説明

磁性膜へのイオン注入方法およびイオン注入装置

【課題】イオン注入により、イオン注入箇所の著しい磁気特性の低下を図る。
【解決手段】磁性膜へのイオン注入方法として、基板表面に、少なくとも磁性膜、当該磁性膜を保護する保護膜をその順に積層して成る磁気ディスクの製造工程において、磁性膜の一部にイオンを注入してその垂直磁化を低減する磁性膜へのイオン注入方法であって、磁性膜の面に立てた法線から45度以上60度以下の範囲内にある角度でイオンを注入する方法を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
基板表面に、少なくとも磁性膜、当該磁性膜を保護する保護膜をその順に積層して成る磁気ディスクの製造工程において、上記磁性膜の一部にイオンを注入して、その垂直磁化を低減する磁性膜へのイオン注入方法および当該イオン注入方法を実施するためのイオン注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ハードディスクドライブ(Hard Disk Drive: HDD)の面記録密度の上昇は著しく、面記録密度のさらなる向上が求められている。HDDの記録密度を上げるためには、例えば、トラック幅を縮小するという方法がある。トラック幅を縮小していくと、隣り合うトラック同士が干渉し、記録時において、隣接するトラックに情報が重ね書きされやすくなるという問題がある。かかる状況は、再生信号のS/N比を低下させ、エラーレートが多くなるという事態を招く。
【0003】
かかる問題に鑑みて、磁性膜にイオンを注入して、局所的に磁気特性を低下させるという方法が知られている(例えば、特許文献1を参照)。このイオン注入法によれば、イオンビームを照射した近傍で、局所的な発熱が生じ、その近傍において磁気特性が劣化する。この結果、隣接するトラックが磁気的に分離された状態となるので、隣接するトラック同士で干渉が生じにくくなり、エラーレートの低減を図ることができる。
【特許文献1】特表2002−501300号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上述のイオン注入法には、未だ解決すべき課題がある。従来のイオン注入法では、磁性膜に対して垂直にイオンを注入している。このため、イオンを注入した箇所において確かに磁気特性が低下するものの、著しく大きな低下は期待できなかった。
【0005】
そこで、本発明は、イオン注入により、イオン注入箇所の著しい磁気特性の低下を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明のイオン注入方法は、基板表面に、少なくとも磁性膜、当該磁性膜を保護する保護膜をその順に積層して成る磁気ディスクの製造工程において、磁性膜の一部にイオンを注入して、その注入領域における垂直磁化を低減する磁性膜へのイオン注入方法であって、磁性膜の面に立てた法線から45度以上60度以下の範囲内にある角度でイオンを注入する方法としている。このような方法を用いることにより、イオンを注入した領域の磁気特性を低下させ、高密度で磁気記録可能な磁気ディスクを製造することができる。
【0007】
また、別の本発明のイオン注入方法は、さらに、磁性膜をCoCrPt膜とし、保護膜をダイヤモンドライクカーボン膜とするようにしている。このため、より高密度で磁気記録可能な磁気ディスクを製造することができる。
【0008】
また、本発明のイオン注入装置は、基板表面に、少なくとも磁性膜、当該磁性膜を保護する保護膜をその順に積層して成る磁気ディスクの磁性膜の一部にイオンを注入して、その注入領域における垂直磁化を低減する装置であって、磁気ディスクを保持する保持手段と、磁気ディスクの少なくとも一方の面側に配置され、当該少なくとも一方の面にイオンを照射するためのイオン照射手段とを備え、イオン照射手段は、それ自身の位置を変化させ、あるいはイオンの照射角度を変化させ、磁性膜の面に立てた法線から45度以上60度以下の範囲内にある角度でイオンを注入するようにしている。このようなイオン注入装置を用いると、イオンを注入した領域の磁気特性を低下させ、高密度で磁気記録可能な磁気ディスクを製造することができる。
【0009】
