説明

窒化鉄材及びその製造方法

【課題】α"Fe16N2を主成分とする鉄窒化物粒子の含有量が多い窒化鉄材、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】α"Fe16N2を主成分とし、短軸の平均長さが100nm以下の鉄窒化物粒子からなる原料粉末とバインダとを混合して、平均粒径1μm以上の造粒粉を作製する。造粒粉を成形型に充填した後、加圧成形して成形体(窒化鉄材)を作製する。加圧成形は、成形型内を0.9気圧以下に排気しながら、バインダの分解温度±20℃の温度に加熱した状態、かつ2T以上の磁場を印加した状態で行う。加熱により溶融したバインダの存在下で強磁場を印加すると、鉄窒化物粒子の移動や回転を容易にして結晶方位を特定の方向に配向でき、加熱及び排気によりバインダを除去すると、鉄窒化物粒子の充填率を高められる。この製造方法は、鉄窒化物粒子の含有量が多く、配向組織を有する窒化鉄材が得られ、この窒化鉄材は、磁気特性に優れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石などの磁性部材の素材に適した窒化鉄材、及びその製造方法に関する。特に、α"Fe16N2を主成分とする粉末の含有量が多い窒化鉄材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、磁気記録媒体といった磁気部材の原料に、粒径がナノオーダーの球状の窒化鉄や短軸がナノオーダーの柱状の窒化鉄からなるナノ粉末が利用されている。この窒化鉄として、飽和磁化が非常に高く、磁気特性に非常に優れるα"型のFe16N2(原理計算や薄膜による実験において飽和磁化:2.8T程度、正方晶、a=5.72Å、c=6.29Å、結晶記号:I4/mmm)が利用されている(特許文献1など)。
【0003】
一方、モータや発電機などに利用される永久磁石として、Nd(ネオジム)やSm(サマリウム)といった希土類元素を含有する希土類磁石が広く利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007-335592号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
希土類磁石は、磁気特性に優れるものの、希土類元素は希少元素であるため、使用量の低減が望まれる。一方、鉄元素や窒素元素は希土類元素よりも豊富である。従って、α"Fe16N2を主成分とする窒化鉄材を磁石の素材に利用すれば、希土類磁石よりも磁気特性に優れる永久磁石が得られると期待される。
【0006】
しかし、従来のα"Fe16N2を含有する窒化鉄材は、α"Fe16N2の含有量が少なく、磁気特性に劣り、磁石といった磁性部材の素材に適用することが困難である。
【0007】
例えば、磁気記録媒体に利用される窒化鉄材は、α"Fe16N2の粉末と樹脂や有機物などの結合剤との混合物を樹脂などからなる支持フィルムに塗布したテープ状のものが代表的である(特許文献1参照)。結合剤や支持フィルムが存在することで、上記窒化鉄材は、上記粉末の充填率が低く、結果としてα"Fe16N2の含有量が少ない。
【0008】
また、上述したナノ粉末を原料粉末に利用する場合、ナノ粒子の結晶方位を特定の方向に配向させて成形すると、磁気特性をより向上することができる。しかし、ナノ粉末は、一般に凝集し易く、表面エネルギーが高い。そのため、ナノ粒子の結晶方位を特定の方向に配向させて成形することが難しい。また、凝集により粗大化すると、磁気特性が低下する。
【0009】
従って、α"Fe16N2を含有するナノ粉末の充填率が高く、磁気特性に優れるバルク材の開発が望まれる。
【0010】
そこで、本発明の目的の一つは、α"Fe16N2を主成分とする粉末の含有量が多い窒化鉄材を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記窒化鉄材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、原料粉末に特定のバインダを混合して作製した造粒粉を成形型に充填し、特定の温度に加熱しながら脱気してバインダを除去しつつ、特定の強磁場を印加することで、結晶の配向性を高められる上に、充填率を高められる、との知見を得た。本発明は、上記知見に基づくものである。
【0012】
本発明の窒化鉄材の製造方法は、磁石などの磁気部材の素材に利用される窒化鉄材を製造する方法に係るものであり、以下の準備工程と、造粒工程と、成形工程とを具える。
準備工程:α"Fe16N2を主成分とし、短軸の平均長さが100nm以下である柱状の鉄窒化物粒子からなる原料粉末を準備する工程。
造粒工程:上記原料粉末と、α"Fe16N2の分解温度よりも低い分解温度を有するバインダとを混合して、平均粒径1μm以上の造粒粉を形成する工程。
成形工程:上記造粒粉を成形型に充填した後、加圧成形して成形体を形成する工程。
上記成形工程では、上記成形型内を0.9気圧以下に排気しながら、{(上記バインダの分解温度)−20}℃以上{(上記バインダの分解温度)+20}℃以下の温度に加熱した状態で、かつ、2T以上の磁場を印加した状態で加圧成形する。
【0013】
なお、バインダにおける分解温度は、大気圧(1気圧≒0.1MPa)の状態で当該バインダの示差熱・熱重量曲線(TG/DTA)を求め、当該バインダの重量の減少が始まる温度(重量減少開始温度)をいい、ここでは、オフセット温度を利用する。オフセット温度:Toは、以下のように求める。まず、上述のようにして求めたTG曲線において、図2に示すようにバインダの重量の減少が始まる温度を通り、X軸に平行な直線L1をとる。原料粉末に用いる鉄窒化物粒子の重量に対するバインダの添加量の重量割合をX(wt%)、バインダの初期重量をM1とするとき、直線L1に平行であって、直線L1から初期重量:M1の(5×X)wt%小さい重量をとる直線L2をとる。更に、TG曲線とこの直線L2との交点における接線L3をとる。そして、直線L1と接線L3との交点をとり、この交点の温度をオフセット温度TOとする。
