説明

硫化物固体電解質材料の製造方法、および、硫化物固体電解質材料

【課題】本発明は、Liイオン伝導性が高く、硫化水素発生量が極めて少ない硫化物固体電解質材料の製造方法を提供することを主目的とする。
【解決手段】本発明は、M元素(例えばLi元素)、M元素(例えばGe元素)、P元素およびS元素を含有し、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±0.50°の位置にピークを有し、上記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が0.50未満である硫化物固体電解質材料の製造方法であって、原料組成物におけるPの割合を多くすることを特徴とする硫化物固体電解質材料の製造方法を提供することにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Liイオン伝導性が高く、硫化水素発生量が極めて少ない硫化物固体電解質材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年におけるパソコン、ビデオカメラおよび携帯電話等の情報関連機器や通信機器等の急速な普及に伴い、その電源として利用される電池の開発が重要視されている。また、自動車産業界等においても、電気自動車用あるいはハイブリッド自動車用の高出力かつ高容量の電池の開発が進められている。現在、種々の電池の中でも、エネルギー密度が高いという観点から、リチウム電池が注目を浴びている。
【0003】
現在市販されているリチウム電池は、可燃性の有機溶媒を含む電解液が使用されているため、短絡時の温度上昇を抑える安全装置の取り付けや短絡防止のための構造・材料面での改善が必要となる。これに対し、電解液を固体電解質層に変えて、電池を全固体化したリチウム電池は、電池内に可燃性の有機溶媒を用いないので、安全装置の簡素化が図れ、製造コストや生産性に優れると考えられている。
【0004】
全固体リチウム電池に用いられる固体電解質材料として、硫化物固体電解質材料が知られている。例えば、非特許文献1においては、Li(4−x)Ge(1−x)の組成を有するLiイオン伝導体(硫化物固体電解質材料)が開示されている。さらに、この文献では、x=0.75の時にLiイオン伝導度が最も高くなることが記載されており、そのLiイオン伝導度は、25℃において2.2×10−3S/cmであった。また、特許文献1においては、LiSと、P、P、SiS、GeS、B、Alから選択される1種以上の硫化物とから合成される固体電解質材料が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−093995号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ryoji Kanno et al., “Lithium Ionic Conductor Thio-LISICON The Li2S-GeS2-P2S5 System”, Journal of The Electrochemical Society, 148 (7) A742-A746 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
電池の高出力化の観点から、イオン伝導性が良好な固体電解質材料が求められている。本発明者等のこれまでの研究により、X線回折測定において特定のピークを有する結晶相の割合が高い硫化物固体電解質材料は、良好なイオン伝導性を有するとの知見を得ており、さらに、その硫化物固体電解質材料の結晶構造を、X線構造解析により明らかにしている(PCT/JP2011/057421)。
【0008】
この硫化物固体電解質材料は、他の硫化物固体電解質材料に比べて、硫化水素発生量が少ないものであるが、それでも、大気中に曝すと微量の硫化水素の発生が確認される。本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、Liイオン伝導性が高く、硫化水素発生量が極めて少ない硫化物固体電解質材料の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者等が鋭意研究を重ねた結果、微量の硫化水素は、硫化物固体電解質材料に残留したLiSから発生するとの知見を得た。また、この残留LiSの量は、X線回折では検出できない程度の微量なものであることが確認された。そこで、残留LiSが生じる理由が、同じく原料として用いるPが合成時に揮発してしまうためであると推察し、Pの割合を、目的とする組成の化学量論比よりも多くしたところ、硫化水素発生量が極めて少ない硫化物固体電解質材料を得ることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明においては、M元素、M元素、P元素およびS元素を含有し、上記Mは、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともLiを含み、上記Mは、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくとも四価の元素を含み、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±0.50°の位置にピークを有し、上記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下である硫化物固体電解質材料の製造方法であって、LiS、P、上記四価の元素の単体または硫化物を少なくとも含有する原料組成物を用いて、非晶質化したイオン伝導性材料を合成するイオン伝導性材料合成工程と、上記イオン伝導性材料に対して、上記I/Iの値が得られるように加熱を行う加熱工程とを有し、上記原料組成物におけるPの割合が、一般式M1(4−x)2(1−x)(xは、0<x<1を満たす)から求められる化学量論比よりも多く、上記原料組成物におけるP以外の原料の割合が、上記一般式から求められる化学量論比と同じであることを特徴とする硫化物固体電解質材料の製造方法を提供する。
【0011】
本発明によれば、原料組成物におけるPの割合を、目的とする組成の化学量論比よりも多くすることで、Pの揮発が生じたとしても、残留LiSを消失させることができる。その結果、硫化水素発生量が極めて少ない硫化物固体電解質材料を得ることができる。
