説明

石灰水散布装置

【課題】広い海域に亘って赤潮を効果的に防止することを可能にする石灰水散布装置を提供する。
【解決手段】船体1には、ポンプ11から送出される海水を一時的に貯蔵する海水供給量調節部12が備えられている。船体1に飽和石灰水供給用ホールド13、調合用ホールド14a、14b、14c、14dが設けられている。飽和石灰水供給用ホールド13には予め石灰が積載され、この石灰に対して海水供給量調節部12から海水が供給されて、飽和石灰水が生成される。調合用ホールド14a、14b、14c、14dには、飽和石灰水供給用ホールド13から飽和石灰水が供給されるとともに、海水供給量調節部12から海水が供給されて、所定の濃度、すなわち所定のpHの石灰水が生成され、蓄積される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船体から海面に対して石灰水を散布して海面付近の海水のpHを調整し、赤潮の発生を防止または抑制する石灰水散布装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、海域の富栄養化に伴う赤潮の発生が頻発しており、これによる漁業被害が深刻なものとなっている。赤潮が発生すると、富栄養化によるプランクトンの異常発生によって海域が酸欠状態となり、この海域に生育する魚類が死滅するが、赤潮は比較的広い範囲で発生するため、赤潮を防止するためには、広い海域に亘って効果的に防止することが可能な防止方法が必要である。
赤潮発生防止に関する技術の一例が、特許文献1、特許文献2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−239516号公報
【特許文献2】特開平9−154466号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これらの技術はいずれも、赤潮発生の防止剤を海中に散布するものであり、特定の狭い海域において効果を奏するものの、散布される海域が限定されるため、広い海域に亘って赤潮を効果的に防止することができない。
本発明は、このような事情を考慮してなされたもので、広い海域に亘って赤潮を効果的に防止することを可能にする石灰水散布装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために、本発明の石灰水散布装置は、船体から海面に対して石灰水を散布して海面付近の海水のpHを調整する石灰水散布装置であって、海水を一時的に貯蔵する海水供給量調節部と、飽和石灰水を蓄積する飽和石灰水供給用ホールドと、前記海水供給量調節部から海水供給管を介して供給される海水と前記飽和石灰水供給用ホールドから飽和石灰水供給管を介して供給される飽和石灰水とを混合して生成される石灰水を蓄積する複数の調合用ホールドとを有し、船体が航行する海域の海水のpHを検知する海水pHセンサが、海水のpHがpH基準値より小さいことを検知すると、前記調合用ホールドから石灰水送出管を介して噴射ノズルへ石灰水が送出されて、船体が海上を航行しながら、前記噴射ノズルから海面に石灰水が散布され、前記石灰水送出管には石灰水送出量調節弁が設けられ、前記調合用ホールド内に設けられた水位センサによって検知される前記調合用ホールド内での石灰水の水位情報が水位制御部に送信され、前記水位制御部は、この水位情報により前記石灰水送出量調節弁を制御して、前記調合用ホールドから前記噴射ノズルに対して送出される石灰水量を調節して、船尾トリムの状態を実現するように、前記調合用ホールド内に残存する石灰水の水位が調節されることを特徴とする。
【0006】
赤潮が発生しやすくなる海水のpHをpH基準値とし、海水pHセンサによって検知された海水のpH情報がpH基準値より小さくなると、石灰水の散布を開始することにより、赤潮の発生を未然に予防することができる。また、赤潮発生時には、石灰水が海面に散布されることにより、海面付近に異常繁殖した動物性プランクトンの細胞膜が破壊されて生息するプランクトンの数が減少する。そのため、海域の酸欠状態が改善され、魚類の生息環境が好適に維持される。
【0007】
石灰水の散布は船体を停止させた状態でも可能であるが、そうすると、石灰水が海面上で拡散して広がるのを待つ必要があり、広い海域に亘って石灰水散布による効果を得るにはかなりの時間を要する。これに対し、船体を海上で航行させながら石灰水の散布を行うと、広い海域に亘って効率良く石灰水を散布することができる。
その際、船体のスムーズな航行を実現するためには、船体の荷重バランス、すなわちトリムを考慮する必要がある。この観点から、本発明においては、調合用ホールド内に設けられた水位センサによって検知される石灰水の水位に基づいて、調合用ホールドから噴射ノズルに対して送出される石灰水量を調節して、船体の航行に際して船体の荷重バランスが最適となるようにしている。
