説明

硬化前後における色調変化の少ない光重合性歯科用組成物

【課題】硬化前後の色調変化が少なく、幅広い波長領域での照射に対して優れた光重合性を発現し、薄層表面硬化性に優れた光重合型の歯科用組成物およびそれに用いる光重合開始剤を提供すること。
【解決手段】光増感剤としてアミン化合物を実質的に含まず、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物0.01〜10重量部、α−ジケトン化合物0.01〜10重量部、および重合性モノマー100重量部を含むことを特徴とする可視光重合性歯科用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は可視光照射により硬化する光重合型の歯科用組成物およびそれに用いる光重合開始剤に関するもので、さらに詳しくは硬化前後における色調変化が少なく、かつ、幅広い波長の光において硬化可能な歯科用組成物である。本発明による組成物は、充填材、接着材、表面被覆材、歯冠用修復材、セメントなどに用いられる。
【背景技術】
【0002】
現在の歯科治療においては、審美性は非常に重要な要素の一つであり、修復物の色調が天然歯に類似している、また、美しい白色であるなどの特性が歯科用材料に強く求められる。
【0003】
実際の治療においては患者の天然歯と充填材などの材料の色を照らし合わせて色調を決定していく。しかし、従来使用されている可視光光重合触媒と重合性モノマーを組み合わせた材料では硬化前後で色調が変化するため、口腔内に装着した後で色調が適合せず審美性に問題があった。
【0004】
歯科分野では可視光線重合型レジンが広く普及し、その光重合開始剤としては、英国特許第1,408,265号公報以来、最大吸収波長470nmを有するカンファーキノンに代表されるα−ジケトン化合物とアミン化合物による水素引抜き型開始剤が広く使用されている。しかし、α−ジケトン化合物とアミン化合物から成る光重合開始剤は、アミン化合物に起因する硬化物の黄褐色化や色調変化が著しく、さらに、薄層表面硬化性が悪いという問題もある。
【0005】
米国特許第4,265,723、4,298,738、4,792,632、5,965,776号公報などに開示されている(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物は、紫外あるいは近紫外領域では絶大な光重合性を示すため光重合の産業分野で広く普及している。また、硬化物の黄変が起こりにくく、内部硬化性も優れている。したがって透明な厚膜や隠ぺい力の大きい顔料を含有した材料の光硬化に利用され、最近では、歯科分野でも使用されている。しかし、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物の吸収波長域は可視光線の短波長側に存在するため、ハロゲンランプなどの光源を用いた光重合器を使用すると硬化するが、青色LEDに代表される光放射波長域の狭い機器を使用すると硬化しないという欠点を持っている。また、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物を用いた歯科材料は、硬化前の色調は無色であるが、硬化後に黄変するという欠点もある。
【0006】
特開2000−16910号公報には、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物およびアミン化合物を含む硬化性組成物が、高強度で表面未重合量の少ない硬化体物性を付与することが報告されている。しかし、この開始剤系では、アミン化合物による硬化物の色調変化が激しくなる問題がある。
【0007】
特許第3,442,776号公報には、α−ジケトン化合物、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物、アミン化合物及び重合性モノマーから成る可視光重合型接着剤が提案されている。しかし、該光開始剤でアミン化合物を使用した硬化性組成物は、硬化物の色調変化が激しく、また、可使時間が著しく短くなる問題がある。
【0008】
特許第2,629,060号公報には、ジペンタエリスリトールヘキサアクリレートと(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物を含む光重合性歯科用表面被覆材が報告されている。これによるとジペンタエリスリトールヘキサアクリレートと(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物を含有しているため薄層表面硬化性が良いと報告されている。しかし、ジペンタエリスリトールヘキサアクリレートと(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物による硬化は、硬化物が褐色化する問題がある。
【0009】
特開平6−55654号公報には、多官能(メタ)アクリレート、アルミナフィラー、アシルホスフィンオキサイドから成る光硬化性歯冠材料が提案されている。この発明は、材料の変色を改善しているが、薄層での表面硬化性は考慮されていない。
【0010】
【特許文献1】英国特許第1,408,265号公報
【特許文献2】米国特許第4,265,723号公報
【特許文献3】米国特許第4,298,738号公報
【特許文献4】米国特許第4,792,632号公報
【特許文献5】米国特許第5,965,776号公報
【特許文献6】特開2000−16910号公報
