説明

白血球除去治療の効果の予測方法及びキット

【課題】本発明の課題は、潰瘍性大腸炎の治療において白血球除去治療の効果を予測する方法を提供することにある。また本発明の課題は、白血球除去治療の効果の予測を容易に実施することを可能とするキットを提供することにある。
【解決手段】潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果を予測する方法であって、該患者から採取した末梢血単核球をin vitroで薬剤により刺激した時のインターフェロン−γ、インターロイキン−10及びインターロイキン−4の産生量が、各々106個の細胞当たり40pg未満、4pg未満、及び40pg未満である場合には前記患者は白血球除去治療に反応しないと予測する、白血球除去治療の効果の予測方法、並びにフォルボール-12-ミリステート-13-アセテートとイオノマイシンを含む、潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果の予測キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潰瘍性大腸炎治療において白血球除去治療による治療効果を予測する方法、並びに潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果の予測キットに関する。
【背景技術】
【0002】
白血球除去治療は、末梢血中のリンパ球、顆粒球、単球などの白血球を体外循環によって除去することにより、免疫あるいは炎症を制御して、病態の改善を図る治療法であり、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患や、関節リウマチの治療に有効であり、有力な治療方法として医療現場において利用されている。しかしながら、白血球除去治療の効果が症例によって異なることも事実である。従って、白血球除去治療の効果を予測する方法が確立されれば、さらに効率的に治療を行うことができる。安藤らは、白血球除去治療の治療効果に関わる分子機構を明らかにする研究のなかで、TNF-αあるいはIL-1βで刺激を受けた潰瘍性大腸炎患者の末梢血単核球細胞の核内因子であるNF-κBの発現が、白血球除去治療の前後で低下すること、更に白血球除去治療開始前の潰瘍性大腸炎患者の末梢血単核球をTNF-αあるいはIL-1βで刺激した際に産生される炎症性サイトカインIL-6及びIL-8の産生量が、白血球除去治療有効例に比し、無効例では低値を示す傾向があるというデータを示した(非特許文献1)。該文献は、無効例患者における炎症性サイトカイン産生量の低下傾向を明らかにしたものであるが、治療反応性予測の方法にまで言及したものではない。
【0003】
【非特許文献1】A. Andoh et al. Suppression of Interleukin-1β-and tumor necrosis factor-α-induced inflammatory responses by leukocytapheresis therapy in patients with ulcerative colitis. J Gastroenterol 2004; 39:1150-1157.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、潰瘍性大腸炎の治療において、白血球除去治療の効果を予測する方法を提供することにある。また本発明の課題は、白血球除去治療の効果の予測を容易に実施することを可能とするキットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、潰瘍性大腸炎患者由来の末梢血単核球を用いて、in vitroで刺激した時の、種々のサイトカインの産生量を検索することによって、白血球除去治療の治療効果と関連するサイトカイン群を見出した。さらに、それらのサイトカインの産生量を調べることによって潰瘍性大腸炎治療における白血球除去治療の効果を予測する方法を見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は下記に関する。
【0006】
(1) 潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果を予測する方法であって、該患者から採取した末梢血単核球をin vitroで薬剤により刺激した時のインターフェロン−γ、インターロイキン−10及びインターロイキン−4の産生量が、各々106個の細胞当たり40pg未満、4pg未満、及び40pg未満である場合には前記患者は白血球除去治療に反応しないと予測する、白血球除去治療の効果の予測方法。
