説明

糖尿病予防剤

【課題】安全かつ効果の高い、糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤を提供すること。
【解決手段】本発明によれば、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含む、新たなかつ非常に効果が高い安全かつ効果の高い、糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤が提供される。本発明の糖尿病予防剤または血糖値上昇抑制剤を併用することにより、高脂肪食の摂取継続による肥満誘導時においても、肥満に伴う血糖値の上昇が抑制され、血糖値は通常食摂取レベルに維持され得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病予防剤に関する。より詳細には、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含有する、糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、生活習慣病の1つであり、種々の合併症を引き起こす。糖尿病は、インスリンの投与により治療し得るインスリン依存型(I型)と、インスリンで治療できない非インスリン依存型(II型)とに分けられる。糖尿病患者の90%以上は後者であり、食事療法と薬物療法との組み合わせにより治療されている。しかし、糖尿病の治療薬は、効果が高くなく、副作用も比較的強く、網膜症、神経障害、腎症、心臓血管系の障害などの種々の合併症の予防も不十分である。また、糖尿病は、一旦発症すると完治は困難であるため、その予防が非常に重要である。
【0003】
したがって、糖尿病を予防するために、日常的な摂取により血糖値をコントロールできるような、天然物由来の薬剤または食品が検討されている。例えば、天然物由来のフラボノイド類およびポリフェノール類が、単独でまたは抗酸化剤との組み合わせにより、血糖値低下作用を有し、II型糖尿病の治療に用いられることが知られている(特許文献1〜4参照)。
【0004】
ところで、カロテノイドは、抗酸化作用を有し、種々の生理活性が注目されている天然物質である。抗酸化剤として、上記のような天然物と組み合わせることは開示されているが、カロテノイド自体についての糖尿病または血糖値に対する作用の検討はほとんど行われていない。
【特許文献1】特開2004−323469号公報
【特許文献2】特開平6−199695号公報
【特許文献3】特表2002−524480号公報
【特許文献4】特開2005−176770号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、安全かつ効果の高い、糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含有する、糖尿病予防剤を提供する。
【0007】
本発明はまた、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含有する、肥満に伴う血糖値上昇の抑制剤を提供する。
【0008】
1つの実施態様では、上記アスタキサンチンおよび/またはそのエステルは、ヘマトコッカス属に属する微細藻類由来である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、新たなかつ非常に効果が高い糖尿病予防剤および肥満に伴う血糖値上昇の抑制剤が提供される。高脂肪食の摂取継続による肥満誘導時においても、本発明の糖尿病予防剤または血糖値上昇抑制剤を併用することにより、肥満に伴う血糖値の上昇が抑制され、血糖値は通常食摂取レベルに維持され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の糖尿病予防剤に含まれるアスタキサンチンおよび/またはそのエステルは、以下の式:
【0011】
【化1】

【0012】
(ここで、RおよびRは、それぞれ独立して、水素原子または脂肪酸残基である)で示されるカロテノイドの一種である。アスタキサンチンのエステルとしては、特に限定されないが、例えば、パルミチン酸、ステアリン酸などの飽和脂肪酸、あるいはオレイン酸、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、ビスホモ−γ−リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などの不飽和脂肪酸のモノエステルまたはジエステルが挙げられる。これらは単独でまたは適宜組み合わせて用いることができる。アスタキサンチンは、β−カロチンの骨格の両端にオキソ基とヒドロキシ基とを余分に有する構造であるため、β−カロチンとは異なり、分子の安定性が低い。これに対し、両端のヒドロキシ基が不飽和脂肪酸などでエステル化されたエステル体(例えば、オキアミ抽出物)はより安定である。
【0013】
本発明に用いられるアスタキサンチンおよび/またはそのエステルは、化学的に合成されたものであっても、あるいは天然物由来のもののいずれであってもよい。後者の天然物としては、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを含有する赤色酵母;ティグリオパス(赤ミジンコ)、オキアミなどの甲殻類の殻;緑藻類などの微細藻類などが挙げられる。本発明においては、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルの特性を利用できるものであれば、どのような方法で生産されたアスタキサンチンおよび/またはそのエステルを含有する抽出物をも使用することができる。一般的には、これらの天然物からの抽出物が用いられ、抽出エキスの状態であっても、また必要により適宜精製したものであってもよい。本発明においては、このようなアスタキサンチンおよび/またはそのエステルを含有する粗抽出物や破砕粉体物、あるいは必要により適宜精製されたもの、化学合成されたものを、単独でまたは適宜組み合わせて用いることができる。体内での安定性を考慮すると、好ましくはエステル体が用いられる。