【0012】
上記発明においては、上記原料組成物におけるPの割合が、大気で満たされた密閉容器(容積1750cc)を用いた硫化水素発生量測定において、上記硫化物固体電解質材料50mgから発生する硫化水素濃度(大気暴露1分後)が60ppm以下となる割合であることが好ましい。より硫化水素発生量の少ない硫化物固体電解質材料を得ることができるからである。
【0013】
上記発明においては、上記原料組成物におけるPの割合が、上記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=26.10°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下となる割合であることが好ましい。Liイオン伝導性の低下を抑制できるからである。
【0014】
上記発明においては、上記原料組成物におけるPの割合が、上記一般式から求められる化学量論比に対して、5重量%〜20重量%の範囲内で多いことが好ましい。
【0015】
また、本発明においては、M元素、M元素、P元素およびS元素を含有し、上記Mは、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともLiを含み、上記Mは、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくとも四価の元素を含み、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±0.50°の位置にピークを有し、上記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下であり、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=26.10°±0.50°の位置にピークを有し、上記2θ=26.10°±0.50°のピークの回折強度をIとし場合に、I/Iの値が0.01〜1の範囲内であることを特徴とする硫化物固体電解質材料を提供する。
【0016】
本発明によれば、I/Iの値を所定の範囲内にすることで、硫化水素発生量を抑制した硫化物固体電解質材料とすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明においては、Liイオン伝導性が高く、硫化水素発生量が極めて少ない硫化物固体電解質材料を得ることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の硫化物固体電解質材料の製造方法の一例を示す説明図である。
【図2】本発明の硫化物固体電解質材料の製造方法の他の例を示す説明図である。
【図3】Liイオン伝導性の高い硫化物固体電解質材料と、Liイオン伝導性の低い硫化物固体電解質材料との違いを説明するX線回折スペクトルである。
【図4】本発明により得られる硫化物固体電解質材料の結晶構造の一例を説明する斜視図である。
【図5】実施例1〜3および比較例1で得られた硫化物固体電解質材料に対する硫化水素発生量測定の結果である。
【図6】実施例1〜3および比較例1で得られた硫化物固体電解質材料に対する硫化水素発生量測定の結果である。
【図7】実施例1〜3および比較例1で得られた硫化物固体電解質材料に対するLiイオン伝導度の測定結果である。
【図8】実施例1〜3および比較例1で得られた硫化物固体電解質材料のX線回折スペクトルである。
【図9】I/Iの値と、Liイオン伝導度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の硫化物固体電解質材料の製造方法、および、硫化物固体電解質材料について説明する。
【0020】
A.硫化物固体電解質材料の製造方法
まず、本発明の硫化物固体電解質材料の製造方法について説明する。本発明の硫化物固体電解質材料の製造方法は、M元素、M元素、P元素およびS元素を含有し、上記Mは、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともLiを含み、上記Mは、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくとも四価の元素を含み、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±0.50°の位置にピークを有し、上記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下である硫化物固体電解質材料の製造方法であって、LiS、P、上記四価の元素の単体または硫化物を少なくとも含有する原料組成物を用いて、非晶質化したイオン伝導性材料を合成するイオン伝導性材料合成工程と、上記イオン伝導性材料に対して、上記I/Iの値が得られるように加熱を行う加熱工程とを有し、上記原料組成物におけるPの割合が、一般式M1(4−x)2(1−x)(xは、0<x<1を満たす)から求められる化学量論比よりも多く、上記原料組成物におけるP以外の原料の割合が、上記一般式から求められる化学量論比と同じであることを特徴とするものである。
【0021】
本発明によれば、原料組成物におけるPの割合を、目的とする組成の化学量論比よりも多くすることで、Pの揮発が生じたとしても、残留LiSを消失させることができる。その結果、硫化水素発生量が極めて少ない硫化物固体電解質材料を得ることができる。また、本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、2θ=29.58°付近のピークを有する結晶相の割合が高いため、Liイオン伝導性が良好な硫化物固体電解質材料とすることができる。そのため、この硫化物固体電解質材料を用いることにより、高出力な電池を得ることができる。なお、Pの融点は270℃程度であるため、合成時に揮発すると考えられる。なお、本発明においては、目的とする組成の化学量論比より多いPの量を、P過剰添加量と称する場合がある。
【0022】
