説明

磁気ディスク用潤滑剤化合物、磁気ディスク及びその製造方法

【課題】磁気スペーシングのより一層の低減を実現することができ、しかも磁気ディスクの耐久性、特にLUL耐久性及びアルミナ耐性に優れ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスクを提供する。
【解決手段】基板上に少なくとも磁性層と炭素系保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクであって、前記潤滑層は、構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の末端を除く位置に芳香族基を有するとともに、分子の末端には極性基を有する化合物からなる磁気ディスク用潤滑剤化合物を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はハードディスクドライブ(以下、HDDと略記する)などの磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスク及びその製造方法、並びに磁気ディスク用潤滑剤化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の情報処理の大容量化に伴い、各種の情報記録技術が開発されている。特に磁気記録技術を用いたHDDの面記録密度は年率100%程度の割合で増加し続けている。最近では、HDD等に用いられる2.5インチ径磁気ディスクにして、1枚当り250Gバイトを超える情報記録容量が求められるようになってきており、このような所要に応えるためには1平方インチ当り400Gビットを超える情報記録密度を実現することが求められる。HDD等に用いられる磁気ディスクにおいて高記録密度を達成するためには、情報信号の記録を担う磁気記録層を構成する磁性結晶粒子を微細化すると共に、その層厚を低減していく必要があった。ところが、従来より商業化されている面内磁気記録方式(長手磁気記録方式、水平磁気記録方式とも呼称される)の磁気ディスクの場合、磁性結晶粒子の微細化が進展した結果、超常磁性現象により記録信号の熱的安定性が損なわれ、記録信号が消失してしまう、熱揺らぎ現象が発生するようになり、磁気ディスクの高記録密度化への阻害要因となっていた。
【0003】
この阻害要因を解決するために、近年、垂直磁気記録方式用の磁気記録媒体が提案されている。垂直磁気記録方式の場合では、面内磁気記録方式の場合とは異なり、磁気記録層の磁化容易軸は基板面に対して垂直方向に配向するよう調整されている。垂直磁気記録方式は面内記録方式に比べて、熱揺らぎ現象を抑制することができるので、高記録密度化に対して好適である。このような垂直磁気記録媒体としては、例えば特開2002-74648号公報に記載されたような、基板上に軟磁性体からなる軟磁性下地層と、硬磁性体からなる垂直磁気記録層を備える、いわゆる二層型垂直磁気記録ディスクが知られている。
【0004】
ところで、従来の磁気ディスクは、磁気ディスクの耐久性、信頼性を確保するために、基板上に形成された磁気記録層の上に、保護層と潤滑層を設けている。特に最表面に用いられる潤滑層は、長期安定性、化学物質耐性、摩擦特性、耐熱特性等の様々な特性が求められる。
【0005】
このような要求に対し、従来は磁気ディスク用潤滑剤として、分子中にヒドロキシル基を有するパーフルオロポリエーテル系潤滑剤が多く用いられてきた。例えば、特開昭62−66417号公報(特許文献1)などには、分子の両末端にヒドロキシル基を有するHOCH2CF2O(C2F4O)p(CF2O)qCF2CH2OHの構造をもつパーフルオロアルキルポリエーテル潤滑剤を塗布した磁気記録媒体などがよく知られている。潤滑剤の分子中にヒドロキシル基が存在すると、保護層とヒドロキシル基との相互作用により、潤滑剤の保護層への付着特性が得られることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭62−66417号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、最近のHDDでは400Gbit/inch以上の情報記録密度が要求されるようになってきたが、限られたディスク面積を有効に利用するために、HDDの起動停止機構が従来のCSS(ContactStart and Stop)方式に代えてLUL(Load Unload:ロードアンロード)方式のHDDが用いられるようになってきた。LUL方式では、HDDの停止時には、磁気ヘッドを磁気ディスクの外に位置するランプと呼ばれる傾斜台に退避させておき、起動動作時には磁気ディスクが回転開始した後に、磁気ヘッドをランプから磁気ディスク上に滑動させ、浮上飛行させて記録再生を行なう。停止動作時には磁気ヘッドを磁気ディスク外のランプに退避させたのち、磁気ディスクの回転を停止する。この一連の動作はLUL動作と呼ばれる。LUL方式のHDDに搭載される磁気ディスクでは、CSS方式のような磁気ヘッドとの接触摺動用領域(CSS領域)を設ける必要がなく、記録再生領域を拡大させることができ、高情報容量化にとって好ましいからである。
【0008】
このような状況の下で情報記録密度を向上させるためには、磁気ヘッドの浮上量を低減させることにより、スペーシングロスを限りなく低減する必要がある。1平方インチ当り400Gビット以上の情報記録密度を達成するためには、磁気ヘッドの浮上量は少なくとも5nm以下にする必要がある。LUL方式ではCSS方式と異なり、磁気ディスク面上にCSS用の凸凹形状を設ける必要が無く、磁気ディスク面上を極めて平滑化することが可能となる。よってLUL方式のHDDに搭載される磁気ディスクでは、CSS方式に比べて磁気ヘッド浮上量を一段と低下させることができるので、記録信号の高S/N比化を図ることができ、磁気ディスク装置の高記録容量化に資することができるという利点もある。
【0009】
最近のLUL方式の導入に伴う、磁気ヘッド浮上量の一段の低下により、5nm以下の超低浮上量においても、磁気ディスクが安定して動作することが求められるようになってきた。とりわけ上述したように、近年、磁気ディスクは面内磁気記録方式から垂直磁気記録方式に移行しており、磁気ディスクの大容量化、それに伴うフライングハイトの低下が強く要求されている。
【0010】
また最近では、磁気ディスク装置は、従来のパーソナルコンピュータの記憶装置としてだけでなく、携帯電話、カーナビゲーションシステムなどのモバイル用途にも多用されるようになってきており、使用される用途の多様化により、磁気ディスクに求められる環境耐性は非常に厳しいものになってきている。したがって、これらの状況に鑑みると、従来にもまして、磁気ディスクの耐久性や、潤滑層を構成する潤滑剤の耐久性などの更なる向上が急務となっている。
