磁気記録媒体の製造方法及び磁気記録媒体の製造装置
【課題】コンタミネーションガスや水分の影響を受け難く、膜厚がより薄い潤滑膜を形成できる磁気記録媒体の製造方法及び磁気記録媒体の製造装置を提供する。
【解決手段】基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、磁性膜を有する基板10に、電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成する。
【解決手段】基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、磁性膜を有する基板10に、電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法、及び磁気記録媒体の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、磁気記録媒体は、少なくとも磁性膜を設けた基板上に潤滑膜が形成してある。この潤滑膜により、表面に空気中の水分やコンタミネーションガス等が吸着するのを防止して磁気記録媒体としての信頼性を向上させている。
【0003】
このような磁気記録媒体は、例えば、NiPメッキ基板、ガラス基板等の基板の上に、磁性膜、保護膜等をこの順で積層した磁気ディスク上に、潤滑剤を形成したものが用いられている。一般に、磁性膜としてはCo合金薄膜等、保護膜としてはカーボン保護膜等が用いられ、CVD法(化学気相成長法)等の薄膜形成技術によって基板上に形成させている。潤滑膜は、保護膜への結合強度を高めるために極性を有する末端官能基を設けたパーフルオロポリエーテルからなる潤滑剤を、浸漬法、スプレー法、スピンコート法、蒸着法等の塗布方法によって磁気ディスク上に付着させて形成させている。
【0004】
浸漬法によって潤滑剤を磁気ディスクに付着させる方法としては、潤滑剤溶液を入れた密閉容器に磁気ディスクを浸漬した後、密閉容器内に不活性ガスを導入することにより、密閉容器内を加圧して潤滑剤溶液を排出する方法(例えば、特許文献1参照)や、潤滑剤溶液の液面を一定に保持した潤滑剤溶液塗布槽に、磁気ディスクを一定速度で浸漬し、一定速度で引き上げる方法(例えば、特許文献2参照)等がある。蒸着法によって潤滑剤を磁気ディスク上に付着させる場合には、磁気ディスクと潤滑剤とを配置した密閉容器内で、潤滑剤を蒸発させ、その蒸気を磁気ディスク上に付着させる方法(例えば、特許文献3〜5参照)、磁気ディスクの温度と蒸着源の温度とをそれぞれ一定に保持すると共に、両者の温度差が30℃を越えないように保持し、潤滑剤の付着面全体の90%以上の領域で潤滑剤分子が磁気ディスク面に対して垂直に配向しているようにする方法(例えば、特許文献6参照)等が知られている。さらには、末端の官能基がCOO-K+,COO-Na+等の電解質で構成されている潤滑剤を用い、電気泳動法によって磁気ディスク上に付着する方法(例えば、特許文献7参照)も開示されている。また、磁気ディスク上に潤滑膜を形成させた後に、熱処理(例えば、特許文献8参照)や、紫外線を照射する(例えば、特許文献9参照)ことにより、潤滑膜と保護膜との結合力を高める方法も検討されている。
【0005】
潤滑剤としては、一般には、例えば、式(1)に示されるフォンブリン(Fombiln)Z-tetraol(ソルベイ・ソレクシス社製)、式(2)で示されるフォンブリン Z-dol(ソルベイ・ソレクシス社製)、式(3)で示されるTA-30(旭硝子社製)等が使用されている。
【化1】
(式中、m,nは整数であり、分子量は1500〜4000である。)
【化2】
(式中、m,nは整数であり、分子量は1000〜6000である。)
【化3】
(式中、x,y,zは整数であり、分子量は1500〜6000である。)
【0006】
この種の潤滑剤によって形成される潤滑膜は、フーリエ変換型赤外分光分析、エリプソメータ、またはESCAによれば、測定スポットあたりの平均膜厚(単位面積あたりの潤滑剤の量)として約1〜2nmと定量されている。一方、実際の潤滑膜の膜厚(実際の物理的な厚み、以下、単に「膜厚」と称する場合がある)は潤滑剤の付着形態によって変化することが知られている。例えば、Z-tetraolやZ-dolの場合、付着形態は、図15に示すように、分子Lがランダムコイル状の形態で磁気ディスク10の保護膜6上に存在していると推定されている。TA-30の場合は、図16に示すように、分子Lの主鎖の構造がZ-tetraol、Z-dolとは異なるためランダムコイル状の形態にはならず、磁気ディスク10の保護膜6上に伸びた状態で付着していると推定されている。尚、このような潤滑剤の分子の嵩高さは、Z-tetraolが1.7nm程度、Z-dolが1.2nm程度、TA-30が1.4nm程度であることが報告されている(例えば、非特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−251251号公報
【特許文献2】特開平6−195704号公報
【特許文献3】特開平10−320765号公報
【特許文献4】特開平7−272268号公報
【特許文献5】特開平8−287459号公報
【特許文献6】特開平6−12658号公報
【特許文献7】特開平6−325360号公報
【特許文献8】特開平6−251365号公報
【特許文献9】特開2001−216627号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「トライボロジー会議予稿集(名古屋)」,日本トライボロジー学会,2008−9年,p.417−418
【非特許文献2】「IEEE Trans.on Magn.」,1999年,Vol.35,No.5,p.2397
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、前記従来の潤滑膜の形成方法では、潤滑剤の分子がZ-tetraol、Z-dol等のようにランダムコイル状の形態で磁気ディスク上に存在する場合は、磁気ディスクに対する潤滑剤の分子の向きによって分子の末端官能基が磁気ディスクの保護膜と結合していないものが混在していた。このような保護膜と結合していない末端官能基が潤滑膜の表面に存在すると、その極性によって表面エネルギーが高くなるため、磁気記録装置内のアウトガス等のコンタミネーションガスや水分等が吸着し易くなり、磁気記録装置の信頼性を低下させる虞があった。潤滑剤の分子がTA-30等のように3つ以上の末端官能基を有する場合でも、その分子構造から少なくとも1つの末端官能基が保護膜と結合せずに潤滑膜の表面に存在する可能性が高いため、同様にコンタミネーションガスや水分等の影響を受け易くなっていた。
また、保護膜と結合していない潤滑剤の分子は、磁気ディスク上で移動し易くなる。このため、保護膜と結合していない潤滑剤の分子が多くなり過ぎると、磁気記録装置における磁気ヘッドの走行時に磁気ヘッドスライダの表面に移着し易くなり、磁気ヘッドが安定に浮上するのを阻害し、磁気記録装置の信頼性を低下させる虞もあった。
【0010】
一方、近年では磁気記録装置において、磁気ディスクに対する磁気ヘッドの隙間(磁気ヘッド浮上量)は、数nmまで小さくなっており、今後さらに小さくすることが求められている。
しかし、前記従来の方法で形成した潤滑膜では、磁気ヘッド浮上量に対して潤滑剤の分子自体の嵩高さが大きな割合を占めているのに加え、潤滑剤が磁気ディスクに付着する際に、保護膜と結合していない潤滑剤の分子の末端官能基に対して、別の潤滑剤の分子が結合し、潤滑剤の分子が磁気ディスク面に対して複数層に積層されるため、磁気ヘッド浮上量をさらに小さくすることは困難であった。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、コンタミネーションガスや水分の影響を受け難く、膜厚がより薄い潤滑膜を形成できる磁気記録媒体の製造方法及び磁気記録媒体の製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明に係る磁気記録媒体の製造方法の特徴構成は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、前記磁性膜を有する基板に、電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成する点にある。
【0013】