【0008】
本発明においては、船体内で生成された石灰水を散布することが発明の一つの要件であるが、石灰水が散布されることにより、船体内に貯蔵される石灰水の量が常に時間的に変化することとなる。これにより船体の荷重バランスが崩れると、船体の適正な巡航が阻害される。このことは、船体が進行しながら石灰水を散布するにあたっての新たな課題であり、水位センサによって検知される石灰水の水位情報を取得して、残存する石灰水の水位を調節して、船体の進行中常に荷重バランスが維持できるようにして、上記の新たな課題を解決している点に、本発明の大きな特徴がある。
これにより、広い範囲の海域に亘って短時間で石灰水散布による効果を得ることができ、赤潮発生時の対処および赤潮発生の予防を効果的に行うことができる。
【0009】
本発明においては、前記海水供給管には海水供給量調節弁が設けられ、前記飽和石灰水供給管には飽和石灰水供給量調節弁が設けられ、船体が航行する海域の海水のpHを検知する海水pHセンサからpH制御部に対して海水pH情報が送信され、前記pH制御部は、前記海水pH情報により前記海水供給量調節弁と前記飽和石灰水供給量調節弁とを制御して、海水のpHが小さいほど、前記飽和石灰水の配合割合を高めて、前記調合用ホールド内で生成される石灰水のpHを大きくするようにして、前記海水と前記飽和石灰水との配合割合が決定されて石灰水が生成されることが好ましい。
【0010】
散布される石灰水のpHを、海水のpHに応じて調整することにより、石灰を無駄なく適正に使用することができる。
【0011】
本発明においては、前記船体に風力センサと波高センサの少なくとも一方が設けられ、前記風力センサから送信される風力情報と前記波高センサから送信される波高情報の少なくとも一方が前記水位制御部に送信され、前記水位制御部は、前記風力情報と前記波高情報の少なくとも一方に基づいて、前記石灰水送出量調節弁を制御して、前記調合用ホールドから前記噴射ノズルに対して送出される石灰水量を調節して、前記調合用ホールド内に残存する石灰水の水位が調節されることが好ましい。
【0012】
海上での船体の進行状況は、その海域での天候にも左右され、好天の場合には、船体の重量が小さいほうが燃料を節約して進行するには好都合であるが、悪天候の場合には、船体の安定性を維持する点から、好天時よりも船体の重量を重くすることが望ましい。このような観点から、風力センサから送信される風力情報と波高センサから送信される波高情報の少なくとも一方を水位制御部に送信し、水位制御部は風力情報と波高情報の少なくとも一方に基づいて、調合用ホールドから噴射ノズルに対して送出される石灰水量を調節することにより、調合用ホールド内の石灰水の水位を調節して、船体の全体の重量の調整を行っている。
これにより、悪天候時であっても、安全に赤潮発生海域に出動することができ、天候に左右されず、機敏な対応が可能となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、広い海域に亘って赤潮を効果的に防止することを可能にする石灰水散布装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】船体に設けられた本発明の実施形態に係る石灰水散布装置を示す図である。
【図2】本発明の実施形態に係る石灰水散布装置における石灰水生成のための配管系統図である。
【図3】本発明の実施形態に係る石灰水散布装置における石灰水濃度の制御系統図である。
【図4】本発明の実施形態に係る石灰水散布装置における石灰水の水位の制御系統図である。
【図5】飽和石灰水供給用ホールドについての飽和石灰水の水位の制御系統図である。
【図6】船体の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の石灰水散布装置を、その実施形態に基づいて説明する。
図1は、船体に設けられた本発明の実施形態に係る石灰水散布装置を示しており、船体の平面図上での石灰水散布装置の構成を示している。
船体1には、海水を汲み上げるためのポンプ11が設けられ、ポンプ11から送出される海水を一時的に貯蔵する海水供給量調節部12が備えられている。船体1の中央部に飽和石灰水供給用ホールド13が設けられ、この飽和石灰水供給用ホールド13を挟んで船首側に調合用ホールド14a、14bが設けられ、船尾側に調合用ホールド14c、14dが設けられている。
【0016】
飽和石灰水供給用ホールド13には予め石灰が積載されており、この石灰に対して海水供給量調節部12から海水が供給されて、飽和石灰水が生成される。調合用ホールド14a、14b、14c、14dには、飽和石灰水供給用ホールド13から飽和石灰水が供給されるとともに、海水供給量調節部12から海水が供給されて、所定の濃度、すなわち所定のpHの石灰水が生成され、蓄積される。この詳細については後に詳述する。
