説明

硫黄含有化合物及びその製造方法

【課題】高い屈折率を有し、レンズ等の光学部材用の樹脂を形成しうる単量体を提供する。
【解決手段】−NH−C(=S)−S−で表される構造を有する硫黄含有化合物。その好ましい例は、一般式(1):


(式中、Aは炭素数1〜8の2価の有機基、Bは硫黄原子等のヘテロ原子を含んでいても良い炭素数2〜12のn価の有機基、Zは酸素原子または硫黄原子、Rは水素原子またはメチル基、nは1〜4の整数である。)で表される化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズ等の光学部品の原料として用いるための硫黄含有(メタ)アクリレート化合物等の硫黄含有化合物、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックレンズは、ガラス等の無機材料からなるレンズに比べて、軽量で割れ難いなどの特長を有するため、眼鏡レンズ、カメラレンズ等の用途に広く用いられている。
近年、眼鏡レンズの中心厚が小さくなる傾向があるなどの事情の下、プラスチックレンズの材料として、より高い屈折率を有する光学用樹脂が望まれている。
このような高い屈折率を有する光学用樹脂(重合体)を得るために、硫黄原子を含有する化合物を単量体として用いることが知られている(特許文献1〜2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−211021号公報
【特許文献2】特開平8−325337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、高い屈折率を有する放射線硬化性化合物を得るためには、複雑な工程が必要であった。
本発明は、高い屈折率を有し、レンズ等の光学部材を形成することのできる単量体であって、少ない工程数で製造することのできる単量体である硫黄含有化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、特定の化学構造を有する硫黄含有化合物によれば、前記の課題を解決しうることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、以下の[1]〜[6]を提供するものである。
[1] −NH−C(=S)−S−で表される構造を有する硫黄含有化合物。
[2] 下記の一般式(1)で表される前記[1]に記載の化合物。
【化1】

(式中、Aは炭素数1〜8の2価の有機基、Bはヘテロ原子を含んでいても良い炭素数2〜12のn価の有機基、Zは酸素原子または硫黄原子、Rは水素原子またはメチル基、nは1〜4の整数である。)
[3] 前記Bが下記の一般式(2)で表される前記[2]に記載の化合物。
−R−(S−R− (2)
(式中、Rは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、mは0〜2の整数である。)
[4] 屈折率nが1.60以上である前記[1]〜[3]のいずれかに記載の化合物。
[5] チオシアナート基、及び(メタ)アクリロイル基を導入可能な官能基を有する化合物と、チオール含有化合物を反応させて、−NH−C(=S)−S−結合及び前記官能基を有する化合物を得た後、前記官能基に対して(メタ)アクリロイル基を導入する、前記[1]〜[4]のいずれかに記載の化合物の製造方法。
[6] 前記[1]〜[4]のいずれかに記載の化合物を含む組成物を重合させてなる硬化体。
[7] 前記[6]に記載の硬化体からなる光学部材。
【発明の効果】
【0006】
本発明の化合物によれば、高い屈折率を有する硬化体を形成することのできる液状の放射線硬化性組成物を調製することができる。
該液状の放射線硬化性組成物は、光学用部材の材料として用いることができ、具体的には、レンズ(例えば、眼鏡レンズ、カメラレンズ等)の材料、ナノインプリント用材料、光学接着剤等の用途に用いることができる。
本発明の化合物の製造方法によれば、目的とする化合物を少ない工程数で短時間に容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施例1で得られた化合物のH NMRスペクトルを示す図である。
【図2】実施例1で得られた化合物のIRスペクトルを示す図である。
【図3】実施例1で得られた化合物の単独重合体のIRスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の化合物は、−NH−C(=S)−S−で表される構造を有する。
本発明の化合物の好ましい例として、下記の一般式(1)で表されるものが挙げられる。
【化2】