【特許文献7】特許第3,442,776号公報
【特許文献8】特許第2,629,060号公報
【特許文献9】特公平6−55654号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明者らは、硬化前後における色調変化の少ない光重合開始剤を鋭意研究した。その結果、驚くべきことに、光増感剤として実質的にアミン化合物を含まず、α−ジケトン化合物および(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物を含む可視光線重合開始剤を用いた可視光重合性歯科用組成物が、硬化前後の色調変化が少ないという特徴を有し、幅広い波長領域における歯科用照射器で照射した場合に優れた光重合性を発現して優れた物理的性質を付与することを究明し、本発明を完成するに至った。またさらに、かかる組成物では薄層表面硬化性の向上効果も得られることが判った。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明は、
[1] 光増感剤としてアミン化合物を実質的に含まず、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物0.01〜10重量部、α−ジケトン化合物0.01〜10重量部、および重合性モノマー100重量部を含むことを特徴とする可視光重合性歯科用組成物;
[2] (ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物が2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイドであることを特徴とする前記[1]に記載の可視光重合性歯科用組成物;
[3] α−ジケトン化合物がカンファーキノンであることを特徴とする前記[1]または[2]に記載の可視光重合性歯科用組成物;
[4] 重合性モノマーとしてジペンタエリスリトールヘキサアクリレートを含むことを特徴とする前記[1]ないし[3]のいずれか1に記載の可視光重合性歯科用組成物;
[5] 重合性モノマーとして、一般式(I):
【0013】
【化1】

(式中、RおよびRはそれぞれ独立して水素またはメチル基、Xは1種または2種以上の炭素数が2〜10のアルキレンオキサイド基および/またはその誘導体基からなる繰り返し単位であって、繰り返し単位数が5〜50の基である)で表される化合物を含むことを特徴とする前記[1]〜[4]のいずれか1に記載の可視光重合性歯科用組成物;
[6] 一般式(I)中のXがエチレンオキサイド基のみからなる繰り返し単位であって、繰り返し単位数が9〜23であることを特徴とする前記[5]に記載の可視光重合性歯科用組成物;
[7] 一般式(I)で表される重合性モノマーを、重合性モノマーの全量に対して5〜90重量%含むことを特徴とする前記[5]または[6]に記載の可視光重合性歯科用組成物;
[8] さらに、無機または有機フィラーの少なくとも1種類を0.1〜90重量部含有することを特徴とする前記[1]〜[7]のいずれか1に記載の可視光重合性歯科用組成物;
[9] 23℃におけるプレートプレート系粘度測定(ギャップ0.500mm)、開始応力1.00E+1Paで測定した周波数掃引7〜1Hz時において2〜8Pa・Sの粘度、および、周波数7〜1Hzにおいて粘度の最小値と最大値の比が1.1以上のチクソトロピー性を有することを特徴とする前記[1]〜[8]のいずれか1に記載の可視光重合性歯科用組成物
を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の可視光照射により硬化する光重合型の歯科用組成物およびそれに用いる光重合開始剤は、硬化前後における色調変化が少なく、かつ、幅広い波長の光において硬化可能なものである。本発明による光重合開始剤および歯科用組成物は、充填材、接着材、表面被覆材、歯冠用修復材、セメントなどに用いられる。
【0015】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明の歯科用組成物およびそれに用いる光重合開始剤は、光増感剤として実質的にアミン化合物を含まないことを特徴とする。ここで、「光増感剤として実質的にアミン化合物を含まない」とは、光増感剤としてのアミン化合物を能動的に組成物に配合しないということを意味し、他成分原料に由来して受動的に配合されるアミン化合物はこの定義に含まれない。具体的には、本発明の光重合開始剤としては0〜1重量部、可視光重合性歯科用組成物としては0〜0.1重量部のアミン化合物が含まれることは許容される。
光増感剤(安定剤、還元剤)であるアミン化合物を歯科用組成物に添加するとアミン特有の不快臭を有し、使用者にとって不快感を与える。さらに硬化後の色調に褐色をもたらすため、審美的に致命的な変色を生じる。
【0016】
本発明者らは、これらアミン化合物類などの光増感剤を用いることなく、硬化前後の色調変化が少なく、薄層表面硬化性が良い光重合開始剤を見出した。したがって、本発明の光重合開始剤を含む歯科用組成物は、特許第3442776号などのアミン化合物を含んだ歯科用材料よりも変色、臭い、保存安定などの面で優れている。
【0017】