【0017】
船体1の側方には、海水に浸るように、海水pHセンサ15が取り付けられている。この海水pHセンサ15は、海水供給量調節部12内に取り付けることもできる。
船体1には、飽和石灰水供給用ホールド13に蓄積される飽和石灰水と、調合用ホールド14a、14b、14c、14d内に蓄積される石灰水のpHを制御するpH制御部16と、飽和石灰水および石灰水の水位を制御する水位制御部17とが設けられている。船体1の船尾側にはハウス18が設けられ、このハウス18上に煙突19が備えられている。船尾側には風力センサ20が設けられ、船首側には波高センサ21が設けられている。
【0018】
飽和石灰水供給用ホールド13には、石灰水を撹拌して濃度を均等にするための攪拌機22が取り付けられ、調合用ホールド14a、14b、14c、14dには同様に攪拌機23a、23b、23c、23dが取り付けられている。また、飽和石灰水供給用ホールド13には、pHセンサ24が設けられ、調合用ホールド14a、14b、14c、14dには同様にpHセンサ25a、25b、25c、25dが設けられている。さらに、飽和石灰水供給用ホールド13には、水位センサ26が設けられ、調合用ホールド14a、14b、14c、14dには同様に水位センサ27a、27b、27c、27dが設けられている。
【0019】
図2に、本発明の実施形態に係る石灰水散布装置における石灰水生成のための配管系統図を示す。
ポンプ11によって汲み上げられた海水は、海水供給量調節部12に送出されて一時的に海水供給量調節部12内に蓄積される。海水供給量調節部12には海水供給管31を介して飽和石灰水供給用ホールド13が接続されている。海水供給管31には海水供給量調節弁33が設けられており、海水供給量調節弁33によって、海水供給量調節部12から飽和石灰水供給用ホールド13へ供給される海水の流量が調節される。この海水と、飽和石灰水供給用ホールド13内に貯蔵されている石灰とが、図1に示す攪拌機22によって撹拌されて、飽和石灰水が生成される。
【0020】
海水供給量調節部12には海水供給管32a、32b、32c、32dを介して、調合用ホールド14a、14b、14c、14dが接続されている。海水供給管32a、32b、32c、32dにはそれぞれ海水供給量調節弁34a、34b、34c、34dが設けられており、海水供給量調節弁34a、34b、34c、34dによって、海水供給量調節部12から調合用ホールド14a、14b、14c、14dへ供給される海水の流量が調節される。
【0021】
飽和石灰水供給用ホールド13には、飽和石灰水供給管35a、35b、35c、35dを介して、調合用ホールド14a、14b、14c、14dが接続されている。飽和石灰水供給管35a、35b、35c、35dにはそれぞれ飽和石灰水供給量調節弁36a、36b、36c、36dが設けられており、飽和石灰水供給量調節弁36a、36b、36c、36dによって、飽和石灰水供給用ホールド13から調合用ホールド14a、14b、14c、14dへ供給される飽和石灰水の流量が調節される。
【0022】
調合用ホールド14a、14b、14c、14dにおいては、海水供給量調節部12から供給される海水と、飽和石灰水供給用ホールド13から供給される飽和石灰水とが、図1に示す攪拌機23a、23b、23c、23dによって撹拌されて、所定の濃度の石灰水が生成される。この濃度調節については、後に詳述する。
【0023】
調合用ホールド14a、14b、14c、14dには、石灰水送出管37a、37b、37c、37dを介して噴射ノズル39a、39b、39c、39dが接続されている。石灰水送出管37a、37b、37c、37dにはそれぞれ、石灰水送出量調節弁38a、38b、38c、38dが設けられており、石灰水送出量調節弁38a、38b、38c、38dによって、調合用ホールド14a、14b、14c、14dから噴射ノズル39a、39b、39c、39dへ送出される石灰水の流量が調節される。この石灰水の流量調節については、後に詳述する。
【0024】
図3に、本発明の実施形態に係る石灰水散布装置における石灰水濃度の制御系統図を示す。
海水pHセンサ15は、船体1が航行する海域における海水のpHを検知し、海水のpH情報をpH制御部16に送信する。
飽和石灰水供給用ホールド13に対する海水の供給については、海水pHセンサ15によって検知された海水のpH情報から、海水面への石灰水の散布が必要と判断されると、pH制御部16は、海水供給量調節弁33を制御して、飽和石灰水供給用ホールド13へ海水を供給し、飽和石灰水を生成する。なお、飽和石灰水の生成については、海水のpH情報の如何に関わらず予め生成しておいてもよい。これについての判断は、船体に必要な重量と後述するトリムとを考慮して決定することができる。
