説明

磁気探傷方法及び磁気探傷装置

【課題】回転磁界を用いて被検査材に存在する種々の方向に延びるきずを高精度に探傷可能な磁気探傷方法及び磁気探傷装置を提供する。
【解決手段】磁気探傷装置100は、被検査材に回転磁界を作用させる磁化手段1と、前記回転磁界によって生じる探傷信号を検出する検出手段2と、前記探傷信号に信号処理を施す信号処理手段3とを備える。磁化手段1は、第1電流と該第1電流よりも周波数の低い第2電流とを重畳した交流電流を励磁電流として通電する励磁コイル11を具備する。信号処理手段3は、検出手段2によって検出した探傷信号を前記第1電流を参照信号として同期検波する第1同期検波手段31と、第1同期検波手段31の出力信号を前記第2電流を参照信号として同期検波する第2同期検波手段32とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転磁界を用いて被検査材に存在する種々の方向に延びるきずを高精度に探傷可能な磁気探傷方法及び磁気探傷装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、鋼板や鋼管等の被検査材に存在するきずを非破壊的に検出する方法として、渦流探傷法や漏洩磁束探傷法などの磁気探傷方法が知られている。渦流探傷法は、被検査材に交流磁界を作用させることにより誘起される渦電流が、きずによって乱れることを利用する探傷方法である。また、漏洩磁束探傷法は、磁性体からなる被検査材に磁界を作用させて磁化した場合に、被検査材に生ずる磁束を遮るようなきずが存在すると、このきずが存在する部位で磁束が表面空間に漏洩することを利用する探傷方法である。
【0003】
斯かる磁気探傷方法では、一般的に、作用させる磁界の方向ときずの延びる方向とが特定の角度を成す場合に、検出されるきず信号(所定の検出センサで検出される探傷信号の内、きずが存在する部位から得られる信号)の振幅が最大となる。例えば、漏洩磁束探傷法におけるきず信号の振幅は、作用させる磁界の方向(被検査材中の磁束の方向)ときずの延びる方向とが直交する場合に最大となり、磁界の方向がきずの延びる方向に対して直交する方向からずれるに従って低下する。
【0004】
このため、きずの延びる方向が如何なる方向であっても検出できるように(検出可能な振幅のきず信号が得られるように)、被検査材に磁界の方向が時々刻々変化する回転磁界を作用させ、該回転磁界によって生じる探傷信号に基づいて、種々の方向に延びるきずを検出する磁気探傷方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
斯かる回転磁界を生成するには、例えば、図1に示すような励磁コイルが用いられる。すなわち、図1に示す励磁コイル10は、導線の巻回方向が互いに直交(従って、生成される磁界が互いに直交)すると共に、中心位置が互いに一致するように配置された2つの励磁コイル(X方向励磁コイル1及びY方向励磁コイル2)を備える。そして、各励磁コイル1、2に通電する交流の励磁電流の位相を90°ずらす(例えば、X方向励磁コイル1には余弦波の励磁電流を通電し、Y方向励磁コイル2には正弦波の励磁電流を通電する)ことにより、各励磁コイル1、2で生成された磁界の合成磁界が、各励磁コイル1、2の中心位置を中心として360°回転(図1に示す角度φが0〜360°に変化)することになる。これにより、種々の方向(図1に示す角度θが0〜360°)に延びるきずを検出することが可能である。
【0006】
ところで、一般的に、ノイズを含む種々の周波数成分からなる信号に対して、検出したい信号(磁気探傷方法の場合にはきず信号)が特定の周波数成分を有する場合、その周波数成分を有する信号を抽出するために同期検波が用いられることが多い。
【0007】
回転磁界を利用しない従来の磁気探傷方法では、きず信号が交流の励磁電流に同期する。このため、励磁電流を参照信号として探傷信号を同期検波し、励磁電流に同期する信号を抽出することにより、探傷信号から高いS/N比できず信号を抽出することが可能である。そして、同期検波により抽出された交流信号は、きず信号と、励磁電流に同期せずにランダムに発生するノイズとの比率(S/N比)を高くするため、ローパスフィルタによって平滑化されるのが一般的である。好ましくは、ローパスフィルタの時定数を調整することにより、同期検波により抽出された交流信号は、参照信号(励磁電流)の2〜3周期分程度に相当する単位領域毎に平滑化される。
【0008】
