説明

糸条巻取機、及び糸条の巻取方法

【課題】1本の巻取軸に複数のボビンを装着することを前提とした上で、糸条間での張力のバラツキを解消し、もって、各糸条の張力を仕様張力許容範囲内に収める技術を提供する。
【解決手段】糸条巻取機1は、複数の巻取ボビン2が同時に装着可能な1本のボビンホルダー3と、前記複数の巻取ボビン2に巻き取られる複数の糸条Yを夫々トラバースするための複数のトラバース装置5と、前記複数の巻取ボビン2に巻き取られる複数の糸条Yの張力を夫々測定するための複数の張力測定装置6と、各糸条Y毎に、前記張力測定装置6によって測定された上記糸条Yの張力が仕様張力許容範囲内に収まるように、前記トラバース装置5のトラバース速度VTを増減するトラバース速度変更部62と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸条巻取機、及び糸条の巻取方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、連続的に供給される糸条の巻き取りに際し、生産性の観点から、1本の巻取軸に複数のボビンをセットし、複数本の糸条を同時に巻き取る糸条巻取機が知られている。しかし、この糸条巻取機には、次のような欠点があった。即ち、すべてのボビンの回転数が上記1本の巻取軸の回転数に支配される構造なので、各糸条間で糸条の張力にバラツキがあっても、このバラツキを解消することができず、その結果、本質的な問題として、糸条の張力が仕様張力許容範囲(仕様として決定された、許容できる張力の範囲)を外れたパッケージが形成されてしまう場合があった。一般に、糸条の張力が仕様張力許容範囲を外れたパッケージを下流工程に流すと、下流工程で例えば解舒不良などの種々の不具合を引き起こすとされている。
【0003】
特に、アラミド繊維やガラス繊維、炭素繊維などのようにヤング率が150[cN/dtex]以上の所謂高弾性糸を巻き取りの対象とする場合は、高弾性率であるが故、各糸条間での巻き取りの条件(例えば、紡糸や巻取に関連する部分における機械的な誤差など。)に僅かなバラツキがあっただけで、各糸条間での張力の著しいバラツキを招いてしまう。
【0004】
<考案A>
上述した各糸条間での張力のバラツキを解消する一つの手段として、以下のような構成(以下、考案Aと称する。)が発案されている。即ち、1本の巻取軸に複数のボビンをセットすることに代えて、1本の巻取軸に単一のボビンのみをセットすることとする。走行する糸条の張力を測定する張力測定手段を設ける。この張力測定手段によって測定された糸条の張力に基づいて、糸条の張力が仕様張力許容範囲内に収まるように、上記の巻取軸の回転数を制御する。ただし、巻取軸の回転数を増減するに際し綾角が変化してしまわないように、併せてトラバース速度も増減することとする。要するに上記考案Aは、各糸条毎に巻取軸を個別に用意し、各巻取軸に装着したボビンの回転数を独立して制御できるようにしたものである。
【0005】
この考案Aをベクトル図を用いて補足説明する。図1は、巻取速度VW(パッケージの周速を意味する。)とトラバース速度VT、糸速Vの相互関係をベクトル形式で示すベクトル図である。図1(a)には上記相互関係の基本的な考え方を示しており、巻取速度VWとトラバース速度VT、糸速V、綾角WAの間には下記式(1)及び(2)で示される関係が成立している。上記の考案Aは、図1(c)のベクトル図に相当する技術であり、即ち、巻取速度VWとトラバース速度VTを同時にVW→VW’、VT→VT’のように増減することにより、綾角WAを一定に維持しながらも、糸速VをV→V’のように増減させ、もって、糸条の張力を調整せんとするものである。
【0006】
【数1】

【0007】
【数2】

【0008】
<特許文献1>
また、各糸条間での張力のバラツキに関する上述の問題を解決する画期的な手段として、特許文献1は、1本の差動軸(巻取軸に相当。)に複数のボビン14a、14bを装着する構成において、ギアを巧みに用いることで隣り合うボビン間で回転数に差が発生することを許容する技術を開示している。この技術の方向性は、ボビンの回転数の個別的な調整で解決を図っている点で、他ならぬ、各糸条毎に巻取軸を個別に用意することとした上記考案Aのそれと似ている。
【0009】
上記特許文献1に記載の技術は、図1(d)のベクトル図に相当する技術である。即ち、巻取速度VWのみをVW→VW’のように増減することにより、綾角WAがWA→WA’と変化してしまうのは甘受しつつも、糸速VをV→V’のように増減させて糸条の張力を調整せんとするものである。
