説明

癌幹細胞の製造および取得方法、および幹細胞を標的とした抗白血病薬のスクリーニング方法

【課題】トランスジェニック非ヒト動物を用いて癌幹細胞を多量に製造し取得する方法、癌幹細胞を産生する当該トランスジェニック非ヒト動物またはこれから得られる癌幹細胞の用途、具体的には、白血病の予防または治療薬(抗白血病薬)の有効成分をスクリーニングする方法、ならびに被験薬物の白血病治療効果を評価する方法を提供する。
【解決手段】Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物を飼育し、その体内で癌幹細胞を産生させて癌幹細胞を製造する。ここで製造される癌幹細胞を上記の抗白血病薬の有効成分のスクリーニング、ならびに被験薬物の白血病治療効果の評価に使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスジェニック非ヒト動物を用いて癌幹細胞を多量に製造し取得する方法に関する。また本発明は、癌幹細胞を産生する当該トランスジェニック非ヒト動物またはこれから得られる癌幹細胞の用途、具体的には、白血病の予防または治療薬(抗白血病薬)の有効成分をスクリーニングする方法、ならびに被験薬物の白血病治療効果を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、癌治療のための抗がん剤が種々開発されているものの、再発や副作用といった問題が依然として解決すべき課題として残っている。近年、乳がんや肝臓がんなどの一部の癌で癌幹細胞となるものが見つかっており(非特許文献1〜5)、癌幹細胞が腫瘍を形成するメカニズムの研究や、癌幹細胞を標的とした再発や副作用のない抗がん剤の開発が注目されている。
【0003】
癌発症・腫瘍形成に関与する遺伝子として細胞周期制御に関するものが複数同定され、研究が進んでいる。例えば、本件発明者は、既にJab1遺伝子の発現あるいは活性を促進することでex vivoにおいて目的のプライマリー細胞を増殖させる方法を開発している(特許文献1参照)。
【0004】
また発明者らは近年、Jab1遺伝子を過剰発現するように構築したトランスジェニックマウスを開発した(非特許文献6、非特許文献7)。当該非ヒト動物は、生まれたときは生殖機能も含めて正常であるが、成長に従って生後約3〜6ヶ月ほどで、異常白血球の増殖と脾臓肥大が認められ、自然発症的に白血病を発病することが示された。このため、当該Jab1トランスジェニックマウスは、白血病自然発症モデル動物として使用することができる(非特許文献6、非特許文献7)。
【0005】
また、Jab1は慢性骨髄性白血病、甲状腺癌、肺癌、口腔癌等多くの癌でその発現が上昇していることが知られており、Jab1がこれら疾患の治療薬として有望であることが示されている(非特許文献8および9)。
【特許文献1】特開2005-261232号公報
【非特許文献1】Gudjonsson T., et al.,(2005), Acta Pathologica, microbiologica, et immunologica Scandinabica.
【非特許文献2】Bonnet D., et al.,(1997), Nature Medicine, vol.3, pp730-737
【非特許文献3】Al-Hajj M., et al.,(2003), Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,vol.100(7), 3983-3988
【非特許文献4】Singh S.K., et al.,(2003),Cancer research, vol.63(18),5821-5828
【非特許文献5】Passegue E., et al.,(2004), Cell, vol.119,pp.431-443
【非特許文献6】第64回日本癌学会学術総会要旨集、2005年8月15日発行
【非特許文献7】第28回日本分子生物学会年会要旨集、2005年11月25日発行
【非特許文献8】Dong Y., et al., Clinical cancer Research, 2005,vol.11,pp. 259-266
【非特許文献9】Esteva FJ., et al.,Clinical Cancer Research,2003, vlo.9(15),pp.5652-5659
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
癌治療のための抗がん剤の多くは、細胞増殖の抑制を目的としたものであり、再発や副作用といった問題がある。最近では、癌再発の原因は癌幹細胞にあると考えられており、このため癌幹細胞が腫瘍形成するメカニズムの解明やこれを標的とした抗がん剤の開発が早急に求められている。
【0007】
しかしながら、現在、癌幹細胞は乳がんと肝臓がんを含む一部の癌にしか発見されておらず、またこれらを取得するには腫瘍組織から単離する必要があるため、上記抗がん剤の開発を含めた一連の研究に供するために必要な、充分量を得ることができないという問題がある。
【0008】
そこで本発明は、癌幹細胞による腫瘍形成メカニズムの解明や癌幹細胞を標的とした抗がん剤の開発に供することができるように、より多くの癌幹細胞を製造し取得するための方法を提供することを目的とする。さらに当該方法によって得られた癌幹細胞、並びにその用途、具体的には当該癌幹細胞やその供給源(非ヒト動物)を用いた抗白血病薬の有効成分のスクリーニング方法、および幹細胞を標的とした白血病治療効果の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、細胞の増殖、死、癌化の制御に関与するJab1遺伝子を過剰発現させたトランスジェニック非ヒト動物を作製し、それを解析したところ、当該動物の骨髄中に癌幹細胞が多量に存在していることを見出した。当該トランスジェニック非ヒト動物は、成長するにつれて白血球が増加し脾臓が肥大し、白血病を自然発症する癌発症モデル動物である。また、上記研究において骨髄細胞にJab1を過剰発現させることでこの細胞が癌幹細胞になることから、Jab1トランスジェニック非ヒト動物の骨髄細胞が癌幹細胞化して、腫瘍形成に寄与していることが判明した。また、癌幹細胞は、Jab1トランスジェニック動物の脾臓および末梢血には多量に含まれていることが確認された。
【0010】
これらのことから、本発明者は、Jab1遺伝子を過剰発現させたトランスジェニック非ヒト動物は、癌幹細胞の供給源として有用であること、そして当該動物またはその動物の癌幹細胞を多く含む組織や体液(特に脾臓や末梢血)は、癌幹細胞の腫瘍形成メカニズムを解明するうえで、また幹細胞、好ましくは癌幹細胞を標的とした抗白血病薬の有効成分をスクリーニングするための材料として、さらに幹細胞、好ましくは癌幹細胞を標的とした白血病治療効果を評価するための材料として有用であることを確信した。
【0011】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の具体的態様を有するものである。
【0012】
I.癌幹細胞の製造、または取得方法
(I-1) Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物を飼育し、その体内で癌幹細胞を産生させることを特徴とする、癌幹細胞の製造方法。
(I-2) 白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物を、少なくとも白血病を発症するまで飼育することを特徴とする、(I-1)記載の癌幹細胞の製造方法。
(I-3) Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物を飼育し、白血病発症後、当該動物から脾臓細胞または末梢血液を採取する工程を有する、癌幹細胞の取得方法。
【0013】
II.抗白血病薬の有効成分のスクリーニング方法
(II-1) 下記の工程を有する白血病治療薬の有効成分のスクリーニング方法。
(a)Jab1を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物から癌幹細胞を採取する工程、
(b)被験物質を癌幹細胞と接触させる工程、
(c)上記被験物質と接触させた癌幹細胞のJab1発現量、幹細胞活性または生存率を測定し、当該被験物質を接触しない対照の癌幹細胞のJab1発現量(対照発現量)、幹細胞活性(対照活性)または生存率(対照生存率)と比較する工程、および
(d)癌幹細胞のJab1発現量、幹細胞活性または生存率が、対照発現量、対照活性または対照生存率に比して低減している場合に、当該癌幹細胞に接触させた被験物質を白血病の治療薬の有効成分として選択する工程。
(II-2) Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物の白血病発症後に、被験物質を投与し、Jab1の発現抑制または白血病の改善の有無を検定する工程を有する、幹細胞を標的とした白血病治療薬の有効成分のスクリーニング方法。
(II-3) 下記の工程を有する白血病の予防薬の有効成分のスクリーニング方法。