【0014】
本発明の糖尿病予防剤は、高脂肪食摂取による肥満に伴って上昇する傾向がある血糖値を、通常レベルに維持し得るため、肥満に伴う血糖値上昇の抑制剤としても用いられ得る。本発明の血糖値上昇抑制剤は、先天的異常によらないが高脂肪食摂取に起因する肥満に伴う血糖値の上昇に対して、より効果的に作用し得る。
【0015】
本発明の糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤の投与経路は、経口投与または非経口投与のいずれであってもよい。その剤形は、投与経路に応じて適宜選択される。例えば、注射液、輸液、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、腸溶剤、トローチ、内用液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、外用液剤、湿布剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、吸入剤、軟膏剤、ローション剤、坐剤、経腸栄養剤などが挙げられる。これは、症状に応じてそれぞれ単独でまたは組み合わせて使用することができる。これらの製剤には、必要に応じて、賦形剤、結合剤、防腐剤、酸化安定剤、崩壊剤、滑沢剤、矯味剤などの医薬の製剤技術分野において通常用いられる補助剤が用いられる。
【0016】
本発明の糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤の投与量は、投与の目的や投与対象者の状況(性別、年齢、体重など)に応じて異なる。通常、成人に対して、アスタキサンチンフリー体換算で、経口投与の場合、1日あたり0.1mg〜2g、好ましくは4mg〜500mg、一方、非経口投与の場合、1日あたり0.01mg〜1g、好ましくは0.1mg〜500mgで投与され得る。
【0017】
本発明の糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤は、上記のような医薬品としてだけでなく、医薬部外品、化粧品、機能性食品、栄養補助剤、飲食物などとして使用することができる。医薬部外品または化粧品として使用する場合、必要に応じて、医薬部外品または化粧品などの技術分野で通常用いられている種々の補助剤とともに使用され得る。あるいは、機能性食品、栄養補助剤、または飲食物として使用する場合、必要に応じて、例えば、甘味料、香辛料、調味料、防腐剤、保存料、殺菌剤、酸化防止剤などの食品に通常用いられる添加剤とともに使用してもよい。また、溶液状、懸濁液状、シロップ状、顆粒状、クリーム状、ペースト状、ゼリー状などの所望の形状で、あるいは必要に応じて成形して使用してもよい。これらに含まれる割合は、特に限定されず、使用目的、使用形態、および使用量に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0018】
(調製例1:アスタキサンチンモノエステルの調製)
アスタキサンチンモノエステルを、次のように調製した。ヘマトコッカス・プルビアリス(Haematococcus pulvialis)K0084株を、25℃にて光照射条件下3%COを含むガスを通気しながら栄養ストレス(窒素源欠乏)をかけて培養し、シスト化した。シスト化した細胞を、当業者が通常用いる手段によって破砕し、エタノールで油性画分を抽出した。抽出物は、アスタキサンチン類の他に、トリグリセリドなどの脂質を含んでいた。抽出物を、合成樹脂吸着剤を用いるカラムクロマトグラフィーにかけて、アスタキサンチンのモノエステルを含む精製物を得た。この精製物をHPLCによって分析し、このアスタキサンチンモノエステル精製物が、分子量858のモノエステルを主成分として含み、アスタキサンチンの遊離体およびジエステル体を含まず、わずかにジグリセリドを含んでいることを確認した。
【0019】
(実施例1:高脂肪食負荷肥満モデルマウスに対するアスタキサンチンモノエステルの効果)
アスタキサンチンを高脂肪食負荷肥満モデルマウスに投与し、体重変化および血糖値について、以下のように検討した。
【0020】
日本チャールズリバーより購入したC57BL/6J系マウス(SPF)の4週齢の雄を用いた。マウスは、8日間予備飼育して5週齢時から試験に供した。平均体重が等しくなるように、1群8匹として通常食群、高脂肪食群、および高脂肪食+アスタキサンチン(AX)群の3群に分けた。
【0021】
予備飼育期間中は普通粉末飼料(MF、オリエンタル酵母)を、16週間の試験期間中は普通粉末飼料または以下の表1に示す組成の高脂肪食飼料を与えた。飲料水は滅菌蒸留水を給水瓶で自由に与えた。
【0022】
【表1】

【0023】
上記調製例1で調製したアスタキサンチンモノエステルをオリーブ油(和光純薬工業)に溶解して、60mg/mLの溶液を作製した。高脂肪食+AX群にはこの溶液を、他の2群にはオリーブ油を、それぞれ0.05mL/10g体重となるように、試験開始時(5週齢時)から21週齢時までの16週間にわたって毎日、マウス用経口ゾンデを用いて強制経口投与した。
【0024】
試験期間中、週に1回体重計にて体重を測定した。試験終了時に体重を測定した後、一晩絶食させ、マウスの尾からワンタッチウルトラTM(LIFE SCAN製、血糖値測定装置)を用いて血糖値を測定した。
【0025】
