説明

皮膜および電気電子部品

【課題】素材表面を被覆するための、耐熱性、成形加工性、はんだ付け性等に優れた皮膜およびその製造方法、さらにこの皮膜で被覆された電気電子部品を提供する。
【解決手段】銅合金等の素材表面上に、表面側から順にNiまたはNi合金層、Cu層、SnまたはSn合金層を被覆した後に300〜900℃で1〜300秒のリフロー処理を施すことによって、最外側に厚さXが0.05〜2μmのSnまたはSn合金層、その内側に厚さYが0.05〜2μmのCu−Snを主体とする金属間化合物を含む合金層、更にその内側に厚さZが0.01〜1μmのNiまたはNi合金層(ここで、0.2X≦Y≦5X、且つ、0.05Y≦Z≦3Yである)が形成された耐熱性の皮膜を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車の電気配線などに使用される多ピンコネクタの表面のように、耐熱性と挿抜に際しての摩耗や摩擦係数を小さくすることの両立が要求される表面や、電気自動車の充電ソケットのように挿抜回数が多く大電流を流すものや、モーターのブラシのように回転体と接して耐摩耗性を要求される表面や、バッテリー端子のように耐摩耗性・耐腐食性が要求される表面や、更にプリント基板の接続等のはんだ付け性が必要な電気電子部品の表面処理とその製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年のエレクトロニクスの発達により、電気配線は複雑化、高集積化が進み、それに伴いコネクタの多ピン化も進んできている。また、外部からの熱やジュール熱による発熱等、熱環境もますます厳しくなってきている。
従来のSnめっきをしたコネクタでは抜き差しに際し、摩擦力が大きくなり、コネクタの挿入が困難になるという問題が生じてきている。更に、Snめっき材は熱影響により、素材や下地めっきからCuが拡散し、Cu―Sn系化合物層やその酸化皮膜の形成によって接触抵抗が増大するため耐熱性に劣り、また高湿度や高温度による保管でも、拡散や酸化によるはんだ付け性の低下が問題であった。
多ピン化したSnめっき付き端子の挿入力の低減策として、従来はSnめっきの下地に硬質なNiめっき等を施したり、Cu−Sn拡散層を設け、下地の硬さの向上や拡散バリア効果を狙った案が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−135226号公報
【特許文献2】特開平6−196349号公報
【特許文献3】特開平11−140569号公報
【特許文献4】特開平10−60666号公報
【特許文献5】特開2000−164279号公報
【特許文献6】特開平4−154987号公報
【特許文献7】特開平9−87899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、Niめっき上にSnめっきを施した場合は、加熱試験後に生じるNi−Sn合金または更にその酸化物の接触抵抗が大きく、耐熱性に劣っている。また、端子挿入時に、Snが掘り起こされNiがむき出しになると、加熱後にNiの酸化物が接触抵抗を著しく悪化させる。更に、通常はNi下地めっきを1〜2μm程度施すため、端子成型時の曲げ加工時にクラック等を生じやすい欠点もある。Ni下地めっきを0.5μm程度に薄くしたとしても、上記接触抵抗の増大は解決できなかった。
中間層にCu−Sn拡散層を利用する際も、長期加熱により接触抵抗は増大し、またはんだ付け性にも劣っている。また、製造方法においても、表層にSnを残し、内側にCu−Sn拡散層を設ける方法として熱拡散を利用する方法があるが、拡散層の厚さの制御が難しく、また、制御したとしても、使用時の温度環境による拡散の進行を避けられず、耐熱性に劣っている。Cu―Sn拡散層を形成させた後にSnめっきをする案は、極めて複雑な工程を必要とし、コスト面および表面のSnめっきの密着性、成形加工性に劣り現実的ではない。
【0005】
