説明

睡眠状態推定装置

【課題】少ない計算量で簡便かつリアルタイムに睡眠状態を推定できる装置を提供する。
【解決手段】本発明による睡眠状態推定装置は、計測された心拍から拍動周期を検出する周期検出部と、前記拍動周期から短期標準偏差を算出する短期標準偏差算出部と、前記拍動周期から長期標準偏差を算出する長期標準偏差算出部と、前記短期標準偏差と長期標準偏差とを所定の算出式に与えて睡眠状態指数を算出する指数算出部と、算出された前記睡眠状態指数に基づいて前記ユーザの睡眠状態を判定する睡眠状態判定部と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の心拍データより該生体の睡眠状態を推定する睡眠状態推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康への意識が高まる中で、睡眠状態に対する関心が増加している。また、睡眠時無呼吸症候群による日常生活への影響が問題となるなど、睡眠状態を家庭などで簡便に計測するニーズが生まれている。
【0003】
睡眠状態が周期的に変化することはよく知られており、こうした変化を検出する手法として、脳波や眼球運動、筋電などを測定する睡眠ポリグラフが知られている。しかしながら、これは、装置が大規模であったり、多くのセンサを体に装着する必要があることから、家庭での通常の睡眠状態の推定には使用しにくいとの問題がある。
【0004】
睡眠ポリグラフに代わる手法として、心拍や呼吸、体動などを測定し、その周期や周期の揺らぎの計測値を用いて睡眠状態を推定する試みが提案されている。例えば、脈拍数の増減やその時間変化を指標としたもの(特許文献1および特許文献2)、心拍のR波の間隔の標準偏差およびR波間隔を周波数解析して得たパラメータを指標としたもの(特許文献3)、心拍数などから導出した8つのパラメータを指標としたもの(特許文献4)などがある。
【特許文献1】特開昭63−283623号公報
【特許文献2】特開昭63−205592号公報
【特許文献3】特開平7−143972号公報
【特許文献4】特開2003−260040号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の方法では、睡眠状態推定のための指標を得るために多くの複雑な計算を必要とする。特許文献3では推定に用いる指標を計算するために心拍R波の周波数解析を行っており、特許文献4では、心拍、呼吸、体動からの3つの信号値から8種類の指標の計算を行っている。こうした計算を行う場合には、過去数分にわたる測定値を用いる必要がある。たとえば、周波数解析による方法では、少なくとも256から512点程度のデータを用いる。心拍を例にとり、心拍の1拍を1秒とすると、4分から8分にわたる計測結果を用いる必要があり、リアルタイム性に乏しい。また、周波数解析には計算器パワーを必要とする。このように、上記の方法では、リアルタイムでの睡眠状態の推定が困難であるという問題がある。
【0006】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであり、少ない計算量で簡便かつリアルタイムに睡眠状態を推定できる装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の睡眠状態推定装置は、発明の一形態(請求項1)によると、計測された心拍から拍動周期を検出する周期検出部と、前記拍動周期から短期標準偏差を算出する短期標準偏差算出部と、前記拍動周期から長期標準偏差を算出する長期標準偏差算出部と、前記短期標準偏差と長期標準偏差とを所定の算出式に与えて睡眠状態指数を算出する指数算出部と、算出された前記睡眠状態指数に基づいて前記ユーザの睡眠状態を判定する睡眠状態判定部と、を備える。
【0008】
これによると、時間幅の異なる2種類の標準偏差を用いて睡眠状態指数を求め、この睡眠状態指数に基づいて睡眠状態を判定するので、容易かつ高い精度で睡眠状態を推定することができる。
【0009】
また、この発明のもう一つの形態(請求項2)による睡眠状態推定装置において、前記所定の算出式は、シグモイド関数特性を有する関数を含む。
【0010】
これによると、算出式がシグモイド関数特性を有する関数を含むので、短期標準偏差値と長期標準偏差値の2つの標準偏差値に基づいて被験者が深い睡眠状態にあるか浅い睡眠状態にあるかの切り分けを行うことができ、関数の定数を最適化することで睡眠状態の判定を精度良く行うことができる。
【0011】
