説明

空豆、小豆を原料とした麹及び調味料

【課題】 小麦及び大豆アレルギー患者が安心して摂取することができ、1)醤油の代替調味料として十分な味、香り、色を備えている、2)原料コストが安価である、3)製造工程が複雑でなく、従来の醤油製造企業において容易に生産することができる、4)製品中に少なくとも小麦成分が含まれていないことを証明できる、の4点を満たしている醤油風調味料を提供する。
【解決の手段】 小麦及び大豆を全く使用せず、原料として空豆及び/又は小豆を使用して製造される麹、前記麹に塩水を加えて発酵熟成させた諸味、前記諸味を圧搾して得られる生揚げ、並びに、前記生揚げを火入れすることにより得られる調味料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アレルギー患者等、大豆及び小麦加工食品を摂取できない人でも安心して使用することができる醤油風調味料及びその中間製品に関し、詳細には、主原料として空豆、小豆のいずれかを単独で、又は、両者を混合したものを用い、醤油醸造法によって製造することができる麹、諸味、生揚げ及び調味料に関する。
【背景技術】
【0002】
平成9年に厚生省(現厚生労働省)が行った調査によると、日本人の約10%、一千万人以上が何らかの食物アレルギーを発症した経験がある。厚生労働省では、特定のアレルギー体質を持つ人の健康危害の発生を防止する観点から、食物アレルギーの患者数、症状の重篤さより、加工食品において、卵、乳、小麦、そば及び落花生の5品目の使用明記を義務付け、大豆を含む19品目についても表示を奨励している。
【0003】
醤油の原料である小麦、大豆が食品アレルギーの原因となる患者は上記24品目の中でも比較的多いとされている。これらの患者の治療において、食事から小麦、大豆を完全に取り除く除去食療法が一般的であるが、醤油は日本人の食生活に無くてはならない調味料であり、アレルギー患者の食事から完全に醤油を除去することは、食生活の幅を著しく狭めることになる。
【0004】
このため、食物アレルギー患者用の小麦、大豆を原料として使用しない醤油風調味料の開発が望まれている。これを実現するために、稗、粟、黍、米、コーリャン、キヌア等の穀類を原料とした醤油風調味料がすでに市販されている。しかしながら、これらの穀物は生産量が少なく、また、健康食品として取り扱われているので、調味料原料としては非常に高価である。また、これらの穀類は、澱粉をはじめとする炭水化物は十分含んでいるものの、蛋白質の含量が少ないため、製品はうまみの指標である全窒素分が非常に少なく(0.07〜0.34%)、通常のこいくち醤油(日本農林規格こいくち醤油標準品)が1.2%以上の全窒素分含むことと比較するとうまみ成分が決定的に不足している。さらに、醤油に必要不可欠である色、香りも不足している。
【0005】
上記の問題を解決するために、米蛋白質濃縮物を主原料とする醤油風調味料が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。この調味料は、大豆と小麦の代わりに、米に含まれる澱粉を酵素で分解して蛋白質を回収しさらに濃縮したものを原料としている。従って、製品の全窒素分は醤油と遜色ないが、澱粉の分解、蛋白質の濃縮等特殊な装置及び煩雑な操作を必要とするため原料コストは割高となり、また、一般的な醤油製造企業では生産できない。
【0006】
大豆食品に醤油麹由来のプロテアーゼを作用させて大豆由来の蛋白質を除去する方法が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。しかし、この方法では、プロテアーゼによる蛋白質の加水分解が不十分な場合、アレルギー症状を引き起こす可能性がある。また、醤油麹自体、小麦及び大豆から生産されたものであるため、小麦及び大豆アレルギーの患者が摂取することはできない。さらに、本技術は、醤油のような調味料の製造に関するものではない。
【0007】
麺への調味用添加料として、アマランサス、ヒエ、アワ等の雑穀を用いて製麹し、塩水に仕込んで熟成させて得られる醤油風調味料を製造する方法が開示されている(例えば、特許文献3参照。)。しかし、この技術は、麺への味の付与を目的としており、一般的な醤油の代替品の製造技術ではない。また、アマランサスも他のヒエ、アワ等の雑穀同様、蛋白質含量に乏しく(蛋白質14.9%:五訂日本食品標準成分表)、これを原料とした調味料が醤油と同程度の旨味成分を有しているとは考えられない。さらに、アマランサスは、ヒエ、アワ同様生産量の多くない穀物であり、入手が容易ではない。
【0008】
魚類、畜肉類等を主原料とし、酵素で魚肉質を液化した後、アレルゲンとなる高分子の蛋白質、脂質等を除去することにより、低分子ペプチドを主成分とする調味料を製造する方法が開示されている(例えば、特許文献4、特許文献5参照。)。しかし、うまみ成分であるアミノ酸は充分に含まれているものの、塩分が高く、魚類、畜肉類を原料とした醤油には特有のにおいがあり、摂取に抵抗を感じる人も少なくない。このため、現在の除去食用の醤油と代替できても、一般の醤油と完全に置き換えることは困難である。
【0009】