【0014】
上記本発明窒化鉄材の製造方法により、上記鉄窒化物粒子の含有量が多い本発明窒化鉄材が得られる。具体的には、本発明の窒化鉄材は、上記本発明製造方法により得られた窒化鉄材であり、α"Fe16N2を主成分とする複数の鉄窒化物粒子から構成された成形体からなる。そして、本発明窒化鉄材は、上記成形体における上記鉄窒化物粒子の含有量が85体積%以上である。
【0015】
或いは、本発明の窒化鉄材として、α"Fe16N2を主成分とする複数の鉄窒化物粒子から構成される成形体からなり、上記鉄窒化物粒子が柱状で、短軸の平均長さが100nm以下であり、上記成形体における上記鉄窒化物粒子の含有量が85体積%以上であるものが挙げられる。
【0016】
本発明製造方法は、原料粉末にナノ粉末を利用し、このナノ粉末とバインダとを混合した造粒粉を利用することで、当該バインダの介在により凝集を効果的に抑制できる。また、本発明製造方法は、成形時、特定の温度に加熱すると共に排気することで上記バインダを容易に除去できるため、得られる成形体中のナノ粉末の充填率を高められる。即ち、本発明製造方法は、上記バインダを実質的に含有せず、ナノ粉末の含有量が多い成形体を製造できる。
【0017】
かつ、本発明製造方法は、成形時、加熱により溶融状態にあるバインダの介在によりナノ粉末がある程度移動可能及び回転可能である。そのため、ナノ粉末が実質的に単結晶の磁性材料からなる場合、特定の強磁場を印加することで、磁場の印加方向に、結晶の磁化容易軸が配向可能となる。即ち、本発明製造方法は、バインダの利用と特定の強磁場の印加とにより配向性が高い成形体を効率よく製造することができる。
【0018】
上記本発明製造方法により得られた窒化鉄材(代表的には本発明窒化鉄材)は、鉄窒化物粒子の含有量が多いことで磁気特性に優れる。また、上記窒化鉄材を構成する成形体は、結晶方位が一方向に揃った配向組織を有することからも、本発明窒化鉄材は、磁気特性に優れる。更に、本発明窒化鉄材は、希土類元素を含有しなくても磁気特性に優れることから、永久磁石といった磁石の素材に好適に利用でき、磁石のレアアースフリー化に寄与することができると期待される。
【0019】
本発明製造方法の一形態として、上記鉄窒化物粒子におけるα"Fe16N2の含有量が85体積%以上である形態が挙げられる。
【0020】
原料粉末を構成する窒化鉄物粒子中のα"Fe16N2の含有量が多い(純度が高い)ことで、成形後に得られる成形体中のα"Fe16N2の含有量も多くなることから、上記形態は、磁気特性により優れる窒化鉄材を製造することができる。
【0021】
本発明製造方法の一形態として、上記鉄窒化物粒子における短軸の長さに対する長軸の長さの比をアスペクト比とするとき、上記アスペクト比が2以上である形態が挙げられる。
【0022】
アスペクト比が大きい原料粉末を用いることで、成形後に得られる成形体を構成する鉄窒化物粒子もアスペクト比が大きくなることから、上記形態は、形状磁気異方性が大きい。また、特定の強磁場を印加することで、α"Fe16N2結晶のc軸が鉄窒化物粒子の長軸方向に配向している。従って、上記形態は、この形状による磁気異方性の磁化容易方向と、鉄窒化物の結晶磁気異方性の磁化容易軸とを上述の強磁場の印加により揃えられるため、磁気特性に更に優れる窒化鉄材を製造することができる。
【0023】
本発明製造方法の一形態として、上記バインダの分解温度が240℃以下である形態が挙げられる。
【0024】
α"Fe16N2の分解温度は260℃程度であることから、上記形態は、成形時の加熱温度を(バインダの分解温度)+20℃とした場合でも、α"Fe16N2が分解せず、良好に成形を行えて、α"Fe16N2を十分に含有する窒化鉄材を製造することができる。
【0025】
本発明製造方法の一形態として、上記造粒工程では、酸素濃度が3000質量ppm以下の低酸素雰囲気下とし、{(上記バインダの融点)+5}℃以上の温度から室温にまで冷却して造粒を行う形態が挙げられる。なお、バインダにおける融点とは、以下のように求める。大気圧(1気圧≒0.1MPa)の状態で当該バインダの示差走査熱量曲線(DSC)を求め、図3に示すように熱量変化ピーク点における接線Lp1をとる。熱量変化ピーク値をYとするとき、接線Lp1に平行で、Yだけ離れた直線Lp2をとる。この直線Lp2に平行で、直線Lp2からピーク点の方向に(Y/2)だけ離れた直線Lp3をとる。DSCと直線Lp3との交点をとり、低温側の交点(図3では左側の交点)における接線Lp4をとる。そして、直線Lp2と接線Lp4との交点をとり、この交点の温度をオフセット温度TOpとする。
【0026】
低酸素雰囲気下とすることで、酸化し易いα"Fe16N2の酸化を効果的に防止でき、酸化物の存在による磁気特性の低下を抑制できることから、上記形態は、磁気特性に優れる窒化鉄材を製造することができる。また、バインダの融点よりも高い温度とすることで原料粉末とバインダとを容易に混合でき、かつ、上記温度から室温に冷却することで、特定の大きさの造粒粉を形成し易いことから、上記形態は、造粒粉の製造性に優れる。
【0027】
本発明製造方法の一形態として、上記成形工程において上記磁場の印加は、高温超電導磁石を用いて行う形態が挙げられる。
【0028】
上記形態は、2T以上といった強磁場を大きな空間に対して安定して印加することができる。また、上記形態は、磁場の変動を高速で行えるため、工程時間を短縮したり、成形工程における鉄窒化物粒子の配向状態の変動に合わせて、適切な磁場強度を設定し易かったりするため、窒化鉄材の生産性を高められる。
