplings in macromolecules.」、J Biomol NMR、12、361-372
【非特許文献25】Ottiger, M.およびBax, A.、(1999)、「Bicelle-based liquid crystals for NMR-measurement of dipolar couplings at acidic and basic pH values.」、J Biomol NMR、13、187-191
【非特許文献26】Merz, P.A.、Somerville, R.A.、Wisniewski, H.M.およびIqbal, K.、(1981)、「Abnormal fibrils from scrapie-infected brain.」、Acta Neuropathol (Berl)、54、63-74
【非特許文献27】Baron, G.S.、Wehrly, K.、Dorward, D.W.、Chesebro, B.およびCaughey, B.、(2002)、「Conversion of raft associated prion protein to the protease-resistant state requires insertion of PrP-res (PrP(Sc)) into contiguous membranes.」、Embo J、21、1031-1040
【非特許文献28】Hegde, R.S.、Mastrianni, J.A.、Scott, M.R.、DeFea, K.A.、Tremblay, P.、Torchia, M.、DeArmond, S.J.、Prusiner, S.B.、and Lingappa, V.R.、(1998)、「A transmembrane form of the prion protein in neurodegenerative disease.」、Science、279、827-834
【非特許文献29】Hegde, R.S.、Tremblay, P.、Groth, D.、DeArmond, S.J.、Prusiner, S.B.およびLingappa, V.R.、(1999)、「Transmissible and genetic prion diseases share a common pathway of neurodegeneration.」、Nature、402、822-826
【非特許文献30】Thompson, J.D.、Higgins, D.G.およびGibson, T.J.、(1994)、「Clustal-W - Improving the Sensitivity of Progressive Multiple Sequence Alignment through Sequence Weighting, Position-Specific Gap Penalties and Weight Matrix Choice.」、Nucleic Acids Research、22、4673-4680
【非特許文献31】Zahn, R.、Liu, A.、Luhrs, T.、Riek, R.、von Schroetter, C.、Lopez Garcia, F.、Billeter, M.、Calzolai, L.、Wider, G.およびWuthrich, K.、(2000)、「NMR solution structure of the human prion protein.」、Proc Natl Acad Sci U S A、97、145-150
【非特許文献32】Kocisko, D.A.、Priola, S.A.、Raymond, G.J.、Chesebro, B.、Lansbury, P.T., Jr.およびCaughey, B.、(1995)、「Species specificity in the cell-free conversion of prion protein to protease-resistant forms: a model for the scrapie species barrier.」、Proc Natl Acad Sci U S A、92、3923-3927
【非特許文献33】Liemann, S.およびGlockshuber, R.、(1999)、「Influence of amino acid substitutions related to inherited human prion diseases on the thermodynamic stability of the cellular prion protein.」、Biochemistry、38、3258-3267
【非特許文献34】Goldfarb, L.G.、Brown, P.、McCombie, W.R.、Goldgaber, D.、Swergold, G.D.、Wills, P.R.、Cervenakova, L.、Baron, H.、Gibbs, C.J., Jr.およびGajdusek, D.C.、(1991)、「Transmissible familial Creutzfeldt-Jakob disease associated with five, seven, and eight extra octapeptide coding repeats in the PRNP gene.」、Proc Natl Acad Sci U S A、88、10926-10930
【非特許文献35】Fischer, M.、Rulicke, T.、Raeber, A.、Sailer, A.、Moser, M.、Desch, B.、Brandner, S.、Aguzzi, A.およびWeissmann, C.、(1996)、「Prion protein (PrP) with amino-proximal deletions restoring susceptibility of PrP knockout mice to scrapie.」、Embo J、15、1255-1264
【非特許文献36】Rogers, M.、Yehiely, F.、Scott, M.およびPrusiner, S.B.、(1993)、「Conversion of truncated and elongated prion proteins into the scrapie isoform in cultured cells.」、Proc Natl Acad Sci U S A、90、3182-3186
【非特許文献37】Flechsig, E.、Shmerling, D.、Hegyi, I.、Raeber, A.J.、Fischer, M.、Cozzio, A.、von Mering, C.、Aguzzi, A.およびWeissmann, C.、(2000)、「Prion protein devoid of the octapeptide repeat region restores susceptibility to scrapie in PrP knockout mice.」、Neuron、27、399-408
【非特許文献38】Zahn, R.、von Schroetter, C.およびWuthrich, K.、(1997)、「Human prion proteins expressed in Escherichia coli and purified by high-affinity column refolding.」、FEBS Lett、417, 400-404
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、本発明の一目的は、組換えおよび/またはネイティブタンパク質から病原性/感染性タンパク質を生成するプロトコルを提供することである。この目的は、請求項1の特徴によって達成される。本発明の特定の実施形態は、伝播性海綿様脳症(TSE)、アルツハイマー病、多発性硬化症、およびパーキンソン病を含む群の神経変性疾患に関与するタンパク質または凝集体の対応する方法、ならびに生成されたタンパク質またはタンパク質凝集体を含む。
【0010】
