説明

粗面化ステンレス鋼板の製造方法

【課題】ステンレス鋼板の種類や表面仕上げの種類を問わずにオーバーハング部を有するピットを形成することが可能であり、かつステンレス鋼板の耐食性を低下させない粗面化ステンレス鋼板の製造方法を提供すること。
【解決手段】塩化第二鉄水溶液に酸化性化合物を溶解させた処理液にステンレス鋼板を浸漬して、ステンレス鋼板の表面に複数のピットを形成する。形成されたピットのうち60個数%以上のピットは、ピット開口部の径Dに対するピット内部の最大径Dの比率D/Dが1.05以上である。また、浸漬処理前の鋼板表面の酸化皮膜の平均厚みDに対する浸漬処理後の鋼板表面の酸化皮膜の平均厚みDの比率D/Dは、1.1以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粗面化ステンレス鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属と樹脂とを一体化する技術として、接着剤によって接着させる方法が知られている。また、近年、アルミニウム合金を挿入した射出成形金型に熱可塑性樹脂を射出することで、アルミニウム合金と熱可塑性樹脂とを接合させる方法(インサート射出成形接着法)が提案されている(例えば、特許文献1〜3参照)。特許文献1〜3の方法では、アルミニウム合金の表面を所定の水溶液などで処理して、アルミニウム合金の表面に微細な凹凸を形成することで、密着性を向上させている。
【0003】
一方、ステンレス鋼板の表面を粗面化して、ステンレス鋼板と被覆材(塗膜やゴム層など)との密着性を向上させる方法が提案されている(例えば、特許文献4,5参照)。特許文献4,5の方法では、ステンレス鋼板を塩化第二鉄水溶液中で交番電解することで、ステンレス鋼板の表面を粗面化している(例えば、特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−027018号公報
【特許文献2】特開2004−050488号公報
【特許文献3】特開2005−342895号公報
【特許文献4】特開平10−259499号公報
【特許文献5】特開2002−106718号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ステンレス鋼板と熱可塑性樹脂とを接合させるために、前述のインサート射出成形接着法を適用しても、十分な密着性が得られず、特に経時的に熱可塑性樹脂の密着性が低下していく場合があった。そのため、例えば、インサート射出成形接着法で製造した容器に内容物を封入して長期保存すると、内容物が漏洩することがあった。
【0006】
ステンレス鋼板と熱可塑性樹脂との密着性を向上させる手段としては、特許文献4,5に記載されているように、ステンレス鋼板を塩化第二鉄水溶液中で交番電解して、ステンレス鋼板の表面にアンカー効果を発揮できるピットを形成することが考えられる。特許文献5に記載されているように、優れたアンカー効果を発揮させるためには、オーバーハング部を有するピットを形成することが好ましい。しかしながら、電解粗面化処理による方法は、整流器や、ステンレス鋼板の形状に対応する電極などを準備しなければならず、コストなどの観点から誰しもが容易に実施できる方法ではなかった。
【0007】
そこで、本発明者は、ステンレス鋼板を塩化第二鉄水溶液に浸漬することで、ステンレス鋼板の表面にオーバーハング部を有するピットを形成することを試みた。しかしながら、塩化第二鉄水溶液による浸漬処理では、ステンレス鋼板の種類や表面仕上げの種類によっては、オーバーハング部を有するピットを形成できないことがあった。また、塩化第二鉄水溶液による浸漬処理には、ステンレス鋼板表面の酸化皮膜(不動態皮膜)を溶解してしまうため、ステンレス鋼板の耐食性が低下してしまうという問題もあった。
【0008】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、ステンレス鋼板の表面に樹脂を接触させた場合に、良好な密着性を付与することができる粗面化ステンレス鋼板の製造方法であって、ステンレス鋼板の種類や表面仕上げの種類を問わずにオーバーハング部を有するピットを形成することが可能であり、かつステンレス鋼板の耐食性を低下させない方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、ステンレス鋼板の表面を酸化性化合物を含む塩化第二鉄水溶液で処理することで、上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明の第一は、以下の粗面化ステンレス鋼板の製造方法に関する。
