説明

精製インフルエンザウイルス抗原の製造方法

【課題】インフルエンザウイルス培養液から簡便な方法により効率よく宿主蛋白質等の夾雑物を除去し、インフルエンザウイルス抗原を分離・精製することができる手段を提供すること。
【解決手段】本発明の精製インフルエンザウイルス抗原の製造方法は、インフルエンザウイルスを含有する試料を界面活性剤で処理する工程と、前記処理後の試料を前記界面活性剤の共存下でヒドロキシアパタイトと接触させる工程と、ヒドロキシアパタイト非吸着画分を回収する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精製インフルエンザウイルス抗原の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスはオルトミクソウイルス科に属するRNAウイルスであり、A型、B型およびC型が知られている。
【0003】
インフルエンザウイルスは脂質二重膜構造をもつエンベロープを持つ。エンベロープの内層は主としてマトリックスタンパク質及びRNAとタンパク質の複合体であるRNPより成る。外層にはいわゆる表面タンパク質であるインフルエンザNA蛋白(ノイラミニダーゼ)及びインフルエンザHA蛋白(ヘマグルチニン)(以下、それぞれ「NA蛋白」「HA蛋白」と略称する)が突起物として存在している。
【0004】
同じ型のウイルスであっても、HA蛋白とNA蛋白の抗原性の違いから、それぞれ複数の亜型と株に分類されている。インフルエンザワクチンとしては、NA蛋白及びHA蛋白を含む原液にアジュバントや防腐剤等を添加したものが広く利用されている。
【0005】
インフルエンザワクチンに使用されるインフルエンザウイルスは主として胚含有鶏卵により培養されたものが用いられている。また、近年動物細胞培養系でインフルエンザウイルスを培養する方法も確立されている。
【0006】
一般にこれらの方法により得られるインフルエンザウイルスは単独で存在するものではなく、培養細胞、夾雑蛋白質等とともに存在しているため、培養液等からインフルエンザウイルスを分離する必要がある。インフルエンザウイルスの分離、精製は超遠心法、限外ろ過法、密度勾配遠心法等により行われている。
【0007】
しかしながら、これらの方法によって分離、精製したインフルエンザウイルス中においても宿主由来の夾雑蛋白質がしばしば確認される。これらの夾雑蛋白質が存在するインフルエンザワクチンを接種した場合、アナフィラキシーショックやギランバレー症候群などの副作用を示す懸念があるため、さらなる精製が必要となる。
【0008】
また、インフルエンザ抗原の製造方法として、動物細胞や昆虫細胞に、インフルエンザウイルスに含まれるタンパク質抗原を製造する遺伝子を組み込む方法が知られている。
【0009】
インフルエンザウイルスを精製する方法としては、例えばヒドロキシアパタイトを用いてインフルエンザウイルスまたはインフルエンザウイルス抗原を精製する方法が既に知られている(特許文献1)。特許文献1の方法は、ウイルスまたはウイルス抗原をヒドロキシアパタイトに吸着させる工程、および溶出液により溶出させる工程から成る。しかしながら、インフルエンザウイルスには種々の株が存在し、それぞれの株でHA蛋白やNA蛋白の配列が異なっていることから、溶出条件を一定にした場合、インフルエンザウイルスの株によって溶出位置が変化し、精製度が株毎に異なってしまう可能性がある。このため、吸着した蛋白質の溶出条件をインフルエンザウイルス株毎に厳密に規定する必要があり、製造上非常に煩雑である。
【0010】
特許文献2には、HA蛋白が特定の糖鎖へ特異的に吸着する性質を利用して、シアロ糖鎖保有化合物を固定化した担体を用いた組換HA蛋白の精製方法が示されている。しかしながら、この方法では、シアロ糖鎖保有化合物を固定化した担体の作成に多大な労力を必要とすること、インフルエンザウイルス株においてHA蛋白に大きな変異が生じた場合に精製困難となる可能性があるなどの問題点があった。
【0011】
非特許文献1には、動物細胞(昆虫細胞)にインフルエンザウイルスのHA蛋白を生成する情報を持った遺伝子を、遺伝子組み換え法で組み込んだ遺伝子組換え細胞を製造し、この細胞を培養して、HA蛋白を製造する方法が記載されている。この方法は、遺伝子組換え細胞に由来する夾雑蛋白質を徹底的に除去する必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2000−262280号公報
【特許文献2】特許第3476242号
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Vaccine 24 (2006) 2176-2185 Expression and purification of an influenza hemagglutinin−one step closer to a recombinant protein-based influenza vaccine
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、インフルエンザウイルス抗原を含むインフルエンザウイルス培養液や、インフルエンザ抗原を生成する遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え細胞の培養液から、簡便な方法により効率よく宿主蛋白質等の夾雑物を除去し、インフルエンザウイルス抗原を分離・精製することができる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意研究の結果、鶏卵培養系や動物細胞培養系により培養されたインフルエンザウイルス培養液等のインフルエンザ抗原を含有する試料を粗精製後、界面活性剤で処理し、適宜遠心分離やフィルター分離等を行なった後、界面活性剤の共存下でヒドロキシアパタイトと接触させると、培養液中の夾雑物がヒドロキシアパタイトに吸着され、HA蛋白等のインフルエンザウイルス抗原が非吸着画分中に高精製度で得られることを見出し、本願発明を完成した。
【0016】
すなわち、本発明は、インフルエンザウイルス抗原を含有する試料を界面活性剤で処理する工程と、前記処理後の試料を前記界面活性剤の共存下でヒドロキシアパタイトと接触させる工程と、ヒドロキシアパタイト非吸着画分を回収する工程を含む、精製インフルエンザウイルス抗原の製造方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法により精製インフルエンザウイルス抗原を製造することを含む、インフルエンザワクチンの製造方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の方法により製造された精製インフルエンザウイルス抗原を含むインフルエンザワクチンと、インフルエンザワクチンを接種可能な容器に充填したプレフィルドキットを提供する。さらに、本発明は、上記本発明の方法により製造された精製インフルエンザウイルス抗原を含むインフルエンザ診断試薬を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の方法により製造された精製インフルエンザウイルス抗原を含むインフルエンザ診断キットを提供する。
