説明

穿刺針

【課題】ダルニードルの先端が切痕を跨いで血管壁を押圧することを抑制するとともに、一旦、穿刺孔に挿入されたダルニードルの先端部が穿刺孔の縁を強く圧迫することがなく、ダルニードルの先端部をスムーズに穿刺孔の奥に進められるようにする。
【解決手段】ダルニードル10は、皮膚から皮下のシャント血管に通じる穿刺ルートに挿入されて、シャント血管に穿刺されるものである。ダルニードル10は、針の軸Aに対し傾斜した傾斜端面20aを有し、傾斜端面20aの先端部20bからは突出板21が突出しており、そして、突出板21の先端部21aは円弧状の縁となっている。ダルニードル10は、ダルニードル10を水平に静置して傾斜端面20aおよび突出板21を上方に向けた状態で上方から見た時に、円弧状の先端部21aに続く左右の先端部分の側縁20c、21cはそれぞれ直線状となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚表面からシャント血管表面まで形成されている穿刺ルートに挿入され、シャント血管の表面に形成されている穿刺孔を通してシャント血管内に挿入される穿刺針に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血液透析などの血液浄化を行う際には、鋭い尖端を有する2本の穿刺針により、皮膚表面から、皮下組織を通して、シャント血管をそれぞれ異なる部位で穿刺し、当該穿刺針のうち一方の穿刺針を通して前記シャント血管から脱血し、脱血した血液を血液浄化器において浄化した後、浄化した血液を他方の穿刺針を通して前記シャント血管に返血する。
【0003】
これらの穿刺行為は、血液浄化時に毎回行う必要があるが、その都度患者に大きな痛みを与える。そこで、近年では、穿刺時の痛みを軽減するため、いわゆるボタンホール穿刺法が用いられている(特許文献1、非特許文献2参照)。ボタンホール穿刺法では、例えば図12に示すように、初回の穿刺時には、鋭利性が高い通常穿刺針100を用いて、皮下組織101を貫いて皮膚102からシャント血管103の表面104まで、穿刺ルート105が作製される。これにより、シャント血管103の表面104上であって、穿刺ルート105の延長線上に、通常穿刺針100による、例えば図13に示すような、穿刺方向Xに対して後方に凸の円弧状の切痕106が形成される。そして、それ以降に行われる血液浄化のための穿刺時には、図14に示すように、鋭利性が低い穿刺針(以下「ダルニードル」とする。)115を皮膚側の入り口105aから穿刺ルート105に挿入し、更に穿刺ルート105を経て、切痕106により形成された、シャント血管103の表面104上の穿刺孔107を通過させ、シャント血管103に挿入する。この方法によれば、穿刺ルート105の作製後は、新たに皮膚102に穿刺する必要がないので、患者の痛みが軽減される。
【0004】
上記ボタンホール穿刺法において、皮下組織101に穿刺ルート105を形成し、シャント血管103の表面104に切痕106を形成するために、初回穿刺に用いられる穿刺針100は、図15に示すように、先端に傾斜端面100aを有し、且つ、傾斜端面100aの先端部には尖った尖端点100bが形成されている。穿刺針100により皮膚102からシャント血管103を穿刺する場合には、図12に示したように、まず、穿刺針100の傾斜端面100aを上向きにして、斜めに皮膚102から皮下組織101に挿入し、その後、シャント血管103に向かって穿刺針100の傾斜端面100aを押し進め、更に、尖端点100bがシャント血管103の表面に到達した後は、そのままの姿勢でシャント血管103内に穿刺針100の傾斜端面100aを挿入する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−045124号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Shigeki Toma, Takahiro Shinzato, Kenji Maeda et al, A timesaving Method to create a fixed puncture route for the buttonhole technique, Nephrol Dial Transplant, UK,OXFORD university press,2003, 18: p2118-2121
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように形成された切痕106は、シャント血管103の表面104に、図13に示したように穿刺針100の挿入方向Xに対して後方に凸の円弧状に形成される。この円弧状の切痕106の両端を結ぶ仮想直線106aと円弧状の切痕106とで区画されるシャント血管壁上の区域は、フラップと呼ばれている。そして、フラップ108は穿刺孔107の蓋として機能し、一方、仮想直線106aに一致する部位はフラップ108が開閉する際の蝶番として機能している。
【0008】
このような構造の切痕106においては、二回目以降の鋭利性が低いダルニードル115による穿刺時に、図16に示すように、フラップ108の先端108aの直ぐ前方部位108bをダルニードル115の先端部115bで押すと、仮想直線106aを蝶番としてフラップ108が回転し、以て、穿刺孔107が開き、その結果、ダルニードル115の先端部115bはシャント血管103内に挿入される。
【0009】
なお、図17(a)に示すように、一般的な穿刺針100の先端には、尖った刃線100cが形成されており、これに伴って、穿刺針100の先端は尖った尖端点100bとなっており、以て、尖端点100bは血管壁を貫くことができるようになっている。これに対し、図17(b)に示すように、ダルニードル115は、管状の端部を斜めに切断して形成された傾斜端面115aを有し、そして、傾斜端面115aの先端部115bは楕円形の傾斜端面115aの一部であって、丸みがあり、したがって、先端部115bは血管壁に刺さることがなく、血管壁を貫くこともないようになっている。
【0010】
ところで、前回の血液浄化療法時には、ダルニードル115がシャント血管103に挿入されることにより、図16に示すように、フラップ108により覆われていた穿刺孔107が開き、次いで、血液浄化療法後には、ダルニードル115が抜去されることにより、フラップ108が再び穿刺孔107に覆い被さり、その後、次の血液浄化療法の開始時までフラップ108により穿刺孔107が閉じられた状態が続く。この間には、図13に示す、切痕106にはフィブリン糊が付着して、切痕106を挟む両側の血管壁、すなわち、フラップ108の切痕106を挟んで反対側の血管壁112がフラップ108に癒着している。そして、次の血液浄化療法においては、ダルニードル115の先端部115bでフラップ108の最適押圧部位108bをシャント血管内圧以上の強さで押圧することにより、切痕106に応力を発生させ、以て、フィブリン糊により癒着しているフラップ108と血管壁112を引きはがす。