図1は、本発明の硫化物固体電解質材料の製造方法の一例を示す説明図である。図1においては、まず、LiS、PおよびGeSを混合することにより、原料組成物を作製する。この際、原料組成物におけるPの割合を、目的とする組成の化学量論比よりも多くし、原料組成物におけるLiSおよびGeSの割合を、目的とする組成の化学量論比と同じにする。次に、原料組成物にボールミル(メカニカルミリング)を行い、非晶質化したイオン伝導性材料を得る。次に、非晶質化したイオン伝導性材料を加熱し、結晶性を向上させることで、硫化物固体電解質材料を得る。
【0023】
図2は、本発明の硫化物固体電解質材料の製造方法の他の例を示す説明図である。図2においては、まず、LiS、PおよびGeSを混合することにより、原料組成物を作製する。この際、原料組成物におけるPの割合を、目的とする組成の化学量論比よりも多くし、原料組成物におけるLiSおよびGeSの割合を、目的とする組成の化学量論比と同じにする。次に、原料組成物を真空で加熱し、固相反応により結晶質のイオン伝導性材料を得る。次に、得られた結晶質のイオン伝導性材料に振動ミル(メカニカルミリング)を行い、非晶質化したイオン伝導性材料を得る。次に、非晶質化したイオン伝導性材料を加熱し、結晶性を向上させることで、硫化物固体電解質材料を得る。
【0024】
なお、本発明における非晶質化したイオン伝導性材料とは、非晶質化前の材料に比べて結晶性が低下した材料をいい、完全な非晶質である必要はない。また、本発明により得られる硫化物固体電解質材料については、「3.硫化物固体電解質材料」で詳細に説明する。また、本発明においては、原料組成物におけるP以外の原料の割合を、後述する一般式から求められる化学量論比と同じにする。「化学量論比と同じ」とは、化学量論比に対して厳密に同一である割合のみならず、厳密に同一である割合に対して、±10重量%の範囲内(中でも±5重量%の範囲内、特に±3重量%の範囲内)に含まれる割合を含む概念である。
以下、本発明の硫化物固体電解質材料の製造方法について、工程ごとに説明する。
【0025】
1.イオン伝導性材料合成工程
本発明におけるイオン伝導性材料合成工程は、LiS、P、上記四価の元素の単体または硫化物を少なくとも含有する原料組成物を用いて、非晶質化したイオン伝導性材料を合成する工程である。さらに、原料組成物におけるPの割合は、一般式M1(4−x)2(1−x)(xは、0<x<1を満たす)から求められる化学量論比よりも多く、原料組成物におけるP以外の原料の割合は、上記一般式から求められる化学量論比と同じである。
【0026】
まず、一般式M1(4−x)2(1−x)(xは、0<x<1を満たす)について説明する。以下、この一般式を一般式(1)と称する場合がある。上述したように、本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、Mとして少なくともLiを含み、Mとして少なくとも四価の元素(MIVとする)を含む。ここで、LiPSと、Li(MIV)Sとのタイライン上の組成は、一般式Li4−x(MIV1−x(xは、0<x<1を満たす)で示すことができる。以下、この一般式を一般式(2)と称する場合がある。
【0027】
一般式(2)において、LiPSおよびLi(MIV)Sは、それぞれ、オルト組成に該当する。オルトとは、一般的に、同じ酸化物を水和して得られるオキソ酸の中で、最も水和度の高いものをいう。本発明においては、硫化物で最もLiSが付加している結晶組成をオルト組成という。LiPSは、LiS−P系におけるオルト組成に該当し、Li(MIV)Sは、LiS−(MIV)S系におけるオルト組成に該当する。オルト組成の硫化物固体電解質材料は、化学的安定性が高いという利点がある。一般式(2)は、それぞれオルト組成を有するLiPSおよびLi(MIV)Sのタイライン上の組成であるため、化学的安定性が高く、硫化水素発生量の少ない硫化物固体電解質材料を得ることができる。
【0028】
LiPSを得るLiSおよびPの割合は、モル基準で、LiS:P=75:25である。一方、Li(MIV)Sを得るLiSおよび(MIV)Sの割合は、モル基準で、LiS:(MIV)S=66.7:33.3である。そのため、一般式(2)においてxが固定されれば、一般式(2)からPの化学量論比を算出することができる。
【0029】
なお、Mが三価の元素(MIIIとする)である場合、LiS−(MIII系におけるオルト組成はLi(MIII)Sとなり、Li(MIII)Sを得るLiSおよび(MIIIの割合は、モル基準で、LiS:(MIII=75:25である。また、Mが五価の元素(Mとする)である場合、LiS−(M系におけるオルト組成はLi(M)Sとなり、Li(M)Sを得るLiSおよび(Mの割合は、モル基準で、LiS:(M=75:25である。このように、例えばMの価数等が変更した場合であっても、Pの化学量論比を算出することは可能である。
【0030】
一般式(1)は、一般式(2)を拡張したものである。すなわち、一般式(1)におけるMは、M=Liのみならず、他のM元素による置換を許容し、一般式(1)におけるMは、M=MIVのみならず、複数のMIVによる置換、価数の異なる元素による置換等を許容するものである。また、M1(4−x)2(1−x)において、xは、0<x<1を満たす。xの値は特に限定されるものではないが、例えば0.4以上が好ましく、0.5以上がより好ましく、0.6以上がさらに好ましい。同様に、xの値は、例えば0.9以下であることが好ましく、0.8以下であることがより好ましく、0.75以下がさらに好ましい。
【0031】
ここで、上記一般式(1)において、Mは、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種である。この中で、一価のM(Mとする)は、Li、Na、Kであり、二価のM(MIIとする)は、Mg、Ca、Znである。Mの価数に応じて、一般式(1)は、例えば以下のように記載することもできる。
<一般式(1a)>
(Li1−δ(MII0.5δ(4−x)2(1−x)
一般式(1a)では、例えば、Liの一部が二価のMで置換されることで、Liイオン伝導性が向上すると考えられる。一般式(1a)において、xは0<x<1を満たす。δは0<x<1を満たし、中でも0.5≦x≦0.8を満たすことが好ましい。
【0032】
一方、一般式(1)において、Mは、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種である。この中で、三価のM(MIIIとする)は、B、Al、Ga、In、Sbであり、四価のM(MIVとする)は、Si、Ti、Ge、Zr、Sn、Nbであり、五価のM(Mとする)は、P、V、Sbである。