【0029】
本発明窒化鉄材の一形態として、上記成形体の保磁力が2.0kOe(160kA/m)以上、及び上記成形体の飽和磁化が2.0T以上の少なくとも一方を満たす形態が挙げられる。
【0030】
上記形態は、保磁力や飽和磁化が高いことから、永久磁石といった磁石の素材に好適に利用することができる。
【0031】
本発明窒化鉄材の一形態として、上記成形体において(202)面のX線回折のピークの積分強度をI202、(004)面のX線回折のピークの積分強度をI004、積分強度:I202に対する積分強度:I004の比をI004/I202とするとき、I004/I202>0.2を満たす形態が挙げられる。
【0032】
上記形態は、(004)面が配向した配向組織を有する、即ち、鉄窒化物の結晶磁気異方性の容易軸であるc軸が特定の方向に配向した組織を有することから、磁気特性に優れる。
【発明の効果】
【0033】
本発明窒化鉄材は、α"Fe16N2を主成分とする鉄窒化物粒子の含有量が多い。本発明窒化鉄材の製造方法は、上記本発明窒化鉄材を生産性良く製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】図1は、本発明窒化鉄材の製造方法を示す工程説明図である。
【図2】図2は、バインダの分解温度を説明する説明図である。
【図3】図3は、バインダの融点を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明をより詳細に説明する。
[窒化鉄材の製造方法]
(準備工程)
原料粉末として、α"Fe16N2を主成分とする鉄窒化物粒子からなる粉末を用意する。原料粉末に用いる鉄窒化物粒子は、最終的に得られる窒化鉄材を構成する粒子となる。即ち、本発明製造方法により得られる窒化鉄材を構成する鉄窒化物粒子は、原料粉末を構成する鉄窒化物粒子の成分・形状・大きさを実質的に維持する。そのため、本発明製造方法では、形状磁気異方性(特に、保磁力)による磁気特性の向上を期待して、上記鉄窒化物粒子として、その短軸の平均長さが100nm以下の柱状のものを利用する。
【0036】
短軸の長さがナノオーダーである鉄窒化物粒子は、代表的には、短軸の長さがナノオーダーである柱状の鉄粉(以下、ナノ鉄粉と呼ぶ)に窒化処理を施すことで得られ、公知の製造方法を利用することができる。ナノ鉄粉の製造には、例えば、共沈法、逆ミセル法、ゾルゲル法などの公知の方法を利用することができる。共沈法を利用した場合、ナノオーダーの酸化鉄(ヘマタイト:Fe2O3)を還元することでナノ鉄粉が得られ、逆ミセル法を利用した場合、鉄カルボニル:Fe(CO)5から合成することでナノ鉄粉が得られる。ナノ鉄粉は、実質的にα-Feから構成される。製造条件を調整することで柱状にしたり、ナノ鉄粉の短軸の長さやナノ鉄粉の長軸の長さを変化できる。前駆状態のナノオーダーの酸化鉄(以下、ナノ酸化鉄と呼ぶ)やナノオーダーの鉄(以下、ナノ鉄と呼ぶ)の初期結晶を生成させたり粒子サイズを成長させたりする際に、外部磁場や電場を印加すると、前駆状態であるナノ酸化鉄やナノ鉄の成長方向を制御することができる。また、前駆状態のナノ酸化鉄やナノ鉄の粒径は、反応時の温度を低くすると、或いは反応時間を短くすると、小さくなる傾向にある。従って、磁場や電場により成長方向を制御した状態で、反応温度や反応時間を調整することで、柱状にしたり、短軸の長さを短くしたり、長軸の長さを長くしたりすることができる。所望の大きさに結晶が成長した時点で、親水基を有するカップリング剤などを投入して、生成する酸化鉄や鉄の表層に存在する酸素-鉄結合の末端を修飾することで、成長を止めることできる。外部磁場や電場は、直流印加でもよいし、交流印加でもよい。親水基を有するカップリング剤は、例えば、シランカップリング剤、不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸など)などが挙げられる。
【0037】
α"Fe16N2を主成分とする、とは、α"Fe16N2の含有量(純度)が80体積%以上であることをいう。鉄窒化物粒子中のα"Fe16N2の含有量が多いほど(純度が高いほど)、窒化鉄材中のα"Fe16N2の含有量が多くなることから、85体積%以上、更に90体積%以上が好ましい。鉄窒化物粒子は、不純物の含有を許容する。不純物はα-Feが挙げられる。α"Fe16N2の含有量を多くする(純度を高めるに)は、例えば、上述のようにして得られた前駆状態であるナノ鉄粉に窒化処理を施す際に、低温(150℃〜300℃程度)・長時間(10時間〜50時間程度)、かつ、窒素原子を窒素分子(N2)状態よりも反応性の高い状態(例えば、アンモニア(NH3)やプラズマ窒素状態)で反応させることが挙げられる。窒化鉄材中のα"Fe16N2の含有量の測定方法は、後述する。
【0038】
鉄窒化物粒子の短軸の平均長さは、短いほどアスペクト比が大きくなり易く、かつ鉄窒化物粒子全体が小さくなり易いことから、80nm以下、更に50nm以下、特に20nm以下が好ましい。また、短軸の平均長さは、10nm以上であると、アスペクト比が小さくなり過ぎず、いわゆる超常磁性状態となり難くなり、磁石特性の喪失を抑制できる。所望の短軸長さやアスペクト比の鉄窒化物粒子が得られるように上述のように製造条件を調整してナノ鉄粉を用意する。短軸の平均長さの測定方法は、後述する。
【0039】
鉄窒化物粒子は、短軸が短くかつ長軸が長いほど、即ち、アスペクト比が大きいほど、形状磁気異方性により磁気特性に優れる。従って、アスペクト比は、2以上、更に2.2以上が好ましい。アスペクト比は、上述のように前駆状態のナノ酸化鉄やナノ鉄粉の初期結晶の生成時や粒子サイズの成長時に外部磁場や電場を印加し、この外部磁場の大きさや電場の大きさを調整することで制御することができる。外部磁場や電場を大きくすると、アスペクト比を大きくし易い。外部磁場や電場の大きさが一定である場合、反応温度や反応時間によって粒径が異なるものの、アスペクト比は概ね一定になる。