本発明のさらなる目的は、制御条件下におけるPrPCからPrPScへの転換の様々な側面を研究すること、a)TSEに対する潜在的な治療またはb)新しい診断的なTSE試験を開発するためのリガンドをスクリーニングすること、(PrPSc)に特異的に結合する抗体を開発すること、およびリガンド設計の基礎としてNMR分光法またはX線を使用してPrPScの三次元構造を決定することを含めた、これらの方法によって得たタンパク質の使用を提供することである。
【0011】
本発明のさらに別の目的は、ヒトにおけるクロイツフェルト-ヤコブ病(CJD)などのTSEに対する潜在的な治療を開発するため、(PrPSc)に特異的に結合する抗体を開発するため、組換え(PrPSc)を工業的に生成させるため、リガンド設計の基礎としてNMR分光法またはX線を使用してPrPScの三次元構造を決定するために、本発明による方法の使用を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明による有利な実施形態およびさらなる特徴は、従属請求項に従う。
【0013】
本発明は、スクレイピーに関連する原線維およびプリオン桿体における病原性PrPScに似ている、アミロイド原線維PrPβfへと凝集する組換えPrPの可溶性かつオリゴマーβ-シートに富んだコンホメーション変異体、すなわちPrPβを作製するための、in vitroプロトコルを含む。PrPからPrPβへのコンホメーション転移は、ジヘキサノイル-ホスホコリンとジミリストイル-リン脂質との等モル混合物、および数パーセントの負に帯電したジミリストイル-ホスホセリンを含むバイセル溶液(bicellar solution)中、pH5.0で起こる。このプロトコルは、ヒト、ウシ、エルク、ブタ、イヌおよびネズミPrPを含めた、試験したすべてのPrP種に適用可能であった。N末端切断型のヒトPrP断片hPrP(90〜230)、hPrP(96〜230)、hPrP(105〜230)およびhPrP(121〜230)を使用して、本発明者らは、柔軟なペプチドセグメント105〜120がPrPβの発生に必須であることを示した。PrPの二量体化が、アミノ酸配列に依存する転換の律速的なステップを表す。二量体化の自由エンタルピーは、ヒトおよびウシPrPでは約130kJ/molであり、調査した他の種では260〜320kJ/molである。したがって、提示したin vitro転換アッセイにより伝播性海綿様脳症の様々な態様を分子レベルで研究することが可能となる。
【0014】
以下の図は、従来技術ならびに本発明を実証することを意図する。本発明による方法の好ましい実施形態も、本発明の範囲を限定することを意図せずにこれらの図によって説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
大腸菌(E. coli)中で脂質を用いて発現させた組換えPrPの相互作用は以前に研究されている。多量の負に帯電した脂質の存在下では、タンパク質二次構造がより多くのα-ヘリックス(Morillas, M.、Swietnicki, W.、Gambetti, P.およびSurewicz, W.K.、(1999)、「Membrane environment alters the conformational structure of the recombinant human prion protein.」、J Biol Chem、274、36859-36865)またはβ-シート構造(Sanghera, N.およびPinheiro, T.J.、(2002)、「Binding of prion protein to lipid membranes and implications for prion conversion.」、J Mol Biol、315、1241-1256)に変更されたことが観察されたが、これらの研究ではPrPが病原性アミロイド原線維へと凝集したという報告はされていない。アミロイド形成的凝集体およびβ-シートに富んだPrP中間体を作製または安定化させることを試みるために、本発明者らはバイセル溶液中での組換えタンパク質を研究した。バイセルとは、ジミリストイル-ホスホコリン(DMPC)、ジミリストイル-ホスフセリン(DMPS)およびジヘキサノイル-ホスホコリン(DHPC)の混合物からなるディスク状の脂質粒子である。バイセルの長鎖リン脂質は液晶の二重層部分を形成しており、これは、長いアシル鎖が水と接触することから保護する短鎖リン脂質の枠に囲まれている(Vold, R.R.およびProsser, R.S.、(1996)、「Magnetically oriented phospholipid bilayered micelles for structural studies of polypeptides. Does the ideal bicelle exist?」、Journal of Magnetic Resonance Series B、113、267-271)。膜貫通タンパク質の能動的再構成では、バイセルは他の化合物よりも優れていることが示されている(Dencher, N.A.、(1989)、「Gentle and fast transmembrane reconstitution of membrane proteins.」、Methods Enzymol、171、265-274)。さらに、バイセルは、ディスク状の脂質二重層を形成するという点で脂質ラフトとある程度の構造的特徴を共有する。
【0016】
ここでは、組換えPrPをコンホメーション転移させて可溶性のオリゴマーβ-シート中間体(PrPβ)を作製し、これをさらにアミロイド原線維(PrPβf)へと転換させ得るのに、バイセル溶液が特に適していることを示す。これらの組換えPrP凝集体は、PrPScについて記載されている事実上すべての物理化学的特性を示す。組換えPrPから出発するPrPβの作製により、制御されたin vitro条件下におけるPrPCからPrPScへの転換の様々な態様を研究および開拓する代替方法が切り開かれるかもしれない。
【0017】
さらに、本発明は以下の応用を含む。
【0018】
1.ヒトにおけるクロイツフェルト-ヤコブ病(CJD)などのTSEに対する潜在的な治療を開発するための「転換阻害剤」のin vitroおよびin vivoスクリーニング法であり、転換阻害剤には、PrPCに結合することでPrPβ(図7参照)およびPrPScオリゴマー(図1A参照)またはPrPSc/PrPCヘテロ二量体(図1B参照)へのコンホメーション転移を防ぐ小分子もしくは生体高分子(タンパク質や核酸など)が含まれる。転換阻害剤にはさらに、PrPβおよびPrPScオリゴマーまたはPrPSc/PrPCヘテロ二量体に結合することでPrPβfおよびPrPScアミロイド原線維の形成を防ぐ小分子もしくは生体高分子が含まれ(図1および7参照)、転換阻害剤にはまた、PrPScオリゴマー、PrPβ、およびPrPβfに結合し、それらをPrPCオリゴマーの良性アイソフォームまたはPrPC単量体へと解離させる小分子もしくは生体高分子も含まれる。In vitroスクリーニング法には、CD分光法、電子顕微鏡観察、光学顕微鏡観察およびプロテイナーゼK耐性アッセイを用いた、「発明の目的および要約」に要約したプロトコルが含まれるが、NMR分光法、動的光散乱法および蛍光相関分光法などの他の分光技術、ならびにBIAcoreなどの生化学的技術も含まれる。In vivoスクリーニング法には、実験動物を用いた研究および細胞培養実験が含まれる。
【0019】
2.新しい診断的なTSE試験を開発するためのPrPScに特異的なリガンドのin vitroスクリーニングであり、理想的なスクリーニング鋳型の代表はPrPβである(図7参照)。PrPScに特異的なリガンドには、PrPβおよび/またはPrPβf(図7参照)およびPrPScオリゴマー(図1A参照)、PrPSc/PrPCヘテロ二量体(図1B参照)またはPrPScアミロイド原線維(図1参照)に結合する小分子もしくは生体高分子が含まれ、結合親和性はPrPCの結合と比較した場合に比較的高い。In vitroスクリーニング法には、電子顕微鏡観察、光学顕微鏡観察およびプロテイナーゼK耐性アッセイを用いた、「発明の目的および要約」に要約したプロトコルが含まれるが、動的光散乱法および蛍光相関分光法などの他の分光技術、ならびに生化学的技術も含まれる。