【0033】
また、Mの価数に応じて、一般式(1)は、例えば以下のように記載することもできる。なお、一般式(1b)〜(1d)において、それぞれ、xは0<x<1を満たす。δは0<x<1を満たし、中でも0.5≦x≦0.8を満たすことが好ましい。
<一般式(1b)>
Li(4−x)((MIV1−δ(Mδ(MIIIδ(1−x)
<一般式(1c)>
Li(4−x)((MIV1−δ(MIII0.5δ(M0.5δ(1−x)
<一般式(1d)>
(Li1−δ(MIIδ(4−x)((MIV1−δ(MIIIδ(1−x)
【0034】
本発明における原料組成物は、LiS、P、上記四価の元素の単体または硫化物を少なくとも含有する。また、原料組成物は、M元素およびM元素の単体または硫化物を含有していても良い。
【0035】
本発明においては、原料組成物におけるPの割合を、一般式(1)から求められる化学量論比よりも多くする。中でも、上記Pの割合は、所定の硫化水素発生量測定において、発生する硫化水素濃度が低くなる割合であることが好ましい。硫化水素発生量測定法としては、本発明により得られた硫化物固体電解質材料50mgを、大気で満たされた密閉容器(容積1750cc)に配置し、大気暴露により発生する硫化水素濃度を測定する方法を挙げることができる。上記Pの割合は、大気暴露1分後における硫化水素濃度が、60ppm以下となる割合であることが好ましく、40ppm以下となる割合であることがより好ましく、20ppm以下となる割合であることがさらに好ましい。より安全性の高い硫化物固体電解質材料を得ることができるからである。
【0036】
また、上記Pの割合は、過剰のPにより生じる結晶相Dの割合が大きくなり過ぎない程度の割合であることが好ましい。結晶相Dは、「3.硫化物固体電解質材料」で後述する結晶相AよりもLiイオン伝導性が低い結晶相であると考えられ、硫化物固体電解質材料のLiイオン伝導性を低下させるからである。結晶相Dは、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=26.10°付近にピークを有する。ここで、2θ=26.10°は、後述する実施例で得られた実測値であり、材料組成等によって結晶格子が若干変化し、ピークの位置が2θ=26.10°から多少前後する場合がある。そのため、本発明においては、結晶相Dの上記ピークを、26.10°±0.50°の位置のピークとして定義する。結晶相Dは、通常、2θ=26.10°、29.86°、30.12°、17.96°のピークを有すると考えられる。なお、これらのピーク位置も、±0.50°の範囲で前後する場合がある。
【0037】
また、2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=26.10°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、上記Pの割合は、通常、I/Iの値が1以下となる割合であり、0.5以下となる割合であることが好ましく、0.4以下となる割合であることがより好ましく、0.2以下となる割合であることがさらに好ましく、0.1以下となる割合であることが特に好ましい。なお、Iについては、後述する「3.硫化物固体電解質材料」で詳細に説明する。また、原料組成物におけるPの割合は、一般式(1)から求められる化学量論比に対して、例えば、5重量%〜20重量%の範囲内で多いことが好ましい。
【0038】
非晶質化したイオン伝導性材料の合成方法は、特に限定されるものではない。非晶質化したイオン伝導性材料の合成方法の一例としては、原料組成物に対して、メカニカルミリングを行う方法を挙げることができる。
【0039】
メカニカルミリングは、試料を、機械的エネルギーを付与しながら粉砕する方法である。原料組成物に対して、機械的エネルギーを付与することで、非晶質化したイオン伝導性材料を合成することができる。このようなメカニカルミリングとしては、例えば、ボールミル、振動ミル、ターボミル、メカノフュージョン、ディスクミル等を挙げることができる。
【0040】
メカニカルミリングの各種条件は、所望のイオン伝導性材料を得ることができるように設定する。例えば、遊星型ボールミルを用いる場合、原料組成物および粉砕用ボールを加え、所定の回転数および時間で処理を行う。一般的に、回転数が大きいほど、イオン伝導性材料の生成速度は速くなり、処理時間が長いほど、原料組成物からイオン伝導性材料への転化率は高くなる。遊星型ボールミルを行う際の台盤回転数としては、例えば200rpm〜500rpmの範囲内、中でも250rpm〜400rpmの範囲内であることが好ましい。また、遊星型ボールミルを行う際の処理時間は、例えば1時間〜100時間の範囲内、中でも1時間〜70時間の範囲内であることが好ましい。
【0041】
また、振動ミルの場合、振動ミルの振動振幅は、例えば5mm〜15mmの範囲内、中でも6mm〜10mmの範囲内であることが好ましい。振動ミルの振動周波数は、例えば500rpm〜2000rpmの範囲内、中でも1000rpm〜1800rpmの範囲内であることが好ましい。振動ミルにおける原料組成物の充填率は、例えば1体積%〜80体積%の範囲内、中でも5体積%〜60体積%の範囲内、特に10体積%〜50体積%の範囲内であることが好ましい。また、振動ミルには、振動子(例えばアルミナ製振動子)を用いることが好ましい。
【0042】
また、非晶質化したイオン伝導性材料の合成方法の他の例としては、まず、原料組成物から結晶質のイオン伝導性材料を合成し、次に、得られた結晶質のイオン伝導性材料に対して、メカニカルミリングを行う方法を挙げることができる。原料組成物から結晶質のイオン伝導性材料を合成する方法としては、例えば固相法等を挙げることができる。固相法は、加熱による固相反応によって、目的の化合物を合成する方法である。固相法における加熱温度は、原料組成物に含まれる化合物の間で、固相反応が生じる温度であれば特に限定されるものではない。加熱温度は、原料組成物の組成によって異なるものであるが、例えば300℃〜1000℃の範囲内であることが好ましく、500℃〜900℃の範囲内であることがより好ましい。また、加熱時間は、所望のイオン伝導性材料が得られるように適宜調整することが好ましい。また、固相法における加熱は、酸化を防止する観点から、不活性ガス雰囲気下または真空中で行うことが好ましい。結晶質のイオン伝導性材料に対するメカニカルミリングについては、上述した内容と同様であるので、ここでの記載は省略する。
