説明

粘性流体カップリング

【課題】 粘性流体カップリングにおいて、流体充填室の高圧を逃がす構造を簡素化してコスト低減しながら、リリーフ圧力のばらつきを小さくし、更にリリーフ圧力の調整も容易にすること。
【解決手段】 粘性流体カップリング1において、カバー12の外周の一部に切除部70を設け、流体充填室30の一定以上の圧力を受けるOリング13が外周環状溝12Bからこの切除部70にはみ出し変形するもの。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は粘性流体カップリングに関する。
【背景技術】
【0002】
車両の粘性流体カップリングとして、特許文献1に記載の如く、ハウジング本体の一端開口部に設けた嵌合用穴にカバーを嵌合し、ハウジング本体の他端窄まり部とカバーのボス部にインナーシャフトを枢支し、ハウジング本体の内周とインナーシャフトの外周の間の環状空間を流体充填室とし、この流体充填室をカバーにより閉鎖するとともに、カバーの外周環状溝に装填したOリングにより液密に封止し、第1プレートと第2プレートを流体充填室の内部に交互に積層配置し、第1プレートの外周のスプライン歯をハウジング本体の内周に設けたスプライン溝に嵌合するとともに、第2プレートの内周のスプライン歯をインナーシャフトの外周に設けたスプライン溝に嵌合し、流体充填室に充填した粘性流体により、ハウジング本体とインナーシャフトの間で動力を伝達するものがある。
【0003】
この粘性流体カップリングでは、ハウジング本体とインナーシャフトの高回転が続くハンプ、又は第1プレートと第2プレートが焼付く故障モード等に至ると、粘性流体が発熱膨張して流体充填室が高圧になり、これを放置するとハウジング本体の損傷を生ずる。そこで、特許文献2に記載の如く、ハウジング本体にリリーフ弁を設け、流体充填室が高圧になったとき、リリーフ弁によりその圧力を外部空間に逃がすものが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平7-90704
【特許文献2】特許第4198961
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
粘性流体カップリングにおいて、流体充填室の高圧を逃がすために、特許文献2に記載の如くのリリーフ弁を設ける場合には、構造が複雑になり、部品点数が多く、コスト高になる。また、リリーフ圧力の調整も困難である。
【0006】
本発明の課題は、粘性流体カップリングにおいて、流体充填室の高圧を逃がす構造を簡素化してコスト低減しながら、リリーフ圧力のばらつきを小さくし、更にリリーフ圧力の調整も容易にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1の発明は、ハウジング本体の一端開口部に設けた嵌合用穴にカバーを嵌合し、ハウジング本体の他端窄まり部とカバーのボス部にインナーシャフトを枢支し、ハウジング本体の内周とインナーシャフトの外周の間の環状空間を流体充填室とし、この流体充填室をカバーにより閉鎖するとともに、カバーの外周環状溝に装填したOリングにより液密に封止し、第1プレートと第2プレートを流体充填室の内部に交互に積層配置し、第1プレートの外周のスプライン歯をハウジング本体の内周に設けたスプライン溝に嵌合するとともに、第2プレートの内周のスプライン歯をインナーシャフトの外周に設けたスプライン溝に嵌合し、流体充填室に充填した粘性流体により、ハウジング本体とインナーシャフトの間で動力を伝達する粘性流体カップリングにおいて、カバーの外周の一部に切除部を設け、流体充填室の一定以上の圧力を受けるOリングが外周環状溝からこの切除部にはみ出し変形するようにしたものである。
【0008】
請求項2の発明は、請求項1の発明において更に、前記カバーがハウジング本体の嵌合用穴に係止する止め輪により固定化されるとともに、該カバーに設けた粘性流体の注入孔にシール用ボルトを封着してなるとき、該カバーにおけるシール用ボルトを通る概ね半径線上に前記切除部を設け、シール用ボルトの頭部を挟む両側に止め輪の両端部を配置してなるようにしたものである。
【発明の効果】
【0009】
(請求項1)