【0011】
また、近年の磁気ディスクの急速な情報記録密度向上に伴い、磁気ヘッドの浮上量の低下に加えて、磁気ヘッドと磁気ディスクの記録層間の磁気スペーシングのより一層の低減が求められており、磁気ヘッドと磁気ディスクの記録層の間に存在する潤滑層は、従来に増してより一層の薄膜化が必要となってきている。磁気ディスクの最表面の潤滑層に用いられる潤滑剤は、磁気ディスクの耐久性に大きな影響を及ぼすが、たとえ薄膜化しても、磁気ディスクにとって安定性、信頼性は不可欠である。
【0012】
ところで、従来は、上記潤滑剤の分子中にヒドロキシル基などの極性基が存在することにより、炭素系保護層と潤滑剤分子中のヒドロキシル基との相互作用により、潤滑剤の保護層への良好な付着性が得られるため、特に分子の両末端にヒドロキシル基を有するパーフルオロポリエーテル潤滑剤が好ましく用いられていた。
【0013】
ところが、従来の分子中に複数のヒドロキシル基などの極性基を有し極性の高い潤滑剤は、分子間相互作用もしくは極性基同士で引き付けあい、潤滑剤の凝集が生じやすい。このような凝集が生じた潤滑剤分子は嵩高く、膜厚を比較的厚めにしないと均一な膜厚の潤滑層が得られにくく、これでは磁気スペーシングの低減を達成できないという問題点がある。また、保護膜上の活性点に対して潤滑剤に過剰な極性基が存在すると、コンタミ等の誘引やヘッドへの潤滑剤移着を起こしやすい傾向がある。そのため、例えば5nm以下の超低浮上量の下で使用すると、HDDの故障の原因となる。
【0014】
また、近年の高記録密度化に伴う磁気ヘッドの浮上量が一段と低下したことにより、磁気ヘッドと磁気ディスク表面との接触、摩擦が頻発する可能性が高くなる。また、磁気ヘッドが接触した場合には磁気ディスク表面からすぐに離れずにしばらく摩擦摺動することがある。現在用いられている磁気ヘッドのスライダーにはアルミナ(Al)が含まれており、前記パーフルオロポリエーテル系潤滑剤の主鎖のCFO部分はアルミナ等のルイス酸によって分解が起こりやすいことが知られている。このため、磁気ディスクの表面に用いられているパーフルオロポリエーテル系潤滑剤は、磁気ヘッドとの接触等により、主鎖のCFO部分がアルミナによって分解され、潤滑層を構成する潤滑剤の低分子化が従来よりも促進され易くなっている。そして、この分解され低分子化した潤滑剤が磁気ヘッドに付着することで、データの読み込み、書き込みに支障を来たす可能性が懸念される。さらに、近い将来の磁気ヘッドと磁気ディスクとを接触させた状態でのデータの記録再生を考えたとき、常時接触による影響がさらに懸念される。また、潤滑層を構成する潤滑剤が低分子化すると潤滑性能が失われる。そして、潤滑特性を失った潤滑剤は、極狭な位置関係にある磁気ヘッドに移着堆積し、その結果、浮上姿勢が不安定となりフライスティクション障害を発生させるものと考えられる。特に、最近導入されてきたNPAB(負圧)スライダーを備える磁気ヘッドは、磁気ヘッド下面に発生する強い負圧により潤滑剤を吸引し易いので、移着堆積現象を促進していると考えられる。移着堆積した潤滑剤はフッ酸等の酸を生成する場合があり、磁気ヘッドの素子部を腐食させる場合がある。特に、磁気抵抗効果型素子を搭載する磁気ヘッドは腐食され易い。
【0015】
このように、潤滑層の長期安定性に優れ、近年の高記録密度化に伴う磁気スペーシングの低減や、磁気ヘッドの低浮上量のもとでの高信頼性を有する磁気ディスクの実現が求められ、さらには使用される用途の多様化などにより、磁気ディスクに求められる環境耐性は非常に厳しいものになってきているため、従来にもまして、潤滑層の薄膜化と同時に、磁気ディスクの耐久性に大きな影響を及ぼす潤滑層を構成する潤滑剤の耐久性、特にLUL耐久性やアルミナ耐性(アルミナによる潤滑剤の分解の抑制)などの特性のより一層の向上が求められている。
【0016】
本発明は、このような従来の情況に鑑みなされたもので、その目的とするところは、磁気スペーシングのより一層の低減を実現することができ、しかも磁気ディスクの耐久性、特にLUL耐久性及びアルミナ耐性に優れ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスク用潤滑剤化合物、該潤滑剤化合物を用いた磁気ディスク及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、磁気ディスクの耐久性に大きな影響を及ぼす潤滑剤について鋭意検討した結果、以下の発明により、前記課題が解決できることを見い出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
(構成1)
基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクの前記潤滑層に含有される潤滑剤化合物であって、該潤滑剤化合物は、構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の末端を除く位置に芳香族基を有するとともに、分子の末端には極性基を有する化合物からなることを特徴とする磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【0018】
(構成2)
前記化合物は、前記芳香族基の近傍にもさらに極性基を有する化合物であることを特徴とする構成1に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
(構成3)
前記化合物は、一分子中の極性基の数が7個以下であることを特徴とする構成1又は2に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【0019】
(構成4)
前記化合物は、前記極性基がヒドロキシル基であることを特徴とする構成1乃至3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【0020】
(構成5)
前記化合物の数平均分子量が、1000〜10000の範囲であることを特徴とする構成1乃至4のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
(構成6)
基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクであって、前記潤滑層は、構成1乃至5のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物を含有することを特徴とする磁気ディスク。
