説明

移動体用測位装置

【課題】測位のランダム性に起因した測位結果のばらつきを抑えつつ、移動体の主たる移動方向における時間遅れを適切に防止すること。
【解決手段】本発明による移動体用測位装置は、衛星信号受信手段と、衛星信号の搬送波のドップラシフトを用いて移動体の速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出手段と、前記衛星信号の受信結果に基づいて導出される前記移動体の位置の変化に基づいて前記移動体の移動ベクトルを算出する移動ベクトル算出手段と、前記速度ベクトル算出手段により算出された速度ベクトルの向きを基準方向として、前記移動ベクトル算出手段により算出された移動ベクトルを補正する補正手段と、前記補正手段により補正された移動ベクトルと、前記速度ベクトル算出手段により算出された速度ベクトルとを用いて、前記移動体の位置及び/又は速度を測位する測位手段とを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動体の位置等を測位する移動体測位装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、移動体の絶対位置を測位するためのGPS信号を受信する受信手段と、前記受信手段によって受信した前記GPS信号に基づいて前記移動体の測位情報を算出して前記移動体の現在位置を認識する認識手段とを備えたナビゲーション装置において、前記受信手段によって受信した前記測位情報に基づいて前記移動体の垂直方向速度を算出する垂直方向速度算出手段と、前記垂直方向速度算出手段によって算出された前記垂直方向速度を積算することによって前記移動体の垂直方向の移動量を算出する垂直方向移動量算出手段と、前記移動体の水平方向の移動量を算出する水平方向移動量算出手段と、複数の走行路が立体的に重なっている複層路の形状情報を有する地図データを取得する地図データ取得手段とを有し、前記移動体の前記水平方向の移動量および前記垂直方向の移動量に基づいて前記地図データにおける前記移動体の走行路を判定する判定手段とを備えたことを特徴とするナビゲーション装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2002−206934号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、GPSのような衛星システムを利用した移動体(典型的には、車両)の位置等の測位では、測位のランダム性に起因して、移動体の移動中の測位結果がばらつき、移動体の動きとして不自然な軌跡となる。このため、この種の測位では、一般的に、フィルタ等を用いた時間軸方向の平滑化処理を行うことで、測位結果のばらつきを抑えることが行われている。しかしながら、フィルタ等による平滑化処理を行うと、測位結果が滑らかになるものの、その反面として、時間遅れが大きくなり、移動体の主たる移動方向(例えば、移動体が車両の場合には、車両の前後方向、即ち車両の進行方向)における測位誤差が大きくなる虞がある。
【0004】
そこで、本発明は、測位のランダム性に起因した測位結果のばらつきを抑えつつ、移動体の主たる移動方向における時間遅れを適切に防止することができる移動体用測位装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、第1の発明は、移動体に搭載され、該移動体の位置及び/又は速度を測位する移動体用測位装置において、
衛星から放送される衛星信号を受信する受信手段と、
前記衛星信号の搬送波のドップラシフトを用いて前記移動体の速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出手段と、
前記衛星信号の受信結果に基づいて導出される前記移動体の位置の変化に基づいて前記移動体の移動ベクトルを算出する移動ベクトル算出手段と、
前記速度ベクトル算出手段により算出された速度ベクトルの向きを基準方向として、前記移動ベクトル算出手段により算出された移動ベクトルを補正する補正手段と、
前記補正手段により補正された移動ベクトルと、前記速度ベクトル算出手段により算出された速度ベクトルとを用いて、前記移動体の位置及び/又は速度を測位する測位手段とを備えることを特徴とする。
【0006】
第2の発明は、第1の発明に係る移動体用測位装置において、
前記速度ベクトル算出手段は、
前記衛星信号の搬送波のドップラシフトを用いて前記移動体のフィルタ処理前速度ベクトルを算出するフィルタ処理前速度ベクトル算出手段と、