【0010】
<特許文献2>
また、特許文献2は、綾角の変更が先ずありきで、巻取テンション(糸条の張力に相当する。)の変化を相殺する技術を開示している。即ち、巻取中に綾角を変更するに際し、単にトラバース速度のみを増減させて綾角を変更しようとすると糸速が増減して巻取テンションの変化を招くことになるから、巻取テンションが一定となるように、即ち、糸速が一定となるように、上記トラバース速度の増減と呼応するようにタッチローラの周速を増減させようという技術である。
【0011】
上記特許文献2に記載の技術は、図1(e)のベクトル図に相当する技術である。即ち、綾角WAをWA→WA’のように増減させた際も、糸条の張力が一定となるように、即ち、糸速Vが一定となるように、巻取速度VWとトラバース速度VTを同時にVW→VW’、VT→VT’のように増減させる、という技術である。
【0012】
上述した考案A、特許文献1の技術、特許文献2の技術に共通するのは、糸条の張力の適切な管理と、巻取速度VWの増減と、が思想上で相当強く結びついている点である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2008−37650号公報
【特許文献2】特開平8−225245号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、上記考案Aの解決策では、複数の糸条間で巻取軸を共有しない構造であるから、どうしても設置スペースの観点から不利であり、また、従前の機械と比較して製造コスト面で劣る。
【0015】
また、上記特許文献1に記載の解決策では、この特許文献1の図1や図5の通り構造が途方もなく複雑になってしまう。
【0016】
一方、上記特許文献2については、巻取テンションの変化をタッチローラの周速の増減で相殺している点で強い違和感を覚える。とうのは、本明細書の冒頭で指摘した問題は各糸条間での張力のバラツキとしているのに対し、特許文献2の解決策は全糸条一様でしか実施することができないものだからである。しかしながら、特許文献2の技術的背景ではその解決策で確かに十分と言える。なぜならば、特許文献2の構成で発生する巻取テンションの変化は、そもそものところ、全糸条一様に足並みを揃えて発生するものだからである。この点、技術前提の方向性が全く逆となるので、特許文献2に記載の技術は、本願が問題としている各糸条間の張力のバラツキを解消するのには参考にできない。
【0017】
本発明は斯かる諸点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、1本の巻取軸に複数のボビンを装着することを前提とした上で、各糸条間での張力のバラツキを解消し、もって、各糸条の張力を仕様張力許容範囲内に収める技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0018】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段とその効果を説明する。
【0019】
本願発明の第一の観点によれば、以下のように構成される、糸条巻取機が提供される。即ち、糸条巻取機は、複数のボビンが同時に装着可能な1本の巻取軸と、前記複数のボビンに巻き取られる複数の糸条を夫々トラバースするための複数のトラバース装置と、前記複数のボビンに巻き取られる複数の糸条の張力を夫々測定するための複数の張力測定手段と、各糸条毎に、前記張力測定手段によって測定された上記糸条の張力が仕様張力許容範囲内に収まるように、前記トラバース装置のトラバース速度を増減するトラバース速度変更手段と、を備える。以上の構成によれば、1本の巻取軸に複数のボビンを装着することを前提とした上で、各糸条間での張力のバラツキを解消し、もって、各糸条の張力を仕様張力許容範囲内に収めることができる。
【0020】
上記の技術は、図1(b)のベクトル図に相当する技術である。即ち、巻取速度VWはすべての糸条で同一値となるので各糸条毎に増減させることはできず一定のままとなり、一方でトラバース速度VTをVT→VT’のように増減させることにより、綾角WAがWA→WA’のように増減するのは甘受しつつも、糸速VをV→V’のように増減させて糸条の張力を調整せんとするものである。
【0021】
