説明

神経損傷に起因する身体機能障害の予防及び治療のための医薬

【課題】事故や脳卒中等により生じる神経損傷に起因する運動機能障害等の身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬を提供する。
【解決手段】神経損傷に起因する身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬であって、下記の一般式(I):


〔式中、R1〜R5は水素原子、アルキル基、又はアルキル置換シリル基を示し、Xは-CONH-又は-NHCO-を示し、Aは置換基を有していてもよいカルボン酸置換芳香族基又は置換基を有していてもよいトロポロニル基を示す〕で表される化合物又はその塩を有効成分として含む医薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、事故や脳卒中等により生じる神経損傷に起因する運動機能障害等の身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
事故等の物理的な原因により生じる神経損傷や急性虚血性脳疾患等の疾病により生じる神経損傷は麻痺等の運動機能障害や言語障害等の身体機能障害を引き起こすことが多い。例えば、脳出血や脳梗塞等の脳卒中の患者数は日本国内で140万人程度であるが、脳出血や脳梗塞の大発作により脳神経が損傷を受け、それに起因して身体麻痺や言語障害等の身体機能障害が後遺症として残ることが多い。
【0003】
また、現在日本では10万人以上が交通事故等により脊椎に受傷して身体に何らかの麻痺を抱えたまま生活しており、毎年5000人以上の脊髄受傷者が増加すると言われている。脊椎を骨折したり打撲により脊髄の断裂や鈍的損傷・圧迫が引き起こされると脊髄神経の損傷が生じ、この損傷により麻痺や運動機能障害、あるいは感覚機能の障害、自律神経障害、又は排尿排便機能障害等の身体機能障害が全身や身体の一部に生じる。脊髄損傷の原因の多くは交通事故やスポーツ事故であることから、若者層の患者の多くが寝たきりや車椅子の生活を余儀なくされるという深刻な問題となっている。神経損傷に起因するこれらの身体機能障害に対しては、早期のリハビリテーションにより残存する機能を維持する処置が行われているが、神経損傷に起因する身体機能障害に対する根本的な治療法は未だ知られておらず、有効な治療法の開発が切望されている。
【0004】
一方、細胞核内に存在する核内レセプター・スーパーファミリー (Evans, R.M., Science, 240, p.889, 1988) に属するレチノイン酸レセプター(RAR)は、リガンドとの結合を介して、動物細胞の増殖・分化あるいは細胞死等を制御することが明らかにされている(Petkovich, M., et al., Nature, 330, pp.444-450, 1987)。このRARに対して生体内に天然に存在するリガンドは、ビタミンAの活性代謝産物であるオール・トランス(all-trans)・レチノイン酸(ビタミンA酸)である。
【0005】
レチノイン酸様の生物活性を有する化合物(例えば、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸: タミバロテンなど)も、レチノイン酸と同様にRAR に結合して生理活性を発揮することが示唆されている(Hashimoto, Y., Cell struct. Funct., 16, pp.113-123, 1991; Hashimoto, Y., et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 166, pp.1300-1307, 1990を参照)。これらの化合物は、動物実験または臨床的には、ビタミンA欠乏症、上皮組織の角化症、リウマチ、遅延型アレルギー、骨疾患、及び白血病やある種の癌の治療や予防に有用であることが見出されている。
【0006】
ビタミンA又はその誘導体が胎生期や成長期の神経細胞の分化に関わることが知られている(Hunter, K. et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 88, p.3666, 1991; , Wuarin, L. et al., Int. J. Dev. Neurosci., 8, p.317,1990; Haskell, B.E. et al., Cell Tissue Res., 247, p.67, 1987, Quinn, S.D.P. et al., In Vitro Cell Dev. Biol., 27A, p.55, 1991)。また、MeyらによってビタミンA酸の神経への作用に関する総説がまとめられている(Mey, J., J Neurobiol., 66, p.757, 2006)。
【0007】
しかしながら、Meyらは上掲の総説中で神経損傷動物においてビタミンA酸が治療効果を示すという明確な報告がないことを説明している。例えば、脛骨神経吻合試験においてビタミンA酸50μl(10 nM RA)が再生神経を30%増加させるものの、神経機能や運動機能の回復には至らなかったことが報告されている(Taha, M.O. et al., Trabspl. Proc., 36, p.404, 2004)。このように、これまで神経細胞の分化に何らかの形でビタミンA酸またはRARのシグナル伝達系が介在していることは示されているが、これらの経路を賦活化することにより神経損傷に起因する運動機能障害の回復を達成できるか否かはこれまで明らかにされていない。運動機能や感覚機能等の高次神経症状の回復のためには、神経細胞の再生だけではなく、グリア細胞や神経栄養因子等の神経細胞周辺環境が整うことが必要であり、上記の知見からは、ビタミンA酸がこれらの周辺環境の改善を含めて神経再生及び運動機能の改善を達成できるかどうかは不明である。