(式中、Aは炭素数1〜8の2価の有機基、Bはヘテロ原子を含んでいても良い炭素数2〜12のn価の有機基、Zは酸素原子または硫黄原子、Rは水素原子またはメチル基、nは1〜4の整数である。)
前記の一般式中、Aは、炭素数1〜8、好ましくは、屈折率の観点から炭素数1〜4の2価の有機基である。Aの好ましい例としては、メチレン基または炭素数2〜4のアルキレン基が挙げられる。
Bは、ヘテロ原子を含んでいても良い炭素数2〜12、好ましくは、高い屈折率を得やすいことから、炭素数2〜4の有機基である。ヘテロ原子としては、硫黄原子、酸素原子、窒素等が挙げられる。Bの好ましい例としては、硫黄原子を含んでいても良い炭素数2〜8の有機基が挙げられる。
nは1〜4、好ましくは、反応の効率性の観点から2〜4の整数である。
nが2の場合、Bの例として、下記式(2)の構造が挙げられ、このうち、−CH2−CH2−S−CH2−CH2−が好ましい。
−R−(S−R − (2)
式(2)中、Rは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、mは0〜2の整数である。
【0009】
本発明の化合物の製造方法の一例としては、チオシアナート基(化学式:−NCS)、及び(メタ)アクリロイル基を導入可能な官能基を有する化合物と、チオール含有化合物を反応させて、−NH−C(=S)−S−結合及び前記官能基を有する化合物を得た後、前記官能基に対して(メタ)アクリロイル基を導入して、目的とする(メタ)アクリレート化合物を得る方法が挙げられる。
この方法の一例を下記の合成フローに示す。なお、下記の合成フロー中、符号1で示す化合物は、以下、「化合物1」と称する。同様に、符号2〜5で示す化合物は、「化合物2」〜「化合物5」と称する。
【0010】
【化3】

【0011】
前記の合成フロー中、まず、2−ブロモエタノールを、溶媒(例えば、ジクロロエタン)に溶解させた状態で、触媒であるH(例えば、p−トルエンスルホン酸)の存在下に、テトラヒドロ―2H−ピラン(別名:ジヒドロピラン)と反応させて、化合物1を生成させる。
テトラヒドロ―2H−ピランの量は、2−ブロモエタノールに対して当量比で1以上であればよい。p−トルエンスルホン酸の量は、2−ブロモエタノール100モル%に対して1〜10モル%である。反応条件は、2−ブロモエタノールの濃度が0.1〜2M、温度が15〜40℃、反応時間が2時間以上である。
【0012】
次に、化合物1を、溶媒(例えば、テトラヒドロフラン;THF)に溶解させた状態で、ヨウ化カリウム及びチオシアン酸ナトリウムと反応させて、化合物2を生成させる。
ヨウ化カリウム及びチオシアン酸ナトリウムの量は、化合物1に対して当量比で1.5以上であればよい。反応条件は、反応時の反応液中の化合物1の濃度が0.5M以下、温度が40〜70℃(溶媒がTHFである場合)、反応時間が12時間以上である。なお、溶媒としては、THFに代えて、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等を用いてもよい。
なお、前記の合成フローでは略記している化合物2の化学式は、下記のとおりである。
【化4】