また、この発明のもう一つの形態(請求項3)による睡眠状態推定装置において、前記所定の算出式は、前記短期標準偏差が代入されるシグモイド関数特性を有する関数と、前記長期標準偏差が代入されるシグモイド関数特性を有する関数との和を含む。
【0012】
また、この発明のもう一つの形態(請求項4)による睡眠状態推定装置において、前記睡眠状態指数をSIとし、A1、A2、B1、B2、M1、M2、k1、k2を定数、nLSDを長期標準偏差、nSSDを短期標準偏差としたとき、前記睡眠状態指数の変化量ΔSIを求めるための前記所定の算出式は、
【数2】

【0013】
で表される。
【0014】
また、この発明のもう一つの形態(請求項5)による睡眠状態推定装置において、前記nLSDは、長期標準偏差を長期標準偏差の平均値で除した値であり、前記nSSDは、短期標準偏差を短期標準偏差の平均値で除した値である。これによると、睡眠状態指数を、長期標準偏差と短期標準偏差をそれぞれの平均値で正規化した値に基づいて求めることができるようになる。
【0015】
また、この発明のもう一つの形態(請求項6)による睡眠状態推定装置において、前記短期標準偏差は2拍又は3拍の所定の拍動周期に基づいて算出され、前記長期標準偏差は4〜30拍の所定の拍動周期に基づいて算出される。
【0016】
また、この発明のもう一つの形態(請求項7)による睡眠状態推定装置において、前記長期標準偏差は拍動周期の移動平均値を利用して算出される。これによると、拍動周期の移動平均値を利用するので、長期標準偏差の算出にあたり、短期標準偏差の影響を除去することができる。
【0017】
また、この発明のもう一つの形態(請求項8)による睡眠状態推定装置において、前記短期標準偏差は2秒又は3秒の所定の時間周期に基づいて算出され、前記長期標準偏差は4〜30秒の所定の時間周期に基づいて算出される。
【0018】
また、この発明のもう一つの形態(請求項9)による睡眠状態推定装置において、前記長期標準偏差は時間周期の移動平均値を利用して算出される。これによると、時間周期の移動平均値を利用するので、長期標準偏差の算出にあたり、短期標準偏差の影響を除去することができる。
【0019】
また、この発明のもう一つの形態(請求項10)による睡眠状態推定装置において、前記睡眠状態の判定は、算出された前記睡眠状態指数と所定のしきい値との比較に基づいて行われる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の一実施形態における睡眠状態の判定手法で利用する心拍と睡眠状態との関係について説明する。
【0021】
睡眠中における心拍の1拍ごとの周期であるR−R間隔は一定ではなく、図2に示すように平均間隔1秒前後で変動することが知られている。また、心拍数ゆらぎのパワースペクトルは、自律神経系の状態により異なる様相を示すことが知られている。つまり、心拍において低周波成分(LF成分(0.04Hz-0.15Hz))が大きいときには、交感神経が活発であることを示し、高周波成分(HF成分(0.15Hz-0.40Hz))が大きいときには、副交感神経が活発であることを示す。そして、副交感神経が活発のとき深い眠りであり、交感神経が活発のとき浅い眠りであることが知られている。このように、睡眠の深さと心拍数の周波数成分とは相関関係があることが知られている。
【0022】
また、本発明では、短期標準偏差とHF成分との高い相関性、および長期標準偏差とLF成分との高い相関性を利用している。図3(a)から(d)は、これらの相関性を説明するためのグラフである。
【0023】
図3(a)は、後述する短期標準偏差の値を時系列でグラフ化したものである。横軸の単位は「時間」であり、睡眠開始からの時間経過を示す。ここでは、R−R間隔の2拍分の標準偏差を算出しグラフ化している。図3(b)は、R−R間隔の256拍分の周波数解析により得られる心拍のHF成分(0.15Hz-0.40Hzにおけるパワー値)を抽出し、時系列でグラフ化したものである。ここでは、その時刻における0.15Hz-0.40Hzの周波数幅の積分値をグラフ化している。図3(c)は、後述する長期標準偏差の値を時系列でグラフ化したものである。横軸の単位は「時間」であり、睡眠開始からの時間経過を示す。ここでは、5拍移動平均をとったR−R間隔について、10拍にわたる標準偏差を算出しグラフ化している。図3(d)は、R−R間隔の256拍分の周波数解析により得られる心拍のLF成分(0.04Hz-0.15Hzにおけるパワー値)を抽出し、時系列でグラフ化したものである。ここでは、その時刻における0.04Hz-0.15Hzの周波数幅の積分値をグラフ化している。
【0024】
