説明

紙送り部材

【目的】初期の摩擦係数が高く、紙送り枚数が増加し、紙送り部材の表面が摩耗し平滑な面となっても、摩擦係数を維持でき搬送能力が低下することのない紙送り部材を提供することである。
【構成】この発明に係わる紙送り部材は、エマルジョン組成物から調製された少なくとも独立気泡型のシリコーンエラストマー製の多孔質体層を外周部に有することを特徴としており、より具体的には、多孔質体層は、50μm以下の径を有するセルが全セル数の50%以上を占め、かつ60%以上の単泡率を有するシリコーンエラストマーから形成されていることを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、複写機・プリンタ・ファクシミリ等において、紙媒体を正確に給紙あるいは搬送するために用いる給紙ローラ・搬送ローラ、給紙コロ、搬送コロ等の紙送り部材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、複写機・プリンタ・ファクシミリ等の紙送り部材として、紙との摩擦係数が高いエチレンープロピレンゴム、ポリノルボーネンゴム、ウレタンゴムが使用されている。これらのゴム材料は紙媒体を確実に送ることができるという特徴を有しており、信頼できる紙送り部材として多く使用されていた。
【0003】
ところが、電子複写機やカラープリンタでは両面コピーが急速に普及したために、一度電子複写機やカラープリンタの定着部を通過し、表面にシリコーンオイルが付着した紙媒体を再給紙しなければならなくなった。そのため、紙媒体の表面に付着したシリコーンオイルが紙送りゴム部材のゴム表面に蓄積し、紙を再給紙しようとすると紙送りゴム部材がスリップを起こすという問題が発生し、シリコーンオイルをゴム中に吸収してしまうシリコーンゴムが使用されるようになった。例えば特許文献1には、粘着剤を添加したシリコーンゴムからなる給紙ロール用ゴム部材が開示されている。また、特許文献2には、ジメチルシリコーンと無機充填剤を含むシリコーンゴム組成物からなる給紙・搬送ゴムロールが開示されている。
【特許文献1】特開平7−188558号公報
【特許文献2】特開平11−310334号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、これら特許文献1及び2に記載された技術では、エチレンープロピレンゴムのような他のゴムと比較して初期の摩擦係数が低いという問題と、紙送り枚数が増加し、紙送り部材の表面が摩耗し平滑な面となってしまうと、摩擦係数が維持できず搬送能力が低下するという問題は解決されておらず、解決が強く要望されていた。
【0005】
この発明は、上述した事情に鑑みなされたもので、この発明の目的は、初期の摩擦係数が高く、紙送り枚数が増加し、紙送り部材の表面が摩耗し平滑な面となっても、摩擦係数を維持でき搬送能力が低下することのない紙送り部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した問題点を解決し、目的を達成するため、この発明に係わる紙送り部材は、請求項1の記載によれば、エマルジョン組成物から調製された少なくとも独立気泡型のシリコーンエラストマー製の多孔質体層を外周部に有することを特徴としている。
【0007】
また、この発明に係わる紙送り部材は、請求項2の記載によれば、前記多孔質体層は、50μm以下の径を有するセルが全セル数の50%以上を占め、かつ60%以上の単泡率を有するシリコーンエラストマーから形成されていることを特徴としている。
【0008】
また、この発明に係わる紙送り部材は、請求項3の記載によれば、式(A):0≦(m−n)/m≦0.5(ここで、mは、セルの長径を表し、nは、セルの短径を表す)で示される関係を満たすセルが、全セル数の50%以上を占めることを特徴としている。
【0009】
また、この発明に係わる紙送り部材は、請求項4の記載によれば、式(B):0≦(m−n)/n≦0.5で示される関係をも満たすセルが、全セル数の50%以上を占めることを特徴としている。
【0010】