【0020】
3.PrPScに特異的に結合する抗体の開発であり、理想的な抗原の代表はPrPβおよび/またはPrPβfである(図7参照)。PrPScに特異的に結合する抗体は、in vitroの遺伝子操作方法によってまたはヒトおよび動物をPrPβまたはPrPβfで能動免疫化した後に作製し得る。このような抗体は、ヒトおよび/または動物の受動免疫化に応用し得る。
【0021】
4.TSE試験の「PrPSc標準」としての「組換えPrPSc」の工業的生産であり、組換えPrPScの代表はPrPβおよび/またはPrPβfである(図7参照)。「PrPSc標準」には、動的光散乱法および蛍光相関分光法などの分光技術を用いてプロテイナーゼK耐性および凝集挙動を測定するための組換えPrP標準が含まれる。TSE試験は、ヒトおよびウシ、ヒツジ、エルク、シカ、ネコ、ブタ、ウマなどの様々な動物に適用し得る。
【0022】
5.実験動物を用いた接種研究または細胞培養実験のための「組換えPrPSc」の生産であり、組換えPrPScの代表はPrPβおよび/またはPrPβfである(図7参照)。
【0023】
6.NMR分光法、X線結晶構造解析または電子顕微鏡観察を使用してリガンド設計およびリード化合物の基礎としてPrPScの三次元構造を決定すること。溶液NMRおよびX線結晶構造解析の理想的な基質の代表はPrPβであり、固体NMRおよび電子顕微鏡観察の理想的な基質の代表はPrPβfである(図7参照)。
【0024】
7.本発明およびその応用は、神経変性疾患(たとえばアルツハイマー病、パーキンソン病、多発性硬化症)に関与する他のタンパク質またはコンホメーション転移(原発性系統的アミロイド症、II型糖尿病、心房性アミロイド症などのコンホメーション病)後に疾病を引き起こすタンパク質一般に適用し得る。
【0025】
本発明はさらに、項目1〜7に記載の野生型タンパク質もしくはその変異体の作製および/または応用も含む。このような変異体は、タンパク質断片、突然変異タンパク質、融合タンパク質、合成タンパク質およびペプチド、ならびにタンパク質-リガンド複合体などを含む。
【実施例】
【0026】
(実験結果)
1.組換えネズミPrPからPrPβへの転換
25mMのジヘキサノイル-ホスホコリン(DHPC)、23.75mMのジミリストイル-ホスホコリン(DMPC)および1.25mMのジミリストイル-ホスホセリン(DMPS)を含む転換緩衝液中で、mPrP(23〜231)を、主にα-ヘリックスの形態からPrPβと呼ばれる可溶性のβ-シートに富んだアイソフォームへとコンホメーション転移させる。
【0027】
図2は、バイセル溶液におけるmPrP(23〜231)からPrPβへのコンホメーション転移を示す図である。25mMの長鎖(DMPX;DMPC、DMPG、および/またはDMPSを含む)ならびに25mMの短鎖DHPCリン脂質を含む転換緩衝液中で遠UV円二色性(CD)スペクトルを記録した。まず、37℃でスペクトルを累算し(丸印)、次いで試料を65℃まで15分間加熱した。37℃で平衡化した後、第2のCDスペクトルを記録した(三角印)。図2Aは、5%のDMPSおよび95%のDMPCの存在下でネズミPrPがβ-シートに富んだ型であるPrPβへとリフォールディングされ、CDスペクトルの特徴的な最小値は215nmであったことを示す。図2Bは、DMPSの代わりに5%のジミリストイル-ホスホグリセロール(DMPG)を使用した場合に同様のコンホメーション変化が観察されたことを示す。図2Cは、タンパク質を中性バイセル中、すなわちDMPSまたはDMPGを存在させずに加熱した場合に二次構造の変化が誘発されなかったことを示す。図2Dは、タンパク質を、脂質を含まない緩衝液中で加熱した場合にも二次構造の変化が誘発されなかったことを示す。
【0028】
図2Aはさらに、37℃では、脂質を存在させずにmPrP(23〜231)で観察されたように、mPrP(23〜231)のCDスペクトルは208nmの最小値および217nmの肩を有し、α-ヘリックス二次構造に特徴的であることを示す(Hornemann, S.、Korth, C.、Oesch, B.、Riek, R.、Wider, G.、Wuthrich, K.およびGlockshuber, R.、(1997)、「Recombinant full-length murine prion protein, mPrP(23-231): purification and spectroscopic characterization.」、Febs Letters、413、277-281)。タンパク質を65℃に15分間加熱することによってPrPβが形成され、これにより、CDスペクトルにおいてβ-シート二次構造の相対的な増加を示す215nmにおけるシングルの最小値が示される。試料を冷却して37℃に戻した後は、わずかな分光変化しか観察されなかった。目に見える凝集は存在せず、20,000gで30分間の遠心分離によって沈降は起こらなかった。さらに、室温で100日間までインキュベートすることによってCDスペクトルは有意に変更されなかった。図2Bはさらに、バイセル中のDMPSを負に帯電したDMPGで置き換えても、図2Aと比較した場合に同様の結果がもたらされることを示す。図2C、Dはさらに、mPrP(23〜231)を中性バイセルまたは脂質を含まない緩衝液中で加熱することによってPrPβが形成されなかったことを示す。
【0029】
DMPSの相対量を10%以上に増加することによって非転換PrP中のα-ヘリックス二次構造の含有量が増大されたと考えられ(データ示さず)、これはまた、この型が負に帯電したバイセルと直接相互作用し得ることも示唆している。しかし、加熱の際に迅速に沈殿することによって、CDスペクトルの定量的解析が妨げられた。したがって、PrPβの形成は、脂質二重層上の負の帯電の分布に依存する、不可逆的な脂質関連プロセスであると考えられる。
【0030】
2.N末端切断型のヒトPrP断片の転換
図3は、ヒトPrPからPrPβへの転換の、N末端「テール」の長さへの依存性を示す。図2について記載のようにCDスペクトルを記録した。丸印は加熱前、三角印は過熱後である。組換えPrP構築体を示した。
【0031】
PrPβの形成に必要なペプチドセグメントを絞り込むために、本発明者らは無処置のヒトPrPおよびその様々なN末端切断型の断片の分光特性を解析した。転換緩衝液中で加熱した際、hPrP(23〜230)、hPrP(90〜230)、およびhPrP(105〜230)は、主にα-ヘリックスであるものからβ-シートに富んだタンパク質への類似の転移を示した(図3A〜C)。これらのタンパク質のいずれでも、加熱の際に凝集は観察されなかった。しかし、断片hPrP(121〜230)では、転換緩衝液中で加熱するとすぐに沈殿がもたらされ、有意義なCDスペクトルは記録できなかった(図3D)。mPrP(121〜231)でも同じことが観察された。したがって、哺乳動物PrP中にペプチドセグメント105〜120が存在することは、組換えPrPからPrPβへのコンホメーション転移に必須であると考えられる。特に、このほとんど保存されている配列因子は、現在知られているすべてのプリオンタンパク質のなかでも(Wopfner他、1999)、とりわけAGAAAAGAモチーフを含み、これは、in vivoでのPrPCからPrPScへの転換に不可欠であることが示されている(Holscher, C.、Delius, H.およびBurkle, A.、(1998)、「Overexpression of nonconvertible PrPc delta 114-121 in scrapie-infected mouse neuroblastoma cells leads to trans-dominant inhibition of wild-type PrP(Sc) accumulation.」、J Virol、72、1153-1159)。
【0032】
3.転換の動力学的機構