また、渦流探傷法では、探傷信号を同期検波した信号を用いてきず検出能を向上させる手法として、位相解析法が一般的に用いられる。この位相解析法は、参照信号で探傷信号を同期検波したものをX信号とし、参照信号の位相を90°遅らせて探傷信号を同期検波したものをY信号とする。そして、X信号をX軸成分とし、Y信号をY軸成分として、XY座標系の2次元平面上に信号をベクトル表示する(ベクトル表示された信号波形をリサージュ波形と称する)ことにより、探傷信号が参照信号に対してどの程度の位相遅れがあるのかを測定する方法である。例えば、参照信号と同位相の探傷信号を同期検波した場合には、位相遅れがないため、図2(a)に示すようなX軸に沿った波形が得られる。より具体的には、きず信号の場合、検出センサがきずの直上を通過する際に位相が180°反転するため、0°方向(X軸の正の方向)及び180°方向(X軸の負の方向)に沿った波形が得られることになる。同様にして、参照信号に対して位相が45°遅れた探傷信号については、図2(b)に示すような45°方向及び225°方向に沿った波形が得られ、位相が90°遅れた探傷信号については、図2(c)に示すような90°方向及び270°方向に沿った波形が得られる。
【0009】
ここで、磁気探傷方法によって検出されるきず信号(すなわち、きずによる渦電流の乱れに起因した信号や、きずによる漏洩磁束に対応した信号)の位相と、探傷時の主なノイズの一種であるリフトオフ変動ノイズ(検出センサと被検査材との離間距離を変動させた場合に生じる探傷信号の変動)の位相とは、全く同一になることは希であり、一般的には位相差を有する。図3は、きず信号とリフトオフ変動ノイズとが位相差を有することを示すリサージュ波形の模式図である。図3(a)に示すように、きず信号の位相φdと、リフトオフ変動ノイズの位相φlとは、異なるのが一般的である。そして、図3(a)に示すように、きず信号の振幅をAd、リフトオフ変動ノイズの振幅をAlとすると、この例ではS/N比(=Ad/Al)が約1.5となる。しかしながら、図3(b)に示すように、リフトオフ変動ノイズがX軸に沿うようにXY座標系を回転させ、回転後のX’Y’座標系におけるY’軸方向の信号成分を探傷信号とすることにより、この例ではS/N比(=Sd/Sl)が10より大きくなるため、振幅でS/N比を評価する場合(図3(a))に比べてS/N比が大幅に向上する。このように、位相解析法を適用すれば、きず検出能に対するリフトオフ変動ノイズの影響を抑制し得ることが期待できる。
【0010】
しかしながら、従来の回転磁界を利用した磁気探傷方法には、単一周波数の励磁電流を用いていることに起因して、以下のような問題がある。
(1)同期検波の効果を十分に得ることができないため、きず検出能(S/N比)が低下する虞がある。
(2)きずの角度情報(何れの方向に延びているのか)を推定できない。
(3)渦流探傷法におけるきず検出能(S/N比)を向上させる手法として一般的な位相解析法を用いることができない。
【0011】
従って、従来の回転磁界を利用した磁気探傷方法によれば、理論的には種々の方向に延びるきずを検出可能であるものの、実用的にはきず検出能が十分とはいえない。また、きずの角度情報を推定できないため、きずの発生原因等を判断することも困難である。以下、上記(1)〜(3)の問題点について、具体的に説明する。
【0012】
前述のように、磁気探傷方法では、一般的に、作用させる磁界の方向ときずの延びる方向とが特定の角度を成す場合に、検出されるきず信号の振幅が最大となる。ここで、きず信号の振幅が最大となる方向からの磁界の方向のずれ角が±α°を超えると、きず信号の振幅が0になると仮定する。図1に示すような励磁コイル10を用いた従来の単一周波数の励磁電流による回転磁界を利用した磁気探傷方法では、励磁電流の1周期の間に磁界の方向が360°回転するため、上記仮定の下で、きず信号が出現する(きず信号の振幅が0より大きくなる)のは、励磁電流1周期の内の特定の範囲(きず信号の振幅が最大となる方向を基準として−α°〜+α°の磁界の方向が得られる範囲)に限定される。
【0013】
ここで、被検査材に、延びる方向の異なる2種類のきずA、B(きずAの角度θ(図1参照)=20°、きずBの角度θ=70°)が存在し、α=20°であると仮定する。前述のように、漏洩磁束探傷法におけるきず信号の振幅は、作用させる磁界の方向ときずの延びる方向とが直交する場合に最大となるため、漏洩磁束探傷法の場合、上記仮定の下で、きずAのきず信号は、磁界の方向φ(図1参照)が、φ=20°+90°+180°×n(nは整数)のときに最大となり、φ±20°の範囲を超えると振幅が0となる。同様にして、きずBのきず信号は、磁界の方向φが、φ=70°+90°+180°×n(nは整数)のときに最大となり、φ±20°の範囲を超えると振幅が0となる。