【0011】
しかしながら、フラップ108に対して、上述のダルニードル115の先端部115bによりシャント血管内圧以上の強さの下向きの圧力をかけると、切痕106に、切痕106の両側のシャント血管壁を互いに引き離すのに十分な強さの応力が加わる前に、図18に示すように、丸みのあるダルニードル115の先端部が、長さをもってシャント血管103の表面壁にめり込む。
【0012】
この時、ダルニードル115の先端部115bが押圧するフラップの108上の部位が、フラップの108の中央から左右いずれかにズレていると、そのズレの程度によっては、ダルニードル115の先端部分が、切痕106を跨いで、図13に示す、フラップ108と切痕106を挟んでフラップ108の反対側のシャント血管壁112との両方を押圧する。このような状況においては、切痕106には、切痕106において癒着している血管壁108、112を引き離すことができるほどの十分な強さの応力が発生せず、この結果、フラップ108の先端108aはシャント血管103の内腔内に回転せず、ダルニードル115はシャント血管103内に挿入されない。
【0013】
この現象は、ボタンホール穿刺の失敗の最大の原因であり、トランポリン効果と呼ばれている。そして、17〜18Gの太さのダルニードルを使用している日本では、50〜70%の患者がトランポリン効果のためボタンホール穿刺を断念しており、14〜16Gの太さのダルニードルを使用しているヨーロッパでは24%の患者がトランポリン効果を経験している(Summary of the EDTNA/ERCA Journal Club discussion Autumn 2007参照)。
【0014】
なお、図13に示すような、穿刺針100の穿刺方向Xに対して後方に凸の円弧状に形成された切痕106、すなわち、ダルニードル115の挿入方向でもある、方向Xに対して後方に先端があるフラップ108では、ダルニードル115の挿入方向Xに対して前方に行くに従って穿刺孔の横径が大きくなるので、一旦、ダルニードル115の先端部115bが癒着した切痕106の両側の血管壁を引き離し、穿刺孔107に挿入されると、その後は比較的容易にシャント血管の奥に挿入されて行く。
【0015】
より最近においては、シャント血管103の表面104上であって、穿刺ルート105の延長線上に、図19に示すような、穿刺ルートに対して前方に凸の円弧状の切痕111も作製されている。穿刺ルートの長軸に対して前方に凸の円弧状の切痕111を作製するためには、初回の穿刺に、例えば図20に示すような、傾斜端面120aを有し、且つ、傾斜端面120aの先端には尖った尖端点120bが形成されており、更に尖端点120bが中心線Yの方向に湾曲している穿刺針120を使用する。穿刺針120により皮膚102からシャント血管103を穿刺する場合には、図21に示すように、まず、穿刺針120の傾斜端面120aを下向きにして、斜めに皮膚102から皮下組織101に挿入し、その後、シャント血管103に向かって穿刺針120の傾斜端面120aを押し進め、更に、尖端点120bがシャント血管103の表面104に到達した後は、尖端点120bでシャント血管壁を下方に押すようにして、シャント血管壁に尖端点120bを突き刺した後、そのままの姿勢でシャント血管103内に穿刺針120の傾斜端面120aを挿入する。
【0016】
尖端が中心側に湾曲している穿刺針120を用い、穿刺針120の傾斜端面120aを下向きにして穿刺することにより作製した穿刺孔109と穿刺孔109を覆うフラップ110は、図22に示すように、通常穿刺針100を用いて作製した穿刺孔107と穿刺孔107を覆うフラップ108よりも、曲率半径がより大きく、形状はダルニードル115の穿刺方向Xでもある、方向Xに対して前方に凸の円弧状となる。この形状のフラップ110においては、ダルニードル115の先端部115bが最初に押圧する部位である初期押圧部位110bは、ダルニードル115の挿入方向Xにおいて、円弧状の切痕111の両端を結ぶ仮想直線111aの直ぐ前方にある。この部位では、フラップ110の横径と、図17(b)に示す、ダルニードル115の傾斜端面115aの最大横径115eとはほぼ等しい。したがって、この部位で、フラップ110に対して、ダルニードル115の先端部115bによりシャント血管内圧以上の強さの下向きの圧力をかけた場合、たとえダルニードル115の先端部115bが押圧するフラップ110の部位が、フラップ110の中央線上から、多少、左右のいずれかにズレていて、したがって、ダルニードル115の先端部分が切痕111を跨いで、フラップ110と、切痕111を挟んでフラップ110とは反対側のシャント血管壁112の両方を押圧したとしてもなお、ダルニードル115の先端部分のうちの十分な長さの部分が、フラップ110を押圧する。ゆえに、ダルニードル115の挿入方向Xに対して前方に凸の円弧状のフラップ110においては、切痕111の両側の癒着したシャント血管壁110、112を引き離すのに十分な強さの応力が作用し、したがって、容易にフラップ110が開いて、図23に示すように、ダルニードル115が穿刺孔109に挿入される。
【0017】
しかし、この形状のフラップ110においては、一旦、ダルニードル115の先端部が、切痕111の両側の癒着したシャント血管壁110、112を引き離して、先端部115bが穿刺孔109内に進入したとしても、ダルニードル115の傾斜端面115aを穿刺孔109の奥の方にスムーズに進めて行くことが困難なことが多い。すなわち、この形状のフラップ110においては、図22に示すようにダルニードル115の挿入方向Xにおいて、前方に行くに従って穿刺孔109の横径が小さくなっていくので、ダルニードル115の傾斜端面115aを穿刺孔109の奥に押し進めるにしたがって、ダルニードル115の楕円形の傾斜端面115aの辺縁が穿刺孔109の縁を内側から押圧するようになり、以て、ダルニードル115の傾斜端面115aの辺縁と穿刺孔109の縁との摩擦が大きくなっていき、スムーズな挿入が妨げられる。
【0018】
以上のように、後方に凸のフラップ108に対しダルニードル115を挿入する場合には、その挿入位置がずれると、フラップ108が回転せず、ダルニードル115がシャント血管103内に挿入されなくなり、一方、前方に凸のフラップ110に対しダルニードル115を挿入する場合には、その挿入位置が多少ずれてもフラップ110が回転しダルニードル115はシャント血管103内に挿入されるが、スムーズに奥まで挿入することは難しくなる。