PrPβ形成の機構の見識を得るために、本発明者らは、タンパク質溶液を迅速に加熱した後に、226nmの一定波長で転換動力学を測定した(材料および方法参照)。すべての動力学的測定は、生理環境を模倣するために100mMのフッ化ナトリウムの存在下で行った。
【0033】
図4Aは、転換緩衝液中で測定したネズミPrPの転換動力学を226nmにおけるモル楕円率の変化として示す。様々なタンパク質濃度を対応する曲線の隣に示した。図4Bは、様々な温度に対するPrP濃度(45〜180μM)として決定した初期転換速度の二重対数プロットを示す。
【0034】
図4Aはさらに、様々なネズミPrP濃度で得た、転換動力学の典型的なデータの組を示す。タンパク質濃度の増加に伴って反応は有意に速くなり、これは、PrPβの形成に関連するコンホメーション変化がPrP分子のオリゴマー化を含む協同様式で起こることを示唆している。触媒的濃度の事前に形成させたPrPβの存在下で転換を行わせた場合に、観察された速度定数に増加はなかった。図4Bでは、初期反応速度の対数をタンパク質濃度の対数に対してプロットした。温度とは独立して、これらの曲線の傾きはn=2.1±0.2である。したがって、単量体PrPからオリゴマーPrPβへの転移の律速的なステップは二量体化であると考えられる。
【0035】
図5は、PrPからPrPβへの転換の温度依存性を示す。図5Aによれば、ネズミPrPの転移動力学を一定のタンパク質濃度100μMで、57℃〜65℃の様々な温度で測定した。図5Bは、マウス、ヒト、ウシおよびエルクPrPのアイリングプロットを示しており、転換の速度定数kを絶対温度の逆数に対して対数スケールでプロットした。
【0036】
図5Aを調べることにより、反応速度が温度と共に増加し、転換の律速的なステップに関連する活性化エンタルピーをアイリングの方程式に従って決定することができることが示される。反応速度定数kに対する絶対温度の逆数の対数プロット、および実験データの当てはめを図5Bに示す。様々なPrP断片および種について計算した活性化パラメータを表1に要約した。
【0037】
【表1】

【0038】
ネズミおよびイヌPrPでは、約300kJ・mol-1の活性化エンタルピーが得られ、これは、無処置のヒトおよびウシPrPの対応するエンタルピーよりも約2倍高い。この発見は、ヒトおよびウシのPrPのNMR構造が非常に類似しており、これらがどちらもネズミPrPの構造とは有意に異なることと相関している(Lopez Garcia他、2000)。
【0039】
4.組換えPrP原線維PrPβfの作製
洗剤DHPCは、転換緩衝液中のバイセルの主要な構成要素を成す。長鎖リン脂質との混合物中では、DHPCの臨界ミセル濃度(cmc)は約5mMであり(Ottiger, M.およびBax, A.、(1998)、「Characterization of magnetically oriented phospholipid micelles for measurement of dipolar couplings in macromolecules.」、J Biomol NMR、12、361-372)、この濃度未満では、長鎖リン脂質は中程度の酸性または中性pHのどちらでも小胞を形成する(Ottiger, M.およびBax, A.、(1999)、「Bicelle-based liquid crystals for NMR-measurement of dipolar couplings at acidic and basic pH values.」、J Biomol NMR、13、187-191)。本発明者らの転換アッセイでは、PrPβ-バイセル溶液をDHPCのcmc未満まで有意に希釈するとすぐに、PrPβがPrPβfへと沈殿した。これらの凝集体をオクチルグルコシドなどの非変性洗剤で処理することにより通常の原線維PrPβfの形成がもたらされ、これは電子顕微鏡で観察することができた。脂質を事前に希釈せずにPrPβを洗剤で直接処理した場合に同様の原線維が観察された。
【0040】
洗剤で処理したPrPアミロイド原線維で電子顕微鏡観察を実施した。25μMのマウスPrPβfを20,000gで沈降させ、50mMのトリス-HCl、150mMのNaCl、320mMのスクロースおよび0.5%(w/v)のオクチルグルコシドに再懸濁させた。生じたアミロイド原線維は大きな線維束を形成する傾向を有する。しかし、それぞれ直径10.5±0.6nmおよび25.8±0.6nmを有する、2本または4本のらせん状に巻かれたプロトフィラメントからなる単一の原線維も観察された(データ示さず)。これらのプロトフィラメントは直径4〜4.5nmのビーズ状下部構造を含む。
【0041】
同様の下部構造がスクレイピーに関連する原線維について記載されており、原線維のサブユニットを表しているかもしれないことが推測されている(Merz, P.A.、Somerville, R.A.、Wisniewski, H.M.およびIqbal, K.、(1981)、「Abnormal fibrils from scrapie-infected brain.」、Acta Neuropathol (Berl)、54、63-74)。球状の形状を仮定すると、1つのPrPβfビーズがhPrP(90〜230)の体積の1.7〜2.5倍に相当する体積34〜48nm3を含む。これは、PrPβの形成における律速的なステップが二量体化であるという観察を支持している。したがって、PrPβfはPrP二量体のポリマー凝集体を表す場合があり、また、場合によってはスクレイピーに関連する原線維は同様の成分からなり得る。
【0042】
本発明者らは、PrPβfはコンゴレッドに結合し、偏光下で緑色-金色の複屈折性を示し(データ示さず)、また、真正のPrPScに対応する部分的にプロテイナーゼKに耐性のあるコアを含むことを見出した(図6参照)。
【0043】
図6は、プロテイナーゼKで消化した後の組換えマウスPrP(23〜230)のドデシルリン酸塩ナトリウム電気泳動の結果を示す。図6AはPrPβf凝集体を示す。矢印は、それぞれPrP残基105〜230および99〜230に対応する16.0〜16.4kDaのタンパク質分解断片を示す。図6Bは非転換PrPを示す。矢印は、13.5〜14.7kDaの主なタンパク質分解断片を示す。
【0044】
(結果の考察)
1.PrP転換の機構
バイセル溶液中におけるPrPβの形成の可能な機構を図7に示す。
【0045】
図7は、PrPからPrPβへの転換の機構モデルを示す。組換えPrPを楕円体(残基121〜230)およびランダムな線(残基90〜120)で表す。PrPβでは、幾何学的な線によって示すように柔軟なテールが構造化される。PrPβ中の球状ドメインの構造は、保存されるか、またはα-ヘリックスからβ-シートへのコンホメーション転移(長方形)に関与する。脂質分子およびタンパク質分子からなるバイセルの相対寸法はほぼ比例どおりである。
【0046】
効率的な転換のためにはバイセルの二重層表面上に負電荷が存在しなければならないという観察では、反応の第1ステップがPrPの二重層/水界面への静電気吸着であることを論じている。この見解は、組換えプリオンタンパク質の負に帯電した二重層への配分の以前の観察によって支持されている(Morillas他、1999;SangheraおよびPinheiro、2002)。PrPの、転換反応における濃度依存性により、反応経路に沿うすべての他の速度がPrPの二量体よりも有意に速くなければならないことを示唆している。さらに、二量体化自体はCDスペクトルにおいて観察可能な変化をもたらさないが、リフォールディングは変化をもたらす。したがって、PrPからPrPβへのコンホメーション転移はタンパク質の二量体化に連関している。本発明者らは、本アッセイで使用したバイセルの直径が約10nmであると推定し(VoldおよびProsser、1996)、これによりバイセル膜に対するPrP分子の配向に応じて10個〜20個のPrP単量体を収容するのに十分な空間が提供される。DHPCをcmcを超えて希釈した際、または洗剤の存在下で個々の粒子が出会い、高分子PrP凝集体であるPrPβfの形成がもたらされる。このPrP転換モデルはCaugheyおよび共同研究者の無細胞転換反応における観察と一致しており(Baron, G.S.、Wehrly, K.、Dorward, D.W.、Chesebro, B.およびCaughey, B.、(2002)、「Conversion of raft associated prion protein to the protease-resistant state requires insertion of PrP-res (PrP(Sc)) into contiguous membranes.」、Embo J、21、1031-1040)、これは、TSE感染中における新しいPrPScの作製には(i)標的細胞からのPrPCの除去、(ii)細胞間の膜の交換、または(iii)レシピエント細胞の脂質ラフトドメイン内への新入PrPScの挿入が必要であることを示唆している。