本構成によれば、潤滑剤の分子の末端官能基が基板側に向いた状態で基板に付着させることができるため、潤滑剤を基板に末端官能基を介して結合させることができ、基板上で潤滑剤の分子が移動し難くなる。そして、基板との結合に関与する末端官能基の割合が大きく、潤滑膜の表面に存在する末端官能基の割合が小さくなるため、従来の磁気記録媒体に比べて表面エネルギーを低下させることができ、コンタミネーションガスや水分の影響を小さくすることができる。
また、潤滑剤が基板に付着する際に、基板と反対側に向いた末端官能基の割合が少なくなり、基板に直接付着した潤滑剤の分子の層の表面エネルギーが小さくなるため、この層の表面にさらに別の潤滑剤の分子が結合して層を形成するのを低減させることができる。このため、形成する潤滑膜の膜厚を薄くすることができる。
【0014】
本発明に係る製造方法において、前記磁性膜を有する基板は、前記潤滑剤を付着させる面を絶縁膜で被覆し、電場を印加する際に電流が流れないように構成することが好ましい。
【0015】
本構成によれば、電場を印加した際に電流が流れないため、潤滑剤自体が分解したり、コンタミネーションが電離して基板に引きつけられ潤滑膜に混入したりすることがない。
【0016】
また、本発明に係る磁気記録媒体の製造方法の別の特徴構成は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、前記磁性膜を有する基板に潤滑剤を付着させた後、当該潤滑剤を付着させた基板を、電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する点にある。
【0017】
基板に付着した潤滑剤の分子は、熱処理または紫外線照射によって分子運動が活発になるため、本構成によっても、潤滑剤の分子の末端官能基を配向させることができる。
【0018】
本発明に係る磁気記録媒体の製造装置の特徴構成は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造装置であって、潤滑剤の溶液または潤滑剤の蒸気を収容し、少なくとも一対の基板を対向させて配置する容器と、前記一対の基板に、一方の基板と他方の基板との間で陽極と陰極とを所定時間毎に切り替えながら電場を印加する電場印加手段を備える点にある。
【0019】
本構成によれば、所定時間毎に、一方の基板と他方の基板とが交互に陽極となって、潤滑剤を付着させることができるため、一対の基板に対し、同時に潤滑膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る製造方法を説明する概略図である。
【図2】磁気ディスクの構成図である。
【図3】潤滑膜におけるTA-30の分子形態を示す図である。
【図4】本発明に係る製造装置を説明する概略図である。
【図5】本発明に係る製造装置を説明する概略図である。
【図6】Z-tetraolの平均膜厚と潤滑剤の溶液濃度との関係を示すグラフである。
【図7】TA-30の平均膜厚と潤滑剤の溶液濃度との関係を示すグラフである。
【図8】TA-30で潤滑膜を形成した磁気ディスクの接触角の測定結果を示すグラフである。
【図9】TA-30の潤滑膜を形成した磁気ディスクの接触角の測定結果を示すグラフである。
【図10】TA-30の潤滑膜を形成した磁気ディスクの表面エネルギーの測定結果を示すグラフである。
【図11】ボンド膜とモバイル膜の平均膜厚を示すグラフである。
【図12】潤滑膜のステップハイトを示すグラフである。
【図13】磁気ヘッドの磁気ディスクに対するタッチダウンクリアランスを示すグラフである。
【図14】潤滑膜の平均膜厚と電場強度との関係を示すグラフである。
【図15】従来の潤滑膜におけるZ-tetraolの分子形態を示す図である。
【図16】従来の潤滑膜におけるTA-30の分子形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明に係る磁気記録媒体の製造方法は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、前記磁性膜を有する基板に電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成するものである。すなわち、本発明者らは、潤滑剤の分子の末端部分が双極子モーメントを有しており、電場を印加することによって双極子が電場の方向に沿って配向することに着目し、磁性膜を有する基板に潤滑剤を付着させる際に電場を印加することで、基板との結合部位である、潤滑剤の分子の末端官能基を基板側に向けられることを見出した。この方法によれば、潤滑剤の分子の末端官能基が基板側に向いた状態で基板に付着させることができるため、潤滑剤を基板に末端官能基を介して結合させることができ、基板上で潤滑剤の分子が移動し難くなる。そして、基板との結合に関与する末端官能基の割合が大きく、潤滑膜の表面に存在する末端官能基の割合が小さくなるため、従来の磁気記録媒体に比べて表面エネルギーを低下させることができ、コンタミネーションガスや水分の影響を小さくすることができる。また、潤滑剤が基板に付着する際に、基板と反対側に向いた末端官能基の割合が少なくなり、基板に直接付着した潤滑剤の分子の層の表面エネルギーが小さくなるため、この層の表面にさらに別の潤滑剤の分子が結合して層を形成するのを低減させることができる。このため、形成する潤滑膜の膜厚を薄くすることができる。
【0022】
本発明において、潤滑膜を形成する基板は、磁性膜を有する基板であれば特に限定されず、従来公知の磁性記録媒体として使用されるものを用いることができる。潤滑膜を形成する基板として、具体的には、図2に示すような、基板1の上に、軟磁性下地膜2、シード層3、中間層4、磁性膜5、保護膜6をこの順で有する磁気ディスク10等が例示される。基板1は、例えば、ガラス基板、NiPメッキ基板、アルミニウム合金基板等の非磁性基板を適用することができる。軟磁性下地膜2は、例えば、膜厚が20〜200nmで、FeSi,FeAlSi,FeTaC,FeCoTaZr,CoNbZr,CoCrZr,CoCrNb,NiFeNb等を適用することができる。シード層3は、例えば、厚みが1〜10nmであり、Ta,C,Mo,Ti,W,Re,Os,Hf,Mg等や、これらの合金を適用することができる。中間層4は、例えば、厚みが2〜30nmであり、Ru,RuCo,CoCr等適用することができる。磁性膜5は、例えば、膜厚が3〜30nmであり、CoCrPtB,CoCrPtTa,CoCrPtTaNb等を適用することができる。保護膜6は、例えば、膜厚が0.5〜15nmであり、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜等を適用することができる。もちろん、磁気ディスク10としては、上記の例に限らず、それぞれの層または膜にその他の従来公知の材料を適用することができ、また、別の層を追加したり、1または複数の層または膜を省略したりすることも適宜選択可能である。
【0023】
潤滑膜は、磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させることにより形成することができる。潤滑膜を構成する潤滑剤は、従来公知の潤滑剤を適用することができ、特に制限はない。例えば、末端官能基として水酸基を有するパーフルオロポリエーテルが挙げられる。具体的には、上記式(1)で示されるZ-tetraol、上記式(2)で示されるZ-dol、上記式(3)で示されるTA-30、Z-TMD(B.Marchon,X.-C.Guo,T.Karis,H.Deng,Q.Dai,J.Burns,Robert Waltman,「Fomblin multidentate lubricants for ultra-low magnetic speacing」,IEEE Trans.on Magn.,2006年,Vol.42,No.10,p.2504−2506を参照)、Tri-functional PFPE lubricant(H.Chiba,et al.,「Synthesis of tri-functional PFPE lubricant and its spreading characteristics on a hard disk surface」,proceedings of the 2004 International Symposium on Micro & Nano Scale Systems to Robotics & Mechatoronics Systems,2004年,p.261−264を参照)等が例示される。このようなパーフルオロポリエーテル骨格の主鎖構造に水酸基を有する潤滑剤は、水酸基を介して保護膜6と結合して潤滑膜を形成できると共に、水酸基による双極子モーメントを有し、電場を印加することで配向させることができるため、好ましく適用することができる。また、これらの中でも、TA-30のように末端官能基を3つ以上有する分子は、Z-tetraol、Z-dolのようなランダムコイル状の形態になり難く、保護膜6上に伸びた状態で付着し、膜厚を薄くできるため、特に好ましい。尚、印加する電場の大きさは、特に限定されないが、例えば、500〜2000V/mが例示される。