【0043】
2.加熱工程
次に、本発明における加熱工程について説明する。本発明における加熱工程は、上記イオン伝導性材料に対して、上記I/Iの値が得られるように加熱を行う工程である。
【0044】
加熱工程においては、非晶質化したイオン伝導性材料を加熱することにより、結晶性の向上を図る。この加熱を行うことで、イオン伝導性の高い結晶相A(2θ=29.58°付近のピークを有する結晶相)を積極的に析出させることができる。
【0045】
加熱温度は、所望の硫化物固体電解質材料を得ることができる温度であれば特に限定されるものではないが、結晶相A(2θ=29.58°付近のピークを有する結晶相)の結晶化温度以上の温度であることが好ましい。具体的には、上記加熱温度が300℃以上であることが好ましく、350℃以上であることがより好ましく、400℃以上であることがさらに好ましく、450℃以上であることが特に好ましい。一方、上記加熱温度は、1000℃以下であることが好ましく、700℃以下であることがより好ましく、650℃以下であることがさらに好ましく、600℃以下であることが特に好ましい。また、加熱時間は、所望の硫化物固体電解質材料が得られるように適宜調整することが好ましい。また、加熱工程における加熱は、酸化を防止する観点から、不活性ガス雰囲気下または真空中で行うことが好ましい。
【0046】
3.硫化物固体電解質材料
本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、M元素、M元素、P元素およびS元素を含有し、上記Mは、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともLiを含み、上記Mは、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくとも四価元素を含み、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±0.50°の位置にピークを有し、上記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下であることを特徴とするものである。
【0047】
図3は、Liイオン伝導性が高い硫化物固体電解質材料と、Liイオン伝導性が低い硫化物固体電解質材料との違いを説明するX線回折スペクトルである。なお、図3における2つの硫化物固体電解質材料は、ともにLi3.25Ge0.250.75の組成を有するものである。図3において、Liイオン伝導性が高い硫化物固体電解質材料は、2θ=29.58°±0.50°の位置、および、2θ=27.33°±0.50°の位置にピークを有する。また、図3において、Liイオン伝導性が低い硫化物固体電解質材料も同様のピークを有する。ここで、2θ=29.58°付近のピークを有する結晶相と、2θ=27.33°付近のピークを有する結晶相とは、互いに異なる結晶相であると考えられる。なお、本発明においては、2θ=29.58°付近のピークを有する結晶相を「結晶相A」と称し、2θ=27.33°付近のピークを有する結晶相を「結晶相B」と称する場合がある。
【0048】
結晶相A、Bは、ともにLiイオン伝導性を示す結晶相であるが、そのLiイオン伝導性には違いがある。結晶相Aは、結晶相Bに比べて、Liイオン伝導性が顕著に高いと考えられる。従来の合成方法(例えば固相法)では、Liイオン伝導性の低い結晶相Bの割合を少なくすることができず、Liイオン伝導性を十分に高くすることができなかった。これに対して、本発明では、Liイオン伝導性の高い結晶相Aを積極的に析出させることができるため、Liイオン伝導性の高い硫化物固体電解質材料を得ることができる。
【0049】
Liイオン伝導性の高い結晶相Aを積極的に析出させることができる理由は、以下の通りであると考えられる。本発明においては、一度、非晶質化したイオン伝導性材料を合成する。これにより、Liイオン伝導性の高い結晶相A(2θ=29.58°付近のピークを有する結晶相)が析出しやすい環境になり、その後の加熱工程により、結晶相Aを積極的に析出させることができ、I/Iの値を、従来不可能であった値(具体的には0.50未満)にすることができると考えられる。結晶相Aが析出しやすい環境になる理由は、完全には明らかではないが、メカニカルミリング等によりイオン伝導性材料における固溶域が変化し、結晶相Aが析出しにくい環境から析出しやすい環境に変化した可能性が考えられる。
【0050】
また、本発明においては、Liイオン伝導性が低い硫化物固体電解質材料と区別するため、2θ=29.58°付近のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°付近のピークの回折強度をIとし、I/Iの値を1以下に規定している。また、Liイオン伝導性の観点からは、硫化物固体電解質材料における結晶相Aの割合が高いことが好ましい。そのため、I/Iの値はより小さいことが好ましく、具体的には、0.45以下であることが好ましく、0.25以下であることがより好ましく、0.15以下であることがさらに好ましく、0.07以下であることが特に好ましい。また、I/Iの値は0であることが好ましい。言い換えると、本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、結晶相Bのピークである2θ=27.33°付近のピークを有しないことが好ましい。
【0051】
本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、2θ=29.58°付近にピークを有する。このピークは、上述したように、Liイオン伝導性の高い結晶相Aのピークの一つである。ここで、2θ=29.58°は実測値であり、材料組成等によって結晶格子が若干変化し、ピークの位置が2θ=29.58°から多少前後する場合がある。そのため、本発明においては、結晶相Aの上記ピークを、29.58°±0.50°の位置のピークとして定義する。結晶相Aは、通常、2θ=17.38°、20.18°、20.44°、23.56°、23.96°、24.93°、26.96°、29.07°、29.58°、31.71°、32.66°、33.39°のピークを有すると考えられる。なお、これらのピーク位置も、±0.50°の範囲で前後する場合がある。
