説明

等速ジョイントのシャフト抜け止め構造

【課題】内輪の挿入孔からのシャフトの抜けをより確実に防止し得るようにした等速ジョイントのシャフト抜け止め構造を提供する。
【解決手段】挿入孔32および第1止め輪溝34を有する内輪30と、第2止め輪溝61を有し、内輪30の挿入孔32に一端部がスプライン嵌合されるシャフト60と、シャフト60が挿入孔32に嵌挿されたときに第1止め輪溝34および第2止め輪溝61に係合して、シャフト60の挿入孔32からの抜けを防止する止め輪70とを備える。第1止め輪溝34の底部に、止め輪70の軸方向幅よりも小さい開口幅で周方向に延びる盗み溝部35を設ける。内輪30とシャフト60とをスプライン嵌合する際に、内輪30とシャフト60のスプライン33、61の表面から削り取られて第1止め輪溝34に運ばれたバリBを、盗み溝部35で回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車や各種産業機器に採用される等速ジョイントにおいて、内輪とシャフトとを結合する嵌合部でのシャフト抜け止め構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車の駆動系等に組み込まれる等速ジョイントにおいては、特許文献1等に開示されているように、内輪とシャフトとを結合する嵌合部におけるシャフトの抜けを防止するための抜け止め構造が採用されている。この場合、図5に示すように、内輪130には、シャフト160が嵌挿される挿入孔132の周壁面にリング状の第1止め輪溝134が設けられ、内輪130の挿入孔132にスプライン嵌合されるシャフト160の一端部外周面には、第1止め輪溝134と対向する部位にリング状の第2止め輪溝162が設けられている。
【0003】
そして、シャフト160と内輪130との嵌合は、シャフト160の第2止め輪溝162に止め輪170を弾性変形により縮径させた状態で配置し、シャフト160の一端部を内輪130の挿入孔132に嵌挿することにより行われる。これにより、シャフト160の一端部が挿入孔132内の所定位置まで嵌挿されると、止め輪170が弾性復帰により拡開して第1止め輪溝134に当接し、第1止め輪溝134と第2止め輪溝162の両方の溝に係合した状態になる。これにより、挿入孔132からのシャフト160の抜けが防止されるようになっている。
【特許文献1】特開2007−24269号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記の等速ジョイントにおいて、内輪130の挿入孔132にシャフト160の一端部を嵌挿してスプライン嵌合する際には、圧入によりスプライン133、161の面同士が擦れ合うことによって、それらの表面にこびり付いている微小なバリBが削り取られる。特に、内輪130とシャフト160のスプライン133、161の位相がずれた状態で嵌合すると、バリBが削り取られることが顕著に表れる。この削り取られたバリBは、シャフト160の先端部で押されて内輪の第1止め輪溝134に運ばれることとなる。
【0005】
そのため、シャフト160の第2止め輪溝161に縮径した状態に配置された止め輪170が第1止め輪溝134の位置まで挿入されたときに、拡開して第1止め輪溝134に張り出そうとしても、第1止め輪溝134に運ばれたバリBが邪魔をして止め輪170が十分に拡開しない。この状態では、第1止め輪溝134に対する止め輪170の係合力が十分に確保されていないため、内輪130の挿入孔132からシャフト160を引く抜く方向へ小さな荷重が掛かったときに、止め輪170が縮径して内輪130の挿入孔132からシャフト160が抜ける場合がある。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、内輪の挿入孔からのシャフトの抜けをより確実に防止し得るようにした等速ジョイントのシャフト抜け止め構造を提供することを解決すべき課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下、上記課題を解決するのに適した各手段について、必要に応じて作用効果等を付記しつつ説明する。
【0008】
1.等速ジョイントのシャフト抜け止め構造は、
シャフトが嵌挿される挿入孔と該挿入孔の周壁面に形成されたリング状の第1止め輪溝とを有する等速ジョイントの内輪と、
該内輪の前記挿入孔に一端部が嵌挿されて前記内輪とスプライン嵌合され、前記一端部の外周面の前記第1止め輪溝と対向する部位にリング状の第2止め輪溝を有するシャフトと、
該シャフトが前記内輪の前記挿入孔に嵌挿されたときに前記第1止め輪溝および前記第2止め輪溝に係合して、前記シャフトの前記挿入孔からの抜けを防止する止め輪と、を備えた等速ジョイントのシャフト抜け止め構造において、