【0017】
なお、本明細書では特に断りのない限り、試料中の各成分の濃度及びpH値は試料とヒドロキシアパタイトと接触させる直前の濃度を指す。また、濃度の単位の%は特に断りのない限りw/v%である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、種々の夾雑物を含むインフルエンザウイルス抗原を含む試料からHA蛋白等の抗原タンパク質を簡単な操作で、高精製度の精製インフルエンザウイルス抗原とすることができ、しかもこれを高回収率で取得することができる。本発明の方法によれば、アナフィラキシーショックなど重篤な副作用を示す懸念の少ない、ワクチンとして有用な安全性および有効性の高い精製インフルエンザウイルス抗原を経済的に得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例1におけるヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの結果及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を示す図である。
【図2】実施例1におけるヒドロキシアパタイトによる精製前後の試料のSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を示す図である。
【図3】実施例2におけるヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの結果及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を示す図である。
【図4】実施例3におけるヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの結果及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を示す図である。
【図5】実施例3における各精製工程サンプルのSDS−PAGE(非還元、CBB染色)の結果を示す図である。
【図6】実施例4で得られた各画分についてSDS−PAGE(非還元、CBB染色)を行った結果を示す図である。
【図7】実施例5で得られた各上清及び各沈殿画分についてSDS−PAGE(非還元, CBB染色)を行った結果を示す図である。
【図8】実施例6で得られた各画分についてSDS−PAGE(非還元銀染色)を行った結果を示す図である。
【図9】実施例7におけるヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの結果及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を示す図である。
【図10】参考例におけるCHAPS非添加試料のヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの結果及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元、CBB染色)の結果を示す図である。
【図11】参考例におけるCHAPS添加試料のヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの結果及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元、CBB染色)の結果を示す図である。
【図12】実施例8におけるヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの結果及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を示す図である。
【図13】実施例8におけるヒドロキシアパタイトによる精製前後の試料のSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を示す図である。
【図14】実施例9で得られた各画分についてSDS−PAGE(非還元、CBB染色)を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
インフルエンザウイルス抗原は、インフルエンザウイルスの一部又はその同等物であればよい。インフルエンザウイルス抗原は、例えばHA蛋白、NA蛋白、M2蛋白等のウイルス表面に存在する蛋白やM1蛋白、NP蛋白等のウイルス内部に存在する蛋白のいずれも使用可能であり、HA蛋白が好適に用いられる。HA蛋白の製造はインフルエンザウイルスの培養液を原料としてもよく、HA蛋白合成遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え細胞の培養液を原料としてもよい。
【0021】
本発明の精製インフルエンザウイルス抗原の製造方法は、インフルエンザウイルス抗原を含む試料を界面活性剤で処理する工程と、前記処理後の試料を前記界面活性剤の共存下でヒドロキシアパタイトと接触させる工程と、ヒドロキシアパタイト非吸着画分を回収する工程を含む。本発明の方法では、ヒドロキシアパタイトは、試料中の夾雑物を吸着させて除去するために用いられ、インフルエンザウイルス抗原は非吸着画分中に得られる。
【0022】
本発明の方法に供されるインフルエンザウイルス抗原を含む試料としては、動物細胞を宿主として用いる動物細胞培養系又は鶏卵を宿主として用いる鶏卵培養系によりインフルエンザウイルスを増殖させた培養液や、HA蛋白合成遺伝子などのインフルエンザウイルス抗原を製造する遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え細胞培養系の培養液等が挙げられる。
【0023】
鶏卵培養系や動物細胞培養系でインフルエンザウイルスを増殖させた培養液中には、宿主に由来するタンパク質等の夾雑物が多量に含まれている。本発明の方法によれば、このような夾雑物を簡便な操作で効率良く除去し、精製度の高いインフルエンザウイルス抗原を得ることができる。
【0024】