【0014】
図4は、上記仮定の下での、励磁電流波形ときず信号波形との時系列的な関係を示すグラフである。また、図5は、励磁電流を参照信号としてきず信号を含む探傷信号を同期検波し、同期検波により抽出されたきず信号を参照信号の2周期分に相当する単位領域毎に平滑化した後のきず信号波形を示すグラフであり、図5(a)はきずAのきず信号波形を、図5(b)はきずBのきず信号波形を示す。なお、図4及び図5において、探傷信号に含まれるノイズの波形は図示を省略している。
【0015】
探傷信号を同期検波する場合、図1に示すX方向励磁コイル1に通電する励磁電流、又はY方向励磁コイル2に通電する励磁電流を参照信号として用いることになるが、図4からも分かるように、きずA、Bから得られるきず信号は、いずれの励磁電流よりも周期が短い。すなわち、きず信号の周期と参照信号の周期とが一致していないため、同期検波の効果(探傷信号から高いS/N比できず信号を抽出する)を十分に得ることができず、きず検出能が低下する虞がある(前述した(1)の問題点)。
【0016】
また、同期検波により抽出されたきず信号を参照信号の2周期分に相当する単位領域毎に平滑化する場合、図5に示すように、平滑化後のきず信号の位相情報(きずの角度情報)は失われることになり、きずA及びBの双方について、平滑化後のきず信号は同様の直流信号波形となる。つまり、きずの角度情報を推定できないことになる(前述した(2)の問題点)。
【0017】
さらに、上記のように平滑化後のきず信号の位相情報が失われ、励磁電流の1周期の内、きず信号が何れの位置に存在するかを特定することができないため、きず検出能(S/N比)を評価する際には、図3(a)を参照して前述したように、常にきず信号の振幅とノイズの振幅との比で評価する必要が生じる。つまり、きず検出能を向上させる手法として一般的な位相解析法を用いることができない(前述した(3)の問題点)。
【特許文献1】特開2002−131285号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、斯かる従来技術の問題点を解決するべくなされたものであり、回転磁界を用いて被検査材に存在する種々の方向に延びるきずを高精度に探傷可能な磁気探傷方法及び磁気探傷装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
前記課題を解決するべく、本発明は、被検査材に回転磁界を作用させ、該回転磁界によって生じる探傷信号に基づいてきずを検出する磁気探傷方法であって、前記回転磁界を励磁するための励磁電流として、第1電流と該第1電流よりも周波数の低い第2電流とを重畳した交流電流を用い、前記探傷信号を前記第1電流を参照信号として同期検波した後、前記第2電流を参照信号として同期検波し、該同期検波後の探傷信号に基づいてきずを検出することを特徴とする磁気探傷方法を提供するものである。
【0020】
斯かる発明によれば、回転磁界を励磁するための励磁電流として、第1電流と該第1電流よりも周波数の低い第2電流とを重畳した交流電流を用いるため、周波数の高い第1電流によって生成される磁界(及びこの磁界によって誘起される渦電流)が支配的に被検査材に作用する一方、周波数の低い第2電流は、主として前記生成された磁界(及び渦電流)の方向を被検査材において回転させるために機能する。これは、被検査材に生じる誘導起電力が励磁電流の周波数に比例するからである。
【0021】
そして、本発明によれば、探傷信号を第1電流を参照信号として同期検波した後、第2電流を参照信号として同期検波し、該同期検波後の探傷信号に基づいてきずを検出することになる。すなわち、先ず最初に、磁界の回転周波数(第2電流の周波数に相当)よりも高い周波数の第1電流を参照信号として探傷信号を同期検波するため、従来のように磁界の回転周波数と同一の周波数の参照信号で同期検波する場合に比べて、きず信号の有する周期成分と参照信号の周期とを一致させ易く、同期検波の効果(探傷信号から高いS/N比できず信号を抽出する)を十分に得られることが期待できる。また、上記第1電流を参照信号として同期検波することにより抽出されたきず信号を、当該参照信号の2〜3周期分程度に相当する単位領域毎に平滑化しても、平滑化後のきず信号の位相情報は保持され易いため、きずの角度情報(何れの方向に延びているのか)を推定可能である。さらに、上記のように平滑化しても、きず信号の位相情報が保持され易いため、引き続いて第2電流を参照信号として同期検波する際に位相解析法を適用することができ、きず検出能に対するリフトオフ変動ノイズの影響等を抑制することが可能である。