短期標準偏差(図3(a))とHF成分(図3(b))とを比較すると、両者のグラフ形状が対応していることがわかる。両者の相関係数を計算すると0.787であった。また、長期標準偏差(図3(c))とLF成分(図3(d))の比較においても、両者のグラフ形状が対応していることがわかる。両者の相関係数を計算すると0.903であった。このように、標準偏差と心拍の周波数成分には高い相関が認められる。
【0025】
周波数解析に用いる拍数を変えても上記の相関の変化は大きくはないが、多いほど相関が高くなる傾向がある。また、長期標準偏差を計算する拍数を変えてもLFとの相関は高い値に保たれるが、30拍程度までが望ましい。
【0026】
一般に、R−R間隔のHF成分が多いときに、副交感神経の活動が活発であり、眠りが深い。一方、R−R間隔のLF成分が多いときに、交感神経の活動が活発であり、眠りが浅いと言われている。
【0027】
上記のような交感神経系と心拍のR−R間隔の関係、およびR−R間隔の周波数解析結果と標準偏差の値との相関性を考慮して、短期標準偏差および長期標準偏差を使用して簡便に睡眠状態指数SIを求めることようにしたのが本発明である。
【0028】
次に、図面を参照しつつ本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明の一実施形態に従う、睡眠状態推定装置100の全体構成図である。また、図6は本発明の一実施例に従うフローチャートである。
【0029】
睡眠状態推定装置100は、以下に説明する計測部101、周期検出部102、短期標準偏差算出部103、長期標準偏差算出部104、変化量算出部105、睡眠状態算出部106、睡眠状態判定部107、および表示部108からなる。
【0030】
周期検出部102、短期標準偏差算出部103、長期標準偏差算出部104、変化量算出部105、睡眠状態算出部106、および睡眠状態判定部107は、所定の演算処理および判定処理を行う。これらは、個々の処理装置で実現することもできるが、本実施形態では1つのコンピュータ110で実現される。本実施形態において使用されるコンピュータ110は、例えば図に示さないCPUなどの処理手段と、ROM、RAM、ハードディスクドライブなどの記憶手段と、キーボード、マウスなどの入力手段とによって構成されている。また、記憶手段には、上記の各部を実現するためのプログラムが格納されている。なお、本発明の睡眠状態推定装置100の要部は、短期標準偏差算出部103〜睡眠状態判定部107であり、計測部101、周期検出部102および表示部108は、本発明の必須構成要件ではない。例えば、周期検出部102は睡眠状態推定装置100の外部に設けて、周期検出部102が周知の方法で検出したデータを短期標準偏差算出部103に供給する構成としても良い。
【0031】
計測部101は、例えばUSBやシリアルバス、パラレルバスを介して、コンピュータ110に接続されている。また、表示部108は、例えばD−subコネクタを介してコンピュータ110と接続されている。
【0032】
計測部101は、心拍または脈拍を検出してこれを電気信号に変換し、心拍データを取得する機能を有する。具体的には、人体に取り付けられ心拍を取得する心電計である。本実施形態において、サンプリングレートは200(Hz)である。計測部101は、心電計を介して被験者から心拍を測定し、測定した心拍をコンピュータ101に送り、順次記憶手段に格納する(S601)。取得した心拍データは、周期検出部102に送られ、周期検出部102の記憶手段に逐次格納される。心拍データを取得する代替方法として、人間に装着される脈波センサから脈拍を取得することとしてもよい。これは、被験者の手にバンドによって取り付けられる脈波センサであって、発光素子と受光素子をと指の爪側と裏側にそれぞれ配置し、血液の流れを検出して脈拍に対応する信号を得る。本実施形態では、心電計から得られる心拍データを例にして説明する。
【0033】
周期検出部102は、記憶手段に格納された心拍データから1拍ごとの周期(R−R間隔)を検出して、記憶手段に格納する(S602)。1拍ごとの周期とは、例えば、得られた心拍データの頂点間の時間間隔である。
【0034】
短期標準偏差算出部103は、記憶手段に格納した心拍のR−R間隔のデータからR−R間隔の短期標準偏差(以下、SSDという)を算出する(S603)。一般に、R−R間隔の短期の周波数(HF)の範囲は0.15〜0.4Hzであり、これは、フーリエ解析において1/2周期を対象とすることも考慮すると、1.25〜3.3秒の周期となる。従って、HFの範囲に限定した心拍数のゆらぎを抽出するには、1.25〜3.3秒間の拍数(2又は3拍)のSSDを算出するのが合理的である。睡眠中は心拍が1拍/秒程度となるのが一般的であることを考慮して、本実施例では「短期」の区間を2拍分(約2秒)と設定し、この2拍分のR−R間隔を用いてSSDを算出することとした。