動物細胞培養系及び鶏卵培養系はこの分野で公知であり、そのような公知の培養系のいずれを用いてもよい。動物細胞培養系では、例えば牛、馬、豚、羊、イヌ、サル等の哺乳類、ニワトリ、ガチョウ、アヒル等の鳥類、及びマウス等から単離された組織又は培養細胞が使用可能であり、CHO細胞、Vero細胞、MDCK細胞、Per.C6細胞、EB66細胞等が好適に用いられる。
【0025】
培養液中で増殖させたインフルエンザウイルスは、通常、一般に用いられる精製工程、例えば限外ろ過法、密度勾配遠心法等により培養液から分離され、粗精製インフルエンザウイルス液として調製される。本発明の方法では、このような粗精製インフルエンザウイルス液がインフルエンザウイルス抗原を含む試料として好適に用いることができる。
【0026】
本発明の方法に供されるインフルエンザウイルス抗原を含む試料は、インフルエンザウイルス培養液に限定されない。昆虫細胞や動物細胞にインフルエンザウイルス抗原を生成する遺伝子を遺伝子組換え法により導入し、生成したインフルエンザウイルス抗原についても本発明の方法により精製することができる。
【0027】
HA蛋白遺伝子を組み込む動物細胞や昆虫細胞は特に限定されず、昆虫細胞はヨトウガ、カイコ、動物細胞はイヌ、ネコ、サル、ブタ、ウシ、マウス等の哺乳類や、ニワトリ、ガチョウ、アヒル等の鳥類が挙げられる。宿主細胞は、増殖効率が高い昆虫細胞や、アレルギーの発生源が少ない哺乳類が好ましく、動物細胞としてはCHO細胞、COS細胞、HEK293細胞、Vero細胞、MDCK細胞等が、昆虫細胞としてはSF−9細胞、SF−21細胞等が好適に用いられる。また、インフルエンザウイルス抗原の遺伝子の塩基配列は周知であり、例えば、GenBank Accession No.EU103824等に記載されている。この塩基配列に基づき、インフルエンザウイルス抗原を遺伝子組換え法により調製することが可能である(例えば非特許文献1参照)。また、遺伝子組換え法により調製されたインフルエンザウイルス抗原は市販されているので、このような市販品を本発明の方法に適用することもできる。
【0028】
インフルエンザウイルス抗原含有試料を処理する界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤及び陰イオン性界面活性剤から選択される1種以上を用いることができる。
【0029】
非イオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(例えば、商品名エマルゲン220、エマルゲン104P、エマルゲン108、エマルゲン408など<花王社製>)、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(例えば、商品名エマルゲン903、エマルゲン909、エマルゲン913など<花王社製>)、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレン縮合物(例えば、商品名プルロニックF88(旭電化社製))、アシルポリオキシエチレンソルビタンエステル(例えば、商品名Tween21、Tween81、Tween20、Tween40、Tween60、Tween80、Tween85、Emasol4130など)、アルキルポリオキシエチレンエーテル(例えば、商品名AtlasG2127、Brij36T、Brij56など)、n−ドデシル−β−D−マルトシド、シュークロースモノラウレート、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(商品名エマルゲン120など<花王社製>)、ポリオキシエチレンアルキレンフェニルエーテル(商品名エマルゲンA60など)、ポリオキシエチレンアルキレントリベンジルフェニルエーテル(商品名エマルゲンB66など)、ポリオキシエチレングリコールp-t-オクチルフェニルエーテルポリオキシエチレングリコール(商品名Triton X−100)、ポリオキシエチレン高級アルコールエーテル(商品名エマルゲン705、エマルゲン709など<花王社製>)、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、グリセリン脂肪酸エステル、n−オクチル−β−D−グルコシド、ポリオキシエチレングリコールモノドデシルエーテル、n−オクチル−β−D−チオグルコシド、ポリオキシエチレンモノラウレート等が挙げられる。特に好ましくは、ポリオキシエチレングリコールp−t−オクチルフェニルエーテルが挙げられる。
【0030】
両性界面活性剤としてはベタイン誘導体、アルキルベタイン誘導体、イミダゾリウムベタイン誘導体、スルホベタイン誘導体、アミノカルボン酸誘導体、イミダゾリン誘導体、アミンオキサノイド誘導体、胆汁酸誘導体等であることが挙げられ、特に好ましくはDDA [(2−(N−Dodecyl−N,N−dimethylamino) Acetate]、DDSA [Dodecyldimethyl (3−sulfopropyl)ammonium Hydroxide]、CHAPS[3−(3−cholamidepropyl)dimethylammonio−1−propanesulpHonate]が挙げられる。
【0031】
陰イオン性界面活性剤としては、ラウリル硫酸、ドデシルスルホン酸、ラウロサルコシン、ドデシルベンゼンスルホン酸、カゼイン酸、ラウロイル−β−アラニン、コール酸、デオキシコール酸、ケノデオキシコール酸、タウロコール酸、タウロデオキシコール酸、脂肪酸塩等が挙げられる。陰イオン性界面活性剤は、これらの化合物のナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩であってもよい。デオキシコール酸ナトリウム(DOC)が好適に用いられる。
【0032】
これらの界面活性剤は単独で用いてもよく、また複数を組み合わせて用いてもよい。複数を組み合わせる場合は、非イオン系界面活性剤と両性界面活性剤を組み合わせて用いてもよいし、非イオン系界面活性剤と陰イオン性界面活性剤を組み合わせて用いてもよいし、両性界面活性剤と陰イオン性界面活性剤を組み合わせて用いてもよいし、三者を組み合わせて用いてもよい。また、非イオン性界面活性剤同士又は両性界面活性剤同士又は陰イオン性界面活性剤同士を組み合わせて用いてもよい。
【0033】
界面活性剤による処理は、例えば、インフルエンザウイルス抗原含有試料中に界面活性剤を添加し、0℃〜室温程度で30分間〜2時間程度撹拌することにより行なうことができる。界面活性剤による処理濃度(ヒドロキシアパタイトに接触させる直前の濃度)は、通常、インフルエンザウイルス抗原含有試料全体に対する界面活性剤の有効成分の濃度として0.05%〜20%が好ましく、0.1%〜20%が更に好ましく、0.1%〜5%が更に好ましい。ただし、処理に適した界面活性剤濃度は界面活性剤の種類によって異なり、必ずしもこの範囲には限定されない。例えば、CHAPSでは0.5%〜20%が好ましく、1%〜15%が更に好ましい。ポリオキシエチレングリコールp-t-オクチルフェニルエーテルでは0.05%〜3%が好ましく、0.1%〜2%が更に好ましい。デオキシコール酸又はデオキシコール酸塩では1%〜20%が好ましく、1.5%〜15%が更に好ましい。