【0021】
(構成7)
前記保護層は、プラズマCVD法により成膜された炭素系保護層であることを特徴とする構成6に記載の磁気ディスク。
(構成8)
前記保護層は、前記潤滑層に接する側に窒素を含むことを特徴とする構成7に記載の磁気ディスク。
(構成9)
起動停止機構がロードアンロード方式の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクであることを特徴とする構成6乃至8のいずれか一項に記載の磁気ディスク。
【0022】
(構成10)
基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクの製造方法であって、構成1乃至5のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物を含む潤滑剤組成物を前記保護層上に成膜して前記潤滑層を形成することを特徴とする磁気ディスクの製造方法。
(構成11)
前記潤滑層を成膜した後に、前記磁気ディスクに対して紫外線照射を施す、あるいは紫外線照射と加熱処理の両方を施すことを特徴とする構成10に記載の磁気ディスクの製造方法。
【0023】
構成1に係る潤滑剤化合物は、構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の末端を除く位置に芳香族基を有するとともに、分子の末端には極性基を有する化合物からなる。このような潤滑剤化合物を磁気ディスクの保護層上に成膜すると、潤滑剤分子の芳香族基と保護層はπ−πインターラクション(interaction)で近づき、その相互作用により潤滑剤は保護層に吸着するものと考えられる。つまり、潤滑剤分子の末端を除く位置に芳香族基を導入したことにより、潤滑剤分子の嵩高さをなるべく小さくして、潤滑剤分子がより扁平した状態で媒体上に安定に存在するようにすることが可能になる。従って、ディスク面上に塗布したときに、潤滑剤分子が芳香族基の位置で保護層と固定されて保護層上に潤滑剤分子の嵩高さを抑えた潤滑層を形成させることができ、薄膜の潤滑層を形成することができる。しかも、潤滑層の膜厚を薄くしても保護層表面を十分に被覆することができる(被覆率の高い)潤滑層を形成することができる。また、ディスク面上に塗布したときに、潤滑剤分子が芳香族基の位置で保護層と固定され、潤滑剤分子がより扁平した状態で媒体上に安定に存在することにより、潤滑剤の分子間相互作用もしくは極性基同士の引き付けあいによる相互作用は抑制されるため、潤滑剤分子の末端にある極性基(例えばヒドロキシル基)が有効に保護膜上の活性点との結合に関与し、潤滑層の密着性を向上できる。
【0024】
また、本発明の潤滑剤化合物は分子中に芳香族基を有していることから、アルミナ等のルイス酸はこの分子中の芳香族基に優先的に吸引されるため、アルミナによるパーフルオロポリエーテル系潤滑剤の主鎖部分での分解は起こり難く、結果的に十分な長期信頼性を保証できるアルミナ耐性やLUL耐久性が得られる。
つまり、本発明によれば、保護層との密着性が高く、薄膜で、均一な塗布膜の潤滑層を形成することができるので、磁気スペーシングのより一層の低減を実現できる。しかも、本発明の潤滑剤化合物は、アルミナ耐性にも優れ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量(5nmあるいはそれ以下)のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスクが得られる。
【0025】
また、構成2にあるように、前記化合物は、芳香族基の近傍にもさらに極性基を有する化合物であることが好ましい。潤滑剤分子中の芳香族基の近傍にある極性基(例えばヒドロキシル基)と保護層との間に好適な相互作用が発生することにより、上述の芳香族基による潤滑剤分子の嵩高さをなるべく小さくして、潤滑剤分子がより扁平した状態で媒体上に安定に存在させる作用をより一層高めることができる。また、潤滑層の密着性向上にも寄与する。
【0026】
また、構成3にあるように、前記化合物は、一分子中の極性基の数が7個以下であることが好ましい。一分子中の極性基の数があまり多いと、潤滑剤の分子間相互作用もしくは極性基同士の引き付けあいによる相互作用(分子内相互作用)が大きくなりすぎる恐れがあるからである。また、過剰な極性基は、コンタミ等の誘引やヘッドへの潤滑剤移着を起こしやすい傾向にある。
【0027】
また、構成4にあるように、前記化合物の有する極性基としては特にヒドロキシル基であることが好ましい。ヒドロキシル基は、保護層、とりわけ炭素系保護層との相互作用が大きく、潤滑層と保護層の付着性を高められるからである。
【0028】
また、構成5にあるように、前記潤滑層中に含有される前記化合物の数平均分子量は、1000〜10000の範囲であることが特に好ましい。適度な粘度による修復性を備え、好適な潤滑性能を発揮し、しかも優れた耐熱性を兼ね備えることができるからである。
【0029】
また、構成6にあるように、本発明に係る潤滑剤化合物を含有する潤滑層を備えた磁気ディスクは、磁気スペーシングのより一層の低減を実現することができ、しかも磁気ディスクの耐久性、特にLUL耐久性及びアルミナ耐性に優れ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する。
【0030】
また、構成7にあるように、前記保護層は、プラズマCVD法により成膜された炭素系保護層であることが特に好ましい。プラズマCVD法によれば、表面が均一で密に成膜された炭素系保護層を形成でき、本発明にとっては好適だからである。また、構成8にあるように、前記保護層は、前記潤滑層に接する側に窒素を含むことが、潤滑層との密着性をより高めることができるので好ましい。
【0031】
また、構成9にあるように、本発明の磁気ディスクは、特にLUL方式の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクとして好適である。LUL方式の導入に伴う磁気ヘッド浮上量の一段の低下により、5nm以下の超低浮上量においても磁気ディスクが安定して動作することが求められるようになってきており、低浮上量のもとで高い信頼性を有する本発明の磁気ディスクは好適である。
【0032】