【0040】
(造粒工程)
本発明製造方法では、上記原料粉末とバインダとを混合して造粒粉を形成することを特徴の一つとする。
【0041】
バインダは、造粒から成形途中までの間、一時的に存在させ、成形時の加熱及び排気により除去する。このバインダは、成形型に投入するまでの造粒粉の流動性を確保すると共に、外部からの加熱を受けて温度上昇する過程で融解・液状化することで外部磁場による鉄窒化物粒子の移動や回転を容易にする機能を有する。そのため、バインダは、その分解温度がα"Fe16N2の分解温度よりも低く、α"Fe16N2と反応せず、造粒可能なものとする。特に、本発明製造方法では、分解温度+20℃以下の温度で揮発又はガスに分解することによって気化して除去可能なバインダを利用する。このような比較的低温でバインダが除去可能であることで、成形時の温度を低くできるため、バインダ自体の熱分解やα"Fe16N2の熱分解を効果的に防止できる。α"Fe16N2の分解温度が260℃程度であることから、バインダは、その分解温度が240℃以下、更に220℃以下のものが好ましい。分解温度が240℃以下のバインダとして、例えば、オレイン酸アミド、エルカ酸アミド、リシノール酸アミドなどの有機物が挙げられる。上述の仕様(分解温度など)を満たす市販のワックスなどを利用してもよい。
【0042】
造粒にあたり、バインダを溶融又は軟化状態とすると、原料粉末を構成する鉄窒化物粒子と当該バインダとを均一的に混合し易く、鉄窒化物粒子の全周を覆うように当該バインダが存在する造粒粉を形成することができる。従って、原料粉末とバインダとの混合は、当該バインダの融点以上、好ましくは融点+5℃以上の温度で行うことが好ましい。混合時の温度は、低過ぎると、(1)原料粉末とバインダとを混合し難く造粒し難い、(2)バインダが原料粉末に均一的に付着せず、原料粉末のすべりが悪くなって成形性に劣る造粒粉が形成される、(3)すべりが悪いことで原料粉末の成形型への充填率の低下を招く、といった恐れがある。一方、混合時の温度は、高過ぎると、造粒中にバインダが混合設備中に付着や堆積などしてバインダが低減するため、(融点+5)℃〜(融点+15)℃程度が好ましい。バインダの融点は90℃以下が好ましい。融点が低いことで、バインダを溶融又は軟化状態にし易い。そのため、比較的低温でバインダと原料粉末とを均一的に混合でき、造粒工程の作業性に優れる上に、バインダが均一的に存在する造粒粉を形成できる。この造粒粉は、原料粉末の酸化を防止できると共に、原料粉末のすべりを良好にでき、成形性に優れる。
【0043】
十分に混合したら、原料粉末とバインダとの混合物を室温まで冷却して、当該バインダを固化させて造粒粉を形成する。造粒粉はその平均粒径が1μm以上となるように形成する。平均粒径は、1μm未満であると流動性が著しく低く、また、飛散性を有するため、成形型への充填性に劣る。平均粒径が大きいほど造粒粉を製造し易い上に成形性にも優れることから、平均粒径は、5μm以上、更に10μm以上が好ましい。但し、造粒粉が大き過ぎると、バインダが過剰になったり、バインダ成分の残存により充填率を低下させたりすることから、平均粒径は100μm以下が好ましい。上述のようにバインダを溶融させてから冷却することで、平均粒径1μm以上の造粒粉を製造し易い。平均粒径の測定方法は、後述する。
【0044】
α"Fe16N2を主成分とする鉄窒化物粒子は、酸化し易く、酸化すると、配向性の低下や、生成された酸化物の存在による窒化鉄材の磁気特性の低下を招く。そのため、造粒工程は、低酸素雰囲気とすることが好ましい。具体的には、酸素濃度が3000質量ppm以下、更に2500質量ppm以下、特に2000質量ppm以下が好ましい。造粒工程の具体的な雰囲気は、例えば、Ar(アルゴン)やHe(ヘリウム)などの希ガス雰囲気やN2(窒素)などの不活性雰囲気が挙げられる。
【0045】
上述のようにバインダにより鉄窒化物粒子の全周を覆った造粒粉とすると、当該バインダを鉄窒化物粒子の酸化防止層として機能させることもできる。
【0046】
バインダの含有量は、適宜選択することができるが、多過ぎると、除去時間が長くなったり、残存して鉄窒化物粒子の充填率の低下を招いたりする。従って、バインダの含有量は、原料粉末と当該バインダとの混合物の全体に対して、0.5質量%〜5質量%が好ましい。
【0047】
(成形工程)
本発明製造方法では、上記造粒粉を加圧成形するにあたり、加熱及び排気すると共に、強磁場を印加することを特徴の一つとする。
【0048】
{加熱}
成形時の加熱は、主として、造粒粉中のバインダを溶融・気化(揮発)するために行う。従って、この工程の加熱温度(最終到達温度)は、バインダの分解温度近傍が好ましく、分解温度±20℃とする。この加熱温度が(分解温度−20)℃未満では、バインダを十分に溶融できず、鉄窒化物粒子の移動や回転を阻害して配向し難くしたり、十分に気化できず、当該バインダが残存して鉄窒化物粒子の充填率の低下を招いたりする。加熱温度が高いほどバインダを溶融・気化し易く、確実に除去できるが、(分解温度+20)℃超となると、例えば、揮発させる目的のバインダにおいて意図しない分解が進行して、バインダの構成成分(例えば、C(炭素)など)が残渣として成形体内部に残ったり、α"Fe16N2が分解したりすることで窒化鉄材の磁気特性の低下を招く。造粒粉の加熱は、外熱を与える他、成形型を所定の温度に加熱することで実現できる。また、造粒粉をバインダの融点以下の温度で予熱すると、造粒粉自体の昇温時間を短縮することができ、生産性の向上を図ることができる。