また、本発明のイオン注入装置は、基板表面に、少なくとも磁性膜、当該磁性膜を保護する保護膜をその順に積層して成る磁気ディスクの磁性膜の一部にイオンを注入して、その注入領域における垂直磁化を低減する装置であって、磁気ディスクを保持する保持手段と、磁気ディスクの少なくとも一方の面側に配置され、当該少なくとも一方の面にイオンを照射するためのイオン照射手段とを備え、保持手段は、磁気ディスクの少なくとも一方の面に注入されるイオンの入射角を変えることができるように回動でき、イオン照射手段は、磁性膜の面に立てた法線から45度以上60度以下の範囲内にある角度でイオンを注入するようにしている。このようなイオン注入装置を用いると、イオンを注入した領域の磁気特性を低下させ、高密度で磁気記録可能な磁気ディスクを製造することができる。
【0010】
また、本発明のイオン注入装置は、さらに、磁気ディスクを自転させるための回転手段を備えるようにしている。このため、ディスクの面内にて磁気特性の低減領域のムラの少ない磁気ディスクを製造することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、イオン注入により、イオン注入箇所の著しい磁気特性の低下を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に係るイオン注入装置および磁性膜へのイオン注入方法の各実施の形態について説明する。
【0013】
(第1の実施の形態)
1.イオン注入装置
図1は、第1の実施の形態に係るイオン注入装置1の概略構成図である。
【0014】
イオン注入装置1は、その本体であるチャンバー6の内部を減圧雰囲気にして、磁気ディスクであるパターンマスク付き磁気ディスク2の非マスク領域にアルゴンイオンを注入するための装置である。なお、アルゴンイオン以外の取扱いの容易なガスイオンとして、例えば、Neイオン、Krイオン、Xeイオンもしくは酸素,窒素等を注入しても良い。パターンマスク付き磁気ディスク2は、イオン注入装置1のチャンバー6内において、保持手段としてのディスクホルダ3に固定される。ディスクホルダ3は、パターンマスク付き磁気ディスク2の周囲端部をその全周にわたって保持する形態を有し、当該周囲端部の一端に軸4を備えている。図1では、パターンマスク付き磁気ディスク2の周端部が示されている。
【0015】
軸4は、イオン注入装置1の上部から、垂直方向に挿脱可能に貫通されている。軸4の一端には、軸4より径の大きいツマミ7が固定されている。軸4を挿脱容易にするためである。軸4を貫通する部分のチャンバー6の外壁には、フランジ5が備えられている。また、そのフランジ5とチャンバー6の外壁との間には、軸4の周方向に軸が回転可能なゴムパッキン5aが備えられている。また、軸4とチャンバー6の壁との間には、真空グリース(不図示)が塗布されている。このため、チャンバー6内の減圧雰囲気を保持しながら、軸4をチャンバー6に対して挿脱することができる。
【0016】
チャンバー6の内部において、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面側には、イオン照射手段としてのイオン照射器8がそれぞれ1つずつ配置されている。各イオン照射器8は、パターンマスク付き磁気ディスク2の表面および裏面に、アルゴンイオンを照射できるように、イオン照射口を当該表面および裏面に向けて配置されている。各イオン照射器8は、軸4およびパターンマスク付き磁気ディスク2の両面を垂直に貫く軸の両方に対して垂直方向の軸9の周りに回動可能である。当該軸9を両矢印Aに示すように回転させると、各イオン照射器8を、図1中の一点鎖線および実線のように回動することができる。これにより、パターンマスク付き磁気ディスク2の表面および裏面にアルゴンイオンを照射させる際の入射角を変えることができる。
【0017】
また、両矢印Bに示すように、軸4をチャンバー6に対して挿脱させることにより、パターンマスク付き磁気ディスク2を、図1の上下方向に移動させることができる。これにより、パターンマスク付き磁気ディスク2へのアルゴンイオンの照射位置を変えることができる。チャンバー6には、配管10を経由して真空ポンプ11が接続されている。これにより、チャンバー6内を減圧にし、これを保持することができる。