【0034】
必要に応じて界面活性剤処理後の試料から試料溶液中の不溶物を除去する。不溶物を除去する方法としては、遠心分離、超遠心分離、フィルター濾過等を挙げることができる。この不溶物除去工程により、夾雑物の多くを除去することができるので、ヒドロキシアパタイトによる夾雑物の吸着除去と組み合わせることで非常に効率の良い精製が可能となる。
【0035】
次いで、界面活性剤処理後の試料溶液をヒドロキシアパタイトと接触させる。本発明では、界面活性剤共存下でヒドロキシアパタイトとインフルエンザウイルス抗原含有試料溶液とを接触させることが重要である。界面活性剤が存在しない状態でヒドロキシアパタイトとインフルエンザウイルス抗原とを接触させると、インフルエンザウイルス抗原がヒドロキシアパタイトに吸着することが確認されている(下記参考例参照)。本発明において、界面活性剤処理後の試料溶液中にはすでに界面活性剤が存在しているため、処理後の溶液をそのままヒドロキシアパタイトと接触させればよい。ただし、処理後の溶液にさらに界面活性剤を追加することは差し支えない。
【0036】
好ましくは、界面活性剤処理後の試料は、pH6〜10、より好ましくはpH6〜9、さらに好ましくはpH6.5〜9の条件下でヒドロキシアパタイトと接触させる。pHがこの範囲よりも低いとインフルエンザウイルス抗原を非吸着画分中に得ることが困難になり、また、pHがこの範囲よりも高いと夾雑物の吸着除去の効率が低下する(下記実施例参照)。
【0037】
本発明で用いるヒドロキシアパタイトの種類は特に限定されず、商業的に入手可能ないずれのヒドロキシアパタイトを用いてもよい。例えば、カラムの充填剤として市販されているヒドロキシアパタイトを使用することができる。好ましい例としては、約20〜50μmの粒径および約800オングストロームの孔径を有するセラミックヒドロキシアパタイトが挙げられる。そのような商業的に入手可能なヒドロキシアパタイトは、例えばBio−Radから「セラミック・ヒドロキシアパタイトI型」あるいは「セラミック・ヒドロキシアパタイトII型」として販売されているものが挙げられる。
【0038】
界面活性剤処理後の試料とヒドロキシアパタイトとを接触させる具体的な操作は限定されず、サンプルの濃度や量、使用するヒドロキシアパタイトの形態等により適宜選択可能である。例えば、試料中にヒドロキシアパタイトを投入するバッチ式や、ヒドロキシアパタイトが充填されたカラム内に試料を添加する方法等が挙げられる。
【0039】
バッチ法では、例えば、界面活性剤処理後の試料から濾過、遠心分離等により不溶物を除去した後、試料中にヒドロキシアパタイトを投入する。このとき試料はあらかじめ適当な緩衝液等を用いてpH6〜10程度、好ましくはpH6〜9程度、より好ましくはpH6.5〜9に調整しても良い。界面活性剤をさらに試料に追加してもよいが、処理後の溶液中に界面活性剤がすでに存在しているため、そのまま界面活性剤を追加せずにヒドロキシアパタイトを投入することが簡便である。ヒドロキシアパタイトを投入後、0℃〜室温程度にて適宜撹拌下15分間〜1時間程度接触させて、試料中の夾雑物を吸着させる。精製インフルエンザウイルス抗原は非吸着画分中に得ることができるので、ヒドロキシアパタイトを濾過等により除去して上清を得ればよい。
【0040】
ヒドロキシアパタイトをカラムに充填させて用いる方法では、例えば、リン酸緩衝液等の緩衝液でカラムを平衡化した後、界面活性剤処理後の試料をカラムに添加し、平衡化に用いた緩衝液等で展開する。インフルエンザウイルス抗原はヒドロキシアパタイトに吸着せずに素通りするため、非吸着画分を分取して精製インフルエンザウイルス抗原を得ることができる。この溶出した画分は主としてHA蛋白を含んでおり、このままでもかなり精製されているが、再度同じクロマトグラフィーによりさらに精製してもよく、また必要により限外ろ過、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過等の手段により更に精製してもよい。緩衝液のpHは6〜10が好ましく、pH6〜9がより好ましく、pH6.5〜9がさらに好ましい。
【0041】
使用できる緩衝液としては、リン酸緩衝液の他、例えば、MES [2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸]、BIS−TRIS [ビス−(2−ヒドロキシエチル)−アミノ]トリス−(ヒドロキシメチル)メタン]、ADA [N−2−アセトアミドイミノ二酢酸・一ナトリウム塩]、ACES [N−2−アセトアミド−2−アミノエタンスルホン酸]、PIPES[ピペラジン−N,N’−ビス(2−エタン−スルホン酸)]、MOPSO [(3−N−モルホリノ)−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸]、BIS−TRIS PROPANE [1,3−ビス[トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミノ]プロパン]、BES [N,N−ビス−(2−ヒドロキシエチル)−2−アミノ−エタンスルホン酸]、TES [N−トリス(ヒドロキシメチル)メチル−2−アミノエタン−スルホン酸および2−2([2−ヒドロキシ−1,1−ビス(ヒドロキシメチル)エチル]アミノ)エタンスルホン酸]、HEPES [N−2−ヒドロキシエチルピペラジン−N’−2−エタン−スルホン酸]、DIPSO [3−(N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)アミノ)−2−ヒドロキシ−プロパンスルホン酸]、TAPSO [3−N−トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミノ]−2−ヒドロキシ−プロパンスルホン酸]、TRIS [トリス−(ヒドロキシメチル)−アミノメタン]、HEPPSO [N−(2−ヒドロキシエチル)−ピペラジン−N’−[2−ヒドロキシ−プロパンスルホン酸]]、POPSO [(ピペラジン−N,N’−ビス[2−(ヒドロキシプロパンスルホン酸)]、EPPS [N−[2−ヒドロキシエチル]−ピペラジン−N’−[3−プロパンスルホン酸およびHEPPS]、TEA [トリエタノールアミン]、TRICINE [N[トリス−(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン]、BICINE [N,N−ビス−(2−ヒドロキシエチル)]−グリシン)、TAPS [3−{[トリス−(ヒドロキシメチル)メチル]アミノ}−プロパンスルホン酸]、イミダゾール、HEPPS [N−2−ヒドロキシエチルピペラジン−N’−3−プロパン−スルホン酸]、グリシンアミド塩酸塩、グリシルグリシン、クエン酸塩、酢酸塩、ホウ酸塩、およびコハク酸塩緩衝液が挙げられる。