また、現在の電気自動車では1日1回以上の充電を必要としており、充電用ソケット部品の耐摩耗性の確保が必要である。その上に10A以上の大電流が流れるため発熱が大きく、従来のSnめっき等の方法では、めっきが剥離してしまう等の問題も生じている。
更に、プリント基板の接続用では、環境対策としてPbフリーによる高温はんだへの移行や活性度の小さいフラックスへの移行のために、従来のSnめっき材よりも更に優れたはんだ付け性の要求がある。具体的には保管時の湿気や高温によっても、はんだ付け性が低下せず優れていることが必要である。
上記のような問題に対し、従来の表面処理方法では対応しきれないことが明らかになってきている。また本発明が提案する表面処理において、SnまたはSn合金層、Cu−Sn合金層あるいは更にCu層、そしてNiまたはNi合金層の被覆やその被覆方法は従来から提案されているが、その全てを含んだ最適な組み合わせやその最適な厚さは検討されていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を達成するために鋭意研究した結果、最表面にSnまたはSn合金層、その内側にCu−Sn合金層(Cu3Sn、Cu4Sn、Cu6Sn5等のCu−Sn金属間化合物を含む合金層や下地のNiが熱拡散したCu−Sn−Ni等の合金層等)を有し、場合によっては反応で残ったCu層を有し、更にその内側にNiまたはNi合金層を、所望の厚さに適正に形成させることにより、例えば多ピンコネクタや電気自動車の充電ソケット等に好適な耐熱性と摩擦係数が小さくしかも耐摩耗性に優れ、更にはんだ付け性に優れた表面を有する表面処理皮膜が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、第1に、最表面に厚さXが0.05〜2μmのSnまたはSn合金層、その内側に厚さYが0.05〜2μmのCu−Snを主体とする金属間化合物を含む合金層、更にその内側に厚さZが0.01〜1μmのNiまたはNi合金層が形成されてなり、160℃で1000時間加熱した後にJIS H 3110によってR=0.2mmで圧延方向及び垂直方法に90°W曲げ試験を行った後のテープによるピーリングによって剥離が発生しない耐熱密着性を有することを特徴とする皮膜;第2に、0.2X≦Y≦5X、且つ、0.05Y≦Z≦3Yである第1記載の皮膜;第3に、前記金属間化合物を含む合金層と前記NiまたはNi合金層との間に厚さが0.7μm以下のCu層を有する第1または2記載の皮膜;第4に、前記皮膜で被覆される素材の少なくとも表面層がCuまたはCu合金である第1〜3のいずれかに記載の皮膜;第5に、素材表面上に、該表面側から順にNiまたはNi合金層、Cu層、SnまたはSn合金層を被覆した後に熱処理を施すことを特徴とする第1〜4のいずれかに記載の皮膜の製造方法;第6に、素材表面上に、該表面側から順にNiまたはNi合金層、Cu層、SnまたはSn合金層を被覆した後にリフロー処理を施すことを特徴とする第1〜4のいずれかに記載の皮膜の製造方法;第7に、表面粗さにおいて十点平均粗さが1.5μm以下で且つ中心線平均粗さが0.15μm以下である素材表面上に、該表面側から順にNiまたはNi合金層、Cu層、SnまたはSn合金層を被覆した後に熱処理を施すことを特徴とする第1〜4のいずれかに記載の皮膜の製造方法;第8に、表面粗さにおいて十点平均粗さが1.5μm以下で且つ中心線平均粗さが0.15μm以下である素材表面上に、該表面側から順にNiまたはNi合金層、Cu層、SnまたはSn合金層を被覆した後にリフロー処理を施すことを特徴とする第1〜4のいずれかに記載の皮膜の製造方法;第9に、前記NiまたはNi合金層を被覆する前に予め前記素材表面上にCuまたはCu合金層を被覆する第5〜8のいずれかに記載の製造方法;第10に、素材表面が第1〜4のいずれかに記載の皮膜で被覆されてなることを特徴とする電気電子部品;第11に、最表面に厚さXが0.05〜2μmのSnまたはSn合金層、その内側に厚さYが0.