前記第1止め輪溝の底部には、前記止め輪の軸方向幅よりも小さい開口幅で周方向に延びる盗み溝部が設けられていることを特徴としている。
【0009】
手段1において、内輪の挿入孔にシャフトの一端部を嵌挿してスプライン嵌合する際に、スプラインの表面から削り取られたバリがシャフトの先端部で押されて第1止め輪溝に運ばれると、第1止め輪溝の底部に設けられている盗み溝部に進入する。そのため、シャフトの第2止め輪溝に弾性変形により縮径した状態に配置された止め輪が第1止め輪溝の位置まで挿入されと、止め輪は、バリに邪魔をされることなく十分に大きく弾性復帰により拡開して、第1止め輪溝の底部に当接した状態になるまで張り出す。これにより、第1および第2止め輪溝の両方の溝に対して、止め輪が良好に係合した状態が確保されるため、内輪の挿入孔からのシャフトの抜けが発生しなくなる。したがって、手段1によれば、内輪の挿入孔からのシャフトの抜けをより確実に防止することができる。
【0010】
2.手段1に記載の等速ジョイントのシャフト抜け止め構造において、前記盗み溝部は、前記盗み溝部の開口幅の範囲内に前記止め輪の最も径方向外方に張り出した頂部が位置するように設けられていることを特徴としている。
【0011】
手段2によれば、止め輪の最も径方向外方に張り出した頂部は、止め輪が弾性復帰により拡開するときに、バリによる影響を最も受け易い部位であることから、その頂部が盗み溝部の開口幅の範囲内に位置するように盗み溝部を設けることによって、バリによる悪影響を有効に回避することができるので、内輪の挿入孔からのシャフトの抜けを更により確実に防止することができる。
【0012】
3.手段1または2に記載の等速ジョイントのシャフト抜け止め構造において、前記盗み溝部は、前記第1止め輪溝の全周に亘って連続して設けられていることを特徴としている。
【0013】
手段3によれば、スプラインの表面から削り取られて第1止め輪溝に運ばれるバリを、より確実に盗み溝部に回収することができる。
【0014】
4.手段1または2に記載の等速ジョイントのシャフト抜け止め構造において、前記盗み溝部は、前記内輪の前記挿入孔のシャフト挿入方向先端側に設けられていることを特徴としている。
【0015】
手段4によれば、内輪の挿入孔のシャフト挿入方向先端側に近づくほど、スプラインの表面から削り取られて第1止め輪溝に運ばれるバリの量が多くなるので、盗み溝部によるバリの回収効率を向上させることができる。
【0016】
5.手段4に記載の等速ジョイントのシャフト抜け止め構造において、前記盗み溝部は、前記挿入孔のスプライン部の前記シャフト挿入方向先端側に形成された側壁面に隣接して設けられていることを特徴としている。
【0017】
手段5によれば、さらに確実にバリを盗み溝部に回収することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0019】
図1は本実施形態のシャフト抜け止め構造を適用した等速ジョイントの断面図である。図1に示す等速ジョイント10は、車両のドライブシャフトのアウトボード等速ジョイント、すなわち内輪30から外輪20へトルクを伝達する等速ジョイントであり、固定式ボール型等速ジョイントである。
【0020】
この等速ジョイント10は、軸方向一方に開口部を有する筒状に形成され、内周面に外輪ボール溝21が複数(6本)形成された外輪20と、外輪20の内側に配置され、外周面に内輪ボール溝31が複数(6本)形成された内輪30と、それぞれの外輪ボール溝21および内輪ボール溝31を転動し、外輪20と内輪30との間でトルクを伝達する複数のボール40と、環状に形成されて外輪20と内輪30との間に配置され、周方向にボール40をそれぞれ収容する複数(6個)の窓部51が形成された保持器50と、から構成されている。
【0021】
内輪30には、シャフト60の一端部が嵌挿される挿入孔32が軸心に沿って貫設されている。挿入孔32の周壁面には、図2および図3に示すように、軸方向に延びるスプライン33が形成されており、シャフト60の一端部外周面に形成されたスプライン61と嵌合させることにより、内輪30とシャフト60がトルク伝達可能に結合されている。
【0022】