前記速度ベクトル算出手段により算出されたフィルタ処理前速度ベクトルを時間軸方向にフィルタリングして前記速度ベクトルを算出するフィルタリング手段とを備え、
前記測位手段は、
前記速度ベクトル算出手段により算出された前記フィルタ処理前速度ベクトルと前記フィルタリング手段により算出された前記速度ベクトルの単位ベクトルとの内積を取り、該内積を前記速度ベクトルの単位ベクトルに乗じて内積速度ベクトルを算出する内積手段を備え、前記内積手段により算出された内積速度ベクトルと、前記補正手段により補正された移動ベクトルとに基づいて、前記移動体の位置及び/又は速度を測位することを特徴とする。
【0007】
第3の発明は、第1又は2の発明に係る移動体用測位装置において、
前記補正手段は、前記速度ベクトル算出手段により算出された速度ベクトルの単位ベクトルと、前記移動ベクトル算出手段により算出された移動ベクトルとの内積を取り、該内積を前記速度ベクトルの単位ベクトルに乗じて得られる速度ベクトルを、前記補正された移動ベクトルとして導出することを特徴とする。
【0008】
第4の発明は、第1〜3のいずれかの発明に係る移動体用測位装置において、
前記移動ベクトル算出手段は、前記衛星信号の擬似雑音符号に基づいて導出される衛星と前記移動体の間の擬似距離に基づいて、前記移動体の位置を導出する移動体位置手段を備え、所定周期で前記移動体位置手段により導出される前記移動体の位置と、前記所定周期以前の周期で前記測位手段により測位された前記移動体の位置との間の変化に基づいて、前記移動ベクトルを算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、測位のランダム性に起因した測位結果のばらつきを抑えつつ、移動体の主たる移動方向における時間遅れを適切に防止することができる移動体用測位装置が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して、本発明を実施するための最良の形態の説明を行う。
【0011】
図1は、本発明に係る移動体位置測位装置が適用されるGPS(Global Positioning System)の全体的な構成を示すシステム構成図である。図1に示すように、GPSは、地球周りを周回するGPS衛星10と、地球上に位置し地球上を移動しうる車両90とから構成される。尚、車両90は、あくまで移動体の一例であり、その他の移動体としては、自動二輪車、鉄道、船舶、航空機、ホークリフト、ロボットや、人の移動に伴い移動する携帯電話等の情報端末等がありうる。
【0012】
GPS衛星10は、航法メッセージ(衛星信号)を地球に向けて常時放送する。航法メッセージには、対応するGPS衛星10に関する衛星軌道情報(エフェメリスやアルマナク)、時計の補正値、電離層の補正係数が含まれている。航法メッセージは、C/Aコードにより拡散されL1波(周波数:1575.42MHz)に乗せられて、地球に向けて常時放送されている。尚、L1波は、C/Aコードで変調されたSin波とPコード(Precision Code)で変調されたCos波の合成波であり、直交変調されている。C/Aコード及びPコードは、擬似雑音(Pseudo Noise)符号であり、−1と1が不規則に周期的に並ぶ符号列である。
【0013】
尚、現在、31個のGPS衛星10が高度約20,000kmの上空で地球を一周しており、各4個のGPS衛星10が55度ずつ傾いた6つの地球周回軌道面に均等に配置されている。従って、天空が開けている場所であれば、地球上のどの場所にいても、常時、少なくとも5個以上のGPS衛星10が観測可能である。
【0014】
車両90には、移動体位置測位装置としてのGPS受信機20が搭載される。
【0015】
図2は、GPS受信機20の内部構成の一例を示す。以下では、説明の複雑化を避けるため、ある1つのGPS衛星10からの衛星信号に関する信号処理(1チャンネルの信号処理)を代表して説明する。以下で説明する信号処理は、観測周期毎(例えば1ms)に、観測可能な各GPS衛星10,10,10等からの衛星信号に対して並列的(同時)に実行される。
【0016】
GPS受信機20は、GPSアンテナ21、高周波回路22、A/D(analog-to-digital)変換回路24、DLL(Delay-Locked Loop)110、PLL(Phase-Locked Loop)120、衛星位置算出部124、及び、測位部50を含む。DLL110は、相互相関演算部111,112、位相進め部113、位相遅れ部114、位相ずれ計算部115、位相補正量計算部116、レプリカC/Aコード生成部117、及び、擬似距離算出部118を含む。