05〜2μmのCu−Snを主体とする金属間化合物を含む合金層、更にその内側に厚さZが0.01〜1μmのNiまたはNi合金層が形成されてなり、Ni、Snを含むCu合金素材の表面を被覆することを特徴とする皮膜;第12に、Ni、Snを含むCu合金素材の表面上に、該表面側から順にNiまたはNi合金層、Cu層、SnまたはSn合金層を被覆した後にリフロー処理を施すことを特徴とする第11記載の皮膜の製造方法;第13に、Ni、Snを含むCu合金素材の表面が第11記載の皮膜で被覆されてなることを特徴とする電気電子部品、を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
後記の実施例から明らかなように、本発明に係る表面処理およびその製造方法、更にこれらによって得られた電気電子部品は、摩擦抵抗、成型加工性、はんだ付け性に優れ、且つ、長期加熱後の密着性、接触抵抗、耐変色等に優れることから、近時の自動車電装品等の高密度化に対応できるコネクタ材ならびに耐摩耗性やはんだ付け性等が要求されるプリント基板の接続用コネクタ等、電気電子部品用材料として優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】摩擦係数の測定方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の内容を具体的に説明する。また本発明の数値範囲の限定理由を述べる。
まず、最表面のSn層の厚さであるが、厚さが0.05μm未満であると接触抵抗の安定性、はんだ付け性が低下する。特に、低荷重での接触抵抗が不安定になりやすく、保管時の湿気や温度によるはんだ付け性の低下も生じる。また、H2SやSO2による腐食や水分の存在下におけるNH3ガスによる腐食等耐食性低下が問題となる。Sn層の厚さが2μmを越えると、端子挿入時の掘り起こし摩擦による挿入力抵抗の増大、疲労特性の低下や、経済的にも不利になる等の問題を生じる。更にその内側に形成すべき熱処理によって得られるCu−Sn拡散層の厚さが厚くなりすぎ、加工時に割れるなどの成形加工性の低下が認められる。したがって、Sn層の厚さは、0.05〜2μmの範囲とする。更に、好ましい範囲としては、0.1〜1μmの範囲とする。
【0011】
ここで、Sn層の形成は、めっき、溶融浸漬、ショットピーニング、クラッド等いずれの方法を用いても良いが、厚さの制御やコスト面からめっきが望ましい。また、ここでいうSn層の厚さは、熱処理等による拡散処理が完了した後の最表面のSn層の厚さであり、Cu−Sn金属間化合物層の外側(表面側)の部分である。ただし、拡散処理の影響により、20wt%以下のSn以外の元素を含んでも良い。Sn以外の元素を20wt%を超えて含有すると、長期加熱後のはんだ付け性や接触抵抗に問題が生じる場合がある。さらに、拡散処理前の最表面に被覆するSnは、Sn−Cu、Sn−Ag、Sn−Bi、Sn−Zn、Sn−Pb等の合金めっきやSn−In等の溶融浸漬でも構わない。ただし、内側にCu−Sn金属間化合物を含む合金層を設ける拡散処理を行った際や長期加熱により、Sn中のCu、Ag、Bi、Zn、Pb、In等が最表面に拡散し、酸化しても、はんだ付け性や接触抵抗を低下させないことが重要である。
【0012】
また、Sn被覆の下地として、厚さ0.05〜2μmのCu―Sn金属間化合物を含む合金層が必要である。このCu−Sn金属間化合物を含む合金層は、熱処理によって下地Cu被覆例えばCuめっきからのCuの拡散を利用し、表面に被覆したSnと合金化することを利用して形成させるのが好ましい。したがって反応後に残るCuを含むものとする。ただし、Cuとして残るめっき厚さは0.7μm以下、更に0.3μm以下が望ましい。余剰なCuは、長期加熱により拡散し、Cu−Sn拡散層を成長させ、最表層部のSn厚さを減少し、接触抵抗やはんだ付け性を低下させる。
【0013】