【0024】
潤滑剤を磁気ディスク10に付着させる方法は、例えば、潤滑剤の溶液に磁気ディスク10を浸漬する方法(浸漬方法)、磁気ディスク10に潤滑剤の溶液を塗布または噴霧する方法、潤滑剤の蒸気を磁気ディスク10に接触させる方法(蒸着方法)等が挙げられ、特に限定されない。磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させる場合には、電場を印加した際に潤滑膜の分子が磁気ディスク10に対して動き易い状態である方が好ましく、このような観点からは浸漬方法または蒸着方法が好ましい。尚、磁気ディスク10に付着させる潤滑剤の量は、特に制限はなく、任意に設定可能である。潤滑剤の付着量は、潤滑剤の溶液中の濃度、蒸気量、処理時間等によって適宜調整することができる。
【0025】
例えば、潤滑剤としてTA-30を用いた溶液に、磁気ディスク10を浸漬した場合、図1に示すように、潤滑剤の分子Lは、溶液中において自由に運動しており、磁気ディスク10に対して分子Lの3つの末端官能基はランダムな向きで存在している。これに、磁気ディスク10と電極20との間で電場を印加すると、潤滑剤の分子Lの末端官能基である水酸基によって生じる双極子が配向する。この時、磁気ディスク10が+側となるように電場を印加すれば、保護膜6との結合部位となる水酸基が磁気ディスク10側に向き易くなる。潤滑剤の分子Lは、その向きのまま、溶媒を構成する分子、潤滑剤の分子L等の熱運動によって磁気ディスク10に近づいて付着し、図3に模式的に示すように、水酸基を介して保護膜6と結合させることができる。これにより、従来の方法によって形成した潤滑膜に比べて、保護膜6と結合する水酸基の割合が高くなるため、潤滑膜の表面エネルギーを低下させ、膜厚を薄くすることができる。尚、本発明に係る方法は、潤滑剤の分子Lを電気泳動させるものではない。上記の通り、潤滑剤の分子Lは熱運動等によって磁気ディスク10に近づいて付着するため、電場を印加して向きを制御するだけで足りる。また、電気泳動をさせる場合のように電流を流すと、潤滑剤の分子自体が分解したり、溶液中のコンタミネーションが電離して磁気ディスク10に引きつけられ潤滑膜に混入したりする虞があるため、却って好ましくない。
【0026】
このため、電場を印加する際には電流が流れないように、磁気ディスク10の表面を覆う保護膜6は絶縁性が高い方が好ましい。例えば、保護膜6としてDLC膜を用いることは、絶縁性に優れるため特に好ましい態様である。尚、磁気ディスク10の表面は絶縁膜で被覆してあることが好ましいが、必ずしも厳密な意味で絶縁性が求められるものではなく、溶液中の分子が電気泳動しない程度に電流が流れることは何ら構わない。
【0027】
図1では、溶液中の潤滑剤の分子の動きについて説明したが、電場を印加した時の潤滑剤の分子の挙動は、空気中、真空中等においても同様である。これらの場合では、潤滑剤の分子は、空気中の分子や潤滑剤の分子自体等の熱運動によって磁気ディスク10に近づく。このため、蒸着方法等の場合も、同様に電場を印加することで、潤滑剤の分子の水酸基の向きを制御でき、潤滑剤の分子を水酸基を介して保護膜6と結合させることができる。
【0028】
このような方法は、例えば、図4に示す製造装置で実施することができる。すなわち、潤滑剤の溶液中に、磁気ディスク10を浸漬すると共に、両面の保護膜6とそれぞれ対向させて銅板等の電極20を配置してあり、磁気ディスク10を陽極として電場を印加できるようにしてある。この装置によれば、磁気ディスク10の両面に対し、同時に潤滑膜を形成することができる。
【0029】
本発明に係る方法を実施する製造装置としては、図5に示すように、潤滑剤の溶液中に、少なくとも一対の磁気ディスク10を対向させて配置すると共に、所定時間毎に+側と−側とを切り替えて電場を印加する電場印加手段30を設けたものも適用することができる。この装置では、任意に設定する時間毎に、一方の磁気ディスク10と他方の磁気ディスク10とが交互に陽極となって、潤滑剤を付着させることができるため、一対の磁気ディスク10に対し、同時に潤滑膜を形成することができる。もちろん、一対の磁気ディスク10は、一組に限らず、複数組を同時に処理することも可能である。
また、このように電場の方向をパルス的に切り替えながら潤滑膜を形成することができれば、潤滑剤の溶液中で帯電した微細な塵埃が電場によって磁気ディスク10の表面に付着することを抑制することもできる。さらには、磁気ディスク10を、潤滑剤の溶液から引き上げる際にも電場を印加することで帯電した塵埃の付着を低減する効果も期待できる。
尚、図4,5に示した製造装置は、磁気ディスク10を潤滑剤の溶液中に浸漬する場合を例として説明したが、潤滑剤の蒸気中においても当然に適用可能である。
【0030】
〔別の実施形態〕
上記の実施形態においては、磁気ディスク10に潤滑剤を付着させる際に、電場を印加する場合を例として説明したが、これに限定されない。例えば、電場を印加せずに磁気ディスク10に潤滑剤を付着させた後、その磁気ディスク10に対し、電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成することもできる。この場合においても、磁気ディスク10に付着させた潤滑剤の分子は、熱処理または紫外線照射によって分子運動が活発になるため、この時に電場を印加すれば、末端官能基を配向させることができる。熱処理条件は、特に限定されず、例えば、100〜180℃で5〜30秒処理する等、従来公知の条件が適用できる。紫外線照射条件についても、例えば、波長が150〜400nmの紫外線を、0.1〜100mW/cm2の照射強度で5〜30秒照射する等、従来公知の条件を適宜採用でき、特に限定はされない。
【0031】
本発明では、磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成する方法、磁気ディスク10に潤滑剤を付着させた後、その磁気ディスク10に電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する方法に限らず、例えば、磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させた後、その磁気ディスク10に熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する方法、磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させた後、その磁気ディスク10に電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する方法等を採用することもできる。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明を用いた実施例を示し、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
本発明の磁性膜を有する基板として、図2に示す磁気ディスク10を作製した。基板1としての2.5インチサイズのガラス基板に、軟磁性下地膜2、シード層3、中間層4、磁性膜5、保護膜6をこの順で積層した。保護膜6は、CVD法によって膜厚4.0nmのDLC膜を形成させた。
この磁気ディスク10に、図4に示す製造装置を用いて潤滑膜を形成した。すなわち、潤滑剤の溶液として、Z-tetraolとTA-30とを、それぞれデュポン社製の炭化フッ素系溶媒バートレル(登録商標)に溶解したものを用い、これらの溶液に磁気ディスク10を浸漬しながら電極20としての銅板との間で電場を3分間印加して、潤滑膜を形成した。
【0034】
(実施例1)