この技術は、一見すると図1(d)に示す特許文献1の技術において、巻取速度VWに代えてトラバース速度VTを増減させることで同じ目的を達成しているに過ぎない、のようにも思えるが、前述したように糸条の張力の適切な管理と巻取速度VWの増減とが思想上相当強く結びついているという本願出願時の技術常識に真っ向から反するものである点を十分に留意されたい。また、上記の技術は、各糸条毎での巻取速度VWの個別的増減が禁止されているといった特別なハンディーキャップを克服したものである点も看過してはならない。更に言えば、特許文献1にも言えることだが、糸速Vを増減するために巻取速度VWとトラバース速度VTのうち何れか一方のみを増減させるという思想は、どうしても綾角WAの増減を避けることができないという点で、常に忌避される存在であったことが容易に想像できる。
【0022】
なお、上記の「糸条の張力のバラツキ」についての「解消」とは、バラツキを除去して全ての糸条の張力を完全に均一とすることを理想とするが、その目的は、各糸条の張力を仕様張力許容範囲内に収めることであるから、必ずしも、全ての糸条の張力を完全に均一にする必要はない。
【0023】
上記の糸条巻取機は、更に、以下のように構成される。即ち、糸条巻取機は、各糸条毎に、前記トラバース速度変更手段による前記トラバース装置のトラバース速度の増減に伴って発生するワインド数の変化を相殺するように前記トラバース装置のトラバース幅を増減するトラバース幅変更手段を更に備える。即ち、図1(b)に示すように、巻取速度VWが一定の状態でトラバース速度VTをVT→VT’のように増減すると、綾角WAがWA→WA’のように変化してしまい、ワインド数の意図しない変化を免れない。これに対し、上記の構成によれば、前述した技術で各糸条間での張力のバラツキを解消したとしても、ワインド数を所望のワインド数に合わせ込むことができる。つまり、ワインド数が成り行きで変化してリボン発生等の不具合が発生することを回避できる点に技術的有意性が認められる。
【0024】
上記の技術を図2に基づいて補足説明する。図2は、トラバースガイドが1往復するたびに進む周方向の距離Lと、綾角WAと、トラバース幅Wと、の関係を示すパッケージ周面の部分展開図である。図2(a)に示すように、トラバースガイドが1往復するたびに進む周方向の距離Lと、綾角WAと、トラバース幅Wと、の間には下記式(3)で示す関係が成立している。次に、図1(b)で示したようにトラバース速度VTをVT→VT’のように増減させると綾角WAがWA→WA’のように増減し、この綾角WAの増減に伴って、図2(b)に示すように、上記の距離LはL→L’(下記式(4)参照)のように増減する。この距離Lの変化は、とりもなおさずワインド数の変化に直結する。そこで、図1(b)に示すトラバース速度VTの増減に付け加えるかたちで、図2(c)に示すようにトラバース幅WをW→W’のように増減させてやる。すると、距離L’がL’→L’’(下記式(5)参照)のように同時に増減するので、L’’=Lとなるようにトラバース幅Wを増減させることにより、ワインド数を所望のワインド数に合わせ込むことができる、という理屈である。
【0025】
【数3】

【0026】
【数4】

【0027】
【数5】

【0028】
上記の糸条巻取機は、更に、以下のように構成される。即ち、糸条巻取機は、アラミド繊維、ガラス繊維、炭素繊維などのヤング率が150[cN/dtex]以上の高弾性糸を巻き取りの対象とする。前述したように、巻き取りの対象が高弾性糸の場合は巻き取りの条件が糸条の張力に著しく影響を及ぼす。従って、このような高弾性糸を巻き取りの対象としたとき、上述した、各糸条間での張力のバラツキを解消する技術の意義が一層はっきりとする。
【0029】
本願発明の第二の観点によれば、重なりの強いリボンが発生する危険ワインド数に接近するまでは、所定範囲内に綾角を維持しつつ巻き取るステッププレシジョン巻きは、以下のような方法で行われる。即ち、トラバース速度を変化させると共にトラバース幅を変化させることにより、糸条の巻取張力及びパッケージワインド数が所望の範囲に維持するようにした。上記のステッププレシジョン巻きは図6(b)に例示しているところ、以上の方法によれば、ワインド数=W1で巻き取っているときは張力変動を検出してトラバース速度とトラバース幅を変化させて張力をフィードバック制御すると共に、ワインド数もW1に維持することができる。同様に、ワインド数=W2で巻き取っているときは同様に制御してワインド数をW2に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】巻取速度VWとトラバース速度VT、糸速Vの相互関係をベクトル形式で示すベクトル図