歯科材料の分野において、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物は優れた硬化特性を持つ光重合開始剤として用いられている。しかし、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物の吸収波長域は可視光線の短波長側に存在するため、ハロゲンランプなどの光源を用いた光重合器を使用すると硬化するが、青色LEDに代表される光放射波長域の狭い機器を使用すると硬化しないという欠点を持っている。また、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物を用いた歯科材料は、硬化前の色調は無色であるが、硬化後に黄変するという欠点もある。
【0018】
また、α−ジケトン化合物も光重合開始剤として従来より広く用いられている。α−ジケトン化合物は、470nm付近を中心に、400〜500nmと比較的幅広い波長に対応する一方で、硬化前の組成物が黄色味を帯びるという欠点をもつ。また、歯科材料に十分な硬化特性を付与させるには、アミン化合物などの光増感剤との併用が不可欠であった。
【0019】
そこで本発明者らは、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物光重合開始剤とα−ジケトン化合物とを組み合わせて使用することにより、幅広い波長領域での硬化性の向上、硬化前後の色調変化の低減および薄層表面硬化性の向上という様々な効果が得られることを見出した。
【0020】
本発明に用いる(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物の具体例としては、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキサイド、2,6−ジメトキシベンゾイルジフェニルフォスフィンオキサイド、2,6−ジクロロベンゾイルジフェニルフォスフィンオキサイド、2,4,6−トリメチルベンゾイルフェニルフォスフィン酸メチルエステル、2−メチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキサイド、ピバロイルフェニルフォスフィン酸イソプロピルエステル、ビス−(2,6−ジクロロベンゾイル)フェニルフォスフィンオキサイド、ビス−(2,6−ジクロロベンゾイル)−2,5−ジメチルフェニルフォスフィンオキサイド、ビス−(2,6−ジクロロベンゾイル)−4−プロピルフェニルフォスフィンオキサイド、ビス−(2,6−ジクロロベンゾイル)−1−ナフチルフォスフィンオキサイド、ビス−(2,6−ジメトキシベンゾイル)フェニルフォスフィンオキサイド、ビス−(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルフォスフィンオキサイド、ビス−(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,5−ジメチルフェニルフォスフィンオキサイド、ビス−(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フェニルフォスフィンオキサイド、(2,5,6−トリメチルベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルフォスフィンオキサイドなどが挙げられる。これらの中でも、特に2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイドは、短時間での硬化特性、硬化前後の色調変化が起こりにくい点などから考えて好ましい。
【0021】
これら(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物の歯科用組成物における配合量は、重合性モノマー100重量部に対して0.01〜10重量部、好ましくは0.05〜6重量部、さらに好ましくは0.1〜4.0重量部である。(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物の配合量が0.01重量部よりも少ない場合は薄層硬化性が悪くなり、逆に、10重量部よりも多い場合は黄色の色調が増し、可使時間が短くなるので好ましくない。
【0022】
本発明に用いるα−ジケトン化合物としては、例えば、ジアセチル、ベンジル、4,4−ジメトキシベンジル、4,4−ジメトキシベンジル、4,4−オキシベンジル、4,4−クロルベンジル、カンファーキノン、カンファーキノンカルボン酸、2,3−ペンタジオン、2,3−オクタジオン、9,10−フェナンスレンキノン、アセナフテンキノンなどが挙げられるが、特にカンファーキノンは、幅広い波長領域の光線に対する優れた硬化特性を与えられることから好ましい。
【0023】
これらα−ジケトン化合物の歯科用組成物における配合量は、重合性モノマー100重量部に対して0.01〜10重量部、好ましくは0.05〜5重量部、さらに好ましくは0.1〜3.0重量部である。α−ジケトン化合物の配合量が0.01重量部よりも少ない場合は硬化速度が著しく遅くなる。逆に、10重量部よりも多い場合は黄色の色調が増し、可使時間が短くなる。可使時間および硬化速度のコントロールはα−ジケトン化合物の量の調節で達成可能である。
【0024】