【0042】
また、これらの緩衝液には塩類及び/又は界面活性剤を含んでも良い。使用できる塩類としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、塩化物、臭化物、酢酸塩、クエン酸塩、リン酸塩が挙げられる。具体的には、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、臭化アンモニウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、クエン酸アンモニウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸カルシウム、酢酸マグネシウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸アンモニウム等が挙げられる。界面活性剤については先に挙げたものが使用可能であるが、これらに限定されない。
【0043】
緩衝液の適切な組成については、当業者は当技術分野での既知の知識を指針として、適宜選択することできる。
【0044】
ヒドロキシアパタイトと接触後の非吸着画分に含まれる界面活性剤は、適宜限外濾過等により除去することができる。
【0045】
以上のようにして精製されたインフルエンザウイルス抗原は、その精製度が高く、界面活性剤、鶏卵や動物細胞や遺伝子組み換え細胞由来のDNA等の夾雑物がほとんど含まれていない。、インフルエンザウイルス抗原にアジュバントや防腐剤等を添加し、インフルエンザワクチンとして使用できる。インフルエンザワクチンは、シリンジや接種作業に使用可能なカートリッジ等に充填し、プレフィルドシリンジ等、接種可能なプレフィルドキットとしてもよい。
【0046】
非吸着画分として得られる精製インフルエンザウイルス抗原液は、原液のまま、又は診断用組成物等として、インフルエンザ診断キットの一部として使用できる。また、周知の方法により精製インフルエンザウイルス抗原を免疫原として用いて抗インフルエンザ抗体を作製し、この抗体を含む試薬をインフルエンザ診断試薬の一部や、インフルエンザ診断キットの一部として使用することもできる。
【実施例】
【0047】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0048】
実施例1
培養したメディン−ダービーイヌ腎(MDCK)細胞にインフルエンザウイルス(H1N1株)を接種し増殖させた。得られた培養上清をろ過、限外ろ過、ショ糖密度勾配遠心法により粗精製し、β−プロピオラクトンによりインフルエンザウイルスの不活化を行った。不活化されたインフルエンザウイルス液について限外ろ過を行い、溶媒を6.7mMリン酸緩衝生理食塩水に置換し、粗精製インフルエンザウイルス液を得た。
【0049】
粗精製インフルエンザウイルス液10mLに10%CHAPSを含む6.7mMリン酸緩衝生理食塩水10mLを加えて、室温で1時間攪拌後、200,000×g、30分、15℃の条件で超遠心した。超遠心後、上清を回収し、カラムクロマトグラフィーの試料とした。
【0050】
内径0.5cm、高さ16cmのカラムにヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type I 40μm, Bio−Rad社製)を1.8mL充填し、5mMリン酸緩衝液(pH7.0)流速0.5mL/minで平衡化した後、試料20mLを添加し、5mMリン酸緩衝液(pH7.0)で展開した。素通り画分(非吸着画分)を分取して精製インフルエンザウイルス抗原液とした。吸着した画分は5mMから400mMのリン酸緩衝液のリニアグラジエントにより溶出した。精製インフルエンザウイルス抗原液は、さらにVIVAFLOW50(ザルトリウス社製)を用いた限外ろ過によりCHAPSを除去し、溶媒を6.7mMリン酸緩衝生理食塩水に置換した後、0.22μmフィルター(ミリポア社製、SLLG025SS)を用いてフィルターろ過を行い、15mLの精製インフルエンザウイルス抗原液を得た。
【0051】
ヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を図1に示す。なお、グラジエントはA液(5mMリン酸緩衝液)とB液(400mMリン酸緩衝液)を混合して作製しており、図中のConcB(%)はB液の混合割合を示す(例えば、ConcB 0%溶液:A液100%+B液0%、ConcB 50%溶液:A液50%+B液50%、ConcB 100%溶液:A液0%+B液100%を意味する)。また、精製前後のSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を図2に、精製されたインフルエンザ抗原についてDNA分析、CHAPS分析、総蛋白質量分析を行った結果を表1に示す。表1中のHA蛋白含量は、SDS−PAGE後CBB染色を行い、画像解析によりHA蛋白含量率を計算し、その値を総蛋白質量に乗じた値である。
【0052】
HA含量から計算されるHA蛋白の回収率は72%であった。また宿主由来のDNAや、精製工程で添加したCHAPSなどの不純物は一連の精製工程において非常に低いレベルまで除去されていた。
【0053】
【表1】

【0054】
実施例2
実施例1と同様にして、MDCK細胞により増殖させたインフルエンザウイルス(H1N1株)培養液から粗精製インフルエンザウイルス液を調製した。該粗精製液1mLに1%TritonX−100を含む6.7mMリン酸緩衝生理食塩水1mLを加えて、室温で1時間攪拌後、200,000×g、30分、15℃の条件で超遠心した。超遠心後、上清を回収し、カラムクロマトグラフィーの試料とした。
【0055】
内径0.5cm、高さ9cmのカラムにヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type I 40μm, Bio−Rad社製)を1mL充填し、5mMリン酸緩衝液(pH7.0)流速0.5mL/minで平衡化した後、試料2mLを添加し、400mMリン酸緩衝液(pH7.0)で展開した。素通り画分(非吸着画分)を分取して精製インフルエンザウイルス抗原液を得た。吸着した画分は5mMから400mMのリン酸緩衝液のリニアグラジエントにより溶出した。