(a’)Jab1を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物から、出生後白血病発症前に、幹細胞を採取する工程、
(b’)被験物質を幹細胞と接触させる工程、
(c’)上記被験物質と接触させた幹細胞におけるJab1発現量、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性または生存率を測定し、当該被験物質を接触しない対照の幹細胞のJab1発現量(対照発現量)、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性(対照活性)または生存率(対照生存率)と比較する工程、および
(d’)幹細胞のJab1発現量、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性または生存率が、対照発現量、あるいは対照活性または対照生存率に比して低減している場合に、当該幹細胞に接触させた被験物質を白血病の予防薬の有効成分として選択する工程。
(II-4) Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物の出生後白血病発症前に、被験物質を投与し、Jab1の発現抑制または白血病発症の有無を検定する工程を有する、幹細胞を標的とした白血病予防薬の有効成分のスクリーニング方法。
【0014】
III.白血病治療効果の評価方法
(III-1) Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物の白血病発症後に、被験薬物を投与し、Jab1の発現抑制または白血病の改善の有無を検定する工程を有する、当該被験薬物の幹細胞を標的とした白血病治療効果の評価方法。
【発明の効果】
【0015】
Jab1遺伝子を過剰発現させたトランスジェニック非ヒト動物によれば、従来供給が困難であった癌幹細胞を多量に提供することが可能になる。また当該トランスジェニック動物は、癌幹細胞が癌発症にどのようにかかわるのか、その癌発症メカニズムを解明するために有効に使用することができる。さらに当該トランスジェニック非ヒト動物はその動物自体、または当該動物から取り出した癌幹細胞若しくは癌幹細胞を多数含む組織や体液を用いることにより、癌幹細胞を標的とした抗白血病薬の有効成分をスクリーニングしたり、既存の薬物について白血病治療のための薬効を評価することが可能である。
【0016】
本発明のスクリーニング方法および薬効評価方法は、上記の考えのもとで完成したものであり、本発明の方法によれば、癌幹細胞を標的とすることによって再発や副作用が低減された抗がん剤を開発することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
I.癌幹細胞の製造および取得方法
本発明が提供する癌幹細胞の製造方法は、Jab1遺伝子を過剰発現するように構築したトランスジェニック非ヒト動物(以下、「Jab1トランスジェニック非ヒト動物」ともいう)を飼育し、その体内、具体的にはその体内、好ましくは骨髄内、脾臓内、末梢血液内で癌幹細胞を産生させることを特徴とするものである。
【0018】
(1)Jab1トランスジェニック非ヒト動物の作製方法
発明者らは近年、Jab1遺伝子を過剰発現するように構築したトランスジェニックマウスを開発した(第64回日本癌学会学術総会要旨集、第28回日本分子生物学会年会要旨集)。当該非ヒト動物は、生まれたときは生殖機能も含めて正常であるが、成長に従って生後約3〜6ヶ月ほどで、異常白血球の増殖と脾臓肥大が認められ、自然発症的に白血病を発病することが示された。このため、当該Jab1トランスジェニックマウスは、白血病自然発症モデル動物として使用することができる(第64回日本癌学会学術総会要旨集、第28回日本分子生物学会年会要旨集)。
【0019】
なお、本発明が対象とするJab1トランスジェニック非ヒト動物は、上記マウスに限らず、ヒト以外の例えばラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、サル(チンパンジーを含む)、ブタ、ヤギ、ヒツジ等の通常実験に汎用される哺乳動物を挙げることができる。好ましくは、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ等のげっ歯動物であり、より好ましくは操作や飼育の簡便性からマウスおよびラットを挙げることができる。 Jab1トランスジェニック非ヒト動物は、Jab1遺伝子を過剰発現するように導入することによって製造することができる。
【0020】
ここでJab1遺伝子およびその発現産物であるJab1(タンパク質)は、様々な細胞周期制御因子やシグナル伝達分子と相互作用することにより細胞増殖、分化およびがん化を制御する分子であることが知られている(Nature 398, 160-165, 1999;Oncol Rep 11, 277-284, 2004;Blood 105, 775-783, 2005 )。マウス由来のJab1遺伝子の塩基配列(Genbank accession #AF068223)を、配列表の配列番号1に示す。なおJab1遺伝子は、マウスだけでなく、ヒト並びに上記の非ヒト動物、例えばラット、チンパンジー、イヌ、ウシ、ブタ等の多くの哺乳動物に共通して存在していることが知られている(Wei N.,Deng XW.,THE COP9 SIGNALOSOME, Annual Review of Developmental Biology,2003, 19,pp.261-286;Schwechheimer C., Deng XW., COP9 signalosome revisited: a novel mediator of protein degradation, Trends in Cell Biology, 2001,vol.11, No.10, pp.420-426)。
【0021】
Jab1トランスジェニック非ヒト動物は、慣用のトランスジェニック非ヒト動物の作製方法に準じて作製することができる。なお、トランスジェニック非ヒト動物の作製方法は、例えば、(1) Gordon, J. W. (1993)、Methods in Enzymology, Vol. 225,“Guide to techniques in mouse development" edited by Paul M. Wassarman, Melvin L.DePamphilis, Academic Press, INC.;(2)「ジーンターゲッテイングの最新技術」羊土社;(3)「遺伝子工学キーワードブック改訂第2版」羊土社、2000年1月1日、283-284頁;(4)「実験医学別冊 改訂 新遺伝子工学ハンドブック改訂第3版」羊土社、1999年9月10日、234-238頁などに詳細に記載されている。また、トランスジェニック非ヒト動物の作製には、その他慣用の遺伝子組換え技術(例えば、cDNAクローニング、ゲノムクローニング、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、プライマーの作製、酵素処理等)が用いられるが、これらの方法も当業者によく知られている通常の方法に従って行うことができる(“Molecular Cloning, A Laboratory Manual", Third Edition, Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, New York(2001年)等参照)。
【0022】
具体的には、本発明で用いられるトランスジェニック非ヒト動物は、下記のようにして作製することができる。まずJab1遺伝子をプロモーターの制御下に配置した組換えDNA (Jab1発現ベクター)を構築し、この組換えDNAをマウスの受精卵、初期胚、胚性幹細胞などの分化全能性を有する細胞に導入する。得られた細胞を偽妊娠非ヒド動物に移植し、生まれた仔非ヒト動物から前記組換えDNAを有する仔非ヒト動物(キメラ動物)を選択する。次いで、斯くして得られたキメラ動物同士を交配して、出まれてくる非ヒト動物をトランスジェニック非ヒト動物として取得する。
【0023】
ここで用いられるJab1遺伝子は、作製する非ヒト動物の種類に応じてその種に由来するJab1遺伝子を用いることが好ましい。当該Jab1遺伝子は、通常の遺伝子組換え技術により構築することができる。例えば、Jab1遺伝子の塩基配列情報をもとにして設計したプライマーやプローブを用い、PCR法やハイブリダイズ法により、cDNAライブラリーをスクリーニングする方法を挙げることができる。
【0024】
斯くして得られるJab1遺伝子を、適当なプロモーターの下流に連結した発現ベクターは、例えば、プラスミド、コスミドまたはウイルス(ファージを含む)等であってもよい。発現ベクターは、通常、プロモーター及びJab1遺伝子が発現可能なように5'から3'方向に連結される。プロモーターとしては、Jab1遺伝子を発現することが可能なものであれば特に限定されない。一例としてはCAGプロモーター、SV40プロモーター、EFプロモーター、ユビキチンプロモーターなどを挙げることができるが、これらに制限されるものではない。なお、目的のJab1遺伝子が体内(特に組織特異性は要求されない)で適切に発現するように、必要に応じて、エンハンサー、サイレンサー、ポリA付加シグナルなどを発現ベクター中に組み込むことができる。