[1]ステンレス鋼板を準備するステップと;塩化第二鉄水溶液に酸化性化合物を溶解させた処理液に前記ステンレス鋼板を浸漬して、前記ステンレス鋼板表面に複数のピットを形成するステップとを含む、粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
[2]前記酸化性化合物は硝酸である、[1]に記載の粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
[3]前記処理液において、Feに対する前記酸化性化合物のモル比は、0.5〜3.0の範囲内である、[1]または[2]に記載の粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
[4]前記浸漬処理前の前記ステンレス鋼板表面の酸化皮膜の平均厚みDに対する、前記浸漬処理後の前記ステンレス鋼板表面の酸化皮膜の平均厚みDの比率D/Dは、1.1以上である、[1]〜[3]のいずれかに記載の粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
[5]前記複数のピットのうち60個数%以上のピットは、ピット開口部の径Dに対するピット内部の最大径Dの比率D/Dが1.05以上である、[1]〜[4]のいずれかに記載の粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ステンレス鋼板の種類や表面仕上げの種類を問わず、かつ耐食性を低下させずに、ステンレス鋼板の表面にオーバーハング部を有するピットを容易に形成することができる。したがって、本発明によれば、その表面に樹脂を接触させた場合に、良好な密着性を付与することができる粗面化ステンレス鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1Aは、実施例7のステンレス鋼板の浸漬処理後の鋼板表面を示す電子顕微鏡写真である。図1Bは、実施例7のステンレス鋼板の浸漬処理後の鋼板断面を示す電子顕微鏡写真である。
【図2】図2Aは、比較例2のステンレス鋼板の浸漬処理後の鋼板表面を示す電子顕微鏡写真である。図2Bは、比較例2のステンレス鋼板の浸漬処理後の鋼板断面を示す電子顕微鏡写真である。
【図3】図3Aは、比較例5のステンレス鋼板の浸漬処理後の鋼板表面を示す電子顕微鏡写真である。図3Bは、比較例5のステンレス鋼板の浸漬処理後の鋼板断面を示す電子顕微鏡写真である。
【図4】塩化第二鉄水溶液中における、SUS304およびSUS430の浸漬電位の測定結果を示すグラフである。
【図5】塩化第二鉄水溶液または硝酸を含む塩化第二鉄水溶液中における、SUS430の浸漬電位の測定結果を示すグラフである。
【図6】図6Aは、浸漬処理前のステンレス鋼板Bの深さ方向のAESプロファイルである。図6Bは、実施例19のステンレス鋼板の深さ方向のAESプロファイルである。図6Cは、比較例2のステンレス鋼板の深さ方向のAESプロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の粗面化ステンレス鋼板の製造方法は、1)基材となるステンレス鋼板を準備する第1のステップと、2)準備したステンレス鋼板を処理液に浸漬する第2のステップとを有する。
【0014】
第1のステップでは、基材となるステンレス鋼板を準備する。
【0015】
基材となるステンレス鋼板は、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系など、特に限定されない。ステンレス鋼板の鋼種の例には、SUS304、SUS430、SUS316などが含まれる。また、ステンレス鋼板の表面仕上げの種類も、特に限定されない。表面仕上げの種類の例には、BA、2B、2D、No.4、HLなどが含まれる。
【0016】
第2のステップでは、第1のステップで準備したステンレス鋼板を処理液に浸漬する。この工程により、ステンレス鋼板の表面においてオーバーハング部を有する複数のピットが形成される。
【0017】
ステンレス鋼板を浸漬する処理液としては、塩化第二鉄水溶液に酸化性化合物を溶解させた水溶液が使用される。