【図2】トラバースガイドが1往復するたびに進む周方向の距離Lと、綾角WAと、トラバース幅Wと、の関係を示すパッケージ周面の部分展開図
【図3】本願発明の第一実施形態に係る糸条巻取機の斜視図
【図4】トラバース装置の正面図
【図5】糸条巻取機の制御部の機能ブロック図
【図6】ワインディングパターンを例示する図
【図7】糸条巻取機の制御部のフロー
【図8】本願発明の第二実施形態に係る糸条巻取機の斜視図
【図9】本願発明の第三実施形態に係る糸条巻取機の斜視図
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、図3〜7を参照しつつ、本願発明の第一実施形態を説明する。図3に示すように本実施形態に係る糸条巻取機1は、複数(本実施形態では4本)で供給される糸条Yを夫々巻き取るための複数(本実施形態では4個)の巻取ボビン2(ボビン)が同軸上に一方向から詰めて並べられるボビンホルダー3(巻取軸)と、上記各糸条Yを捕捉可能な糸ガイド4(トラバースガイド)を有し、この糸ガイド4を往復運動させることで各巻取ボビン2に対して各糸条Yを綾振る、複数(本実施形態では4個)のトラバース装置5と、を主たる構成として備える。以下、この糸条巻取機1を詳細に説明する。
【0032】
本実施形態において糸条巻取機1は、アラミド繊維やガラス繊維、炭素繊維などのようにヤング率が150[cN/dtex]以上の高弾性糸である糸条Yを巻き取りの対象としており、複数の糸条Yを同時に紡出する紡糸部を備える紡糸機7に適用される。即ち、紡糸機7は、上記の紡糸部と、この紡糸部から紡出された複数の糸条Yを同時に巻き取る糸条巻取機1と、を備えて構成される。そして、紡糸部から紡出された各糸条Yは、走行する糸条Yの張力を測定するための張力測定装置6と、トラバース支点ガイド8を経てトラバース装置5に送られ、このトラバース装置5にて綾振られながら巻取ボビン2上に巻き取られ、もって、多数のパッケージが生産されるようになっている。
【0033】
上記の糸条巻取機1は、具体的には、図5に示す制御部60を有する装置本体9と、この装置本体9の側面に回転可能に支持されるターレット盤10と、このターレット盤10から水平方向に突設される前記のボビンホルダー3と、上記複数のトラバース装置5とコンタクトローラ11(タッチローラ)を支持する梁体12と、装置本体9の正面に設けられるキーボード13(入力手段)と、を備える。上記のボビンホルダー3は一対で設けられており、糸条Yの連続巻き取りが可能となっている。
【0034】
ボビンホルダー3は、上記複数の巻取ボビン2を同軸上に装着支持するものである。そして、各ボビンホルダー3に設けられるボビンホルダーモータ14(図5を併せて参照。)によって、ボビンホルダー3は複数の巻取ボビン2と共に所定の回転数で回転可能に構成される。なお、各巻取ボビン2に形成されるパッケージの巻取径は何れも足並み揃えて増加していくので、パッケージの周速、即ち、巻取速度VWはすべての糸条Yで同値となる。
【0035】
上記のトラバース装置5は、本実施形態において所謂ベルト式に構成される。図4に示すようにベルト式トラバース装置5は、上記の糸ガイド4が取り付けられる無端ベルト15と、この無端ベルト15の一部がボビンホルダー3の長手方向に対して実質的に平行となるように無端ベルト15を支持する一対の支持ユニット16と、無端ベルト15を駆動する駆動モータ17(ベルト駆動源)と、を備える。そして、ベルト式トラバース装置5は、駆動モータ17が無端ベルト15を往復走行させることで、糸ガイド4がボビンホルダー3の長手方向に対して実質的に平行に往復運動できるようなっている。なお、上記の支持ユニット16及び駆動モータ17は、板状のベース18に取り付けられ、このベース18は梁体12に対して任意の姿勢で固定されるようになっている。また、無端ベルト15を往復走行させる際に糸ガイド4がばたつかないよう、糸ガイド4を直線的に案内するレール19が上記一対の支持ユニット16の間に延設される。無端ベルト15として本実施形態ではタイミングベルトが採用され、無端ベルト15は、一対の支持ユニット16と駆動モータ17とに巻回されることで二等辺三角形状の軌跡上を走行するようになっている。支持ユニット16は、無端ベルト15が巻き掛けられるプーリ20を備える。駆動モータ17は本実施形態においてパルスモータとされ、制御部60に接続されている。この構成で、前述の制御部60は、糸ガイド4の走行速度であるトラバース速度VT(図1参照)やトラバース幅W(図2参照)を別個独立して自由に増減できるようになっている。ここで、「別個独立して」とは、隣り合うトラバース装置5間で、トラバース速度VTを異なる値とすることができるし、トラバース幅Wを異なる値とすることができる、という意味である。