(2) 前記薬剤がフォルボール-12-ミリステート-13-アセテート及びイオノマイシンである、(1)に記載の白血球除去治療の効果の予測方法。
(3) 末梢血単核球をin vitroで刺激する際に使用するフォルボール-12-ミリステート-13-アセテートの濃度が20ng/mL〜70ng/mLであり、イオノマイシンの濃度が1μg/mL〜3μg/mLである、(2)に記載の白血球除去治療の効果の予測方法。
(4) フォルボール-12-ミリステート-13-アセテートとイオノマイシンを含む、潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果の予測キット。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、潰瘍性大腸炎における白血球除去治療において、治療効果の期待できる患者を治療開始前に判別することによって高額な医療器具の無駄使いを無くすことにより、患者の医療費負担を軽減することができる。また、本発明によれば、白血球除去治療が有効となるように患者状態を誘導することにより、適切な白血球除去治療の治療時期を決定できるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明による潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果を予測する方法及び予測キットについて詳細に説明する。
【0009】
本発明でいう白血球除去治療とは、末梢血中のリンパ球、顆粒球、単球などの白血球を体外循環において除去することにより免疫あるいは炎症を制御して病態の改善を図る治療法のことを言い、白血球の分離方法により吸着式と遠心式に大別される。吸着式は吸着材或いは不織布カラムに血液を直接灌流し、吸着材或いは不織布表面に対する親和性により白血球系細胞が吸着除去される。通称「顆粒球除去治療」では顆粒球と単球の吸着選択性が高く、通称「白血球除去治療」では顆粒球、リンパ球、単球が比較的除去されるがどちらも吸着式に分類される。遠心式には遠心式血球成分分離装置を用い、リンパ球の分離選択性が比較的高いが、専用の血球分離用回路と運転条件により、白血球分画の分離特性を変え、単球の分離選択性を高めることも可能である。本発明による白血球除去治療の効果を予測する方法においては、白血球除去治療前に患者末梢血を採血し、単核球分離を行い、in vitroで刺激した時のインターフェロン−γ、IL-10及びIL-4の産生量を測定し、各々106個細胞当たり40pg未満、4pg未満、及び40pg未満である場合には、前記患者は白血球除去治療に反応しないと判別することができる。
【0010】
本発明の具体例としては、例えば、以下のようにして白血球除去治療の効果を予測することができる。潰瘍性大腸炎患者から末梢血を採取し、単核球を分離する。単核球を分離は常法にしたがって行うことができる。次いで、分離した単核球を2.0x106/mLの濃度となるよう10%ウシ胎仔血清を含むRPMI-1640培地(インビトロジェン社製)に懸濁する。この末梢血を1ウェル当り100μLずつ、すなわち2.0x105個ずつ96穴マイクロプレートに播種し、本明細書に以下に記載するような薬剤(好ましくは、フォルボール-12-ミリステート-13-アセテート及びイオノマイシン)を添加し、37℃ 5%炭酸ガス中で培養する。一定時間(1時間から10時間、好ましくは2時間から6時間、より好ましくは4時間など)後の培養上清を遠心分離により回収し、インターフェロン−γ、IL-10及びIL-4の濃度を測定し、本明細書に記載した基準に従って白血球除去治療の効果を予測することができる。
【0011】
本発明でいう末梢血とは血管の中を流れている血液のことをいい、本発明でいう単核球とは、白血球中の顆粒球以外の細胞すなわち単球及びリンパ球のことをいう。本発明で用いる単核球分離は公知の分離剤、例えばFicoll等で行うことができる。単核球数の計数は、公知の自動血球計算装置、血球計算盤、フローサイトメトリー等で求めることができ、測定精度及び簡便さの点より自動血球計算装置或いは血球計算盤等が用いられる。インターフェロン−γ、IL-10及びIL-4の産生量の測定は公知の酵素免疫測定法(Enzyme Linked Immuno-Sorbent Assay ;ELISA)法や蛍光免疫測定法(Fluorescent Immuno Assay; FIA)等を使用することができ、各社より測定キットが販売されており、これらを使用すれば、簡便に上記サイトカインの定量測定を行うことができる。例えば、Cytometric Bead Array Th1/Th2サイトカインキットII(日本ベクトン・ディキンソン社製)などを使用することができる。