【0018】
図2は、図1の左方向または右方向から見た図であり、ディスクホルダ3にパターンマスク付き磁気ディスク2をセットした状態を拡大して示す図である。
【0019】
この実施の形態では、パターンマスク付き磁気ディスク2の形状は円形である。ディスクホルダ3は、パターンマスク付き磁気ディスク2の全周端部のみに接し、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面を露出できるように、円形のリング形状を有している。ディスクホルダ3は、結合部16によって結合可能な反割り3aおよび反割り3bから構成されている。ディスクホルダ3は、軸15を中心に反割り3bを矢印Cに示すように回動させることによって開口することができ、その開口部分からパターンマスク付き磁気ディスク2をホルダ内に挿入することができる。
【0020】
反割り3a,3bは、その内面に溝17,17を有し、その溝17の表面にてパターンマスク付き磁気ディスク2の周端部と接している。反割り3a,3bの外側の面は、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面において外周部をわずかに覆うが、その覆う面積が非常に小さくなるように、ディスクホルダ3の溝17が非常に浅く形成されている。
【0021】
2.イオン注入方法
図3は、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面にアルゴンイオンが照射されている状態を模式的に示す図(断面図)である。図3では、パターンマスク付き磁気ディスク2の図中上および下方向に配置された各イオン照射器8(不図示)からアルゴンイオンが照射されている状態を示している。
【0022】
前述のように、軸9を回してイオン照射器8を回動させることにより、パターンマスク付き磁気ディスク2へのアルゴンイオンの入射角θを変えることができる。この実施の形態において、入射角θは、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面を垂直に貫く軸(図中の点線で示す軸)とアルゴンイオンの照射方向との間のなす角度である。
【0023】
図4は、図3に示す領域Dの部分を拡大して模式的に示す断面図である。
【0024】
パターンマスク付き磁気ディスク2は、両面に磁気記録可能な構造を有する。パターンマスク付き磁気ディスク2は、基板20の各面からそれぞれ外側に向って、下地膜21、シード膜22、シード膜23、磁性膜24および保護膜25を順に積層した構造を有する。保護膜25の外側には、樹脂からなるパターンマスク26が形成され、アルゴンイオンを照射する領域を露出させ、その他の領域をマスクするようにしている。
【0025】
基板20は、好適には、ガラスあるいはアルミニウムから成る。下地膜21は、好適には、15〜25nmの層である。シード膜22は、好適には、3〜10nmの層であり、Taから成る。シード膜23は、好適には、シード膜22よりも厚く、5〜15nmの層であり、Ruから成る。磁性膜24は、磁気記録層であり、好適には、5〜30nmの層であり、CoCr系合金、より好ましくはCoCrPt合金から成る。保護膜25は、好適には、2〜7nmの層であり、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜である。下地膜21、シード膜22,23、磁性膜24および保護膜25は、好適には、物理蒸着法の一つであるスパッタ法にて形成されるが、CVD法により形成しても良い。
【0026】
パターンマスク26は、感光性樹脂(フォトレジスト)から成り、ネガ型であるとポジ型であるを問わない。パターンマスク26は、好適には、30〜70nmの厚さを有する。
【0027】
アルゴンイオンを保護膜25に入射すると、保護膜25内にて多重衝突を繰り返したアルゴンイオンおよび保護膜25を構成する原子等が磁性膜24内に入射し、磁性膜24の垂直磁化が低下する。この結果、隣接するトラックが磁気的に分離された状態となり、隣接するトラック同士で干渉が生じにくくなるため、エラーレートの低減を図ることができる。アルゴンイオンの入射角θは、45度以上60度以下の範囲内にある角度のときに、磁性膜の垂直磁化の低減効果が大きい。