本発明に用いる重合性モノマーとしては公知のモノマーが制限なく使用され、単官能モノマー化合物としては、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、メトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、テトラフルフリル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリロイロオキシエチルアシッドホスフェートなどのエステル化合物、スチレン、α−メシチレンなどのスチレン系化合物、γ−(メタ)アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−(メタ)アクリロキシプロピルトリエトキシシランなどのシラン化合物、2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル(メタ)アクリレート、N−メチロール(メタ)アクリルアミドなどの窒素含有化合物、トリフルオロエチル(メタ)アクリレート、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル(メタ)アクリレートなどのフッ素含有化合物、ポリマーの主鎖がシリコーン成分であり片末端が(メタ)アクリレート基で修飾された重合性シリコーン化合物が挙げられる。
【0025】
また、二官能モノマー化合物としては、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,3−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、2,2−ビス((メタ)アクリロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス[4−(3−(メタ)アクリロキシ)−2−ヒドロキシプロポキシフェニル]プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシトリエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシテトラエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシペンタエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシプロポキシフェニル)プロパン、2(4−(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)−2(4−(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)プロパン、2(4−(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)−2(4−(メタ)アクリロキシトリエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシプロポキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシイソプロポキシフェニル)プロパン、2(4−(メタ)アクリロキシジプロポキシフェニル)−2(4−(メタ)アクリロキシトリエトキシフェニル)プロパンなどが挙げられる。
【0026】
また、重合性官能基を3個以上有する多官能モノマー化合物の例としては、ポリエチレン性不飽和カルバモイルイソシアヌレートを含む重合性多官能アクリレート;フェニルグリシジルエーテルアクリレートヘキサメチレンジイソシアネートウレタンプレポリマー、フェニルグリシジルエーテルトルエンジイソシアネートウレタンプレポリマー、ペンタエリスリトールトリアクリレートトルエンジイソシアネートウレタンプレポリマーおよびペンタエリスリトールトリアクリレートイソホロンジイソシアネートウレタンプレポリマーなどのウレタン結合を有する重合性多官能アクリレート;ジトリメチロールプロパンテトラアクリレート、エトキシ化ペンタエリスリトールテトラアクリレート、プロポキシ化ペンタエリスリトールテトラアクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールペンタ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート、トリメチルプロパントリ(メタ)クレートなどが挙げられる。
【0027】
しかし、本発明において単官能および二官能の重合性モノマーのみを用いた場合は、薄層表面硬化性に劣る傾向がある。この問題は多官能の重合性モノマーを使用することで解決される。多官能の重合性モノマーとしては、安定性などが優れているジペンタエリスリトールヘキサアクリレートが好ましい。
【0028】
また、本発明のような光重合型の歯科用組成物においては、硬化物の色調が黄色味を帯びるという問題がある。特に、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物を重合開始剤として用いた場合に黄色味が顕著に表れる。
【0029】
そこで、ある一定以上の分子鎖を持つ二官能の重合性モノマーを使用することが、硬化物の色調変化抑制に有効であることを見出した。
【0030】
つまり、本発明の歯科用組成物においては、一般式(I):
【0031】
【化2】

(式中、RおよびRはそれぞれ独立して水素またはメチル基、Xは1種または2種以上の炭素数が2〜10のアルキレンオキサイド基および/またはその誘導体基からなる繰り返し単位であって、繰り返し単位数が5〜50の基である)で表される化合物を配合することにより、硬化前後の色調変化を少なくすることができる。
【0032】
この中でも特にX部にエチレンオキサイド基のみからなる繰り返し単位を有し、且つ繰り返し単位数9以上の化合物を用いることが好ましい。ただし、繰り返し単位が多くなりすぎると硬化物の剛直さが失われていくため、繰り返し単位数は9〜50、さらに好ましくは9〜23にするのが好ましい。