【0025】
飽和石灰水供給用ホールド13内に設置されたpHセンサ24は、飽和石灰水供給用ホールド13内の石灰水が飽和状態で維持されるように、石灰水の濃度を監視し、飽和状態となったところでその情報をpH制御部16へ通知し、pH制御部16は、海水供給量調節弁33を制御して、飽和石灰水供給用ホールド13への海水の供給を停止する。飽和石灰水供給用ホールド13内の石灰が不足したときは、図示しない石灰タンクから必要に応じて石灰が供給されて石灰水が生成される。
【0026】
調合用ホールド14a、14b、14c、14dに対する海水と飽和石灰水の供給については、海水pHセンサ15によって検知された海水のpH情報に基づいて、pH制御部16は、海水供給量調節弁34a、34b、34c、34dを制御して、調合用ホールド14a、14b、14c、14dに海水を供給するとともに、飽和石灰水供給量調節弁36a、36b、36c、36dを制御して、調合用ホールド14a、14b、14c、14dに飽和石灰水を供給する。
【0027】
海水と飽和石灰水との配合割合は、海水pHセンサ15によって検知された海水のpH情報に基づいて決定され、海水のpHが小さいほど、すなわち海水が酸性または酸性に近いほど、飽和石灰水の配合割合を高めて、調合用ホールド14a、14b、14c、14d内で生成される石灰水のpHを大きくする。
【0028】
海水のpHが8.5以下であると赤潮が発生しやすいため、pH8.5をpH基準値とし、海水pHセンサ15によって検知された海水のpH情報がpH基準値より小さくなると、石灰水の散布を開始する。
例えば、海水のpHが8の場合に、pHが13の飽和石灰水と海水とを混合して、調合される石灰水のpHを10.5とする。海水のpHが8より小さい場合には、飽和石灰水の配合割合を高め、逆に、海水のpHが8より大きい場合には、飽和石灰水の配合割合を低くする。
【0029】
赤潮発生時に異常繁殖した動物性プランクトンは、主に海面付近に生息しており、pHが10を超える石灰水が海面に散布されると、高アルカリ性物質がタンパク質を溶解するメカニズムにより、動物性プランクトンの細胞膜が破壊されて生息するプランクトンの数が急速に減少する。そのため、海域の酸欠状態が改善され、魚類の生息環境が好適に維持される。石灰水が散布されて所定の時間が経過すると、石灰水は海中に拡散し、石灰水散布時よりも海域のpHは低下するため、石灰水散布による魚類への直接の影響は極めて少ない。この点において、海面に石灰水を散布することは、海面付近に異常繁殖したプランクトンを短時間に集中的に死滅させる手段として有効である。
【0030】
また、赤潮発生時に異常繁殖した動物性プランクトンが呼吸することによって、海中に発生した二酸化炭素は、散布された石灰水と反応して炭酸カルシウムが生成されることにより減少し、海水の酸性化が抑制される。
さらに、海水のpHが8.5を超える状態を維持することにより、炭酸カルシウムを形成する植物性プランクトンである円石藻の生理機能を好適に維持することができ、円石藻が海中の二酸化炭素を吸収する機能を促進することができる。
以上の効果により、魚介類や水生植物の生態系が改善される。石灰水の散布は、海水のpHが8.5以下であると検知されたときに予防的に行うこともできるし、現実に赤潮が発生した時点に出動して、異常繁殖したプランクトンを集中的に死滅させる手段として利用することもできる。
【0031】
散布される石灰水のpHの制御は、海水のpH基準値と、生成する石灰水のpHの目標値をpH制御部16の記憶部に予め設定しておき、生成される石灰水のpHがこの目標値に達するのに必要な海水量と飽和石灰水量とを、pH制御部16の演算部が算出し、この海水量と飽和石灰水量に応じて、海水供給量調節弁34a、34b、34c、34dを通過する海水の流量と、飽和石灰水供給量調節弁36a、36b、36c、36dを通過する飽和石灰水の流量とをpH制御部16が決定することによって実現することができる。
測定される海水のpH値がpH基準値を大きく下回るほど、海水の酸性化が懸念される状況であるため、測定される海水のpH値とpH基準値との差を算出し、この差に応じて生成する石灰水のpHの目標値を設定する。測定される海水のpH値とpH基準値との差が大きいほど、生成する石灰水のpHの目標値を大きくし、測定される海水のpH値とpH基準値との差が小さいほど、生成する石灰水のpHの目標値を小さくする。
【0032】
調合用ホールド14a、14b、14c、14d内の石灰水のpHは、pHセンサ25a、25b、25c、25dによって監視されてその情報がpH制御部16へ通知され、pH制御部16は、調合用ホールド14a、14b、14c、14d内の石灰水のpHが所定の値となるように制御する。