Z-tetraolの溶液を用い、その濃度を変えて、電場を印加しない場合、磁気ディスク10が+側となるように2000V/mの電場を印加した場合(+15V)、磁気ディスク10が−側となるように2000V/mの電場を印加した場合(−15V)に、潤滑膜を形成した時の平均膜厚(単位面積当たりの潤滑剤の量)をエリプソメータを用いて測定し、その結果を図6に示した。磁気ディスク10が+側となるように電場を印加した場合では、電場を印加しない場合に比べて平均膜厚は2〜4Å増加した。磁気ディスク10が−側となるように電場を印加した場合では、電場を印加しない場合に比べて2Å程度減少した。潤滑剤の分子は、溶液中でもランダムコイル状の形態となっている。磁気ディスク10が+側となるように電場を印加すると、潤滑剤の分子は水酸基を磁気ディスク10側に向けて付着するため平均膜厚(付着した潤滑剤の量)は増加したものと考えられる。磁気ディスクが−側となるように電場を印加すると、主鎖側が磁気ディスク10側に向くため、潤滑剤が磁気ディスク10に付着し難くなり平均膜厚は減少したものと考えられる。
【0035】
また、TA-30の溶液を用い、同様に潤滑膜を形成した時の平均膜厚を測定した。その結果、図7に示すように、磁気ディスク10に電場を印加した場合には、+側、−側に関わらず、平均膜厚は2〜4Å増加した。この場合は、潤滑剤の分子は、主鎖の柔軟性が小さいためランダムコイル状の形態をとり難く、電場が印加されると、末端官能基が+側に2つ、−側に1つ向く形態をとり、磁気ディスク10に付着するため、いずれの場合でも平均膜厚は増加したものと考えられる。
【0036】
以上のように、潤滑剤の溶液の濃度が同じ場合でも、平均膜厚を増加させることができるため、従来の潤滑膜と同様の平均膜厚の潤滑膜を形成する場合には、潤滑剤の溶液の濃度を低くすることができる。これにより、潤滑剤の使用量を低減できると共に、低濃度の潤滑剤の溶液を使用することで潤滑膜のシミ(濃度ムラ)を発生し難くすることができる。
【0037】
(実施例2)
TA-30の溶液を用い、同様に形成した潤滑膜のヘキサデカンに対する接触角、水に対する接触角、表面エネルギーを調べ、それぞれ図8,9,10に示した。極性のないヘキサデカンの接触角では電場の有無で差が生じなかったが、極性のある水の接触角では電場を印加した場合の方が約10度高くなった。また、表面エネルギーは電場を印加した場合の方が5mJ/m2程度低下していた。これは、従来の方法で形成した潤滑膜に比べて、表面側を向いている水酸基の割合が少なくなり、潤滑膜表面の疎水度が高くなったためと考えられる。尚、表面エネルギーは、接触角からGrifalco-Good-Fowkes-Youngの式によって求めた。
【0038】
(実施例3)
Z-tetraolの溶液と、TA-30の溶液とを用い、同様に形成したそれぞれの潤滑膜に対し、溶媒でリンスし、磁気ディスク10の保護膜6と結合している潤滑膜(ボンド膜)と、移動する潤滑膜(モバイル膜)との平均膜厚を調べた。その結果、図11に示すように、Z-tetraolの場合では、実施例1の場合と同様に、磁気ディスク10が+側となるように電場を印加した場合では、電場を印加しない場合に比べてボンド膜の平均膜厚は増加するのに対し、磁気ディスク10が−側となるように電場を印加した場合では、電場を印加しない場合に比べてボンド膜の平均膜厚は減少していた。これは、実施例1の場合と同様に、磁気ディスクが−側となるように電場を印加した場合では、主鎖側が磁気ディスク10側に向くため、潤滑剤が水酸基を介して磁気ディスク10の保護膜6と結合し難かったものと考えられる。また、TA-30の場合は、電場を印加する際に、磁気ディスク10が+側でも−側でもボンド膜の平均膜厚は増加していた。これについても実施例1の場合と同様に、TA-30がいずれの場合でも磁気ディスク10側に向く水酸基を有するためであると考えられる。
【0039】
(実施例4)
実施例3と同様に形成したそれぞれの潤滑膜について、「IEEE Trans.on Magn.」,1999年,Vol.35,No.5,p.2397に記載された方法により、AFMを用いて膜厚(実際の厚み、ステップハイト)を測定した。その結果、電場を印加することにより、図12に示すように、膜厚は、Z-tetraolの場合には約0.1nm、TA-30の場合には約0.3nm減少することが分かった。これは、潤滑剤が磁気ディスク10に付着する際に、電場を印加することにより、磁気ディスク10に直接付着した潤滑剤の分子の層に、磁気ディスク10と反対側を向いた末端官能基の割合が少なくなるため、この層の表面にさらに別の潤滑剤の分子が結合して層を形成するのを低減させることができ、結果として潤滑膜の膜厚が薄くなったものと考えられる。
【0040】
(実施例5)
実施例3と同様に形成したそれぞれの潤滑膜について、磁気ヘッドを用い、ヘッド素子部の浮上量を熱膨張により突出させ制御する機構(DFHコントロール)を用いて変化させて、磁気ディスク10に接触する(タッチダウン)突出量を計測して、タッチダウンまでの隙間(タッチダウンクリアランス)を調べた。その結果、図13に示すように、Z-tetraolの場合では、タッチダウンクリアランスの差は誤差範囲であり有意ではなかったものの、TA-30の場合では、タッチダウンクリアランスが約0.35nm大きくなっていた。
以上により、潤滑剤の種類を適宜選択することにより、磁気ヘッドと磁気ディスク10との間隔を大きくすることが可能であり、磁気ヘッドのさらなる低浮上化が可能となる磁気ディスクを提供することができることが分かった。
【0041】
(実施例6)
Z-tetraolの溶液と、TA-30の溶液とを用い、印加する電場の強度を変えて、形成される潤滑膜の平均膜厚(付着した潤滑剤の量)を測定した。その結果、図14に示すように、電場が500V/m程度の強度以上では、平均膜厚が増加することが分かった。また、電場の強度が1000V/mでは、いずれの潤滑剤を用いた場合でも平均膜厚は増加傾向にあるため、電場の強度は1000V/m以上で印加することが好ましい。
【0042】
(実施例7)
次に、図4に示す製造装置において、磁気ディスク10と電極20としての銅板との間で電場を印加する際に、磁気ディスク10の側を、+電位(1分間)、−電位(1分間)、+電位(1分間)とパルス的に切り替えて(電極20は反対の電位に切り替え)、3分間印加した場合について、形成される潤滑膜の平均膜厚を調べた。その結果、電位を切り替えない場合とほぼ同様であった。
【0043】
(実施例8)
図5に示す製造装置を用い、25枚の磁気ディスク10を、それぞれ6mmの間隔で対向させて保持して潤滑剤の溶液に浸漬し、隣り合う磁気ディスク10に、30秒毎に交互に+15Vと−15Vとを切り替えながら3分間印加したところ、実施例7と同様の効果が得られることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、磁気記録媒体の製造に適用することができる。
【符号の説明】
【0045】
1 基板
5 磁性膜
6 保護膜
10 磁気ディスク
20 電極
30 電場印加手段
L 潤滑剤の分子
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法、及び磁気記録媒体の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、磁気記録媒体は、少なくとも磁性膜を設けた基板上に潤滑膜が形成してある。この潤滑膜により、表面に空気中の水分やコンタミネーションガス等が吸着するのを防止して磁気記録媒体としての信頼性を向上させている。
【0003】
このような磁気記録媒体は、例えば、NiPメッキ基板、ガラス基板等の基板の上に、磁性膜、保護膜等をこの順で積層した磁気ディスク上に、潤滑剤を形成したものが用いられている。一般に、磁性膜としてはCo合金薄膜等、保護膜としてはカーボン保護膜等が用いられ、CVD法(化学気相成長法)等の薄膜形成技術によって基板上に形成させている。潤滑膜は、保護膜への結合強度を高めるために極性を有する末端官能基を設けたパーフルオロポリエーテルからなる潤滑剤を、浸漬法、スプレー法、スピンコート法、蒸着法等の塗布方法によって磁気ディスク上に付着させて形成させている。
【0004】