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88, p.3666, 1991
【非特許文献2】Int. J. Dev. Neurosci., 8, p.317,1990
【非特許文献3】Cell Tissue Res., 247, p.67, 1987
【非特許文献4】In Vitro Cell Dev. Biol., 27A, p.55, 1991
【非特許文献5】J. Neurobiol., 66, p.757, 2006
【非特許文献6】Trabspl. Proc., 36, p.404, 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、事故や脳卒中等により生じる神経損傷に起因する運動機能障害等の身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸等の化合物が、脊髄損傷モデル動物において運動機能を顕著に改善する作用を有しており、事故や脳卒中等により生じる神経損傷に起因する運動機能障害等の身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬の有効成分として極めて優れた性質を有することを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明により、神経損傷に起因する身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬であって、下記の一般式(I):
【化1】

〔式中、R1、R2、R3、R4、及びR5はそれぞれ独立に水素原子、低級アルキル基、又は低級アルキル置換シリル基を示し、R1、R2、R3、R4、及びR5のうち隣接するいずれか2つの基が低級アルキル基である場合には、それらが一緒になってそれらが結合するベンゼン環上の炭素原子とともに5員環又は6員環を形成してもよく(該環は1又は2以上のアルキル基を有していてもよい)、Xは-CONH-又は-NHCO-を示し、Aは置換基を有していてもよいカルボン酸置換芳香族基又は置換基を有していてもよいトロポロニル基を示す〕で表される化合物又はその塩を有効成分として含む医薬が提供される。
【0011】
上記の発明の好ましい態様によれば、身体機能障害が運動機能障害、感覚機能障害、又は自律神経機能障害である上記の医薬;神経損傷が中枢神経の障害により引き起こされた神経損傷である上記の医薬;中枢神経の障害が脊髄障害又は脳障害である上記の医薬;神経損傷が神経の物理的損傷である上記の医薬が提供される。
【0012】
別の観点からは、上記の医薬の製造のための上記の一般式(I)で表される化合物又はその塩の使用;及び神経損傷に起因する身体機能障害の予防及び/又は治療方法であって、上記一般式(I)で表される化合物又はその塩の有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法が本発明により提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の医薬は事故や脳卒中等により生じる神経損傷に起因する運動機能障害等の身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
上記一般式(I)で表される化合物において、R1、R2、R3、R4、及びR5が示す低級アルキル基としては、炭素数1ないし6個程度、好ましくは炭素数1ないし4個の直鎖又は分枝鎖のアルキル基を用いることができる。例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、又はtert- ブチル基等を用いることができる。上記の低級アルキル基上には1個又は2個以上の任意の置換基が存在していてもよい。置換基としては、例えば、水酸基、低級アルコキシ基、ハロゲン原子等を例示することができる。R1、R2、R3、R4、及びR5が示す低級アルキル置換シリル基としては、例えば、トリメチルシリル基等を挙げることができる。
【0015】
R1、R2、R3、R4、及びR5からなる群から選ばれる隣接する2つの低級アルキル基が一緒になって、それらが結合するベンゼン環上の炭素原子とともに5員環又は6員環を1個又は2個、好ましくは1個形成してもよい。このようにして形成される環は飽和、部分飽和、又は芳香族のいずれであってもよく、環上には1又は2以上のアルキル基を有していてもよい。環上に置換可能なアルキル基としては、炭素数1ないし6個程度、好ましくは炭素数1ないし4個の直鎖又は分枝鎖のアルキル基を用いることができる。例えば、メチル基、エチル基等を用いることができ、好ましくは2〜4個のメチル基、さらに好ましくは4個のメチル基が置換していてもよい。例えば、R2及びR3が置換するベンゼン環とR2及びR3とにより、5,6,7,8-テトラヒドロナフタレン環や5,5,8,8-テトラメチル-5,6,7,8- テトラヒドロナフタレン環等が形成されることが好ましい。