【0012】
本発明で用いるフォルボール-12-ミリステート-13-アセテートは、トウダイグサ科植物ハズより得られるクロトン油に含まれる化学式C36H56O8で示される分子量616.83の化学物質であり、プロテインキナーゼCを強力に活性化する化学物質として多くの研究に用いられている。本発明で使用するフォルボール-12-ミリステート-13-アセテートは、研究用試薬として市販されているものを使用すればよく、使用濃度は、単核球にサイトカイン産生刺激を与えることのできる濃度であれば特に制限はないが、低濃度ではサイトカイン産生刺激を与えることができず、また高濃度で使用すると細胞に対する毒性が現われるため、10ng/mLから100ng/mLの範囲、好ましくは10ng/mLから70ng/mL、より好ましくは20ng/mL〜70ng/mL、特に好ましくは20ng/mLから50ng/mLの範囲で使用される。
【0013】
本発明で用いるイオノマイシンは、Streptomyces conglobatusの産生するポリエーテル系抗生物質で、化学式C41H72O9で示される分子量709.02の化学物質であり、細胞内のカルシウムイオン濃度を上昇させる作用があることから広く細胞に刺激を与える研究に用いられている。本発明で使用するイオノマイシンは、研究用試薬として市販されているものを使用すればよく、使用濃度は、単核球にサイトカイン産生刺激を与えることのできる濃度であれば特に制限はないが、低濃度ではサイトカイン産生刺激を与えることができず、また高濃度で使用すると細胞に対する毒性が現われるため、500ng/mLから5μg/mLの範囲、好ましくは500ng/mLから3μg/mL、より好ましくは1μg/mL〜3μg/mL、特に好ましくは1μg/mLから2μg/mLの範囲が使用される。また、その他の刺激剤としては、グラム陰性菌の内毒素として知られるリポポリサッカリドや、T細胞受容体に対する刺激活性を有することが知られている抗CD3抗体や抗CD28抗体など研究用試薬として市販されているものを、単核球にサイトカイン産生刺激を与えることのできる濃度で使用することができる。
【0014】
さらに本発明は、フォルボール-12-ミリステート-13-アセテートとイオノマイシンを含む、潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果の予測キットに関する。本発明のキットには、少なくともフォルボール-12-ミリステート-13-アセテートとイオノマイシンが含まれていればよい。即ち、本発明のキットは、フォルボール-12-ミリステート-13-アセテートとイオノマイシンのみから構成されていてもよいし、フォルボール-12-ミリステート-13-アセテートとイオノマイシンに加えてさらにそれ以外の成分を適宜含めることもできる。フォルボール-12-ミリステート-13-アセテートとイオノマイシン以外の成分としては、例えば、単核球を分離するための分離剤、インターフェロン−γ、インターロイキン−10及びインターロイキン−4を測定するための試薬などを挙げることができる。また、キットには、アッセイを行うためのマイクロプレートを含めてもよい。
【0015】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0016】
(1)患者末梢血単核球の分離及びサイトカイン産生
潰瘍性大腸炎患者8名から採取した末梢血より、常法にしたがって単核球分離剤Ficoll Paque Plus(アマシャム社製)を用いて単核球を分離し、2.0x106/mLの濃度となるよう10%ウシ胎仔血清を含むRPMI-1640培地(インビトロジェン社製)に懸濁させた。上記患者末梢血を1ウェル当り100μLずつ、すなわち2.0x105個ずつ96穴マイクロプレートに播種し、最終濃度で50ng/mL及び2μg/mLとなるよう、フォルボール-12-ミリステート-13-アセテート(シグマ社製)及びイオノマイシン(シグマ社製)を添加し、37℃ 5%炭酸ガス培養器(サンヨー社製)にて培養を行った。培養4時間後の培養上清を遠心分離により回収し、サイトカイン濃度を測定するまで−85℃超低温フリーザー(サンヨー社製)にて凍結保存した。
【0017】
(2)サイトカイン産生能の測定
