説明

磁化率の計測方法

【課題】簡単な方法で磁化率を測定する。
【解決手段】常磁性または反磁性の測定対象試料を、該試料を溶解せず、かつ、該試料と密度差のある常磁性または反磁性の液体(但し測定対象試料が反磁性の場合には液体は常磁性である)中に入れ、該測定対象試料及び該液体に印加する磁場を変化させて前記測定対象試料を液体中で浮遊もしくは沈降させ、前記試料が浮遊もしくは沈降するときの磁束密度を計測して磁気力を算出し、その値から測定対象試料の磁化率を計測する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁化率の計測方法に関し、詳しくは、磁気アルキメデス浮上を利用した磁化率の計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁化率とは磁場によって物質が磁化される程度の指標で、磁場に対する物質の応答を示す最も基本的な物性である。その符号が負であれば反磁性体、正であれば常磁性体で、反磁性体、常磁性体の磁化率は定数である。また強磁性体の磁化率は正で極めて大きな値をもち、この場合には磁場の大きさに応じて磁化率は変化する。
【0003】
磁化率を測定する場合、液体ならばグイ法(Gouy method)が極めて精度がよい実験方法
として確立されている。固体の場合の磁化率計測ではファラデー法(Faraday method)があるが、これは試料を正確な位置に固定する必要があり、実験が難しいという欠点がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、測定対象試料の磁化率を簡単に測定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の磁化率の計測方法に関する。
1. 常磁性または反磁性の測定対象試料を、該試料を溶解せず、かつ、該試料と密度差のある常磁性または反磁性の液体(但し測定対象試料が反磁性の場合には液体は常磁性である)中に入れ、該測定対象試料及び該液体に印加する磁場を変化させて前記測定対象試料を液体中で浮遊もしくは沈降させ、前記試料が浮遊もしくは沈降するときの磁束密度を計測して磁気力を算出し、その値から測定対象試料の磁化率を計測する方法。
2. 測定対象試料が固体である請求項1に記載の方法。
3. 測定対象試料が反磁性であり、液体が常磁性である請求項1または2に記載の方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、測定対象試料であるサンプルの磁化率を簡単に精度よく計測することができる。
【0007】
活性汚泥や環境中の汚染物質の除去に磁気分離が活用されており、種々の物質の磁化率が本発明により測定されれば、複数の材料の磁気分離をより効率的に行うことができる。
【0008】
磁化率が大きい試料や比重が大きい試料でも測定可能で、特にその場合はグイ法と同等以上の精度を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、容器内の常磁性または反磁性の液体中に測定対象試料を入れる。容器としては、磁場に実質的に影響しないものであれば特に限定されず、ガラス、プラスチックなどが挙げられる。内部の測定対象試料の移動(浮上または沈降、特に浮上)を観察するために、透明な容器が好ましい。
【0010】
本発明では、磁気アルキメデス浮上の原理を利用して測定試料に磁気力を次第に印加して移動(好ましくは浮上)を起こさせ、移動が起きたときの磁気力から、測定対象試料の
磁化率を算出する。
【0011】
磁気アルキメデス浮上では、測定対象試料を、それと異なる磁化率の雰囲気で閉じ込め、磁気力を印加し、該測定試料と雰囲気の双方に作用する磁気力を互いに反発させる。このことで磁気力の影響を増幅し、小さな磁気力場でも擬似無重力状態すなわち浮遊や浮上が起きる状態を簡便に創出するのが磁気アルキメデス法の特徴である。雰囲気が液体の場合は、測定試料と雰囲気間の密度差による浮力も浮上を助けるので、擬似無重力状態の創出が、雰囲気の助けを借りない場合に比べ、はるかに効率的になる。
【0012】
雰囲気液体は、常磁性、反磁性のいずれでもよいが、磁化率の絶対値が大きい常磁性液体の場合の方が磁場を印加したときの測定対象試料に働く力(好ましくは浮力)が大きくなるため好ましい。磁化率の絶対値が大きい常磁性液体としては、具体的にはガドリニウム塩の水溶液(塩化ガドリニウム水溶液、硝酸ガドリニウム水溶液)や、マンガン塩の水溶液(塩化マンガン水溶液)などが挙げられる。なお、反磁性物質は磁化率が小さいため、容器内の雰囲気を構成する液体(以下雰囲気液体と呼ぶ)と測定対象試料がともに反磁性の場合、本発明の方法は適用が難しいことが多い。従って、液体(常磁性)−試料(常磁性);液体(常磁性)−試料(反磁性);液体(反磁性)−試料(常磁性)の3つの組