また、構成10にあるように、磁気スペーシングの低減を実現でき、しかも低浮上量のもとで高い信頼性を有する本発明の磁気ディスクは、基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられる磁気ディスクの製造方法であって、本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物を含む潤滑剤組成物を前記保護層上に成膜して前記潤滑層を形成する磁気ディスクの製造方法によって得られる。
【0033】
また、構成11にあるように、構成10の磁気ディスクの製造方法において、前記潤滑層を成膜した後に、磁気ディスクに対して紫外線照射を施す、あるいは紫外線照射と加熱処理の両方を施すことにより、成膜した潤滑層の保護層への付着力をより向上させることができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、磁気スペーシングのより一層の低減を実現することができ、しかも磁気ディスクの耐久性、特にLUL耐久性及びアルミナ耐性に優れ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスク用潤滑剤化合物、該潤滑剤化合物を用いた磁気ディスク及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】従来の潤滑剤のアルミナ耐性評価結果を示す図である。
【図2】本発明の潤滑剤のアルミナ耐性評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明を実施の形態により詳細に説明する。
本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物は、基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクの前記潤滑層に含有される潤滑剤化合物であって、該潤滑剤化合物は、構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の末端を除く位置に芳香族基を有するとともに、分子の末端には極性基を有する化合物からなることを特徴とする。
【0037】
この場合の芳香族基としては、例えばフェニル基が最も好ましい代表例として挙げられるが、このほかに、ナフチレン基、ビフェニレン基、フタルイミジル基、アニリン基なども挙げられる。また、芳香族基は、1分子中に1個とは限らず、複数個(例えば2個)有していてもよい。なお、芳香族基は適当な置換基を有していてもよい。
【0038】
このように本発明に係る潤滑剤化合物は、構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有する鎖状分子の末端を除く位置、たとえば分子のほぼ中心に例えばフェニル基等の芳香族基を有するとともに、分子の両末端には極性基を有する化合物であるが、本発明による作用効果がさらに好ましく発揮されるためには、分子中の芳香族基の近傍にもさらに極性基を有する化合物であることが好ましい。例えば分子中の芳香族基の両側にそれぞれ極性基を有する化合物であることが特に好ましい。
【0039】
また、本発明に係る潤滑剤化合物においては、潤滑剤の分子間相互作用もしくは極性基同士の引き付けあいによる相互作用(分子内相互作用)を適度に抑制し、またコンタミ等の誘引やヘッドへの潤滑剤移着を抑制するために、一分子中の極性基の数が7個以下であることが好ましい。
【0040】
また、この場合の極性基としては、保護層上に潤滑剤を成膜した場合、潤滑剤と保護層との間に好適な相互作用が発生するような極性基であることが必要であり、例えばヒドロキシル基(−OH)、アミノ基(−NH)、カルボキシル基(−COOH)、アルデヒド基(−COH)、カルボニル基(−CO−)、スルフォン酸基(−SOH)などが挙げられる。なかでも極性基としては特にヒドロキシル基であることが好ましい。ヒドロキシル基は、保護層、とりわけ炭素系保護層との相互作用が大きく、潤滑層と保護層の付着性をより高めることができるからである。
【0041】
以上の本発明に係る磁気ディスク用潤滑剤化合物によれば、潤滑剤分子の芳香族基と保護層はπ−πインターラクション(interaction)で近づき、その相互作用により潤滑剤は保護層に吸着するものと考えられる。つまり、潤滑剤分子の末端を除く位置に芳香族基を導入したことにより、潤滑剤分子の嵩高さをなるべく小さくして、潤滑剤分子がより扁平した状態で媒体上に安定に存在するようにすることが可能になる。従って、ディスク面上に塗布したときに、潤滑剤分子が芳香族基の位置で保護層と固定されて保護層上に潤滑剤分子の嵩高さを抑えた潤滑層を形成させることができ、薄膜の潤滑層を形成することができる。しかも、潤滑層の膜厚を薄くしても保護層表面を十分に被覆することができる(被覆率の高い)潤滑層を形成することができる。
また、潤滑剤の分子間相互作用もしくは極性基同士の引き付けあいによる相互作用は抑制されるため、潤滑剤分子の末端にある極性基(例えばヒドロキシル基)が有効に保護膜上の活性点との結合に関与し、潤滑層の密着性を向上できる。
【0042】
また、本発明の潤滑剤化合物は分子中に芳香族基を有していることから、アルミナ等のルイス酸はこの分子中の芳香族基に優先的に吸引されるため、アルミナによるパーフルオロポリエーテル系潤滑剤の主鎖部分での分解は起こり難く、結果的に十分な長期信頼性を保証できるアルミナ耐性やLUL耐久性が得られる。
【0043】
以下に、本発明に係る潤滑剤化合物の例示化合物を挙げるが、本発明はこれらの化合物には限定されない。
【0044】
【化1】

【0045】
【化2】

【0046】
【化3】

ただし、上記例示の本発明の潤滑剤化合物を表わす化学式中、m、nはそれぞれ1以上の整数を表わすものとする。
【0047】
本発明の潤滑剤化合物は、たとえば以下のような合成法により得ることができる。
以下に上記例示No.1の潤滑剤化合物の合成スキームの一例を示す。
【0048】
【化4】

【0049】
本発明に係る潤滑剤化合物の製造方法としては、上記合成スキームに示すように、分子中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有するパーフルオロポリエーテル化合物に対して、アルカリ条件下で、例えばエポキシ基と芳香族基を有している化合物(例えばレゾルシノールジグリシジルエーテル)を反応させることによる製造方法が好ましく挙げられる。
【0050】
また、上記例示No.2の潤滑剤化合物についても、上記合成スキームにしたがい、分子中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有するパーフルオロポリエーテル化合物に対して、アルカリ条件下で、例えばエポキシ基と芳香族基を有している下記化合物