【0019】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、シャント血管壁上の穿刺孔を開いてダルニードルを穿刺孔からシャント血管内に挿入するために、シャント血管表面に形成されたフラップをシャント血管内圧以上の強さで押圧する際に、ダルニードルの先端が切痕を跨いで切痕の両側でシャント血管壁を押圧することが抑制され、更に、とくにダルニードルの挿入方向に対して前方に先端があるフラップにおいては、一旦、穿刺孔に挿入されたダルニードルの先端が穿刺孔の縁を内側から押圧し、以て、ダルニードルの先端が穿刺孔の更に奥に進むことが妨げられるという問題が生じないダルニードルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の要旨とするところは、皮膚表面からシャント血管表面まで形成されている穿刺ルートに挿入され、シャント血管の表面に形成されている穿刺孔を通してシャント血管内に挿入される管状の穿刺針であって、長軸に対して傾斜した傾斜端面を有し、更に、先端部が円弧状の縁となっており、かつ、水平に静置し傾斜端面を上方に向けた状態で上方から見た時に、前記円弧状の先端部に続く左右の先端部分の側縁がそれぞれ直線状になるように形成されている穿刺針である。このような形状の穿刺針においては、先端の円弧状の縁よりも直ぐ後方では、その幅が従来のダルニードルの対応する傾斜端面の横幅よりも小さい。したがって、本発明における穿刺針では、穿刺針の先端部でフラップ上の最適押圧点をシャント血管内圧以上の強さで押えた場合において、従来のダルニードルと比較してシャント血管壁にめり込んで血管壁に密着する部分の長さが短く、以て、穿刺針の先端部が切痕を跨いで切痕の両側でシャント血管壁を押圧することが少ない。また、本発明における穿刺針がこのような形状であるため、本発明における穿刺針の傾斜端面の直線状の縁が穿刺針の穿刺方向と成す角度は、従来のダルニードルの対応する点における楕円形の傾斜端面の接線が穿刺針の穿刺方向と成す角度よりも小さい。したがって、一旦、穿刺孔に挿入された穿刺針の傾斜端面を穿刺孔の奥の方に進めて行く際に、穿刺針の傾斜端面の縁が穿刺孔の縁を内側から押圧する力は、従来のダルニードルよりも小さく、ゆえに、穿刺針の傾斜端面の側縁と穿刺孔の縁との摩擦の大きさも、従来のダルニードルよりも小さい。したがって、本発明における穿刺針では、一旦、シャント血管壁上の穿刺孔へ挿入されると、よりスムーズに穿刺孔の更に奥に進む。
【0021】
また、本発明の要旨とするところは、前記先端部分の直線状の側縁の非先端側の終点が、先端を起点として先端から前記傾斜端面の非先端側の内周端までの距離の3/10ないし7/10の間を通る横線と、前記傾斜端面の外周縁とが互いに交わる位置にある、穿刺針である。直線状である縁の非先端側の終点が、先端から前記傾斜端面の非先端側の内周端までの距離の3/10未満の位置にある場合には、先端の円弧状の縁よりも直ぐ後方における、穿刺針の幅が従来のダルニードルの対応する傾斜端面の横幅に比較して十分に小さくならず、したがって、穿刺針の先端部でフラップ上の最適押圧点をシャント血管内圧以上の強さで押えた場合において、穿刺針の先端部が切痕を跨いで切痕の両側でシャント血管壁を押圧することを十分に抑制することができない。更に、また、直線状である縁の非先端側の終点が、先端から前記傾斜端面の非先端側の内周端までの距離の3/10未満の位置にある場合には、傾斜端面の直線状の側縁が穿刺針の穿刺方向と成す角度が、従来のダルニードルの対応する点における楕円形の傾斜端面の接線がダルニードルの穿刺方向と成す角度と比較して十分に小さくならず、したがって、一旦、穿刺孔に挿入された穿刺針の傾斜端面を穿刺孔の奥の方に進めて行く際において、穿刺針の傾斜端面の縁と穿刺孔の縁との摩擦を左程は小さくできない。一方、直線状である縁の非先端側の終点が、先端から前記傾斜端面の非先端側の内周端までの距離の7/10以上の位置にある場合には、傾斜端面の直線状の縁が曲線状の縁に移行する点において、直線状の縁と曲線状の縁との間に垂直方向の角が形成され、この部分が穿刺孔の縁に引っかかるようになる。
【0022】
本発明の要旨とするところは、前記傾斜端面の先端から突出板が突出しており、該突出板の先端が前記穿刺針の先端部を形成している、穿刺針である。このような形状の穿刺針では、穿刺針の長軸と、傾斜端面の直線状の側縁とが成す角度をより小さくすることができる。そのため、シャント血管壁上の穿刺孔の奥の方に、穿刺針の先端を容易に進入させることができる。
【0023】
更に、本発明の要旨とするところは、前記突出板の横幅が0.2mm〜1.2mmである、穿刺針である。該突出板の横幅が0.2mm未満であると、突出板の先端がシャント血管壁を損傷する恐れがあり、更に、加工技術上は、管状部の傾斜端面の先端と、突出板との境目に、比較的深い切れ込みが形成されるようになり、穿刺針が穿刺孔あるいは穿刺孔に挿入されるときに、穿刺孔の縁に当該切れ込みが引っかかるようになる恐れがある。一方、該突出板の横幅が1.2mm以上である場合には、先端の円弧状の縁よりも直ぐ後方における、穿刺針の幅が従来のダルニードルの対応する傾斜端面の横幅に比較して十分に小さくならず、また、傾斜端面の直線状の側縁が穿刺針の穿刺方向と成す角度が、従来のダルニードルの対応する点において、楕円形の傾斜端面の接線がダルニードルの穿刺方向と成す角度と比べて、十分には小さくならない。
【0024】
更に、また、本発明の要旨とするところは、前記穿刺針の先端部の円弧の曲率半径が200μm以上、かつ4.4mm未満である、穿刺針である。該曲率半径が200μm未満である場合には、穿刺針の前記前方端がシャント血管壁を損傷する恐れがある。一方、突出板の先端の曲率半径が4.4mm以上である場合には、皮膚表面の穿刺ルートの入り口に突出板の先端を挿入し難くなる。
【0025】
更に、また、本発明の要旨とするところは、前記穿刺針の長軸に対する前記傾斜端面の傾斜角度が60度未満である、穿刺針である。傾斜端面の該傾斜角度が60度未満であると、穿刺ルートおよび穿刺孔に挿入する際の抵抗が小さい。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、シャント血管壁上の穿刺孔への穿刺針の挿入失敗が有意に減少し、また、一旦シャント血管上の穿刺孔に挿入された穿刺針の穿刺孔の奥への進行はよりスムーズとなる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】血液浄化処理用器具の構成の概略を示す図である。
【図2】ダルニードルの先端部の斜視図である。
【図3】ダルニードルの先端部の上面図である。
【図4】ダルニードルの先端部の側面図である。
【図5】切痕の形状を示す図である。
【図6】本発明におけるダルニードルを穿刺ルートに挿入する様子を示す説明図である。