み合わせのどれかの場合が本方法による磁化率測定には好適である。
【0013】
本発明の好ましい実施形態において、測定は磁気力が最大になる位置で行う。磁気力を発生させる装置(磁石)としては、永久磁石、電磁石、超伝導マグネットなどの任意の磁石を使用できるが、大きな磁気力を安定に発生させるためには、超伝導マグネットの使用が好適である。さらに均一な磁気力分布を実現するためには磁気力均一マグネットが好ましく使用できる。一般的な磁場発生方法はソレノイドタイプの超伝導マグネットを使用する方法である。この場合、磁気力最大点はマグネットボア中に2ヶ所あり、両者における
磁気力は互いに等大逆向きである。雰囲気液体が常磁性の場合は、測定は超伝導マグネットの中心より50〜120 mm上方(上方の磁気力最大点)で行われ、一方、雰囲気液体が反磁性の場合は、マグネット中心から50〜120 mm下方(下方の磁気力最大点)で測定を行う。測定位置に関しては、雰囲気液体の磁性が常磁性か反磁性かによってのみ決まり、測定対象試料の磁性には関係しない。また、本発明において試料の移動を観測する装置としては、測定対象試料の存在する位置において測定対象試料の浮上や沈降が検出可能なものであれば特に限定されず、例えば特開2004-053488に開示されている装置が好ましく例示され
る。超伝導マグネットの中心では磁気力が存在せず、中心から上下に離れ、磁束密度が場所的に不均一である場所で磁気力が発生するので、そのような場所で本発明を実行する。なお磁気力最大の位置は、実施に好ましい場所であるが、それ以外の場所でも磁気力が発生していれば本発明は実施できる。
【0014】
測定対象試料は、雰囲気液体(常磁性または反磁性)と区別して存在する限り特に限定されず、液体、固体、粘弾性体等の任意の性状のものが挙げられる。雰囲気液体に一部溶解したり、乳濁或いは懸濁する試料は使用可能ではあるが、好ましくはない。
【0015】
固体の測定対象試料としては、金属(単体、合金など)、プラスチック、コンクリート、ゴム、ガラス、セラミックなどの工業材料、天然素材(木材、皮革、羊毛、綿、麻、絹、骨、石、砂、土、貝、象牙など)、植物(果実、穀物、野菜、種子など)、動物(昆虫、単細胞動物)、などが挙げられる。
【0016】
粘弾性体としては、寒天、アルギン酸カルシウムなどのゲル、生物組織(筋肉、軟骨、細胞組織)などが挙げられる。
【0017】
液体としては、牛乳、クリーム、油滴、血液、動植物の組織液などが挙げられる。ただ
しこの場合、雰囲気液体は油脂、溶融塩、あるいはイオン液体のような、測定対象試料と化学反応したり、溶融したりしない液体を用いる必要がある。
【0018】
測定対象試料が液体の場合、雰囲気液体は親水性と親油性の違いを利用して混じり合わないようなものを選択することができる。イオン液体のようなものの利用も考えられる。液体が測定対象試料である場合、磁化率測定は前述のGouy法でも可能である。しかし親水性が高いあるいは粘度が大きい液体を測定する場合、Gouy法用の測定試験管を汚染しやすく洗浄に手間がかかったり、次の測定に悪影響を残したりして不都合な場合がある。またイオン液体やタンパク質試料のように調整が難しく少量しかサンプルを用意できない測定対象もある。このような場合でも、本方法によれば、雰囲気液体の中に極めて少量の混じり合わない測定対象試料を入れ、その動き(浮上あるいは沈降)を検出するだけで測定ができる。すなわち極めて簡便に磁化率の測定が可能である。
【0019】
液体と液体との組み合わせで本方法を実施した例としては、イオン液体と塩化ガドリニウム水溶液の組み合わせでは、磁場を印加しない場合、密度の大きいイオン液体が下相、塩化ガドリニウム水溶液は上相と二相に分離して存在する。これに上向き磁気力を印加すると、2.6ないし2.7Tの磁場でイオン液体が上相に、塩化ガドリニウム水溶液が下相に反転する。このときの磁束密度から磁気力を求めてイオン液体の磁化率も測定できた。その結果によると使用したイオン液体の磁化率の符号は負すなわち反磁性で、その絶対値は水の磁化率よりも小さいという結果になった。
【0020】
次に磁気力印加によって浮遊や浮上の状態が実現したことを観察し、その事実から磁化率を求めるための計算方法を詳述する。
【0021】
物体が擬似無重力状態すなわち浮遊や浮上の状態にあるとき、以下の釣り合いの式(1)
が成り立っている:
【0022】
【数1】