また、この発明に係わる紙送り部材は、請求項5の記載によれば、前記シリコーンエラストマーは、30μm以下の平均セル径を有することを特徴としている。
【0011】
また、この発明に係わる紙送り部材は、請求項6の記載によれば、前記シリコーンエラストマーは、80%以上の単泡率を有することを特徴としている。
【0012】
また、この発明に係わる紙送り部材は、請求項7の記載によれば、前記セルの径が0.1μm〜70μmの範囲内にあることを特徴としている。
【0013】
また、この発明に係わる紙送り部材は、請求項8の記載によれば、前記多孔質体が、硬化してシリコーンエラストマーを生成する液状シリコーンゴム材、界面活性作用を有するシリコーンオイル材、および水を含有する油中水型エマルジョン組成物から調製されたものであることを特徴としている。
【0014】
また、この発明に係わる紙送り部材は、請求項9の記載によれば、紙との動摩擦係数が2.5以上であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0015】
この発明の紙送り部材は、初期の摩擦係数が高く、紙送り枚数が増加し、紙送り部材の表面が摩耗し平滑な面となっても、表面が多孔質体なので摩擦係数の低下が少なく搬送能力が低下しない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、この発明に係わる紙送り部材のゴム材料であるエマルジョンを調製したシリコーンエラストマー多孔質体の一実施例、及び、このシリコーンエラストマー多孔質体を用いた本発明に係わる紙送り部材の一実施例を説明するものとする。
【0017】
尚、以降の説明の順序としては、先ず、この発明に係わる紙送り部材のゴム材料である発泡体ではないシリコーンエラストマー多孔質体の一実施例、更に詳細には、エマルジョンから調製されるシリコーンエラストマー多孔質体を詳細に説明し、次に、この発明に係わるシリコーンエラストマー多孔質体を用いた紙送り部材の具体例を説明するものとする。
【0018】
先ず、この発明で用いられる多孔質体の構造、及び、このエマルジョンから調製された多孔質体の製造方法を、以下に詳細に説明するが、この説明に先立ち、エマルジョンから調整されたスポンジ形成性組成物を既に開示している特許文献3について説明する。
【特許文献3】特開2005−62534号公報 この特許文献3には、シリコーンゴム製のスポンジ形成性組成物が開示されており、その記載によれば、微細で均一なセルを形成することが出来るとしている。しかしながら、この特許文献3に開示された技術により達成されるスポンジ形成性組成物は、そのセル形状に関する記載が一切なく、例えば詳細は後述するが、本件出願により形成される多孔質体のセル形状が球状となることにより達成されるところの、外力に対して所定の強度を発揮し、その結果、セル破壊に強い多孔質体となる旨の効果を達成することができないものである。
【0019】
先ず、上述した多孔質体は、この実施例においては、独立気泡型のシリコーンエラストマー多孔質体であり、更に詳細には、シリコーンエラストマーで作られた母体(マトリックス)とこの母体中に分散・分布した多数の閉じたセル(独立気泡)を含むものと表現することができる。
【0020】
また、このシリコーンエラストマー多孔質体は、50μm以下の径を有するセルが全セル数の50%以上を占め、かつ60%以上の単泡率を有することを特徴とする実質的に独立気泡型のシリコーンエラストマー多孔質体である。
【0021】
以後詳述するが、独立気泡数の割合の指標となる単泡率が、60%未満であると、多孔質体の強度が弱くなる。
【0022】
さらに、このシリコーンエラストマー多孔質体は、セルの径が0.1〜70μmの範囲内にあり得、さらにセルの径は、0.1〜60μmの範囲内にあり得る。また、本発明のシリコーンエラストマー多孔質体は、50μm以下の径を有するセルが全セル数の80%以上を占めることができるものである。
【0023】
このシリコーンエラストマー多孔質体では、下記式(A)
(A):0≦(m−n)/m≦0.5