【0025】
さらに、上記Jab1発現ベクターには、Jab1遺伝子と共に、遺伝子マーカーを導入してもよい。そのような遺伝子マーカーとして、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP、EGFP等)、ルシフェラーゼ、β−ガラクトシダーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ等が挙げられる。また、Jab1発現ベクターには、Jab1遺伝子と共に、タグ配列を導入してもよい。タグ配列はJab1遺伝子の発現を妨げるものでなければよく、例えばTAP(Tandem Affinity Purification)タグ、Mycタグ、Flagタグ、GSTタグ、Hisタグなどを用いることができる。上記Jab1遺伝子と共にこれらの遺伝子マーカーやタグ配列を発現ベクターに導入した場合は、非ヒト動物に発現している遺伝子マーカーやタグ配列の発現産物を指標とすることにより、Jab1遺伝子の導入ならびに発現の有無を効率良く確認することができる。
【0026】
このようにして得られる組換えDNAを受精卵に導入する方法としては、マイクロインジェクション法、レトロウィルスベクターによる方法、又は、胚性幹細胞を用いる方法等が挙げられる。通常はマイクロインジェクション法が用いられる。なお、受精卵の培養、マイクロインジェクション、受精卵の移植等の方法は、当業者によく知られている通常の方法により行うことができる。
【0027】
次いで、マイクロインジェクション等によって上記組み換えDNA(Jab1遺伝子)を導入した受精卵を偽妊娠非ヒト動物の子宮に移植する。そして、その非ヒト動物を飼育し、生まれた仔非ヒト動物から前記組換えDNA(Jab1遺伝子)を有する仔非ヒト動物(キメラ動物)を選択する。また、胚性幹細胞を用いる場合には、エレクトロポレーション法などでJab1遺伝子を含む発現ベクターを胚性幹細胞に導入し、ウェスタンブロット等でJab1遺伝子の発現が確認できたコロニーを選択して雌マウスのblastcystに移植、母体に戻して出産させることで、前記組換えDNA(Jab1遺伝子)を有する仔非ヒト動物(キメラ動物)を得ることができる。
【0028】
仔非ヒト動物の中から組換えDNA(Jab1遺伝子)を有する仔非ヒト動物(キメラ動物)を選択する方法は、例えば、非ヒト動物の尾より抽出したゲノムDNAを鋳型とし、Jab1遺伝子の塩基配列や発現に要する随伴する塩基配列に対して特異的なプライマーを用いたPCRにて、前記組換えDNA(Jab1遺伝子)の導入の有無を内因性のJab1遺伝子とは識別して確認する方法により行うことができる。また、遺伝子マーカーをJab1発現ベクターに導入した場合は、遺伝子マーカーの発現産物を指標とすることにより、前記組換えDNA(Jab1遺伝子)及び遺伝子マーカーの導入の有無を確認することができる。
【0029】
次いで、斯くして得られるキメラ動物同士を交配することによって本発明のJab1トランスジェニック非ヒト動物を得ることができる。当該Jab1トランスジェニック非ヒト動物は、体内でJab1遺伝子を過剰発現し、白血病を自然発症する特性を有している。
【0030】
得られたJab1トランスジェニック非ヒト動物がJab1遺伝子を過剰発現し、白血病を自然発症する所望の動物であるか否かについては、その非ヒト動物についてまず導入Jab1遺伝子が保持されていることを、尾などから抽出したゲノムDNAを鋳型とし、Jab1遺伝子の塩基配列や発現に要する随伴する塩基配列に対して特異的なプライマーを用いたPCRなどにより確認する方法や、増殖した白血球を対象としてJab1の発現の有無を抗Jab1抗体を用いて免疫染色やウェスタンブロッティング法を行うことによって確認することができる。導入Jab1遺伝子を保持することが確認された場合は、通常Jab1遺伝子を過剰発現していると判断することができる。また白血病の発症の有無は、トランスジェニック非ヒト動物から採取した血液をギムザ染色して、異常な白血球の存在を確認することで行うことができる。
【0031】
斯くして作製されるJab1トランスジェニック非ヒト動物(白血病自然発症モデル非ヒト動物)は、体内、好ましくは実施例で示すように骨髄中で癌幹細胞(造血癌幹細胞)を産生し、それに由来して白血病を発症すると考えられる。このため当該Jab1トランスジェニック非ヒト動物は、白血病の予防または治療(特に造血癌幹細胞を標的とした予防または治療)の為の有効物質の探索、並びに個々の被験物質または被験薬物について白血病に対する治療効果(特に造血癌幹細胞を標的とした治療効果)を評価するのに有効に用いることができる。なお、癌幹細胞を産生する部位としては、特に制限されないが、例えば骨髄細胞内、脾臓内または末梢血液内等を挙げることができる。好ましくは骨髄細胞である。すなわち、Jab1トランスジェニック非ヒト動物は、造血癌幹細胞を原因とする白血病自然発症モデル非ヒト動物として、癌幹細胞による発がんメカニズムの解明や癌幹細胞を標的とした抗がん剤の開発に有効に用いることができる。
【0032】
さらに後述するように、当該Jab1トランスジェニック非ヒト動物は、癌幹細胞の取得に際して癌幹細胞の製造源として有効に利用することができる。
【0033】
(2)癌幹細胞の製造および取得方法
上記方法によって作製されるJab1トランスジェニック非ヒト動物は、後述する実施例に示すように、Jab1を過剰発現しており、生育の過程で白血病を自然発症する特性に加えて、体内、好ましくは骨髄内、脾臓内、末梢血液内で癌幹細胞(造血癌幹細胞)を産生する性質を有している。このため、Jab1トランスジェニック非ヒト動物は、癌幹細胞(造血癌幹細胞)の製造源もしくは供給源として有用である。すなわち癌幹細胞の製造は、Jab1トランスジェニック非ヒト動物を飼育し生育させることによってその骨髄内で行われる。
【0034】
Jab1トランスジェニック非ヒト動物の飼育は、特に制限されず、通常の実験動物の飼育方法に準じて行うことができる。また抗菌条件下で飼育することもできる。制限はされないが、具体的には、飼育条件として温度20〜26℃、相対湿度30〜70%、照明12時間の明暗サイクル、換気回数10回以上/時間の飼育室環境で、収容動物数3匹/ケージで飼育し、固形飼料の自由摂食、自動飲水装置からの自由摂水条件を例示することができる。
【0035】
飼育(生育)は、Jab1トランスジェニック非ヒト動物が少なくとも白血病を発症するまで行なう。白血病を発症する期間は、通常生後3〜6ヶ月であるから、好ましくは生後4ヶ月で以上、より好ましくは生後6ヶ月以上飼育することが好ましい。
【0036】
癌幹細胞(造血癌幹細胞)は、Jab1トランスジェニック非ヒト動物の骨髄だけでなく、例えば脾臓や末梢血液にも多く存在することから(実施例3及び4)、骨髄内で産生された癌幹細胞(造血癌幹細胞)は、骨髄内に留まらず、脾臓や血液、特に末梢血液に多く放出されると考えられる。
【0037】
このため、Jab1トランスジェニック非ヒト動物の骨髄、並びに各種の臓器組織(好ましくは脾臓)や体液(好ましくは血液、特に末梢血液)、及びこれらから調製される細胞(好ましくは骨髄細胞、脾臓細胞および血液細胞)は、多量の癌幹細胞(造血癌幹細胞)を含む試料として有用である。特に末梢血液は、Jab1トランスジェニック非ヒト動物を生育しながら採取できるものである点で有用な癌幹細胞含有試料である。なお、骨髄や脾臓から骨髄細胞や脾臓細胞を調製する方法は、慣用方法に従って行うことができる。例えば、骨髄細胞は、大腿骨や脛側骨などから取りだした骨髄細胞を溶血剤で処理して赤血球を除去することなどによって調製することができ、また脾臓細胞は、脾臓を切り刻みピペッティングを繰り返すこと、言い換えればホモジネートすることによって調製することができる。
【0038】
組織から細胞を単離する際に使用される溶媒としては、ウシ胎児血清などを配合した、通常5〜25mM程度の低濃度の水溶液、例えば生理食塩水、PBS、HEPES、リン酸緩衝液、乳酸塩緩衝液、ハンクス平衡塩溶液などを挙げることができる。
【0039】
これらの組織(脾臓)、体液(末梢血液)およびこれらから調製される細胞は、そのまま若しくは癌幹細胞を単離した後、後述する抗白血病薬の有効成分のスクリーニングおよび被験薬物の白血病治療効果(薬効)の評価に、用いることができる。
【0040】