【0052】
一方、2θ=27.33°付近のピークは、上述したように、Liイオン伝導性の低い結晶相Bのピークの一つである。ここで、2θ=27.33°は実測値であり、材料組成等によって結晶格子が若干変化し、ピークの位置が2θ=27.33°から多少前後する場合がある。そのため、本発明においては、結晶相Bの上記ピークを、27.33°±0.50°の位置のピークとして定義する。結晶相Bは、通常、2θ=17.46°、18.12°、19.99°、22.73°、25.72°、27.33°、29.16°、29.78°のピークを有すると考えられる。なお、これらのピーク位置も、±0.50°の範囲で前後する場合がある。
【0053】
また、Liイオン伝導性が低い結晶相Bは、上記図3に示すように、2θ=27.33°付近の他に、2θ=29.78°付近にもピークを有する。上記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=29.78°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値は、0.20以下であることが好ましく、0.15以下であることがより好ましく、0.10以下であることがさらに好ましく、0.07以下であることが特に好ましい。また、I/Iの値は0であることが好ましい。言い換えると、本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、結晶相Bのピークである2θ=29.78°付近のピークを有しないことが好ましい。なお、結晶相Bを示すピークの位置として、通常は、2θ=29.78°±0.50°を採用するが、2θ=29.78°±0.20°であっても良い。
【0054】
また、本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、M元素およびS元素から構成される八面体Oと、M2a元素およびS元素から構成される四面体Tと、M2b元素およびS元素から構成される四面体Tとを有し、上記四面体Tおよび上記八面体Oは稜を共有し、上記四面体Tおよび上記八面体Oは頂点を共有する結晶構造を主体として含有することが好ましい。上記Mは、通常、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともLiを含むものである。上記M2aは、通常、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくとも四価の元素を含むものである。上記M2bは、通常、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともPを含むものである。
【0055】
図4は、本発明により得られる硫化物固体電解質材料の結晶構造の一例を説明する斜視図である。図4に示す結晶構造において、八面体Oは、中心元素としてMを有し、八面体の頂点に6個のSを有しており、典型的にはLiS八面体である。四面体Tは、中心元素としてM2aを有し、四面体の頂点に4個のSを有しており、典型的にはGeS四面体およびPS四面体の両方である。四面体Tは、中心元素としてM2bを有し、四面体の頂点に4個のSを有しており、典型的にはPS四面体である。さらに、四面体Tおよび八面体Oは稜を共有し、四面体Tおよび八面体Oは頂点を共有している。
【0056】
本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、上記結晶構造を主体として含有することが好ましい。硫化物固体電解質材料の全結晶構造における上記結晶構造の割合は特に限定されるものではないが、より高いことが好ましい。Liイオン伝導性の高い硫化物固体電解質材料とすることができるからである。上記結晶構造の割合は、具体的には、70重量%以上であることが好ましく、90重量%以上であることがより好ましい。なお、上記結晶構造の割合は、例えば、放射光XRDにより測定することができる。
【0057】
本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、通常、結晶質の硫化物固体電解質材料である。また、この硫化物固体電解質材料は、Liイオン伝導性が高いことが好ましく、25℃における硫化物固体電解質材料のLiイオン伝導度は、1.0×10−3S/cm以上であることが好ましく、2.3×10−3S/cm以上であることがより好ましい。また、硫化物固体電解質材料の形状は特に限定されるものではないが、例えば粉末状を挙げることができる。さらに、粉末状の硫化物固体電解質材料の平均粒径は、例えば0.1μm〜50μmの範囲内であることが好ましい。
【0058】
本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、Liイオン伝導性を必要とする任意の用途に用いることができる。中でも、この硫化物固体電解質材料は、電池に用いられるものであることが好ましい。電池の高出力化に大きく寄与することができるからである。また、本発明により得られる硫化物固体電解質材料は、電池を構成する、正極活物質層、電解質層または負極活物質層に用いることができる。さらに、本発明においては、上述した硫化物固体電解質材料の製造方法により得られた硫化物固体電解質材料を用いることを特徴とする電池の製造方法を提供することもできる。
【0059】
B.硫化物固体電解質材料
次に、本発明の硫化物固体電解質材料について説明する。本発明の硫化物固体電解質材料は、M元素、M元素、P元素およびS元素を含有し、上記Mは、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともLiを含み、上記Mは、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくとも四価の元素を含み、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±0.50°の位置にピークを有し、上記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下であり、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=26.10°±0.50°の位置にピークを有し、上記2θ=26.10°±0.50°のピークの回折強度をIとし場合に、I/Iの値が0.01〜1の範囲内であることを特徴とするものである。