【0016】
Aで表されるカルボン酸置換芳香族基としてはカルボン酸置換フェニル基又はカルボン酸置換複素環基等を用いることができるが、カルボン酸置換フェニル基が好ましく、4-カルボキシフェニル基がより好ましい。Aが示すカルボン酸置換複素環基を構成する複素環カルボン酸の例として、例えばピリミジン-5-カルボン酸等を挙げることができる。また、Aで表されるトロポロニル基としてはトロポロン-5-イル基が好ましい。これらのカルボン酸置換芳香族基又はトロポロニル基の環上には1以上の他の置換基が存在していてもよい。置換基の種類は特に限定されないが、例えば、水酸基、ハロゲン原子、アミノ基等を例示することができる。
【0017】
好ましい化合物として、例えば、フェニル置換カルバモイル安息香酸又はフェニル置換カルボキサミド安息香酸を基本骨格とする化合物を用いることができる。フェニル置換カルバモイル安息香酸を基本骨格とする化合物の代表例として4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸(Hashimoto, Y., Cell struct. Funct., 16, pp.113-123, 1991; Hashimoto, Y., et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 166, pp.1300-1307, 1990を参照)、フェニル置換カルボキサミド安息香酸を基本骨格とする化合物の代表例として4-[(3,5-ビストリメチルシリルフェニル)カルボキサミド]安息香酸(J. Med. Chem., 33, pp.1430-1437, 1990)を挙げることができる。なお、本明細書において「基本骨格」という用語は1又は2以上の任意の置換基が結合するための主たる化学構造を意味する。特に好ましい化合物として、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸が挙げられる。
【0018】
本発明の医薬の有効成分としては、上記の化合物の塩を用いてもよい。例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、若しくはカルシウム塩等の金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩若しくはエタノールアミン塩等の有機アミン塩等の生理学的に許容される塩を本発明の医薬の有効成分として用いることができる。本発明の医薬の有効成分としては、上記の化合物のプロドラッグを用いてもよい。プロドラッグとは、哺乳類動物に経口的又は非経口的に投与した後に生体内、好ましくは血中で加水分解等の変化を受けて化合物又はその塩を生成する化合物又はその塩のことである。例えば、カルボキシル基、アミノ基、または水酸基等を有する薬剤をプロドラッグ化する手段は多数知られており、当業者は適宜の手段を選択可能である。化合物又はその塩のプロドラッグの種類は特に限定されないが、例えば、化合物がカルボキシル基を有する場合には、該カルボキシル基をアルコキシカルボニル基に変換したプロドラッグが例示される。好ましい例としては、メトキシカルボニル基又はエトキシカルボニル基等のエステル化合物が挙げられる。
【0019】
上記の化合物は、置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があるが、これらの不斉炭素に基づく任意の光学異性体、光学異性体の任意の混合物、ラセミ体、2個以上の不斉炭素に基づくジアステレオ異性体、ジアステレオ異性体の任意の混合物等は、いずれも本発明の医薬の有効成分として利用可能である。さらに、二重結合のシス又はトランス結合に基づく幾何異性体、及び幾何異性体の任意の混合物や、遊離化合物又は塩の形態の化合物の任意の水和物又は溶媒和物も本発明の医薬の有効成分として用いることができる。
【0020】
本発明の医薬は、神経損傷に起因する運動機能障害等の身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬として用いることができる。本明細書において身体機能障害の予防及び/又は治療とは、身体機能障害の発生を完全に阻止する場合、又は重度の障害発生を阻止して軽度障害にとどめる等の予防的療法、あるいはすでに発生している身体機能障害を軽減又は消失させる治療的療法を含み、予防及び/又は治療の効果としては医師の判定による所見の改善のほか、自覚症状の改善等も含めて最も広義に解釈する必要がある。
【0021】
本明細書において神経損傷に起因する身体機能障害としては、例えば、神経損傷に起因する運動機能障害、感覚機能障害、又は自律神経機能障害等が挙げられる。また、神経損傷としては、例えば、脊髄や脳等の中枢神経系における神経損傷、又は末梢神経系における神経損傷が挙げられる。
【0022】
脊髄における神経損傷としては、例えば、神経の物理的損傷(椎体関節の脱臼や亜脱臼や脊椎骨折による脊髄損傷、脊髄圧迫による障害、椎間板ヘルニア等により生じる神経損傷)、虚血若しくは虚血再灌流後における神経損傷(脊髄虚血、脊髄出血、隋外血管障害による脊髄麻痺等により生じる神経損傷)、又は腫瘍(脊髄腫瘍、脊椎腫瘍等)等により生じる神経損傷が挙げられる。
【0023】