【0036】
張力測定装置6は、測定した糸条Yの張力を張力信号として制御部60に送信する。
【0037】
コンタクトローラ11は、複数のベルト式トラバース装置5と、ボビンホルダー3と、の間に設けられ、各巻取ボビン2上に形成されるパッケージに対して接触すると共に、各ベルト式トラバース装置5によって綾振られた各糸条Yが巻き掛けられる。なお、コンタクトローラ11の周速とパッケージの周速は一致する関係にある。
【0038】
次に、図5を参照しつつ制御部60の構成を説明する。制御部60は、演算処理装置であるCPU(Central Processing Unit)と、CPUが実行する制御プログラム及び制御プログラムに使用されるデータが記憶されているROM(Read Only Memory)と、プログラム実行時にデータを一時記憶するためのRAM(Random Access Memory)と、を備える。そして、ROMに記憶された上記制御プログラムがCPUに読み込まれCPU上で実行されることで、制御プログラムは、CPUなどのハードウェアを、張力取得部61(張力取得手段)、張力判定部69(張力判定手段)、トラバース速度変更部62(トラバース速度変更手段)、トラバース幅変更部63(トラバース幅変更手段)、トラバース制御部64(トラバース制御手段)、巻取軸制御部65、綾角一律変更部66、カウンター67、記憶部68、として機能させるようになっている。また、上記制御部60には、各トラバース装置5と、各張力測定装置6と、キーボード13と、ボビンホルダーモータ14と、が接続されている。
【0039】
<記憶部68>
上記の記憶部68には、張力管理データ70と、仕様張力許容範囲データ71と、巻取速度データ72と、ワインディングパターン(a)73と、ワインディングパターン(b)74と、が記憶されている。
【0040】
張力管理データ70は、各糸条毎に、トラバース速度VTの設定値、トラバース幅Wの設定値、現在の糸条Yの張力の測定値、をテーブル形式で有する。図5に記載のデータは説明のための例示である。図5の「No.1」は図3の最も左側の糸条Yに対応し、「No.4」は図3の最も右側の糸条Yに対応している。
【0041】
仕様張力許容範囲データ71は、仕様張力許容範囲の上限値としての張力上限値Tupと、仕様張力許容範囲の下限値としての張力下限値Tdownと、を有する。図5に記載のデータは説明のための例示である。
【0042】
巻取速度データ72は、巻取速度VWの設定値を有する。
【0043】
ワインディングパターン(a)73は、図6(a)に示すような、巻取径Dと綾角WAとの対応関係を例えばテーブル形式で有する。なお、図6(a)に示す対応関係は、ワインド数を巻き始めから巻き終わりにかけて常に一定としておくことを特徴とするものである。
【0044】
ワインディングパターン(b)74は、図6(b)に示すような、巻取径Dと綾角WAとの対応関係を例えばテーブル形式で有する。なお、図6(b)に示す対応関係は、巻き始めから巻き終わりにかけてワインド数をステップ状に変化させることで、リボン巻きの発生を防止し、綾角WAを所定の範囲内に維持することを特徴とするものである。
【0045】
<張力取得部61>
張力取得部61は、各張力測定装置6から受信した張力信号に基づいて各糸条Yの張力を取得し、取得した張力に基づいて張力管理データ70の該当部分を更新する。
【0046】
<張力判定部69>
張力判定部69は、各糸条Y毎に、糸条Yの張力が仕様張力許容範囲内か否かを判定する。
【0047】
<トラバース速度変更部62>
トラバース速度変更部62は、各糸条Y毎に、前記張力測定装置6によって測定された上記糸条Yの張力が仕様張力許容範囲内に収まるように、前記トラバース装置5のトラバース速度VTを増減する。例えばNo.1の糸条Yについて言えば、No.1の糸条Yの張力が張力上限値Tupを上回っており、即ち、仕様張力許容範囲を上側に外れているので、No.1の糸条Yの張力が張力上限値Tupを下回るように、No.1のトラバース装置5のトラバース速度VTを減少させる。一方で、No.4の糸条Yについて言えば、No.4の糸条Yの張力が張力下限値Tdownを下回っており、即ち、仕様張力許容範囲を下側に外れているので、No.4の糸条Yの張力が張力下限値Tdownを上回るように、トラバース装置5のトラバース速度VTを増加させる。このトラバース速度VTの増減については、例えばPID制御が好適である。