挿入孔32の周壁面の一端部(シャフト60の先端側端部)には、スプライン33のスプライン谷部の径よりも大径のリング状の第1止め輪溝34が形成されている。この第1止め輪溝34は、挿入孔32のスプライン33の一端側(シャフト60の先端側)の側壁が除去された状態に形成されている。第1止め輪溝34は、スプライン33の終端のテーパ部33aと側壁面34aを介して連続している。 本実施形態では、側壁面34aは内輪30のシャフト60の先端側端部に向かって拡径するように傾斜している。第1止め輪溝34の底部には、側壁面34aと隣接して、周方向に連続して一周するリング状の盗み溝部35が設けられている。この盗み溝部35は、断面が略蒲鉾形状に形成されており、軸方向の開口幅は、第1止め輪溝34および後述の第2止め輪溝62に跨って配設された断面円形でC字形状の止め輪70の直径(軸方向幅)よりも小さくされている。
【0023】
シャフト60の一端部(挿入方向先端側端部)の外周面には、周方向に一周するリング状の第2止め輪溝62が形成されている。この第2止め輪溝62は、内輪30の挿入孔32に嵌挿されたシャフト60の一部が、内輪30のシャフト挿入方向の後端側端部32aに当接したときに、第1止め輪溝34に設けられた盗み溝部35と対向する部位に設けられている(図2参照)。
【0024】
第2止め輪溝62内には、上記の止め輪70の内周側の一部(略半分)が位置する状態に配設されている。第2止め輪溝62の深さは、シャフト60のスプライン61と内輪30のスプライン33とが嵌合した際に、止め輪70が弾性変形して縮径した状態で内輪30の挿入孔32内を通過可能なように、縮径した止め輪70と干渉しない深さにされている。なお、止め輪70は、縮径の力が付与されない状態(自由状態)においては、シャフト60の外径(スプライン61を含んだ外径)よりも外方へ一部が飛び出している。
【0025】
以上のように構成された本実施形態のシャフト抜け止め構造において、内輪30の挿入孔32にシャフト60の一端部を嵌挿してスプライン嵌合する場合には、シャフト60の一端部に設けられた第2止め輪溝62に、止め輪70を弾性変形により縮径させた状態に配置し、そのシャフト60の一端部を内輪30の挿入孔32内に嵌挿する(図2の矢印A方向)。このとき、内輪30とシャフト60のスプライン33、61の面同士が擦れ合うことによって、それらの表面にこびり付いている微小なバリBが削り取られる。削り取られたバリBは、シャフト60の先端部で押されて内輪30の第1止め輪溝34に運ばれると、第1止め輪溝34の底部に設けられている盗み溝部35に進入する(図3参照)。ここで、盗み溝部35の軸方向の開口幅は、止め輪70の直径(軸方向幅)よりも小さいので、止め輪70と盗み溝部35の底部との間には空間が保持され、この空間にバリBが保持される。
【0026】
そのため、その直後に、シャフト60の第2止め輪溝62に弾性変形により縮径した状態に配置された止め輪70が第1止め輪溝34の位置まで挿入されると、止め輪70は、バリBに邪魔をされることがないので、弾性復帰することにより十分に大きく拡開して、第1止め輪溝34の底部において側壁面34aに当接した状態になるまで張り出す。これにより、止め輪70は、第1止め輪溝34および第2止め輪溝62の両方の溝に対して良好に係合した状態になり、挿入孔32からのシャフト60の抜けが防止された状態になる。
【0027】
以上のように、本実施形態のシャフト抜け止め構造によれば、第1止め輪溝34の底部に盗み溝部35を設けて、内輪30とシャフト60のスプライン33、61の表面から削り取られて第1止め輪溝34に運ばれたバリBを、盗み溝部35で回収するようにしているので、第1止め輪溝34にまで挿入された止め輪70が弾性復帰により拡開するときにバリBに邪魔をされることがない。そのため、止め輪70は、第1止め輪溝34の底部に当接するまで十分に大きく拡開することができるので、内輪30の挿入孔32からのシャフト60の抜けをより確実に防止することができる。
【0028】
また、盗み溝部35は、盗み溝部35の開口幅の範囲内に止め輪70の最も径方向外方に張り出した頂部が位置するように設けられているため、止め輪70が弾性復帰により拡開するときのバリBによる悪影響を有効に回避することができるので、内輪30の挿入孔32からのシャフト60の抜けを更により確実に防止することができる。
【0029】
また、盗み溝部35は、第1止め輪溝34の全周に亘って設けられているため、内輪30とシャフト60のスプライン33、61の表面から削り取られて第1止め輪溝34に運ばれるバリBを、盗み溝部35により確実に回収することができる。
【0030】
さらに、盗み溝部35は、内輪30の挿入孔32のシャフト挿入方向先端側に設けられているため、内輪30の挿入孔32のシャフト挿入方向先端側に近づくほど、スプライン33、61の表面から削り取られて第1止め輪溝34に運ばれるバリBの量が多くなるので、盗み溝部35によるバリBの回収効率を向上させることができる。
【0031】