【図7】切痕に作用する応力を示す図である。
【図8】紙の上に作製した切痕を示す図である。P1は通常穿刺針により通常の方法で作製した切痕であり、P2は尖端が湾曲している穿刺針により、傾斜端面を下向きにして作製した切痕である。P1とP2の間にはカッターナイフにより作製したスリットを示す。
【図9】切痕のサイズを示す図である。
【図10】(a)は、従来のダルニードルの先端の図であり、(b)は、本発明におけるダルニードルの先端の図である。
【図11】(a)は、従来のダルニードルの先端が穿刺孔に入って行く図であり、(b)は、本発明におけるダルニードルの先端が穿刺孔に入って行く図である。
【図12】通常穿刺針により穿刺ルートが形成される様子を示す説明図である。
【図13】後方に凸の切痕の形状を示す図である。
【図14】従来のダルニードルを穿刺ルートに挿入する直前の状態を示す図である。
【図15】通常穿刺針の先端部の上面図である。
【図16】従来のダルニードルが、シャント血管壁上の、後方に凸の形状の穿刺孔に挿入されていく様子を示す図である。
【図17】(a)は、通常穿刺針の先端部の上面図であり、(b)は、従来のダルニードルの先端部の上面図である。
【図18】従来のダルニードルの先端が、シャント血管壁にめり込んでいく様子を示す図である。
【図19】前方に凸の切痕の形状を示す図である。
【図20】尖端が湾曲している穿刺針の側面図である。
【図21】尖端が湾曲している穿刺針が、皮下を通過してシャント血管内に挿入されて行く様子を示す図である。
【図22】尖端が湾曲している穿刺針で作製したフラップ上の初期押圧部位における横幅を示す図である。
【図23】従来のダルニードルが、シャント血管壁上の、前方に凸の形状の穿刺孔に挿入されていく様子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照して、本発明の好ましい実施の形態について説明する。図1は、本実施の形態における穿刺針としてのダルニードルを有する血液浄化処理用器具1の一例を示す説明図である。
【0029】
血液浄化処理用器具1は、例えば血液浄化処理時に患者に穿刺されるダルニードル10と、ダルニードル10の後端部に接続されたチューブ11と、チューブ11の後端部を他のチューブに接続するための接続部12とを有している。チューブ11のダルニードル10に近い部分には、ダルニードル10を動かす際に作業者が保持する保持部13が設けられている。また、チューブ11には、クランプ14が取り付けられている。接続部12には、キャップ15が嵌められている。
【0030】
血液浄化処理用器具1は、例えば接続部12により他のチューブに接続され、図示しない血液浄化器を有する血液浄化回路の一部を構成する。血液浄化処理用器具1は、血液浄化回路の脱血側の端部区間と返血側の端部区間に取り付けられ、血液浄化処理時にはダルニードル10を通じて脱血や返血が行われる。なお、血液浄化処理には、例えば透析処理、血漿交換処理、血漿吸着処理、血液成分除去処理などが含まれる。
【0031】
ダルニードル10は、図2、図3及び図4に示すように、末端部にダルニードルの長軸Aに対し傾斜した傾斜端面20aを有する管状部20と、管状部20の傾斜端面20aの先端20bから前方側にへら状に突出した突出板21を有している。突出板21の横幅(長軸Aに対して直角の左右方向の長さ)は、管状部20の横幅よりも小さく、一方、突出板21の厚みは管状部20と等しくなるように形成されている。突出板21の内壁面は、管状部20の内壁面に連続し、突出板21の外壁面は、管状部20の外壁面に連続している。
【0032】
突出板21の先端部21aは、前方に凸の円弧状となっている。先端部21aを形成する円弧の長軸方向における曲率半径は、例えば傾斜端面20aの先端20b(図3に示す点線部分)の曲率半径よりも小さく設定されている。例えば、傾斜端面20aの先端20bの曲率半径が2.2mmであるのに対し、突出板21の先端部21aの円弧の曲率半径は、200μm以上、2.2mm未満、例えば0.43mmに設定されている。
【0033】
図3に示すように、ダルニードル10の有する突出板21の円弧状の先端部21aに続く、突出板21の側縁21cは、上面から見た場合において直線状となっており、更に、傾斜端面20aの外周縁部分のうち、突出板21の側縁21cに続く部分の側縁20cも、上面から見た場合において、突出板21の側縁21cと連続する直線の形状となっている。つまり、ダルニードル10は、ダルニードル10を水平に静置し傾斜端面20aを上方に向けた状態で上方から見た時に、円弧状の先端部21aに続く左右の先端部分の側縁21c、20cがそれぞれ直線状になるように形成されている。この先端部分の直線状の側縁21c、20cの非先端側の終点Tは、先端N1から傾斜端面20aの非先端側の内周端N2までの距離R1の3/10ないし7/10の間を通る横線Gと、傾斜端面20aの外周縁とが互いに交わる位置にある。
【0034】
図4に示す、突出板21の突出方向(穿刺針の軸A方向)に対する傾斜端面20aの傾斜角度Bは、60度未満に設定されている。これにより、傾斜端面20aと、この傾斜端面20aと接続される突出板21の左右の端辺とのなす角は60度未満になる。
【0035】
ダルニードル10の管状部20の外径は、1.2mm〜2.8mm程度が好ましく、この場合、突出板21の左右方向の横幅は、0.2mm〜1.2mm程度が好ましい。また、突出板21の軸A方向の長さは、0.25mm〜2.5mm程度が好ましい。ダルニードル10の材質は、ステンレスなどの金属穿刺針であってもよいし、プラスチック穿刺針であってもよい。プラスチック穿刺針では、ポリテトラプルオロエチレン、ABS樹脂( アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)、ポリカーボネイト、ポリプロピレン、ポリエチレンなどが好適に用いられる。
【0036】
次に、以上のように構成されたダルニードル10を用いてシャント血管に穿刺する作業について説明する。作業を行う前には、例えば、図12に示すように初回の通常穿刺針100を用いた、先端傾斜端面を上に向けた状態の穿刺により、既に、皮下組織101を貫いて皮膚102からシャント血管103の表面104に至る、穿刺ルート105が形成され、穿刺ルート105の延長線上のシャント血管103の表面104には、図5(a)に示す、後方に凸の切痕106による穿刺孔107が形成されている。あるいは、既に、図21に示したように、尖端が内腔側に湾曲している穿刺針120を用いた、先端傾斜端面を下に向けた状態の穿刺により、皮下組織101を貫いて皮膚102からシャント血管103の表面104に至る、穿刺ルート105が形成され、穿刺ルート105の延長線上のシャント血管103の表面104には、図5(b)に示す、前方に凸の切痕111による穿刺孔109が形成されている。