【0051】
【化5】

を反応させることにより得ることができる。
また、上記例示No.3の潤滑剤化合物については、上記例示No.1の潤滑剤化合物の合成に用いた例えばレゾルシノールジグリシジルエーテルの代わりに、そのパラ体(ヒドロキノンジグリシジルエーテル)を用いることにより、例示No.1の潤滑剤化合物と同様にして得ることができる。
【0052】
また、上記例示No.4の潤滑剤化合物については、上記例示No.1の潤滑剤化合物の合成に用いた例えばレゾルシノールジグリシジルエーテルの代わりに、2,7-ビス(ブロモメチル)ナフタレンを用いることにより、例示No.1の潤滑剤化合物と同様にして得ることができる。
また、上記例示No.5の潤滑剤化合物については、例えばレゾルシノールジグリシジルエーテルに対してパーフルオロポリエーテル化合物を3当量反応させること以外は、例示No.1の潤滑剤化合物と同様にして得ることができる。
【0053】
本発明に係る潤滑剤化合物の分子量は特に制約はされないが、例えば数平均分子量(Mn)が、1000〜10000の範囲であることが好ましく、1000〜6000の範囲であることが更に好ましい。適度な粘度による修復性を備え、好適な潤滑性能を発揮し、しかも優れた耐熱性を兼ね備えることができるからである。
【0054】
また、本発明に係る潤滑剤化合物は、例えば上記の製造方法によれば高分子量のものが得られ、熱分解による低分子化を抑制できるので、かかる潤滑剤を用いて磁気ディスクとした場合、その耐熱性を向上させることができる。近年の高記録密度化に伴う磁気ヘッドの浮上量が一段と低下(5nm以下)したことにより、磁気ヘッドと磁気ディスク表面との接触、摩擦が頻発する可能性が高くなる。また、磁気ヘッドが接触した場合には磁気ディスク表面からすぐに離れずにしばらく摩擦摺動することがある。また、近年の磁気ディスクの高速回転による記録再生のため、従来以上に接触や摩擦による発熱が生じている。従って、このような熱の発生により、磁気ディスク表面の潤滑層材料が熱分解を起こす可能性が従来よりも高くなり、この熱分解され低分子化し流動性の高まった潤滑剤が磁気ヘッドに付着することで、データの読み込み、書き込みに支障を来たす可能性が懸念される。さらに、近い将来の磁気ヘッドと磁気ディスクとを接触させた状態でのデータの記録再生を考えたとき、常時接触による熱発生の影響がさらに懸念される。このような状況を考えると、潤滑層に求められる耐熱性の更なる向上が望まれており、本発明の潤滑剤は好適である。
【0055】
本発明の潤滑剤化合物を上述の合成法により得る場合は、適当な分子量分画により、例えば数平均分子量(Mn)を、1000〜10000の範囲としたものが適当である。この場合の分子量分画する方法に特に制約されないが、例えば、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法による分子量分画や、超臨界抽出法による分子量分画などを用いることができる。
【0056】
また、本発明は、基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクであって、前記潤滑層は、本発明の潤滑剤化合物を含有することを特徴とする磁気ディスクについても提供する。
【0057】
本発明の潤滑剤化合物を用いて潤滑層を形成するにあたっては、上記潤滑剤化合物をフッ素系溶媒等に分散溶解させた溶液を用いて、例えばディップ法により塗布して成膜することができる。
なお、潤滑層の形成方法はもちろん上記ディップ法には限らず、スピンコート法、スプレイ法、ペーパーコート法などの成膜方法を用いてもよい。
【0058】
本発明においては、成膜した潤滑剤の保護層への付着力をより向上させるために、成膜後に磁気ディスクを例えば50℃〜150℃の雰囲気に曝して加熱処理を施したり、あるいは、磁気ディスクに対して紫外線(UV)照射を施してもよい。すなわち、後処理として、ベーク処理とUV処理の二つの処理が可能であるが、本発明においては、後処理として、保護層に対する潤滑剤分子中の芳香族基およびその芳香族基周辺の化学結合をより強固なものとするのに好適なUV処理を少なくとも施すことが好ましく、さらに好ましくは、ベーク処理とUV処理の二つの処理を併用することが好適である。
【0059】
従来の潤滑層の膜厚は、通常15〜18Å程度であったが、本発明にあっては、従来よりも薄膜化できて、例えば10〜13Å程度の薄膜とすることができる。なお、10Å未満では、保護層に対する被覆率が不十分な場合がある。
【0060】
また、本発明における保護層としては、炭素系保護層を好ましく用いることができる。特にアモルファス炭素保護層が好ましい。保護層はとくに炭素系保護層であることにより、本発明に係る潤滑剤の極性基(例えばヒドロキシル基)と保護層との相互作用が一層高まり、本発明による作用効果がより一層発揮されるため好ましい態様である。
本発明における炭素系保護層においては、たとえば保護層の潤滑層側に窒素を含有させ、磁性層側に水素を含有させた組成傾斜層とすることが好適である。保護層の潤滑層側に窒素を含有させる方法としては、保護層成膜後の表面を窒素プラズマ処理して窒素イオンを打ち込む方法や、窒素化炭素を成膜する方法などが挙げられる。こうすることで、保護層に対する潤滑剤の密着性をさらに高めることができるので、より薄い膜厚で被覆率のよい潤滑層を得ることができ、本発明の効果をより効果的に得ることができる。
【0061】
本発明において炭素系保護層を用いる場合は、例えばDCマグネトロンスパッタリング法により成膜することができるが、特にプラズマCVD法により成膜されたアモルファス炭素保護層とすることが好ましい。プラズマCVD法により成膜することで保護層表面が均一となり密に成膜される。従って、より粗さが小さいCVD法で成膜された保護層上に本発明による潤滑層を形成することは好ましい。
【0062】
本発明にあっては、保護層の膜厚は、20〜70Åとするのがよい。20Å未満では、保護層としての性能が低下する場合がある。また70Åを超えると、薄膜化の観点から好ましくない。
【0063】
本発明の磁気ディスクにおいては、基板はガラス基板であることが好ましい。ガラス基板は剛性があり、平滑性に優れるので、高記録密度化には好適である。ガラス基板としては、例えばアルミノシリケートガラス基板が挙げられ、特に化学強化されたアルミノシリケートガラス基板が好適である。
本発明においては、上記基板の主表面の粗さは、Rmaxが3nm以下、Raが0.3nm以下の超平滑であることが好ましい。なお、ここでいう表面粗さRmax、Raは、JIS B0601の規定に基づくものである。