【0035】
また、短期標準偏差算出部103は、計測開始時からのSSDの平均値を求め、この平均値でSSDを割った値であるnSSDを算出する。そして、算出したnSSDを変化量算出部105に送る。計測開始時からのSSDの平均値でSSDを割った値であるnSSDを求めて、これを睡眠状態指数の算出に使用するのは、心拍変動の個人差を少なくすることで睡眠状態推定の精度を向上させるためである。但し、nSSDを算出せずに、直接SSDを算出することで計算量を低減させてもよい。
【0036】
一方、長期標準偏差算出部104は、記憶手段に格納した心拍のR−R間隔のデータから、R−R間隔の移動平均値を求め、求めたR−R間隔の移動平均値から長期標準偏差(以下、LSDという)を算出する(S604)。
【0037】
ここで、移動平均値とは、ある個数分のデータの平均値を時間軸で移動しながら連続して求めた平均値である。また、移動平均値を算出するのは、LSDの計算にあたって、短期標準偏差の影響を除去しておくためである。本実施形態では、5拍(約5秒)の移動平均値を求めている。この5拍という間隔は、R−R間隔の短期の周波数(HF)に対応させて決定されたものである。すなわち、単純にLSDを計算してしまうと、その算出結果には短期の分のばらつきが混入してしまう。そこで、本実施例では、まず5拍分の移動平均によって短期のばらつきを小さくしておき、その上でLSDを算出するという方法を採用した。この移動平均算出時の拍数(本実施例では5拍)は、短期及び長期(本実施例では、それぞれ2拍と10拍)の値を考慮して、SSDの影響が十分に除去できる値に設定すれば良い。但し、LSDの算出は、移動平均に用いた拍数よりも長い間隔で行うことが必須である。
【0038】
続いてLSDの区間について説明する。一般に、R−R間隔の長期の周波数(LF)の範囲は0.04〜0.15Hzであり、これは、フーリエ解析において1/2周期を対象とすることも考慮すると、3.3〜12.5秒(約4〜12拍)の周期となる。しかし、実際にLFと長期(4拍〜500拍)の標準偏差を比較すると、30拍程度までの相関係数は0.8を超えることが判明した。そこで、本発明ではLFの範囲に限定した心拍数のゆらぎを抽出する際に、4拍〜30拍分の区間のLSDを算出するのが合理的であると判断した。但し、31拍以上の拍数でLSDを算出して睡眠状態を推定することも十分可能である。この拍数は、推定結果に求める精度、要求するリアルタイム性なども考慮して決定するのが望ましい。
【0039】
本実施例では、短期標準偏差(SSD)との区分を明確にするために、5拍ごとの移動平均を計算した上で、「長期」の区分を10拍分(約10秒)と設定し、この10拍分のR−R間隔を用いてLSDを算出することとした。なお、睡眠中の心拍は1拍/秒程度になるのが一般的である。
【0040】
また、長期標準偏差算出部104は、計測開始時からのLSDの平均値を求め、この平均値でLSDを割った値であるnLSDを算出する機能を有する。そして、算出したnLSDを変化量算出部105に送る。ここでも、計測開始時からの長期標準偏差の平均値でLSDを割った値であるnLSDを求めてこれを睡眠状態指数の算出に使用するのは、心拍変動の個人差を少なくすることで睡眠状態推定の精度を向上させるためである。但し、nLSDを算出せずに直接LSDを算出することで計算量を低減させてもよい。
【0041】
上記の短期標準偏差と長期標準偏差の算出は平行に処理させて、両標準偏差を同時に求めることとしてもよい。
【0042】
変化量算出部105は、nSSDの値とnLSDの値とを、以下の算出式(式1)に代入して、時刻tにおける睡眠状態指数の単位時間あたりの変化値ΔSI(t)を算出する(S605)。
【数3】

【0043】
(式1)において、SI(t−1)は、直前の睡眠状態指数である。また、A1、A2、B1、B2、M1、M2、k1、k2は、睡眠状態指数SIの算出間隔に依存して決定される定数である。本実施例では、5秒の時間間隔で睡眠状態指数SIの算出を行うこととし、A1=0.7、A2=0.07、B1=95、B2=40、M1=M2=1.3、k1=10、k2=4を用いる。
【0044】
