説明

粘着性プラスチックフィルムに粘着した薄切片を永久標本として封入保存する方法

【課題】 粘着性プラスチックフィルムを薄切片の支持材として用いて、包埋試料から作製した薄切片を、粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、染色、脱水、透徹等の操作を行った後、粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、光学顕微鏡で観察できる永久標本として封入保存する。
【解決手段】 低温下(例えば、−25℃)でも粘着力を有し、且つ薄切片の染色、脱水、透徹等の操作で使用する薬品や有機溶媒で、変性や溶解しないプラスチックフィルムと粘着剤で作製した薄い粘着性プラスチックフィルムを、薄切片の支持材として用いて、形状が保たれた薄切片を作製する。次いで、薄切片が、粘着性プラスチックフィルムに貼り付いた状態で、染色、脱水、透徹等の操作を行なった後、従来の永久標本作製用の封入剤を塗布したガラス板に、薄切片を密着させて、薄切片を粘着性プラスチックフィルムとガラス板の間に永久標本として封入保存する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生命科学の分野に属し、粘着力を有する粘着性プラスチックフィルムを薄切片の支持材として用いて、包埋試料から作製した薄切片を、粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、染色(例えば、組織学的染色、組織化学的染色、酵素組織化学的染色、免疫組織化学的染色、遺伝子組織化学的染色)を行い、その後、薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、永久標本として封入保存する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生命科学の研究では、できるだけ新鮮な試料から形状の保たれた薄切片を作製し、その薄切片を染色し、それを永久標本として保存することが必要とされている。通常、新鮮試料からの薄切片の作製は、凍結試料から支持材を用いないで行われているが、試料(例えば、肺、骨、植物、昆虫など)により、薄切時に損壊して形状の保たれた薄切片を作製できない場合がある。薄切片の損壊を防ぐために、市販の粘着テープを薄切片の支持材として用いて、薄切片を作製する場合がある。それに使用される粘着テープとして、梱包などに使用されている粘着テープが使用されている。
【0003】
しかしながら、梱包などに使用されている粘着テープに薄切片を貼り付けた状態で染色・脱水・透徹・封入等の操作を行うと種々の問題が起こる。例えば、梱包用粘着テープの基材として使用されているプラスチックフィルムは厚い(通常50〜100μm程度)ために、脱水と封入操作で使用する有機溶媒による変性によって生じる反り返り力が強く、その結果、薄切片を粘着テープに貼り付けた状態で、薄切片を永久標本として封入することができない。また、粘着テープに使用されている粘着剤は、脱水と封入の操作で使用する有機溶媒で、粘着剤が溶解あるいは基材のプラスチックフィルムから剥離して、薄切片を損壊するために薄切片を梱包用粘着テープに貼り付けた状態で永久標本として封入保存することができない。さらに梱包用粘着テープの粘着層は粘着力を高めるために厚く(通常10数μm以上である)、パラフィン包埋切片の封入に使用されている永久標本作製用封入剤で封入すると、粘着剤が有機溶媒で膨化し、組織片が損壊して光学顕微鏡で詳細に観察することが困難となる。凍結薄切片を粘着支持するのに適した支持材として、本願発明者(特開2002−31586号広報)によって提案された粘着プラスチックフィルムがある。しかし、その粘着プラスチックフィルムの粘着剤は、不溶化処理をしていないために薄切片の透徹で使用する有機溶媒(例えば、キシレン)で容易に溶解し、薄切片がプラスチックフィルムから剥離し、損壊する。これらの問題があるために、薄切片を粘着支持材に貼り付けた状態で、染色、脱水、透徹等の操作を行い、薄切片を粘着支持材に貼り付けた状態で、薄切片をガラス板と粘着支持材の間に薄切片を永久標本として封入保存する方法は考案されていなかった。
【0004】
特許文献1には、従来の方法で生物試料の薄切片を作製処理についての開示があり、特許文献2には薄切片の作製に適した粘着性プラスチックフィルムに関する開示がある。
【特許文献1】 特開平9−101242号公報
【特許文献2】 特開2002−31586号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