【0037】
ダルニードル10による二回目以降の穿刺作業では、例えば、図5(a)に示す、ダルニードル10の挿入方向Xにおいて、後方に凸の切痕106により形成されている穿刺孔107に対して、ダルニードル10を挿入する場合には、先ず、図6に示すように皮膚102上の穿刺ルート105の入り口105aから穿刺ルート105にダルニードル10を挿入する。次に、穿刺ルート105に沿ってダルニードル10を進めていくと、突出板21の先端部21aがシャント血管103の表面104に到達する。そこで、ダルニードル10の先端部21aにより、図5(a)に示した、シャント血管103の表面104上のフラップ108の先端108aを探り当てる。次に、ダルニードル10の先端部21aをフラップ108の先端108aの直ぐ前方にある最適押圧部位108bに移動させ、突出板21の先端部21aにより最適押圧部位108bをシャント血管内圧以上の強さで押圧する。これにより、既に図16に示したように、フラップ108がシャント血管103内に押し下げられ、以て、図7(a)に示すように、ダルニードル10の穿刺方向Xにおいて、手前および左右の切痕部分に応力Sが生じ、以て、切痕106を接着していたフィブリン糊が引き剥がされて、穿刺孔107が開口し、ダルニードル10がシャント血管103内に挿入される。
【0038】
一方、ダルニードル10による二回目以降の穿刺作業において、図5(b)に示す、ダルニードル10の挿入方向Xにおいて、前方に凸の切痕111により形成されている穿刺孔109に対して、ダルニードル10を挿入する場合には、先ず、図6に示すように皮膚102上の穿刺ルート105の入り口105aから穿刺ルート105にダルニードル10を挿入する。次に、穿刺ルート105に沿ってダルニードル10を進めていくと、ダルニードル10の先端部21aがシャント血管103の表面104に到達する。そこで、図5(b)に示す、フラップ110上の初期押圧点110bから先端110aに向けて、ダルニードル10の先端部21aを滑らせて行きながら、フラップ110をシャント血管内圧以上の強さで押圧する。これにより、既に図23に示したように、フラップ110がシャント血管103内に押し下げられ、以て、図7(b)に示すように、ダルニードル10の穿刺方向Xにおいて、前方および左右の切痕部分に応力Sが生じ、以て、切痕111を接着していたフィブリン糊が引き剥がされて、穿刺孔109が開口し、ダルニードル10がシャント血管103内に挿入される。
【0039】
血液透析などの血液浄化を行う際には、このようなダルニードル10によるシャント血管への穿刺をシャント血管壁の2か所で行い、2本のダルニードル10のうち一方のダルニードルを通してシャント血管から脱血し、脱血された血液を血液浄化器において浄化した後、浄化された血液を他方のダルニードルを通してシャント血管に返血する。
【0040】
本実施の形態によれば、ダルニードル10が、ダルニードル10を水平に静置し傾斜端面20aを上方に向けた状態で上方から見た時に、円弧状の先端部21aに続く左右の先端部分の側縁21c、20cがそれぞれ直線状になるように形成されているので、当該先端部分の幅が、従来のダルニードルの対応する傾斜端面の横幅よりも小さい。したがって、ダルニードル10の先端部21aでフラップ108上の最適押圧点、あるいは110上の初期押圧点をシャント血管内圧以上の強さで押えた場合において、従来のダルニードルと比較してシャント血管壁にめり込んで血管壁に密着する部分の長さが短く、以て、ダルニードル10の先端部21aが切痕を跨いで切痕の両側でシャント血管壁を押圧することが少なくなる。また、ダルニードル10の直線状の側縁21c、20cが穿刺方向と成す角度は、従来のダルニードルの対応する点における楕円形の傾斜端面の接線が穿刺方向と成す角度よりも小さくなる。したがって、一旦、穿刺孔に挿入されたダルニードル10の傾斜端面20aを穿刺孔の奥の方に進めて行く際に、ダルニードル10の側縁21c、20cが穿刺孔の縁を内側から押圧する力は、従来のダルニードルよりも小さく、ゆえに、ダルニードル10の側縁21c、20cと穿刺孔の縁との摩擦の大きさも、従来のダルニードルよりも小さくなる。したがって、一旦、シャント血管壁上の穿刺孔へ挿入されると、ダルニードル10の先端はよりスムーズに穿刺孔の更に奥に進む。よって、後方に凸の穿刺孔107に対しダルニードル10を挿入する場合と、前方に凸の穿刺孔109に対しダルニードル10を挿入する場合の両方において、ダルニードル10の先端が切痕を跨いで切痕の両側でシャント血管壁を押圧することが抑制され、更に、前方に凸の穿刺孔109においては、一旦、穿刺孔に挿入されたダルニードル10の先端が穿刺孔の縁を内側から押圧し、以て、ダルニードル10の先端が穿刺孔の更に奥に進むことが妨げられるという問題が解消される。
【0041】
また、図3に示すように、ダルニードル10の先端部分の直線状の側縁21c、20cの非先端側の終点Tが、先端N1から傾斜端面20aの非先端側の内周端N2までの距離R1の3/10ないし7/10の間を通る横線Gと、傾斜端面20aの外周縁とが互いに交わる位置にあるので、より適正に、ダルニードル10のシャント血管103内への挿入を行うことができ、また、ダルニードル10の更に奥への挿入をよりスムーズに行うことができる。
【0042】
また、傾斜端面20aの先端から突出板21が突出しており、突出板21の先端が前記ダルニードル10の先端部21aを形成しているので、ダルニードル10の長軸Aと、突出板21と傾斜端面20aの直線状の側縁21c、20cとが成す角度をより小さくすることができる。そのため、シャント血管壁上の穿刺孔の奥の方に、ダルニードル10の先端をより容易に進入させることができる。
【0043】
突出板21の横幅が0.2mm〜1.2mmであるので、突出板21の先端がシャント血管壁を損傷することを防止できる。また加工技術上、管状部20の傾斜端面20aの先端と、突出板との境目に、比較的深い切れ込みが形成されることが防止され、当該切れ込みが穿刺孔の縁に引っかかることを防止できる。また、ダルニードル10の先端部の幅を従来のダルニードルに比べて十分に小さくできるので、ダルニードル10の先端部のシャント血管103内への挿入と、ダルニードル10の先端部の更に奥への挿入をよりスムーズに行うことができる。
【0044】
ダルニードル10の先端部21aの円弧の曲率半径が200μm以上、かつ4.4mm未満であるので、ダルニードル10の前方端がシャント血管壁を損傷することを防止できる。また、皮膚表面の穿刺ルートの入り口に突出板20の先端を挿入しやすくなる。
【0045】
ダルニードル10の長軸Aに対する傾斜端面20aの傾斜角度Bが60度未満であるので、穿刺ルートおよび穿刺孔に挿入する際の抵抗を小さくできる。