【0056】
ヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を図3に示す。なお、図中のConcB(%)の意味は実施例1と同様である。
【0057】
界面活性剤としてTritonX−100を用いた場合でも、ヒドロキシアパタイトを用いることにより、効率よく精製インフルエンザウイルス抗原の製造が可能であることが示された。
【0058】
実施例3
インフルエンザウイルス(H1N1株)を孵化鶏卵に接種して増殖させて、尿膜腔液中に遊出したインフルエンザウイルス培養液を限外ろ過、バリウム処理、ショ糖密度勾配遠心法により粗精製し、β−プロピオラクトンによりインフルエンザウイルスの不活化を行った。不活化されたインフルエンザウイルス液について限外ろ過を行い、溶媒を6.7mMリン酸緩衝生理食塩水に置換し、粗精製インフルエンザウイルス液を得た。
【0059】
粗精製インフルエンザウイルス液5mLに10%CHAPSを含む6.7mMリン酸緩衝生理食塩水5mLを加えて、室温で1時間攪拌後、孔径0.22μmのメンブレンフィルターによりろ過し、ろ液をカラムクロマトグラフィーの試料とした。
【0060】
内径0.5cm、高さ16cmのカラムにヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type I 40μm(Bio−Rad社製))を1.8mL充填し、5mMリン酸緩衝液(pH7.0)流速0.5mL/minで平衡化した後、試料6mLを添加し、5mMリン酸緩衝液(pH7.0)で展開した。素通り画分(非吸着画分)を分取して精製インフルエンザウイルス抗原液とした。精製インフルエンザウイルス抗原液は、さらにVIVAFLOW50(ザルトリウス社製)を用いた限外ろ過によりCHAPSを除去し、溶媒を6.7mMリン酸緩衝生理食塩水に置換した後、0.22μmフィルター(ミリポア社製、SLLG025SS)を用いてフィルターろ過(無菌ろ過)を行い、15mLの精製インフルエンザウイルス抗原液を得た。吸着した画分は400mMリン酸緩衝液(pH7.0)で、次いで0Mから1M NaOHのリニアグラジエントにより溶出し、溶出画分を得た。
【0061】
ヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を図4に示す。なお、グラジエントはA液(400mMリン酸緩衝液)とB液(1M NaOH)を混合して作成しており、図中のConcB(%)はB液の混合割合を示す。各精製工程サンプルのSDS−PAGE(非還元、CBB染色)の結果を図5に示す。また、精製されたインフルエンザウイルス抗原について総蛋白質量、CHAPS分析を行った結果を表2に示す。表中のHA蛋白含有量はSDS−PAGE後CBB染色を行い画像解析によりHA蛋白含有率を計算し、その値を総蛋白質量に乗じた値である。
【0062】
HA蛋白含量から計算されるHA蛋白の回収率は42%であった。また精製工程で添加したCHAPSは一連の精製工程において非常に低いレベルまで除去されていた。
【0063】
【表2】

【0064】
実施例4
実施例1と同様にして、MDCK細胞により増殖させたインフルエンザウイルス(H1N1株)から粗精製インフルエンザウイルス液を調製した。該粗精製液1mLに1%TritonX−100を含む6.7mMリン酸緩衝生理食塩水1mLを加えて、室温で1時間攪拌後、200,000×g、30分、15℃の条件で超遠心法で分離し、上清を回収した。上清0.2mLにヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type I 40μm, Bio−Rad社製)を0.2mL添加し、30分間攪拌した後、遠心ろ過フィルター(Ultrafree−MC,ミリポア社製)に移し、15,000×g、30秒間遠心し、透過液を非吸着画分として採取した。上部に残ったヒドロキシアパタイト樹脂は0.25mLの6.7mMリン酸緩衝生理食塩水を加えて攪拌後、同様に遠心して洗浄する操作を3回繰り返し、透過液を洗浄画分として採取した。次に250mMリン酸緩衝液を加えて攪拌後、同様に遠心して溶出を行い、透過液を溶出画分(リン酸)として採取した。さらに0.1M NaOH溶液0.25mLを加え同様に遠心して溶出を行い、透過液を溶出画分(NaOH)として採取した。得られた透過液についてSDS−PAGE(非還元、CBB染色)を行った。結果を図6に示す。
【0065】
実施例5
実施例1と同様にして、MDCK細胞により増殖させたインフルエンザウイルス(H1N1株)から粗精製インフルエンザウイルス液を調製した。該粗精製液0.15mLに、表3に示した濃度の各種界面活性剤を添加した6.7mMリン酸緩衝生理食塩水0.15mLを添加した。すなわち、界面活性剤処理系内の界面活性剤濃度は表3記載の濃度の2分の1であった。室温で1時間攪拌後、550,000×g、15℃、30分の条件で超遠心した。超遠心後、上清及び沈殿画分をそれぞれ回収し、SDS−PAGE(非還元, CBB染色)を行った結果を図7に示す。図7から明らかなように、CHAPSを添加し、超遠心を行った上清が最もHA蛋白以外の夾雑蛋白が少なかった。CHAPSを用いた場合には、界面活性剤処理の段階からインフルエンザウイルス抗原を高度に精製することが可能であることが示された。なお、表中の「DOC」はデオキシコール酸ナトリウムを表す。
【0066】
【表3】

【0067】
実施例6
実施例1と同様にして、MDCK細胞により増殖させたインフルエンザウイルス(H1N1株)から粗精製インフルエンザウイルス液を調製した。該粗精製液1mLに1%TritonX−100を含む6.7mMリン酸緩衝液10mLを加えて、室温で1時間攪拌後、200,000 ×g、30分、15℃の条件で超遠心した。超遠心後、上清を回収し、カラムクロマトグラフィーの試料とした。
【0068】
内径0.5cm、高さ9cmのカラムにヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type I 40μm, Bio−Rad社製)を1mL充填し、各種pHの5mMリン酸緩衝液を用いて流速0.5mL/minで平衡化した後、試料1mLを添加した。各種pHの5mMリン酸緩衝液で展開し、素通り画分(非吸着画分)を分取した。吸着した画分は0Mから0.1MのNaOHのステップワイズグラジエント(A液:5mMリン酸緩衝液、B液:0.1MのNaOH溶液)により溶出し、吸着画分1、2を得た。これらの画分についてSDS−PAGE(非還元銀染色)を行った結果を図8に示す。pH5.8では素通り画分に蛋白質はほとんど認められず、インフルエンザウイルス抗原も含め大部分の蛋白質がヒドロキシアパタイト樹脂に吸着していた。pH6.2以上では素通り画分にHA蛋白を主とする蛋白質の存在が確認された。