【0013】
次に、化合物2を、溶媒(例えば、エタノール)に溶解させた状態で、触媒(例えば、水酸化ナトリウム)の存在下で、ビス(2-メルカプトエチル)スルフィドと反応させて、化合物3を生成させる。
ビス(2-メルカプトエチル)スルフィドの量は、化合物2に対して当量比で好ましくは0.4〜0.6、より好ましくは0.5である。反応条件は、温度が室温(好ましくは5〜40℃)、反応時間が12時間以上、窒素気流下(副反応の防止のために必須)である。
【0014】
次に、化合物3を、溶媒(例えば、クロロホルム)に溶解させた状態で、触媒であるH(例えば、p−トルエンスルホン酸)の存在下に、メタノールと反応させて、化合物4を生成させる。
メタノールの量は、化合物3に対して当量比で1以上であればよい。p−トルエンスルホン酸の量は、化合物3(100モル%)に対して1〜10モル%である。反応条件は、温度が室温以上(好ましくは10℃以上)、反応時間が0.5時間以上、液性が酸性(好ましくはpH4以下)である。
【0015】
次に、化合物4を、溶媒(例えば、ジクロロメタン)に溶解させた状態で、触媒(例えば、トリエチルアミン)の存在下に、アクリル酸クロリドと反応させて、化合物5を生成させる。
トリエタノールアミン及びアクリル酸クロリドの量は、各々、化合物4に対する当量比で2以上である。
反応条件は、温度が、副反応の防止のために30℃以下(好ましくは5〜25℃)、反応時間が6時間以上である。
【0016】
前記の合成フローにおいて、化合物1の合成時に用いる2−ブロモエタノールに代えて、他のハロゲン化アルコール化合物を用いることができる。
他のハロゲン化アルコール化合物の例としては、2−ヨウ化エタノール等が挙げられる。
また、前記の合成フローにおいて、化合物3の合成時に用いる、2つのメルカプト基(−SH)を有する化合物であるビス(2-メルカプトエチル)スルフィドに代えて、n個(n=1、3または4)のメルカプト基を有する化合物を用いれば、化合物5として、n個(n=1、3または4)の(メタ)アクリロイル基を有する化合物を得ることができる。
1個のメルカプト基を有する化合物の例として、メタンチオール、エタンチオール等が挙げられる。
3個のメルカプト基を有する化合物の例として、2,4,6−トリメルカプト−S−トリアジン等が挙げられる。
4個のメルカプト基を有する化合物の例として、テトラキス(メルカプトアセトキシメチル)メタン等が挙げられる。
【0017】
本発明の化合物の屈折率n(液屈折率)は、好ましくは1.60以上である。
本発明の化合物の粘度は、B型粘度計を用いて25℃で測定した値として、好ましくは300〜1,000mPa・sである。
本発明の化合物を含む組成物は、例えば、本発明の化合物(典型的には、硫黄含有(メタ)アクリレート化合物)と、他の化合物(例えば、本発明の化合物に該当しない(メタ)アクリレート化合物)と、光重合開始剤とを含む。
他の化合物の例として、ペンタエリスリトールテトラアクリレート、ビスフェノールA−EO変性ジアクリレート等が挙げられる。
光重合開始剤の例として、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−モルホリノ−プロパン−1−オン等が挙げられる。
各成分の配合割合は、例えば、本発明の化合物が50〜99質量%、他の化合物が0〜45質量%、光重合開始剤が1〜10質量%とすることができる。
【0018】
本発明の化合物を含む組成物を重合させてなる硬化体の屈折率nは、好ましくは1.62以上である。
【実施例】
【0019】
[実施例1]
前記の合成フローに従って、2−ブロモエタノールを出発物質にして、目的とする(メタ)アクリレート化合物(合成フロー中の化合物5)を得た。
[化合物1の合成方法]
窒素気流下にて500mLの三口フラスコにジクロロメタン200mLを加え、テトラヒドロ―2H−ピラン(13.5g、160mmol)、2−ブロモエタノール(20g、160mmol)を加えた。氷浴にて冷却し、p−トルエンスルホン酸(0.276g、1.6mmol)を一度に加えた。その後室温にて2時間攪拌し、次いで、反応混合物に水を100mL加えた後、有機層を分離した。有機層を飽和食塩水にて洗浄した後、無水硫酸マグネシウムを加えて、乾燥、濾過した。その後、反応混合物から溶剤をロータリーエバポレーターを用いて除去することで、前記の製造フロー中の化合物1(無色透明液体、収率92%、30.8g)を得た。
【0020】
[化合物2の合成方法]
環流管を付けた300mLの三口フラスコにテトラヒドロフラン160mL、ヨウ化カリウム(39.9g、240mmol)、チオシアン酸ナトリウム(19.5g、240mmol)を加えて攪拌した。前記の化合物1(33.5g、160mmol)を一度に加え、還流条件下一晩攪拌した。得られた混合物に水を100mL、ジエチルエーテル150mLを加えた。有機層を分離した後、飽和食塩水で洗浄した。有機層に無水硫酸マグネシウムを加えて乾燥、濾過し、溶剤をロータリーエバポレーターにて除去した後、残留物を減圧蒸留することで前記の製造フロー中の化合物2(淡黄色透明液体、収率89%)を得た。