【0028】
(第2の実施の形態)
【0029】
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。
【0030】
1.イオン注入装置
図5は、第2の実施の形態に係るイオン注入装置1の概略構成図である。
【0031】
イオン注入装置1は、その本体であるチャンバー6の内部を減圧雰囲気にして、磁気ディスクであるパターンマスク付き磁気ディスク2の非マスク領域にアルゴンイオンを注入するための装置である。なお、アルゴンイオン以外の不活性ガスイオンとして、例えば、Neイオン、KrイオンあるいはXeイオン等を注入しても良い。パターンマスク付き磁気ディスク2は、イオン注入装置1のチャンバー6内において、その両面の中央部に吸着可能な保持手段としての固定部材30,30を介して、保持手段および回転手段としての回転軸31,31と接続される。回転軸31,31は、回転手段であるモータ32,32にそれぞれ連結されている。モータ32を回転させると、回転軸31が図中の矢印Eに示すように回転する。パターンマスク付き磁気ディスク2は、回転軸31の回転力を受けて、回転軸31と同方向に回転する。なお、2つのモータ32は、全く同じ回転数および同じ方向に回転する。
【0032】
チャンバー6の内部において、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面側には、イオン照射手段としてのイオン照射器8がそれぞれ1つずつ配置されている。各イオン照射器8は、パターンマスク付き磁気ディスク2の表面および裏面に、アルゴンイオンを照射できるように、イオン照射口を当該表面および裏面に向けて配置されている。各イオン照射器8は、図5の紙面表側から裏側の方向に伸びる軸9の周りに回動可能である。当該軸9を両矢印Aに示すように回転させると、各イオン照射器8を、図5中の一点鎖線および実線のように回動することができる。これにより、パターンマスク付き磁気ディスク2の表面および裏面にアルゴンイオンを照射させる際の入射角θを変えることができる。この実施の形態においても、第1の実施の形態と同様、入射角θは、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面を垂直に貫く軸とアルゴンイオンの照射方向との間のなす角度である。また、チャンバー6には、配管10を経由して真空ポンプ11が接続されている。これにより、チャンバー6内を減圧にし、これを保持することができる。
【0033】
2.イオン注入方法
第2の実施の形態に係るイオン注入方法は、第1の実施の形態に係るイオン注入方法と異なり、パターンマスク付き磁気ディスク2を自転させて、アルゴンイオンを照射させている。パターンマスク付き磁気ディスク2の少なくとも周方向(好ましくは面内)において、垂直磁化の低下度合いをできるだけ均一にするためである。この点以外については、第2の実施の形態に係るイオン注入方法は、第1の実施の形態に係るイオン注入方法と共通する。このため、図3および図4、これらの図面に基づく説明については、第2の実施の形態においても同様である。
【0034】
アルゴンイオンを、図4に示す保護膜25に入射すると、保護膜25内にて多重衝突を繰り返したアルゴンイオンおよび保護膜25を構成する原子等が磁性膜24内に入射し、磁性膜24の垂直磁化が低下する。この結果、隣接するトラックが磁気的に分離された状態となり、隣接するトラック同士で干渉が生じにくくなるため、エラーレートの低減を図ることができる。アルゴンイオンの入射角θは、45度以上60度以下の範囲内にある角度のときに、磁性膜の垂直磁化の低減効果が大きい。
【0035】
(第3の実施の形態)
【0036】
次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。
【0037】
1.イオン注入装置
図6は、第3の実施の形態に係るイオン注入装置1の概略構成図である。
【0038】