【0049】
{排気}
成形時の排気は、主として、上記加熱により気化したバインダを外部に除去するために行う。具体的には、0.9気圧(91.2kPa)以下となるように排気する。つまり、成形は、減圧雰囲気で行う。雰囲気の圧力が0.9気圧超では、十分に脱気できず、バインダが残存して鉄窒化物粒子の充填率の低下を招く。雰囲気の圧力が低いほど、排気を十分に行えて、バインダを排出し易く、かつ、雰囲気中の酸素濃度も低減できることから、0.8気圧(81.1kPa)以下がより好ましい。成形時、雰囲気中の酸素濃度が低いことで、バインダが除去されて鉄窒化物粒子が露出された状態になっても、当該粒子の酸化を抑制することができる。
【0050】
{磁場印加}
成形時の磁場の印加は、主として、鉄窒化物粒子の結晶方位を一定の方向に配向させるために行う。具体的には、2T以上の強磁場を印加する。このような強磁場は、高温超電導磁石を用いることで安定して形成することができる。また、高温超電導磁石は、例えば、予備印加状態から最大磁場への到達時間が短いなど、磁場の変動を高速で行える。低温超電導磁石を用いた場合、磁場変動速度は、一般に、1T当たり5分〜10分程度であるのに対し、高温超電導磁石では、例えば、1T当たり10秒以内と非常に短時間で行える。このように高温超電導磁石を利用すると、所望の強磁場を短時間で得られることから、成形工程の時間を短縮できる。工程時間の短縮化により、成形体を構成する粒子内の結晶粒の成長を抑制して粗粒化を低減できることから、保磁力が大きな窒化鉄材が得られ易い。また、磁場変動速度が速いため、成形型に造粒粉を充填するときや成形体を取り出すときに磁場の印加を停止(OFF)したり、充填後に磁場の印加を開始(ON)したり、といった磁場の印加の制御も速やかに行える。このように高温超電導磁石を利用すると、窒化鉄材の生産性にも優れる。高温超電導磁石は、代表的には、酸化物超電導体により構成された超電導コイルを例えば、冷凍機による伝導冷却で冷却して使用される(動作温度はおよそ-260℃以上)。上記磁場の大きさが2T未満では、鉄窒化物粒子の結晶方位を一方向に配向させることが難しく、配向性の低下を招く。上記磁場の大きさは、大きいほど配向性を高められ、最終的に磁気特性に優れる窒化鉄材が得られることから、2.2T以上、更に3T以上が好ましい。この磁場の印加方向は、上記造粒粉を成形するときの成形方向(圧縮方向)と同じであることが好ましい。
【0051】
造粒粉を成形型に充填する際には、上述の特定の強磁場を印加していない状態とすると、成形型内に造粒粉が偏って充填されることなどを防止し易く好ましい。一方、造粒粉を成形型(好ましくは上述の加熱温度に加熱された状態にあるもの)に充填した後には、造粒粉の温度が上昇してバインダが溶融状態になるまでの間、例えば、10秒〜15秒程度の非常に短時間の間に上記特定の強磁場にすることが望まれる。高温超電導磁石は、強磁場を急速に励磁可能な高温超電導コイルを具える電磁石であり、この要求に十分に対応できることから、造粒粉を成形型に充填した後、高温超電導磁石を用いて上記特定の磁場を印加することが好ましい。
【0052】
{加圧}
成形時の加圧は、主として、鉄窒化物粒子の高密度化のために行う。成形圧力は、1ton/cm2以上が好ましく、1ton/cm2〜3ton/cm2程度が利用し易い。加圧により、鉄窒化物粒子間に存在するバインダも排出し易い。バインダの除去が十分に進行した後に、10ton/cm2程度まで成形圧力を増して、更に高密度化を行ってもよい。
【0053】
[窒化鉄材]
本発明窒化鉄材は、α"Fe16N2を主成分とする複数の鉄窒化物粒子から構成された成形体からなるものである。従って、本発明窒化鉄材は、鉄窒化物粒子の粉末粒界を確認することができる。
【0054】
本発明窒化鉄材を構成する鉄窒化物粒子は、上述した原料粉末と同様に、柱状で、その短軸の平均長さが100nm以下とする。短軸の平均長さは、80nm以下、更に50nm以下、特に20nm以下が好ましい。ここで、結晶粒径が10nm以上である場合、結晶粒界が多いほど、つまり結晶粒のサイズが小さいほど、保磁力が大きくなる。長軸に対して相対的に短軸の長さが短いほど、つまり、アスペクト比が大きいほど、鉄窒化物粒子内が単結晶化し易く、結果として結晶粒のサイズが小さいことと同義になるため、保磁力を大きくすることができる。この鉄窒化物粒子のアスペクト比は、2以上、更に2.2以上が好ましい。
【0055】
本発明窒化鉄材を構成する鉄窒化物粒子中のα"Fe16N2の含有量(純度)は、上述した原料粉末と同様に、80体積%以上とし、85体積%以上、更に90体積%以上が好ましい。α"Fe16N2の含有量が多いことで、配向性を高められ、その結果、保磁力の向上や飽和磁化の向上といった磁気特性の向上が望める。
【0056】
そして、本発明窒化鉄材は、上記鉄窒化物粒子の含有量が85体積%以上であることを特徴の一つとする。本発明窒化鉄材は、従来の磁気記録媒体のように結合剤や支持フィルムを具えておらず、かつバインダを除去することで、鉄窒化物粒子の含有量が多い。上述した成形時の加熱温度や雰囲気の圧力を調整することで、鉄窒化物粒子の含有量が90体積%以上である窒化鉄材とすることができる。
【0057】
本発明窒化鉄材は、鉄窒化物粒子の含有量が多く、好ましくは配向性が高いことで、磁気特性に優れる。具体的には、保磁力が2kOe(160kA/m)以上を満たす形態、飽和磁化が2.0T以上を満たす形態、保磁力:2kOe(160kA/m)以上及び飽和磁化:2.0T以上の双方を満たす形態が挙げられる。このように磁気特性に優れることから、本発明窒化鉄材は、永久磁石の素材に好適に利用することができる。
【0058】