脳における神経損傷としては、例えば、神経の物理的損傷(脳挫傷等の脳組織損傷、頭部外傷等により生じる神経損傷)、虚血若しくは虚血再灌流後における神経損傷(脳卒中、脳梗塞、脳出血、脳虚血、クモ膜下出血、動脈瘤出血、心筋梗塞、低酸素症、無酸素症による外発作/大脳虚血等により生じる神経損傷)、腫瘍(脳腫瘍等)等により生じる神経損傷が挙げられる。
末梢神経における神経損傷としては、例えば、外傷(殴打、挫傷等)等による神経の切断、圧迫、又は挫滅等の神経の物理的損傷が挙げられる。
【0024】
運動機能障害の自覚又は他覚症状としては、例えば、身体の部分的又は全体の麻痺、半身不随、運動麻痺、痺れ、疼痛、痙攣、歩行および移動の異常(例えば失調性歩行、麻痺性歩行、歩行困難等)、運動失調症、異常不随意運動、反射の喪失、異常反射、伸筋反射異常、姿勢異常、筋緊張亢進、筋緊張症、深部腱反射亢進、筋緊張低下、筋痛症、嚥下障害、又は会話の障害(例えば、不全失語症、失語症、構音障害、失構語症等)等が挙げられる。
【0025】
感覚機能障害の自覚又は他覚症状としては、例えば、しびれ、冷感、疼痛、知覚過敏(感覚過敏、触覚過敏、痛覚過敏等)、知覚消失、知覚麻痺、皮膚感覚障害、認知障害、めまい感、嗅覚障害、味覚障害、幻聴、幻視等、情緒障害、音声の障害(例えば、発声障害(発声困難)、失声(発声不能)症、)、会話若しくは言語の障害(例えば、言語障害、特異的会話構音障害、表出性言語障害、受容性言語障害等)、又は高次脳機能障害(失語症、半側空間失認、前頭葉症状等)等が挙げられる。
【0026】
自律神経障害の自覚又は他覚症状としては、例えば、心若しくは血管機能の低下、排尿・生殖機能の低下、又は消化器機能の低下等が挙げられ、より具体的には、例えば、発汗異常、立ちくらみ、便秘、下痢、胆のう収縮能低下、性機能の低下、ED(勃起不全)、呼吸麻痺等が挙げられる。
【0027】
本発明の医薬は、上記の化合物及びその塩、並びにそれらの水和物及び溶媒和物からなる群から選ばれる物質の1種または2種以上を有効成分として含む。2種以上の異なる有効成分を組み合わせて投与することにより好ましい有効性が得られることがある。本発明の医薬としては上記の物質それ自体を投与してもよいが、好ましくは、当業者に周知の方法によって製造可能な経口用又は非経口用の医薬組成物として投与することができる。
【0028】
経口投与に適する医薬用組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、及びシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、坐剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤、軟膏剤、クリーム剤、及び貼付剤等を挙げることができる。非経口投与の一例として、例えば、機能障害部位への局所注射や観血的又は非観血的な手術において機能障害部位又は障害神経あるいはその周囲に溶液剤を噴霧、塗布、又は貼付する方法等を挙げこともできる。2種以上の異なる投与経路から投与することもできる。本発明の医薬の好ましい形態として、経口投与用の医薬組成物のほか、機能障害部位への局所投与に適する注射剤の形態の医薬組成物又は塗布に適する溶液形態の医薬組成物等を挙げることができる。
【0029】
上記の医薬組成物は、薬理学的、製剤学的に許容しうる1種又は2種以上の製剤用添加物を加えて製造することができる。製剤用添加物としては、例えば、賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を挙げることができるがこれらに限定されることはない。
【0030】
例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤等の経口投与用医薬組成物の製造には、乳糖や結晶セルロース、デンプン等の賦形剤、ステアリン酸マグネシウム、タルク等の滑沢剤、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン等の結合剤、力ルボキシメチルセルロースカルシウム、低置換ヒドロキシプロピルメチルセルロース等の崩壊剤、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、マクロゴール、シリコン樹脂等のコーティング剤等を必要に応じて用いることができる。
【0031】
本発明の医薬の投与量は特に限定されず、患者の症状、年齢、体重等の条件や投与方法及び有効成分の種類等に応じて適宜選択できる。例えば、経口投与の場合には1日あたり0.01〜1000 mg、好ましくは0.05〜50 mg、より好ましくは0.1〜10 mgを1回又は数回に分けて投与すればよい。もっとも、上記の投与量は例示のためのものであり、適宜増減することができる。
【0032】
投与時期は特に限定されず、例えば受傷後に機能障害が発生する前から予防的に投与する方法、機能障害の発生が自覚的又は他覚的に認められた直後に投与する方法、あるいは機能障害が発生して慢性化している状態において治療的に投与する方法等、いかなる時期に投与してもよい。例えば、上記の時期のうちの2以上の時期に投与することもできる。望ましくは障害発生直後から慢性期まで継続的に投与する方法を挙げることができる。本発明の医薬は、細胞療法等脊髄損傷の他の治療法と併用することもできる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