イオン注入装置1は、その本体であるチャンバー6の内部を減圧雰囲気にして、磁気ディスクであるパターンマスク付き磁気ディスク2の非マスク領域にアルゴンイオンを注入するための装置である。なお、アルゴンイオン以外のガスイオンとして、例えば、Neイオン、KrイオンあるいはXeイオン等を注入しても良い。図6の両矢印Fに示すように、パターンマスク付き磁気ディスク2は、イオン注入装置1のチャンバー6内において、図6の紙面表側から裏側に向う方向に伸びる軸40を中心に回動可能である。具体的には、保持手段としての軸40が紙面表側からパターンマスク付き磁気ディスク2の側端部に密着(例えば、吸着等の方法により)される。かかる構造により、軸40を所定角度に回動すると、図6の実線および一点鎖線で示すように、パターンマスク付き磁気ディスク2もその所定角度に回動させることができる。
【0039】
チャンバー6の内部において、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面側には、イオン照射手段としてのイオン照射器8がそれぞれ1つずつ配置されている。各イオン照射器8は、パターンマスク付き磁気ディスク2の表面および裏面にアルゴンイオンを照射できるように、イオン照射口を当該表面および裏面に向けて配置されている。各イオン照射器8は、チャンバー6内にて、パターンマスク付き磁気ディスク2を挟み直線方向に対向して固定配置されている。各イオン照射器8は、チャンバー6内にて固定されていても、軸40の回動角度の設定を変えることにより、アルゴンイオンの入射角θを自在に変更可能である。また、チャンバー6には、配管10を経由して真空ポンプ11が接続されている。これにより、チャンバー6内を減圧にし、これを保持することができる。
【0040】
2.イオン注入方法
第3の実施の形態に係るイオン注入方法は、第1の実施の形態に係るイオン注入方法と異なり、パターンマスク付き磁気ディスク2の回動角度を自在に設定できるようにすると共に、イオン照射器8についてはチャンバー6内に固定するようにしている。しかし、この相違は、パターンマスク付き磁気ディスク2の角度を可変にするか、あるいはイオン照射器8の角度を可変にするかの違いに過ぎず、パターンマスク付き磁気ディスク2とイオン照射器8との間の角度を可変にしている点では、両実施の形態は共通している。したがって、図3および図4、これらの図面に基づく説明については、第3の実施の形態においても同様である。
【0041】
アルゴンイオンを、図4に示す保護膜25に入射すると、保護膜25内にて多重衝突を繰り返したアルゴンイオンおよび保護膜25を構成する原子等が磁性膜24内に入射し、磁性膜24の垂直磁化が低下する。この結果、隣接するトラックが磁気的に分離された状態となり、隣接するトラック同士で干渉が生じにくくなるため、エラーレートの低減を図ることができる。アルゴンイオンの入射角θは、45度以上60度以下の範囲内にある角度のときに、磁性膜の垂直磁化の低減効果が大きい。
【0042】
以上、本発明の好適な各実施の形態について説明したが、本発明は、上述の各実施の形態に限定されることなく、種々変形実施可能である。
【0043】
例えば、上述の各実施の形態では、パターンマスク付き磁気ディスク2の両面にイオンを注入しているが、片面にイオンを注入しても良い。また、パターンマスク付き磁気ディスク2は、少なくとも磁性膜24とその外側の面に保護膜25を有するディスクであれば良く、下地膜21あるいはシード膜22,23が無くても良い。磁性膜24は、好適には、CoCrPt膜であるが、それ以外の種類の膜であっても良い。例えば、CoCrPtSiO、金属人工格子垂直多層膜を採用しても良い。また、保護膜25は、好適には、ダイヤモンドライクカーボン膜であるが、それ以外の種類の膜であっても良い。例えば、グラファイトの膜を採用しても良い。
【0044】
また、磁気ディスクを保持する保持手段は、磁気ディスクを装置内にて保持できる機能を有する限り、どのような形態であっても良い。また、イオン照射手段は、それ自身の回動機構の有無を問わず、イオンビームを曲げる機能を有していても良い。これにより、イオンビームの入射角を変更する場合に、イオン照射手段自身を回動しなくても、イオンビームを曲げることで対応できる。さらに、イオン照射手段は、一軸方向に回動できるものでなくも、二軸方向あるいは三軸方向に回動自在にできるものであっても良い。さらには、イオン照射手段は、イオン回動以外に、1〜3方向に向かって直線的に移動できるようにしても良い。