【0017】
GPSアンテナ21は、GPS衛星10から発信されている衛生信号を受信し、受信した衛星信号を電圧信号(本例では、周波数1.5GHz)に変換する。1.5GHzの電圧信号をRF(radio frequency)信号と称する。
【0018】
高周波回路22は、GPSアンテナ21を介して供給される微弱なRF信号を後段でA/D変換できるレベルまで増幅すると共に、RF信号の周波数を信号処理できる中間周波数(典型的には、1MHz〜20MHz)に変換する。尚、このようにRF信号をダウンコンバートして得られる信号を、IF(Intermediate frequency)信号と称する。
【0019】
A/D変換回路24は、高周波回路22から供給されるIF信号(アナログ信号)を、デジタル信号処理ができるようにデジタルIF信号に変換する。デジタルIF信号は、DLL110及びPLL120等に供給される。
【0020】
DLL110のレプリカC/Aコード生成部117では、レプリカC/Aコードが生成される。レプリカC/Aコードとは、GPS衛星10からの衛星信号に乗せられるC/Aコードに対して、+1、−1の並びが同一のコードである。
【0021】
相互相関演算部111には、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードが、位相進め部113を介して入力される。即ち、相互相関演算部111には、Earlyレプリカ符号が入力される。位相進め部113では、レプリカC/Aコードが所定の位相だけ進められる。位相進め部113で進められる位相進み量をθとする。
【0022】
相互相関演算部111には、また、デジタルIF信号が、図示しないミキサにより、PLL120で生成されるレプリカキャリアが乗算されてから入力される。
【0023】
相互相関演算部111では、入力されるデジタルIF信号と、位相進み量θのEarlyレプリカ符号を用いて、相関値(Early相関値ECA)が演算される。Early相関値ECAは、例えば以下の式で演算される。
Early相関値ECA=Σ{(デジタルIF)×(Earlyレプリカ符号)}
相互相関演算部112には、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードが、位相遅れ部114を介して入力される。即ち、相互相関演算部112には、Lateレプリカ符号が入力される。位相遅れ部114では、レプリカC/Aコードが所定の位相だけ遅らされる。位相遅れ部114で遅らされる位相遅れ量は、位相進み量θと大きさ同一で符号が異なる。
【0024】
相互相関演算部112には、また、デジタルIF信号が、図示しないミキサにより、PLL120で生成されるレプリカキャリアが乗算されてから入力される。
【0025】
相互相関演算部112では、入力されるデジタルIF信号と、位相遅れ量−θのLateレプリカ符号を用いて、相関値(Late相関値LCA)が演算される。Late相関値LCAは、例えば以下の式で演算される。
Late相関値LCA1=Σ{(デジタルIF)×(Lateレプリカ符号)}
このようにして、相互相関演算部111、112では、コリレータ間隔d(“スペーシング”とも称される)を2θとした相関値演算が実行される。相互相関演算部111、112にてそれぞれ演算されたEarly相関値ECA及びLate相関値LCAは、位相ずれ計算部115に入力される。
【0026】
位相ずれ計算部115では、デジタルIF信号と、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードとの間に、どの程度位相のずれがあるかが算出される。即ち、位相ずれ計算部115では、受信したC/Aコードに対するレプリカC/Aコードの位相ずれ量Δφが算出(推定)される。レプリカC/Aコードの位相ずれ量Δφは、例えば以下の式で演算される。
(位相ずれ量Δφ)=(ECA−LCA)/2(ECA+LCA
このようにして算出された位相ずれ量Δφは、位相補正量計算部116に入力される。
【0027】
位相補正量計算部116では、位相ずれ量Δφを無くすべく、適切な位相補正量が算出される。適切な位相補正量が、例えば以下の演算式に従って、算出される。
(位相補正量)=(Pゲイン)×(位相ずれ量Δφ)+(Iゲイン)×Σ(位相ずれ量Δφ)
この式は、PI制御を利用したフィードバック制御を表す式であり、Pゲイン及びIゲインは、それぞれバラツキと応答性の兼ね合いから実験的に決定される。このようにして算出された位相補正量は、レプリカC/Aコード生成部117に入力される。