本発明窒化鉄材は、上述のように特定の強磁場を印加して製造されることから、代表的には、配向組織を有する。具体的には、本発明窒化鉄材にX線回折を行ったとき、(202)面の積分強度:I202に対する(004)面の積分強度:I004の比:I004/I202が0.2超である(I004/I202>0.2)。製造条件によっては、I004/I202≧0.4、更にI004/I202≧0.6を満たす形態とすることができる。(004)面が配向している、即ち、α"Fe16N2の磁化容易軸であるc軸が配向した組織であることで、本発明窒化鉄材は、磁気特性に優れる。X線回折は、窒化鉄材を構成する成形体において、磁場の印加方向を法線とする面(表面でも断面でもよい)について行う。上記成形体の表面が酸化などしている場合には、表面の酸化層などを除去してからX線回折を行うことが好ましい。
【0059】
以下、試験例を挙げて、本発明のより具体的な実施形態を説明する。
[試験例1]
α"Fe16N2を主成分とする鉄窒化物粒子からなる原料粉末とバインダとを混合して造粒粉を作製し、この造粒粉を加圧成形して窒化鉄材を作製し、磁気特性を調べた。この試験では、特に、鉄窒化物粒子の大きさ、造粒粉の大きさ、成形条件(温度、雰囲気の圧力、印加磁場)の影響を調べた。
【0060】
窒化鉄材は、図1に示すように準備工程:原料粉末の作製→造粒工程:造粒粉の作製→成形工程:窒化鉄材の成形という手順で作製した。
【0061】
(準備工程)
共沈法に準じて、塩化鉄(II)と水酸化ナトリウムとをpH≒8〜9の状態になるように投入制御して、種々の大きさのナノFe2O3粉末を作製し、水素還元を行ってα-Feからなる柱状のナノ鉄粉を作製した。このナノ鉄粉にアンモニア雰囲気下で窒化処理を行って(アンモニア気流中、200℃×24Hr(低温・長時間))、原料粉末を得た。各試料に用いるナノFe2O3粉末は、反応容器の外側に電磁石を配置して一定の外部磁場(0.1T)を印加しながら合成を行って作製した。この合成にあたり、反応時間(30分〜180分)・反応温度(60℃〜90℃)を調整することで、ナノFe2O3粉末の粒子サイズを適宜変化させた。なお、水素還元前後の粉末、窒化処理前後の粉末の大きさを調べたところ、粒子サイズの増加は実質的に認められなかった。つまり、ナノFe2O3粉末と、ナノ鉄粉と、窒化処理後に得られた原料粉末とはいずれも粒子サイズが実質的に同じであった。
【0062】
得られた各原料粉末を調べたところ、鉄窒化物粒子中のα"Fe16N2の含有量が90体積%であり、α"Fe16N2を主成分(80体積%以上)とする複数の鉄窒化物粒子からなることを確認した。α"Fe16N2の含有量は、鉄窒化物粒子を透過型電子顕微鏡:TEMによってフォーカスして電子線回折を行い、α"Fe16N2結晶における電子線回折強度とその他の成分(α-Fe,Fe3N,Fe4Nなど)における電子線回折強度との比を計測する。この電子線回折強度の比から鉄窒化物粒子内のα"Fe16N2の体積比率を測定することができる。なお、鉄窒化物粒子の成分は、メスバウアースペクトル分析や、サイズが大きい場合、X線回折などでも測定することができる。
【0063】
得られた鉄窒化物粒子を透過型電子顕微鏡:TEMにより観察したところ、いずれも柱状であった。この観察像を用いて短軸の平均長さを測定した。ここでは、上記観察像を画像処理し、視野中に存在する各鉄窒化物粒子について、長軸方向の中心位置において長軸と直交する短軸の長さを測定し、この短軸の長さを当該粒子の短軸の長さとし、50個以上の鉄窒化物粒子の短軸の長さの平均を短軸の平均長さとする。その結果を表1に示す。Fe2O3粉末の大きさに応じて短軸の平均長さが異なっており、試料No.101〜103は、Fe2O3粉末が大きなものを利用したことで、短軸の平均長さが大きくなった。また、長軸の長さも測定して、アスペクト比(長軸の長さ/短軸の長さ)を求めたところ、いずれの試料も2.2であった。
【0064】
(造粒工程)
バインダとして、オレイン酸アミド(融点:75℃、分解温度:220℃)からなる市販のワックスを用意した。バインダの含有量が原料粉末と当該バインダとの混合物に対して1.0質量%となるようにバインダの添加量を調整した。そして、酸素濃度が2000質量ppmの窒素雰囲気下で、表1に示す温度にまで加熱した状態で原料粉末とバインダとを混合し、十分に混合した後、室温まで1℃/分程度の冷却速度で冷却して混練して、造粒粉を形成した。試料No.1-11,1-12,111〜113は、冷却速度をその他の試料よりも速くして、造粒粉の平均粒径を異ならせた。造粒粉の平均粒径は以下のようにして測定した。ガラス板上に十分な量の造粒粉を分散し、ガラス板上の造粒粉の投影像を光学顕微鏡によって撮影し、得られた像中に存在する50個以上の造粒粉について、各造粒粉のフェレー径(ここでは、垂直フェレー径と平行フェレー径との平均値)を求め、50個以上の造粒粉のフェレー径の平均を平均粒径とした。その結果を表1に示す。なお、造粒粉は、篩分級や風力分級などを用いて分級することができる。
【0065】
(成形工程)
得られた各造粒粉を用いて、表1に示す条件で、成形圧力を1ton/cm2として加圧成形した。具体的には、成形型に造粒粉を充填した後、成形型内の圧力が表1に示す大きさの減圧雰囲気(表1に示す圧力の大気雰囲気)となるように脱気ポンプにより排気しながら、表1に示す温度に加熱した状態で保持し、かつ、表1に示す磁場を印加して、加圧成形を行った。試料No.132は、大気圧(1気圧≒101.3kPa)とし、排気を行わなかった。磁場の印加は、高温超電導磁石を用いて行い、磁場の印加方向は、加圧方向と同じ方向とした。
【0066】