【0060】
本発明によれば、I/Iの値を所定の範囲内にすることで、硫化水素発生量を抑制した硫化物固体電解質材料とすることができる。上述したように、26.10°付近のピークは、過剰のPにより生じる結晶相のピークである。この結晶相(結晶相D)は、結晶相AよりもLiイオン伝導性が低い結晶相であると考えられ、Liイオン伝導性の観点からは、結晶相Dの割合は少ないことが好ましい。一方、結晶相Dが存在することで、硫化水素発生量は効果的に抑制される。そのため、硫化水素抑制の観点からは、26.10°付近のピークがXRDで確認され、I/Iの値を所定の範囲内にあることが好ましい。本発明の硫化物固体電解質材料については、基本的には、上述した「A.硫化物固体電解質材料の製造方法 3.硫化物固体電解質材料」に記載した内容と同様であるので、ここでの記載は省略する。
【0061】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0062】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的に説明する。
【0063】
[実施例1]
出発原料として、硫化リチウム(LiS、日本化学工業社製)と、五硫化二リン(P、日本化学工業社製)と、硫化ゲルマニウム(GeS、高純度化学研究所製)とを用いた。これらの粉末をアルゴン雰囲気下のグローブボックス内で、LiSを0.393458g、Pを0.299104g、GeSを0.334629gの割合で混合し、原料組成物を得た。なお、上記組成は、Li3.39Ge0.480.53であり、Li(4−x)Ge(1−x)におけるx=0.5の組成において、Pを10重量%過剰に添加したものに相当する。次に、原料組成物1gを、ジルコニアボール(10mmφ、10個)とともに、ジルコニア製のポット(45ml)に入れ、ポットを完全に密閉した(アルゴン雰囲気)。このポットを遊星型ボールミル機(フリッチュ製P7)に取り付け、台盤回転数370rpmで、40時間メカニカルミリングを行った。これにより、非晶質化したイオン伝導性材料を得た。
【0064】
次に、得られたイオン伝導性材料をペレット状に成型し、得られたペレットを、カーボンコートした石英管に入れ真空封入した。真空封入した石英管の圧力は、約30Paであった。次に、石英管を焼成炉に設置し、6時間かけて室温から550℃まで昇温し、550℃を8時間維持し、その後室温まで徐冷した。これにより、結晶質の硫化物固体電解質材料を得た。
【0065】
[実施例2]
LiSを0.393458g、Pを0.29105g、GeSを0.334629gの割合で混合し原料組成物を得たこと以外は、実施例1と同様にして結晶質の硫化物固体電解質材料を得た。なお、上記組成は、Li3.42Ge0.520.49であり、Li(4−x)Ge(1−x)におけるx=0.5の組成において、Pを5重量%過剰に添加したものに相当する。
【0066】
[実施例3]
LiSを0.393458g、Pを0.326283g、GeSを0.334629gの割合で混合し原料組成物を得たこと以外は、実施例1と同様にして結晶質の硫化物固体電解質材料を得た。なお、上記組成は、Li3.29Ge0.560.47であり、Li(4−x)Ge(1−x)におけるx=0.5の組成において、Pを20重量%過剰に添加したものに相当する。
【0067】
[比較例1]
LiSを0.393458g、Pを0.271912g、GeSを0.334629gの割合で混合し原料組成物を得たこと以外は、実施例1と同様にして結晶質の硫化物固体電解質材料を得た。なお、上記組成は、Li3.5Ge0.50.5であり、Li(4−x)Ge(1−x)におけるx=0.5の組成に相当する。
【0068】
[評価1]
(硫化水素発生量測定)
実施例1〜3および比較例1で得られた硫化物固体電解質材料に対して、硫化水素発生量の測定を行った。硫化水素発生量の測定は以下のように行った。Ar雰囲気下で硫化物固体電解質材料50mg秤量し、大気で満たされた密閉容器(容積1750cc、温度32℃、湿度38%)内に静置した。密閉容器内はファンにより撹拌し、測定には硫化水素センサー(理研計器社製、GX−2009、TYPE−E)を用いた。密閉容器内の硫化水素濃度の経時変化を図5に示し、大気暴露1分後の密閉容器内の硫化水素濃度を図6に示す。
【0069】
図5および図6に示されるように、実施例1〜3では、Pを過剰に添加することにより、比較例1に比べて硫化水素発生量が減少することが確認された。
【0070】
(Liイオン伝導度測定)
実施例1〜3および比較例1で得られた硫化物固体電解質材料に対して、Liイオン伝導度測定を行った。まず、マコール製の支持筒(1cm)の中にサンプル200mgを入れ、SKD製の電極でサンプルを挟み、4.3ton/cmの圧力で圧粉し、6Ncmで拘束しながら、インピーダンス測定を行った。その後、サンプル(ペレット)の厚さおよび抵抗から、Liイオン伝導度を算出した。その結果を図7に示す。図7に示されるように、実施例3で得られた硫化物固体電解質材料は、Liイオン伝導度の観点からは比較例1で得られた硫化物固体電解質材料に若干劣るものの、実施例1、2で得られた硫化物固体電解質材料は、比較例1で得られた硫化物固体電解質材料と同等の高いLiイオン伝導度を示すことが確認された。
【0071】
(X線回折測定)
実施例1〜3および比較例1で得られた硫化物固体電解質材料に対して、X線回折(XRD)測定を行った。XRD測定は、粉末試料に対して、不活性雰囲気下、CuKα線使用の条件で行った。その結果を図8に示す。図8(a)に示されるように、比較例1は、単相の硫化物固体電解質材料が得られた。ピークの位置は、2θ=17.38°、20.18°、20.44°、23.56°、23.96°、24.93°、26.96°、29.07°、29.58°、31.71°、32.66°、33.39°であった。すなわち、これらのピークが、Liイオン伝導性の高い結晶相Aのピークであると考えられる。なお、上述したピークの位置は、±0.50°(中でも±0.30°)の範囲内で前後していても良い。また、図8(a)には、LiSのピークが確認されなかった。