培養上清中のサイトカイン濃度は、市販のCytometric Bead Array Th1/Th2サイトカインキットII(日本ベクトン・ディキンソン社製)を使用して測定した。
【0018】
(3)治療効果の判定
治療効果の判定にはLichtigerのClinical Activity Index (以下CAIと略す)を用いた(Lichtiger S et al. Cyclosporine in severe ulcerative colitis refractory to steroid therapy. N Engl J Med. 1994;330(26):1841-1845)。患者は旭化成メディカル社製の白血球除去治療器セルソーバTMにより1回乃至2回/週の間隔で、計5回以上の治療を受けた。治療開始前に比し治療終了後、CAIが半減以下、及び、治療終了後のCAIが5以下を実現した症例をResponder、それ以外の症例をNon-responderと定義した。CAIを指標とする潰瘍性大腸炎患者の白血球除去治療の治療効果を表1にまとめた。
【0019】
【表1】

【0020】
治療開始前に比し治療後のCAIが1/2以下かつ、治療後のCAIが5以下の症例をResponderと定義する。患者No.1,2,3,4,7及び8がResponder、患者No.5,6がNon-responderと分類された。
【0021】
(4)治療効果の予測
潰瘍性大腸炎患者8名の末梢血単核球106個当りの、インターフェロン-γ、IL-10及びIL-4の産生量を表2にまとめた。ここで、インターフェロン-γ、IL-10及びIL-4産生量が、各々40pg未満、4pg未満、及び40pg未満である場合に、前記患者は白血球除去治療に反応しないと予測すると、CAIを指標とする白血球除去治療の有効・無効症例すなわち、Responder/Non-responderと、本発明によるサイトカイン産生能を指標とする治療反応性の予測の結果は、患者8名中8名で一致していた。
【0022】
【表2】

【0023】
*1 インターフェロンγ産生量が40pg/ 106 単核球 未満の症例を網掛けで表示した。
*2 IL-10産生量が4pg/ 106 単核球 未満の症例を網掛けで表示した。
*3 IL-4産生量が40pg/ 106 単核球 未満の症例を網掛けで表示した。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明によれば、潰瘍性大腸炎における白血球除去治療の治療効果は、患者の末梢血単核球をin vitroで刺激した時のインターフェロン−γ、IL-10及びIL-4の産生量と関連していることから、これらサイトカイン群の産生量を測定することにより、白血球除去治療の治療効果を予測できる。したがって、本発明を潰瘍性大腸炎の治療に先だって用いれば、白血球除去治療による治療を効率的に実施することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果を予測する方法であって、該患者から採取した末梢血単核球をin vitroで薬剤により刺激した時のインターフェロン−γ、インターロイキン−10及びインターロイキン−4の産生量が、各々106個の細胞当たり40pg未満、4pg未満、及び40pg未満である場合には前記患者は白血球除去治療に反応しないと予測する、白血球除去治療の効果の予測方法。
【請求項2】
前記薬剤がフォルボール-12-ミリステート-13-アセテート及びイオノマイシンである、請求項1に記載の白血球除去治療の効果の予測方法。
【請求項3】
末梢血単核球をin vitroで刺激する際に使用するフォルボール-12-ミリステート-13-アセテートの濃度が20ng/mL〜70ng/mLであり、イオノマイシンの濃度が1μg/mL〜3μg/mLである、請求項2に記載の白血球除去治療の効果の予測方法。
【請求項4】
フォルボール-12-ミリステート-13-アセテートとイオノマイシンを含む、潰瘍性大腸炎患者に対する白血球除去治療の効果の予測キット。

【公開番号】特開2008−29440(P2008−29440A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−204084(P2006−204084)
【出願日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年7月11日 有限責任中間法人 日本アフェレシス学会発行の「第26回日本アフェレシス学会学術大会抄録集」に発表
【出願人】(000116806)旭化成クラレメディカル株式会社 (133)
【Fターム(参考)】