十分に加圧した後、成形体(直径φ10mm×高さ10mmの円柱体)を成形型から取り出した。試料No.111は、成形できず、成形体が得られなかった。得られた成形体をX線回折により調べたところ、α"Fe16N2を主成分とする複数の鉄窒化物粒子からなることを確認した。なお、成形体の成分は、その他、EDX(エネルギー分散型X線分光法)装置などを利用して測定することができる。また、各成形体中の鉄窒化物粒子の含有量(体積%)を調べた。その結果を表1に示す。鉄窒化物粒子の含有量は、以下のようにして測定した。得られた成形体について、成形時の加圧方向に垂直な面(ここでは、円柱状の成形体の円形面(平面))、及び上記加圧方向に平行な面(ここでは、円柱状の成形体の円周面(曲面))をそれぞれ、粒子が脱落したり変形などしないように研磨した後、光学顕微鏡などで研磨面を観察する。各観察像について、観察像中の空隙の割合(%):(空隙の面積/観察像の面積)×100を求め、上記垂直な面における空隙率をP1、上記平行な面における空隙率をP2とするとき、(P1)×(P2)×(P2)を成形体の空隙率(%)とし、成形体の体積(100%)から成形体の空隙率を除いたものを鉄窒化物粒子の含有量とした。
【0067】
得られた成形体(窒化鉄材)の飽和磁化(T)及び保磁力(kOe)を調べた。その結果を表1に示す。ここでは、成形体の円柱の軸方向(=磁場の印加方向=成形時の加圧方向)の飽和磁化(T)及び保磁力(kOe)をBHトレーサ(理研電子株式会社製DCBHトレーサ)を用いて調べた。
【0068】
また、成形体(窒化鉄材)の断面をとり、この断面についてX線回折を行い、(202)面のピークの積分強度:I202、(004)面のピークの積分強度:I004を調べ、積分強度:I202に対する積分強度:I004の比:I004/I202を求めた。その結果を表1に示す。ここでは、断面は、成形時の加圧方向に垂直な方向の面とした。
【0069】
【表1】

【0070】
表1に示すように、原料粉末として、α"Fe16N2を主成分(80体積%以上)とし、短軸の平均長さが100nm以下の柱状の鉄窒化物粒子からなる粉末を用い、原料粉末とバインダとを混合して1μm以上の造粒粉とし、この造粒粉を特定の条件(加熱温度:バインダの分解温度±20℃、雰囲気圧力:0.9気圧以下に排気、印加磁場:2T以上)で加圧成形することで、鉄窒化物粒子の含有量が85体積%以上である窒化鉄材が得られることが分かる。また、得られた窒化鉄材は、飽和磁化が2T以上や保磁力が2kOe以上を満たし、磁気特性に優れることが分かる。特に、製造条件などを調整することで、飽和磁化:2T以上、かつ保磁力:2kOe以上を満たす窒化鉄材が得られることが分かる。更に、得られた窒化鉄材は、c軸方向に沿って配向した組織となり易く、I004/I202>0.2を満たすことが分かる。なお、得られた窒化鉄材を構成する鉄窒化物粒子のアスペクト比や純度は、原料粉末の値を実質的に維持していることを確認した。
【0071】
一方、短軸の平均長さが100nm超の原料粉末を用いると、保磁力が低く、磁気特性に劣ることが分かる。或いは、平均粒径が1μm未満の造粒粉を用いると、成形できなかったり、鉄窒化物粒子の含有量が少なく、充填性に劣ることが分かる。或いは、成形時の加熱温度が低過ぎる場合や排気が不十分で雰囲気の圧力が大き過ぎる場合、鉄窒化物粒子の含有量が少なく、充填性に劣ることが分かる。或いは、成形時の加熱温度が高過ぎる場合や磁場が小さ過ぎる場合、配向性が低下したり、保磁力が低く、磁気特性に劣ることが分かる。
【0072】
[試験例2]
試験例1と同様の工程で窒化鉄材を作製し、磁気特性を調べた。この試験では、特に、鉄窒化物粒子のアスペクト比の大きさ、鉄窒化物粒子の純度、バインダの材質、造粒工程の条件(温度、酸素濃度)の影響を調べた。
【0073】
(準備工程)
試験例1と同様にして作製したα-Feからなる柱状のナノ鉄粉に、試験例1と同様の条件のアンモニア雰囲気下で窒化処理を行って、原料粉末を得た。試料No.2-1〜2-3,2-5は、ナノFe2O3粉末の合成時において印加磁場を変化させることで、アスペクト比を変化させた。試料No.2-11〜2-14は、窒化処理時の処理時間を他の試料よりも短くした。
【0074】
得られた各原料粉末をX線回折により調べたところ、α"Fe16N2を主成分(80体積%以上)とする複数の鉄窒化物粒子からなることを確認した。各鉄窒化物粒子中のα"Fe16N2の含有量(体積%)を表2に示す。試料No.2-11〜2-14は、窒化処理の処理時間が短いものを利用したことで、α"Fe16N2の含有量が少なかった。
【0075】
得られた鉄窒化物粒子を透過型電子顕微鏡:TEMにより観察したところ、いずれも柱状であり、試験例1と同様にして短軸の平均長さを測定したところ、50nmであった。また、各試料のアスペクト比を表2に示す。試料No.2-1〜2-3は、印加磁場を試料No.2-4(0.1T)よりも小さくすることでアスペクト比が小さく、試料No.2-5は印加磁場を試料No.2-4(0.1T)よりも大きくすることでアスペクト比が大きかった。
【0076】
(造粒工程)
バインダとして、表1に示すものを用いた。表1に「オレイン酸アミド」と記載される試料は、試験例1と同じバインダを利用した。エルカ酸アミド(融点:85℃、分解温度:240℃)、エチレンビスステアリン酸アミド(融点:115℃、分解温度:250℃)はいずれも市販のワックスである。各バインダの含有量は、試験例1と同様に1質量%とした。そして、表2に示す酸素濃度の窒素雰囲気下で、表2に示す温度にまで加熱した状態で原料粉末とバインダとを混合し、十分に混合した後、室温まで1℃/分程度の冷却速度で冷却して混練して、平均粒径10μmの造粒粉を形成した。平均粒径の測定は、試験例1と同様にして行った。
【0077】
(成形工程)
得られた各造粒粉を試験例1と同様に加圧成形して、試験例1と同様の形状・サイズの成形体を作製した。この試験では、成形条件を、加熱温度:表1に示す温度、雰囲気圧力:0.8気圧に排気、印加磁場:3T、成形圧力:1ton/cm2とした。磁場の印加は、高温超電導磁石を用いて行い、磁場の印加方向は、加圧方向と同じ方向とした。