(a)カバーの外周の一部に切除部を設け、流体充填室の一定以上の圧力を受けるOリングが外周環状溝からこの切除部にはみ出し変形するものとした。従って、ハンプ又は故障モード等で流体充填室が高圧になると、この高圧を受けるOリングがカバーの外周環状溝から切除部、具体的にはこの切除部がハウジング本体の嵌合用穴の穴面に対して形成する隙間にはみ出し変形(又ははみ出し破損)することにより、このはみ出し変形部のシール性能を減じ、その圧力をこのはみ出し変形部を生じた切除部の隙間から外部空間に逃がすものになる。カバーの外周の一部に切除部を設けるだけの簡素な構造により、専用部品を用いることもなく、流体充填室の高圧を逃がすことができ、コスト低減できる。
【0010】
(b)カバーの外周の一部においてだけ、カバーの周方向、半径方向に沿う切除部の長さ、深さを設定することにより、リリーフ圧力を精度良く管理できるから、リリーフ圧力のばらつきを小さくし、更にリリーフ圧力の調整も容易にすることができる。カバーの周方向、半径方向に沿う切除部の長さ、深さは多様に調整でき、リリーフ圧力の調整幅は広い。このとき、カバーの外周の切除部を除く他の広い範囲では、その外径の設定はラフで足りる。
【0011】
(c)カバーの外周の切除部を除く他の広い範囲では、その外周がハウジング本体の嵌合用穴の穴面に対して形成する隙間が微小になり、Oリングはカバーの外周環状溝の溝内に安定的に確保される。従って、Oリングを確保するカバーの外周環状溝の溝深さを小さ目にし、かつOリングの断面を小さ目にしながら、流体充填室を液密に封止できる。
【0012】
(請求項2)
(d)カバーにおけるシール用ボルトを通る概ね半径線上に切除部を設け、シール用ボルトの頭部を挟む両側に止め輪の両端部を配置した。従って、カバーに設けた切除部は止め輪により遮られることなく、常時外部空間に臨み、流体充填室の高圧をこの切除部の隙間からスムースに確実に外部空間に逃がすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は粘性流体カップリングを示す全体断面図である。
【図2】図2は図1の側面図である。
【図3】図3はカバーを示す半断面図である。
【図4】図4はカバーを示す半側面図である。
【図5】図5は図1の高圧リリーフ構造を示す要部断面図である。
【図6】図6は高圧リリーフ状態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1、図2に示す粘性流体カップリング1は、入力側動力伝達部材と出力側動力伝達部材との間に介装され、入力側動力伝達部材が連結されるハウジング10と、出力側動力伝達部材が連結されるインナーシャフト20を有する。
【0015】
ハウジング10は、ハウジング本体11とカバー12とからなる。ハウジング本体11は、一端開口且つ他端窄まり状(他端は完全閉塞状をなす閉塞部でも可)をなす筒状体からなり、この筒状体の他端窄まり部の外側端面に入力側動力伝達部材の取付用ねじ孔11A等を備える。カバー12は、ハウジング本体11の筒状体の一端開口部に設けた嵌合用穴11Bに嵌合されるボス付板状体からなり、板状体の外周環状溝12Bに装填したOリング13を嵌合用穴11Bに液密に嵌着する。ハウジング本体11の嵌合用穴11Bに嵌合されたカバー12は、嵌合用穴11Bの内方に設けられる後述のスプライン溝42の端面と、嵌合用穴11Bの内周環状溝に係止した止め輪14とに挟まれて固定化される。尚、ハウジング本体11の筒状体の他端窄まり部の中心部にはインナーシャフト20が挿入される軸挿入用孔11Cが設けられ、インナーシャフト20のための軸受15、シール部材16がこの軸挿入用孔11Cの内周装填部に装填される。軸受15は、軸挿入用孔11Cの内周環状溝に係止した止め輪17により抜け止めされる。また、カバー12のボス部の中心部にはインナーシャフト20が挿通される軸挿通用孔12Aが設けられ、インナーシャフト20のための軸受18、シール部材19がこの軸挿通用孔12Aの内周装填部に装填される。
【0016】
インナーシャフト20は、ハウジング10に枢支される。インナーシャフト20は、中空軸からなり、ハウジング本体11の軸挿入用孔11Cに挿入されるとともに、カバー12の軸挿通用孔12Aに挿通され、ハウジング本体11、カバー12のそれぞれに装填した軸受15、18に枢支されるとともに、ハウジング本体11、カバー12のそれぞれに装填したシール部材16、19に液密に摺接する。インナーシャフト20は、中空軸の内径部に出力側動力伝達部材のための取付用セレーション21を備える。
【0017】