【0072】
また、図8(a)〜(d)において、2θ=29.58°付近のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°付近のピークの強度をIとし、29.78°付近のピークの強度をIとした場合、I/IおよびI/Iの値は、いずれも0であった。一方、図8(b)〜(d)においては、2θ=26.10°付近にピークを有することが確認された。このピークの強度をIとした場合、I/Iの値は下記表1のようになった。なお、結晶相Dのピークの位置は、2θ=26.10°、29.86°、30.12°、17.96°であった。
【0073】
【表1】

【0074】
表1に示すように、Pの過剰添加量が多くなるにつれて、I/Iの値が大きくなることが確認された。これは、Pの過剰添加量が多くなるにつれて、不純物結晶相である結晶相Dの割合が増加していることを示す。また、図9にI/Iの値とLiイオン伝導度との関係を示す。図9に示されるように、実施例3で得られた硫化物固体電解質材料は、Liイオン伝導度の観点からは比較例1で得られた硫化物固体電解質材料に若干劣るものの、実施例1、2で得られた硫化物固体電解質材料は、比較例1で得られた硫化物固体電解質材料と同等の高いLiイオン伝導度を示すことが確認された。
【0075】
(X線構造解析)
実施例1で得られた硫化物固体電解質材料の結晶構造をX線構造解析により同定した。XRDで得られた回折図形を基に直接法で晶系・結晶群を決定し、その後、実空間法により結晶構造を同定した。その結果、上述した図4のような結晶構造を有することが確認された。すなわち、四面体T(GeS四面体およびPS四面体)と、八面体O(LiS八面体)とは稜を共有し、四面体T(PS四面体)と、八面体O(LiS八面体)とは頂点を共有している結晶構造であった。この結晶構造が高Li伝導に寄与すると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
元素、M元素、P元素およびS元素を含有し、前記Mは、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともLiを含み、前記Mは、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくとも四価の元素を含み、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±0.50°の位置にピークを有し、前記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下である硫化物固体電解質材料の製造方法であって、
LiS、P、前記四価の元素の単体または硫化物を少なくとも含有する原料組成物を用いて、非晶質化したイオン伝導性材料を合成するイオン伝導性材料合成工程と、
前記イオン伝導性材料に対して、前記I/Iの値が得られるように加熱を行う加熱工程とを有し、
前記原料組成物におけるPの割合が、一般式M1(4−x)2(1−x)(xは、0<x<1を満たす)から求められる化学量論比よりも多く、
前記原料組成物におけるP以外の原料の割合が、前記一般式から求められる化学量論比と同じであることを特徴とする硫化物固体電解質材料の製造方法。
【請求項2】
前記原料組成物におけるPの割合が、大気で満たされた密閉容器(容積1750cc)を用いた硫化水素発生量測定において、前記硫化物固体電解質材料50mgから発生する硫化水素濃度(大気暴露1分後)が60ppm以下となる割合であることを特徴とする請求項1に記載の硫化物固体電解質材料の製造方法。
【請求項3】
前記原料組成物におけるPの割合が、前記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=26.10°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下となる割合であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の硫化物固体電解質材料の製造方法。
【請求項4】
前記原料組成物におけるPの割合が、前記一般式から求められる化学量論比に対して、5重量%〜20重量%の範囲内で多いことを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の硫化物固体電解質材料の製造方法。
【請求項5】
元素、M元素、P元素およびS元素を含有し、
前記Mは、Li、Na、K、Mg、Ca、Znからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくともLiを含み、
前記Mは、P、Sb、Si、Ge、Sn、B、Al、Ga、In、Ti、Zr、V、Nbからなる群から選択される少なくとも一種であり、かつ、少なくとも四価の元素を含み、
CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.58°±0.50°の位置にピークを有し、前記2θ=29.58°±0.50°のピークの回折強度をIとし、2θ=27.33°±0.50°のピークの回折強度をIとした場合に、I/Iの値が1以下であり、
CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=26.10°±0.50°の位置にピークを有し、前記2θ=26.10°±0.50°のピークの回折強度をIとし場合に、I/Iの値が0.01〜1の範囲内であることを特徴とする硫化物固体電解質材料。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2013−37897(P2013−37897A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−173096(P2011−173096)
【出願日】平成23年8月8日(2011.8.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】