【0028】
レプリカC/Aコード生成部117では、生成されるレプリカC/Aコードの位相が、位相補正量計算部116により算出された位相補正量だけ補正される。即ち、レプリカC/Aコードの追尾点が補正される。かくして生成されたレプリカC/Aコードは、上述の如く位相進め部113及び位相遅れ部114を介して相互相関演算部111、112に入力されると共に、擬似距離算出部118に入力される。尚、相互相関演算部111、112では、このようにして生成されたレプリカC/Aコードは、次回の観測周期で入力されるIFデジタル信号に対する相関値演算に用いられることになる。
【0029】
擬似距離算出部118では、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードの位相情報に基づいて、擬似距離ρが、例えば以下の式により演算される。尚、符号の意味として、下付き文字「」は、GPS衛星10に係るC/Aコードに基づいて算出された擬似距離ρであることを示す。
ρ=N×300
ここで、Nは、GPS衛星10と車両90との間のC/Aコードのビット数に相当し、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードの位相及び受信機1内部の受信機時計に基づいて算出される。尚、数値300は、C/Aコードが、1ビットの長さが1μsであり、1ビットに相当する長さが約300m(1μs×光速)であることに由来する。このようにして算出された擬似距離ρを表す信号は、DLL110から測位部50に入力される。
【0030】
PLL120では、内部で発生させたキャリアレプリカ信号を用いて、ドップラシフトした受信搬送波(受信キャリア)のドップラ周波数Δfが測定される。即ち、PLL120では、レプリカキャリアの周波数frと既知の搬送波周波数fL1(1575.42MHz)に基づいて、ドップラ周波数Δf(=fr−fL1)が測定される。尚、PLL120に入力されるデジタルIF信号は、図示しないミキサにより、DLL110から供給されるレプリカC/Aコードが乗算されたものである。PLL120からのドップラ周波数Δfを表す信号は、測位部50に入力される。
【0031】
衛星位置算出部124は、航法メッセージの衛星軌道情報に基づいて、GPS衛星10の、ワールド座標系(図9参照)での現在位置S=(X、Y、Z)及び移動速度V=(Vx1、Vy1、Vz1)を計算する。衛星移動速度ベクトルV=(Vx1、Vy1、Vz1)は、算出した衛星位置Sの今回値と前回値の差分を、演算周期の時間幅で除算することにより演算されてよい。このようにして衛星位置算出部124にて導出される衛星位置S及び衛星移動速度ベクトルVは、測位部50に入力される。
【0032】
次に、図3以降の図面を参照して、本実施例の測位部50の詳細について説明する。
【0033】
図3は、本実施例の測位部50により実行される主要処理の一例を示すフローチャートである。
【0034】
ステップ200では、今回周期(i)に対応する周期で取得されたC/Aコードの観測データに基づいて、今回周期(i)の車両90の位置(X’(i),Y’(i),Z’(i))の測位計算が実行される。測位計算は、例えば、以下の関係式に基づいて実行されてもよい。
【0035】
【数1】

ここで、下付き文字「k」は、GPS衛星10に係る値を示す(以下も同様)。ここでは、ρは、GPS衛星10に係る擬似距離を表し、DLL110から出力される値が用いられる。(X(i),Y(i),Z(i))は、同GPS衛星10に係る衛星位置を表し、衛星位置算出部124から出力される値が用いられる。また、(X’(i),Y’(i),Z’(i))は、今回周期(i)の車両90の位置を表し、未知数である。また、c・ΔTは、GPS受信機20における時計誤差を表し、未知数である。この場合、例えば現在観測可能なGPS衛星10の数が4つである場合には、数1の式が4つ立つので、最小二乗法等を用いて時計誤差c・ΔTを除去した測位が実現される。
【0036】
ステップ202では、後述のステップ212にて前回周期で測位された車両90の位置(X(i−1),Y(i−1),Z(i−1))と、上記ステップ200で今回周期に得られる車両90の位置(X’(i),Y’(i),Z’(i))との差分ベクトルが算出される。即ち、差分ベクトル=(X’(i)−X(i−1),Y’(i)−Y(i−1),Z’(i)−Z(i−1))が算出される。この差分ベクトルは、今回周期と前回周期の間の車両90の移動ベクトルを表す。
【0037】