このようにして得られたCu―Sn金属間化合物を含む合金層は、更にその内側(下地側)からのNiの拡散を効果的に抑制し、表面にNi−Snの合金層やその酸化物の形成を効果的に抑制する。これにより、長期加熱後の接触抵抗の増大を抑制することができる。更に、硬質なCu−Sn系金属間化合物を含む合金層は挿入力の低減効果にも寄与する。このような効果を効率的に発現させるためには0.05μm以上、好ましくは0.1μm以上の厚さが必要である。
しかしながら、Cu−Sn金属間化合物を含む合金層が厚すぎると、加工性が著しく低下する。また、拡散によって生じたCu−Sn拡散層は表面粗さを増大するため、最表層部のSn被覆を調整しても、外観の荒れや挿入力に悪影響を及ぼしやすい。したがって、好ましいCu−Sn厚さは2μm以下、更に好ましくは1μm以下とする。
【0014】
更にCu−Sn金属間化合物を含む合金層の内側(下地)に、NiまたはNi合金層の被覆を必要とする。このNiまたはNi合金層は、素材に銅または銅合金を利用した際のCuの拡散を効果的に抑制するばかりでなく、銅合金中の添加元素の拡散を効果的に抑制し、接触抵抗やはんだ付け性、更には皮膜の耐熱密着性の低下を効果的に防止する。例えば、黄銅中のZn、りん青銅中のP等である。
また、このNiまたはNi合金層は、その上のCu−Sn金属間化合物を含む合金層と相まって、挿入力抵抗、耐熱性、耐食性等を向上する効果がある。このNiまたはNi合金層は、めっきによって形成される場合が多いが前述のSn同様、いかなる方法でも良い。また、被覆するのはNiでも良いし、Ni合金でも良い。電気めっきで行うNi合金としては、Ni−Co、Ni−P等が挙げられる。また、Cu−Sn拡散層を得る熱処理の際に、素材やCuめっきと拡散し、Ni―Cu等の合金層が形成されても構わない。
【0015】
また、素材を鉄鋼材料やステンレス、アルミ合金等の銅、銅合金以外にも応用できる。この場合、NiやNi合金皮膜の密着性向上のために、Cu下地めっきを行うことができるが、この下地めっきからのCuの拡散を効果的に抑制できるため、長期加熱時の接触抵抗変化やはんだ付け性の劣化を効果的に抑制できる。
一般的には、電気電子部品は、その電気伝導性やばね性、磁性等必要な特性等を考慮すると、素材は銅または銅合金が好ましいが、前述のようにこの限りではない。素材を銅または銅合金とした場合は下地側から、NiまたはNi合金、(Cu)、Cu−Sn金属間化合物を含む合金、SnまたはSn合金の順、あるいはCuまたはCu合金、NiまたはNi合金、(Cu)、Cu−Sn金属間化合物を含む合金、SnまたはSn合金の層構造であることが必要である。
【0016】
素材を銅合金とした場合は、強度、弾性、電気伝導性、加工性、耐食性などの面から好ましい添加元素の範囲として、Zn:0.01〜50wt%、Sn:0.1〜12wt%、Fe:0.01〜5wt%、Ni:0.01〜30wt%、Co:0.01〜5wt%、Ti:0.01〜5wt%、Mg:0.01〜3wt%、Zr:0.01〜3wt%、Ca:0.01〜1wt%、Si:0.01〜5wt%、Mn:0.01〜20wt%、Cd:0.01〜5wt%、Al:0.01〜10wt%、Pb:0.01〜5wt%、Bi:0.01〜5wt%、Be:0.01〜3wt%、Te:0.01〜1wt%、Y:0.01〜5wt%、La:0.01〜5wt%、Cr:0.01〜5wt%、Ce:0.01〜5wt%、Au:0.01〜5wt%、Ag:0.01〜5wt%、P:0.005〜0.5wt%のうち少なくとも1種以上の元素を含み、その総量が0.01〜50wt%であることが望ましい。
なお、原料としてのリサイクル性を考慮すると銅合金にNi、Snを含むことが望ましい。
【0017】
次に各層の厚さとその限定理由について述べる。
最表面のSnまたはSn合金層の厚さ(X)、その内側のCu−Snを主体とする金属間化合物を含む合金層の厚さ(Y)、その内側のNiまたはNi合金層の厚さ(Z)、それぞれの厚さの最適値については前述したとおりである。しかしながら、それぞれの表面処理に相互作用があり、厚さの比率を限定した方が望ましいことがわかった。