浸漬法によって潤滑剤を磁気ディスクに付着させる方法としては、潤滑剤溶液を入れた密閉容器に磁気ディスクを浸漬した後、密閉容器内に不活性ガスを導入することにより、密閉容器内を加圧して潤滑剤溶液を排出する方法(例えば、特許文献1参照)や、潤滑剤溶液の液面を一定に保持した潤滑剤溶液塗布槽に、磁気ディスクを一定速度で浸漬し、一定速度で引き上げる方法(例えば、特許文献2参照)等がある。蒸着法によって潤滑剤を磁気ディスク上に付着させる場合には、磁気ディスクと潤滑剤とを配置した密閉容器内で、潤滑剤を蒸発させ、その蒸気を磁気ディスク上に付着させる方法(例えば、特許文献3〜5参照)、磁気ディスクの温度と蒸着源の温度とをそれぞれ一定に保持すると共に、両者の温度差が30℃を越えないように保持し、潤滑剤の付着面全体の90%以上の領域で潤滑剤分子が磁気ディスク面に対して垂直に配向しているようにする方法(例えば、特許文献6参照)等が知られている。さらには、末端の官能基がCOO-K+,COO-Na+等の電解質で構成されている潤滑剤を用い、電気泳動法によって磁気ディスク上に付着する方法(例えば、特許文献7参照)も開示されている。また、磁気ディスク上に潤滑膜を形成させた後に、熱処理(例えば、特許文献8参照)や、紫外線を照射する(例えば、特許文献9参照)ことにより、潤滑膜と保護膜との結合力を高める方法も検討されている。
【0005】
潤滑剤としては、一般には、例えば、式(1)に示されるフォンブリン(Fombiln)Z-tetraol(ソルベイ・ソレクシス社製)、式(2)で示されるフォンブリン Z-dol(ソルベイ・ソレクシス社製)、式(3)で示されるTA-30(旭硝子社製)等が使用されている。
【化1】
(式中、m,nは整数であり、分子量は1500〜4000である。)
【化2】
(式中、m,nは整数であり、分子量は1000〜6000である。)
【化3】
(式中、x,y,zは整数であり、分子量は1500〜6000である。)
【0006】
この種の潤滑剤によって形成される潤滑膜は、フーリエ変換型赤外分光分析、エリプソメータ、またはESCAによれば、測定スポットあたりの平均膜厚(単位面積あたりの潤滑剤の量)として約1〜2nmと定量されている。一方、実際の潤滑膜の膜厚(実際の物理的な厚み、以下、単に「膜厚」と称する場合がある)は潤滑剤の付着形態によって変化することが知られている。例えば、Z-tetraolやZ-dolの場合、付着形態は、図15に示すように、分子Lがランダムコイル状の形態で磁気ディスク10の保護膜6上に存在していると推定されている。TA-30の場合は、図16に示すように、分子Lの主鎖の構造がZ-tetraol、Z-dolとは異なるためランダムコイル状の形態にはならず、磁気ディスク10の保護膜6上に伸びた状態で付着していると推定されている。尚、このような潤滑剤の分子の嵩高さは、Z-tetraolが1.7nm程度、Z-dolが1.2nm程度、TA-30が1.4nm程度であることが報告されている(例えば、非特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−251251号公報
【特許文献2】特開平6−195704号公報
【特許文献3】特開平10−320765号公報
【特許文献4】特開平7−272268号公報
【特許文献5】特開平8−287459号公報
【特許文献6】特開平6−12658号公報
【特許文献7】特開平6−325360号公報
【特許文献8】特開平6−251365号公報
【特許文献9】特開2001−216627号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「トライボロジー会議予稿集(名古屋)」,日本トライボロジー学会,2008−9年,p.417−418
【非特許文献2】「IEEE Trans.on Magn.」,1999年,Vol.35,No.5,p.2397
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、前記従来の潤滑膜の形成方法では、潤滑剤の分子がZ-tetraol、Z-dol等のようにランダムコイル状の形態で磁気ディスク上に存在する場合は、磁気ディスクに対する潤滑剤の分子の向きによって分子の末端官能基が磁気ディスクの保護膜と結合していないものが混在していた。このような保護膜と結合していない末端官能基が潤滑膜の表面に存在すると、その極性によって表面エネルギーが高くなるため、磁気記録装置内のアウトガス等のコンタミネーションガスや水分等が吸着し易くなり、磁気記録装置の信頼性を低下させる虞があった。潤滑剤の分子がTA-30等のように3つ以上の末端官能基を有する場合でも、その分子構造から少なくとも1つの末端官能基が保護膜と結合せずに潤滑膜の表面に存在する可能性が高いため、同様にコンタミネーションガスや水分等の影響を受け易くなっていた。
また、保護膜と結合していない潤滑剤の分子は、磁気ディスク上で移動し易くなる。このため、保護膜と結合していない潤滑剤の分子が多くなり過ぎると、磁気記録装置における磁気ヘッドの走行時に磁気ヘッドスライダの表面に移着し易くなり、磁気ヘッドが安定に浮上するのを阻害し、磁気記録装置の信頼性を低下させる虞もあった。
【0010】
一方、近年では磁気記録装置において、磁気ディスクに対する磁気ヘッドの隙間(磁気ヘッド浮上量)は、数nmまで小さくなっており、今後さらに小さくすることが求められている。
しかし、前記従来の方法で形成した潤滑膜では、磁気ヘッド浮上量に対して潤滑剤の分子自体の嵩高さが大きな割合を占めているのに加え、潤滑剤が磁気ディスクに付着する際に、保護膜と結合していない潤滑剤の分子の末端官能基に対して、別の潤滑剤の分子が結合し、潤滑剤の分子が磁気ディスク面に対して複数層に積層されるため、磁気ヘッド浮上量をさらに小さくすることは困難であった。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、コンタミネーションガスや水分の影響を受け難く、膜厚がより薄い潤滑膜を形成できる磁気記録媒体の製造方法及び磁気記録媒体の製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明に係る磁気記録媒体の製造方法の特徴構成は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、前記磁性膜を有する基板に、電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成する点にある。
【0013】
本構成によれば、潤滑剤の分子の末端官能基が基板側に向いた状態で基板に付着させることができるため、潤滑剤を基板に末端官能基を介して結合させることができ、基板上で潤滑剤の分子が移動し難くなる。そして、基板との結合に関与する末端官能基の割合が大きく、潤滑膜の表面に存在する末端官能基の割合が小さくなるため、従来の磁気記録媒体に比べて表面エネルギーを低下させることができ、コンタミネーションガスや水分の影響を小さくすることができる。
また、潤滑剤が基板に付着する際に、基板と反対側に向いた末端官能基の割合が少なくなり、基板に直接付着した潤滑剤の分子の層の表面エネルギーが小さくなるため、この層の表面にさらに別の潤滑剤の分子が結合して層を形成するのを低減させることができる。このため、形成する潤滑膜の膜厚を薄くすることができる。
【0014】
本発明に係る製造方法において、前記磁性膜を有する基板は、前記潤滑剤を付着させる面を絶縁膜で被覆し、電場を印加する際に電流が流れないように構成することが好ましい。
【0015】
本構成によれば、電場を印加した際に電流が流れないため、潤滑剤自体が分解したり、コンタミネーションが電離して基板に引きつけられ潤滑膜に混入したりすることがない。
【0016】
また、本発明に係る磁気記録媒体の製造方法の別の特徴構成は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、前記磁性膜を有する基板に潤滑剤を付着させた後、当該潤滑剤を付着させた基板を、電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する点にある。
【0017】
基板に付着した潤滑剤の分子は、熱処理または紫外線照射によって分子運動が活発になるため、本構成によっても、潤滑剤の分子の末端官能基を配向させることができる。
【0018】
本発明に係る磁気記録媒体の製造装置の特徴構成は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造装置であって、潤滑剤の溶液または潤滑剤の蒸気を収容し、少なくとも一対の基板を対向させて配置する容器と、前記一対の基板に、一方の基板と他方の基板との間で陽極と陰極とを所定時間毎に切り替えながら電場を印加する電場印加手段を備える点にある。