【0022】
第1電流の周波数と第2電流の周波数との比は、きずの角度情報を如何なる分解能で推定するか等によって適宜決定すればよい(両者の比が大きくなればなるほど分解能は大きくなる)。例えば、少なくとも45°ピッチの分解能で推定するためには、両者の比を8(360°/45°=8)以上に設定する必要がある。
【0023】
従って、好ましくは、前記磁気探傷方法において、前記第1電流及び前記第2電流の周波数が下記式(1)を満足するものとされる。
第1電流の周波数/第2電流の周波数≧8 ・・・(1)
【0024】
また、前記課題を解決するべく、本発明は、被検査材に回転磁界を作用させる磁化手段と、前記回転磁界によって生じる探傷信号を検出する検出手段と、前記探傷信号に信号処理を施す信号処理手段とを備えた磁気探傷装置であって、前記磁化手段は、第1電流と該第1電流よりも周波数の低い第2電流とを重畳した交流電流を励磁電流として通電する励磁コイルを具備し、前記信号処理手段は、前記検出手段によって検出した探傷信号を前記第1電流を参照信号として同期検波する第1同期検波手段と、該第1同期検波手段の出力信号を前記第2電流を参照信号として同期検波する第2同期検波手段とを具備することを特徴とする磁気探傷装置としても提供される。
【0025】
好ましくは、前記磁気探傷装置において、前記第1電流及び前記第2電流の周波数が下記式(1)を満足するものとされる。
第1電流の周波数/第2電流の周波数≧8 ・・・(1)
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、前述した(1)〜(3)の問題点を解決することができ、回転磁界を用いて被検査材に存在する種々の方向に延びるきずを高精度に探傷可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の一実施形態について説明する。
【0028】
図6は、本発明の一実施形態に係る磁気探傷装置の概略構成を示す図であり、図6(a)はブロック線図を、図6(b)は図6(a)に示す探傷プローブの模式的な外観図を示す。図6に示すように、本実施形態に係る磁気探傷装置100は、被検査材に回転磁界を作用させる磁化手段1と、前記回転磁界によって生じる探傷信号を検出する検出手段2と、前記探傷信号に信号処理を施す信号処理手段3とを備えている。
【0029】
磁化手段1は、回転磁界を生じさせるための励磁電流を通電する励磁コイル11を具備する。図6(b)に示すように、励磁コイル11は、導線の巻回方向が互いに直交すると共に、中心位置が互いに一致するように配置されたX方向励磁コイル111及びY方向励磁コイル112を備える。X方向励磁コイル111に励磁電流(X方向励磁電流)を通電することにより、図6(b)に示すX方向に磁界が生成される。一方、Y方向励磁コイル112に励磁電流(Y方向励磁電流)を通電することにより、図6(b)に示すY方向に磁界が生成される。そして、各励磁コイル111、112に通電する交流の励磁電流の位相を90°ずらすことにより、各励磁コイル111、112で生成された磁界の合成磁界が、各励磁コイル111、112の中心位置を中心として360°回転することになる。
【0030】
本実施形態に係る励磁コイル11は、第1電流と該第1電流よりも周波数の低い第2電流とを重畳した交流電流を励磁電流として通電する点に特徴を有する。具体的には、X方向励磁コイル111には、第1電流と第2電流とを重畳したX方向励磁電流が通電する一方、Y方向励磁コイル112には、第1電流と第2電流とが重畳すると共にX方向励磁電流に対して位相が90°ずれたY方向励磁電流が通電する。以下、図7も適宜参照しつつ、上記の特徴部分について、より具体的に説明する。
【0031】