【0018】
処理液中の塩化第二鉄(FeCl)は、Clイオンの吸着部を起点とする孔食作用により、ステンレス鋼板表面にピットを形成する。処理液中の塩化第二鉄の濃度は、0.1〜3.7mol/Lの範囲内が好ましい。塩化第二鉄の濃度が0.1mol/L未満の場合、ステンレス鋼板の表面に十分な深さのピットを形成することができない。一方、塩化第二鉄の濃度が3.7mol/L超の塩化第二鉄水溶液には、酸化性化合物を添加することが物理的に困難である。
【0019】
酸化性化合物は、ステンレス鋼板表面の酸化皮膜(不動態皮膜)の厚さを増大して、ステンレス鋼板表面の溶解を抑制する。前述の通り、ピットは、Clイオンの吸着部を起点とする孔食作用により形成される。そして、孔食部(ピット内部)ではClイオンが濃化し、局所的にpHが低下するため、エッチングが進行する。一方、処理液中のFe3+がFe2+に還元される際に鋼板表面が酸化されるため、ステンレス鋼板表面のClイオンが吸着していない部位は保護される。酸化性化合物は、Fe2+をFe3+に酸化するとともに、鋼板表面を酸化するため、塩化第二鉄水溶液単独の場合よりもさらに不動態皮膜を強化することができる。
【0020】
このように、処理液に酸化性化合物を添加することで、ピット開口部の溶解を抑制して、オーバーハング部を有するピットを形成することができる。本明細書において、「オーバーハング部を有するピット」とは、ピット内部の最大径をDとし、ピット開口部の径をDとしたとき、DがDよりも大きいピットを意味し、好ましくはD/Dが1.05以上のピットを意味する(図1B参照)。また、酸化性化合物は、浸漬処理により処理液中に発生したFe2+をFe3+に酸化する作用があるため、処理液の加水分解により生じる水酸化鉄(III)/Fe(OH)からなる沈殿物の発生を抑制する。このように沈殿物の発生を抑制することにより、処理液の安定性が向上し、その結果として連続処理性を向上させることができる。
【0021】
酸化性化合物の種類は、塩化第二鉄水溶液によるステンレス鋼板表面の溶解を抑制できる程度に、ステンレス鋼板表面の酸化皮膜の厚さを増大しうるものであれば特に限定されない。そのような酸化性化合物の例には、過マンガン酸カリウム(KMnO)などの過マンガン酸塩;重クロム酸カリウム(KCr)やクロム酸(VI)(CrO)などのクロム酸塩;硝酸(HNO)や硝酸カリウム(KNO)などの硝酸類;過酸化水素(H)や過酸化ナトリウム(Na)などの過酸化物;硫酸(HSO)などの硫酸類などが含まれる。
【0022】
本発明者らの実験によれば、上記の酸化性化合物は、いずれもステンレス鋼板表面の溶解の抑制に有効であった。これらの酸化性化合物の中では、過マンガン酸カリウムおよび重クロム酸カリウムは、酸化作用は大きいが、溶解度が小さく水溶液の調製が困難であるため、使用しにくい。これに対し、硝酸、過酸化水素水、硫酸は、最初から水溶液であるため使用しやすい。硝酸、過酸化水素水および硫酸の中では、酸化力が最も強い(電子の授受が多い)硝酸が好ましい。
【0023】
処理液中のFeに対する酸化性化合物(例えば、硝酸)のモル比は、0.5〜3.0の範囲内が好ましい。モル比が0.5未満の場合、ステンレス鋼板表面の酸化皮膜(不動態皮膜)の厚さを十分に増大させることができず、また水酸化鉄(III)/Fe(OH)からなる沈殿物の発生を十分に抑制することができない。一方、モル比を3.0超としても、酸化性化合物の濃度上昇に見合うだけの酸化皮膜の厚さの増大を認められない。
【0024】
処理液の液温は、室温〜95℃の範囲内が好ましく、室温〜60℃の範囲内がより好ましい。液温が高いと、処理液の蒸発が顕著となるからである。
【0025】
処理液にステンレス鋼板を浸漬させる時間は、120秒以下が好ましい。浸漬時間が120秒を超えると、形成されるピットの径が過剰に大きくなり、アンカー効果が低下してしまう。また、60秒を超える時間処理してもアンカー効果の顕著な向上は認められないため、浸漬時間を60秒以下とすることがより好ましい。一方、1秒以下の浸漬処理は制御するのが困難なため、浸漬時間は2秒以上が好ましい。
【0026】
第2のステップでは、ステンレス鋼板を処理液に浸漬する代わりに、ステンレス鋼板の表面に処理液を塗布しても同様の効果を得られる。しかしながら、ステンレス鋼板の形状によっては、鋼板表面に処理液を均一に塗布するのが困難であるため、浸漬処理によりピットを形成することが好ましい。また、浸漬処理を行う場合は、処理液の飛散や空気の巻き込みによる接液不良を防止する観点から、攪拌速度をできるだけ低速とすることが好ましい。