【実施例】
【0045】
次に、本発明の実施例について説明する。
【0046】
1.評価用のサンプル
図7に、実施例に用いた評価用のディスクの断面構造を模式的に示す。
【0047】
この評価用のディスクは、市販のHDD用の磁気記録ディスクに用いられるガラス基板(以後、単に「基板」という)に、厚さ5nmのTa膜、厚さ10nmのRu膜、厚さ20nmのCoCrPt膜、厚さ3nmのTa膜の順に積層した複合積層ディスクである。基板に近いTa膜とその次のRu膜は、シード膜である。CoCrPt膜は、記録層である。最外面のTa膜は、簡易的な耐酸化保護膜である。評価用のディスクは、基板上に上記膜を順にDCマグネトロンスパッタ法にて積層して作製した。
【0048】
2.イオン注入方法
イオン注入装置には、先に説明した第3の実施の形態に示すイオン注入装置を用いた。
当該イオン注入装置のチャンバー内に、上述の評価用のディスクをセットし、減圧にした。真空度が10−3Paとなったことを確認した後、イオン照射器から照射されるイオンビームと評価用のディスクの表面(保護膜側の表面)との角度(入射角θ)を設定した。その後、イオン照射器からイオンビームを評価用のディスクの表面(保護膜側の表面)に向けて放射した。θは、0、5、15、30、45および60度の6段階に変化させて設定した。
【0049】
図8は、イオンビームのエネルギー調整を説明するための図である。
【0050】
イオンビームのエネルギー(イオンエネルギー:E(keV))は、θを大きくすると、記録層内の目標侵入深さに到達するイオン数が少なくなる。例えば、θ=0度の場合には、目標侵入深さ(Xnm)とそこに至るまでの通過距離とは等しい(図8の右側を参照)。一方、0<θ<90の範囲では、θが大きくなるに従って、目標侵入深さ(Xnm)に至るまでの通過距離(Ynm)は、Xnmよりも長くなる(図8の左側を参照)。このため、θが異なっても目標侵入深さに到達するイオン数がほぼ同程度となるように、特にθが30度以上の条件において、θの大きさに応じてイオンエネルギーを大きくした。
【0051】
具体的には、表1に示すように、ドーズ(ions/cm)が5.0E+15(=5.0×1015)となるように、θが15度までは24.5keVとし、θが30、45および60度のときに、イオンエネルギーE(keV)をそれぞれ27.5、35.0および51.5keVとした。
【0052】
【表1】

【0053】
イオンビームを400〜700秒間照射した後、イオンビームの放射を停止した。その後、アルゴンイオンをチャンバー内に流入させ、減圧を常圧に戻し、チャンバーを開放した。解放後、評価用のディスクを取り出し、磁気特性の評価に供した。
【0054】
3.評価方法
評価用のサンプルは、上記評価用のディスクから10mm角に切り出した正方形の板とした。10mm角に切り出した試料は、VSM(振動試料型磁力計:理研電子製(Model:BHV−30)によりプラスマイナス5kOeの範囲にてMs(磁気モーメント)を測定した。
【0055】
図9は、θを変化した際のH−Ms曲線の変化を示すグラフである。また、図10は、θを変化した際の単位ドーズ当たりのMsの変化を示すグラフである。
【0056】
図9に示すグラフから明らかなように、θを大きくすると、θ=0度に比べてHcもMsも大きく低下することがわかった。θを大きくしてもHcに大きな変化は見られないが、Msは、θ=45度以上になると大きく低下した。この現象は、図10のグラフで顕著である。θ=30度までは、単位ドーズ当たりのMsは緩やかに上昇しているが、θが45、60度になると、単位ドーズ当たりのMsが大きく上昇していることがわかる。この現象より、θが45〜60度の範囲でディスクにイオンを注入することにより、イオン注入による磁気特性の大幅な低減効果を期待できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明に係る磁性膜へのイオン注入方法およびイオン注入装置は、高密度の磁気ディスクの製造に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係るイオン注入装置の概略構成図である。