具体的には、長期加熱による各元素の拡散、酸化による電気性能劣化への対応、端子挿入時の掘り起こし抵抗や凝着による挿入力増大への対応、摩耗や腐食への対応等で、最適な膜厚比が得られることである。膜厚比は以下であることが望ましい。
0.2X ≦ Y ≦ 5X (1)式
0.05Y ≦ Z ≦ 3Y (2)式
膜厚比が上限を越えた場合あるいは下限未満の場合は、加熱後の接触抵抗、耐湿試験後のはんだ付け性、端子挿入力抵抗、摩耗量、耐食性等のいずれかが低下し、全てを満足できなくなる。したがって(1)式、(2)式を満たす膜厚にすることが重要である。
【0018】
次に素材の表面粗さにおいて、JIS B 0601に準拠した測定方法によって、十点平均粗さが1.5μm以下で且つ中心線平均粗さが0.15μm以下であることが好ましい。素材の表面粗さを限定することにより、その素材上に被覆する各層の表面平滑度が安定し、密着性や外観が向上する。まためっきを行う場合は、耐熱密着性や膜厚分布にも効果がある。
素材の表面粗さの規定は、特に、下地側から場合によってはCuまたはCu合金を被覆し、更にNiまたはNi合金、Cu、SnまたはSn合金を被覆した表面と、その後に行うリフロー等の熱処理後の外観や表面粗さの安定に寄与する。リフロー後の表面粗さは、十点平均粗さが1.0μm以下で且つ中心線平均粗さが0.1μm以下であることが好ましい。
【0019】
また、素材自体の酸化皮膜厚さは各層を形成する上で重要である。特に前処理との関わりで、めっき法で皮膜を形成する場合は、密着性、外観、拡散時のボイド発生等に影響するので、素材の酸化皮膜は20nm以下、好ましくは12nm以下とするべきである。
これらにより、最表面に厚さが0.05〜2μmのSnまたはSn合金層とその内側に厚さが0.05〜2μmで且つ式(1)を満足するCu−Snを主体とする金属間化合物を含む合金層または更にCuと、更にその内側に厚さが0.01〜1μmで且つ式(2)を満足するNiまたはNi合金層で構成された耐熱性の皮膜を効果的に得ることができる。
【0020】
次に製造方法に関して述べる。
本発明の構成を効果的に得る方法として以下に詳述する。
まず、表面粗さや酸化皮膜厚さを調整した素材を準備し、場合によってはCuを被覆する。素材が銅や銅合金である場合には下地のCu被覆を省略できる。以下、被覆の望ましい方法であるめっきを例として記述する。
素材またはCuめっきした素材にNiまたはNi合金をめっきする。ただし、密着性を考慮し、脱脂、酸洗等の洗浄を充分に行う必要がある。次にCuめっきを行う。ただし、このCuのめっき後の外観や密着性を向上するために、NiめっきとCuめっきとの工程間で酸洗を行うことが望ましい。
そして、最表層にSnまたはSn合金めっきを行う。このように、下地側から、Ni、Cu、Snの基本構造をとることが重要である。
【0021】
次に、中間めっきのCuと最表面のSnを拡散させ、Cu−Sn拡散層を得る。この処理は、最表面のSnを溶融させるリフロー処理と兼ねることが望ましい。具体的には、リフロー処理時のヒートパターンを適正にすることにより、所望の厚さのSnとCu−Sn拡散層が得られる。ただし、中間のCuめっきは、Cu―Sn拡散層を形成するための厚さであればよく、反応で残された余剰な厚さとしては必要ない。具体的にはCuとして残る厚さは0.7μm以下、更に0.3μm以下が望ましい。余剰なCuは、長期加熱により拡散し、Cu−Sn拡散層を成長させ、最表層部のSn厚さを減少し、接触抵抗やはんだ付け性を低下させる。
リフロー処理条件は、300〜900℃の温度、1〜300秒間の条件が望ましい。300℃より低い温度や900℃を越える温度では、リフローと拡散の両方を同時に制御しにくい。特に良好な表面状態と酸化抑制の面と、拡散層の厚さ制御や部分的に急激に拡散層が成長する異常拡散の抑制面で温度因子は重要である。雰囲気ガスはリフローの方法によって適宜選択可能である。主なリフロー方式は、バーナー方式、熱風循環方式、赤外線方式、ジュール熱方式があるが、いずれの方式を用いてもよい。ただし、それらの方法によって加熱時間が異なるが、1秒未満では充分な拡散層が得られず、且つ300秒を超える時間では効果が飽和し、コスト的にも不利になる。