ここで、睡眠状態指数SIの算出間隔は5秒に限らず、コンピュータ110の演算能力や要求する推定結果の出力周期に応じて適宜決定すると良い。睡眠状態指数SIの算出間隔を長くする場合、30秒程度の間隔にしても良い。BIS値の変化を見ると、深い睡眠から浅い睡眠への変化が30秒程度で生じる場合もあるからである。但し、これを超える時間幅で推定値を算出しても不正確になる可能性が大きくなる。なお、上記(式1)の定数A1、A2は単位時間当りの変化量を得るパラメータなので、睡眠状態指数SIの算出時間幅を変更した場合、A1及びA2の値も変更させる必要がある。
【0045】
(式1)の第1項は、交感神経活動の指標となる上記LF成分に相当する長期標準偏差値(LSD)を睡眠状態指数SIを押し上げるファクターとしてあり、(式1)の第2項は、副交感神経活動の指標となる上記HF成分に相当する短期標準偏差値(SSD)を睡眠状態指数SIを押し下げるファクターとしてある。他の実施形態として、nSSDの代わりにnSSD/nLSDを用いてもよい。
【0046】
また、上記の(式1)は、どの値(M1,M2)を中心として、どの程度の範囲の数値(k1、k2)を変化ΔSI(t)に反映させるかが分かり易く、定数A1〜k2を調整して実際の睡眠状態にフィッティングさせ易いという利点がある。ここで、定数A1、A2は単位推定時間当たりの変化量を決め、定数B1,B2は睡眠状態指数SIの上限と下限を決める。定数A1〜k2は、上記のものに限らず、睡眠状態が推定される対象者の特性に応じて適宜設定し直した他の定数の組み合わせを用いても良い。
【0047】
本実施形態における睡眠状態指数SIは、脳波等に基づいて睡眠状態を計測する周知のBIS(Bispectral index)モニタに依拠させており、睡眠状態を100(覚醒)から0までのスケールで表現できるようになっている。
【0048】
(式1)は、所定の範囲のnLSD、nSSDの値に対してのみΔSIの顕著な変化が生じ、その前後ではほぼ一定の値を示すように設定されたものであり、シグモイド関数特性を有するものである。ただし、本発明の一実施形態で使用される睡眠状態指数SIの算出式は、上式のような関数に限定されず、同様の特性を持つ数式あるいはアルゴリズムを用いることもできる。
【0049】
変化量算出部105は、算出した変化値ΔSI(t)を、睡眠状態算出部106に送る。
【0050】
睡眠状態算出部106は、時刻tにおける睡眠状態指数SI(t)を算出する(S606)。具体的には、送られた上記変化値ΔSI(t)を直前の睡眠状態指数SI(t−1)に加えて、現在の睡眠状態指数SI(t)を算出する。また、算出した睡眠状態指数SI(t)を、試験者が参照できるようにグラフ等の表示データに変換し、表示部108に送る。また、睡眠状態を判定するために、算出した睡眠状態指数SIを睡眠状態判定部107にも送る。さらに、後に過去の睡眠状態指数を参照できるように、算出した睡眠状態指数SIを記憶手段に逐次格納する。
【0051】
睡眠状態判定部107は、睡眠状態指数SIと所定のしきい値とを比較して、現在の睡眠状態(深い眠りであるか浅い眠りであるか)を判定する(S607)。本実施形態において、深い眠りとは、国際的基準である睡眠の6段階のうちの睡眠段階3および睡眠段階4をいい、浅い眠りとは睡眠段階1および睡眠段階2をいう。周知の睡眠ポリグラフ法による睡眠段階とBIS値との関係は、覚醒状態:93.9±2.1、睡眠段階1:88.3±3.9、睡眠段階2:80.5±4.4、睡眠段階3:54.9±6.1、睡眠段階4:40.9±6.3であることが知られている(高橋ら、Anesth. Analg., 1998 vol.86, S234)。
【0052】
本実施形態では、所定のしきい値を70に設定しており、睡眠状態指数SIがしきい値以上のときは浅い眠りであると判定し、小さいときは深い眠りであると判定する。判定結果は、所定の表示データに変換され表示部108に送られる。なお、複数のしきい値を用いて、より多段階の睡眠状態の判定を行う構成としても良い。
【0053】
表示部108は、例えばディスプレイであって、睡眠状態算出部106および睡眠状態判定部107を含むコンピュータ110に接続されている。表示部108は、表示データへの変換などの所定の画像処理が行われた睡眠状態指数と睡眠状態の判定結果を表示する(S608)。表示部108として、USBやネットワーク接続したプリンタなどの印字装置を加えることもできる。
【0054】
本発明の一実施形態である(式1)で算出した睡眠状態指数SIの結果を図5に示す。また、従来のBISで測定した睡眠状態指数を図4に示す。従来手法であるBISで測定した睡眠状態指数と心拍の2種類の標準偏差から算出した睡眠状態指数(図5)との相関係数を求めたところ0.677であった。