本実施形態に係る磁化手段1は、第1電流の電圧波形を生成する第1発信器12と、第2電流の電圧波形を生成する第2発信器13とを具備する。すなわち、図7(a)に示すように、第1発信器12からは、予め決定した第1電流の周波数と同一周波数の電圧波形(以下、第1電圧波形という)が出力され、第2発信器13からは、予め決定した第2電流の周波数と同一周波数の電圧波形(以下、第2電圧波形という)が出力される。第2電圧波形の周波数は、第1電圧波形の周波数よりも低周波である。なお、予め決定する第1電流の周波数と第2電流の周波数との比は、きずの角度情報を如何なる分解能で推定するか等によって適宜決定すればよいが、好ましくは、第1電流の周波数/第2電流の周波数≧8を満足するように決定される。
【0032】
また、磁化手段1は、乗算器14と、パワーアンプ15とを具備する。第1発信器12から出力された第1電圧波形と、第2発信器13から出力された第2電圧波形とは、乗算器14によって乗算(重畳)され、パワーアンプ15によって電流に変換される。パワーアンプ15から出力される電流は、図7(b)に示すように、X方向励磁コイル111に通電するX方向励磁電流として用いられる。
【0033】
一方、磁化手段1は、90°移相器16と、乗算器17と、パワーアンプ18とを具備する。第2発信器13から出力された第2電圧波形は、その位相が90°移相器16によって90°だけ移相される。例えば、図7(a)に示すように、第2発信器13から出力される第2電圧波形が余弦波である場合、90°移相器16から出力される電圧波形は、第2電圧波形と同一周波数の正弦波となる。そして、第1発信器12から出力された第1電圧波形と、90°移相器16から出力された電圧波形とは、乗算器17によって乗算(重畳)され、パワーアンプ18によって電流に変換される。パワーアンプ18から出力される電流は、図7(b)に示すように、Y方向励磁コイル112に通電するY方向励磁電流として用いられる。
【0034】
以上の構成により、図7(b)に示すように、X方向励磁コイル111には、第1電流と第2電流とを重畳したX方向励磁電流が通電する一方、Y方向励磁コイル112には、第1電流と第2電流とが重畳すると共にX方向励磁電流に対して位相が90°ずれたY方向励磁電流が通電することになる。
【0035】
このように、本実施形態に係る磁化手段1は、回転磁界を励磁するための励磁電流(X方向励磁電流及びY方向励磁電流)として、第1電流と該第1電流よりも周波数の低い第2電流とを重畳した交流電流を用いるため、周波数の高い第1電流によって生成される磁界(及びこの磁界によって誘起される渦電流)が支配的に被検査材に作用する一方、周波数の低い第2電流は、主として前記生成された磁界(及び渦電流)の方向を被検査材において回転させるために機能する。
【0036】
本実施形態に係る検出手段2は、励磁コイル11の中心を通り、X方向及びY方向に直交するZ方向(図6(b)参照)の磁束の変化を検出するための検出コイルとされている。検出コイル2は、Z方向の磁束の変化を検出し、探傷信号として信号処理手段3に出力する。なお、検出コイル2は、前述したX方向励磁コイル111及びY方向励磁コイル112と一体化されて、探傷プローブ4を形成している。
【0037】
信号処理手段3は、検出手段2によって検出した探傷信号を前記第1電流を参照信号として同期検波する第1同期検波手段31を具備する。具体的には、第1同期検波手段31は、第1発信器12から出力される第1電圧波形(第1電流の電圧波形)を参照信号として、検出手段2から出力される探傷信号を同期検波する。さらに、第1同期検波手段31は、同期検波により抽出された交流信号を、参照信号(第1電流の電圧波形)の2〜3周期分程度に相当する単位領域毎に平滑化して出力する。
【0038】
ここで、従来技術について前述したのと同様に、被検査材に、延びる方向の異なる2種類のきずA、B(きずAの角度θ(図1参照)=20°、きずBの角度θ=70°)が存在し、α=20°であると仮定する。本発明においても、漏洩磁束探傷法の場合、上記仮定の下で、きずAのきず信号は、磁界の方向φ(図1参照)が、φ=20°+90°+180°×n(nは整数)のときに最大となり、φ±20°の範囲を超えると振幅が0となる。同様にして、きずBのきず信号は、磁界の方向φが、φ=70°+90°+180°×n(nは整数)のときに最大となり、φ±20°の範囲を超えると振幅が0となる。
【0039】
図8は、上記仮定の下での、きずA、Bのきず信号波形を模式的に示すグラフである。また、図9は、第1同期検波手段において、第1電流を参照信号としてきず信号を含む探傷信号を同期検波し、同期検波により抽出されたきず信号を参照信号の2周期分に相当する単位領域毎に平滑化した後のきず信号波形を示すグラフである。なお、図8及び図9において、探傷信号に含まれるノイズの波形は図示を省略している。