生命科学の研究で必要とされている形状の保たれた薄切片(例えば、凍結薄切片)を作製する際、何らかの支持材で薄切片を粘着支持しながら薄切することは合理的な方法である。しかし、上記に述べたように、従来の市販粘着テープ、あるいは本願発明者(特開2002−31586号広報)によって提案された粘着プラスチックフィルムを用いて作製した薄切片は、それらの粘着性支持材に貼り付けた状態で、染色、脱水、透徹等の操作を行った後、薄切片を粘着性支持材に貼り付けた状態で、光学顕微鏡により詳細に観察できる永久標本として封入保存することができなかった。
【0006】
本発明の目的は、薄切片を粘着性支持材に貼り付けた状態で、染色、脱水、透徹操作を行った後、従来の永久標本作製用封入剤を塗布したガラス板に薄切片を密着させて、薄切片を粘着性支持材とガラス板の間に永久標本として封入することにより、効率良く、形状の保たれた薄切片を光学顕微鏡による詳細な観察を可能にする永久標本として封入保存しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の問題を解決するために、薄切片の染色・脱水・封入等の操作で使用する有機溶媒(例えば、アルコールやキシレン)に浸漬しても変性のない、薄くて透明なプラスチックフィルム(例えば、厚さ2μm〜15μmのポリエステルフィルム)の片面の全面に、室温から凍結薄切装置の使用温度(例えば、−10〜−35℃)で薄切片を粘着支持できる粘着力を有し、且つ薄切片の染色で使用する染色液で染色されず、且つ脱水と封入で使用する有機溶媒(例えば、アルコールやキシレン)に浸漬しても溶解されず、且つ脱水と封入で使用する有機溶媒(例えば、アルコールやキシレン)に浸漬しても膨大の少ない粘着剤で薄い粘着層(例えば、1μm〜10μm)を形成した粘着性プラスチックフィルムを、包埋(例えば、凍結包埋)した生物試料の所定面に貼り付けて薄切片を作製する。
【0008】
次いで、薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、染色液による染色を行い、アルコールによる脱水、キシレンによる透徹等の操作を行った後、パラフィン包埋試料から作製した薄切片の封入に使用されている永久標本作製用の封入剤を用いて、薄切片を粘着性プラスチックフィルムとガラス板の間に封入する。更に、必要に応じて粘着性プラスチックフィルムをカバーグラスで覆う。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、粘着性プラスチックフィルムを粘着支持材として用いて作製した薄切片を、粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、永久標本として封入保存することができるようになる。例えば、請求項3に記載されている粘着性プラスチックフィルムを粘着支持材として用いて作製した薄切片は、粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、染色、脱水、透徹等の操作を行なった後、本発明の方法により、薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で封入して、永久標本として保存することができるようになるため、大きな試料からでも、形状の保たれた薄切片を、効率よく永久標本とすることができるようになる。
【0010】
本発明の方法により封入保存された薄切片は、光学顕微鏡で詳細に観察することができるため、多くの生命科学の研究(例えば、組織学的研究、組織化学的研究、酵素組織化学的研究、免疫組織化学的研究、遺伝子組織化学的研究)に利用することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら本発明の一実施例について説明する。
【0012】
粘着性プラスチックフィルムを薄切片の支持材として用いて、ミクロトームを使って包埋試料から作製した薄切片を、粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で染色し、次いで粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態でアルコールによる脱水とキシレンによる透徹の操作を行った後、薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、永久標本として封入保存する方法について、順に説明する。
i)まず、図1に示すように、極めて薄い粘着性プラスチックフィルム1(例えば、基材のプラスチックフィルムの厚さが2〜15μm、粘着層の厚さが2〜10μm)の粘着力を有する領域を、包埋ブロック5の薄切面に密着する。