得られた各種データは、群毎の平均値±標準誤差で示した。高脂肪食群に対する高脂肪食+AX群または通常食群の統計学的有意差を検定するため、解析ソフト(Stat View,Abacus Inc., USA)を用いて多重比較検定(ANOVA)を行い、Fisher's PLSD法である多重比較検定を行いて群間の比較を行った。統計的有意差は、p<0.05の場合を有意であるとした。
【0026】
試験開始から16週間のマウスの体重の経時変化を、図1に示す。高脂肪食群では、通常食群と比較して、著しく体重が増加していた。高脂肪食+AX群では、通常食群よりも大きく体重が増加していたが、高脂肪食群よりも体重の増加が抑制されている傾向が認められた。
【0027】
各群のマウスの血糖値を、図2に示す。高脂肪食の摂取により血糖値が上昇したが、アスタキサンチンを併用することによって、血糖値は通常食群と同レベルに維持された。すなわち、高脂肪食摂取による血糖値の上昇が通常食群レベルにまで有意に抑制された。
【0028】
(参考例1:HUVECに対する50%致死濃度の測定)
ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)(ATCC CRL−1730)を、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションから入手し、1%Antibiotic-Antimycotic(GIBCO BRL, USA)を添加した10%ウシ胎児血清含有Endothelial Cell Growth Medium(CELL APPLICATIONS, USA))中、5%CO雰囲気下、37℃にて予備培養した。
【0029】
Matrigelマトリックス(BD Biosciences, USA)を融解して氷上で4℃にて保持し、そして50μLのマトリックスを96ウェル組織培養プレートの各ウェルに移した。プレートを37℃にて少なくとも1時間インキュベートして、マトリックス溶液を固化させた。
【0030】
一方、上記調製例1で得たアスタキサンチンモノエステルを、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、次いで蒸留水で希釈して、40(v/v)%DMSO中に25000、2500、250、25、および2.5μMのアスタキサンチンモノエステルを含むストック試験溶液を調製した。
【0031】
100μLのHUVEC懸濁液(約2.5×10細胞/ウェル)を、5%CO雰囲気下37℃にて96ウェルのMatrigelプレートに入れた。24時間後、100μLの増殖培地および上記の各ストック試験溶液またはベヒクル(40(v/v)%DMSO)2μLずつを、各2つのウェルに添加し、さらに72時間インキュベートした。DMSOおよびアスタキサンチンモノエステルの最終濃度は、250、25、2.5、0.25、および0.025μMであった。
【0032】
インキュベーション終了後、20μLの90%alamarBlue試薬を個々のウェルに添加し、さらに6時間インキュベートした。次いで、各ウェルの蛍光強度を、Spectrafluor Plusプレートリーダーを用いて、励起波長530nmおよび発光波長590nmにて測定し、生存細胞数を計数した。これは、生存細胞が、alamarBlueを非蛍光性の酸化型(青)から蛍光性の還元型(赤)に変化させる能力に基づく。なお、50%致死濃度は、実験開始時の細胞数の50%になる濃度を算出した。
【0033】
この結果、HUVECに対するアスタキサンチンモノエステルの50%致死濃度(LC50)は250μM(DMSOへの最大溶解濃度)以上であり、毒性が低いことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、新たなかつ非常に効果が高い糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤が提供される。本発明の糖尿病予防剤または血糖値上昇抑制剤を併用することにより、高脂肪食の摂取継続による肥満誘導時においても、肥満に伴う血糖値の上昇が抑制され、血糖値は通常食摂取レベルに維持され得る。このように、血糖値を正常レベルに維持し得るため、糖尿病合併症の予防にも有用であり得る。
【0035】
本発明の糖尿病予防剤および血糖値上昇抑制剤の有効成分であるアスタキサンチンおよび/またはそのエステルは食経験が長く、毒性が非常に低いため、安全性が極めて高い。したがって、医薬品として使用されるだけでなく、健康食品などとして日常的に予防的に用いられ得る。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】試験開始から16週間のマウスの体重の経時変化を示すグラフである。
【図2】試験終了時の各群のマウスの血糖値を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含有する、糖尿病予防剤。
【請求項2】
前記アスタキサンチンおよび/またはそのエステルが、ヘマトコッカス属に属する微細藻類由来である、請求項1に記載の糖尿病予防剤。
【請求項3】
アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含有する、肥満に伴う血糖値上昇の抑制剤。
【請求項4】
前記アスタキサンチンおよび/またはそのエステルが、ヘマトコッカス属に属する微細藻類由来である、請求項3に記載の血糖値上昇の抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−153846(P2007−153846A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−354171(P2005−354171)
【出願日】平成17年12月7日(2005.12.7)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】