癌幹細胞の単離には、フローサイトメトリーを利用したセルソーティング、好ましくは蛍光活性化セルソーティング(FACS)を利用することができる。なお、蛍光活性化セルソーティング(FACS)は、例えば「フローサイトメトリー−実践プロトコール」M.G.Ormerod/編・大熊勝治/監訳、廣川書店、1994年;「Flow Cytometry and Sorting」, Myron R. Melamed et al., Wiley-Liss, Inc.NY, 1992などに記載される方法によって実施することができる。この場合、幹細胞の表面に特異的に発現している抗原を選択的に認識する抗体、例えばc-Kitに対する抗体(抗c-Kit抗体)、Sca-1に対する抗体(抗Sca-1抗体)との反応が陽性で、且つより分化が進んだ細胞の表面に特異的に発現している抗原(分化マーカー、CD3, B220,Ter119, Mac1, Gr1)に対する抗体(抗分化マーカー抗体)との反応が陰性の細胞を幹細胞として特定することができる。なお、これらの抗体は、FACSの実施のために蛍光色素で標識されていることが好ましい。かかる蛍光色素としては、当業界でフローサイトメトリー用蛍光色素として公知のものを任意に使用することができる。好ましくはフルオレセインイソチオシアネート(FITC)、フィコエリスリン(Phycoerythrin:PE)、PE-Cy5(PE-Cyanin5)、PE-Cy5.5(PE-Cyanin5.5)、PE-Cy7(PE-Cyanin7)、ローダミンイソチオシアネート、テキサスレッドなどを制限なく例示することができる。
【0041】
かかるフローサイトメトリーを利用したFACS法において、抗分化マーカー抗体に対する反応が陰性で、かつ、抗c-Kit抗体および抗Sca-1抗体の両方に陽性反応する細胞集団が幹細胞の集団であり、さらにFACSを用いたセルソーティングすることによって癌幹細胞を含む細胞群を採取することができる。なお、実施例4で示すように、通常、脾臓や末梢血液中には正常な造血幹細胞は存在し得ないこと、Jab1トランスジェニック非ヒト動物の脾臓や末梢血液から採取された造血幹細胞が異常な分化および増殖能を有することから、上記方法によりJab1トランスジェニック非ヒト動物の脾臓や末梢血液などから採取される幹細胞(造血幹細胞)は、その殆どが癌幹細胞(造血癌幹細胞)であると考えることができる。
【0042】
斯くして調製された癌幹細胞およびこれを含む試料は、寒天やメチルセルロースを含む液体または半固形の培地で、インビトロで短期培養することができる。制限はされないが、かかる液体培地としてはDMEM(Dulbecco Modified Eagle Medium)を基礎として、これに15% 牛胎児血清、2mM L-グルタミン、SCF、IL3、およびIL6を配合した培地を、また半固形培地としてはIMDM-basedメチルセルロース培地(Methocult M3100,Stem Cell Technology社製)に、30% 牛胎児血清、1% 牛血清アルブミン、2mM L-グルタミン、50μM 2-メルカプトエタノール、SCF、IL3、IL6、およびEPOを配合した培地を例示することができる。
【0043】
II.抗白血病薬の有効成分のスクリーニング方法
(1)白血病治療薬の有効成分のスクリーニング方法
上記のJab1トランスジェニック非ヒト動物、並びにそれから調製される癌幹細胞(造血癌幹細胞)およびこれを含む試料を用いることにより、白血病治療に有効な物質をスクリーニングすることができる。
【0044】
(1-1)癌幹細胞(造血癌幹細胞)を用いる方法
造血癌幹細胞は、実施例4で示されるように、通常の造血幹細胞が生存できない条件下で生存し、増殖・分化して癌化した血球系細胞(赤血球、白血球、顆粒球、マクロファージなど)を供給する。従って、造血癌幹細胞の生存を阻害する作用を有するもの、または造血癌幹細胞の幹細胞としての活性(例えば増殖能や分化能)を阻止する作用を有するものは、抗白血病薬の有効成分となると考えられる。また、実施例に示すように、Jab1遺伝子の過剰発現によって白血病を自然発症する原因としてJab1遺伝子の過剰発現による造血幹細胞のがん化が考えられる。このことは、Jab1遺伝子の発現を抑制することによって幹細胞のがん化を阻止することができ、その結果、がんの発症や進展を抑制することを意味する。従って、癌幹細胞におけるJab1遺伝子に対する発現抑制作用を指標とすることにより、白血病治療薬の有効成分をスクリーニングすることができる。
【0045】
癌幹細胞を用いて白血病治療薬の有効成分をスクリーニングする方法は、下記の工程を行うことにより実施することができる。
(a)Jab1トランスジェニック非ヒト動物から癌幹細胞を採取する工程、
(b)被験物質を癌幹細胞と接触させる工程、
(c)上記被験物質と接触させた癌幹細胞のJab1発現量、幹細胞活性、または生存率を測定し、当該被験物質を接触しない対照の癌幹細胞のJab1発現量(対照発現量)、幹細胞活性(対象活性)または生存率(対照生存率)と比較する工程、および
(d)癌幹細胞のJab1発現量、幹細胞活性または生存率が、対照発現量、対照活性または生存率に比して低減している場合に、当該癌幹細胞に接触させた被験物質を白血病の治療薬の有効成分として選択する工程。
【0046】
工程(a)において、Jab1トランスジェニック非ヒト動物から癌幹細胞を採取する方法は、前述の通りである。なお、ここで癌幹細胞の採取とは、癌幹細胞の単離までを意味するのではなく、癌幹細胞を含む試料の採取を含む意味で用いられる。癌幹細胞を含む試料として好ましくは脾臓細胞および末梢血液である。癌幹細胞の採取は、Jab1トランスジェニック非ヒト動物が白血病を発症した後であることが好ましい。具体的には、出生後4ヶ月以上、好ましくは6ヶ月以上経過したJab1トランスジェニック非ヒト動物を用いることができる。 工程(b)において使用される被験物質としては、制限されないが、核酸(ポリヌクレオチドを含む)、ペプチド(ポリペプチドを含む)、有機化合物、無機化合物などのいずれでもよい。スクリーニングは、具体的にはかかる被験物質または当該被験物質を含む試料(被験試料)を、上記癌幹細胞と接触させることにより行うことができる。かかる被験試料としては、細胞抽出液、遺伝子ライブラリーの発現産物、植物や動物の天然物の抽出物などが含まれる。
【0047】
また、スクリーニングに際して、被験物質と癌幹細胞を接触させる条件は、癌幹細胞が死なず、当該細胞中でのJab1遺伝子の発現に影響しない条件であれば特に制限されない。例えば、30% 牛胎児血清、1% 牛血清アルブミン、2mM L-グルタミン、50μM 2-メルカプトエタノール、SCF、IL3、IL6およびEPOを含むメチルセルロース半固形培地で培養する方法を挙げることができる。
【0048】
上記工程(c)において、Jab1遺伝子の発現量は、Jab1遺伝子のmRNAまたはそれから派生するcDNAや2本鎖DNAの量を、Jab1遺伝子を特異的に認識するプローブまたはプライマーを用いてノーザンブロット法またはRT-PCR法などの方法により測定することができる。かかるプローブとしては、制限はされないが、例えばJab1遺伝子の塩基配列(配列番号1)を有するポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0049】
またプライマーとしては下記のセンス及びアンチセンスプライマーを例示することができる。
センスプライマー:5’-CACCATGGCAGCTTCCGGGAGT-3’(配列番号2)
アンチセンスプライマー:5’-GCTTTGAGAAGTACTTGGTGG -3’(配列番号3)
また、上記工程(c)におけるJab1遺伝子の発現量として、Jab1遺伝子の発現産物としてのJab1(タンパク質)の量を採用しても良い。Jab1(タンパク質)の量は、Jab1に対する抗体(抗Jab1抗体)を用いて、ウェスタンブロット法、酵素免疫法(EIA)、ラジオアイソトープ免疫法(RIA)、蛍光免疫法などの免疫学的検出法を行うことにより測定することもできる。ここで抗体は、Jab1を特異的に認識するものであれば制限されず、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれであってもよい。また抗Jab1抗体は、上記Jab1を免疫抗原として調製される抗体であっても、また当該Jab1を構成するアミノ酸配列のうち少なくとも連続する8アミノ酸、好ましくは15アミノ酸、より好ましくは20アミノ酸からなるポリペプチドに対して抗原結合性を有する抗体であってもよい。かかるポリペプチドは、Jab1のアミノ酸配列(配列番号4)やそれをコードする塩基配列に基づき、通常、公知の方法で合成することができる。例えば、アミノ酸合成機による化学的合成手法や、遺伝子工学的手法を挙げることができる。
【0050】
抗Jab1抗体は、常法に従って製造することができる(例えば、Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987), Publish. John Wiley and Sons. Section 11.12-11.13)。例えば、ポリクローナル抗体の場合は、常法に従って大腸菌で発現し精製した上記ポリペプチドを用いて、或いは常法に従ってこれらの部分アミノ酸配列を有するよう合成したポリペプチドを用いて、実験動物に免疫し、該免疫動物の血清から常法に従って得ることが可能である。一方、例えばモノクローナル抗体の場合は、常法に従って大腸菌等で発現し精製した上記ポリヌクレオチドを用いて、或いは常法に従ってこれらの部分アミノ酸配列を有するよう合成したポリペプチドを用いて、実験動物に免疫し、該実験動物から得られた脾臓細胞と骨髄腫細胞とを融合させてハイブリドーマ細胞を合成し、該細胞中から得ることができる。