酵母エキス、笹濃縮エキス、塩分及び水分からなる調味料が開示されている(例えば、特許文献6参照。)。しかし、蛋白質源となる酵母エキスの脱臭が必要であるだけでなく、糖質源である笹濃縮エキスの抽出には、原料の洗浄、有機溶媒あるいは水可溶部の除去、高温高圧水蒸気での加熱及び加熱処理物の水抽出と、煩雑な操作を必要とする。笹濃縮エキスの原料となる九枚笹、千島笹等の供給も安定しているとは言えない。
【0010】
蛋白質原料としてゴマ類、澱粉原料として大麦を用い、醤油醸造法によって製造される調味料が開示されている(例えば、特許文献7参照。)。しかし、大麦は小麦と近種であり、アレルギー患者への安全性が十分明らかとなっていない。また、大麦蛋白質は小麦の免疫学的検査法(ファストキットエライザ小麦、日本ハム製)において擬陽性を示すため、製品中に小麦蛋白質が混入していないことを確実に証明することができない。
【0011】
【特許文献1】特許第1534039号公報
【特許文献2】特開平7−203890号公報
【特許文献3】特開平8−196232号公報
【特許文献4】特開平11−155524号公報
【特許文献5】特開平11−206335号公報
【特許文献6】特開2004−24022号公報
【特許文献7】特開2001−299268号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記の現状に鑑み、小麦及び大豆アレルギー患者が安心して摂取することができ、1)醤油の代替調味料として十分な味、香り、色を備えること、2)原料コストが安価であること、3)製造工程が複雑でなく、従来の醤油製造企業において容易に生産することができること、及び、4)製品中に少なくとも小麦成分が含まれていないことを証明できること、の4点を満たす醤油風調味料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
醤油醸造には蛋白質と糖質が必要であり、通常、大豆、小麦をほぼ同量使用する。そこで本発明者らは大豆と小麦の等量混合物と同じ栄養成分を、豆類等で得ることができれば醤油醸造に利用可能であることに着目し、本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち本発明は、小麦及び大豆を全く使用せず、原料として空豆及び/又は小豆を使用して製造された麹である。
本発明はまた、上記麹に、塩水を加えて発酵熟成させてなる諸味でもある。
本発明は更に、上記諸味を、圧搾して得られる生揚げである。
本発明は更にまた、上記生揚げを、火入れすることにより得られる調味料でもある。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、上述の構成であるので、以下の効果を発揮する。
(1)本発明の調味料は、小麦及び大豆を原料としてまったく用いていないため、アレルギー患者が安心して摂取することができる。
(2)本発明の調味料は、味、香り、色も醤油と比較して遜色なく、醤油代替調味料として充分な品質を備えている。
(3)本発明は、従来の醤油製造企業において容易に実施することが可能であり、原料コストも安価であるため、消費者に利用しやすい価格で製品を提供することができる。
(4)本発明には、免疫学的検査法において小麦蛋白質と交差反応を示す成分が含まれていないため、少なくとも小麦成分が含まれていないことを、科学的に証明することができる。
以下、本発明を詳細に説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の麹の製造は、従来の醤油醸造法に従って行うことができる。すなわち、まず、加水した空豆若しくは小豆、又は、空豆及び小豆(以下、原料ともいう)を加熱する。上記原料としては、品種を問わず、収穫後乾燥しただけのものであってもよく、ミル等で粉砕したものであってもよい。空豆及び小豆は、日本国内での生産量が多く入手しやすい。また、原料を海外に求めれば、安価なものを安定して確保することが可能である。
【0017】
マメ科の植物は、大豆種子が蛋白質と脂質を主成分とするのに対して、空豆、小豆の種子は、単独で蛋白質と糖質を多く含み、大豆及び小麦の等量混合物とその蛋白質及び糖質成分がほぼ同じである。すなわち、大豆と小麦との等量混合物の蛋白質及び糖質含量(%)はそれぞれ22.9、46.6であるのに対して、小豆の蛋白質及び糖質含量(%)はそれぞれ20.3、54.4であり、空豆の蛋白質及び糖質含量(%)はそれぞれ26.0、50.1である。
【0018】
空豆と小豆は、それぞれに特有の香りを有しており、調味料の風味に与える影響も異なるため、最終製品の特徴を考慮しながら必要に応じて混合しても良い。混合比(重量比)は0:1〜1:0で製造可能である。
【0019】
加水の方法として、従来の醤油醸造法では、原料を水中に一定時間浸漬する方法、又は、原料を粉砕後、一定量の水を散水する方法等が採用されているが、これに限定されるものではない。加水量は、0.5〜0.55リットル/原料1kgが適当と考えられるが、製麹の方法及び条件により変化するため、この範囲に限定されない。また、加熱方法としては、加圧蒸煮法が一般的に採用されているが、これに限定されるものではない。
【0020】
次に、加水、加熱した原料に麹菌を加え、製麹することにより本発明の麹を得る。
【0021】