【0027】
前述の通り、ステンレス鋼板を塩化第二鉄水溶液に浸漬すると、塩化第二鉄(FeCl)に由来するClイオンの孔食作用により、ステンレス鋼板表面にオーバーハング部を有する複数のピットが形成される。しかしながら、ステンレス鋼板の種類や表面仕上げの種類によっては、ステンレス鋼板全体の溶解が起こり、ピット開口部(オーバーハング部)も溶解してしまうため、オーバーハング部を有するピットを形成できないことがある。たとえば、SUS430は、SUS304に比べて塩化第二鉄水溶液中の浸漬電位が低く、鋼板表面が全体的に溶解されやすい。したがって、SUS430を塩化第二鉄水溶液に浸漬しても、ピットの形成と並行してピット開口部の溶解も進行してしまうため、形成されたピットのうちオーバーハング部を有するピットの割合が60個数%未満となってしまうことがある(実施例参照)。
【0028】
この問題点を、本発明の製造方法では、塩化第二鉄水溶液に酸化性化合物を溶解させることで解決している。すなわち、酸化性化合物の作用により鋼板表面の酸化皮膜(不動態皮膜)の厚さを増大させて鋼板表面を溶解しにくくし、ピット開口部(オーバーハング部)の溶解を抑制している。したがって、本発明の製造方法では、浸漬処理前の鋼板表面の酸化皮膜の平均厚みDに対する、浸漬処理後の鋼板表面の酸化皮膜の平均厚みDの比率D/Dは、1.1以上となる。このようにすることで、酸化性化合物の作用によりピット開口部の溶解を抑制しつつ、塩化第二鉄(FeCl)に由来するFe3+イオンの孔食作用によりピットを形成することができるため、オーバーハング部を有するピットを形成することができる。
【0029】
本発明の製造方法で製造された粗面化ステンレス鋼板の表面には、ピットが多数形成されている(図1参照)。浸漬処理を行った領域の面積に対するピット形成部の面積の割合(以下「ピット形成部の面積率」ともいう)は、30面積%以上である。ピット形成部の面積率は、浸漬処理を行った鋼板表面を上から撮像した電子顕微鏡(SEM)写真を画像解析することによって測定することができる(実施例参照)。
【0030】
また、本発明の製造方法で粗面化ステンレス鋼板を製造した場合、鋼板表面に形成された複数のピットのうち60個数%以上のピットは、ピット開口部の径Dに対するピット内部の最大径Dの比率D/Dが1.05以上である(実施例参照)。すなわち、鋼板表面に形成されたピットの大半は、オーバーハング部を有する。このようにオーバーハング部を有するピットは、アンカー効果により樹脂との密着性を向上させる。すなわち、本発明の製造方法で製造された粗面化ステンレス鋼板の表面に樹脂を接触させた場合、樹脂の一部がこれらのピット内に入り込むため、アンカー効果により樹脂との密着性が向上する。ピットの径は、鋼板断面を撮像した電子顕微鏡(SEM)写真を用いて測定することができる(実施例参照)。
【0031】
また、本発明の製造方法で粗面化ステンレス鋼板を製造した場合、浸漬処理前の酸化皮膜(不動態皮膜)の平均厚みDに対する浸漬処理後の酸化皮膜(不動態皮膜)の平均厚みDの比率D/Dが1.1以上となる。したがって、本発明の製造方法で製造された粗面化ステンレス鋼板は、酸化皮膜(不動態皮膜)が厚いため、優れた耐食性を有する。酸化皮膜の平均厚みは、オージェ電子分光法(AES)により測定することができる(実施例参照)。
【0032】
以下、本発明を実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【実施例】
【0033】
供試ステンレス鋼板として、以下の2種類のステンレス鋼板を準備した。
ステンレス鋼板A:SUS304、2B仕上げ材、板厚0.8mm
ステンレス鋼板B:SUS430、2B仕上げ材、板厚0.8mm
【0034】
各ステンレス鋼板(ステンレス鋼板Aまたはステンレス鋼板B)をアルカリ脱脂(pH12、液温60℃、浸漬時間1分間)した後、表1に示す組成の水溶液に表1に示す条件(液温、時間)で浸漬して、各ステンレス鋼板の表面にピットを形成した。各水溶液は、ビーカーに所定量のFeCl・6HO(n=270.2)またはHClと酸化性化合物とを入れ、合計量が1Lとなるように上水を加え、ホットスターラー上で攪拌することで調製した。浸漬処理を終えた各ステンレス鋼板は、流水で洗浄した後、熱風乾燥機で乾燥させた。