【0064】
本発明により得られる磁気ディスクは、基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層を備えているが、本発明において、上記磁性層は特に制限はなく、面内記録方式用磁性層であっても、垂直記録方式用磁性層であってもよいが、とくに垂直記録方式用磁性層は近年の急速な高記録密度化の実現に好適である。とりわけ、CoPt系磁性層であれば、高保磁力と高再生出力を得ることができるので好適である。
【0065】
本発明の磁気ディスクの好適な垂直磁気記録ディスクにおいては、基板と磁性層との間に、必要に応じて下地層を設けることができる。また、該下地層と基板との間に付着層や軟磁性層等を設けることもできる。この場合、上記下地層としては、例えば、Cr層、Ta層、Ru層、あるいはCrMo,CoW,CrW,CrV,CrTi合金層などが挙げられ、上記付着層としては、例えば、CrTi,NiAl,AlRu合金層などが挙げられる。また、上記軟磁性層としては、例えばCoZrTa合金膜などが挙げられる。
高記録密度化に好適な垂直磁気記録ディスクとしては、基板上に付着層、軟磁性層、下地層、磁性層(垂直磁気記録層)、炭素系保護層、潤滑層を備える構成が好適である。この場合、上記垂直磁気記録層の上に交換結合制御層を介して補助記録層を設けることも好適である。
【0066】
本発明によれば、保護層との密着性が高く、薄膜で、均一な塗布膜の潤滑層を形成することができるので、磁気スペーシングのより一層の低減を実現できる。しかも磁気ディスクの耐久性、特にLUL耐久性及びアルミナ耐性に優れ、近年の急速な高記録密度化に伴う磁気ヘッドの低浮上量(5nmあるいはそれ以下)のもとで、また用途の多様化に伴う非常に厳しい環境耐性のもとで高信頼性を有する磁気ディスクが得られる。
【0067】
つまり、本発明の磁気ディスクは、特にLUL方式の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクとして好適である。LUL方式の導入に伴う磁気ヘッド浮上量の一段の低下により、例えば5nm以下の超低浮上量においても磁気ディスクが安定して動作することが求められるようになってきており、低浮上量のもとで高い信頼性を有する本発明の磁気ディスクは好適である。
【実施例】
【0068】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。
(実施例1)
本実施例による磁気ディスクは、基板上に、付着層、軟磁性層、第1下地層、第2下地層、磁性層、炭素系保護層、及び潤滑層が順次形成されてなる。
【0069】
(潤滑剤の製造)
前記の例示No.1の潤滑剤化合物を前記合成スキームにしたがって以下のようにして製造した。
分子中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、両末端にヒドロキシル基を有するパーフルオロポリエーテル化合物(前記合成スキーム参照)に対して、アルカリ条件下(NaOH)で、レゾルシノールジグリシジルエーテルを反応させることにより製造した。
上記のようにして得られた化合物からなる潤滑剤は、超臨界抽出法により適宜分子量分画を行った。
【0070】
(磁気ディスクの製造)
化学強化されたアルミノシリケートガラスからなる2.5インチ型ガラスディスク(外径65mm、内径20mm、ディスク厚0.635mm)を準備し、ディスク基板とした。ディスク基板1の主表面は、Rmaxが2.13nm、Raが0.20nmに鏡面研磨されている。
このディスク基板上に、DCマグネトロンスパッタリング法により、Arガス雰囲気中で、順次、Ti系の付着層、Fe系の軟磁性層、Ruの第1下地層、同じくRuの第2下地層、CoCrPt磁性層を成膜した。この磁性層は垂直磁気記録方式用磁性層である。
引き続き、プラズマCVD法により、ダイヤモンドライク炭素保護層を膜厚50Åで成膜した。
【0071】
次に、潤滑層を以下のようにして形成した。
上記のように製造し、超臨界抽出法により分子量分画した本発明の潤滑剤(前記例示化合物No.1)からなる潤滑剤(NMR法を用いて測定したMnが2800、分子量分散度が1.10)を、フッ素系溶媒である三井デュポンフロロケミカル社製バートレルXF(商品名)に0.2重量%の濃度で分散溶解させた溶液を調整した。この溶液を塗布液とし、保護層まで成膜された磁気ディスクを浸漬させ、ディップ法で塗布することにより潤滑層を成膜した。
成膜後に、磁気ディスクを真空焼成炉内で130℃、90分間で加熱処理した。潤滑層の膜厚をフーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)で測定したところ12Åであった。潤滑層被覆率についても80%以上で良好であった。こうして、実施例1の磁気ディスクを得た。
【0072】
次に、以下の試験方法により、実施例1の潤滑剤及び磁気ディスクの評価を行った。
(1)まず、実施例1に用いた上記潤滑剤のアルミナ耐性評価試験を行った。
上記潤滑剤中にアルミナ(Al)20%を存在させ、窒素ガス(N)雰囲気下で、250℃の定温下、500分間保持させることにより熱重量分析を行った。
その結果を図2に示した。実施例1に用いた本発明に係る潤滑剤は、アルミナを添加したときの減衰率(図中の一点鎖線で示す曲線)が略30%以下であり、優れたアルミナ耐性、すなわちアルミナによる分解が起こり難いことがわかった。また、アルミナ無添加の場合の減衰率は略10%以下であり、耐熱性に優れていることもわかった。
【0073】
(2)次に、磁気ディスクのLUL(ロードアンロード)耐久性を評価するために、LUL耐久性試験を行なった。
LUL方式のHDD(5400rpm回転型)を準備し、浮上量が5nmの磁気ヘッドと実施例の磁気ディスクを搭載した。磁気ヘッドのスライダーはNPAB(負圧)スライダーであり、再生素子は磁気抵抗効果型素子(GMR素子)を搭載している。シールド部はFeNi系パーマロイ合金である。このLUL方式HDDに連続LUL動作を繰り返させて、故障が発生するまでに磁気ディスクが耐久したLUL回数を計測した。
【0074】
その結果、実施例1の磁気ディスクは、5nmの超低浮上量の下で障害無く90万回のLUL動作に耐久した。通常のHDDの使用環境下ではLUL回数が40万回を超えるには概ね10年程度の使用が必要と言われており、現状では60万回以上耐久すれば好適であるとされているので、実施例1の磁気ディスクは極めて高い信頼性を備えていると言える。