【0051】
また、上記工程(c)において癌幹細胞の生存率は、血液中細胞の増殖を増殖マーカーでみる、実施例2に示すようにして造血幹細胞集団の数を計測する、あるいは実施例4に示すようにメチルセルロース上でのコロニーアッセイを行なうことによって測定することができる。血液細胞の増殖マーカーとしては、汎用の細胞増殖マーカーが使用でき、例えばKi-67に対する抗体(抗Ki-67抗体)やPCNAなどを用いることができる。なお、上記工程(c)で測定する癌幹細胞の幹細胞活性とは、当該癌幹細胞が備える造血幹細胞としての機能、具体的には、増殖能(自己複製能)、あるいは分化能(血球系細胞供給能)を意味する。工程(c)で測定する癌幹細胞の幹細胞活性は、例えば、免疫不全動物骨髄への移植実験を行ない癌細胞の増殖の有無を確認する、実施例2のように造血幹細胞集団の数を計測する、血球系細胞の数や細胞種をギムザ染色で確認する、あるいは実施例4に示すようにメチルセルロース上でのコロニーアッセイを行ない、癌幹細胞から血球系細胞が供給されているかを確認する、などの実験を行なうことによって測定することができる。
【0052】
工程(c)および(d)において、工程(b)で被験物質と接触させた癌幹細胞のJab1遺伝子の発現量、幹細胞活性、または生存率を、被験物質を接触させない癌幹細胞のJab1遺伝子の発現量(対照発現量)、幹細胞活性(対照活性)、または生存率(対照生存率)と比較することにより、白血病治療薬の有効成分を選択することができる。すなわち、被験物質と接触させた癌幹細胞中のJab1遺伝子の発現量、幹細胞活性または生存率が、対照発現量、対照活性または対照生存率に比して低い場合に、当該被験物質はJab1遺伝子に対して発現抑制作用、癌幹細胞に対する増殖分化阻止作用、または癌幹細胞に対する生育阻止作用を有しており、ゆえに白血病治療薬の有効成分として選択することができる。なお、かかる方法により選択された白血病治療薬の有効成分(候補成分)は、更に下記のJab1トランスジェニック非ヒト動物を用いたスクリーニング方法に供し、更なる篩い分けを行うこともできる。
【0053】
(1-2)Jab1トランスジェニック非ヒト動物を用いる方法
前述するようにJab1トランスジェニック非ヒト動物は、白血病自然発症非ヒトモデル動物である。当該動物は、実施例で示すように、Jab1遺伝子の過剰発現により幹細胞(造血幹細胞)ががん化することによって白血病を自然発症するモデル動物である。従って、当該モデル動物に被験物質を投与し、当該被験物質についてモデル動物の白血病に対する改善効果、モデル動物におけるJab1遺伝子の発現抑制効果、または癌幹細胞の増殖分化阻止または生存阻止効果の有無を検定することによって、白血病治療薬、特に幹細胞、好ましくは癌幹細胞を標的とする白血病治療薬の有効成分を選択することが可能になる。
【0054】
対象とするJab1トランスジェニック非ヒト動物は、Iで前述するものを広く使用することができるが、白血病発症後、具体的には白血病を発症する生後4ヶ月後、好ましくは生後6ヶ月後のものを好適に用いることができる。
【0055】
なお、ここで用いられる被験物質は、特に制限されず、(1-1)で述べたものを同様に用いることができる。Jab1トランスジェニック非ヒト動物に対する被験物質の投与方法も特に制限されない。投与する被験物質の種類に応じて、経口投与または皮下、静脈、局所、経皮若しくは経腸(直腸)などの非経口投与を適宜選択することができる。
【0056】
被験物質の白血病に対する治療効果は、被験物質を投与したJab1トランスジェニック非ヒト動物について、Jab1遺伝子の発現抑制作用の有無、癌幹細胞の増殖分化阻止若しくは生存阻止作用の有無、または白血病改善効果を検定することによって評価することができる。
【0057】
Jab1遺伝子の発現抑制の有無は、被験物質の投与前後で、Jab1トランスジェニック非ヒト動物の血液などの生体試料を対象として、Jab1遺伝子のmRNA、それから派生するcDNAや2本鎖DNA、またはJab1(タンパク質)の量を測定することによって検定することができる。なお、これらの測定は(1-1)に記載した通りである。被験物質の投与によりJab1遺伝子の発現量の低下が認められた場合、当該被験物質には白血病に対する治療効果があると判断することができる。
【0058】
また、癌幹細胞の増殖分化阻止もしくは生存阻止作用の有無は、被験物質を投与したJab1トランスジェニック非ヒト動物から骨髄細胞を採取し、前(1-1)と同様、細胞増殖マーカーや造血幹細胞系の細胞数の計測、あるいはメチルセルロースを用いたコロニーアッセイなどにより評価することができる。被験物質の投与により血球細胞増殖の低下、癌幹細胞から分化した血球系細胞数の低下、癌幹細胞の生存率の低下が認められた場合、当該被験物質には白血病に対する治療効果があると判断することができる。
【0059】
またJab1トランスジェニック非ヒト動物について白血病改善効果は、末梢血液を採取し、ギムザ染色などにより血球の状態を確認することによって、あるいは白血病の主要症状である脾臓の肥大を指標にして評価することができる。被験物質の投与により、異常白血球の数の低下が認められた場合、または脾臓肥大の抑制効果がが認められた場合、当該被験物質には白血病に対する治療効果があると判断することができる。
【0060】
斯くして選別される物質は、白血病、特に幹細胞、好ましくは癌幹細胞を標的とする白血病治療薬の有効成分として有用に用いることが可能である。
【0061】
なお、(1-1)および(1-2)で説明する本発明のスクリーニング方法により、選抜される白血病の治療有効物質は、必要に応じて、さらに他の薬効試験や安全性試験などを行うことにより、またさらに白血病患者への臨床試験を行うことにより、より効果の高い、また実用性の高い治療有効物質を選別することができる。このようにして選別される治療有効物質は、さらにその構造解析結果に基づいて、化学的合成、生化学的合成(発酵)または遺伝子学的操作によって、工業的に製造することもできる。
【0062】
(2)白血病予防薬の有効成分のスクリーニング方法
(2-1)癌幹細胞(造血癌幹細胞)を用いる方法
前述するように、Jab1遺伝子の発現を抑制することによって幹細胞のがん化を阻止することができ、その結果、がんの発症や進展を抑制することが期待される。従って、造血癌幹細胞におけるJab1遺伝子に対する発現抑制作用を指標とすることにより、白血病予防薬の有効成分をスクリーニングすることができる。
【0063】
白血病予防薬の有効成分のスクリーニング方法は、下記の工程を行うことにより実施することができる。
(a’) Jab1トランスジェニック非ヒト動物から、出生後白血病発症前に、幹細胞を採取する工程、
(b’)被験物質を幹細胞と接触させる工程、
(c’)上記被験物質と接触させた幹細胞におけるJab1の発現量(Jab1発現量)、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性または生存率を測定し、当該被験物質を接触しない対照の幹細胞のJab1の発現量(対照発現量)、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性(対照活性)または生存率(対照生存率)と比較する工程、および
(d’)Jab1発現量、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性または生存率が、対照発現量、あるいは対照活性または対照生存率に比して低減している場合に、当該幹細胞に接触させた被験物質を白血病の予防薬の有効成分として選択する工程。
【0064】
工程(a’)において、Jab1トランスジェニック非ヒト動物から幹細胞を採取する方法は、採取を動物の出生後白血病発症前とすることを除いて前述の通りである。なお、幹細胞の採取は、幹細胞の単離まで意味するのではなく、幹細胞を含む試料の採取を含む意味で用いられる。幹細胞を含む試料として好ましくは脾臓細胞および末梢血液を挙げることができる。
【0065】
工程(b’)で用いる被験物質、被験物質と幹細胞との接触方法、および工程(c’)におけるJab1発現量、癌幹細胞の幹細胞活性および生存率の測定も(1-1)に記載する方法に従って同様に行うことができる。
【0066】
工程(c’)および(d’)において、工程(b’)で被験物質と接触させた幹細胞のJab1遺伝子の発現量、癌幹細胞の幹細胞活性または生存率を、被験物質を接触させない幹細胞のJab1遺伝子の発現量(対照発現量)、癌幹細胞の幹細胞活性または生存率と比較することにより、白血病予防薬の有効成分を選択することができる。すなわち、被験物質と接触させた幹細胞中のJab1遺伝子の発現量、癌幹細胞の幹細胞活性または生存率が、対照発現量、対照活性または対照生存率に比して低い場合に、当該被験物質はJab1遺伝子に対して発現抑制作用、癌幹細胞に対する増殖分化阻止作用、または癌幹細胞に対する生育阻止作用を有しており、ゆえに白血病予防薬の有効成分として選択することができる。なお、かかる方法により選択された白血病治療薬の有効成分(候補成分)は、更に下記のJab1トランスジェニック非ヒト動物を用いたスクリーニング方法に供し、更なる篩い分けを行うこともできる。