またさらに、盗み溝部35の底部の空間に保持されたバリBは、その後外部に出ることがないので、例えばボール40と外輪ボール溝21または内輪ボール溝31との間にバリBが噛み込んでボール40の転動に悪影響を及ぼすこともない。
【0032】
なお、上記実施形態において、内輪30の第1止め輪溝34の底部に設けられた盗み溝部35は、断面が略蒲鉾形状に形成されているが、盗み溝部35の断面形状は、例えば矩形や半円形、U字形、V字形など種々の形状に変更することができる。例えば、断面形状をV字形にする場合、図4に示すように、V字形の開口幅が止め輪70の軸方向幅よりも大きいV字形にすることも可能である。この場合には、断面円形の止め輪70が盗み溝部37上で第1止め輪溝34の底部に当接するときに、止め輪70は、P1およびP2の2箇所に当接した状態になるので、実質的な盗み溝部37は、P1とP2の間に形成されたV字形の部分(V)である。よって、盗み溝部37(V字形の部分(V))の両側に連続して延びる部分は、第1止め輪溝34の側壁面34aとなる。
【0033】
また、上記実施形態において、盗み溝部35は、周方向に連続して一周するようにして第1止め輪溝の全周に亘って設けられているが、これに限らず、周方向に断続して延びるように設けることができる。
【0034】
また、上記実施形態では、本発明のシャフト抜け止め構造が固定式ボール型等速ジョイントに適用された例を説明したが、固定式ボール型等速ジョイントに限定されることなく、ダブルオフセット型やクロスグルーブ型、トリポード型などの等速ジョイントにも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明のシャフト抜け止め構造を適用した等速ジョイントの断面図である。
【図2】本発明の実施形態に係るシャフト抜け止め構造の要部を拡大して示す断面図である。
【図3】図2に係るシャフト抜け止め構造の要部を更に拡大して示す断面図である。
【図4】本発明の他の実施形態に係るシャフト抜け止め構造の要部を拡大して示す断面図である。
【図5】従来のシャフト抜け止め構造において発生する不具合を示す説明図である。
【符号の説明】
【0036】
10…等速ジョイント 20…外輪 21…外輪ボール溝 30…内輪 31…内輪ボール溝 32…挿入孔 33…スプライン 33a…テーパ部 34…第1止め輪溝 34a…側壁面 35、37…盗み溝部 40…ボール 50…保持器 51…窓部 60…シャフト 61…スプライン 62…第2止め輪溝 70…止め輪 B…バリ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
シャフトが嵌挿される挿入孔と該挿入孔の周壁面に形成されたリング状の第1止め輪溝とを有する等速ジョイントの内輪と、
該内輪の前記挿入孔に一端部が嵌挿されて前記内輪とスプライン嵌合され、前記一端部の外周面の前記第1止め輪溝と対向する部位にリング状の第2止め輪溝を有するシャフトと、
該シャフトが前記内輪の前記挿入孔に嵌挿されたときに前記第1止め輪溝および前記第2止め輪溝に係合して、前記シャフトの前記挿入孔からの抜けを防止する止め輪と、を備えた等速ジョイントのシャフト抜け止め構造において、
前記第1止め輪溝の底部には、前記止め輪の軸方向幅よりも小さい開口幅で周方向に延びる盗み溝部が設けられていることを特徴とする等速ジョイントのシャフト抜け止め構造。
【請求項2】
前記盗み溝部は、前記盗み溝部の開口幅の範囲内に前記止め輪の最も径方向外方に張り出した頂部が位置するように設けられていることを特徴とする請求項1に記載の等速ジョイントのシャフト抜け止め構造。
【請求項3】
前記盗み溝部は、前記第1止め輪溝の全周に亘って連続して設けられていることを特徴とする請求項1または2に記載の等速ジョイントのシャフト抜け止め構造。
【請求項4】
前記盗み溝部は、前記内輪の前記挿入孔の前記シャフト挿入方向先端側に設けられていることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の等速ジョイントのシャフト抜け止め構造。
【請求項5】
前記盗み溝部は、前記挿入孔のスプライン部の前記シャフト挿入方向先端側に形成された側壁面に隣接して設けられていることを特徴とする請求項4に記載の等速ジョイントのシャフト抜け止め構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−101449(P2010−101449A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−274665(P2008−274665)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)