製麹により得られた麹に約22%の食塩水を1.8リットル/原料1kgで加えて(汲水)仕込みを行い、発酵熟成させる。ただし、食塩水の濃度及び汲水量は、調味料の食塩分及び全窒素分設定で異なるためこれに限定されるものではない。通常、発酵熟成期間は、6ヶ月〜2年であるが特に限定されるものではない。本発明においては、必要に応じて、発酵熟成中に、乳酸菌又は酵母等の微生物を加えてもよい。かくして本発明の諸味が得られる。
【0022】
発酵熟成させた諸味液は、発酵後、圧搾し、液体部分を回収して本発明の生揚げが得られる。上記生揚げに添加物の混合、火入れ、おり引き、濾過等の通常の醤油醸造において行われる行程を経て、本発明の調味料とする。これらの工程は、添加物の種類、火入れ、おり引き及び濾過の条件によりその順序が異なる可能性があるため、上記の順序に限定されるものではない。
【0023】
上記に示したものは、本発明の形態の一つではあるが、本発明の麹は、蛋白質分解酵素及び澱粉分解酵素を多量に含んでいるため、他の食品製造時に利用可能である。また、本発明の諸味は、すでに十分な旨味成分を含んでおり、調味料として利用可能である。さらに、本発明の生揚げは、膜処理等を行うことで、火入れを行わなくても調味料として利用可能である。また、本発明の調味料は、製造のいずれかの段階で、呈味及び風味の改善あるいは強化のために、小麦、大豆を含まない調味料、例えば魚醤、雑穀醤油等を一部添加することも可能である。
【0024】
本発明において、空豆、小豆のいずれも、特殊な加工を施すことなく醤油製造企業が現有する設備で麹、諸味、生揚げ、調味料を生産することが可能である。また、本発明において、空豆、小豆のいずれも小麦の免疫学的検査法において交差反応を示さず、製品中に少なくとも小麦アレルゲンが含まれていないことを証明することができる。
【0025】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0026】
実施例1
粉砕機で粉砕した小豆1kgに水0.55リットルを加え、加圧蒸気加熱器中121℃、30分間加熱した。原料品温が30℃以下に下がったことを確認し、麹菌2gを接種しよく混合した。その後原料を角状のざるに広げ、温度27〜30℃に管理された製麹器中で45時間常法通り製麹し、いわゆる3日麹を得た。麹は直ちに5リットル容器に入れ、22%冷食塩水1.8リットルを加え仕込みとした。仕込み後1ヶ月間5℃で保ち、耐塩性乳酸菌(醤油乳酸菌)を接種した後、室温まで昇温した。もろみpHが5.2になったところで、耐塩性酵母(醤油酵母)を接種し、室温で放置した。仕込み6ヶ月後、圧搾し生揚げを得た。生揚げは、常法に従い火入れ、おり引き及び濾過を行い、調味料約1.5リットルを得た。
【0027】
実施例2
粉砕機で粉砕した空豆1kgに水0.55リットルを加え、加圧蒸気加熱器中121℃、30分間加熱した。原料品温が30℃以下に下がったことを確認し、麹菌2gを接種しよく混合した。その後原料を角状のざるに広げ、温度27〜30℃に管理された製麹器中で45時間常法通り製麹し、3日麹を得た。麹は直ちに5リットル容器に入れ、22%冷食塩水1.8リットルを加え仕込みとした。仕込み後1ヶ月間5℃で保ち、耐塩性乳酸菌(醤油乳酸菌)を接種した後、室温まで昇温した。もろみpHが5.2になったところで、耐塩性酵母(醤油酵母)を接種し、室温で放置した。仕込み6ヶ月後、圧搾し生揚げを得た。生揚げは、常法に従い火入れ、おり引き及び濾過を行い、調味料約1.5リットルを得た。
【0028】
評価方法
実施例1及び実施例2で得られた調味料の全窒素分、食塩分を測定した。比較例1として、こいくち醤油(日本農林規格こいくちしょうゆ上級、株式会社高橋商店製)を同様に測定した。結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
旨味成分の指標である全窒素分の結果から、空豆、小豆いずれの原料を用いた場合においても、通常の醤油と遜色ない品質の調味料が得られた。官能検査の結果、空豆、小豆由来の風味が若干調味料に残存しているが、違和感は無かった。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の調味料は、醤油に匹敵する風味、品質を有し、しかも製品中に少なくとも小麦アレルゲンが含まれていないことを証明することができるので、小麦及び大豆アレルギー患者が安心して摂取できる醤油風味調味料として極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦及び大豆を全く使用せず、原料として空豆及び/又は小豆を使用して製造された麹。
【請求項2】
請求項1記載の麹に、塩水を加えて発酵熟成させてなる諸味。
【請求項3】
請求項2記載の諸味を、圧搾して得られる生揚げ。
【請求項4】
請求項3記載の生揚げを、火入れすることにより得られる調味料。

【公開番号】特開2006−122002(P2006−122002A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−316518(P2004−316518)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(300023198)株式会社高橋商店 (2)
【出願人】(592167411)香川県 (40)
【Fターム(参考)】