【0048】
<トラバース幅変更部63>
トラバース幅変更部63は、各糸条Y毎に、トラバース速度変更部62による前記トラバース装置5のトラバース速度VTの増減に伴って発生するワインド数の変化を相殺するように、前記トラバース装置5のトラバース幅Wを増減する。例えばNo.1の糸条Yについて言えば、トラバース速度変更部62は上述のようにNo.1のトラバース装置5のトラバース速度VTを減少させることとしたので、上記式(2)によれば、綾角WAが減少し、綾角WAが減少すると図2(b)を参照するに、糸ガイド4が1往復するたびに進む周方向の距離Lが増加してワインド数が増加する。従って、このワインド数の増加を相殺するように、トラバース幅変更部63はNo.1のトラバース装置5のトラバース幅Wを減少させる。一方、No.4の糸条Yについて言えば、トラバース速度変更部62は上述のようにNo.4のトラバース装置5のトラバース速度VTを増加させることとしたので、上記式(2)によれば、綾角WAが増加し、綾角WAが増加すると図2(b)を参照するに、糸ガイド4が1往復するたびに進む周方向の距離Lが減少してワインド数が減少する。従って、このワインド数の減少を相殺するように、トラバース幅変更部63はNo.4のトラバース装置5のトラバース幅Wを増加させる。
【0049】
<トラバース制御部64>
トラバース制御部64は、張力管理データ70が有する各糸条Y毎のトラバース速度VTとトラバース幅Wの設定値に基づいて、各トラバース装置5の駆動モータ17の動作を制御する。
【0050】
<巻取軸制御部65>
巻取軸制御部65は、巻取速度データ72が有する巻取速度VWの設定値に基づいて、ボビンホルダーモータ14の動作を制御する。具体的には、巻取速度VWはパッケージ周速を意味するものであり、パッケージの巻取径Dはカウンター67によってカウントされる巻き始めからの経過時間tの関数として表現することができる。従って、巻取軸制御部65は、具体的には、巻取速度データ72が有する巻取速度VWの設定値と、カウンター67によってカウントされる経過時間tと、に基づいて、ボビンホルダーモータ14の動作を制御する。
【0051】
<綾角一律変更部66>
綾角一律変更部66は、ワインディングパターン(a)73(又はワインディングパターン(b)74でもよい。)が有する巻取径Dと綾角WAとの対応関係に基づいて綾角WAが増減するように、巻取速度VWを増減させると共にトラバース速度VTを全糸条Y一律に増減させる。なお、図1(e)に示す如く糸速Vは一定に維持しつつ綾角WAを変更するために巻取速度VWとトラバース速度VTとを同時に増減させる技術は公知技術であるから、本明細書ではその詳しい説明を割愛する。
【0052】
<カウンター67>
カウンター67は、パッケージの巻き始めからの経過時間tをカウントする。
【0053】
なお、張力管理データ70の初期値や、仕様張力許容範囲データ71、巻取速度データ72、ワインディングパターン(a)73、ワインディングパターン(b)74の設定値は、オペレータがキーボード13を用いて事前に制御部60に入力しておけばよい。
【0054】
次に、図7を参照しつつ、糸条巻取機1の作動を説明する。
【0055】
オペレータは、先ず、糸条巻取機1の電源を投入する(S300)。次いで、オペレータによる入力により、制御部60は、張力管理データ70のトラバース速度VTとトラバース幅W、及び巻取速度VWの初期値を取得し、張力管理データ70や巻取速度データ72に記憶する(S310)。次に、制御部60は、同様に、張力上限値Tupと張力下限値Tdownを取得し、仕様張力許容範囲データ71に記憶する(S320)。
【0056】
次に、制御部60は、糸条Yの巻き取りを全糸条Y一斉に開始する(S330)。即ち、トラバース制御部64は、各糸条Y毎に、張力管理データ70が有するトラバース速度VTとトラバース幅Wの各設定値に基づいてトラバース装置5の駆動モータ17の動作を制御する。また、巻取軸制御部65は、巻取速度データ72が有する巻取速度VWの設定値に基づいてボビンホルダーモータ14の動作を制御する。