粘性流体カップリング1は、ハウジング本体11の内周とインナーシャフト20の外周の間の環状空間を流体充填室30とする。流体充填室30は、ハウジング10を構成するハウジング本体11の後述するスプライン溝42が設けられる内周と、インナーシャフト20の後述するスプライン溝52が設けられる外周の間の環状空間を、ハウジング本体11の嵌合用穴11B(開口部)に嵌合されたカバー12により閉鎖して区画される。流体充填室30は、ハウジング本体11の軸挿入用孔11Cに装填したシール部材16、カバー12の軸挿通用孔12Aに装填したシール部材19、カバー12の外周環状溝12Bに装填したOリング13により外部に対し液密に封止される。
【0018】
粘性流体カップリング1は、多数の第1プレート40と、多数の第2プレート50を、流体充填室30の内部に、それらの表面が互いに僅かな隙間を保つように交互に積層配置している。各第1プレート40の外周のスプライン歯41を、ハウジング本体11の筒状体の内周の軸方向に設けたスプライン溝42に嵌合する。各第2プレート50の内周のスプライン歯51を、インナーシャフト20の外周の軸方向に設けたスプライン溝52に嵌合する。
【0019】
粘性流体カップリング1は、流体充填室30にシリコンオイル等の粘性流体Lを充填する。ハウジング10を構成するカバー12の板状体に粘性流体Lの注入孔60を設け、この注入孔60に封着されるシール用ボルト61によりこの注入孔60を液密に封止する。尚、カバー12の板状体は、粘性流体Lが注入される流体充填室30の空気抜きに供される空気抜き孔62を備え、この空気抜き孔62をシール用ボール63により液密に封止する。
【0020】
従って、粘性流体カップリング1は、入力側動力伝達部材に連結されているハウジング10が回転駆動され、第1プレート40が回転すると、この第1プレート40とともに流体充填室30内の粘性流体Lが摩擦力と剪断力を受けて回動誘導し、それに伴なって第2プレート50が回転する。これにより、第2プレート50がスプライン嵌合しているインナーシャフト20が回転し、インナーシャフト20に連結されている出力側動力伝達部材に回転トルクが伝達される。
【0021】
しかるに、粘性流体カップリング1にあっては、ハンプ又は故障モード等で流体充填室30が高圧になるとき、この高圧を逃がす高圧リリーフ構造を以下の如くに備える。
【0022】
即ち、粘性流体カップリング1は、図3〜図5に示す如く、ハウジング本体11の嵌合用穴11Bに嵌合されるカバー12の外周において、カバー12の外周の一部に切除部70を設ける。切除部70は、円弧面状切欠部(平面状切欠部、凹溝状切欠部等でも可)からなり、Oリング13が装填される外周環状溝12Bの溝深さよりも相当に浅く設定される。切除部70は、ハウジング本体11の嵌合用穴11Bに嵌合するカバー12の外周において、このカバー12を固定化する止め輪14に接する外側面と、Oリング13のための環状外周溝12Bとの間の外周の一部に設けられ、流体充填室30の一定以上の圧力を受けるOリング13が外周環状溝12Bからこの切除部70、具体的にはこの切除部70がハウジング本体11の嵌合用穴11Bの穴面に対して形成する隙間K(図5、図6)から外部空間に向けてはみ出し変形(又ははみ出し破損)可能にする(図6)。尚、切除部70は、図6に示す如く、カバー12の外周の周方向同一位置で、カバー12の流体充填室30に接する内側面と、Oリング13のための外周環状溝12Bとの間の外周にまで延在されていても良い。
【0023】
更に、粘性流体カップリング1は、カバー12における注入孔60及びシール用ボルト61を通る概ね半径線上に切除部70を設け、シール用ボルト61の頭部61Aを挟む両側にC形(E形でも可)止め輪14の合口の両端部14A、14Bを配置してなるものでも良い(図2)。
【0024】
本実施例によれば以下の作用効果を奏する。
(a)カバー12の外周の一部に切除部70を設け、流体充填室30の一定以上の圧力を受けるOリング13が外周環状溝12Bからこの切除部70にはみ出し変形するものとした。従って、ハンプ又は故障モード等で流体充填室30が高圧になると、この高圧を受けるOリング13がカバー12の外周環状溝12Bから切除部70、具体的にはこの切除部70がハウジング本体11の嵌合用穴11Bの穴面に対して形成する隙間Kにはみ出し変形(又ははみ出し破損)することにより、このはみ出し変形部13Aのシール性能を減じ、その圧力をこのはみ出し変形部13Aを生じた切除部70の隙間Kから外部空間に逃がすものになる。カバー12の外周の一部に切除部70を設けるだけの簡素な構造により、専用部品を用いることもなく、流体充填室30の高圧を逃がすことができ、コスト低減できる。