【0023】
(式中、測定対象試料の磁化率と密度は、各々χとρであり、周囲雰囲気液体の磁化率と密度はχとρである。B▽Bは磁気力の大きさを表す値としてよく用いられる物理量(磁気力場と呼ばれることがある)で磁束密度Bと磁場勾配▽Bの積で与えられる。μは真空の透磁率で μ =4π×10-7H/mである。)
この場合、測定対象試料の密度が既知で未知数が磁化率のみの場合は、式(1)のみで磁
化率が求められる。一方、測定対象試料の密度、磁化率が共に不明の場合は、式(1)のみ
では解を求めることができないので、新たな式と連立させる必要がある。そこで測定対象試料の、(A)密度が既知で磁化率のみ不明な場合と、(B) 密度、磁化率が共に不明の場合
の磁化率の計測方法について説明する。
(A) 密度が既知で磁化率のみ不明な場合
例えば、雰囲気として塩化ガドリニウム水溶液0.605 mol/kgを使用すると、密度はρs=
1.157×103 kg/m3、磁化率はχs = 1.875×10-7 m3/kg である。使用した測定対象試料
は純度99.5%の工業用材料のアルミニウム片である。アルミニウムの密度はρAl = 2.69
×103 kg/m3で既知とする。(1)式を変形すると以下のようになる。
【0024】
【数2】

【0025】
アルミニウム小片はB=4.80 T で浮上を視覚的に確認した。このとき超伝導マグネット
に付属の性能表からもとめたB▽Bは96.16 T2/m であった。(2)式からアルミニウム小片の磁化率を導出すると、χAl = 7.61×10-9 m3/kgとなった。一方、アルミニウムの磁化率
はχAl = 7.67×10-9 m3/kgであることは既に知られている。この結果から、アルミニウ
ムの磁化率は、とくに絶対値が小さくて求めにくいものの代表であるにも係わらず正しい符号で、かつ絶対値も1%以下の精度で測定可能であることが明らかになった。なお視覚的に浮上を確認することは明快であり、そのときの磁場の値も極めて精度よく決定できる。それに依存する本方法は精度の高い計測方法であるということができる。

(B)密度、磁化率が共に不明の場合
磁化率が未知の試料を、溶液濃度が異なる二種の溶液を雰囲気として磁気アルキメデス浮上を行い、浮上が起こる瞬間のB1, B2を測定する。B1▽B1, B2▽B2はマグネットの性能表から求められる。このとき溶液の磁化率と密度はそれぞれχs1, ρs1, χs2, ρs2と既知とする。すると未知数はχxとρxのみであるから以下の(3), (4)式の連立方程式で導出できる。
【0026】
使用した雰囲気は塩化ガドリニウム水溶液とし、濃度は0.605 mol/kg, 0.750 mol/kgで、密度はρs1 = 1.157×103kg/m3, ρs2 = 1.196×103kg/m3、磁化率はχs1 = 1.875×10-7m3/kg、χs2 = 2.346×10-7m3/kgであった。使用した測定対象試料は純度99.999%の銅である。磁場を印加したとき、0.605mol/kgの塩化ガドリニウム水溶液中で銅はB1=9.97 T
で浮上し、0.750mol/kgのときはB2=8.79 T で浮上が起こった。このときB1▽B1 = 414.88 T2/m, B2▽B2 = 322.48 T2/m であった。なお銅の密度と磁化率の文献値はρx = 8.93
×103kg/m3, χx = -1.081×10-9m3/kgである。
【0027】
【数3】