ii)次いで、図2に示すように、その状態で所定の刃物8で薄切を実施することにより、図3に示すように、薄切片9が粘着性プラスチックフィルム1に貼り付いた状態で採取できる。
iii)図4に示すように、粘着性プラスチックフィルム1に貼り付いた薄切片9を、上に向けてガラス板11の上に置く。そして、粘着性プラスチックフィルムの非粘着域10をクリップ12で押さえ、ガラス板11に固定する。この場合、クリップの替わりに粘着性プラスチックフィルム1の両端を両面テープでガラス板に固定することもできる。
iv)次いで、粘着性プラスチックフィルム1をガラス板11に固定した状態で、染色、脱水、透徹等の操作を行なう。
v)上記の操作後、図5に示すように、粘着性プラスチックフィルムの非粘着域10を切り離す。
vi)次いで、図6に示すように、ガラス板(プラスチック板、あるいはテープ状のプラスチックでも良い)に、一定の深さの切り込みを入れた金属板14を使って、ガラス板上に永久標本作製用封入剤の薄い層を形成する。この場合、永久標本作製用封入剤の薄い層を形成することが重要で、用具として金属板以外でも良い。
vii)図7に示すように、永久標本作製用の封入剤13を塗布したガラス板11(プラスチック板、あるいはテープ状のプラスチックでも良い)に、薄切片が貼り付いた粘着性プラスチックフィルムの薄切片が張り付いている面を向けて置く。
viii)図8に示すように、余分な封入剤13を押し出して除き、薄切片9をガラス板11に密着し、薄切片9をガラス板11と粘着性プラスチックフィルム1の間に封入保存する。
ix)必要に応じて、図9に示すように粘着性プラスチックフィルム1を保護するために、その上をカバーグラス15で覆う。
【0013】
上記の手順により、包埋(例えば、凍結包埋)した試料(例えば、未固定非脱灰の硬組織、脳、実験動物の全身、植物)から作製された粘着性プラスチックフィルムに粘着支持された薄切片を、粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、染色、脱水、透徹等の操作を行った後、粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、薄切片を永久標本として封入保存し、それを光学顕微鏡で詳細に観察することができる。
【0014】
即ち本発明によると、粘着層を不溶化処理した薄くて透明な粘着性プラスチックフィルムを薄切片の支持材として用いて、生物試料から作製した薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、光学顕微鏡で詳細に観察できる永久標本として粘着性プラスチックフィルムとガラス板あるいはプラスチック板の間に封入保存することが可能となる。
【0015】
また本発明は、凍結包埋した生物試料の薄切面に、薄くて透明で、且つ粘着層を不溶化処理した極めて薄い粘着性プラスチックフィルム(例えば、全体の厚さが3〜25μm)を貼り付け、粘着性プラスチックフィルムを貼り付けた状態で刃物により作製した薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で染色し、次いで薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態でアルコールによる脱水とキシレンによる透徹を行い、その後、薄切片が粘着性プラスチックフィルムに貼り付いた状態でパラフィン包埋試料から作製した薄切片を封入する際に使用する永久標本作製用の封入剤を塗布したガラス板あるいはプラスチック板に密着させて、粘着性プラスチックフィルムとガラス板あるいはプラスチック板の間に、光学顕微鏡で詳細に観察できる永久標本として封入保存することが可能となる。
【0016】
さらに本発明は、これらの薄切片を永久標本として封入保存する場合において使用する粘着性プラスチックフィルムとして、薄くて透明なプラスチックフィルム(例えば、厚さ2〜15μmのポリエチレンテレフタレート製フィルム)上に、凍結薄切装置の使用温度(例えば、−10〜−35度)で薄切片を粘着支持できる粘着力を有し、薄切片の染色に使用する染色液で染色されず、且つ、薄切片を脱水・透徹・封入等で使用する有機溶媒(例えば、アルコールやキシレン等)に浸漬しても溶解せず、且つ膨大の少ない透明な薄い(例えば、粘着層の厚みが1〜10μm程度になるように)粘着層を形成し、その上に帯状の薄い着色プラスチックフィルム(例えば、金色で、厚さ10〜30μm)を所定の間隔で密着して粘着力のない領域を形成した粘着性プラスチックフィルムを薄切片の支持材として用いて作製した薄切片を、粘着性プラスチックフィルムとガラス板あるいはプラスチック板の間に、光学顕微鏡で詳細に観察できる永久標本として封入保存することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】 包埋ブロックの表面に粘着性プラスチックフィルムを貼り付けた状態の斜視図である。