【0046】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0047】
例えばダルニードル10の突出板21の形状は、上記実施の形態で記載したものに限らず、他の形状を有するものであってもよい。例えば突出板21は、先端部21aの幅だけが、他の部分よりも小さくなるような形状を有していてもよい。また、上記実施の形態では、突出板21の先端部21aのダルニードル長軸方向における曲率半径が傾斜端面20aの先端20bのダルニードル長軸方向における曲率半径よりも小さくなっていたが、これが200μm〜4.4mmである限り、その関係が逆であってもよい。さらに、突出板21は必ずしも必要ではなく、ダルニードル10の傾斜端面20aの先端20bから後方に続く側縁が直線状に形成されているだけでもよい。また、上記実施の形態では、ダルニードル10が血液浄化処理時に用いられるAVF仕様のものであったが、留置針仕様でもよい。更に、ボタンホール穿刺法で用いられるものであればよい。例えば注射器により薬液を投与する時や採血を行う時に用いられるダルニードルにも、本発明は適用できる。
【実施例】
【0048】
(評価実験1)
シャント血管表面に形成される切痕の形と大きさを明らかにするために、16Gの鋭い尖端を有する通常穿刺針で、傾斜端面を上向きに表面に対して30°の角度で白紙を穿刺して、穿刺方向に対して後方に凸の切痕(切痕106に相当)を作製した。一方、その横には、鋭い尖端を有し、更に、当該尖端が穿刺針の内腔に向かって湾曲している16Gの穿刺針で、当該穿刺針の傾斜端面を下向きに、表面に対して30°の角度で白紙を穿刺して、穿刺方向に対して前方に凸の切痕(切痕111に相当)を作製した。二つの切痕106、111の間には、対照としてカッターナイフにより幅が4mmのスリットを作製した。その後、二つの切痕106、111において、フラップ部分を裏返したうえで、黒い紙を重ね合わせ、切痕が作製されている紙を拡大複写した。そして、これを基に、切痕106、111の具体的な形と大きさを明らかにした。図8には、通常穿刺針を用いて通常の方法で作製した切痕の拡大複写図P1と、尖端が穿刺針の内腔に向かって湾曲している穿刺針を、傾斜端面を下向きにして作成した切痕の拡大複写図P2を、スリットの拡大複写図とともに示す。
【0049】
図9(a)には、上記の拡大複写図を基に明らかにした、穿刺方向に対して後方に凸の切痕106のサイズを示し、図9(b)には、穿刺方向に対して前方に凸の切痕111のサイズを示す。通常穿刺針による切痕106の曲率半径は0.79mm、弦の長さは1.30mm、底点106bから弦までの距離は0.36mmであり、尖端が中心軸方向に湾曲している穿刺針による切痕111の曲率半径は1.20mm、弦の長さは1.25mm、底点111bから弦までの距離は0.21mmであった。
【0050】
(評価実験2)
ボタンホール穿刺時には、ダルニードルの先端でフラップを押圧することにより、癒着している切痕に応力を発生させて、切痕の両側のシャント血管壁を引き離し、穿刺孔を開く。その際に、切痕を跨いで、フラップ部分ではないシャント血管壁を押圧するダルニードルの先端部分の比率が少なくなるようにするためには、シャント血管壁にめり込んで、シャント血管壁に触れる、ダルニードルの先端部分の長さは短い方がよい。ところで、図2、図3、図4に示すように、本発明におけるダルニードル10の傾斜端面20aからは、突出板21が突出している。そして、図10(b)に示す、ダルニードル10の先端部21aから一定距離における突出板21の横幅21dは、図10(a)に示す、従来のダルニードル115の先端部115bから同距離における傾斜端面115aの横幅115dよりも小さく形成されている。したがって、従来のダルニードル115の先端あるいは本発明におけるダルニードル10の先端により、図7(a)に示すシャント血管103上のフラップ108の上の最適押圧点108bをシャント血管内圧以上の強さで押え、あるいは、図7(b)に示すシャント血管103上のフラップ110の上の初期押圧点110bをシャント血管内圧以上の強さで押えた場合、本発明のダルニードル10においては、従来のダルニードル115よりも、シャント血管壁にめり込んで、シャント血管壁に接する先端部の長さが短くなる。したがって、本発明におけるダルニードル10では、ダルニードル10の先端が切痕106あるいは切痕111を跨いで切痕106あるいは切痕111の両側でシャント血管壁を押圧するという現象が生じにくい。
【0051】
評価実験2は、上記の記載内容を確認するための実験である。すなわち、評価実験2は、従来のダルニードル115の先端、あるいは本発明におけるダルニードル10の先端により、シャント血管壁をシャント血管内圧以上の強さで押えた場合に、本発明のダルニードル10においては、従来のダルニードル115よりも、シャント血管壁に接する先端部の長さが、実際に短くなることを確認するための実験である。
【0052】
シャント血管が著しく怒張している部分では、皮膚は非薄化しており、更に、シャント血管壁と皮膚との間には、ほとんど皮下組織が存在しない。したがって、この部位において、ダルニードルの先端により、皮膚を押圧すると、直接シャント血管壁を押圧した時にダルニードルの先端がシャント血管壁にめり込むのと同程度に、ダルニードルの先端が皮膚にめり込む。すなわち、この部分をダルニードルの先端で押圧して、皮膚に触れるダルニードルの先端の長さを評価することにより、仮に、ダルニードルの先端により、シャント血管壁を直接押圧した時に、ダルニードルの先端が触れるシャント血管壁の長さを推定することができる。
【0053】
この実験のために、横断面の外径が1.6mmで、突出板21の横幅が0.8mmである本発明に係るダルニードル10と、横断面の外径が同様に1.6mmであり、傾斜端面が楕円形であって、突出板21がない従来のダルニードルが準備された。そして、それぞれのダルニードルの先端には墨汁が塗られた。シャント血管が前腕にあり、かつ、シャント血管が怒張して蛇行している10名の透析患者において、まず、怒張して蛇行しているシャント血管の直上の皮膚表面に、物差しとして1mmの長さの細いテープを貼り付けた。次に、シャント血管のある側の上腕を駆血帯で駆血し、その後、本発明に係るダルニードル10および従来のダルニードル115のそれぞれの先端により、術者の感覚においてダルニードルを穿刺孔に挿入するときに加える力とほぼ等しい力で、かつ30°の角度で、物差しとして張り付けられた前記テープの傍の部位で皮膚表面を押圧した。そして、その後、怒張して蛇行しているシャント血管の直上の皮膚を拡大鏡を使用して観察し、物差しとしての前記テープの長さと、ダルニードルの先端で押圧することにより生じた、それぞれの墨汁の染みの長さとを比較することにより、目視でそれぞれの墨汁の染みの長さを評価した。