【0057】
次に、制御部60は、カウンター67をリセットし、カウンター67に、経過時間tのカウントを開始させる(S340)。
【0058】
次に、張力取得部61は、各張力測定装置6から張力信号を受信し、受信した張力信号に基づいて各糸条Yの張力を取得し、取得した張力に基づいて張力管理データ70の張力の測定値を各糸条Y毎に更新する。なお、運転開始直後では、制御部60は、代表的な張力としてのNo.1の糸条Yの張力が仕様張力許容範囲内となるように巻取速度VWを一度、調整するものとする。
【0059】
次に、張力判定部69は、各糸条Y毎に(S360〜S400)、糸条Yの張力が仕様張力許容範囲内か否かを判定する(S370)。そして、糸条Yの張力が仕様張力許容範囲外であると張力判定部69が判定した場合は(S370:YES)、トラバース速度変更部62は、該当糸条Yの張力が仕様張力許容範囲内に収まるように、該当糸条Yのトラバース装置5のトラバース速度VTを増減する(S380)。また、トラバース幅変更部63は、上記トラバース速度VTの増減に伴って発生するワインド数の変化を相殺するように、該当糸条Yのトラバース装置5のトラバース幅Wを増減する(S390)。一方で、糸条Yの張力が仕様張力許容範囲内であると張力判定部69が判定した場合は(S370:NO)、S400へと処理を移す。
【0060】
次に、綾角一律変更部66は、ワインディングパターン(a)73(又はワインディングパターン(b)74でもよい。)が有する巻取径Dと綾角WAとの対応関係に基づいて綾角WAが増減するように、巻取速度VWを増減させると共にトラバース速度VTを全糸条Y一律に増減させる。なお、トラバース速度VTは全糸条Y一律で一様に増減されるので、トラバース速度変更部62によって適宜に設定されたトラバース速度VTのバラツキ乃至高低はそのまま維持される。
【0061】
そして、制御部60は、全糸条Yでパッケージが満巻きに至るまでS350〜S410の処理を繰り返し実行する(S420:NO)と共に、全糸条Yでパッケージが満巻きに至ると(S420:YES)、ボビンチェンジを実行し(S430)、新たな巻取ボビン2による糸条Yの巻き取りを開始する(S340〜S420)。
【0062】
(まとめ)
(請求項1)
以上説明したように上記実施形態において糸条巻取機1は、以下のように構成されている。即ち、糸条巻取機1は、複数の巻取ボビン2が同時に装着可能な1本のボビンホルダー3と、前記複数の巻取ボビン2に巻き取られる複数の糸条Yを夫々トラバースするための複数のトラバース装置5と、前記複数の巻取ボビン2に巻き取られる複数の糸条Yの張力を夫々測定するための複数の張力測定装置6と、各糸条Y毎に、前記張力測定装置6によって測定された上記糸条Yの張力が仕様張力許容範囲内に収まるように、前記トラバース装置5のトラバース速度VTを増減するトラバース速度変更部62と、を備える。以上の構成によれば、1本のボビンホルダー3に複数の巻取ボビン2を装着することを前提とした上で、各糸条Y間での張力のバラツキを解消し、もって、各糸条Yの張力を仕様張力許容範囲内に収めることができる。
【0063】
なお、上記の技術は、糸条Y間固有の(機械的な設計公差を原因とする)張力差や、長期的に悪化する張力のズレに対して特に有効である点を付言しておく。
【0064】
(請求項2)
また、上記の糸条巻取機1は、更に、以下のように構成されている。即ち、糸条巻取機1は、各糸条Y毎に、前記トラバース速度変更部62による前記トラバース装置5のトラバース速度VTの増減に伴って発生するワインド数の変化を相殺するように前記トラバース装置5のトラバース幅Wを増減するトラバース幅変更部63を更に備える。以上の構成によれば、前述した技術で各糸条Y間での張力のバラツキを解消したとしても、ワインド数を所望のワインド数に合わせ込むことができる。
【0065】
(請求項3、4)
また、巻き取りの対象が高弾性糸の場合は巻き取りの条件が糸条Yの張力に著しく影響を及ぼす。従って、アラミド繊維、ガラス繊維、炭素繊維などのヤング率が150[cN/dtex]以上の高弾性糸を巻き取りの対象としたとき、上述した、各糸条Y間での張力のバラツキを解消する技術の意義が一層はっきりとする。
【0066】
(請求項5)