(ここで、mは、セルの長径を表し、nは、セルの短径を表す)で示される長径と短径との関係を満たすセルが、全セル数の50%以上を占めることができるものである。
【0024】
ここで、式(A)は、セルがどの程度真球に近いか(真球度)を表す尺度である。このシリコーンエラストマー多孔質体においては、下記式(B)によって与えられる条件をも満足するセルが、全セル数の80%以上を占めることができる。
(B):0≦(m−n)/n≦0.5
【0025】
ここで、セルの長径mとは、シリコーンエラストマー多孔質体の断面に現れる各セルについて、そのほぼ中心を通る、セルの輪郭上の最大2点間直線距離を意味し、短径nとは、各セルについて、そのほぼ中心を通る、セルの輪郭上の最小2点間距離を意味する。より具体的には、シリコーン多孔質体の任意の断面をSEMで撮影し、100〜250個程度のセルが存在する領域で各セルの長径mと短径nを計測する。この計測は、ノギスを用いて手作業で行うことができる。なお、平均セル径は、画像処理により行うこともできる。画像処理は、例えば、TOYOBO製解析ソフト「V10 for Windows(登録商標)95 Version 1.3」を用いて行うことができる。
【0026】
各セルの径は、各セルの長径mと短径nの和を2で除した値に相当する。いうまでもなく、セルが真球の場合には、m=nとなる。
【0027】
更に、このシリコーンエラストマー多孔質体は、30μm以下、さらには10μm以下の平均セル径を有することができる。
【0028】
上記100〜250個程度のセルが存在する領域におけるセルサイズ特性が、多孔質体全体のセルサイズ特性を表すほど、本発明の多孔質体は、セル径が均一である。いいかえると、本発明の多孔質体は、その任意断面において、100〜250個のセルが存在する矩形領域において、上記本発明で規定するセルサイズ特性(セルサイズ、平均セルサイズ、50μm以下のセルサイズを有するセルの占める割合、真球度等)を示す。このような断面積の任意領域におけるセルサイズ特性は、多孔質体の全体のセルサイズ特性、例えば、160mm(幅)×400mm(長さ)×15mm(厚さ)までの大きさの多孔質体の全体のセルサイズ特性を表し得ることが確認されている。従来、100〜250個のセルが存在する矩形領域において、本発明で規定するセルサイズ特性を示す多孔質体は存在しなかった。
【0029】
既述のように、このシリコーンエラストマー多孔質体は、実質的に独立気泡型のものである。多孔質体の全セル数のうち、閉じたセル(独立気泡)がどの程度の割合で存在するかは、「単泡率」で表現することができる。この単泡率は、以下の実施例の項で説明したように測定することができる。本発明のシリコーンエラストマー多孔質体は、60%以上の単泡率を有することができ、さらには80%以上の単泡率を有することができる。
【0030】
このシリコーンエラストマー多孔質体は、基本的に、硬化してシリコーンエラストマーを生成する液状シリコーンゴム材、および水を含有する油中水型エマルジョンから製造することができる。その際、液状シリコーンゴム材が低い粘度を有する場合には、液状シリコーンゴム材と水を十分に攪拌し、エマルジョンを生成させ、その後すぐに加熱して硬化させることができる。しかしながら、本発明のシリコーンエラストマー多孔質体は、硬化してシリコーンエラストマーを生成する液状シリコーンゴム材および水とともに、界面活性作用を有するシリコーンオイル材を含有する油中水型エマルジョンから好適に製造することができる。
【0031】
上述した液状シリコーンゴム材は、加熱により硬化してシリコーンエラストマーを生成するものであれば特に制限はないが、いわゆる付加反応硬化型液状シリコーンゴムを使用することが好ましい。付加反応硬化型液状シリコーンゴムは、主剤となる不飽和脂肪族基を有するポリシロキサンと架橋剤となる活性水素含有ポリシロキサンを含む。不飽和脂肪族基を有するポリシロキサンにおいて、不飽和脂肪族基は、両末端に導入され、側鎖としても導入され得る。そのような不飽和脂肪族基を有するポリシロキサンは、例えば、下記式(1)で示すことができる。