【0055】
睡眠状態判定部107では、得られた睡眠状態指数から睡眠の深さを判定するが、判定は、前述した高橋ら(Anesth, Analg., 1998 vol.86, S234)の睡眠段階の基準に基づいている。本実施形態では睡眠状態指数70以上を浅い睡眠(睡眠段階1および2)、70未満を深い睡眠(睡眠段階3および4)とした。その結果、睡眠状態判定の正解率は、82.2%となった。
【0056】
以上のように、時間幅の異なる2種類の標準偏差を用いて睡眠状態指数を求め、この睡眠状態指数に基づいて睡眠状態を判定するので、本発明によれば容易かつ高い精度で睡眠状態を推定することができる。
【0057】
また、本手法によると、リアルタイムに睡眠判定結果を得ることができるので、睡眠が浅いと判定されるときに被験者を起こし、快適な目覚めを提供するなどの応用が可能となる。また、本手法は周波数解析を演算過程で行わないので、計算コストを低くすることができる。また、心電計からの心拍数データが得られればよいので、少ないセンサ数で睡眠状態を推定することができる。
【0058】
さらに、本手法において用いた2種類の標準偏差は、心拍変動の周波数解析により自律神経系の活動指標として用いられるHF成分およびLF成分と高い相関があるので、本手法は睡眠状態の推定のみでなく、覚醒度やリラックス度などの推定にも利用することができる。
【0059】
なお、本実施例では、睡眠中の心拍が1拍/秒程度になるのが一般的であることを前提として、拍数に基づいて短期標準偏差や長期標準偏差などを算出している。しかし、実際には、1拍=1秒とは限らず、心電計測のピークもきりの良いタイミングで出ることも少ない。このため、所定の秒数毎に実施される睡眠状態指数SIの計算処理(式1)と時刻が合致しない場合が考えられ、この場合、以下に示すような演算処理上の工夫が必要となることに注意されたい。
【0060】
例えば、ピーク出現時刻が計測開始から22.850秒後、23.775秒後、24.675秒後、28.585秒後であったとすると、時刻23.775秒におけるR−R間隔は0.925秒、時刻24.675秒におけるR−R間隔は0.900秒、時刻25.585秒におけるR−R間隔は0.910秒となる。そして、連続するR−R間隔から標準偏差を算出する。すなわち、時刻24.675秒における短期標準偏差が0.0177、時刻25.585秒における短期標準偏差が0.0071となる。5拍分の移動平均、及びその10拍分の長期標準偏差についても同様に算出される。
【0061】
一方、睡眠状態指数SIの算出は、所定の時間間隔(本実施例では5秒)ごとに行われる。このため、上記の短期標準偏差、長期標準偏差などの算出における時間推移とは合致しなくなる。この問題を解消するため、本実施例では当該時刻の直前の値をとる処理が実施される。この処理により、上記例では、時刻25秒の短期標準偏差が0.0177と定義される。また、周知の補間処理を実施しても良い。上記例に線形補間を用いれば、(25 - 24.675):(25.585 - 24.675) = (x - 0.0071) : (0.0177 - 0.0071)の関係から、時刻25秒時の短期標準偏差x = 0.0110が得られる。
【0062】

なお、本実施例では拍数で短期標準偏差及び長期標準偏差をそれぞれ算出したが、拍数の代わりに所定の秒数で短期標準偏差及び長期標準偏差を算出するようにしても良い。この場合、例えばR−R間隔の2秒の短期標準偏差が算出され、5秒移動平均をとったR−R間隔について、10秒にわたる長期標準偏差が算出される。
【0063】
このように、拍数ではなく秒数に基づいて短期標準偏差及び長期標準偏差などを算出する場合、これら標準偏差の算出と睡眠状態指数SIの算出とのタイミングを合わせるためには、(1)定刻の間に出現する心拍のピークを対象にR−R間隔を抽出し、それに基づき短期標準偏差などを算出する、(2)定刻の直前のR−R間隔や標準偏差、または上記の補間処理をした値を用いる、などの様々な方法が適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】この発明の一実施形態に従う、睡眠状態推定装置の概略図。
【図2】この発明の一実施形態に従う、睡眠中の心拍R−R間隔の値を表す図。
【図3】この発明の一実施形態に従う、短期標準偏差とHF、長期標準偏差とLFの比較を表す図。
【図4】BISモニタにより得られた睡眠状態指数を表す図。
【図5】この発明の一実施形態に従う、心拍から算出した睡眠状態指数を表す図。