【0047】
PrPとバイセルとの可能な相互作用機構には、二重層表面への吸着およびDHPCの縁からの、横からの挿入による膜貫通セグメントの形成が含まれる。転換が起こるために疎水性ペプチドセグメント112〜130が必要であることは、PrPのこの部分が二重層内に挿入されるという見解を支持する議論であるが、PrPβは脂質表面にのみ吸着されることも可能である。柔軟に無秩序化されたテール内もしくは球状ドメイン内または両方内におけるコンホメーション転移にβ-シート二次構造の形成が伴うかどうかは、本発明者らの現在のデータからは容易に決定することができない(図7参照)。しかし、ペプチドセグメント90〜120が転換後にプロテイナーゼK耐性となることにより、テールがコンホメーション転移に関与していることが示される。さらに重要な情報は表1にまとめたPrPβ形成の転移状態のエネルギー論である。すべての転移状態エントロピーは大きな正の値であり、これは、この転移状態が非転換PrPと比較して高度な無秩序性を含むことを示している。ペプチドセグメント105〜120は非転換PrP内で柔軟に無秩序化されており、これにより、これがΔSに正に貢献する可能性が低くなる。これらのデータは、転換プロセスにおいて柔軟なテールならびに球状ドメイン121〜230の部分的なアンフォールディングが大きな特徴となり、これは図2A、Bおよび3A〜Cで観察されたα-ヘリックスの減少およびβ-シート二次構造の増加と矛盾しない。ペプチドセグメント110〜140は、TSE因子の病原性および増幅に関与していると推定されているPrPの膜貫通型中で脂質二重層を横切ることが実証されているので、このモデルがもっともらしいと考えられる(Hegde, R.S.、Mastrianni, J.A.、Scott, M.R.、DeFea, K.A.、Tremblay, P.、Torchia, M.、DeArmond, S.J.、Prusiner, S.B.、and Lingappa, V.R.、(1998)、「A transmembrane form of the prion protein in neurodegenerative disease.」、Science、279、827-834;Hegde, R.S.、Tremblay, P.、Groth, D.、DeArmond, S.J.、Prusiner, S.B.およびLingappa, V.R.、(1999)、「Transmissible and genetic prion diseases share a common pathway of neurodegeneration.」、Nature、402、822-826)。このペプチドセグメントの3分の2がPrPC骨格内に構造化されているので、このような膜会合型が構造的に変更された球状ドメインを含む可能性が最も高い。
【0048】
2.TSE伝播における種の壁のかかわり合い
それぞれヒトおよびウシPrP、ならびにエルク、ブタ、イヌおよびマウスPrPを含めた2つの群の哺乳動物プリオンタンパク質間では、PrPからPrPβへの転換の活性化エンタルピーに大きな差が観察される(表1)。無処置のヒトおよびウシPrPにおけ活性化エントロピーが比較的低いことから、その転移状態(または複数の状態)では他のプリオンタンパク質と比較してアンフォールディングが少ないと論じられる。さらに、37℃で推定した転換の自由エネルギーの計算値および対応する反応速度定数から、ヒトおよびウシPrPにおける自発性転換が、たとえばマウスPrPよりも約600倍速いことが判明した。とりわけ、ヒトおよびウシPrPがアミノ酸配列および三次元構造に関して最も類似している(Lopez Garcia他、2000)。転換反応の唯一の差異がPrPのアミノ酸配列であるので、動力学的パラメータにおける変化を種に特異的なアミノ酸の変化に基づいて有理化しなければならない。2つの前述したPrP間の一貫した配列の変化は位置155でのみ見つかり、この位置で、他のプリオンタンパク質中ではチロシンが含まれるのに対してヒトおよびウシPrPではヒスチジンが含まれる(図8)。
【0049】
図8は、CLUSTAL Wアルゴリズム(バージョン1.8;(Thompson, J.D.、Higgins, D.G.およびGibson, T.J.、(1994)、「Clustal-W - Improving the Sensitivity of Progressive Multiple Sequence Alignment through Sequence Weighting, Position-Specific Gap Penalties and Weight Matrix Choice.」、Nucleic Acids Research、22、4673-4680)によって得た哺乳動物のPrP配列の配列アラインメントを、上から下に転換の活性化エンタルピーが小さい順に(表1参照)並べたものを示す。個々の配列が何であるかを左側に示した。上部に、ヒトPrPの二次構造要素を示す(Zahn, R.、Liu, A.、Luhrs, T.、Riek, R.、von Schroetter, C.、Lopez Garcia, F.、Billeter, M.、Calzolai, L.、Wider, G.およびWuthrich, K.、(2000)、「NMR solution structure of the human prion protein.」、Proc Natl Acad Sci U S A、97、145-150)。空中ボックス、通常の二次構造;黒線、通常でない二次構造。ヒトPrPに応じた残基番号を下部に示す。
【0050】
溶媒に曝されたHis155のプロトン化により(Zahn, R.、Liu, A.、Luhrs, T.、Riek, R.、von Schroetter, C.、Lopez Garcia, F.、Billeter, M.、Calzolai, L.、Wider, G.およびWuthrich, K.、(2000)、「NMR solution structure of the human prion protein.」、Proc Natl Acad Sci U S A、97、145-150)、PrPβへと転換することができる転移適合タンパク質コンホメーションの集団が相当増加すると考えられる。キメラマウス/ハムスターPrPを用いた無細胞転換実験によってハムスターPrPCのPrPScエピトープがMet139、Asn1S5およびAsn170を含むことが示されているので(Kocisko, D.A.、Priola, S.A.、Raymond, G.J.、Chesebro, B.、Lansbury, P.T., Jr.およびCaughey, B.、(1995)、「Species specificity in the cell-free conversion of prion protein to protease-resistant forms: a model for the scrapie species barrier.」、Proc Natl Acad Sci U S A、92、3923-3927)、組換えPrPの転換におけるHis155の影響は興味深い。したがって、本発明者らの転換アッセイで観察されたPrPからPrPβへのコンホメーション転移および二量体化は、ネイティブPrPCからPrPScへの転換を反映していると考えられる。そうである場合、ヒトと家畜牛との間のTSEの伝播における種の壁は、調査した他の種よりも厳密性が低いと推定される。