【表1】

【0035】
浸漬処理を終えた各ステンレス鋼板(実施例1〜22、比較例1〜10;表2参照)について、浸漬処理前のめっき層表面の酸化皮膜の平均厚みDに対する浸漬処理後の酸化皮膜の平均厚みDの比率D/D、ピットの面積率、ピット開口部の径Dに対するピット内部の最大径Dの比率D/Dが1.05以上のピットの比率を求めた。また、浸漬処理を終えた各ステンレス鋼板(実施例1〜22、比較例1〜10)について、耐食性試験(屋外暴露試験)を行った。
【0036】
酸化皮膜の平均厚みの比率D/Dは、オージェ電子分光装置(JAMP−9500F;日本電子株式会社)を用いて、鋼板表面から深さ方向にO、FeおよびCrのプロファイルを得ることで求めた。より具体的には、オージェ分析のプロファイルにおいて、分析時間0秒の点(鋼板表面)から、OのピークがFeのピークと重なる点までを酸化皮膜として、酸化皮膜の平均厚みの比率D/Dを求めた。
【0037】
ピットの面積率は、レーザー形状測定顕微鏡(OLS1200;オリンパス光学工業株式会社)を用いて鋼板表面を500倍の視野で観察し、0.5μm以上の深さがある部位と、その他の部位とで二値化処理して、0.5μm以上の深さがある部位を着色し、その他の部位を無着色とする。そして、着色された部分の面積率を求めて、ピット形成部の面積率とした。
【0038】
ピット開口部の径Dおよびピット内部の最大径Dは、FE−SEM(S−4000;株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて鋼板の断面(幅200μm分)を5000倍で観察して測定した(図1B参照)。
【0039】
耐食性試験は、浸漬処理を終えた各ステンレス鋼板を屋外(大阪府堺市;離岸距離約100m)に暴露することにより行った。各ステンレス鋼板には、5質量%のNaCl水溶液を1週間に1回噴霧した。暴露開始から約1ヶ月後に各ステンレス鋼板の表面を観察し、発生した錆の発生面積率により耐食性を評価した。このとき、錆の発生面積率が5面積%未満の場合を「◎」、5面積%以上10面積%未満の場合を「○」、10面積%以上20面積%未満の場合を「△」、20面積%以上の場合を「×」と評価した。
【0040】
表2に、浸漬処理を終えた各ステンレス鋼板(実施例1〜22、比較例1〜10)についての、浸漬処理の条件、ステンレス鋼板の種類、酸化皮膜の平均厚みの比率D/D、ピットの面積率、ピット径の比率D/Dが1.05以上のピットの比率、および耐食性試験の評価結果を示す。なお、比較例9、10は、浸漬処理を行っておらず、未処理の鋼板である。
【表2】

【0041】
図1は、実施例7のステンレス鋼板の、浸漬処理後の鋼板表面(図1A)および鋼板断面(図1B)を示す写真(SEM像)である。これらの写真に示されるように、硝酸などの酸化性化合物を含む塩化第二鉄水溶液で浸漬処理をすることにより、オーバーハング部を有する多数のピットを形成することができた(実施例1〜22)。
【0042】
図2は、比較例2のステンレス鋼板の、浸漬処理後の鋼板表面(図2A)および鋼板断面(図2B)を示す写真(SEM像)である。これらの写真に示されるように、塩化第二鉄水溶液のみで浸漬処理をした場合は、複数のピットが形成されるが、ピット開口部が溶解してしまうため、オーバーハング部を有するピットの割合は60個数%未満であった(比較例1〜3)。
【0043】
図3は、比較例5のステンレス鋼板の、浸漬処理後の鋼板表面(図3A)および鋼板断面(図3B)を示す写真(SEM像)である。これらの写真に示されるように、塩酸で浸漬処理をした場合は、鋼板表面が全体的に溶解してしまうため、オーバーハング部を有するピットを形成できなかった(比較例4、5)。
【0044】
図4は、ステンレス鋼板A(SUS304)およびステンレス鋼板B(SUS430)の塩化第二鉄水溶液(FeCl:1.0mol/L、液温80℃)中における浸漬電位の測定結果を示すグラフである。このグラフから、ステンレス鋼板B(SUS430)は、ステンレス鋼板A(SUS304)に比べて浸漬電位が低く、Feが溶解しやすいことがわかる。したがって、ステンレス鋼板B(SUS430)は、ステンレス鋼板A(SUS304)に比べて鋼板表面が溶解しやすく、オーバーハング部を有するピットを形成しにくいことがわかる。