ステップ204では、ドップラ周波数Δfを用いて、前回周期(i−1)における車両90の速度ベクトルv=(v(i−1),v(i−1),v(i−1))が測位される。車両90の速度の測位は、例えば以下のような関係式に基づいて、最小二乗法等を用いて実行されてよい。尚、文字の上についた記号黒丸は、ドット(時間微分)を表し、例えばドップラレンジdρは、ρドット(擬似距離ρの時間微分)である。
【0038】
【数2】

尚、Iドット及びTドットは、電離層誤差の変動量及び対流圏誤差の変動量を表すが、非常に小さいので、ここでは、白色ノイズεとして扱う。また、bドットは、時計誤差の微分値である。また、(V−v)・lのV・lの部分は、前回周期(i−1)における単位ベクトルl(i−1)と衛星移動速度ベクトルV(i−1)との内積であり、衛星移動速度ベクトルV(i−1)は、上述の如く衛星位置算出部124にて航法メッセージの衛星軌道情報に基づいて算出され、単位ベクトルl(i−1)は、前回周期(i−1)において測位部50により測位された車両90の位置(X(i−1),Y(i−1),Z(i−1))、及び、前回周期(i−1)において衛星位置算出部124により算出される衛星位置(X(i−1),Y(i−1),Z(i−1))を用いて、以下のように、算出されてよい。
【0039】
【数3】

また、ドップラレンジdρ(i−1)は、搬送波の波長λ(既知)と、前回周期(i−1)で得られるGPS衛星10に関するドップラ周波数Δf(i−1)を用いて、例えばdρ(i−1)=λ・Δf(i−1)により、算出される。
【0040】
ステップ206では、上記のステップ204で算出される車両90の速度ベクトルvの平滑化処理が実行される。この平滑化処理は、時間軸上でフィルタリングを行うことにより実現される。例えば、平滑化された速度ベクトルv’(以下、「平滑化速度ベクトルv’」という)は、次のようにして算出されてもよい。
【0041】
【数4】

ここで、T、T及びTは、適切なフィルタ定数である。尚、平滑化処理は、他のフィルタが用いられてもよい。
【0042】
ステップ208では、上記のステップ202で得られる差分ベクトルと、上記のステップ206で得られる平滑化速度ベクトルv’との内積を取ることにより、上記のステップ202で得られる差分ベクトルを補正する。即ち、上記のステップ206で得られる平滑化速度ベクトルv’の方向を基準方向として、上記のステップ202で得られる差分ベクトルを補正する。具体的には、次のようにして、補正された差分ベクトルP(以下、「補正差分ベクトルP」という)を算出する。
【0043】
【数5】

ここで、ベクトルPは、上記のステップ202で得られる差分ベクトルを表し、ベクトルv’は、平滑化速度ベクトルを表す。図4は、この補正差分ベクトルPの幾何学的関係を示す。
【0044】
ステップ210では、上記のステップ204で算出される車両90の速度ベクトルvと、上記のステップ206で得られる平滑化速度ベクトルv’との内積を取ることにより、車両90の速度ベクトルvを補正する。即ち、上記のステップ206で得られる平滑化速度ベクトルv’の方向を基準方向として、上記のステップ204で算出される車両90の速度ベクトルvを補正する。具体的には、次のようにして、補正された速度ベクトルv” (以下、「補正速度ベクトルv”」という)を算出する。
【0045】
【数6】

図5は、この補正速度ベクトルv”の幾何学的関係を示す。
【0046】
ステップ212では、上記のステップ210で算出される補正速度ベクトルv”により、上記のステップ208で算出される補正差分ベクトルPを補正する。換言すると、上記のステップ210で算出される補正速度ベクトルv”と、上記のステップ208で算出される補正差分ベクトルPとを用いて、今回周期の車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))の測位結果が導出される。例えば、今回周期の車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))を表す位置ベクトルu(i)=(X(i),Y(i),Z(i))は、次の通り算出されてもよい。
【0047】
【数7】

ここで、Δtは、測位演算周期であり、速度ベクトルvの演算周期に対応する。尚、測位演算周期Δtは、擬似距離ρの演算周期(観測周期)に一致してもよく、或いは、擬似距離ρの演算周期の所定の整数倍に対応してもよい。また、m、nは、適切な重み付け係数であり、例えば双方共に1であってもよい。m及びnの双方が共に1の場合、補正速度ベクトルv”と補正差分ベクトルPに基づく速度ベクトルとが平均化されることになる。尚、図6は、このステップ212の処理態様を図示する。尚、図6の例では、補正差分ベクトルPの終点位置よりも手前の位置(内分位置)に、今回周期の車両90の位置の測位結果が算出されている。