【図2】図1に示すパターンマスク付き磁気ディスクをその左方向またはその右方向から見た図であり、ディスクホルダにパターンマスク付き磁気ディスクをセットした状態を拡大して示す図である。
【図3】図1に示すパターンマスク付き磁気ディスクの両面にアルゴンイオンが照射されている状態を模式的に示す断面図である。
【図4】図3に示す領域Dの部分を拡大して模式的に示す断面図である。
【図5】本発明の第2の実施の形態に係るイオン注入装置の概略構成図である。
【図6】本発明の第3の実施の形態に係るイオン注入装置の概略構成図である。
【図7】本発明の実施例に用いた評価用のディスクの断面構造を模式的に示す。
【図8】本発明の実施例において、イオンビームのエネルギー調整を説明するための図である。
【図9】本発明の実施例において、θを変化した際のH−Ms曲線の変化を示すグラフである。
【図10】本発明の実施例において、θを変化した際の単位ドーズ当たりのMsの変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0059】
1 イオン注入装置
2 パターンマスク付き磁気ディスク(磁気ディスク)
3 ディスクホルダ(保持手段)
8 イオン照射器(イオン照射手段)
20 基板
24 磁性膜(CoCrPt膜)
25 保護膜(ダイヤモンドライクカーボン膜)
30 固定部材(保持手段)
31 回転軸(保持手段、回転手段)
32 モータ(回転手段)
40 軸(保持手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板表面に、少なくとも磁性膜、当該磁性膜を保護する保護膜をその順に積層して成る磁気ディスクの製造工程において、上記磁性膜の一部にイオンを注入して、その注入領域における垂直磁化を低減する磁性膜へのイオン注入方法であって、
上記磁性膜の面に立てた法線から45度以上60度以下の範囲内にある角度でイオンを注入することを特徴とする磁性膜へのイオン注入方法。
【請求項2】
前記磁性膜は、CoCrPt膜であり、
前記保護膜は、ダイヤモンドライクカーボン膜であることを特徴とする請求項1に記載の磁性膜へのイオン注入方法。
【請求項3】
基板表面に、少なくとも磁性膜、当該磁性膜を保護する保護膜をその順に積層して成る磁気ディスクの上記磁性膜の一部にイオンを注入して、その注入領域における垂直磁化を低減するイオン注入装置であって、
上記磁気ディスクを保持する保持手段と、
上記磁気ディスクの少なくとも一方の面側に配置され、上記少なくとも一方の面にイオンを照射するためのイオン照射手段と、
を備え、
上記イオン照射手段は、それ自身の位置を変化させ、あるいはイオンの照射角度を変化させ、上記磁性膜の面に立てた法線から45度以上60度以下の範囲内にある角度でイオンを注入することを特徴とするイオン注入装置。
【請求項4】
基板表面に、少なくとも磁性膜、当該磁性膜を保護する保護膜をその順に積層して成る磁気ディスクの上記磁性膜の一部にイオンを注入して、その注入領域における垂直磁化を低減するイオン注入装置であって、
上記磁気ディスクを保持する保持手段と、
上記磁気ディスクの少なくとも一方の面側に配置され、上記少なくとも一方の面にイオンを照射するためのイオン照射手段と、
を備え、
上記保持手段は、上記磁気ディスクの上記少なくとも一方の面に注入されるイオンの入射角を変えることができるように回動でき、
上記イオン照射手段は、上記磁性膜の面に立てた法線から45度以上60度以下の範囲内にある角度でイオンを注入することを特徴とするイオン注入装置。
【請求項5】
前記磁気ディスクを自転させるための回転手段を、さらに備えることを特徴とする請求項3または4に記載のイオン注入装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−170062(P2009−170062A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−10153(P2008−10153)
【出願日】平成20年1月21日(2008.1.21)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】