【0054】
評価実験2の結果では、従来のダルニードルでは、墨汁の染みの長さが1.2mmであったのに対し、本発明におけるダルニードルでは、墨汁の染みの長さは0.8mmと、従来のダルニードルにおけるよりも、皮膚に触れる先端の長さが短かった。
【0055】
ところで、図9(a)及び図5(a)に示すように、穿刺方向Xに対して後方に凸の切痕106による穿刺孔107においては、最適押圧部位108bを通る弦106cの長さは0.76mmであり、一方、図9(b)、図5(b)に示すように、穿刺方向に対して前方に凸の切痕111による穿刺孔109においては、初期押圧部位110bを通る弦111cの長さは0.96mmと、いずれの穿刺孔においても、押圧部位の横径は、ダルニードル10の突出板21の横幅とほぼ等しかった。したがって、従来のダルニードルであっても、本発明のダルニードルであっても、ダルニードルが押圧するフラップの部位が、フラップの中央から左右いずれかに僅かにでもズレていると、ダルニードルの先端部はフラップだけでなく、切痕を跨いでフラップの反対側のシャント血管壁をも圧迫する。この時、フラップを押圧する先端部の長さが、切痕を跨いでフラップの反対側のシャント血管壁を押圧する先端部の長さよりも長ければ、両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがし易い。さて、本発明のダルニードルでは、シャント血管壁と接触する先端部の長さが、通常のダルニードルよりも短い。ゆえに、本発明におけるダルニードルでは、従来のダルニードルにおけるよりも、フラップを押し下げて穿刺孔を開くために、ダルニードルの先端が押圧すべきフラップ108上の範囲が広いと思われる。
【0056】
例えば、仮に、フラップ108を押し下げて穿刺孔107を開くためには、シャント血管壁に接するダルニードルの先端部の長さの最低でも2/3以上がフラップ108上になければならないとすると、従来のダルニードル115では、墨汁の染みの長さ、すなわち、シャント血管壁に接している先端部の長さである1.2mmのうち0.8mmでフラップ108を押圧していなければならない。そうするためには、ダルニードルの先端部は、切痕106から0.2mmだけフラップ側のシャント血管壁表面を押圧していなければならないことになる。つまり、切痕106の左脚と右脚とから、それぞれ0.2mm以内の範囲を除いた、フラップ108上の残りの範囲を押圧すれば、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがすことができることになる。したがって、フィブリン糊を引きはがすために押圧すべきフラップ108上の範囲は、最適押圧部位108bにおけるフラップ108の横幅である0.76mmから0.2mmずつを差っ引いた0.36mmとなる。一方、本発明におけるダルニードル10でも、同様に、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがすためには、シャント血管壁に接する先端部の長さの最低でも2/3以上がフラップ108上になければならないとすると、墨汁の染みの長さ、すなわち、シャント血管壁に接している先端部の長さである0.8mmのうち0.53mmでフラップ108を押圧していなければならない。そして、この時、ダルニードルの先端部は、切痕106から0.13mm以内の範囲を除いた、フラップ108上の残りの範囲を押圧すれば、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがすことができることになる。したがって、フィブリン糊を引きはがすために押圧すべきフラップ108上の範囲は、最適押圧部位108bにおけるフラップ108の横幅である0.76mmから0.13mmずつを差っ引いた0.5mmとなる。
【0057】
実際には、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがし、以て、フラップ108を押し下げて穿刺孔107を開くためには、シャント血管壁に接する先端部の長さのどの程度がフラップ108上になければならないのかは、正確には不明である。しかし、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがすために、先端部の全長に占めるフラップ108上になければならない先端部の長さの比率がどれだけであろうと、フィブリン糊を引きはがすために押圧すべきフラップ108上の範囲は、本発明におけるダルニードルで、従来のダルニードルにおけるよりも広いことは明らかである。
【0058】
(評価実験3)
ダルニードルの先端部が穿刺孔内において、中央線の左右いずれかに僅かにであってもずれていると、ダルニードルの先端をシャント血管の奥の方に押し進めていくうちに、ダルニードルの傾斜端面の側縁が穿刺孔の縁に当たり、穿刺孔の縁を外側に押圧し、以て、ダルニードルの傾斜端面の側縁と穿刺孔の縁との間に摩擦が生じることとなる。とくに、ダルニードルの挿入方向において前方に向かって湾曲している穿刺孔109においては、ダルニードルの挿入方向において、前方に行くほど、穿刺孔の横径が小さくなって行くので、この現象が出現しやすい。
【0059】
本発明におけるダルニードル10においては、図3および図10(b)に示すように、ダルニードル10の傾斜端面20aの外周縁部分のうち、先端部21aから左右に続く部分が、上面から見て、それぞれ直線状の側縁21c、20cになっている。したがって、本発明におけるダルニードル10においては、次の述べる理由により、図10(a)に示す、従来のダルニードル115に比べて、上記の現象が出現しにくい。
【0060】
図10(a)に示すように、従来のダルニードル115では、先端部の縁115cは楕円形の傾斜端面115aの周辺縁の一部である。そして、図11(a)に示すように、ダルニードル115の先端部を穿刺孔109の奥の方に押し進める力FC1は、ダルニードル115の傾斜端面115aの側縁が穿刺孔109の縁に接触する点Q1において、傾斜端面の形状である楕円形の当該点における接線L1に対して直角の方向の力の成分、すなわち穿刺孔の縁を押す力の成分FC2と、接線L1に沿って穿刺孔109の中心方向への力の成分、すなわちダルニードル115を穿刺孔109の中心線Cの方向に戻そうとする力の成分FC3に分けられる。一方、本発明におけるダルニードル10では、図10(b)に示すように、穿刺孔109の縁を押圧する先端部の側縁21c、20cは、円弧状の先端部21aに続く直線状の縁である。そして、図11(b)に示すように、ダルニードル10の先端部を穿刺孔109の奥の方に押し進める力FN1は、ダルニードル10の先端部が穿刺孔109の縁に接触する点Q2において、ダルニードル10の先端部の直線状の側縁21c、20cに対して直角の方向の力の成分、すなわち穿刺孔の縁を押す力の成分FN2と、当該側縁に沿って穿刺孔109の中心線Cの方向への力の成分、すなわちダルニードルを穿刺孔の中心線の方向に戻そうとする力の成分FN3に分けられる。