【0019】
本構成によれば、所定時間毎に、一方の基板と他方の基板とが交互に陽極となって、潤滑剤を付着させることができるため、一対の基板に対し、同時に潤滑膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る製造方法を説明する概略図である。
【図2】磁気ディスクの構成図である。
【図3】潤滑膜におけるTA-30の分子形態を示す図である。
【図4】本発明に係る製造装置を説明する概略図である。
【図5】本発明に係る製造装置を説明する概略図である。
【図6】Z-tetraolの平均膜厚と潤滑剤の溶液濃度との関係を示すグラフである。
【図7】TA-30の平均膜厚と潤滑剤の溶液濃度との関係を示すグラフである。
【図8】TA-30で潤滑膜を形成した磁気ディスクの接触角の測定結果を示すグラフである。
【図9】TA-30の潤滑膜を形成した磁気ディスクの接触角の測定結果を示すグラフである。
【図10】TA-30の潤滑膜を形成した磁気ディスクの表面エネルギーの測定結果を示すグラフである。
【図11】ボンド膜とモバイル膜の平均膜厚を示すグラフである。
【図12】潤滑膜のステップハイトを示すグラフである。
【図13】磁気ヘッドの磁気ディスクに対するタッチダウンクリアランスを示すグラフである。
【図14】潤滑膜の平均膜厚と電場強度との関係を示すグラフである。
【図15】従来の潤滑膜におけるZ-tetraolの分子形態を示す図である。
【図16】従来の潤滑膜におけるTA-30の分子形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明に係る磁気記録媒体の製造方法は、基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、前記磁性膜を有する基板に電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成するものである。すなわち、本発明者らは、潤滑剤の分子の末端部分が双極子モーメントを有しており、電場を印加することによって双極子が電場の方向に沿って配向することに着目し、磁性膜を有する基板に潤滑剤を付着させる際に電場を印加することで、基板との結合部位である、潤滑剤の分子の末端官能基を基板側に向けられることを見出した。この方法によれば、潤滑剤の分子の末端官能基が基板側に向いた状態で基板に付着させることができるため、潤滑剤を基板に末端官能基を介して結合させることができ、基板上で潤滑剤の分子が移動し難くなる。そして、基板との結合に関与する末端官能基の割合が大きく、潤滑膜の表面に存在する末端官能基の割合が小さくなるため、従来の磁気記録媒体に比べて表面エネルギーを低下させることができ、コンタミネーションガスや水分の影響を小さくすることができる。また、潤滑剤が基板に付着する際に、基板と反対側に向いた末端官能基の割合が少なくなり、基板に直接付着した潤滑剤の分子の層の表面エネルギーが小さくなるため、この層の表面にさらに別の潤滑剤の分子が結合して層を形成するのを低減させることができる。このため、形成する潤滑膜の膜厚を薄くすることができる。
【0022】
本発明において、潤滑膜を形成する基板は、磁性膜を有する基板であれば特に限定されず、従来公知の磁性記録媒体として使用されるものを用いることができる。潤滑膜を形成する基板として、具体的には、図2に示すような、基板1の上に、軟磁性下地膜2、シード層3、中間層4、磁性膜5、保護膜6をこの順で有する磁気ディスク10等が例示される。基板1は、例えば、ガラス基板、NiPメッキ基板、アルミニウム合金基板等の非磁性基板を適用することができる。軟磁性下地膜2は、例えば、膜厚が20〜200nmで、FeSi,FeAlSi,FeTaC,FeCoTaZr,CoNbZr,CoCrZr,CoCrNb,NiFeNb等を適用することができる。シード層3は、例えば、厚みが1〜10nmであり、Ta,C,Mo,Ti,W,Re,Os,Hf,Mg等や、これらの合金を適用することができる。中間層4は、例えば、厚みが2〜30nmであり、Ru,RuCo,CoCr等適用することができる。磁性膜5は、例えば、膜厚が3〜30nmであり、CoCrPtB,CoCrPtTa,CoCrPtTaNb等を適用することができる。保護膜6は、例えば、膜厚が0.5〜15nmであり、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜等を適用することができる。もちろん、磁気ディスク10としては、上記の例に限らず、それぞれの層または膜にその他の従来公知の材料を適用することができ、また、別の層を追加したり、1または複数の層または膜を省略したりすることも適宜選択可能である。
【0023】
潤滑膜は、磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させることにより形成することができる。潤滑膜を構成する潤滑剤は、従来公知の潤滑剤を適用することができ、特に制限はない。例えば、末端官能基として水酸基を有するパーフルオロポリエーテルが挙げられる。具体的には、上記式(1)で示されるZ-tetraol、上記式(2)で示されるZ-dol、上記式(3)で示されるTA-30、Z-TMD(B.Marchon,X.-C.Guo,T.Karis,H.Deng,Q.Dai,J.Burns,Robert Waltman,「Fomblin multidentate lubricants for ultra-low magnetic speacing」,IEEE Trans.on Magn.,2006年,Vol.42,No.10,p.2504−2506を参照)、Tri-functional PFPE lubricant(H.Chiba,et al.,「Synthesis of tri-functional PFPE lubricant and its spreading characteristics on a hard disk surface」,proceedings of the 2004 International Symposium on Micro & Nano Scale Systems to Robotics & Mechatoronics Systems,2004年,p.261−264を参照)等が例示される。このようなパーフルオロポリエーテル骨格の主鎖構造に水酸基を有する潤滑剤は、水酸基を介して保護膜6と結合して潤滑膜を形成できると共に、水酸基による双極子モーメントを有し、電場を印加することで配向させることができるため、好ましく適用することができる。また、これらの中でも、TA-30のように末端官能基を3つ以上有する分子は、Z-tetraol、Z-dolのようなランダムコイル状の形態になり難く、保護膜6上に伸びた状態で付着し、膜厚を薄くできるため、特に好ましい。尚、印加する電場の大きさは、特に限定されないが、例えば、500〜2000V/mが例示される。
【0024】
潤滑剤を磁気ディスク10に付着させる方法は、例えば、潤滑剤の溶液に磁気ディスク10を浸漬する方法(浸漬方法)、磁気ディスク10に潤滑剤の溶液を塗布または噴霧する方法、潤滑剤の蒸気を磁気ディスク10に接触させる方法(蒸着方法)等が挙げられ、特に限定されない。磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させる場合には、電場を印加した際に潤滑膜の分子が磁気ディスク10に対して動き易い状態である方が好ましく、このような観点からは浸漬方法または蒸着方法が好ましい。尚、磁気ディスク10に付着させる潤滑剤の量は、特に制限はなく、任意に設定可能である。潤滑剤の付着量は、潤滑剤の溶液中の濃度、蒸気量、処理時間等によって適宜調整することができる。
【0025】