【図6】この発明の一実施形態に従う、睡眠状態推定方法のフローチャート図。
【符号の説明】
【0065】
101 計測部
102 周期検出部
103 短期標準偏差算出部
104 長期標準偏差算出部
105 変化量算出部
106 睡眠状態算出部
107 睡眠状態判定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
計測された心拍から拍動周期を検出する周期検出部と、
前記拍動周期から短期標準偏差を算出する短期標準偏差算出部と、
前記拍動周期から長期標準偏差を算出する長期標準偏差算出部と、
前記短期標準偏差と長期標準偏差とを所定の算出式に与えて睡眠状態指数を算出する指数算出部と、
算出された前記睡眠状態指数に基づいて前記ユーザの睡眠状態を判定する睡眠状態判定部と、
を備える睡眠状態推定装置。
【請求項2】
前記所定の算出式は、シグモイド関数特性を有する関数を含む請求項1に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項3】
前記所定の算出式は、前記短期標準偏差が代入されるシグモイド関数特性を有する関数と、前記長期標準偏差が代入されるシグモイド関数特性を有する関数との和を含む、請求項1に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項4】
前記睡眠状態指数をSIとし、A1、A2、B1、B2、M1、M2、k1、k2を定数、nLSDを長期標準偏差、nSSDを短期標準偏差としたとき、前記睡眠状態指数の変化量ΔSIを求めるための前記所定の算出式は、
【数1】

で表される、請求項1に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項5】
前記nLSDは、長期標準偏差を長期標準偏差の平均値で除した値であり、前記nSSDは、短期標準偏差を短期標準偏差の平均値で除した値である、請求項4に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項6】
前記短期標準偏差は2拍又は3拍の所定の拍動周期に基づいて算出され、前記長期標準偏差は4〜30拍の所定の拍動周期に基づいて算出される、請求項1に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項7】
前記長期標準偏差は前記拍動周期の移動平均値を利用して算出される、請求項6に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項8】
前記短期標準偏差は2秒又は3秒の所定の時間周期に基づいて算出され、前記長期標準偏差は4〜30秒の所定の時間周期に基づいて算出される、請求項1に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項9】
前記長期標準偏差は前記時間周期の移動平均値を利用して算出される、請求項8に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項10】
前記睡眠状態の判定は、算出された前記睡眠状態指数と所定のしきい値との比較に基づいて行われる、請求項1に記載の睡眠状態推定装置。
【請求項11】
心拍から拍動周期を検出するステップと、
前記拍動周期から短期標準偏差を算出するステップと、
前記拍動周期から長期標準偏差を算出するステップと、
前記短期標準偏差と長期標準偏差とを所定の算出式に与えて睡眠状態指数を算出するステップと、
算出された前記睡眠状態指数に基づいて前記ユーザの睡眠状態を判定するステップと、
を含む睡眠状態の推定方法。
【請求項12】
コンピュータに、
心拍から拍動周期を検出する周期検出機能と、
前記拍動周期から短期標準偏差を算出する短期標準偏差算出機能と、
前記拍動周期から長期標準偏差を算出する長期標準偏差算出機能と、
前記短期標準偏差と長期標準偏差とを所定の算出式に与えて睡眠状態指数を算出する指数算出機能と、
算出された前記睡眠状態指数に基づいて前記ユーザの睡眠状態を判定する睡眠状態判定機能と、
を実現させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−271474(P2006−271474A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−91287(P2005−91287)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】