【0028】
(3)式より
【0029】
【数4】

【0030】
(4)式より
【0031】
【数5】

【0032】
(5)式を(6)式に代入
【0033】
【数6】

【0034】
これを左辺、右辺の最初のカッコをα,βという1文字で表して式を整理すると、
【0035】
【数7】

【0036】
(7)式中のα,βをもとの多項式にもどすと、以下のように磁化率が導出できる。
【0037】
【数8】

【0038】
(8)式を(5)式に代入することで密度も導出できる。
【0039】
【数9】

【0040】
計算の結果、本実験でもとめた磁化率と密度はそれぞれχx = -1.143×10-9m3/kg、ρx
= 8.799×103kg/m3であった。参考値よりも磁化率が5.78 %、密度が -1.47%の誤差を含
んでいたが、満足な精度で測定できたことが判った。
【0041】
カーボングラファイト(純度99.8%)でも同様の実験を行った。使用した雰囲気液体の
濃度は0.303mol/kg, 0.480 mol/kgの塩化ガドリニウム水溶液とし、密度はρs1 = 1.077
×103kg/m3, ρs2 = 1.124×103kg/m3、磁化率はχs1 = 8.937×10-8m3/kg, χs2= 1.469×10-7m3/kgであった。カーボングラファイトは0.303mol/kg、0.480 mol/kgの塩化ガドリニウム水溶液においてB1=3.04 T, B2=2.64 T で浮上した。このときB1▽B1 = 38.57 T2/m、B2▽B2 = 29.09 T2/m であった。
【0042】
測定の結果、カーボングラファイトの磁化率は -9.131×10-8m3/kg(誤差0.92 %)、密度は1.929×103 kg/m3(誤差-14.26%)となった。
【0043】
このように銅、カーボングラファイトでは精度よく磁化率を決定することができた

なお、ここでは磁気力の印加で沈んでいた測定対象試料を浮かせる方法を使ったが、密度が小さく浮いていた試料を、下向きの磁気力印加で沈めることにより、同じように磁化率や密度を求めることも可能である。
【0044】
更にまた磁気力を次第に印加していって密度差によって沈降(あるいは浮上)していた試料が移動(浮上あるいは沈降)するときの磁気力の値を求めるのが標準的な実施態様であるが、まず先に強い磁気力を印加しておいてから次第に磁気力を弱めていき、磁気力の影響がなくなるときの磁気力の値を求めることによっても、同様の結果が得られる。
【0045】
擬似無重力状態を実現する空間条件は、通常の超伝導マグネットを使用する場合、限りなく狭い領域である。この問題は均一磁気力マグネットを使用することによっても回避できるが、一方、通常の超伝導マグネットを使う場合には、磁気力の空間分布の不均一をできるだけ少なくするために、測定対象試料は小さなブロックにするか、グラファイトのような薄片にするなど、試料体積を小さくしてから使用することにより本発明の方法により更に精度のよい実施態様を与えることができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
常磁性または反磁性の測定対象試料を、該試料を溶解せず、かつ、該試料と密度差のある常磁性または反磁性の液体(但し測定対象試料が反磁性の場合には液体は常磁性である)中に入れ、該測定対象試料及び該液体に印加する磁場を変化させて前記測定対象試料を液体中で浮遊もしくは沈降させ、前記試料が浮遊もしくは沈降するときの磁束密度を計測して磁気力を算出し、その値から測定対象試料の磁化率を計測する方法。
【請求項2】
測定対象試料が固体である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
測定対象試料が反磁性であり、液体が常磁性である請求項1または2に記載の方法。

【公開番号】特開2007−78598(P2007−78598A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−269341(P2005−269341)
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】