【0033】
図4に、本発明の実施形態に係る石灰水散布装置における石灰水の水位の制御系統図を示す。
調合用ホールド14a、14b、14c、14d内に設けられた水位センサ27a、27b、27c、27dによって検知される各調合用ホールド内での石灰水の水位情報は、水位制御部17に送信される。水位制御部17は、この水位情報に基づいて、石灰水送出量調節弁38a、38b、38c、38dを制御して、調合用ホールド14a、14b、14c、14dから噴射ノズル39a、39b、39c、39dに対して送出される石灰水量を調節する。その結果、調合用ホールド14a、14b、14c、14d内に残存する石灰水の水位が調節される。
【0034】
本発明の実施形態に係る石灰水散布装置では、船体1に設けられた調合用ホールド14a、14b、14c、14d内に石灰水を蓄積する構造となっているが、広い海域に亘って効率的に石灰水を散布するためには、船体1が海上を航行しながら石灰水を散布することが望ましい。ところが、海水から受ける抵抗を小さくして、船体1がスムーズに海上を航行するためには、船尾よりも船首のほうが海面に対してより多く浮いている状態、すなわち船尾トリムの状態が維持されていることが好ましく、この状態を維持するためには、調合用ホールド14a、14b、14c、14d内に蓄積される石灰水の量のバランスを調整することが必要となる。
【0035】
そのため、噴射ノズル39a、39b、39c、39dから噴射される石灰水の量を制御することにより、調合用ホールド14a、14b、14c、14d内に残存する石灰水の量を調整している。具体的には、船首側に位置する調合用ホールド14a、14bに残存する石灰水の水位を低くして船首側の重量を軽くし、船尾側に位置する調合用ホールド14c、14dに残存する石灰水の水位を高くして船尾側の重量を重くしている。これにより、船尾トリムの状態を実現することができ、船体の進行にあたって、省エネルギーを実現することができる。
【0036】
このような制御は、調合用ホールド14a、14b、14c、14dにおける適正水位バランスを定める水位バランス目標値を水位制御部17の記憶部に予め設定しておき、水位センサ27a、27b、27c、27dによって検知される調合用ホールド14a、14b、14c、14d内での石灰水の水位情報に基づいて、各調合用ホールド内の水位が水位バランス目標値に到達するように、調合用ホールド14a、14b、14c、14dから噴射ノズル39a、39b、39c、39dに対して送出されるべき石灰水量を、水位制御部17の演算部が算出し、石灰水送出量調節弁38a、38b、38c、38dを通過する石灰水の流量を水位制御部17が決定することによって実現することができる。
船尾トリムの状態を実現するために、水位バランス目標値は、船首側から船尾側に向かって順次、調合用ホールド14a、14b、14c、14dにおける水位が上昇するように設定される。
【0037】
このように、船体内に貯蔵された石灰水を単に散布するだけでは、散布という行為によって船体の重量バランスが失われる事態が発生するが、本発明においては、複数設置されている船体内のホールドを石灰水の生成貯蔵の場所として利用し、重量バランスを考慮した上で、複数のホールドから石灰水を散布できる点に大きな特徴がある。
【0038】
また、海上での船体1の進行状況は、その海域での天候にも左右される。好天の場合には、船体1の重量が小さいほうが燃料を節約して進行するには好都合であるが、悪天候の場合には、船体1の安定性を維持する点から、好天時よりも船体1の重量を重くすることが望ましい。そのため、風力センサ20と波高センサ21から送信される風力情報と波高情報のいずれか一方または両方を水位制御部17に送信し、水位制御部17は、風力情報と波高情報に基づいて、石灰水送出量調節弁38a、38b、38c、38dを制御して、調合用ホールド14a、14b、14c、14dから噴射ノズル39a、39b、39c、39dに対して送出される石灰水量を調節する。
【0039】
この調節により、好天時には、前述したトリムを考慮しつつ、調合用ホールド14a、14b、14c、14d内の石灰水の水位を下げて船体1の全体の重量を小さくし、悪天候時には、調合用ホールド14a、14b、14c、14d内の石灰水の水位を上げて船体1の全体の重量を大きくしている。これにより、悪天候時であっても、安全に赤潮発生海域に出動することができ、天候に左右されず、機敏な対応が可能となる。
【0040】
図5に、飽和石灰水供給用ホールド13についての飽和石灰水の水位の制御系統図を示す。