【0078】
十分に加圧した後、成形体を成形型から取り出し、得られた成形体をX線回折により調べたところ、α"Fe16N2を主成分とする複数の鉄窒化物粒子からなることを確認した。試験例1と同様にして、各成形体中の鉄窒化物粒子の含有量(体積%)を調べた。その結果を表2に示す。
【0079】
得られた成形体(窒化鉄材)について、試験例1と同様にして、飽和磁化(T)、保磁力(kOe)、I004/I202を調べた。その結果を表2に示す。
【0080】
【表2】

【0081】
表2に示すように、アスペクト比が2以上の原料粉末を用いたり、α"Fe16N2の含有量(純度)が高い原料粉末を用いたり、分解温度が240℃以下のバインダを用いたりすることで、磁気特性により優れる窒化鉄材が得られることが分かる。また、造粒工程において、酸素濃度を3000質量ppm以下、特に2000質量ppm以下にすると、磁気特性により優れる窒化鉄材が得られることが分かる。なお、得られた窒化鉄材を構成する鉄窒化物粒子の短軸の平均長さやアスペクト比、純度は、原料粉末の値を実質的に維持していることを確認した。
【0082】
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能である。例えば、バインダの混合量などを適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明窒化鉄材は、永久磁石、例えば、各種のモータ、特に、ハイブリッド自動車(HEV)やハードディスクドライブ(HDD)などに具備される高速モータに用いられる永久磁石の素材に好適に利用することができる。その他、本発明窒化鉄材は、磁性体相の表皮深さが磁性体相の幅に近くなる周波数領域(テラヘルツ領域)までの電磁波干渉・吸収材にも使用できると期待される。本発明窒化鉄材の製造方法は、上記本発明窒化鉄材の製造に好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α"Fe16N2を主成分とし、短軸の平均長さが100nm以下である柱状の鉄窒化物粒子からなる原料粉末を準備する準備工程と、
前記原料粉末と、α"Fe16N2の分解温度よりも低い分解温度を有するバインダとを混合して、平均粒径1μm以上の造粒粉を形成する造粒工程と、
前記造粒粉を成形型に充填した後、加圧成形して成形体を形成する成形工程とを具え、
前記成形工程では、前記成形型内を0.9気圧以下に排気しながら、{(前記バインダの分解温度)−20}℃以上{(前記バインダの分解温度)+20}℃以下の温度に加熱した状態で、かつ、2T以上の磁場を印加した状態で加圧成形することを特徴とする窒化鉄材の製造方法。
【請求項2】
前記鉄窒化物粒子におけるα"Fe16N2の含有量が85体積%以上であることを特徴とする請求項1に記載の窒化鉄材の製造方法。
【請求項3】
前記鉄窒化物粒子における短軸の長さに対する長軸の長さの比をアスペクト比とするとき、前記アスペクト比が2以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の窒化鉄材の製造方法。
【請求項4】
前記バインダの分解温度が240℃以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の窒化鉄材の製造方法。
【請求項5】
前記造粒工程では、酸素濃度が3000質量ppm以下の低酸素雰囲気下とし、{(前記バインダの融点)+5}℃以上の温度から室温にまで冷却して造粒を行うことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の窒化鉄材の製造方法。
【請求項6】
前記成形工程において前記磁場の印加は、高温超電導磁石を用いて行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の窒化鉄材の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の窒化鉄材の製造方法により得られた窒化鉄材であり、
α"Fe16N2を主成分とする複数の鉄窒化物粒子から構成された成形体からなり、
前記成形体における前記鉄窒化物粒子の含有量が85体積%以上であることを特徴とする窒化鉄材。
【請求項8】
α"Fe16N2を主成分とする複数の鉄窒化物粒子から構成される成形体からなり、
前記鉄窒化物粒子は、柱状であり、短軸の平均長さが100nm以下であり、
前記成形体における前記鉄窒化物粒子の含有量が85体積%以上であることを特徴とする窒化鉄材。
【請求項9】
前記成形体の保磁力が2.0kOe以上、及び前記成形体の飽和磁化が2.0T以上の少なくとも一方を満たすことを特徴とする請求項7又は8に記載の窒化鉄材。
【請求項10】
前記成形体において(202)面のX線回折のピークの積分強度をI202、(004)面のX線回折のピークの積分強度をI004、積分強度:I202に対する積分強度:I004の比をI004/I202とするとき、I004/I202>0.2を満たすことを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載の窒化鉄材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−253248(P2012−253248A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125800(P2011−125800)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】