【0025】
(b)カバー12の外周の一部においてだけ、カバー12の周方向、半径方向に沿う切除部70の長さL、深さH(図3、図4)を設定することにより、リリーフ圧力を精度良く管理できるから、リリーフ圧力のばらつきを小さくし、更にリリーフ圧力の調整も容易にすることができる。カバー12の周方向、半径方向に沿う切除部70の長さL、深さH(図3、図4)は多様に調整でき、リリーフ圧力の調整幅は広い。このとき、カバー12の外周の切除部70を除く他の広い範囲では、その外径の設定はラフで足りる。
【0026】
(c)カバー12の外周の切除部70を除く他の広い範囲では、その外周がハウジング本体11の嵌合用穴11Bの穴面に対して形成する隙間Kが微小になり、Oリング13はカバー12の外周環状溝12Bの溝内に安定的に確保される。従って、Oリング13を確保するカバー12の外周環状溝12Bの溝深さを小さ目にし、かつOリング13の断面を小さ目にしながら、流体充填室30を液密に封止できる。
【0027】
(d)カバー12におけるシール用ボルト61を通る概ね半径線上に切除部70を設け、シール用ボルト61の頭部61Aを挟む両側に止め輪14の両端部14A、14Bを配置した。従って、カバー12に設けた切除部70は止め輪14により遮られることなく、常時外部空間に臨み、流体充填室30の高圧をこの切除部70の隙間Kからスムースに確実に外部空間に逃がすことができる。
【0028】
以上、本発明の実施例を図面により詳述したが、本発明の具体的な構成はこの実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても本発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、粘性流体カップリングにおいて、流体充填室の高圧を逃がす構造を簡素化してコスト低減しながら、リリーフ圧力のばらつきを小さくし、更にリリーフ圧力の調整も容易にすることができる。
【符号の説明】
【0030】
1 粘性流体カップリング
10 ハウジング
11 ハウジング本体
11B 嵌合用穴
12 カバー
12B 外周環状溝
13 Oリング
14 止め輪
20 インナーシャフト
30 流体充填室
40 第1プレート
41 スプライン歯
42 スプライン溝
50 第2プレート
51 スプライン歯
52 スプライン溝
60 注入孔
61 シール用ボルト
70 切除部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジング本体の一端開口部に設けた嵌合用穴にカバーを嵌合し、
ハウジング本体の他端窄まり部とカバーのボス部にインナーシャフトを枢支し、
ハウジング本体の内周とインナーシャフトの外周の間の環状空間を流体充填室とし、この流体充填室をカバーにより閉鎖するとともに、カバーの外周環状溝に装填したOリングにより液密に封止し、
第1プレートと第2プレートを流体充填室の内部に交互に積層配置し、
第1プレートの外周のスプライン歯をハウジング本体の内周に設けたスプライン溝に嵌合するとともに、第2プレートの内周のスプライン歯をインナーシャフトの外周に設けたスプライン溝に嵌合し、
流体充填室に充填した粘性流体により、ハウジング本体とインナーシャフトの間で動力を伝達する粘性流体カップリングにおいて、
カバーの外周の一部に切除部を設け、流体充填室の一定以上の圧力を受けるOリングが外周環状溝からこの切除部にはみ出し変形することを特徴とする粘性流体カップリング。
【請求項2】
前記カバーがハウジング本体の嵌合用穴に係止する止め輪により固定化されるとともに、該カバーに設けた粘性流体の注入孔にシール用ボルトを封着してなるとき、該カバーにおけるシール用ボルトを通る概ね半径線上に前記切除部を設け、シール用ボルトの頭部を挟む両側に止め輪の両端部を配置してなる請求項1に記載の粘性流体カップリング。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2010−174931(P2010−174931A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15765(P2009−15765)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(000146010)株式会社ショーワ (715)
【Fターム(参考)】