飽和石灰水供給用ホールド13内に設けられた水位センサ26によって検知される飽和石灰水供給用ホールド13内での石灰水の水位情報は、水位制御部17に送信される。水位制御部17は、この水位情報に基づいて、飽和石灰水供給量調節弁36a、36b、36c、36dを制御して、飽和石灰水供給用ホールド13から調合用ホールド14a、14b、14c、14dに対して供給される飽和石灰水量を調節する。この調整により、前述した船尾トリムの状態が維持できるようにしている。
【0041】
また、風力センサ20と波高センサ21から送信される風力情報と波高情報のいずれか一方または両方を水位制御部17に送信し、水位制御部17は、風力情報と波高情報に基づいて、飽和石灰水供給量調節弁36a、36b、36c、36dを制御して、飽和石灰水供給用ホールド13から調合用ホールド14a、14b、14c、14dに対して送出される飽和石灰水量を調節する。これにより、好天時には飽和石灰水供給用ホールド13内の飽和石灰水の水位を下げて重量を軽くし、悪天候時には飽和石灰水供給用ホールド13内の飽和石灰水の水位を上げて重量を重くしている。
【0042】
図6は、船体1の側面図であり、飽和石灰水供給用ホールド13に蓄積された飽和石灰水の水位と、調合用ホールド14a、14b、14c、14dに蓄積された石灰水の水位とを示す。
飽和石灰水供給用ホールド13内の飽和石灰水45の水位に対して、船首側に位置する調合用ホールド14a、14b内の石灰水46a、46bの水位を、船首寄りであるほど低くしている。また、飽和石灰水供給用ホールド13内の飽和石灰水45の水位に対して、船尾側に位置する調合用ホールド14c、14d内の石灰水46c、46dの水位を、船尾寄りであるほど高くしている。その結果、船体1は、船尾側に比べて船首側の重量が軽くなり、船首側での海面44からの浮き上がり高さH1は、船尾側での海面44からの浮き上がり高さH2に比べて大きい、船尾トリムの状態となっている。
【0043】
調合用ホールド14a、14b、14c、14dのそれぞれに対してクレーン41a、41b、41c、41dが設けられ、クレーン41a、41b、41c、41dに取り付けられた噴射ノズル支持部42a、42b、42c、42dの先端に噴射ノズル39a、39b、39c、39dが設けられている。噴射ノズル支持部42a、42b、42c、42dは、船体1の側面方向に伸びて海上に突出するように形成されており、噴射ノズル39a、39b、39c、39dは海面44上から海面44に対して石灰水を噴射する。赤潮発生時に異常繁殖したプランクトン数を減少させるためには、海面44付近の海水のpH値が重要であることから、石灰水は海面44上に薄く散布されれば良く、そのためには、噴射ノズル39a、39b、39c、39dを用いて石灰水が広く散布されるようにするのが好ましい。
【0044】
悪天候時には波高が高くなるため、船尾に設けられたスクリュー43が海面44より上方に出てしまう可能性が高くなるが、前述したように、飽和石灰水供給用ホールド13に蓄積された飽和石灰水45の水位と、調合用ホールド14a、14b、14c、14dに蓄積された石灰水46a、46b、46c、46dの水位とを高くして、船体1の全体の重量を重くしておくことで、このような事態を防止することができる。
【0045】
天候の指標となる風力と波高のうち、風力段階は12階級あり、風力センサ20で検知された風力階級が1から3の場合を天候レベル1、風力階級が4から5の場合を天候レベル2、風力階級が6から8の場合を天候レベル3、風力階級が9から10の場合を天候レベル4、風力階級が11から12の場合を天候レベル5として、それぞれの風力階級に応じた天候レベルに従って、飽和石灰水供給用ホールド13に蓄積された飽和石灰水45の水位と、調合用ホールド14a、14b、14c、14dに蓄積された石灰水46a、46b、46c、46dの水位を設定する。
【0046】
また、波高階級は9階級あり、波高センサ21で検出された波高階級が1から2の場合を天候レベル1、波高階級が3の場合を天候レベル2、波高階級が4から5の場合を天候レベル3、波高階級が6から7の場合を天候レベル4、波高階級が8から9の場合を天候レベル5として、それぞれの波高階級に応じた天候レベルに従って、飽和石灰水供給用ホールド13に蓄積された飽和石灰水45の水位と、調合用ホールド14a、14b、14c、14dに蓄積された石灰水46a、46b、46c、46dの水位を設定する。
【0047】
例えば、飽和石灰水45の水位と石灰水46a、46b、46c、46dの水位の水位レベルを1から10まで設定し、天候レベル1において、図6に示す水位について、石灰水46aの水位レベルをレベル2、石灰水46bの水位レベルをレベル3、飽和石灰水45の水位レベルをレベル4、石灰水46cの水位レベルをレベル5、石灰水46dの水位レベルをレベル6と設定し、天候レベルの数値が増加するに従って、この水位レベルから水位を上昇させる。