【0032】
【化1】

【0033】
式(1)において、R1は、不飽和脂肪族基を表し、各R2は、C1〜C4低級アルキル基、フッ素置換C1〜C4低級アルキル基、またはフェニル基を表す。a+bは、通常、50〜2000である。R1によって表される不飽和脂肪族基は、通常、ビニル基である。各R2は、通常、メチル基である。
【0034】
活性水素含有ポリシロキサン(ハイドロジェンポリシロキサン)は、不飽和脂肪族基を有するポリシロキサンに対し架橋剤として作用するものであり、主鎖のケイ素原子に結合した水素原子(活性水素)を有する。水素原子は、活性水素含有ポリシロキサン1分子当たり3個以上存在することが好ましい。そのような活性水素含有ポリシロキサンは、例えば、下記式(2)で示すことができる。
【0035】
【化2】

【0036】
式(2)において、R3は、水素またはC1〜C4低級アルキル基を表し、R4は、C1〜C4低級アルキル基を表す。c+dは、通常、8〜100である。R3およびR4で表される低級アルキル基は、通常、メチル基である。
【0037】
これら液状シリコーンゴム材は、市販されている。なお、市販品では、付加反応硬化型液状シリコーンゴムを構成する不飽和脂肪族基を有するポリシロキサンと活性水素含有ポリシロキサンとは別々のパッケージで提供され、以後詳述する両者の硬化に必要な硬化触媒は、活性水素含有ポリシロキサンに添加されている。いうまでもなく、液状シリコーンゴム材は、2種類以上を併用して用いることができる。
【0038】
界面活性作用を有するシリコーンオイル材は、エマルジョン中に水を安定に分散させるための分散安定剤として作用するものである。すなわち、この界面活性作用を有するシリコーンオイル材は、水に対し親和性を示すとともに、液状シリコーンゴム材に対しても親和性を示すものである。このシリコーンオイル材は、エーテル基等の親水性基を有することが好ましい。また、このシリコーンオイル材は、通常3〜13、好ましくは4〜11のHLB値を示す。より好ましくは、HLB値が3以上異なる2種類のエーテル変性シリコーンオイルを併用する。その場合、さらに好ましくは、7〜11のHLB値を有する第1のエーテル変性シリコーンオイルと、4〜7のHLB値を有する第2のエーテル変性シリコーンオイルとを組み合わせて使用する。いずれのエーテル変性シリコーンオイルも、ポリシロキサンの側鎖にポリエーテル基を導入したものを用いることができ、例えば、下記式(3)で示すことができる。
【0039】
【化3】

【0040】
式(3)において、R5は、C1〜C4低級アルキル基を表し、R6は、ポリエーテル基を表す。e+fは、通常、8〜100である。R5で表される低級アルキル基は、通常、メチル基である。また、R6により表されるポリエーテル基は、通常、(C2H4O)x基、(C3H6O)y基、または(C2H4O)x(C3H6O)y基を含む。主に、x、yの数により、HLB値が決定される。これら界面活性作用を有するシリコーンオイル材は市販されている。
【0041】
水は、いうまでもなく、上記油中水型エマルジョン中において、粒子(水滴)の形態で不連続相として分散して存在する。後に詳述するように、この水粒子の粒径が、本発明のシリコーンエラストマー多孔質体のセル(気泡)の径を実質的に決定する。
【0042】
上述の油中水型エマルジョンは、液状シリコーンゴム材を硬化させるために、硬化触媒を含有することができる。硬化触媒としては、それ自体既知のように、白金触媒を用いることができる。白金触媒の量は、白金原子として、1〜100重量ppm程度で十分である。硬化触媒は、シリコーンエラストマー多孔質体を製造する際に上記油中水型エマルジョンに添加してもよいが、上記油中水型エマルジョンを製造する際に配合することもできる。
【0043】
上記した油中水型エマルジョンにおいて、液状シリコーンゴム材100重量部に対し、界面活性作用を有するシリコーンオイル材を0.2〜5.5重量部の割合で、水を10〜250重量部の割合で使用することが、水分散安定性に特に優れたエマルジョンを得る上で好ましい。そのような水分散安定性に優れたエマルジョンを使用することにより、良好な多孔質体をより一層安定に製造することができる。