また、図6(b)に示すような重なりの強いリボンが発生する危険ワインド数に接近するまでは、所定範囲内に綾角を維持しつつ巻き取るステッププレシジョン巻きは、上記実施形態において、以下のような方法で行われる。即ち、トラバース速度VTを変化させると共にトラバース幅Wを変化させることにより、糸条Yの巻取張力及びパッケージワインド数が所望の範囲に維持するようにした。ここで、「パッケージワインド数が所望の範囲に維持するように」とは、「パッケージワインド数の望まない変化を十分に相殺できるように」という意味である。上記のステッププレシジョン巻きは図6(b)に例示しているところ、以上の方法によれば、ワインド数=W1で巻き取っているときは張力変動を検出してトラバース速度とトラバース幅を変化させて張力をフィードバック制御すると共に、ワインド数もW1に維持することができる。同様に、ワインド数=W2で巻き取っているときは同様に制御してワインド数をW2に維持することができる。
【0067】
以上に本発明の好適な実施形態を説明したが、上記の実施形態は以下のように変更して実施することができる。
【0068】
(第一変形例)
上記のすべての技術を採用するには、トラバース装置5のトラバース速度VTとトラバース幅Wを別個独立して増減できる構成が必須となる。この観点から言えば、例えば図8に示すような、糸ガイド4がリニアモーターによって往復運動するリニアモーター式トラバース装置や、図9に示すような、糸ガイド4を先端に備えるアームを揺動させる揺動式トラバース装置なども採用することができる。更に言えば、トラバース幅Wが変更可能に構成された特殊なカム式トラバース装置も採用する余地が十分にある。
【0069】
(第二変形例)
上記実施形態において巻き取りの対象は高弾性糸としたが、これに限定されず、例えばヤング率が150[cN/dtex]以下の低弾性糸であってもよい。この場合でも、各糸条Y間での張力のバラツキを解消するメリットは十分にあるからである。
【0070】
(第三変形例)
また、上記実施形態では、運転開始直後では、制御部60は、代表的な張力としてのNo.1の糸条Yの張力に基づいて巻取速度VWを一度、調整するものとしたが、これに代えて、すべての糸条Yの張力の平均値に基づいて巻取速度VWを一度、調整するものとしてもよい。
【符号の説明】
【0071】
1 糸条巻取機
2 巻取ボビン(ボビン)
3 ボビンホルダー(巻取軸)
5 トラバース装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のボビンが同時に装着可能な1本の巻取軸と、
前記複数のボビンに巻き取られる複数の糸条を夫々トラバースするための複数のトラバース装置と、
前記複数のボビンに巻き取られる複数の糸条の張力を夫々測定するための複数の張力測定手段と、
各糸条毎に、前記張力測定手段によって測定された上記糸条の張力が仕様張力許容範囲内に収まるように、前記トラバース装置のトラバース速度を増減するトラバース速度変更手段と、
を備える、糸条巻取機。
【請求項2】
請求項1に記載の糸条巻取機であって、
各糸条毎に、前記トラバース速度変更手段による前記トラバース装置のトラバース速度の増減に伴って発生するワインド数の変化を相殺するように前記トラバース装置のトラバース幅を増減するトラバース幅変更手段を更に備える、
糸条巻取機。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の糸条巻取機であって、
ヤング率が150[cN/dtex]以上の高弾性糸を巻き取りの対象とする、
糸条巻取機。
【請求項4】
請求項3に記載の糸条巻取機であって、
前記高弾性糸は、アラミド繊維、ガラス繊維、炭素繊維の何れかである、
糸条巻取機。
【請求項5】
重なりの強いリボンが発生する危険ワインド数に接近するまでは、所定範囲内に綾角を維持しつつ巻き取るステッププレシジョン巻き方法において、
トラバース速度を変化させると共にトラバース幅を変化させることにより、糸条の巻取張力及びパッケージワインド数が所望の範囲に維持するようにした、
ことを特徴とする糸条の巻取方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−20814(P2011−20814A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168510(P2009−168510)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(502455511)TMTマシナリー株式会社 (91)
【Fターム(参考)】