例えば、潤滑剤としてTA-30を用いた溶液に、磁気ディスク10を浸漬した場合、図1に示すように、潤滑剤の分子Lは、溶液中において自由に運動しており、磁気ディスク10に対して分子Lの3つの末端官能基はランダムな向きで存在している。これに、磁気ディスク10と電極20との間で電場を印加すると、潤滑剤の分子Lの末端官能基である水酸基によって生じる双極子が配向する。この時、磁気ディスク10が+側となるように電場を印加すれば、保護膜6との結合部位となる水酸基が磁気ディスク10側に向き易くなる。潤滑剤の分子Lは、その向きのまま、溶媒を構成する分子、潤滑剤の分子L等の熱運動によって磁気ディスク10に近づいて付着し、図3に模式的に示すように、水酸基を介して保護膜6と結合させることができる。これにより、従来の方法によって形成した潤滑膜に比べて、保護膜6と結合する水酸基の割合が高くなるため、潤滑膜の表面エネルギーを低下させ、膜厚を薄くすることができる。尚、本発明に係る方法は、潤滑剤の分子Lを電気泳動させるものではない。上記の通り、潤滑剤の分子Lは熱運動等によって磁気ディスク10に近づいて付着するため、電場を印加して向きを制御するだけで足りる。また、電気泳動をさせる場合のように電流を流すと、潤滑剤の分子自体が分解したり、溶液中のコンタミネーションが電離して磁気ディスク10に引きつけられ潤滑膜に混入したりする虞があるため、却って好ましくない。
【0026】
このため、電場を印加する際には電流が流れないように、磁気ディスク10の表面を覆う保護膜6は絶縁性が高い方が好ましい。例えば、保護膜6としてDLC膜を用いることは、絶縁性に優れるため特に好ましい態様である。尚、磁気ディスク10の表面は絶縁膜で被覆してあることが好ましいが、必ずしも厳密な意味で絶縁性が求められるものではなく、溶液中の分子が電気泳動しない程度に電流が流れることは何ら構わない。
【0027】
図1では、溶液中の潤滑剤の分子の動きについて説明したが、電場を印加した時の潤滑剤の分子の挙動は、空気中、真空中等においても同様である。これらの場合では、潤滑剤の分子は、空気中の分子や潤滑剤の分子自体等の熱運動によって磁気ディスク10に近づく。このため、蒸着方法等の場合も、同様に電場を印加することで、潤滑剤の分子の水酸基の向きを制御でき、潤滑剤の分子を水酸基を介して保護膜6と結合させることができる。
【0028】
このような方法は、例えば、図4に示す製造装置で実施することができる。すなわち、潤滑剤の溶液中に、磁気ディスク10を浸漬すると共に、両面の保護膜6とそれぞれ対向させて銅板等の電極20を配置してあり、磁気ディスク10を陽極として電場を印加できるようにしてある。この装置によれば、磁気ディスク10の両面に対し、同時に潤滑膜を形成することができる。
【0029】
本発明に係る方法を実施する製造装置としては、図5に示すように、潤滑剤の溶液中に、少なくとも一対の磁気ディスク10を対向させて配置すると共に、所定時間毎に+側と−側とを切り替えて電場を印加する電場印加手段30を設けたものも適用することができる。この装置では、任意に設定する時間毎に、一方の磁気ディスク10と他方の磁気ディスク10とが交互に陽極となって、潤滑剤を付着させることができるため、一対の磁気ディスク10に対し、同時に潤滑膜を形成することができる。もちろん、一対の磁気ディスク10は、一組に限らず、複数組を同時に処理することも可能である。
また、このように電場の方向をパルス的に切り替えながら潤滑膜を形成することができれば、潤滑剤の溶液中で帯電した微細な塵埃が電場によって磁気ディスク10の表面に付着することを抑制することもできる。さらには、磁気ディスク10を、潤滑剤の溶液から引き上げる際にも電場を印加することで帯電した塵埃の付着を低減する効果も期待できる。
尚、図4,5に示した製造装置は、磁気ディスク10を潤滑剤の溶液中に浸漬する場合を例として説明したが、潤滑剤の蒸気中においても当然に適用可能である。
【0030】
〔別の実施形態〕
上記の実施形態においては、磁気ディスク10に潤滑剤を付着させる際に、電場を印加する場合を例として説明したが、これに限定されない。例えば、電場を印加せずに磁気ディスク10に潤滑剤を付着させた後、その磁気ディスク10に対し、電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成することもできる。この場合においても、磁気ディスク10に付着させた潤滑剤の分子は、熱処理または紫外線照射によって分子運動が活発になるため、この時に電場を印加すれば、末端官能基を配向させることができる。熱処理条件は、特に限定されず、例えば、100〜180℃で5〜30秒処理する等、従来公知の条件が適用できる。紫外線照射条件についても、例えば、波長が150〜400nmの紫外線を、0.1〜100mW/cm2の照射強度で5〜30秒照射する等、従来公知の条件を適宜採用でき、特に限定はされない。
【0031】
本発明では、磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成する方法、磁気ディスク10に潤滑剤を付着させた後、その磁気ディスク10に電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する方法に限らず、例えば、磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させた後、その磁気ディスク10に熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する方法、磁気ディスク10に電場を印加しながら潤滑剤を付着させた後、その磁気ディスク10に電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する方法等を採用することもできる。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明を用いた実施例を示し、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
本発明の磁性膜を有する基板として、図2に示す磁気ディスク10を作製した。基板1としての2.5インチサイズのガラス基板に、軟磁性下地膜2、シード層3、中間層4、磁性膜5、保護膜6をこの順で積層した。保護膜6は、CVD法によって膜厚4.0nmのDLC膜を形成させた。
この磁気ディスク10に、図4に示す製造装置を用いて潤滑膜を形成した。すなわち、潤滑剤の溶液として、Z-tetraolとTA-30とを、それぞれデュポン社製の炭化フッ素系溶媒バートレル(登録商標)に溶解したものを用い、これらの溶液に磁気ディスク10を浸漬しながら電極20としての銅板との間で電場を3分間印加して、潤滑膜を形成した。
【0034】
(実施例1)
Z-tetraolの溶液を用い、その濃度を変えて、電場を印加しない場合、磁気ディスク10が+側となるように2000V/mの電場を印加した場合(+15V)、磁気ディスク10が−側となるように2000V/mの電場を印加した場合(−15V)に、潤滑膜を形成した時の平均膜厚(単位面積当たりの潤滑剤の量)をエリプソメータを用いて測定し、その結果を図6に示した。磁気ディスク10が+側となるように電場を印加した場合では、電場を印加しない場合に比べて平均膜厚は2〜4Å増加した。磁気ディスク10が−側となるように電場を印加した場合では、電場を印加しない場合に比べて2Å程度減少した。潤滑剤の分子は、溶液中でもランダムコイル状の形態となっている。磁気ディスク10が+側となるように電場を印加すると、潤滑剤の分子は水酸基を磁気ディスク10側に向けて付着するため平均膜厚(付着した潤滑剤の量)は増加したものと考えられる。磁気ディスクが−側となるように電場を印加すると、主鎖側が磁気ディスク10側に向くため、潤滑剤が磁気ディスク10に付着し難くなり平均膜厚は減少したものと考えられる。
【0035】
また、TA-30の溶液を用い、同様に潤滑膜を形成した時の平均膜厚を測定した。その結果、図7に示すように、磁気ディスク10に電場を印加した場合には、+側、−側に関わらず、平均膜厚は2〜4Å増加した。この場合は、潤滑剤の分子は、主鎖の柔軟性が小さいためランダムコイル状の形態をとり難く、電場が印加されると、末端官能基が+側に2つ、−側に1つ向く形態をとり、磁気ディスク10に付着するため、いずれの場合でも平均膜厚は増加したものと考えられる。
【0036】
以上のように、潤滑剤の溶液の濃度が同じ場合でも、平均膜厚を増加させることができるため、従来の潤滑膜と同様の平均膜厚の潤滑膜を形成する場合には、潤滑剤の溶液の濃度を低くすることができる。これにより、潤滑剤の使用量を低減できると共に、低濃度の潤滑剤の溶液を使用することで潤滑膜のシミ(濃度ムラ)を発生し難くすることができる。
【0037】
(実施例2)