【0033】
さらに、本発明の歯科組成物には、用途によってフィラー(充填材)を適宜含有させる。
【0034】
フィラーとしては、無機物または有機物およびこれらの複合体が用いられ、無機系フィラーの例としてはソーダガラス、リチウムボロシリケートガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス、亜鉛ガラス、フルオロアルミナムボロシリケートガラス、ホウ珪酸ガラス、結晶石英、溶融シリカ、合成シリカ、アルミナシリケート、無定形シリカ、ガラスセラミックまたはこれらの混合物などが挙げられる。無機系フィラーの粒径は特に制限はないが、組成物の目的とする使用用途により数nm〜数十μmまでの粒子径のフィラーが選定される。上記無機系フィラーは、従来公知の表面処理をしておくのが好ましい。表面処理剤の例としては、シラン化合物、例えばビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリ(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシランなどが挙げられる。有機系フィラーとしては、前述の重合性モノマーの重合体粉末や重合性モノマーに無機フィラーを分散、重合させた複合体の粉末(複合フィラー)も使用することができる。
【0035】
さらに、本発明における光重合性歯科用組成物には、所望により重合禁止剤、紫外線吸収剤、顔料および溶剤を添加することができる。
重合禁止剤としてはハイドロキノン、ハイドロキノンモノメチルエーテル、ブチル化ヒドロキシトルエンなどが挙げられるが、その中でもハイドロキノンモノメチルエーテルおよびブチル化ヒドロキシトルエンが好ましい。
また、溶剤としては、水、エタノール、i−プロパノール、アセトン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、酢酸エチル、酢酸ブチルなどが挙げられる。
【0036】
本発明は可視光照射により硬化する光重合型の歯科用組成物およびそれに用いる光重合開始剤に関するもので、さらに詳しくは硬化前後における色調変化が少なく、かつ、幅広い波長の光において硬化可能な歯科用組成物である。本発明の組成物は、充填材、接着材、表面被覆材、歯冠用修復材、セメントなどに用いられる。
【0037】
上記の通り、様々な歯科材料分野に応用することが可能であるが、薄層(0.2mm以下)で使用した場合の硬化特性に優れることから、低粘度ペースト型の組成物に特に適している。低粘度組成物は筆やブラシ或いは探針などで操作されるが、これらの操作に適した粘度特性として、23℃におけるプレートプレート系粘度測定(ギャップ0.500mm)、開始応力1.00E+1で測定した周波数掃引7〜1Hz時において2〜8Pa・Sの粘度、および、周波数7〜1Hzにおいて粘度の最小値と最大値の比が1.1以上のチクソトロピー性を有するものが最も好適である。
【実施例】
【0038】
次に実施例および比較例を挙げて本発明を具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0039】
本発明の実施例に使用した化合物の略号を以下に示す。
CQ:dl−カンファーキノン
APO:2,4,6−トリメチルベンゾイル−ジフェニルホスフィンオキサイド
DMBE:4−ジメチルアミノ安息香酸エチル
DPH:ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート
UDMA:ジメタクリロキシエチル−2,2,4−トリメチルヘキサメチレンジウレタン
14G:テトラデカンエチレングリコールジメタクリレート(繰り返し単位数n=14)
9G:ノナエチレングリコールジメタクリレート(繰り返し単位数n=9)
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート(繰り返し単位数n=3)
R−8200:アエロジルR−8200(日本アエロジル社製)
【0040】
本発明の実施例に使用した材料評価方法を下記に示す。
薄層表面硬化性評価
調製した各種光硬化性組成物を練板紙上に1滴採取し、筆で薄く(厚さ約0.1mm)拡げた。各種光重合器で光照射し、手感により薄層表面硬化性を確認した。2種の歯科用光照射器は、ハロゲンランプ照射器(Hal)はソリディライト[株式会社松風社製](1分間照射)、LED照射器(LED)としてSPEKTRA LED[シュッツデンタル社製] (2分間照射)を使用した。
◎:表面の未反応モノマー量が極めて少なく、極めて高い薄層表面硬化性を示す。
○:表面の未反応モノマー量が少なく、高い薄層表面硬化性を示す。
×:表面の未反応モノマー量が認められ、低い薄層表面硬化性を示す。
【0041】
硬化前後の色差の測定
調製した各種光硬化性組成物をステンレス製リング(内径15mm、厚さ0.5mm)内に入れ、2枚のカバーガラスで上下方向から圧接し、分光測色計CM−2002(コニカミノルタ社製)により測色(L*a*b*表色系)し、硬化前の色調とした。次に、光重合器(ソリディライト、株式会社松風社製)で表裏両面1分間ずつ光照射した後測色を行った。硬化前と硬化後の色差ΔE*およびΔb*を算出した。ΔE*とΔb*は以下のように算出される。
【0042】
【数1】

【0043】
可使時間の測定