【0069】
実施例7
実施例3と同様にして、孵化鶏卵に接種して増殖させたインフルエンザウイルス(H1N1株)から粗精製インフルエンザウイルス液を調製した。該粗精製液1mLに5%デオキシコール酸ナトリウム(DOC)を含む6.7mMリン酸緩衝液1mLを加えて、室温で1時間攪拌後、孔径0.22μmのメンブレンフィルターによりろ過し、ろ液をカラムクロマトグラフィーの試料とした。
【0070】
内径0.5cm、高さ9cmのカラムにヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type II 40μm, Bio−Rad社製)を0.9mL充填し、60mM NaClを含む5mMリン酸緩衝液(pH7.0)で流速0.5mL/minで平衡化した後、試料1mLを添加し、60mM NaClを含む5mMリン酸緩衝液(pH7.0)で展開した。素通り画分を分取して精製インフルエンザウイルス抗原液を得た。吸着した画分は、実施例3と同様にして、400mMリン酸緩衝液により溶出し、次いで0Mから1M NaOHのリニアグラジエントにより溶出した。
【0071】
ヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を図9に示す。なお、図中のConcB(%)の意味は実施例3と同様である。
【0072】
界面活性剤としてDOCを用いた場合でもヒドロキシアパタイトを用いることにより、効率よくインフルエンザウイルス抗原の精製が可能であることが示された。
【0073】
参考例
実施例1と同様の方法でヒドロキシアパタイト樹脂を用いて精製し、CHAPSを除去した精製インフルエンザウイルス抗原0.5mLに、6.7mMリン酸緩衝液0.5mLを添加したものをCHAPS非添加試料、10%CHAPSを含む6.7mMリン酸緩衝液0.5mLを添加したものをCHAPS添加試料とした。
【0074】
内径0.5cm、高さ9cmのカラムにヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type I 40μm, Bio−Rad社製)を0.9mL充填し、5mMリン酸緩衝液(pH7.0)を用いて流速0.5mL/minで平衡化した後、試料0.5mLを添加し、5mMリン酸緩衝液(pH7.0)で展開した。素通り画分(非吸着画分)を1mLずつ分取した。吸着した画分は、実施例1と同様の5mMから400mMのリン酸緩衝液(pH7.0)のリニアグラジエントにより溶出し、1mLずつ分取した。
【0075】
CHAPS非添加試料のヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元、CBB染色)の結果を図10に、CHAPS添加試料の結果を図11に示す。なお、図中のConcB(%)の意味は実施例1と同様である。
【0076】
CHAPS非添加試料ではほとんどのHA蛋白が吸着し、400mMリン酸緩衝液による溶出でも僅かに溶出される程度であったが、CHAPS添加試料では素通り画分にHA蛋白が溶出された。
【0077】
実施例8
培養したメディン−ダービーイヌ腎(MDCK)細胞にインフルエンザウイルス(H5N1株)を接種し増殖させた。得られた培養上清をろ過、限外ろ過、ショ糖密度勾配遠心法により粗精製し、β−プロピオラクトンによりインフルエンザウイルスの不活化を行った。不活化されたインフルエンザウイルス液について限外ろ過を行い、溶媒を6.7mMリン酸緩衝生理食塩水に置換し、粗精製インフルエンザウイルス液を得た。
【0078】
粗精製インフルエンザウイルス液75mLに1%TritonX−100を含む6.7mMリン酸緩衝液75mLを加えて、室温で90分間攪拌後、0.22μmフィルター(ミリポア社製、ステリカップ−GV)を用いてフィルターろ過を行い、カラムクロマトグラフィーの試料とした。
【0079】
内径2.6cm、高さ20cmのカラムにヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type I 40μm, Bio−Rad社製)を56mL充填し、60mM NaCl及び0.5% TritonX−100を含む5mMリン酸緩衝液(pH7.0)で流速0.5mL/minで平衡化した後、試料150mLを添加し、平衡化に用いた緩衝液で展開した。素通り画分(非吸着画分)を分取して精製インフルエンザウイルス抗原液とした。吸着した画分は400 mMリン酸緩衝液(pH7.0)で、次いで0Mから1M NaOHのリニアグラジエントにより溶出し、溶出画分を得た。精製インフルエンザウイルス抗原液は、さらにイオン交換クロマトグラフィーによりTritonX−100を除去し、VIVAFLOW50(ザルトリウス社製)を用いた限外ろ過により溶媒を6.7mMリン酸緩衝生理食塩水に置換した後、0.22μmフィルター(ミリポア社製、MILLEX−GV)を用いてフィルターろ過を行い、20mLの精製インフルエンザウイルス抗原液を得た。
【0080】
ヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー及び各フラクションのSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を図12に示す。なお、図中のConcB(%)の意味は実施例3と同様である。また、精製前後のSDS−PAGE(非還元銀染色)の結果を図13に示す。
【0081】
H5N1型のインフルエンザウイルス由来のインフルエンザウイルス抗原でもH1N1型のインフルエンザウイルス由来のインフルエンザウイルス抗原と同様に精製できることが示された。
【0082】
実施例9
インフルエンザウイルス抗原としてHA蛋白を生成する遺伝子を組み込んだ昆虫細胞により製造したH1型のHA蛋白(アブカム社製、Cat.No.ab69741、1.67mg/mL、市販品)0.009mLに、1%TritonX−100を含む20mMリン酸緩衝生理食塩水0.072mLを加えて攪拌し、試料とした。遠心ろ過フィルター(Ultrafree−MC,ミリポア社製)の膜上にヒドロキシアパタイト樹脂(Macro−Prep Ceramic Hydroxyapatite Type I 40μm, Bio−Rad社製)0.05mLをのせ、試料を0.05mL添加し、15,000 ×g、30秒間遠心した。透過液を非吸着画分として採取した。上部に残ったヒドロキシアパタイト樹脂は0.05mLの20mMリン酸緩衝生理食塩水を加えて攪拌後、同様に遠心して洗浄する操作を3回繰り返し、透過液を洗浄画分として採取した。次に0.05mLの250mMリン酸緩衝液を加えて攪拌後、同様に遠心して溶出を行い、透過液を溶出画分(リン酸)として採取した。さらに0.1M NaOH溶液0.05mLを加え同様に遠心して溶出を行い、透過液を溶出画分(NaOH)として採取した。得られた透過液についてSDS−PAGE(非還元、CBB染色)を行った結果を図14に示す。