【0061】
さて、図11(b)に示すように、本発明におけるダルニードル10の先端部の直線状の側縁21c、20cがダルニードルの進行方向Cに対して成す角度E2は、従来のダルニードル115の傾斜端面115aの側縁が穿刺孔107の縁に接触する点Q1における接線L1がダルニードル10の進行方向Cに対して成す角度E1よりも小さい。ゆえに、本発明におけるダルニードル10と従来のダルニードル115を同じ強さで穿刺孔109の奥の方に押し進めた場合において、本発明におけるダルニードル10では、従来のダルニードル115におけるよりも、穿刺孔107の縁を押す力が弱く、一方、ダルニードルを穿刺孔107の中心線Cの方向に戻そうとする力が大きい。
【0062】
本発明におけるダルニードルが従来のダルニードルよりもスムーズに穿刺孔の奥に進入するか、否か確認するために、評価実験3が施行された。評価実験3は、前腕に自己血管内シャントと共に、皮膚とシャント血管の間に穿刺ルートとダルニードルの穿刺方向において前方に凸のフラップを有する末期腎不全血液透析患者40名に対して行われた。3名の透析センター看護師がそれぞれ、各患者に対して、図2、図3および図4に示す、本発明に係るダルニードル10を用いて、述べ120回のボタンホール穿刺を行った。更に、その後、同じ3名の看護士が、今度は図17(b)に示す従来のダルニードル115を用いて、やはり述べ120回のボタンホール穿刺を行った。そして、3名の看護士のうち、ひとりでも穿刺孔へダルニードルの先端を進める際に抵抗を感じたと報告した場合には、その患者に対するそのダルニードルを使用してのボタンホール穿刺には「抵抗があった」と見なし、3名の看護士のすべてが、穿刺孔へダルニードルの先端を進める際に抵抗を感じなかったと報告した場合には、その患者に対するそのダルニードルを使用してのボタンホール穿刺には「抵抗がなかった」と見なした。この評価実験3の結果を次の表1に示す。
【0063】
【表1】

本発明に係るダルニードル10を使用した場合には、従来のダルニードル115を使用した場合よりも「抵抗なし」の比率が高かった。
【0064】
(評価実験4)
評価実験4は、荷重測定器(MODEL-1605N:アイコーエンジニアリング社製)を用い、厚み1.05mm、40mmΦのシリコンゴム(SR-50;タイガーポリマー社製)に対し17G穿刺針で穿刺後各サンプルのダルニードルを刺通させ、そのときの必要荷重を測定することによって行った。実験条件として、室温26℃にて刺通スピードは50mm/minで行った。この評価実験4の結果を表2に示す。表2中の最大必要荷重は、各サンプルを刺通したときに必要になった最大荷重であり、接点必要荷重は、ダルニードルの突出板21と傾斜端面20aとの接点がシリコンゴムを刺通する際に必要になった荷重である。
【0065】
実施例1、2、3及び比較例1のサンプルは、突出板21と傾斜端面20aとの接点角度(傾斜角度)Bがそれぞれ11.5度、25.3度、35.1度、65.3度、のダルニードルである。比較例2のサンプルは、図10(a)に示す突出板21を有さないダルニードルである。
【0066】
【表2】

【0067】
接点角度Bが60度未満の実施例1〜3の最大必要荷重は、比較例1、2に比べて著しく小さくなっている。また、実施例1〜3の接点必要荷重は、100mN以下で、比較例1に対して著しく小さくなっている。よって、接点角度Bを60度未満にすることにより、刺通抵抗が著しく低下し、穿刺をスムーズに行うことができる。
【符号の説明】
【0068】
1 血液浄化処理用器具
10 ダルニードル
11 チューブ
12 接続部
13 保持部
14 クランプ
15 キャップ
20 管状部
20a 傾斜端面
20c 側縁
21 突出板
21a 先端部
21c 側縁
21d 突出板の横幅
100 通常穿刺針
100b 尖端点
100c 刃線
101 皮下組織
102 皮膚
103 シャント血管
104 シャント血管表面
105 穿刺ルート
105a 穿刺ルートの入り口
106、111 切痕
106a 仮想直線
106b 底点
107、109 穿刺孔
108、110 フラップ
108a 先端
108b 最適押圧部位
110b 初期押圧点
111a 仮想直線
112 血管壁
115 従来のダルニードル
115e 傾斜端面の最大横径
120 穿刺針
120b 尖端点
A、C、X、Y 軸あるいは方向
B、E1、E2 角度
FC1、FC2,FC3,FN1,FN2,FN3 力の成分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚表面からシャント血管表面まで形成されている穿刺ルートに挿入され、シャント血管の表面に形成されている穿刺孔を通してシャント血管内に挿入される管状の穿刺針であって、
長軸に対して傾斜した傾斜端面を有し、
更に、先端部が円弧状の縁となっており、
かつ、水平に静置し傾斜端面を上方に向けた状態で上方から見た時に、前記円弧状の先端部に続く左右の先端部分の側縁がそれぞれ直線状になるように形成されている、穿刺針。
【請求項2】
前記先端部分の直線状の側縁の非先端側の終点が、先端を起点として先端から前記傾斜端面の非先端側の内周端までの距離の3/10ないし7/10の間を通る横線と、前記傾斜端面の外周縁とが互いに交わる位置にある、請求項1に記載の穿刺針。
【請求項3】
前記傾斜端面の先端から突出板が突出しており、該突出板の先端が前記穿刺針の先端部を形成している、請求項1又は2に記載の穿刺針。
【請求項4】
前記突出板の横幅が0.2mm〜1.2mmである、請求項3に記載の穿刺針。
【請求項5】
前記穿刺針の先端部の円弧の曲率半径が200μm〜4.4mmである、請求項1〜4のいずれかに記載の穿刺針。
【請求項6】
前記穿刺針の長軸に対する前記傾斜端面の傾斜角度が60度未満である、請求項1〜5のいずれかに記載の穿刺針。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2013−111109(P2013−111109A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−257571(P2011−257571)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(507365204)旭化成メディカル株式会社 (65)
【出願人】(500277803)有限会社ネクスティア (17)
【Fターム(参考)】