【0048】
尚、このようにして得られる今回周期の車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))(即ち、位置ベクトルu(i))は、今回周期の車両90の位置の最終的な測位結果として、例えば図示しないナビゲーション装置に供給されてもよい。また、このようにして得られる今回周期の車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))は、次回周期で前回周期の値としてステップ202等で用いられることになる。
【0049】
また、本ステップ212において、今回周期の車両90の速度(v(i),v(i),v(i))が、上述の如く得られた今回周期の車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))と、今回周期の衛星位置(X(i),Y(i),Z(i))及びドップラレンジdρ(i)を用いて、上記の数2の式から最小二乗法等を用いて測位されてもよい。
【0050】
以上説明した本実施例による移動体用測位装置によれば、とりわけ、以下のような優れた効果が奏される。
【0051】
上述の如く、本実施例によれば、ドップラ周波数Δfから得られる平滑化速度ベクトルv’の方向を基準方向として、C/Aコードの観測データに基づく差分ベクトルが補正される(スムージングされる)ので、精度良く差分ベクトルを補正することができる。
【0052】
より詳細には、C/Aコードの観測データに基づく差分ベクトルの終点位置を今回周期の車両90の位置の最終的な測位結果とする比較構成(即ち、上記ステップ200で今回周期に得られる車両90の位置(X’(i),Y’(i),Z’(i))を最終的な測位結果とする比較構成)では、ランダム的な誤差の影響を強く受け、測位結果に時間軸方向でばらつきが生ずる。尚、このランダム性は、車両90の動き(進行方向や速度)とは無関係である。一方、例えば、今回周期に得られる車両90の位置(X’(i),Y’(i),Z’(i))と、前回周期に得られる車両90の位置(X’(i−1),Y’(i−1),Z’(i−1))とを用いたスムージング(例えば擬似距離ρに対するスムージングを含むが、キャリアスムージングのようなキャリア情報やドップラ情報を併用したスムージングは含まない)により、車両90の位置を導出する比較構成では、ばらつきが軽減されるが、車両90の進行方向を考慮することなく全成分がスムージングされるので、特に車両90の進行方向における測位結果に時間遅れが発生し、精度の良い測位結果が得られない。これに対して、本実施例によれば、C/Aコードの観測データに基づく測位解(X’(i),Y’(i),Z’(i))のうちの平滑化速度ベクトルv’の方向に直交する成分だけがスムージングされることになる。ここで、車両90の動きとしては、横方向、即ち進行方向に直交する方向の変化は少ない(即ち、車両90の動きとしては、進行方向の加速や減速に伴う進行方向の変化が大きい)。従って、車両90の横方向については、スムージングを行ったとしても、遅れがさほど問題とならない(即ち、車両90の横方向については、ばらつきの低減を優先させるべきである)。一方、平滑化速度ベクトルv’は、平滑化しているため、及び、前回周期の車両90の位置の最終的な測位結果を用いているため等の理由により、図7に示すように、C/Aコードの観測データに基づく差分ベクトルよりも車両90の進行方向を精度良く表す。従って、本実施例によれば、車両90の進行方向に直交する成分(横方向の成分)だけを精度良く抽出して時間軸方向でスムージングされることになるので、車両90の進行方向における測位結果に時間遅れが発生せず、且つ、特に車両90の進行方向に直交する成分にばらつきの少ない測位結果を得ることができる。
【0053】
また、本実施例によれば、C/Aコードの観測データに基づく測位解(X’(i),Y’(i),Z’(i))のうちの車両90の進行方向の成分が、ドップラ周波数Δfに基づく補正速度ベクトルv”により補正されるので、測位結果の車両90の進行方向の成分の精度が向上する。即ち、C/Aコードに基づく補正差分ベクトルPと、ドップラ周波数Δfに基づく補正速度ベクトルv”とにより車両90の位置を算出(測位)することで、測位結果の車両90の進行方向の成分の精度が向上する。従って、本実施例によれば、車両90の進行方向における測位結果に時間遅れを発生させること無く、測位結果の車両90の進行方向の成分の精度を高めることができる。