【0051】
3.家族性CJD型のかかわり合い
ヒトPrPの球状ドメイン中の単一のアミノ酸置換によって家族性CJDが分けられることが示されている(総説には(Prusiner、1998))。しかし、このプロセスに関する機構の詳細は知られていない。タンパク質のフォールディングされていない状態とされた状態との間の転移を研究するほとんどのフォールディング実験とは異なり、PrPからPrPβへの転移は2つのフォールディングされたコンホメーション間で起こる。したがって、家族性アミノ酸置換がネイティブ状態、転移状態、または転換した状態のPrPの三次元構造に影響を与え得る。熱力学的安定性に対する家族性CJDの変動の影響は、以前に組換えネズミPrPで研究されている(Liemann, S.およびGlockshuber, R.、(1999)、「Influence of amino acid substitutions related to inherited human prion diseases on the thermodynamic stability of the cellular prion protein.」、Biochemistry、38、3258-3267)。アミノ酸置換のうち5個によりPrP(121〜231)のネイティブ状態が不安定になったが、3つの他の変異体は事実上熱力学的安定性に影響を与えなかった。さらに、PrPSc様凝集体の自発性形成は不安定にした変異体で観察されず、PrPCコンホメーションのみのアンフォールディングではPrPScの作製には不十分であることが示唆された。これらの結果は、2Mの尿素の存在下で実施した本発明者らの転換実験と一致しており(表1)、これは、転移状態パラメータに対する高濃度の変性剤の効果は単一のアミノ酸残基の置換、たとえば位置155のHisに対するTyrよりもはるかに低いことが示される。
【0052】
家族性CJDを発症する遺伝性の危険性を隔離するためにヒトPrPのアミノ酸配列中に追加のオクタペプチドセグメントが存在することが実証され、9個までの追加のオクタペプチド反復がヒトで見つかっている(Goldfarb, L.G.、Brown, P.、McCombie, W.R.、Goldgaber, D.、Swergold, G.D.、Wills, P.R.、Cervenakova, L.、Baron, H.、Gibbs, C.J., Jr.およびGajdusek, D.C.、(1991)、「Transmissible familial Creutzfeldt-Jakob disease associated with five, seven, and eight extra octapeptide coding repeats in the PRNP gene.」、Proc Natl Acad Sci U S A、88、10926-10930)。それぞれのオクタペプチド反復が、優先的に脂質/水界面に配分されるアミノ酸であるトリプトファンを含む。したがって、この配列モチーフは、膜表面に結合し、PrP濃度の局所的増加をもたらすことによって転換を促進する可能性がある。しかし、成熟PrPのN末端を含む残基23〜88の切断によってはトランスジェニックマウス(Fischer, M.、Rulicke, T.、Raeber, A.、Sailer, A.、Moser, M.、Desch, B.、Brandner, S.、Aguzzi, A.およびWeissmann, C.、(1996)、「Prion protein (PrP) with amino-proximal deletions restoring susceptibility of PrP knockout mice to scrapie.」、Embo J、15、1255-1264)およびScN2a細胞(Rogers, M.、Yehiely, F.、Scott, M.およびPrusiner, S.B.、(1993)、「Conversion of truncated and elongated prion proteins into the scrapie isoform in cultured cells.」、Proc Natl Acad Sci U S A、90、3182-3186)におけるPrPScの合成は阻止されず、これは、トランスジェニックマウス中でのインキュベーション時間は野生型マウスよりも長いが(Flechsig, E.、Shmerling, D.、Hegyi, I.、Raeber, A.J.、Fischer, M.、Cozzio, A.、von Mering, C.、Aguzzi, A.およびWeissmann, C.、(2000)、「Prion protein devoid of the octapeptide repeat region restores susceptibility to scrapie in PrP knockout mice.」、Neuron、27、399-408)、オクタペプチド領域がプリオンの伝播に必要ないことを示している。これらの発見は、37℃では、無処置のヒトPrPの反応速度定数はオクタペプチド反復を欠くN末端切断型のヒトプリオンタンパク質の速度定数よりも僅かにしか高くないという本発明者らの観察(表1)に反映されている。
【0053】
(材料および方法)
1.緩衝液および溶液
CB=転換緩衝液(25mMのDHPC、23.75mMのDMPC、1.25mMのDMPS、50mMの酢酸ナトリウム、pH5.0、100mMのフッ化ナトリウム);
NaAc=酢酸ナトリウム緩衝液(50mMの酢酸ナトリウムpH5.0);
TNO=トリス-HCl/オクチルグルコシド緩衝液(25mMのトリス-HCl、pH7.5、150mMのNaAc、1%(w/v)のオクチルグルコシド);
TNSucO=0.32Mのスクロースを含むTNO。
【0054】
2.プリオンタンパク質の精製
以前に記載のように組換えプリオンタンパク質を発現および精製し(Zahn, R.、Liu, A.、Luhrs, T.、Riek, R.、von Schroetter, C.、Lopez Garcia, F.、Billeter, M.、Calzolai, L.、Wider, G.およびWuthrich, K.、(2000)、「NMR solution structure of the human prion protein.」、Proc Natl Acad Sci U S A、97、145-150.;Zahn, R.、von Schroetter, C.およびWuthrich, K.、(1997)、「Human prion proteins expressed in Escherichia coli and purified by high-affinity column refolding.」、FEBS Lett、417, 400-404)、DNAシーケンシング、N末端アミノ酸シーケンシングおよびMALDI-TOF質量分析よってそれらが何であるかを確認した。
【0055】
3.CD分光法
PFD-350S温度制御器を備えたJasco J-815分光偏光計で、0.2mmの水晶キュベットを用いて測定を行った。フッ化ナトリウムを含まないCB中の50μMのPrPでCDスペクトルを測定した。典型的には、データ間隔0.5nm、応答時間1秒で、10nm/分の速度で10回の走査をまとめた。動力学の測定は、CB中の45〜180μMのPrPを急速に加熱し、波長226nmにおける楕円率の変化を追跡することによって行った。データ間隔および応答時間は1秒であり、バンド幅4nmを使用した。非転換PrPのベースラインとして、37℃での動力学を得た。転換の温度依存性は、55〜65℃の温度範囲で、CB中に100μMのPrPを用いて測定した。
【0056】
4.データ解析
n・PrP→PrPn(式中、nは協同単位あたりのPrP単量体の数を表す)型のオリゴマー化を仮定して、動力学的データを解析した。形式上、この反応は以下の方程式によって説明される:
dc/dt=-k・cn [1]
(式中、c、t、およびkは、それぞれPrP濃度、時間、および反応速度定数を表す)。方程式1の一般解は、以下の通りである。
c(t)={c0(1-n)-(n-1)・k・t}1/(1-n) [2]
【0057】
t=0では、タンパク質濃度は初期濃度c0に等しく、初期反応速度v0は以下のように表すことができる:
v0=k・c0n [3]
または
log(v0)=n・log(c0)+log(k) [4]
【0058】
速度定数は、n=2とした方程式2に動的データを当てはめて、kを当てはめパラメータとして使用して得られた。律速的なステップに関連する活性化バリヤーは以下のアイリングの方程式によって説明される:
k(T)=kb T/h・exp(ΔS/R)・exp(-ΔH/RT) [5]
(式中、kb、h、ΔS、およびΔHは、それぞれボルツマン定数、プランク定数、活性化エントロピー、および活性化エンタルピーを表す)。その後、式5をk(T)の実験値に当てはめることによってΔSおよびΔHを得た。これらの値から、活性化の自由エネルギーを以下のように計算した:
ΔG=ΔH-ΔT・ΔS [6]
【0059】
4.PrPアミロイド原線維の調製
CB中の組換えネズミPrP(50〜250μM)を65℃まで15分間加熱し、室温(RT)まで15分間冷まし、PrPβを得た。次いで、9倍体積のNaAcを加えることによって凝集を誘発させ、PrPβfを得た。60分後、凝集した物質を20,000g、15分間の遠心分離によって回収した。
【0060】
5.プロテイナーゼKによる消化
組換えPrP(23〜230)のプロテアーゼ耐性を、100μMのタンパク質濃度で、0〜50μg/mlのプロテイナーゼKの存在下、37℃で、50mMのリン酸ナトリウムpH7.0および150mMの塩化ナトリウムを含む緩衝溶液中で決定した。60分後、ドデシルリン酸塩ナトリウムゲル電気泳動のためにタンパク質を回収した。
【0061】
6.電子顕微鏡観察
新しく炭素コーティングしたEMグリッド(400 MESH)を、TNOまたはTNSucOのどちらかに懸濁させた1滴のPrPβf上に重ねた。1分間RTでインキュベートした後、濾紙を用いて過剰の液体をグリッドから丁寧に除去し、その後、3滴の蒸留水で洗浄した。EMグリッドを含むアミロイド原線維を1滴の2%(w/v)酢酸ウラニルで1分間染色し、10,000×〜30,000×の拡大率のPhilips H600電子顕微鏡を用いて、100kVで解析した。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】PrPScが細胞性アイソフォームの転換を促進する分子機構について提案された2つの一般的なモデルを示す図である(Zahn, R.、(1999)。図1Aは、有核重合」または「シード」モデルを示す図である。図1Bは、「鋳型支援」または「ヘテロ二量体」モデルを示す図である。
【図2】UV CDで示した、バイセル溶液中における組換えmPrP(23〜231)からPrPβへのコンホメーション転移を示す図である。図2Aは、β-シートに富んだPrPβ型にリフォールディングされたPrPを示す図である。図2Bは、DMPSの代わりに5%ジミリストイル-ホスホグリセロール(DMPG)を使用した場合のコンホメーション変化を示す図である。図2Cは、タンパク質を中性バイセル中、すなわちDMPSまたはDMPGを存在させずに加熱した場合に二次構造の変化が誘発されなかったことを示す図である。図2Dは、タンパク質を中性バイセル中、すなわち脂質を含まない緩衝液中で加熱した場合に二次構造の変化が誘発されなかったことを示す図である。
【図3】ヒト組換えPrPからPrPβへの転換の、N末端「テール」の長さへの依存性を示す図である。
【図4】図4Aは、226nmにおけるモル楕円率の変化として転換緩衝液中で測定した、ネズミPrPの転換動力学を示す図である。図4Bは、様々な温度に対するPrP濃度として決定した初期転換速度の二重対数プロットを示す図である。
【図5】PrPからPrPβへの転換の温度依存性を示す図である。図5Aは、ネズミPrPの転移動力学を示す図である。図5Bは、絶対温度の逆数に対して対数スケールでプロットした、マウス、ヒト、ウシおよびエルクPrPのアイリングプロットを示す図である。
【図6】プロテイナーゼKで消化した後の組換えマウスPrP(23〜230)のドデシルリン酸塩ナトリウム電気泳動を示す図である。図6Aは、PrPβf凝集体を示す図である。図6Bは、非転換PrPを示す図である。
【図7】PrPからPrPβへの転換の機構モデルを示す図である。
【図8】CLUSTAL Wアルゴリズムによって得た哺乳動物のPrP配列の配列アラインメントを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組換えタンパク質および/またはその変異体においてコンホメーション転移を誘発させるin vitroの方法であって、前記コンホメーション転移によりβ-シート二次構造の含有量の増加がもたらされ、
a)転換緩衝液を提供するステップと、
b)負に帯電した脂質を含む層状脂質構造の溶液を転換緩衝液に加えるステップと、
c)転換緩衝液に組換えタンパク質分子および/またはその変異体を加えるステップと、
d)転換緩衝液、加えた脂質およびタンパク質分子から試料混合物を形成するステップと、
e)試料混合物において転換温度を確立するステップと、
f)ステップd)の試料混合物をステップe)による転換温度に、コンホメーションが転移したタンパク質が形成されるのに十分な時間曝露させるステップと
を含む、層状脂質性構造とコンホメーションが転移したタンパク質との水溶性の複合体が形成され、コンホメーションが転移したタンパク質がオリゴマーβ-シート中間構造である方法。
【請求項2】
アミロイド形成的凝集体が、層状脂質構造を能動的に破壊することによって層状脂質性構造とオリゴマーβ-シート中間構造との水溶性の複合体から生成される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アミロイド形成的凝集体を生成するために
a)層状脂質性構造とオリゴマー中間構造との水溶性の複合体の溶液を、使用した脂質の臨界ミセル濃度よりも有意に低い濃度に希釈すること、または
b)層状脂質性構造とオリゴマー中間構造との水溶性の複合体の溶液を、使用した脂質の臨界ミセル濃度よりも有意に低い濃度に希釈し、このようにして形成させたアミロイド形成的凝集体をオクチルグルコシドなどの非変性性洗剤で処理すること、または
c)脂質を事前に希釈せずに層状脂質性構造とオリゴマー中間構造との水溶性の複合体を洗剤で直接処理すること
によって水溶性の複合体の層状脂質構造を破壊する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ステップb)の層状脂質構造の溶液がバイセル脂質溶液であり、ステップe)では、試料混合物を形成させるための温度よりも高い転換温度まで試料混合物を加熱し、水溶性オリゴマーβ-シート中間構造がアミロイド原線維(PrPβf)へと凝集されるオリゴマーβ-シート中間体(PrPβ)である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ステップe)において試料混合物を37℃〜65℃の範囲の転換温度まで加熱する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
タンパク質が、
a)伝播性海綿様脳症(TSE)、アルツハイマー病、多発性硬化症、およびパーキンソン病を含む群の神経変性疾患、ならびに/または他の
b)原発性系統的アミロイド症、II型糖尿病、および心房アミロイド症を含む群のコンホメーション病
に関与している、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
転換緩衝液が、25mMの長鎖(DMPX)および25mMの短鎖(DHPC)リン脂質を含んでバイセル溶液を形成する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