【0044】
また、界面活性作用を有するシリコーンオイル材が、前記した第1のエーテル変性シリコーンオイルと前記第2のエーテル変性シリコーンオイルとの組合せからなる場合、液状シリコーンゴム材100重量部に対し、第1のエーテル変性シリコーンオイルを0.15〜3.5重量部の量で、第2のエーテル変性シリコーンオイルを0.05〜2重量部の量(合計0.2〜5.5重量部)で用いることが好ましい。また、液状シリコーンゴム材が不飽和脂肪族基を有するポリシロキサンと活性水素含有ポリシロキサンとの組合せからなる場合、前者と後者の重量比は、6:4〜4:6であることが好ましい。
【0045】
また、このシリコーンエラストマー多孔質体は、その用途に応じて、種々の添加剤を含有することができる。そのような添加剤としては、着色料(顔料、染料)、導電性付与材(カーボンブラック、金属粉末等)、充填材(シリカ等)を例示することができる。これら添加剤は、上記油中水型エマルジョンに配合することができる。さらに、上記油中水型エマルジョンは、例えば、脱泡を容易にすること等を目的としてエマルジョンの粘度を調整するために、分子量の低い、非反応性のシリコーンオイルを含有することができる。上記油中水型エマルジョンは、1cSt〜20万cStの粘度を有すると、脱泡が容易に行え、取り扱いに都合がよい。
【0046】
上記油中水型エマルジョンは、種々の方法により製造することができるものである。一般的には、液状シリコーンゴム材、界面活性作用を有するシリコーンオイル材、および水を、必要に応じてさらなる添加剤とともに、混合し、十分に撹拌することによって製造される。液状シリコーンゴム材が、不飽和脂肪族基を有するポリシロキサンと活性水素含有ポリシロキサンとの組合せにより提供される場合には、不飽和脂肪族基を有するポリシロキサンと界面活性作用を有するシリコーンオイル材の一部を混合・撹拌して第1の混合物を得、他方活性水素含有ポリシロキサンと界面活性作用を有するシリコーンオイル材の残りを混合・撹拌して第2の混合物を得ることができる。ついで、第1の混合物と第2の混合物を混合・撹拌しながら、徐々に水を添加して、撹拌することにより所望のエマルジョンを得ることができる。
【0047】
いうまでもなく、上記油中水型エマルジョンの製造方法はこれに限定されるものではない。液状シリコーンゴム材、界面活性作用を有するシリコーンオイル材、および水、並びに必要に応じて添加される添加剤の添加順序は、どのようなものでもよい。好適な油中水型エマルジョンを形成させるための撹拌は、例えば、300rpm〜1000rpmの攪拌器回転速度で行うことができる。エマルジョン形成後、油中水型エマルジョンを、加熱することなく、例えば真空減圧機を用いて、脱泡処理に供してエマルジョン中に存在する空気を除去することができる。
【0048】
上記したように油中水型エマルジョンを用いてシリコーンエラストマー多孔質体を製造するためには、硬化触媒の存在下に、上記油中水型エマルジョンを液状シリコーンゴム材の加熱硬化(一次加熱)条件に供することができる。一次加熱では、エマルジョン中の水を揮発させることなく、液状シリコーンゴム材を加熱硬化させるために、130℃以下の加熱温度を用いることが好ましい。一次加熱の際の加熱温度は、通常、80℃以上であり、加熱時間は、通常、5分〜60分程度である。この一次加熱により、液状シリコーンゴム材が硬化し、エマルジョン中の水粒子をエマルジョン中の状態のまま閉じ込める。硬化したシリコーンゴムは、以下述べる二次加熱による水分の蒸発の際の膨張力に耐える程度までに硬化する。
【0049】
次に、水粒子を閉じ込めた硬化シリコーンゴムから水分を除去するために、二次加熱を行う。この二次加熱は、70℃〜300℃の温度で行うことが好ましい。加熱温度が70℃未満では水の除去に長時間を要し、加熱温度が300℃を超えると、硬化したシリコーンゴムが劣化し得る。70℃〜300℃の加熱では、1時間〜24時間で水分は揮発除去される。二次加熱により水分が揮発除去されるとともに、シリコーンゴム材の最終的な硬化も達成される。揮発除去された水分は、硬化したシリコーンゴム材(シリコーンエラストマー)中に、水粒子の粒径にほぼ等しい径を有するセルを残す。