【0067】
(2-2)Jab1トランスジェニック非ヒト動物を用いる方法
前述するようにJab1トランスジェニック非ヒト動物は、白血病自然発症非ヒトモデル動物である。当該動物は、実施例で示すように、Jab1遺伝子の過剰発現により幹細胞(造血幹細胞)ががん化することによって白血病を自然発症するモデル動物である。従って、当該モデル動物の白血病発症前に被験物質を投与し、当該被験物質についてモデル動物の白血病発症の阻止効果、モデル動物におけるJab1遺伝子の発現抑制効果、または癌幹細胞の増殖分化阻止または生存阻止効果の有無を検定することによって、白血病予防薬、特に幹細胞、好ましくは癌幹細胞を標的とする白血病予防薬の有効成分を選択することが可能になる。
【0068】
対象とするJab1トランスジェニック非ヒト動物は、Iで前述するものを広く使用することができるが、白血病を発症する前の生後3ヶ月以内のものを好適に用いることができる。
【0069】
なお、ここで用いられる被験物質は、特に制限されず、(1-1)で述べたものを同様に用いることができる。Jab1トランスジェニック非ヒト動物に対する被験物質の投与方法も特に制限されない。投与する被験物質の種類に応じて、経口投与または皮下、静脈、局所、経皮若しくは経腸(直腸)などの非経口投与を適宜選択することができる。
【0070】
被験物質の白血病に対する予防効果は、被験物質を投与したJab1トランスジェニック非ヒト動物について、Jab1遺伝子の発現抑制作用の有無、癌幹細胞の増殖分化若しくは生存阻止効果、または白血病発症阻止効果を検定することによって評価することができる。
【0071】
Jab1遺伝子の発現抑制の有無は、被験物質の投与前後で、Jab1トランスジェニック非ヒト動物の血液などの生体試料を対象として、Jab1遺伝子のmRNA、それから派生するcDNAや2本鎖DNA、またはJab1(タンパク質)の量を測定することによって検定することができる。なお、これらの測定は(1-1)に記載した通りである。被験物質の投与によりJab1遺伝子の発現量の低下が認められた場合、当該被験物質には白血病に対する予防効果があると判断することができる。
【0072】
また、癌幹細胞の増殖分化阻止もしくは生存阻止作用の有無は、被験物質を投与したJab1トランスジェニック非ヒト動物から骨髄細胞を採取し、前記(1-1)と同様、細胞増殖マーカーや造血幹細胞系の細胞数の計測、あるいはメチルセルロースを用いたコロニーアッセイなどにより評価することができる。被験物質の投与により細胞増殖の低下、癌幹細胞から分化した血球系細胞数の低下が認められた場合、当該被験物質には白血病に対する予防効果があると判断することができる。
【0073】
またJab1トランスジェニック非ヒト動物について白血病発症阻止効果は、末梢血液を採取し、ギムザ染色などにより血球の状態を確認することによって、あるいは白血病の主要症状である脾臓の肥大を指標にして評価することができる。被験物質の投与により、異常白血球の数が上昇しないことが認められた場合、または脾臓が肥大しないことが認められた場合、当該被験物質には白血病に対する予防効果があると判断することができる。
【0074】
斯くして選別される物質は、白血病、特に幹細胞、好ましくは癌幹細胞を標的とする白血病予防薬の有効成分として有用に用いることが可能である。
【0075】
なお、(2-1)および(2-2)で説明する本発明のスクリーニング方法により、選抜される白血病の予防有効物質は、必要に応じて、さらに他の薬効試験や安全性試験などを行うことにより、またさらに白血病患者への臨床試験を行うことにより、より効果の高い、また実用性の高い予防有効物質を選別することができる。このようにして選別される予防有効物質は、さらにその構造解析結果に基づいて、化学的合成、生化学的合成(発酵)または遺伝子学的操作によって、工業的に製造することもできる。
【0076】
これらのスクリーニングによって得られる白血病の治療または予防に有効な成分は、そのままもしくは自体公知の薬学的に許容される担体(賦形剤、増量剤、結合剤、滑沢剤などが含まれる)や慣用の添加剤などと混合して医薬組成物として調製することができる。
本発明はかかる白血病の治療または予防のための組成物を提供する。なお、これらの有効成分は、上記方法により選別され直接取得されたものに限定されず、上記で選別された物質に関する情報に基づいて常法に従って化学的、生化学的あるいは遺伝子工学的手法により製造されるものであってもよい。
【0077】
当該組成物は、調製する形態(錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤;注射剤、点滴剤、外用剤、坐剤)等に応じて経口投与または非経口投与することができる。また投与量は、有効成分の種類、投与経路、投与対象または症状などによって異なり一概に規定できないが、1日0.0001〜5g程度を、1日1〜数回にわけて投与することができる。
【0078】
III.癌幹細胞を標的とした白血病治療効果の評価方法
本発明は、上記の白血病自然発症の非ヒトモデル動物、またはそれから調製される癌幹細胞若しくはそれを含む試料を用いて、被験薬物について白血病の治療効果、特に癌幹細胞を標的とした白血病治療効果を評価する方法に関する。
【0079】
当該方法は、Jab1トランスジェニック非ヒト動物の白血病発症後に、薬効を評価する対象の被験薬物を投与し、白血病に対する治療効果を検定することによって行うことができる。
【0080】
対象とするJab1トランスジェニック非ヒト動物は、Iで前述するものであって、白血病発症後、具体的には白血病を発症した生後4ヶ月後、好ましくは白血病を発症した生後6ヶ月後のものを好適に用いることができる。
【0081】
なお、ここで用いられる被験薬物は、特に制限されず、(1-1)で述べた被験物質を同様に用いることができるが、従来白血病を含めて抗がん作用が知られている薬物を対象とすることもできる。Jab1トランスジェニック非ヒト動物に対する被験薬物の投与方法も特に制限されない。投与する被験薬物の種類に応じて、経口投与または皮下、静脈、局所、経皮若しくは経腸(直腸)などの非経口投与を適宜選択することができる。
【0082】
被験薬物の白血病に対する治療効果、特に癌幹細胞を標的にした白血病に対する治療効果は、被験物質を投与したJab1トランスジェニック非ヒト動物について、Jab1遺伝子の発現抑制作用の有無、癌幹細胞の増殖分化阻止若しくは生存阻止作用の有無、または白血病改善効果を検定することによって評価することができる。
【0083】
Jab1遺伝子の発現抑制作用の有無は、被験薬物の投与前後で、Jab1トランスジェニック非ヒト動物の血液などの生体試料を対象として、Jab1遺伝子のmRNA、それから派生するcDNAや2本鎖DNA、またはJab1(タンパク質)の量を測定することによって検定することができる。なお、これらの測定は(1-1)に記載した通りである。被験薬物の投与によりJab1遺伝子の発現量の低下が認められた場合、当該被験薬物には(癌幹細胞を標的にした)白血病に対する治療効果があると判断することができる。
【0084】
また、癌幹細胞の増殖分化阻止もしくは生存阻止作用の有無は、被験薬物を投与したJab1トランスジェニック非ヒト動物から骨髄細胞を採取し、前記(1-1)と同様、細胞増殖マーカーや造血幹細胞系の細胞数の計測、あるいはメチルセルロースを用いたコロニーアッセイなどにより評価することができる。被験薬物の投与により細胞増殖の低下、または癌幹細胞から分化した血球系細胞数の低下が認められた場合、当該被験薬物には白血病に対する治療効果、特に癌幹細胞を標的にした白血病に対する治療効果があると判断することができる。
【0085】
斯くして選別される薬物は、癌幹細胞を標的とする白血病治療薬の有効成分として有用に用いることが可能である。
【実施例】
【0086】
以下、本発明をより詳細に説明する為に実施例を記載する。但し、当該実施例は、本発明の実施態様の一つであり、本発明はかかる実施例によって何ら制限されるものではない。
【0087】
実施例1 Jab1トランスジェニックマウスの作製
(1)幹細胞形質転換用ベクターの開発
すでに取得済みのマウスJab1 cDNA〔mouse embryonic cDNA library (Novagen)〕(Nature 398, 160-165, 1999)を鋳型として、下記のプライマーを用いてPCRを行い、配列番号1に示す塩基配列を有するJab1遺伝子(Genbankアクセッション#AF068223)を取得した。
センスプライマー:5’-CACCATGGCAGCTTCCGGGAGT-3’(配列番号2)
アンチセンスプライマー:5’-GCTTTGAGAAGTACTTGGTGG -3’(配列番号3)