【0048】
天候を加味した調合用ホールド14a、14b、14c、14dについての石灰水の水位の制御は、以下のようにして実現することができる。
風力センサ20から送信される風力情報と波高センサ21から送信される波高情報のいずれか一方または両方によって決定される天候レベルに基づいて、調合用ホールド14a、14b、14c、14dにおける水位レベルの目標値を水位制御部17の記憶部に予め設定する。調合用ホールド14a、14b、14c、14dにおける石灰水の水位が、水位レベルの目標値と合致するように、水位センサ27a、27b、27c、27dによって検知される調合用ホールド14a、14b、14c、14d内での石灰水の水位情報に基づいて、調合用ホールド14a、14b、14c、14dから噴射ノズル39a、39b、39c、39dへ送出されるべき石灰水量を、水位制御部17の演算部が算出する。
【0049】
この石灰水送出量に応じて、石灰水送出量調節弁38a、38b、38c、38dを通過する石灰水の流量を水位制御部17が決定されて、調合用ホールド14a、14b、14c、14dにおける石灰水の水位は、水位レベルの目標値に維持される。石灰水を広い海域に散布するためには、噴射ノズル39a、39b、39c、39dからの石灰水の噴射は、長時間に亘ってなされることが好ましいため、水位制御部17は、散布すべき時間に基づいて、石灰水送出量調節弁38a、38b、38c、38dを通過する石灰水の単位時間当たりの流量を決定する。
【0050】
また、飽和石灰水供給用ホールド13についての石灰水の水位の制御は、以下のようにして実現することができる。
風力センサ20から送信される風力情報と波高センサ21から送信される波高情報のいずれか一方または両方によって決定される天候レベルに基づいて、飽和石灰水供給用ホールド13における水位レベルの目標値を水位制御部17の記憶部に予め設定する。飽和石灰水供給用ホールド13における飽和石灰水の水位が、水位レベルの目標値と合致するように、水位センサ26によって検知される飽和石灰水供給用ホールド13内での飽和石灰水の水位情報に基づいて、飽和石灰水供給用ホールド13から調合用ホールド14a、14b、14c、14dへ供給されるべき飽和石灰水量を、水位制御部17の演算部が算出する。この飽和石灰水供給量に応じて、飽和石灰水供給量調節弁36a、36b、36c、36dを通過する飽和石灰水の流量を水位制御部17が決定して、飽和石灰水供給用ホールド13における飽和石灰水の水位は、水位レベルの目標値に維持される。
なお、飽和石灰水供給用ホールド13から調合用ホールド14a、14b、14c、14dへの飽和石灰水の供給は、前述したpH制御部16によってもなされるため、pH制御部16による制御と水位制御部17による制御のいずれを優先させるかは、状況によって適宜判断することができる。
【0051】
以上の説明においては、1つの飽和石灰水供給用ホールド13に対して、4つの調合用ホールド14a、14b、14c、14dを配置した構造を前提としているが、飽和石灰水供給用ホールドと調合用ホールドの数と設置位置については、これに限定されず、適宜選択することができる。飽和石灰水供給用ホールドと調合用ホールドの数と設置位置に応じて、図2に示す石灰水生成のための配管系統図、図3に示す石灰水濃度の制御系統図、図4、図5に示す石灰水の水位の制御系統図を適宜変更することができる。
【0052】
本発明の実施形態に係る石灰水散布装置によると、船体1に通常設けられている貨物収納用のホールドを、石灰水を蓄積するためのスペースとして利用することができ、石灰水の蓄積のための特殊な構造を船体1に対して付加することを必要としない。また、石灰水を溶解するための液体として海水を用いており、必要に応じて海水を汲み上げて使用することができるため、利便性が高い。
さらに、船体1を停止させて石灰水を散布する場合には、石灰水が海面上で拡散して広がるため、充分に拡散するまでにかなりの時間を要するのに対して、船体1を海上で航行させながら石灰水の散布が可能であるため、広い海域に亘って効率良く石灰水を散布することができる。
【0053】
また、赤潮発生海域を航行して石灰水を散布した後、時間の経過によって石灰水が海中に拡散して、海水のpHがまだpH基準値を下回っている場合には、再度航行して石灰水散布を繰り返すことによって、海水のpHを十分に調整することができる。再度の航行のときには、最初の航行の際よりも、海水のpHはpH基準値に近くなっていることが想定されるため、生成される石灰水のpHを初回より低く設定する。本発明の石灰水散布装置は、散布する石灰水の濃度調整機能を有しているため、複数回に分けて巡航する場合においても、石灰を無駄に消費することなく、合理的に使用することが可能である。