【0040】
図8及び前述した図7を参照すれば分かるように、きずA、Bから得られるきず信号には、第1電流の周期と一致する周期成分が含まれるため、第1電流を参照信号として同期検波すれば、従来のように磁界の回転周波数と同一の周波数の参照信号(本発明の第2電流に相当)で同期検波する場合に比べて、探傷信号から高いS/N比できず信号を抽出することが可能である。
【0041】
また、図9に示すように、第1電流を参照信号として同期検波することにより抽出されたきず信号を、当該参照信号の2周期分に相当する単位領域毎に平滑化しても、平滑化後のきず信号の位相情報は保持されるため、きずA、Bの角度情報(何れの方向に延びているのか)を推定可能である。
【0042】
信号処理手段3は、第1同期検波手段31の出力信号を前記第2電流を参照信号として同期検波する第2同期検波手段32を具備する。また、信号処理手段3は、第2同期検波手段32の出力信号に基づいてリサージュ波形を表示するリサージュ波形表示手段33を具備する。
【0043】
具体的には、第2同期検波手段32は、第1同期検波手段31の出力信号を互いに同一の2つの信号に分岐する。そして、第2同期検波手段32は、第2発信器13から出力される第2電圧波形(第2電流の電圧波形)を参照信号として、前記分岐した一方の信号を同期検波する。この同期検波された信号(X信号)は、リサージュ波形表示手段33に出力される。また、第2同期検波手段32は、90°移相器16から出力される電圧波形(第2電流の電圧波形と位相が90°異なる電圧波形)を参照信号として、前記分岐した他方の信号を同期検波する。この同期検波された信号(Y信号)は、リサージュ波形表示手段33に出力される。
【0044】
リサージュ波形表示手段33は、第2同期検波手段32から出力されたX信号をX軸成分とし、Y信号をY軸成分としたリサージュ波形を表示する。この際、必要に応じて、検出コイル2のリフトオフ変動ノイズがX軸に沿うようにXY座標系を回転させれば、S/N比を向上させることが可能である。前述のように、第1同期検波手段31での平滑化後のきず信号の位相情報は保持されるため、第2同期検波手段32及びリサージュ波形表示手段33によって、上記のような位相解析法を適用することができ、きず検出能に対するリフトオフ変動ノイズの影響等を抑制することが可能である。
【0045】
以上に説明したように、本実施形態に係る磁気探傷装置100によれば、単一周波数の励磁電流を用いることに起因する従来の回転磁界を利用した磁気探傷方法の問題点を解決することができ、回転磁界を用いて被検査材に存在する種々の方向に延びるきずを高精度に探傷可能である。
【0046】
以下、実施例を示すことにより、本発明の特徴をより一層明らかにする。
【0047】
図6に概略構成を示す磁気探傷装置100を用いて、図10に示すように、鋼板Sに形成した線状の人工きずFの探傷試験を実施した。表1に探傷条件の概要を、表2に被検査材の概略仕様を示す。表1に示すように、探傷プローブ4として、一辺が6mmの立方体である芯材の側面にそれぞれ50回巻きされたX方向及びY方向励磁コイルと、前記芯材の底面に取り付けられた直径5mmの100回巻きの検出コイルとを具備するものを作製した。
【表1】


【表2】

【0048】
そして、図10に示すように、作製した探傷プローブ4を鋼板Sの直上で且つ人工きずFの直上を通るように一定方向(図10に示すY方向)に走査して探傷信号を検出した。この際、人工きずの延びる方向と探傷プローブ4の走査方向との相対的な角度を順次変化させ、各角度毎に探傷信号を検出した。具体的には、図10に示すX方向と人工きずFの延びる方向との成す角度をθとした場合に、θ=0°〜75°の範囲を15°ピッチで変化させ、各角度θでの探傷信号を検出した。
【0049】
図11は、上記の探傷試験によって得られたきず信号のリサージュ波形を示す。図11に示すように、各角度(θ=0°、15°、30°、45°、60°、75°)のきず信号のリサージュ波形は、互いに異なる位相を有することが識別可能である。また、きず信号のリサージュ波形は、どの角度のきずについても全て十分に大きな振幅を有する。この結果より、本発明によれば、同期検波の効果を十分に得ることができると共に、きずの角度情報を推定可能であることが分かる。
【0050】