LUL耐久性試験後の磁気ディスク表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず良好であった。また、LUL耐久性試験後の磁気ヘッドの表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず、また、磁気ヘッドへの潤滑剤の付着や、腐食障害も観察されず良好であった。
【0075】
なお、温度特性を評価するために、LUL耐久性試験を−20℃〜50℃の雰囲気で行ったが、本実施例の磁気ディスクでは、特に障害は発生せず、良好な結果が得られた。
【0076】
(比較例)
潤滑剤として、従来のパーフルオロポリエーテル系潤滑剤であるソルベイソレクシス社製のフォンブリンZ−DOL(商品名)をGPC法で分子量分画し、Mwが2000、分子量分散度が1.08としたものを使用し、これをフッ素系溶媒である三井デュポンフロロケミカル社製バートレルXF(商品名)に分散溶解させた溶液を塗布液とし、保護層まで成膜された磁気ディスクを浸漬させ、ディップ法で塗布することにより潤滑層を成膜した。ここで、上記塗布液の濃度を適宜調整し、潤滑剤被覆率が実施例1の磁気ディスクとほぼ同じになるように成膜した。潤滑層の膜厚は17Åであった。
この点以外は実施例1と同様にして製造した磁気ディスクを比較例とした。
【0077】
次に、上記従来の潤滑剤中にアルミナ(Al)20%を存在させ、窒素ガス(N)雰囲気下で、実施例よりも低い200℃の定温下、500分間保持させることにより熱重量分析を行った。上記従来の潤滑剤のアルミナ耐性評価試験を行った結果を図1に示した。アルミナを添加したときの減衰率(図中の一点鎖線(Z-DOL with Al2O3)で示す曲線)は90%以上と非常に大きく(アルミナ無添加の場合の減衰率についても略60%)、上記従来の潤滑剤は、アルミナによる分解が起こりやすく、低分子化する可能性が高い。
【0078】
また、実施例と同様にして、LUL耐久性試験を行なった結果、本比較例の磁気ディスクでは、5nmの超低浮上量の下で、40万回で故障した。LUL耐久性試験後の磁気ディスク表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したところ、若干の傷等が観察された。また、LUL耐久性試験後の磁気ヘッドの表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したところ、磁気ヘッドへの潤滑剤の付着や、腐食障害が観察された。
【0079】
(実施例2)
実施例1と同様にして、付着層、軟磁性層、第1下地層、第2下地層、磁性層、及び炭素系保護層を成膜し、さらに実施例1と同じ潤滑剤を用いて潤滑層を保護層上に成膜した。成膜後、磁気ディスクに対して、130℃、90分間の加熱処理および紫外線照射を施した。なお、この紫外線照射は、光強度比で波長185nm:波長254nm=2:8である紫外線ランプを用いて、照射時間を20秒以内で行った。潤滑層の膜厚をフーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)で測定したところ12Åであった。潤滑層被覆率についても80%以上で良好であった。こうして、実施例2の磁気ディスクを得た。
【0080】
次に、実施例1と同様にして、実施例2の磁気ディスクのLUL耐久性試験を行なった結果、実施例2の磁気ディスクは、5nmの超低浮上量の下で障害無く90万回のLUL動作に耐久した。実施例2の磁気ディスクは極めて高い信頼性を備えていると言える。LUL耐久性試験後の磁気ディスク表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず良好であった。また、LUL耐久性試験後の磁気ヘッドの表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず、また、磁気ヘッドへの潤滑剤の付着や、腐食障害も観察されず良好であった。
【0081】
(実施例3)
(潤滑剤の製造)
前記の例示No.2の潤滑剤化合物を前記合成スキームにしたがって以下のようにして製造した。
分子中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、両末端にヒドロキシル基を有するパーフルオロポリエーテル化合物(前記合成スキーム参照)に対して、アルカリ条件下(NaOH)で、前記エポキシ基と芳香族基を有している化合物を反応させることにより製造した。
上記のようにして得られた化合物からなる潤滑剤は、超臨界抽出法により適宜分子量分画を行った。
【0082】
実施例1と同様にして、付着層、軟磁性層、第1下地層、第2下地層、磁性層、及び炭素系保護層までを成膜した。
次に、潤滑層を以下のようにして形成した。
上記のように製造し、超臨界抽出法により分子量分画した本発明の潤滑剤(前記例示化合物No.2)からなる潤滑剤(NMR法を用いて測定したMnが4200、分子量分散度が1.10)を、フッ素系溶媒である三井デュポンフロロケミカル社製バートレルXF(商品名)に0.2重量%の濃度で分散溶解させた溶液を調整した。この溶液を塗布液とし、保護層まで成膜された磁気ディスクを浸漬させ、ディップ法で塗布することにより潤滑層を成膜した。
【0083】
成膜後に、磁気ディスクに対して、実施例2と同じ条件で加熱処理および紫外線照射を施した。潤滑層の膜厚をフーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)で測定したところ12Åであった。潤滑層被覆率についても80%以上で良好であった。こうして、実施例3の磁気ディスクを得た。
【0084】
次に、本実施例3に用いた上記潤滑剤のアルミナ耐性評価試験を行った。
実施例1と同様に、上記潤滑剤中にアルミナ(Al)20%を存在させ、窒素ガス(N)雰囲気下で、250℃の定温下、500分間保持させることにより熱重量分析を行った。その結果、本実施例に用いた本発明に係る潤滑剤は、アルミナを添加したときの減衰率が略30%以下であり、優れたアルミナ耐性、すなわちアルミナによる分解が起こり難いことがわかった。また、アルミナ無添加の場合の減衰率は略10%以下であり、耐熱性に優れていることもわかった。
【0085】
次に、実施例1と同様にして、実施例3の磁気ディスクのLUL耐久性試験を行なった結果、5nmの超低浮上量の下で障害無く90万回のLUL動作に耐久し、実施例3の磁気ディスクは極めて高い信頼性を備えていることが確認できた。LUL耐久性試験後の磁気ディスク表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず良好であった。また、LUL耐久性試験後の磁気ヘッドの表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず、また、磁気ヘッドへの潤滑剤の付着や、腐食障害も観察されず良好であった。