ISO10477に従い、キセノンランプに色温度変換フィルタを挿入した光源を使用し、測定方法もISO規格に準じて実施した。スライドガラス上に試料を約30mg採取し、光源下でゲル化するまでの時間を測定した。
【0044】
本発明の歯科用組成物の実施例および比較例を表1に示す。2種の歯科用光重合器による試験結果も同表に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
表1の結果より、本発明の光増感剤としてアミン化合物を実質的に含まず、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物0.01〜10重量部、α−ジケトン化合物0.01〜10重量部、および重合性モノマーを含む可視光重合性歯科用組成物(実施例1〜4)では、Hal、LED歯科用照射器の双方で優れた薄層表面硬化性を示し、また、硬化前後の色調変化も少ないことを示した。さらに、可使時間においてもISO規格値を満足する良好な結果となった。
【0047】
ペーストの降伏粘度およびチクソトロピー指数の測定方法はレオロジカ社製ストレステックレオメーターを使用した。
測定条件を以下に記載する。
1)試料間隙が0.500mmとなるように平板−平板治具をセットする。
2)測定環境を温度23℃、大気圧下とする。
3)開始応力は1.00E+1Paで測定する。
4)周波数10〜1[Hz]における粘度を測定する。
5)横軸に周波数、縦軸に粘度を対数プロットし、粘度の最大値を最小値で除したものをチクソトロピー比としその比が1.1以上でチクソトロピー性があると判定する。
【0048】
実施例5として、DPH 70重量部、14G 30重量部、APO 4重量部、CQ 0.4重量部、R−8200 7.5重量部より成る組成物を作製した。特性などは表2の通りである。
【0049】
【表2】

粘度測定の結果を対数プロットした数値を表3に、グラフを図1に示す。
【0050】
【表3】

【0051】
図1の結果より、本発明よりなる可視光重合性歯科用組成物(実施例5)は、筆などで塗布するのに優れているチクソトロピー型の低粘度性を持つことが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の組成物の粘度測定の結果を対数プロットしたグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光増感剤としてアミン化合物を実質的に含まず、(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物0.01〜10重量部、α−ジケトン化合物0.01〜10重量部、および重合性モノマー100重量部を含むことを特徴とする可視光重合性歯科用組成物。
【請求項2】
(ビス)アシルホスフィンオキサイド化合物が2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイドであることを特徴とする請求項1に記載の可視光重合性歯科用組成物。
【請求項3】
α−ジケトン化合物がカンファーキノンであることを特徴とする請求項1または2に記載の可視光重合性歯科用組成物。
【請求項4】
重合性モノマーとしてジペンタエリスリトールヘキサアクリレートを含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の可視光重合性歯科用組成物。
【請求項5】
重合性モノマーとして、一般式(I):
【化1】

(式中、RおよびRはそれぞれ独立して水素またはメチル基、Xは1種または2種以上の炭素数が2〜10のアルキレンオキサイド基および/またはその誘導体基からなる繰り返し単位であって、繰り返し単位数n=5〜50の基である)で表される化合物を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の可視光重合性歯科用組成物。
【請求項6】
一般式(I)中のXがエチレンオキサイド基のみからなる繰り返し単位であって、繰り返し単位数が9〜23であることを特徴とする請求項5に記載の可視光重合性歯科用組成物。
【請求項7】
一般式(I)で表される重合性モノマーを、重合性モノマーの全量に対して5〜90重量部含むことを特徴とする請求項5または6に記載の可視光重合性歯科用組成物。
【請求項8】
さらに、無機またはは有機フィラーの少なくとも1種類を0.1〜90重量部含有することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1に記載の可視光重合性歯科用組成物。
【請求項9】
23℃におけるプレートプレート系粘度測定(ギャップ0.500mm)、開始応力1.00E+1Paで測定した周波数掃引7〜1Hz時において2〜8Pa・Sの粘度、および、周波数7〜1Hzにおいて粘度の最小値と最大値の比が1.1以上のチクソトロピー性を有することを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の可視光重合性歯科用組成物。

【図1】
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【公開番号】特開2009−209078(P2009−209078A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−52962(P2008−52962)
【出願日】平成20年3月4日(2008.3.4)
【出願人】(390011143)株式会社松風 (125)
【Fターム(参考)】