麻酔下、23匹の雌性9週齢ウィスターラット胸椎部位の脊髄に2.5 cmの高さから10 gの錘を落下させることにより負荷を与え、後肢運動機能障害をもった外傷性脊髄損傷モデルラットを作製した。23匹のラットは以下の3群に分けた。
第1群:8匹に4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸(3 mg/kg)を損傷1時間前に1回経口投与し、その後、1日1回経口投与した。
第2群:8匹に4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸(0.15 mg/kg)を損傷直後に直接損傷部位に投与し、その後、1日1回損傷部位近傍に皮下投与した。
第3群:対照として7匹に0.5%カルボキシメチルセルロース(CMC)溶液を1 mL/kg経口投与した。
【0034】
各群につき損傷後21日間連日投与を行った。後肢運動機能は、Basso-Beattie-Bresnahan(BBB)スコアで21日までの毎日と28日目に評価した。また、トレッドミル(室町機械(株)製)を用いた運動機能評価をBBBスコア10以上の動物について損傷21日目および28日目に評価した。トレッドミル試験はトレッドミル歩行面の速度を8m/minにして5分間行った。その間、動物が全ての肢を用いて歩行した時間を測定するとともに、動物が歩行せず歩行面後端の壁に接触した回数を測定し、それらにより運動機能を評価した。
【0035】
図1に示すように、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸経口投与群及び4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸皮下投与群は、対照群に比べてBBBスコアの有意な改善が示され、後肢運動機能が優れて改善されたことが明らかになった。表1には、損傷21日目のトレッドミルによる強制歩行時の運動機能とBBBスコアの結果を示す。トレッドミル試験において、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸経口投与群及び4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸皮下投与群は、対照群に比べて歩行時間の延長及び後端接触回数の著しい減少が観察され、運動機能が優れて改善することが示された。
【0036】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の医薬の効果を示した図である。●:第1群(4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸 3mg/kg経口投与群)、○:第2群(4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸 0.15mg/kg皮下投与群)、及び□:第3群(対照群0.5%CMC溶液 経口投与)の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経損傷に起因する身体機能障害の予防及び/又は治療のための医薬であって、下記の一般式(I):
【化1】

〔式中、R1、R2、R3、R4、及びR5はそれぞれ独立に水素原子、低級アルキル基、又は低級アルキル置換シリル基を示し、R1、R2、R3、R4、及びR5のうち隣接するいずれか2つの基が低級アルキル基である場合には、それらが一緒になってそれらが結合するベンゼン環上の炭素原子とともに5員環又は6員環を形成してもよく(該環は1又は2以上のアルキル基を有していてもよい)、Xは-CONH-又は-NHCO-を示し、Aは置換基を有していてもよいカルボン酸置換芳香族基又は置換基を有していてもよいトロポロニル基を示す〕で表される化合物又はその塩を有効成分として含む医薬。
【請求項2】
身体機能障害が運動機能障害、感覚機能障害、又は自律神経機能障害である請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
神経損傷が中枢神経の障害により引き起こされた神経損傷である請求項1又は2に記載の医薬。
【請求項4】
中枢神経の障害が脊髄障害である請求項3に記載の医薬。
【請求項5】
中枢神経の障害が脳障害である請求項3に記載の医薬。
【請求項6】
神経損傷が末梢神経の障害により引き起こされた神経損傷である請求項1又は2に記載の医薬。
【請求項7】
神経損傷が神経の物理的損傷である請求項1ないし6のいずれか1項に記載の医薬。
【請求項8】
有効成分が4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸又はその塩である請求項1ないし5のいずれか1項に記載の医薬。

【図1】
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【公開番号】特開2008−184396(P2008−184396A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−17401(P2007−17401)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【出願人】(596165589)学校法人 聖マリアンナ医科大学 (53)
【出願人】(505342623)アールアンドアール株式会社 (3)
【Fターム(参考)】