なお、以上の説明においては、船体が海上を航行する場合を想定しているが、湖沼や河川での赤潮発生の予防あるいは抑制を目的として、同様の手法により、船体が湖沼や河川を航行して石灰水を散布することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、広い海域に亘って赤潮を効果的に防止することを可能にする石灰水散布装置として利用することができる。
【符号の説明】
【0055】
1 船体
11 ポンプ
12 海水供給量調節部
13 飽和石灰水供給用ホールド
14a、14b、14c、14d 調合用ホールド
15 海水pHセンサ
16 pH制御部
17 水位制御部
18 ハウス
19 煙突
20 風力センサ
21 波高センサ
22、23a、23b、23c、23d 攪拌機
24、25a、25b、25c、25d pHセンサ
26、27a、27b、27c、27d 水位センサ
31、32a、32b、32c、32d 海水供給管
33、34a、34b、34c、34d 海水供給量調節弁
35a、35b、35c、35d 飽和石灰水供給管
36a、36b、36c、36d 飽和石灰水供給量調節弁
37a、37b、37c、37d 石灰水送出管
38a、38b、38c、38d 石灰水送出量調節弁
39a、39b、39c、39d 噴射ノズル
41a、41b、41c、41d クレーン
42a、42b、42c、42d 噴射ノズル支持部
43 スクリュー
44 海面
45 飽和石灰水
46a、46b、46c、46 石灰水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体から海面に対して石灰水を散布して海面付近の海水のpHを調整する石灰水散布装置であって、
海水を一時的に貯蔵する海水供給量調節部と、飽和石灰水を蓄積する飽和石灰水供給用ホールドと、前記海水供給量調節部から海水供給管を介して供給される海水と前記飽和石灰水供給用ホールドから飽和石灰水供給管を介して供給される飽和石灰水とを混合して生成される石灰水を蓄積する複数の調合用ホールドとを有し、
船体が航行する海域の海水のpHを検知する海水pHセンサが、海水のpHがpH基準値より小さいことを検知すると、前記調合用ホールドから石灰水送出管を介して噴射ノズルへ石灰水が送出されて、船体が海上を航行しながら、前記噴射ノズルから海面に石灰水が散布され、前記石灰水送出管には石灰水送出量調節弁が設けられ、前記調合用ホールド内に設けられた水位センサによって検知される前記調合用ホールド内での石灰水の水位情報が水位制御部に送信され、前記水位制御部は、この水位情報により前記石灰水送出量調節弁を制御して、前記調合用ホールドから前記噴射ノズルに対して送出される石灰水量を調節して、船尾トリムの状態を実現するように、前記調合用ホールド内に残存する石灰水の水位が調節されることを特徴とする石灰水散布装置。
【請求項2】
前記海水供給管には海水供給量調節弁が設けられ、前記飽和石灰水供給管には飽和石灰水供給量調節弁が設けられ、
船体が航行する海域の海水のpHを検知する海水pHセンサからpH制御部に対して海水pH情報が送信され、前記pH制御部は、前記海水pH情報により前記海水供給量調節弁と前記飽和石灰水供給量調節弁とを制御して、海水のpHが小さいほど、前記飽和石灰水の配合割合を高めて、前記調合用ホールド内で生成される石灰水のpHを大きくするようにして、前記海水と前記飽和石灰水との配合割合が決定されて石灰水が生成されることを特徴とする請求項1記載の石灰水散布装置。
【請求項3】
前記船体に風力センサと波高センサの少なくとも一方が設けられ、前記風力センサから送信される風力情報と前記波高センサから送信される波高情報の少なくとも一方が前記水位制御部に送信され、前記水位制御部は、前記風力情報と前記波高情報の少なくとも一方に基づいて、前記石灰水送出量調節弁を制御して、前記調合用ホールドから前記噴射ノズルに対して送出される石灰水量を調節して、前記調合用ホールド内に残存する石灰水の水位が調節されることを特徴とする請求項1または2記載の石灰水散布装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−247141(P2010−247141A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230406(P2009−230406)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【特許番号】特許第4462580号(P4462580)
【特許公報発行日】平成22年5月12日(2010.5.12)
【出願人】(505130710)
【Fターム(参考)】