インフルエンザウイルス抗原としてHA蛋白を生成する遺伝子を組み込んだ昆虫細胞により生成させたHA蛋白も、一部樹脂への吸着が認められたものの、HA蛋白を非吸着画分、洗浄画分として回収することができた。このことから、遺伝子組み換えした昆虫細胞を用いて製造したH1型のHA蛋白も、鶏卵や動物細胞で培養したHA蛋白と同様に非吸着画分及び洗浄画分として回収することにより精製できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0083】
以上に示されるように、本発明の方法により、培養された種々の夾雑物を含むインフルエンザウイルス抗原を含有する培養液等の試料から、HA蛋白等のインフルエンザウイルス抗原を簡単な操作で、高精製度に、かつ高回収率で得ることができた。また、本発明の製造法によれば、安全性および有効性の高い精製インフルエンザウイルス抗原を経済的に得ることが可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インフルエンザウイルス抗原を含有する試料を界面活性剤で処理する工程と、前記処理後の試料を前記界面活性剤の共存下でヒドロキシアパタイトと接触させる工程と、ヒドロキシアパタイト非吸着画分を回収する工程を含む、精製インフルエンザウイルス抗原の製造方法。
【請求項2】
前記インフルエンザウイルス抗原を含有する試料が動物細胞培養又は鶏卵培養により増殖させたインフルエンザウイルスである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記インフルエンザウイルス抗原を含有する試料が、動物細胞又は昆虫細胞にインフルエンザウイルス抗原を生成する遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え細胞の培養液である請求項1記載の製造方法。
【請求項4】
0.05%〜20%の界面活性剤濃度で前記界面活性剤処理を行なう請求項1ないし3記載の製造方法。
【請求項5】
前記界面活性剤は両性界面活性剤、非イオン性界面活性剤及び陰イオン性界面活性剤から選択される少なくとも1種である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記両性界面活性剤がCHAPSである請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
前記非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレングリコールp-t-オクチルフェニルエーテルである請求項5記載の製造方法。
【請求項8】
前記陰イオン性界面活性剤がデオキシコール酸またはその塩である請求項5記載の製造方法。
【請求項9】
前記両性界面活性剤がCHAPSであり、0.5%〜20%の界面活性剤濃度で前記界面活性剤処理を行なう請求項6記載の製造方法。
【請求項10】
前記非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレングリコールp-t-オクチルフェニルエーテルであり、0.05%〜3%の界面活性剤濃度で前記界面活性剤処理を行なう請求項7記載の製造方法。
【請求項11】
前記陰イオン性界面活性剤がデオキシコール酸またはその塩であり、1%〜20%の界面活性剤濃度で前記界面活性剤処理を行なう請求項8記載の製造方法。
【請求項12】
界面活性剤処理後の試料から不溶物を除去した後にヒドロキシアパタイトと接触させる請求項1ないし11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
界面活性剤処理後の試料をヒドロキシアパタイトとpH6〜10の条件下で接触させる請求項1ないし12のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項14】
界面活性剤とヒドロキシアパタイトと接触させる前記工程で、前記処理後の試料中にヒドロキシアパタイトをバッチ式に添加し、ヒドロキシアパタイト非吸着画分として上清を回収する請求項1ないし13のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項15】
前記ヒドロキシアパタイトと接触させる工程で、ヒドロキシアパタイトを充填したカラムに前記処理後の試料を添加し、カラムから溶出する非吸着画分を回収する請求項1ないし13のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項16】
前記インフルエンザウイルス抗原はHA蛋白である請求項1ないし15のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項17】
請求項1ないし16のいずれか1項に記載の方法により精製インフルエンザウイルス抗原を製造することを含む、インフルエンザワクチンの製造方法。
【請求項18】
請求項1ないし16のいずれか1項に記載の方法により製造した精製インフルエンザウイルス抗原を含むインフルエンザワクチン。
【請求項19】
請求項18に記載のインフルエンザワクチンを接種可能な容器に充填したプレフィルドキット。
【請求項20】
請求項1ないし16のいずれか1項に記載の方法により製造した精製インフルエンザウイルス抗原。
【請求項21】
請求項20に記載の方法により製造された精製インフルエンザウイルス抗原を用いて製造した抗インフルエンザウイルス抗体。
【請求項22】
請求項1ないし16のいずれか1項に記載の方法により製造した精製インフルエンザウイルス抗原、又は請求項21に記載の抗インフルエンザウイルス抗体を用いたインフルエンザ診断試薬。
【請求項23】
請求項1ないし16のいずれか1項に記載の方法により製造した精製インフルエンザウイルス抗原、又は請求項21に記載の抗インフルエンザウイルス抗体を用いたインフルエンザ診断キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−104365(P2010−104365A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−223740(P2009−223740)
【出願日】平成21年9月29日(2009.9.29)
【出願人】(591125371)デンカ生研株式会社 (72)
【Fターム(参考)】