【0022】
また、Snのリフロー後の酸化皮膜厚さはできるだけ薄い方が望ましいが、その厚さは30nm以下が望ましい。表面の酸化皮膜厚さが30nmを越えると接触抵抗が増加し、また極めて不安定となり電気性能が劣化する。さらにはんだ付け性や酸化皮膜の密着性が低下し、その後の加工で剥離する場合がある。更に好ましい酸化皮膜厚さは、20nm以下である。ここで、酸化皮膜は、酸化錫が主体であるが、この酸化皮膜はSnに添加した元素やCu−Sn拡散層中のCu、下地のNiまたはNi合金元素が拡散したもの、あるいは素材の銅基合金中に含まれる添加元素が拡散したものがSnと共に複合酸化物を形成したものを含む。
【0023】
このような表面に形成された酸化物は、下地のCu−Snの拡散層、NiまたはNi合金層と相まって耐摩耗性やすべり性を向上させる効果がある。しかしながら、表面酸化物は、接触抵抗やはんだ付け性に悪影響を及ぼすため、薄く制御した方が好ましい。
以上によって構成された皮膜は、電気部品のオス、メス端子に応用する場合において、オス側、メス側のいずれかもしくはその両方に適用できる。さらに、必要な部分のみに適用しても差し支えない。
【実施例】
【0024】
以下に本発明の実施例を記載する。
【0025】
[実施例1] 表1にその厚さと構成を示す表面処理材No.1〜16を準備した。ただし、各層の形成手段はすべて電気めっきにて行った。具体的には、Niはスルファミン酸ニッケル浴を、Cuは硫酸銅浴を、Snは硫酸塩浴を用いた。また、Niめっきの前後の工程で酸洗を行った。
ただし、No.9、10、15はNiを、No.11はNi、Cuを、No.12はCuを、No.16はSnめっきを行わなかった(表1でその皮膜厚さに棒線を引いている)。
素材は、1wt%Ni、0.9wt%Sn、0.05wt%Pを含んだ銅合金の板厚0.25mmの圧延材を用い、表面粗さは、十点平均粗さが0.9μmで且つ中心線平均粗さが0.08μmであり、素材の酸化皮膜厚さは約7nmであって、20nmよりも充分に小さい値であった。
【0026】
次にリフロー条件を変化させ、450〜700℃、4〜20秒間の連続リフロー処理を行い、リフロー処理と同時に拡散層の形成も行った。リフロー後の最表面の酸化皮膜厚さは、AES、ESCAの測定結果から、No.1〜14は約3〜8nm、No.15、16はいずれも約15nmであって、いずれの試料も30nmよりも充分に小さい値であった。また表面粗さは、十点平均粗さが0.2〜0.7μmで、且つ、中心線平均粗さが0.05〜0.10μmであった。
各層の厚さは、一層ずつ電解法により表層側から溶解し、X線膜厚計と電解法により測定した。更に、厚さが薄いものに対しては、オージェ電子分光装置(AES)、光電子分光装置(ESCA)等の分析装置を併用したり、断面を透過電子顕微鏡(TEM)観察し、測定した。また、計算によって得られる目標電着量との整合性も確認しながら各層の膜厚を測定した。そして膜厚として確認できなかった皮膜(Sn<0.05μm、Cu−Sn<0.05μm、Cu<0.05μm)についてはNDと表示した。
【0027】
以上のようにして得られた試験材の摩擦係数測定、成形加工性、はんだ付け試験、耐熱密着性、接触抵抗、変色を調査した。
摩擦係数の測定方法は、図1に示すように、内側半径R=1mmの3つのインデントを設けた表面処理板材を上側とし、これに15Nの荷重をかけながら100mm/分の速度で、同じ表面処理を施した下側板材の上を移動し、ロードセルで摩擦力を測定し、摩擦係数を計算した。