転換緩衝液中の長鎖リン脂質が23,75mM(DMPC)および1.25mM(DMPSまたはDMPG)であり、短鎖リン脂質が25mM(DHPC)である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
転換緩衝液のpHが組換えタンパク質の等電点未満である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
組換えタンパク質および/またはその変異体においてコンホメーション転移を誘発させるin vitroの方法によって生成されるオリゴマーβ-シート中間構造であって、前記コンホメーション転移によりβ-シート二次構造の含有量の増加がもたらされ、方法が、
a)転換緩衝液を提供するステップと、
c)負に帯電した脂質を含む層状脂質構造の溶液を転換緩衝液に加えるステップと、
c)転換緩衝液に組換えタンパク質分子および/またはその変異体を加えるステップと、
d)転換緩衝液、加えた脂質およびタンパク質分子から試料混合物を形成するステップと、
e)試料混合物において転換温度を確立するステップと、
f)ステップd)の試料混合物をステップe)による転換温度に、コンホメーションが転移したタンパク質が形成されるのに十分な時間曝露させるステップと
を含む、層状脂質性構造を含む水溶性の複合体の一部であるコンホメーションが転移したタンパク質であるオリゴマーβ-シート中間構造。
【請求項11】
層状脂質性構造とコンホメーションが転移したタンパク質との水溶性の複合体の層状脂質構造を能動的に破壊することによるオリゴマーβ-シート中間構造由来である、請求項10に記載のオリゴマーβ-シート中間構造から生成されたアミロイド形成的凝集体。
【請求項12】
制御条件下における転換の様々な態様を開拓するための、請求項10に記載のオリゴマーβ-シート中間構造と層状脂質性構造との水溶性の複合体または請求項11に記載のアミロイド形成的凝集体の使用。
【請求項13】
ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病に対する診断および/または予防および/または治療を開発するための「転換阻害剤」をスクリーニングするための、請求項6に記載の方法の使用。
【請求項14】
ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病に対する診断および/または予防および/または治療を開発するための「転換阻害剤」をスクリーニングするための、請求項10に記載のオリゴマーβ-シート中間構造と層状脂質性構造との水溶性の複合体または請求項11に記載のアミロイド形成的凝集体の使用。
【請求項15】
a)ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病に対する治療、あるいは
b)ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病に対する予防、あるいは
c)ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病の診断的な試験
を開発するためのリガンドをスクリーニングするための、請求項10に記載のオリゴマーβ-シート中間構造と層状脂質性構造との水溶性の複合体または請求項11に記載のアミロイド形成的凝集体の使用。
【請求項16】
a)ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病に対する治療、あるいは
c)ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病に対する予防、あるいは
c)ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病の診断的な試験
を開発するためのリガンドをスクリーニングするための、請求項6に記載の方法の使用。
【請求項17】
コンホメーションが転移したタンパク質に特異的に結合する抗体を開発するための、請求項10に記載のオリゴマーβ-シート中間構造と層状脂質性構造との水溶性の複合体または請求項11に記載のアミロイド形成的凝集体の使用。
【請求項18】
コンホメーションが転移したタンパク質に特異的に結合する抗体を開発するための、請求項6に記載の方法の使用。
【請求項19】
組換えコンホメーションが転移したタンパク質を工業的に生産するための、請求項1に記載の方法の使用。
【請求項20】
NMR分光法、X線、または電子顕微鏡観察を使用してリガンド設計の基礎としてコンホメーションが転移したタンパク質の三次元構造を決定するための、請求項10に記載のオリゴマーβ-シート中間構造と層状脂質性構造との水溶性の複合体または請求項11に記載のアミロイド形成的凝集体の使用。
【請求項21】
NMR分光法、X線、または電子顕微鏡観察を使用して、リガンド設計の基礎としてコンホメーションが転移したタンパク質および/またはアミロイド形成的凝集体のオリゴマーβ-シート中間構造の三次元構造を決定するための、請求項1に記載の方法の使用。
【請求項22】
ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病の診断および/または予防および/または治療的処置のための、請求項15、16、20または21に記載のように得たリガンドの使用。
【請求項23】
ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病の診断および/または予防および/または治療的処置のための、請求項13または14に記載のように得た「転換阻害剤」の使用。
【請求項24】
ヒトおよび/または動物におけるコンホメーション病の診断および/または予防および/または治療的処置のための、請求項17または18に記載のように得た抗体の使用。
【請求項25】
伝播性海綿様脳症(TSE)、アルツハイマー病、多発性硬化症、およびパーキンソン病を含む群の神経変性疾患、ならびに/または原発性系統的アミロイド症、II型糖尿病、および心房アミロイド症を含む群の他のコンホメーション病に対する、ヒトまたは動物の能動免疫化のための、請求項10に記載のオリゴマーβ-シート中間構造と層状脂質性構造との水溶性の複合体または請求項11に記載のアミロイド形成的凝集体の使用。
【請求項26】
伝播性海綿様脳症(TSE)、アルツハイマー病、多発性硬化症、およびパーキンソン病を含む群の神経変性疾患、ならびに/または原発性系統的アミロイド症、II型糖尿病、および心房アミロイド症を含む群の他のコンホメーション病に対する、ヒトまたは動物の受動免疫化用の医薬品を製造するための、請求項17または18に記載のように得た抗体の使用。
【請求項27】
請求項13または14に記載の方法に従って得た「転換阻害剤」を含む、ヒトおよび/または動物のコンホメーション病を診断または治療的もしくは予防的に処置するための組成物。
【請求項28】
請求項15、16、20または21に記載の方法に従って得たリガンドを含む、ヒトおよび/または動物のコンホメーション病を診断または治療的もしくは予防的に処置するための組成物。
【請求項29】
請求項17または18に記載の方法に従って得たコンホメーションが転移したタンパク質に特異的に結合する抗体を含む、ヒトおよび/または動物のコンホメーション病を診断または治療的もしくは予防的に処置するための組成物。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公表番号】特表2006−515269(P2006−515269A)
【公表日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−520465(P2004−520465)
【出願日】平成15年7月3日(2003.7.3)
【国際出願番号】PCT/EP2003/007077
【国際公開番号】WO2004/007545
【国際公開日】平成16年1月22日(2004.1.22)
【出願人】(505012874)アイトゲノシシュ・テクニシェ・ホッホシューレ・チューリッヒ (2)
【Fターム(参考)】