なお、図11に示す例では、リフトオフ変動ノイズが生じていないが、生じている場合には、リフトオフ変動ノイズがX軸に沿うようにXY座標系を回転させ、回転後のX’Y’座標系におけるY’軸方向の信号成分を探傷信号とすることにより、きず検出能に対するリフトオフ変動ノイズの影響を抑制することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、回転磁界を生成するための励磁コイルの一例を示す平面視断面図である。
【図2】図2は、リサージュ波形の例を示す模式図である。
【図3】図3は、きず信号とリフトオフ変動ノイズとが位相差を有することを示すリサージュ波形の模式図である。
【図4】図4は、従来の回転磁界を利用した磁気探傷方法における、励磁電流波形ときず信号波形との時系列的な関係を示すグラフである。
【図5】図5は、図4に示す励磁電流を参照信号としてきず信号を含む探傷信号を同期検波し、同期検波により抽出されたきず信号を参照信号の2周期分に相当する単位領域毎に平滑化した後のきず信号波形を示すグラフである。
【図6】図6は、本発明の一実施形態に係る磁気探傷装置の概略構成を示す図である。
【図7】図7は、図6に示す磁化手段によって生成される信号波形を示すグラフである。
【図8】図8は、図6に示す検出手段によって検出されるきず信号波形の一例を模式的に示すグラフである。
【図9】図9は、図6に示す第1同期検波手段において、第1電流を参照信号としてきず信号を含む探傷信号を同期検波し、同期検波により抽出されたきず信号を参照信号の2周期分に相当する単位領域毎に平滑化した後のきず信号波形の一例を模式的に示すグラフである。
【図10】図10は、本発明の実施例に係る探傷試験の概要を説明する説明図であり、図10(a)は縦断面図を、図10(b)は平面図を示す。
【図11】図11は、図10に示す探傷試験によって得られたきず信号のリサージュ波形を示す。
【符号の説明】
【0052】
1・・・磁化手段
2・・・検出手段
3・・・信号処理手段
4・・・探傷プローブ
7・・・追従装置
11・・・励磁コイル
12・・・第1発信器
13・・・第2発信器
31・・・第1同期検波手段
32・・・第2同期検波手段
33・・・リサージュ波形表示手段
100・・・磁気探傷装置
111・・・X方向励磁コイル
112・・・Y方向励磁コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検査材に回転磁界を作用させ、該回転磁界によって生じる探傷信号に基づいてきずを検出する磁気探傷方法であって、
前記回転磁界を励磁するための励磁電流として、第1電流と該第1電流よりも周波数の低い第2電流とを重畳した交流電流を用い、
前記探傷信号を前記第1電流を参照信号として同期検波した後、前記第2電流を参照信号として同期検波し、該同期検波後の探傷信号に基づいてきずを検出することを特徴とする磁気探傷方法。
【請求項2】
前記第1電流及び前記第2電流の周波数が下記式(1)を満足することを特徴とする請求項1に記載の磁気探傷方法。
第1電流の周波数/第2電流の周波数≧8 ・・・(1)
【請求項3】
被検査材に回転磁界を作用させる磁化手段と、
前記回転磁界によって生じる探傷信号を検出する検出手段と、
前記探傷信号に信号処理を施す信号処理手段とを備えた磁気探傷装置であって、
前記磁化手段は、第1電流と該第1電流よりも周波数の低い第2電流とを重畳した交流電流を励磁電流として通電する励磁コイルを具備し、
前記信号処理手段は、前記検出手段によって検出した探傷信号を前記第1電流を参照信号として同期検波する第1同期検波手段と、該第1同期検波手段の出力信号を前記第2電流を参照信号として同期検波する第2同期検波手段とを具備することを特徴とする磁気探傷装置。
【請求項4】
前記第1電流及び前記第2電流の周波数が下記式(1)を満足することを特徴とする請求項3に記載の磁気探傷装置。
第1電流の周波数/第2電流の周波数≧8 ・・・(1)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−128733(P2008−128733A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−311878(P2006−311878)
【出願日】平成18年11月17日(2006.11.17)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】