成形加工性は、90゜W曲げ試験(JIS H 3110、R=0.2mm、圧延方向および垂直方向)を行い、試料中央部の山表面を24倍の実体顕微鏡で観察して評価した。また、摩擦係数測定のためにインデント加工した際のひび割れも24倍の実体顕微鏡で観察した。両方の試験で割れが観察されなかったものを○印、どちらかの加工で割れが観察されたものを×印として評価した。
【0028】
はんだ付け性は、MIL−STD−202F−208Eに準拠し、沸騰蒸気に1時間暴露した後に、非活性フラックスを用いて試験した。試験結果は、95%以上濡れていれば○、95%未満を×として評価した。
耐熱密着性は、160℃、1000時間加熱した後に90゜W曲げ試験(JIS H 3110、R=0.2mm、圧延方向および垂直方向)を行った後に、テ−プによるピ−リングを行い評価した。ピーリングにより剥離が発生しなかったものを○印、剥離が発生したものを×印とした。また同時に表面の変色度合いを目視で観察し、加熱前に対し著しく変色したものを×として評価した。
接触抵抗の試験は、試料を160℃、1000時間加熱した後に、低電流低電圧測定装置を用い、4端子法により測定した。Au接触子の最大加重を0.5Nとし、このときの抵抗値を測定した。
以上の評価結果を表2に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【0031】
表1および表2の結果から、本発明に係わるNo.1〜8の材料は、摩擦係数が小さく優れており、且つ、成形加工性、はんだ付け性、加熱試験後の皮膜密着性、接触抵抗、耐変色に優れている。したがって、近時の多ピン用コネクタ、充電ソケット、プリント基板の接続部品等の用途に極めて優れた特性を有するといえる。
これに対し、Ni層の無いNo.9、10は摩擦係数が大きく、且つ加熱後の接触抵抗や変色の点で劣っている。No.11は、下地のNiめっきおよび中間めっきのCuを行わず、素材のCuと表面のSnで拡散層を形成させたものであるが、摩擦係数は小さいものの、はんだ付け性、加熱後の接触抵抗、変色の点で劣っている。
【0032】
Cuの中間めっきを行わず、Cu−Sn拡散層のないNo.12は、はんだ付け性、加熱後の接触抵抗、変色の点で劣っている。
Niが厚いNo.13は成形加工性に劣り、Snが厚いNo.14は摩擦係数に劣り、Ni層がなく且つCu―Sn拡散層が厚いNo.15は、成形加工性、はんだ付け性、加熱後の接触抵抗、変色の点で劣っている。Snの無いNo.16は、はんだ付け性、加熱後の接触抵抗、変色の点で劣っている。
【0033】
[実施例2] 実施例1と同様に各層を電気めっきで構成した。ただし、No.17、18、21は素材を黄銅一種(板厚0.8mm)、No.19、20、22は素材をりん青銅(板厚0.2mm)とした。また、それぞれの表面粗さは、十点平均粗さが1.0、0.9μmで且つ中心線平均粗さが0.13、0.08μmであり、素材の酸化皮膜厚さはいずれも約8nmであって、20nmよりも充分に薄い値であった。
次に雰囲気温度が350〜800℃、時間5〜20秒で連続的にリフロー処理を行い、リフロー処理と同時にCu−Sn拡散を形成させ、上記試料を準備した。得られた試験材の摩擦係数測定、成形加工性、はんだ付け試験、耐熱密着性、接触抵抗、変色を実施例1と同様に調査した。
【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】
表3、表4から明らかなように、本願発明のNo.17〜20は摩擦係数が小さく優れており、且つ、成形加工性、はんだ付け性、加熱試験後の皮膜密着性、接触抵抗、耐変色に優れている。したがって、素材を黄銅やリン青銅にしても本発明の効果は変わらないと言える。
これに対し、Ni層の無いNo.21、22は摩擦係数が大きく、且つ加熱後の接触抵抗や変色の点で劣っている。特にNo.22は、加熱後の皮膜の密着性にも劣り、No.19、20との比較から本発明の効果が極めて大きいことがわかる。
【0037】