【図2】 薄切片作製中における薄切用ナイフ、包埋ブロック、粘着性プラスチックフィルムの位置関係を示す断面図である。
【図3】 薄切片が粘着性プラスチックフィルムに粘着支持された状態を示す断面図である。
【図4】 粘着性プラスチックフィルムに粘着支持された薄切片をガラス板にクリップを使って固定した状態を示す断面図である。
【図5】 染色後、粘着性プラスチックフィルムの不要部分を切り離した状態を示す断面図である。
【図6】 ガラス板上に封入剤を塗布する状態を示す斜視図。
【図7】 粘着性プラスチックフィルムに粘着支持された薄切片を、封入剤を塗布したガラス板に密着する状態を示す断面図である。
【図8】 粘着性プラスチックフィルムに粘着支持された薄切片が、粘着性プラスチックフィルムとガラス板の間に封入された状態を示す断面図である。
【図9】 図8で封入された薄切片を、更にカバーグラスで覆った状態を示す断面図である。
【符号の説明】
【0018】
1…粘着性プラスチックフィルム、2…粘着剤、3…第1のプラスチックフィルム、4…第2のプラスチックフィルム、5…包埋ブロック、6…包埋ブロックの縦(薄切方向)の長さ、7…包埋ブロックの横の長さ、8…薄切用ナイフ、9…薄切片、10…粘着性プラスチックフィルムの非粘着域、11…ガラス板、12…クリップ、13…封入剤、14…切り込みの入った金属板、15…カバーグラス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粘着層を不溶化処理した薄くて透明な粘着性プラスチックフィルムを薄切片の支持材として用いて、生物試料から作製した薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で、光学顕微鏡で詳細に観察できる永久標本として粘着性プラスチックフィルムとガラス板あるいはプラスチック板の間に封入保存することを特徴とする粘着性プラスチックフィルムに粘着した薄切片を永久標本として封入保存する方法。
【請求項2】
凍結包埋した生物試料の薄切面に、薄くて透明で、且つ粘着層を不溶化処理した極めて薄い粘着性プラスチックフィルムを貼り付け、粘着性プラスチックフィルムを貼り付けた状態で刃物により作製した薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態で染色し、次いで薄切片を粘着性プラスチックフィルムに貼り付けた状態でアルコールによる脱水とキシレンによる透徹を行い、その後、薄切片が粘着性プラスチックフィルムに貼り付いた状態でパラフィン包埋試料から作製した薄切片を封入する際に使用する永久標本作製用の封入剤を塗布したガラス板あるいはプラスチック板に密着させて、粘着性プラスチックフィルムとガラス板あるいはプラスチック板の間に、光学顕微鏡で詳細に観察できる永久標本として封入保存することを特徴とする粘着性プラスチックフィルムに粘着した薄切片を永久標本として封入保存する方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の薄切片を永久標本として封入保存する方法において使用する粘着性プラスチックフィルムとして、
薄くて透明なプラスチックフィルム上に、室温から凍結薄切装置の使用温度で薄切片を粘着支持できる粘着力を有し、薄切片の染色に使用する染色液で染色されず、且つ、薄切片を脱水・透徹・封入等で使用する有機溶媒に浸漬しても溶解せず、且つ膨大の少ない透明な薄い粘着層を形成し、その上に帯状の薄い着色プラスチックフィルムを所定の間隔で密着して粘着力のない領域を形成した粘着性プラスチックフィルムを薄切片の支持材として用いて作製した薄切片を、粘着性プラスチックフィルムとガラス板あるいはプラスチック板の間に、光学顕微鏡で詳細に観察できる永久標本として封入保存する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−38848(P2006−38848A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−207724(P2005−207724)
【出願日】平成17年6月20日(2005.6.20)
【出願人】(500269820)
【Fターム(参考)】