【0054】
尚、本実施例において、図3のステップ212にて、追加的に、車輪速センサ(図示せず)のような車速センサを用いて、測位結果の進行方向成分の補正を行うこととしてもよい。
【0055】
図8は、本実施例の測位部50により実行される主要処理のその他の一例を示すフローチャートである。図8において、上述の図3と同一であってよい処理については、図3と同一のステップ番号を付して説明を省略する。
【0056】
ステップ205では、上記のステップ204で算出される車両90の速度ベクトルvと、上記のステップ202で得られる差分ベクトルとの差を評価して、異常判定が実行される。例えば、速度ベクトルvの大きさと差分ベクトルの大きさの差が所定基準値を超えた場合、及び/又は、速度ベクトルvの方向と差分ベクトルの方向のなす角度が所定基準角度を超えた場合に、速度ベクトルv及び/又は差分ベクトルの算出時に何らかの異常が発生したと判定してもよい。この場合、所定周期連続して、速度ベクトルvの大きさと差分ベクトルの大きさの差が所定基準値を超えた場合、及び/又は、速度ベクトルvの方向と差分ベクトルの方向のなす角度が所定基準角度を超えた場合に、異常が発生したと判定してもよい。異常が発生したと判定した場合には、ステップ216に進み、それ以外の場合には、ステップ206に進む。
【0057】
ステップ214では、上記ステップ200で得られる車両90の位置(X’(i),Y’(i),Z’(i))、即ちC/Aコードに基づく測位結果と、上記のステップ212で得られる車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))、即ち最終的な測位結果との差を評価して、異常判定が実行される。例えば、これらの差を表すベクトル(X’(i)−X(i),Y’(i)−Y(i),Z’(i)−Z(i))の大きさが所定基準値を超えた場合に、何らかの異常が発生したと判定してもよい。この場合、同様に、所定周期連続して、ベクトル(X’(i)−X(i),Y’(i)−Y(i),Z’(i)−Z(i))の大きさが所定基準値を超えた場合に、何らかの異常が発生したと判定してもよい。異常が発生したと判定した場合には、ステップ216に進む。それ以外の場合には、今回周期の処理は終了する。この場合、最終的な測位結果は、図示しないナビゲーション装置に供給されてもよい。
【0058】
ステップ216では、異常時処理が実行される。異常時処理は、例えば、今回周期以前のデータを全てクリア(リセット)する処理であってよい。この場合、例えば上記のステップ202の処理やステップ206の処理等が実質的にリセットされることになる。或いは、異常時処理は、最終的な測位結果の図示しないナビゲーション装置への供給を一時的に中断する処理であってもよい。
【0059】
以上、本発明の好ましい実施例について詳説したが、本発明は、上述した実施例に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、上述した実施例に種々の変形及び置換を加えることができる。
【0060】
例えば、上述の実施例では、上記のステップ202で算出される差分ベクトルは、周期間の車両90の移動ベクトルに対応するが、測位演算周期Δtで差分ベクトルを除して速度ベクトルに変換して扱ってもよい。即ち、差分ベクトル(移動ベクトル)と速度ベクトルは物理的な意味からも等価である。
【0061】
また、上述の説明において、車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))を含む各ベクトルについては、ワールド座標系(例えばWGS84)で管理されているが、図9に示すようなローカル座標系や極座標系等が用いられてもよい。尚、ワールド座標系とは、図9に示すように、地球重心を原点として、赤道面内で互いに直交するX軸及びY軸、並びに、この両軸に直交するZ軸により定義される。
【0062】
また、上述の実施例では、3次元で各ベクトルを取り扱っているが、例えばZ方向を無視した2次元ベクトルで取り扱ってもよい。
【0063】
また、上述の実施例では、C/Aコードを用いて擬似距離ρを導出しているが、擬似距離ρは、L2波のPコードのような他の擬似雑音コードに基づいて計測されてもよい。尚、Pコードの場合、Wコードで暗号化されているので、Pコード同期を行う際に、クロス相関方式を利用したDLLにより、Pコードを取り出すこととしてよい。Pコードに基づく擬似距離ρは、GPS衛星10でPコードが0ビット目であるとしてPコードのMビット目が車両90にて受信されているかを計測することで、ρ=M×30として求めることができる。