[実施例3] 実施例1で使用した素材に実施例1と同様に電気めっきによって各層を形成させた。No.23、24、27は最表面のめっきをSn合金めっきとし、No.23、27は下地をNiに、No.24は下地をNi合金めっきとした。No.25、26、28は最表面のめっきをSnとし、No.25、26、28共に下地をNi合金めっきとした。
Sn合金めっきとしては、有機錯塩浴を用い、Sn−10wt%Znをめっきした。Ni合金めっきとしては、ワット浴に亜リン酸を添加し、Ni−5wt%Pをめっきした。
【0038】
実施例1と同様にリフロー条件を適宜選んでリフローしたところ、Sn−Zn合金めっきのZnが表面に拡散し、亜鉛酸化物を中心とした酸化物を形成したが、接触抵抗に特に大きな影響を与えなかった。また酸化皮膜厚さは約5〜11nmであって、30nmより薄い値であった。
なお、No.23〜26はリフローの熱影響でCu−Sn拡散層を生じたが、No.27、28はCu層が無いために、Cu―Sn拡散層ではなくNi−Sn拡散層を生じた。
【0039】
【表5】

【0040】
【表6】

【0041】
表5、表6より明らかなように、本発明のNo.23〜26は摩擦係数が小さく優れており、且つ、成形加工性、はんだ付け性、加熱試験後の皮膜密着性、接触抵抗、耐変色に優れている。したがって、表面のSn層をSn合金にしたり、Ni層をNi合金にしても本発明の効果は変わらないと言える。
これに対し、Cu−Sn中間層の無いNo.27は、はんだ付け性、加熱後の接触抵抗に劣り、またNo.28は成形加工性、はんだ付け性、加熱後の皮膜密着性、接触抵抗や変色の点で劣っている。したがって、本発明の効果が極めて大きいことがわかる。
【符号の説明】
【0042】
1 インデント付き上側試験片
2 下側試験片
3 重錘(15N)
4 水平台
5 プーリー
6 ロードセル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
最表面に厚さXが0.05〜2μmのSnまたはSn合金層、その内側に厚さYが0.05〜2μmのCu−Snを主体とする金属間化合物を含む合金層、更にその内側に厚さZが0.01〜1μmのNiまたはNi合金層が形成されてなることを特徴とする皮膜。
【請求項2】
最表面に厚さXが0.05〜2μmのSnまたはSn合金層、その内側に厚さYが0.05〜2μmのCu−Snを主体とする金属間化合物を含む合金層、更にその内側に厚さZが0.01〜1μmのNiまたはNi合金層が形成されてなり、160℃で1000時間加熱した後にJIS H 3110によってR=0.2mmで圧延方向及び垂直方法に90°W曲げ試験を行った後のテープによるピーリングによって剥離が発生しない耐熱密着性を有することを特徴とする皮膜。
【請求項3】
0.2X≦Y≦5X、且つ、0.05Y≦Z≦3Yである、請求項1または2に記載の皮膜。
【請求項4】
前記金属間化合物を含む合金層と前記NiまたはNi合金層との間に厚さが0.7μm以下のCu層を有する、請求項1〜3にいずれかに記載の皮膜。
【請求項5】
前記皮膜で被覆される素材の少なくとも表面層がCuまたはCu合金である、請求項1〜4のいずれかに記載の皮膜。
【請求項6】
前記皮膜で被覆される素材がNi、Snを含むCu合金である、請求項1〜4のいずれかに記載の皮膜。
【請求項7】
素材表面が請求項1〜6のいずれかに記載の皮膜で被覆されてなることを特徴とする電気電子部品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−12350(P2011−12350A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−237063(P2010−237063)
【出願日】平成22年10月22日(2010.10.22)
【分割の表示】特願2005−172578(P2005−172578)の分割
【原出願日】平成13年1月31日(2001.1.31)
【出願人】(506365131)DOWAメタルテック株式会社 (109)
【Fターム(参考)】