次いで、Jab1遺伝子の5’末端に、Gateway法(五島直樹木須康智他,「Gateway クローニングテクノロジー」, 実験医学 Vol.18, No.19 (12月号), 2716-2717, 2000;Walhout, A.J., Temple G.F., et al., "GATEWAY recombinational cloning: application to the cloning of large numbers of open reading frames or ORFeomes.", Methods Enzymol. 328, 575-592, 2000など参照)を用いて、TAPタンパク質をコードする配列(TAPタグ)(配列番号5)を融合し、得られたDNAをプラスミド(pCAGIPuro:Invitrogen社)のEcoRIサイトに組み込み、Jab1発現ベクターを構築した。具体的には、上記のプライマーを用いて増幅したJab1 cDNAをプラスミド(pENTR)にクローニングすることによりGateway配列(attL1, attL2)と結合させ、Gateway法によりTAPタグと結合させた。なお、Gateway法はpENTR Directional TOPO cloning kit(Invitrogen社製)を用いて、Invitrogen社のカタログに記載のプロトコルに従って行なった。こうしてできたTAP-Jab1のcDNAをEcoRIで切り出し、pCAGIPuroのEcoRIサイトに挿入してJab1発現ベクターを構築した。
【0088】
なお、ここで用いたTAP配列は、N-terminal TAP-tag(protein A, TEV tag, CBP-tagの順で並んだもの)であり、Rigaut, G., Shevchenko, A., Rutz, B., Wilm, M., Mann, M. and Seraphin, B. Nature Biotech., 17, 1030 - 1032 (1999)で報告されたものである。
【0089】
(2)幹細胞の形質転換とJab1トランスジェニックマウスの作製
幹細胞株(RF8)(Dr. Robert Farese, Jr.より分与)にエレクトロポレーション法を用いて上記のJab1発現ベクターを導入した後、puromycin存在下でコロニーを選択単離した。文献(Nature 398, 160-165, 1999)を参考に作成した抗Jab1抗体を用いたウエスタンブロッティング法によりTAP-Jab1の発現が確認できた細胞株について、C57BL/6マウス(雌、6−8週齢、日本クレア)のblastcystにインジェクションし、これを母体に戻して出産させ、キメラマウスを取得した。次いでこうして産出されたキメラマウス同士を掛け合わせ、Jab1トランスジェニックマウスを作製した。
【0090】
(3)Jab1トランスジェニックマウス
Jab1を過剰発現しているJab1トランスジェニックマウスは、正常に生まれ、また生殖機能も正常で交配可能であったが、生後6ヶ月ほどで白血病を発症し、血中にギムザ染色によって濃紫色に染色される異常な白血球が増え始め、赤血球が減少して貧血を呈した。生後6ヶ月めのJab1トランスジェニックマウスの血液を下記の方法によりギムザ染色した結果を図1左に、また白血病を発症したJab1トランスジェニックマウス(生後12ヶ月め)の脾臓を同齢の正常マウスの脾臓と比較した結果を図1右に示す。これらの結果から、Jab1トランスジェニックマウスには異常な白血球が多く認められ、また脾臓が肥大化して脾腫となっていることがわかる。また、Jab1トランスジェニックマウスにおけるJab1の総発現量は正常マウスの4倍程度であった。
【0091】
<ギムザ染色>
Jab1トランスジェニックマウスの末梢血液を採取し100μlのPBSに懸濁し、Cytospin(Thermo Bioanalysis社製)で300rpmで3分間遠心してスライドガラスに貼り付けた後、風乾させた。May-Grunwald溶液(和光純薬)で3分間固定し、水道水で余分な溶液を除去した。続いて Giemsa solution(Fluka)で30分間染色したのち水道水で余分な溶液を洗い流した。スライドガラスにカバーガラスをかけて光学顕微鏡で観察した。
【0092】
実施例2 造血幹細胞集団の選択
実施例1で作製した白血病を自然発症したJab1トランスジェニックマウス(30-50週齢)から骨髄細胞を採取し、造血リネージの細胞を得るために、以下のスクリーニングを行なった。
【0093】
まず、骨髄細胞を溶血剤によって処理し赤血球を除去した。次に、赤血球を除去した骨髄細胞を1x106個/ 50μlの割合になるようにPBSに懸濁し、Fc block(PharMingen社製)にて処理した。次いで、PE-Cy5-conjugated抗体(抗CD3e抗体、抗B220抗体、抗Ter119抗体、抗Mac1抗体、抗Gr-1抗体、いずれもeBioscience社製)、APC-conjugated anti c-Kit抗体(以下「抗c-Kit抗体」という)(eBioscience社製)、及びFITC-conjugated anti Sca-1抗体(以下「抗Sca1抗体」という)(PharMingen社製)を加えて、4℃で30分間インキュベートした後、フローサイトメトリーによる蛍光活性化セルソーティング〔FACS Vanage(Beckton Dickinson)〕を行い、lineage-negative(lineage(−))、Sca1-positive(Sca1(+))およびcKit-positive(cKit(+))を示す造血幹細胞の集団エリア(R4)内のクラスターをゲーティングし、得られたゲート領域(R4画分)の細胞(造血幹細胞)の割合を計測した。なお、比較対照として、正常マウスから取得した骨髄細胞についても同様に処理して造血幹細胞の割合を計測した。
【0094】
結果を図2に示す。図2(A)に示すように、正常マウス(約3%)〔図2(A)の左(WT)〕に比して、Jab1トランスジェニックマウスの骨髄細胞に含まれる造血幹細胞の割合は約18%と大きく増加していた〔図2(A)の右(Tg)〕。次いで、各マウスの骨髄から全細胞を取りだして、造血幹細胞の数を計測した(図2(B))。
【0095】
実施例3 癌幹細胞の取得
(1)と同様にして、実施例1で作製した白血病を自然発症したJab1トランスジェニックマウス(30-50週齢)から骨髄細胞および脾臓を採取し、フローサイトメトリー解析を行って造血幹細胞の割合と骨髄未分化細胞(骨髄性前駆細胞)(MP細胞:myeloid projenitor)の割合を計測した。脾臓は、切り刻んだあと、PBS中でピペッティングを繰り返すことにより脾臓細胞懸濁液を得た。浮遊細胞を遠心にて集め、再び1x106個/ 50μlの割合になるようにPBSに懸濁し、Fc block(PharMingen社製)にて処理した。
【0096】
造血幹細胞の割合は、(1)と同様に、抗体染色後フローサイトメトリーによる蛍光活性化セルソーティング〔FACS Vanage(Beckton Dickinson)〕を行い、lineage-negative、Sca1-positiveおよびc-kit-positiveを示す造血幹細胞の集団エリア内のクラスターをゲーティングして、当該ゲート領域の細胞(造血幹細胞)の割合を計測することにより求めた。また骨髄未分化細胞の割合は、(1)と同様に、抗体染色後フローサイトメトリーによる蛍光活性化セルソーティングを行い、Gr-1-positiveおよびMac1-positiveを示す造血幹細胞の集団エリア内のクラスターをゲーティングし、得られたゲート領域の細胞(骨髄未分化細胞)の割合を計測した。なお、比較対照として、正常マウス(WT)から取得した骨髄細胞および脾臓についても同様に処理して造血幹細胞および骨髄未分化細胞の割合を計測した。
【0097】
結果を図3に示す。図3(A)は骨髄中の造血幹細胞の割合(上)および骨髄未分化細胞(下)の割合を示す(TGはJab1トランスジェニックマウス、WTは正常マウスを意味する。(B)も同じ)。図3(B)は脾臓中の造血幹細胞の割合(上)および骨髄未分化細胞(下)の割合を示す。
【0098】
図3の結果から、Jab1トランスジェニックマウスは、正常マウスに比べて、造血幹細胞の割合も骨髄未分化細胞の割合もいずれも大きく増加していることが確認された。このことから、Jab1トランスジェニックマウスの発症した白血病は骨髄性のものであり、造血幹細胞が癌化して盛んにがん細胞を生み出していることがわかる。
【0099】
さらにJab1トランスジェニックマウスの脾臓には造血幹細胞が多く含まれているのに対して(0.27%)、正常マウスの脾臓には殆ど含まれていなかった(0.01%)。正常造血幹細胞は脾臓内に存在しないこと、ならびに下記の実施例4で示すようにJab1トランスジェニックマウスの脾臓に含まれる造血幹細胞は、あらゆる系統(赤血球(E)、顆粒球(G)、マクロファージ(M)、顆粒球・マクロファージ(GM)、全ての系統の混合(Mix))に分化しかつ著しく亢進した増殖能を示すことから、Jab1トランスジェニックマウスの脾臓に含まれる造血幹細胞は癌幹細胞であるといえる。このことから、Jab1トランスジェニックマウスの脾臓は、癌幹細胞の供給源として用いることができる。
【0100】
実施例4 癌幹細胞の増殖分化の特性評価