【0021】
[化合物3の合成方法]
窒素気流下にて100mLの二口フラスコにエタノール1.1mLを加え、ビス(2-メルカプトエチル)スルフィド(0.206g、1.34mmol)、1M水酸化ナトリウム水溶液3mLを加えた。水浴にて冷却した後、化合物2(0.5g、2.67mmol)を加え、室温にて24時間攪拌した。反応混合物に10mLの水、30mLのジエチルエーテルを加え有機層を分離した。有機層を飽和食塩水で洗浄したのち、無水硫酸マグネシウムで乾燥、濾過し、さらに溶剤を除去したのち、残留物をカラムクロマトグラフィにて精製(クロロホルム/ヘキサン=1/1→クロロホルム/酢酸エチル=8/1)することにより、前記の製造フロー中の化合物3(無色透明液体、収率81%)を得た。
【0022】
[化合物4の合成方法]
環流管を付けた100mLのナスフラスコにクロロホルム15mL、メタノール5mL、前記の化合物3(1.94g、3.68mmol)を加えたのち、p−トルエンスルホン酸(38.4mg、0.22mmol)を加えて還流条件下で2時間攪拌した。反応混合物に水15mL、クロロホルム20mLを加え有機層を分離した。有機層を飽和食塩水で洗浄したのち無水硫酸マグネシウムを加えて乾燥、濾過し、さらに溶剤をロータリーエバポレーターにて除去した。残留物をクロロホルム/ヘキサンから再結晶化することにより、前記の製造フロー中の化合物4(白色固体、収率71%)を得た。
【0023】
[化合物5の合成方法]
窒素気流下で滴下漏斗を付けた200mLのフラスコにジクロロメタン50mL、化合物4(3.49g、9.68mmol)、トリエチルアミン(1.96g、19.36mmol)を加え水浴にて攪拌した。滴下漏斗でアクリル酸クロリド(2.63g、29mmol)を徐々に滴下した。室温で一晩攪拌したのち、反応混合物に飽和重曹水を添加し、室温にて10分間攪拌した。溶剤を減圧蒸留にて除去したのち、残留物にメチルイソブチルケトンを100mL、10質量%の水酸化ナトリウム水溶液50mLを加え、有機層を分離した。有機層に無水硫酸マグネシウムを加えて乾燥、濾過し、さらに溶剤をロータリーエバポレーターにて除去することにより、前記の製造フロー中の化合物5(白色ペースト、収率97%)を得た。
【0024】
[化合物5の評価]
液屈折率の測定
アタゴ社製のアッベ屈折計「NAR-4T」を用いて25℃にて測定を行った。その結果、化合物5の波長589nmにおける屈折率は、1.603であった。
【0025】
化合物5(4g)に、Irgacure184(商品名;チバ・スペシャルティ・ケミカルズ社製)(0.2g)を配合した組成物を、ガラス板上に膜厚が200μmとなるようにアプリケーターバーを用いて塗布し、1.0J/cmの紫外線を窒素下で照射することで、透明な硬化膜が得られた。得られた硬化膜の屈折率は、1.625であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
−NH−C(=S)−S−で表される構造を有する硫黄含有化合物。
【請求項2】
下記の一般式(1)で表される請求項1に記載の化合物。
【化1】

(式中、Aは炭素数1〜8の2価の有機基、Bはヘテロ原子を含んでいても良い炭素数2〜12のn価の有機基、Zは酸素原子または硫黄原子、Rは水素原子またはメチル基、nは1〜4の整数である。)
【請求項3】
前記Bが下記の一般式(2)で表される請求項2に記載の化合物。
−R−(S−R − (2)
(式中、Rは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、mは0〜2の整数である。)
【請求項4】
屈折率nが1.60以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項5】
チオシアナート基、及び(メタ)アクリロイル基を導入可能な官能基を有する化合物と、チオール含有化合物を反応させて、−NH−C(=S)−S−結合及び前記官能基を有する化合物を得た後、前記官能基に対して(メタ)アクリロイル基を導入する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物を含む組成物を重合させてなる硬化体。
【請求項7】
請求項6に記載の硬化体からなる光学部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−46820(P2011−46820A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−196146(P2009−196146)
【出願日】平成21年8月26日(2009.8.26)
【出願人】(000004178)JSR株式会社 (3,320)
【Fターム(参考)】