【0064】
また、上述の実施例では、GPSに本発明が適用された例を示したが、本発明は、GPS以下の衛星システム、例えばガリレオ等の他のGNSS(Global Navigation Satellite System)にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明に係る移動体用測位装置が適用されるGPSの全体的な構成を示すシステム構成図である。
【図2】GPS受信機20の内部構成の一例を示す図である。
【図3】本実施例の測位部50により実行される主要処理の一例を示すフローチャートである。
【図4】補正差分ベクトルPの導出態様を示す図である。
【図5】補正速度ベクトルv”の導出態様を示す図である。
【図6】今回周期の車両90の位置の測位態様を示す図である。
【図7】平滑化速度ベクトルv’と差分ベクトルPのそれぞれの真値に対するばらつき態様を模式的に示す図である。
【図8】本実施例の測位部50により実行される主要処理のその他の一例を示すフローチャートである。
【図9】ワールド座標系及びローカル座標系を示す図である。
【符号の説明】
【0066】
10 GPS衛星
20 GPS受信機
50 測位部
90 車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体に搭載され、該移動体の位置及び/又は速度を測位する移動体用測位装置において、
衛星から放送される衛星信号を受信する受信手段と、
前記衛星信号の搬送波のドップラシフトを用いて前記移動体の速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出手段と、
前記衛星信号の受信結果に基づいて導出される前記移動体の位置の変化に基づいて前記移動体の移動ベクトルを算出する移動ベクトル算出手段と、
前記速度ベクトル算出手段により算出された速度ベクトルの向きを基準方向として、前記移動ベクトル算出手段により算出された移動ベクトルを補正する補正手段と、
前記補正手段により補正された移動ベクトルと、前記速度ベクトル算出手段により算出された速度ベクトルとを用いて、前記移動体の位置及び/又は速度を測位する測位手段とを備えることを特徴とする、移動体用測位装置。
【請求項2】
前記速度ベクトル算出手段は、
前記衛星信号の搬送波のドップラシフトを用いて前記移動体の速度ベクトル(以下、前記速度ベクトルとの区別のため、フィルタ処理前速度ベクトルという)を算出するフィルタ処理前速度ベクトル算出手段と、
前記速度ベクトル算出手段により算出されたフィルタ処理前速度ベクトルを時間軸方向にフィルタリングして前記速度ベクトルを算出するフィルタリング手段とを備え、
前記測位手段は、
前記速度ベクトル算出手段により算出された前記フィルタ処理前速度ベクトルと前記フィルタリング手段により算出された前記速度ベクトルの単位ベクトルとの内積を取り、該内積を前記速度ベクトルの単位ベクトルに乗じて速度ベクトル(以下、前記速度ベクトルとの区別のため、内積速度ベクトルという)を算出する内積手段を備え、前記内積手段により算出された内積速度ベクトルと、前記補正手段により補正された移動ベクトルとに基づいて、前記移動体の位置及び/又は速度を測位する、請求項1に記載の移動体用測位装置。
【請求項3】
前記補正手段は、前記速度ベクトル算出手段により算出された速度ベクトルの単位ベクトルと、前記移動ベクトル算出手段により算出された移動ベクトルとの内積を取り、該内積を前記速度ベクトルの単位ベクトルに乗じて得られる速度ベクトルを、前記補正された移動ベクトルとして導出する、請求項1又は2に記載の移動体用測位装置。
【請求項4】
前記移動ベクトル算出手段は、前記衛星信号の擬似雑音符号に基づいて導出される衛星と前記移動体の間の擬似距離に基づいて、前記移動体の位置を導出する移動体位置手段を備え、所定周期で前記移動体位置手段により導出される前記移動体の位置と、前記所定周期以前の周期で前記測位手段により測位された前記移動体の位置との間の変化に基づいて、前記移動ベクトルを算出する、請求項1〜3のうちのいずれか1項に記載の移動体用測位装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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