実施例1で作製したJab1トランスジェニックマウスから、骨髄細胞(BM)、脾臓細胞(SP)、抹消血液細胞(PB)を採取調製し、コロニーアッセイにより、増殖・分化の特性を解析した。具体的には、まずこれらの各細胞をIMDM-basedメチルセルロース培地(Methocult M3100,Stem Cell Technology社製)中で10日間培養した(1st culture)。培養液には、30% 牛胎児血清、1% 牛血清アルブミン、2mM L-グルタミン、50μM 2-メルカプトエタノールを添加した。10日後、さらにSCF、IL3、IL6およびEPOを添加して10日間培養し(2ndculture)、さらに継代を行なって同条件で培養した(3rd culture)。
培養後の各細胞について、赤血球コロニー(E)、顆粒球コロニー(G)、マクロファージコロニー(M)の形成数を、ギムザ染色および顕微鏡による観察によってカウントした。正常マウス(WT)についても同様にして、骨髄細胞(BM)、脾臓細胞(SP)、抹消血液細胞(PB)を採取調製してコロニーアッセイを行った。
【0101】
結果を図4に示す。(A)、(B)、(C)は各々骨髄細胞の1stculture, 2nd culture,3rdcultureを示す。なお、脾臓細胞(SP)と抹消血液細胞(PB)については、3回培養(3rdculture)後のコロニー形成数を示す(図4(D)と(E))。各図(A)〜(E)中、GMは顆粒球とマクロファージの混合コロニーであり、MixはE、G、M全ての細胞種が含まれるコロニーを意味する。
【0102】
図4に示すように、Jab1トランスジェニックマウスでは、すべての細胞種において幹細胞の増殖・分化能の亢進が認められた。特に、脾臓(SP)と末梢血液(PB)に含まれる細胞は、正常マウスの場合ほとんど分化や増殖能を示さないが、Jab1トランスジェニックマウスから採取した細胞は、あらゆる系統(赤血球(E)、顆粒球(G)、マクロファージ(M)、顆粒球・マクロファージ(GM)、全ての系統の混合(Mix))への分化ならびに著しく亢進した増殖を示した。
【0103】
正常造血幹細胞は、脾臓内や末梢血液中には存在しえないことから、Jab1トランスジェニックマウスの脾臓細胞と末梢血液には異常な分化・増殖能を有する幹細胞、すなわち癌幹細胞が多く含まれていることがわかる。このことから、Jab1トランスジェニックマウスの脾臓と末梢血液は、癌幹細胞の癌幹細胞の供給源として有用であるといえる。
【0104】
尚、図4(F)は、骨髄細胞のコロニーアッセイの結果、正常マウス(WT)とトランスジェニックマウス(TG)それぞれの培養皿で生じたコロニーを示している。WTではコロニーはほとんど形成されず、また形成されたとしても大きさは小さい。これに対しTGでは、多数のコロニーが形成され、個々のコロニーの大きさも大きい。これらのコロニーには赤血球や顆粒球など複数のリネージが存在する。正常な幹細胞はコロニーアッセイ条件下では生存することができないため、こういった血球細胞系のコロニーが形成されることはないが、TGではこの条件下で生存可能な細胞、すなわち癌幹細胞が多量に存在し、長期にわたって血球系細胞を供給するために巨大コロニーが形成される。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】実施例1で作製したJab1トランスジェニックマウスが、慢性骨髄性白血病様の症状を呈することを示す図である。左図は、上記マウスの末梢血液をギムザ染色した結果、右図は、上記マウス(生後12ヶ月)と正常マウス(生後12ヶ月)の脾臓を対比した図である。
【図2】(A)Jab1トランスジェニックマウス(Tg)および正常マウス(WT)の骨髄細胞のフローサイトメトリー解析結果を示す(実施例2)。(B)各マウス(Tg,WT)の骨髄中の造血幹細胞の数を計測した結果を示す。
【図3】(A)Jab1トランスジェニックマウス(TG)および正常マウス(WT)の骨髄細胞のフローサイトメトリー解析結果を示す(実施例3)。上段(TG、WT)は抗Mac1抗体、および抗Gr-1抗体に対する反応を示すヒストグラム(4分割)、下段(TG、WT)は抗c-Kit抗体、および抗Sca1抗体に対する反応を示すヒストグラム(4分割)を示す。(B)Jab1トランスジェニックマウス(TG)および正常マウス(WT)の脾臓細胞のフローサイトメトリー解析結果を示す(実施例3)。上段(TG、WT)は抗Mac1抗体、および抗Gr-1抗体に対する反応を示すヒストグラム(4分割)、下段(TG、WT)は抗c-Kit抗体、および抗Sca1抗体に対する反応を示すヒストグラム(4分割)を示す。
【図4】Jab1トランスジェニックマウス(TG)および正常マウス(WT)の骨髄細胞(BM)(図(A)〜(C)各々、1stculture,2nd culture,3rd culture)、脾臓細胞(SP)(図(D))、抹消血液細胞(PB)(図(E))について、コロニーアッセイにより、増殖・分化の特性を解析した結果を示す。図(F)は実際に形成されたコロニーの大きさを対比した図である。図中白のバーがWT、黒のバーがTgを示す。
【配列表フリーテキスト】
【0106】
配列番号2はJab1遺伝子取得に使用したセンスプライマーの塩基配列を示す。
配列番号3はJab1遺伝子取得に使用したアンチセンスプライマーの塩基配列を示す。
配列番号5はTAPタグの塩基配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物を飼育し、その体内で癌幹細胞を産生させることを特徴とする、癌幹細胞の製造方法。
【請求項2】
白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物を、少なくとも白血病を発症するまで飼育することを特徴とする、請求項1記載の癌幹細胞の製造方法。
【請求項3】
Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物を飼育し、白血病発症後、当該動物から脾臓細胞または末梢血液を採取する工程を有する、癌幹細胞の取得方法。
【請求項4】
下記の工程を有する白血病治療薬の有効成分のスクリーニング方法。
(a)Jab1を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物から癌幹細胞を採取する工程、
(b)被験物質を癌幹細胞と接触させる工程、
(c)上記被験物質と接触させた癌幹細胞のJab1発現量、幹細胞活性または生存率を測定し、当該被験物質を接触しない対照の癌幹細胞のJab1発現量(対照発現量)、幹細胞活性(対照活性)または生存率(対照生存率)と比較する工程、および
(d)癌幹細胞のJab1発現量、幹細胞活性または生存率が、対照発現量、対照活性または対照生存率に比して低減している場合に、当該癌幹細胞に接触させた被験物質を白血病の治療薬の有効成分として選択する工程。
【請求項5】
Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物の白血病発症後に、被験物質を投与し、Jab1の発現抑制または白血病の改善の有無を検定する工程を有する、幹細胞を標的とした白血病治療薬の有効成分のスクリーニング方法。
【請求項6】
下記の工程を有する白血病の予防薬の有効成分のスクリーニング方法。
(a’)Jab1を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物から、出生後白血病発症前に、幹細胞を採取する工程、
(b’)被験物質を幹細胞と接触させる工程、
(c’)上記被験物質と接触させた幹細胞におけるJab1発現量、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性または生存率を測定し、当該被験物質を接触しない対照の幹細胞のJab1発現量(対照発現量)、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性(対照活性)または生存率(対照生存率)と比較する工程、および
(d’)幹細胞のJab1発現量、あるいは癌幹細胞の幹細胞活性または生存率が、対照発現量、あるいは対照活性または対照生存率に比して低減している場合に、当該幹細胞に接触させた被験物質を白血病の予防薬の有効成分として選択する工程。
【請求項7】
Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物の出生後白血病発症前に、被験物質を投与し、Jab1の発現抑制または白血病発症の有無を検定する工程を有する、幹細胞を標的とした白血病予防薬の有効成分のスクリーニング方法。
【請求項8】
Jab1遺伝子を過剰発現するように構築した白血病自然発症トランスジェニック非ヒト動物の白血病発症後に、被験薬物を投与し、Jab1の発現抑制または白血病の改善の有無を検定する工程を有する、当該被験薬物の幹細胞を標的とした白血病治療効果の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−330205(P2007−330205A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−168160(P2006−168160)
【出願日】平成18年6月16日(2006.6.16)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】