【0045】
図5は、塩化第二鉄水溶液(FeCl:1.0mol/L、液温80℃)または硝酸を含む塩化第二鉄水溶液(FeCl:1.0mol/L、HNO:2.0mol/L、液温80℃)中における、ステンレス鋼板B(SUS430)の、浸漬電位の測定結果を示すグラフである。このグラフから、塩化第二鉄水溶液に酸化性化合物(硝酸)を添加することで、浸漬電位が上昇し、Feが溶解しにくくなることがわかる。したがって、鋼板表面が溶解しやすいステンレス鋼板B(SUS430)であっても、塩化第二鉄水溶液に硝酸を添加することで、オーバーハング部を有するピットの形成を促進できることが示唆される。
【0046】
図6Aは、浸漬処理前のステンレス鋼板B(SUS430)の深さ方向のAESプロファイルである。図6Bは、実施例19のステンレス鋼板の深さ方向のAESプロファイルである。図6Cは、比較例2のステンレス鋼板の深さ方向のAESプロファイルである。図6Aと図6Bとを比較することで、硝酸などの酸化性化合物を含む塩化第二鉄水溶液で浸漬処理をすることにより、酸化皮膜(図中矢印で示す)が厚くなることがわかる。一方、図6Aと図6Cとを比較することで、硝酸などの酸化性化合物を含まない塩化第二鉄水溶液で浸漬処理をしたときは、酸化皮膜が薄くなってしまうことがわかる。
【0047】
表2に示されるように、実施例1〜22の試験片は、ピットの面積率が30面積%以上であり、かつピット径の比率D/Dが1.05以上のピットの比率が60個数%以上であり、アンカー効果を期待できる形状のピットが多数形成されていた。また、実施例1〜22の試験片は、酸化皮膜の厚みの比率D/Dが1.1以上であるため、耐食性について良好な評価が得られた。
【0048】
これに対し、塩化第二鉄を含まない水溶液で処理した比較例4〜8の試験片では、ピットがほとんど形成されなかった。また、酸化性化合物を含まない塩化第二鉄水溶液で処理した比較例1〜3の試験片では、ピットは形成されたものの、ピット径の比率D/Dが1.05以上のピットの比率が60個数%未満であり、アンカー効果を期待できる形状のピットはあまり形成されていなかった。また、比較例1〜3の試験片では、酸化皮膜の厚みの比率D/Dが1.1未満であるため、耐食性について良好な評価が得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の製造方法で製造される粗面化ステンレス鋼板は、樹脂との密着性に優れているため、例えば各種電子機器、家庭用電化製品、医療機器、自動車車体、車両搭載用品、建築資材などに好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼板を準備するステップと、
塩化第二鉄水溶液に酸化性化合物を溶解させた処理液に前記ステンレス鋼板を浸漬して、前記ステンレス鋼板表面に複数のピットを形成するステップと、
を含む、粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記酸化性化合物は、硝酸である、請求項1に記載の粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記処理液において、Feに対する前記酸化性化合物のモル比は、0.5〜3.0の範囲内である、請求項1に記載の粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記浸漬処理前の前記ステンレス鋼板表面の酸化皮膜の平均厚みDに対する、前記浸漬処理後の前記ステンレス鋼板表面の酸化皮膜の平均厚みDの比率D/Dは、1.1以上である、請求項1に記載の粗面化ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記複数のピットのうち60個数%以上のピットは、ピット開口部の径Dに対するピット内部の最大径Dの比率D/Dが1.05以上である、請求項1に記載の粗面化ステンレス鋼板の製造方法。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−168868(P2011−168868A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36216(P2010−36216)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】