TA-30の溶液を用い、同様に形成した潤滑膜のヘキサデカンに対する接触角、水に対する接触角、表面エネルギーを調べ、それぞれ図8,9,10に示した。極性のないヘキサデカンの接触角では電場の有無で差が生じなかったが、極性のある水の接触角では電場を印加した場合の方が約10度高くなった。また、表面エネルギーは電場を印加した場合の方が5mJ/m2程度低下していた。これは、従来の方法で形成した潤滑膜に比べて、表面側を向いている水酸基の割合が少なくなり、潤滑膜表面の疎水度が高くなったためと考えられる。尚、表面エネルギーは、接触角からGrifalco-Good-Fowkes-Youngの式によって求めた。
【0038】
(実施例3)
Z-tetraolの溶液と、TA-30の溶液とを用い、同様に形成したそれぞれの潤滑膜に対し、溶媒でリンスし、磁気ディスク10の保護膜6と結合している潤滑膜(ボンド膜)と、移動する潤滑膜(モバイル膜)との平均膜厚を調べた。その結果、図11に示すように、Z-tetraolの場合では、実施例1の場合と同様に、磁気ディスク10が+側となるように電場を印加した場合では、電場を印加しない場合に比べてボンド膜の平均膜厚は増加するのに対し、磁気ディスク10が−側となるように電場を印加した場合では、電場を印加しない場合に比べてボンド膜の平均膜厚は減少していた。これは、実施例1の場合と同様に、磁気ディスクが−側となるように電場を印加した場合では、主鎖側が磁気ディスク10側に向くため、潤滑剤が水酸基を介して磁気ディスク10の保護膜6と結合し難かったものと考えられる。また、TA-30の場合は、電場を印加する際に、磁気ディスク10が+側でも−側でもボンド膜の平均膜厚は増加していた。これについても実施例1の場合と同様に、TA-30がいずれの場合でも磁気ディスク10側に向く水酸基を有するためであると考えられる。
【0039】
(実施例4)
実施例3と同様に形成したそれぞれの潤滑膜について、「IEEE Trans.on Magn.」,1999年,Vol.35,No.5,p.2397に記載された方法により、AFMを用いて膜厚(実際の厚み、ステップハイト)を測定した。その結果、電場を印加することにより、図12に示すように、膜厚は、Z-tetraolの場合には約0.1nm、TA-30の場合には約0.3nm減少することが分かった。これは、潤滑剤が磁気ディスク10に付着する際に、電場を印加することにより、磁気ディスク10に直接付着した潤滑剤の分子の層に、磁気ディスク10と反対側を向いた末端官能基の割合が少なくなるため、この層の表面にさらに別の潤滑剤の分子が結合して層を形成するのを低減させることができ、結果として潤滑膜の膜厚が薄くなったものと考えられる。
【0040】
(実施例5)
実施例3と同様に形成したそれぞれの潤滑膜について、磁気ヘッドを用い、ヘッド素子部の浮上量を熱膨張により突出させ制御する機構(DFHコントロール)を用いて変化させて、磁気ディスク10に接触する(タッチダウン)突出量を計測して、タッチダウンまでの隙間(タッチダウンクリアランス)を調べた。その結果、図13に示すように、Z-tetraolの場合では、タッチダウンクリアランスの差は誤差範囲であり有意ではなかったものの、TA-30の場合では、タッチダウンクリアランスが約0.35nm大きくなっていた。
以上により、潤滑剤の種類を適宜選択することにより、磁気ヘッドと磁気ディスク10との間隔を大きくすることが可能であり、磁気ヘッドのさらなる低浮上化が可能となる磁気ディスクを提供することができることが分かった。
【0041】
(実施例6)
Z-tetraolの溶液と、TA-30の溶液とを用い、印加する電場の強度を変えて、形成される潤滑膜の平均膜厚(付着した潤滑剤の量)を測定した。その結果、図14に示すように、電場が500V/m程度の強度以上では、平均膜厚が増加することが分かった。また、電場の強度が1000V/mでは、いずれの潤滑剤を用いた場合でも平均膜厚は増加傾向にあるため、電場の強度は1000V/m以上で印加することが好ましい。
【0042】
(実施例7)
次に、図4に示す製造装置において、磁気ディスク10と電極20としての銅板との間で電場を印加する際に、磁気ディスク10の側を、+電位(1分間)、−電位(1分間)、+電位(1分間)とパルス的に切り替えて(電極20は反対の電位に切り替え)、3分間印加した場合について、形成される潤滑膜の平均膜厚を調べた。その結果、電位を切り替えない場合とほぼ同様であった。
【0043】
(実施例8)
図5に示す製造装置を用い、25枚の磁気ディスク10を、それぞれ6mmの間隔で対向させて保持して潤滑剤の溶液に浸漬し、隣り合う磁気ディスク10に、30秒毎に交互に+15Vと−15Vとを切り替えながら3分間印加したところ、実施例7と同様の効果が得られることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、磁気記録媒体の製造に適用することができる。
【符号の説明】
【0045】
1 基板
5 磁性膜
6 保護膜
10 磁気ディスク
20 電極
30 電場印加手段
L 潤滑剤の分子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、
前記磁性膜を有する基板に、電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成する磁気記録媒体の製造方法。
【請求項2】
前記磁性膜を有する基板は、前記潤滑剤を付着させる面を絶縁膜で被覆し、電場を印加する際に電流が流れないように構成してある請求項1に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項3】
基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、
前記磁性膜を有する基板に潤滑剤を付着させた後、当該潤滑剤を付着させた基板を、電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する磁気記録媒体の製造方法。
【請求項4】
基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造装置であって、
潤滑剤の溶液または潤滑剤の蒸気を収容し、少なくとも一対の基板を対向させて配置する容器と、
前記一対の基板に、一方の基板と他方の基板との間で陽極と陰極とを所定時間毎に切り替えながら電場を印加する電場印加手段を備えた磁気記録媒体の製造装置。
【請求項1】
基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、
前記磁性膜を有する基板に、電場を印加しながら潤滑剤を付着させて潤滑膜を形成する磁気記録媒体の製造方法。
【請求項2】
前記磁性膜を有する基板は、前記潤滑剤を付着させる面を絶縁膜で被覆し、電場を印加する際に電流が流れないように構成してある請求項1に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項3】
基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造方法であって、
前記磁性膜を有する基板に潤滑剤を付着させた後、当該潤滑剤を付着させた基板を、電場を印加しながら熱処理または紫外線照射して潤滑膜を形成する磁気記録媒体の製造方法。
【請求項4】
基板上に、少なくとも磁性膜と潤滑膜とをこの順で有する磁気記録媒体の製造装置であって、
潤滑剤の溶液または潤滑剤の蒸気を収容し、少なくとも一対の基板を対向させて配置する容器と、
前記一対の基板に、一方の基板と他方の基板との間で陽極と陰極とを所定時間毎に切り替えながら電場を印加する電場印加手段を備えた磁気記録媒体の製造装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2010−198703(P2010−198703A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−44432(P2009−44432)
【出願日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【出願人】(597076200)クボタコンプス株式会社 (6)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【出願人】(597076200)クボタコンプス株式会社 (6)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]