【0086】
(実施例4)
(潤滑剤の製造)
前記の例示No.5の潤滑剤化合物を前記合成スキームにしたがって以下のようにして製造した。
分子中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、両末端にヒドロキシル基を有するパーフルオロポリエーテル化合物(前記合成スキーム参照)に対して、アルカリ条件下(NaOH)で、レゾルシノールジグリシジルエーテルを反応させる(ただし、レゾルシノールジグリシジルエーテルに対して上記パーフルオロポリエーテル化合物を3当量反応させる)ことにより製造した。
上記のようにして得られた化合物からなる潤滑剤は、超臨界抽出法により適宜分子量分画を行った。
【0087】
実施例1と同様にして、付着層、軟磁性層、第1下地層、第2下地層、磁性層、及び炭素系保護層までを成膜した。
次に、潤滑層を以下のようにして形成した。
上記のように製造し、超臨界抽出法により分子量分画した本発明の潤滑剤(前記例示化合物No.5)からなる潤滑剤(NMR法を用いて測定したMnが3600、分子量分散度が1.10)を、フッ素系溶媒である三井デュポンフロロケミカル社製バートレルXF(商品名)に0.2重量%の濃度で分散溶解させた溶液を調整した。この溶液を塗布液とし、保護層まで成膜された磁気ディスクを浸漬させ、ディップ法で塗布することにより潤滑層を成膜した。
【0088】
成膜後に、磁気ディスクに対して、実施例2と同じ条件で加熱処理および紫外線照射を施した。潤滑層の膜厚をフーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)で測定したところ12Åであった。潤滑層被覆率についても80%以上で良好であった。こうして、実施例4の磁気ディスクを得た。
【0089】
次に、本実施例4に用いた上記潤滑剤のアルミナ耐性評価試験を行った。
実施例1と同様に、上記潤滑剤中にアルミナ(Al)20%を存在させ、窒素ガス(N)雰囲気下で、250℃の定温下、500分間保持させることにより熱重量分析を行った。その結果、本実施例に用いた本発明に係る潤滑剤(例示No.5)は、アルミナを添加したときの減衰率が略30%以下であり、優れたアルミナ耐性、すなわちアルミナによる分解が起こり難いことがわかった。また、アルミナ無添加の場合の減衰率は略10%以下であり、耐熱性に優れていることもわかった。
【0090】
次に、実施例1と同様にして、実施例4の磁気ディスクのLUL耐久性試験を行なった結果、5nmの超低浮上量の下で障害無く90万回のLUL動作に耐久し、実施例4の磁気ディスクは極めて高い信頼性を備えていることが確認できた。LUL耐久性試験後の磁気ディスク表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず良好であった。また、LUL耐久性試験後の磁気ヘッドの表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず、また、磁気ヘッドへの潤滑剤の付着や、腐食障害も観察されず良好であった。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクの前記潤滑層に含有される潤滑剤化合物であって、
該潤滑剤化合物は、構造中にパーフルオロポリエーテル主鎖を有し、且つ分子の末端を除く位置に芳香族基を有するとともに、分子の末端には極性基を有する化合物からなることを特徴とする磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【請求項2】
前記化合物は、前記芳香族基の近傍にもさらに極性基を有する化合物であることを特徴とする請求項1に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【請求項3】
前記化合物は、一分子中の極性基の数が7個以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【請求項4】
前記化合物は、前記極性基がヒドロキシル基であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【請求項5】
前記化合物の数平均分子量が、1000〜10000の範囲であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物。
【請求項6】
基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクであって、
前記潤滑層は、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物を含有することを特徴とする磁気ディスク。
【請求項7】
前記保護層は、プラズマCVD法により成膜された炭素系保護層であることを特徴とする請求項6に記載の磁気ディスク。
【請求項8】
前記保護層は、前記潤滑層に接する側に窒素を含むことを特徴とする請求項7に記載の磁気ディスク。
【請求項9】
起動停止機構がロードアンロード方式の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクであることを特徴とする請求項6乃至8のいずれか一項に記載の磁気ディスク。
【請求項10】
基板上に、少なくとも磁性層と保護層と潤滑層が順次設けられた磁気ディスクの製造方法であって、
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の磁気ディスク用潤滑剤化合物を含む潤滑剤組成物を前記保護層上に成膜して前記潤滑層を形成することを特徴とする磁気ディスクの製造方法。
【請求項11】
前記潤滑層を成膜した後に、前記磁気ディスクに対して紫外線照射を施す、あるいは紫外線照射と加熱処理の両方を施すことを特徴とする請求項10に記載の磁気ディスクの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−250929(P2010−250929A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−67387(P2010−67387)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(510210911)ダブリュディ・メディア・シンガポール・プライベートリミテッド (53)
【Fターム(参考)】