【0050】
このように、このシリコーンエラストマー多孔質体は、発泡現象を伴うことなく上記したように油中水型エマルジョンから製造することができる。また、上記した油中水型エマルジョン中の水粒子は、一次加熱により硬化したシリコーンゴムに閉じ込められ、二次加熱の際には、単に揮発するだけである。
【0051】
次に、上述した多孔質体を複数の実施例により、より具体的に説明するが、この多孔質体は、これらの実施例に限定されるものではないことは言うまでもない。
【0052】
以下の例において、シリコーンエラストマー多孔質体の単泡率は以下のようにして求めた。
<単泡率の測定>
本発明のシリコーンエラストマー多孔質体は、表面張力が高く、そのセルは微細であるため、水が侵入しにくい。そこで、シリコーンエラストマー多孔質体の水に対する濡れ性を向上させるために、界面活性剤を用いる。
【0053】
すなわち、製造したシリコーンエラストマー多孔質体の表層(表面から約1.0mm程度)を除去し、除去後の多孔質体の重量(吸水前多孔質体重量)を測定する。この多孔質体を水100重量部と親水性シリコーンオイル(ポリエーテル変性シリコーンオイル(信越化学社製KF−618))1重量部との混合溶液に浸漬し、減圧(70mmHg)下で10分間放置する。その後、大気圧に戻し、混合溶液から多孔質体を取り出し、多孔質体表面に付着している水をきれいに拭き取り、多孔質体の重量(吸水後多孔質体重量)を測定する。下記式から吸水率、連泡率、単泡率を順次算出する。
【0054】
吸水率(%)={(吸水後多孔質体重量−吸水前多孔質体重量)/吸水前多孔質体重量}×100
連泡率(%)=(多孔質体比重×吸水率/100)/{混合溶液の比重−(多孔質体比重/シリコーンエラストマーの比重)}×100
単泡率(%)=100−連泡率(%)。
【0055】
ここで、シリコーンエラストマーの比重は、液状シリコーンゴム材をそのまま硬化させたものの比重であり、製品カタログにも記載されている。
【0056】
実施例1
この実施例1では、液状シリコーンゴム材として、信越化学社から入手した液状シリコーンゴム(商品名KE−1353)を用いた。この液状シリコーンゴムは、活性水素含有ポリシロキサン(粘度:16Pa・S)と、ビニル基含有ポリシロキサン(粘度:15Pa・S)とが別々のパッケージとして提供され、ビニル基含有ポリシロキサンには、触媒量の白金触媒が添加されているものであった。以下、前者をシリコーンゴムA剤、後者をシリコーンゴムB剤と表示する。活性水素含有ポリシロキサンは、各R4がメチル基である上記式(2)の構造を有し、他方ビニル基含有シリコーンオイルは、各R1がビニル基であり、各R2がメチル基である上記式(1)の構造を有する。また、分散安定剤としては、いずれも信越化学社製ポリエーテル変性シリコーンオイルであるKF−618(HLB値:11);以下、「分散安定剤I」)およびKF−6015(HLB値:4);以下、分散安定剤II)を用いた。本実施例で用いた液状シリコーンゴム材から得られるシリコーンエラストマー自体の比重は、1.04である(カタログ値)。
【0057】
50重量部のシリコーンゴムA剤に、0.7重量部の分散安定剤Iと0.3重量部の分散安定剤IIとを予め混合した混合物を添加し、ハンドミキサーで5分間撹拌し、十分に分散させて混合物Aを調製した。他方、50重量部のシリコーンゴムB剤に、0.7重量部の分散安定剤Iと0.3重量部の分散安定剤IIとを予め混合した混合物を添加し、ハンドミキサーで5分間撹拌し、十分に分散させて混合物Bを調製した。
【0058】
得られた混合物Aと混合物Bを混合し、ハンドミキサーで3分間撹拌しながら、10重量部の水を添加した後、さらに2分間撹拌した。この混合物をハンドミキサーで撹拌しながら、90重量部の水を徐々に添加し、エマルジョンを調製した。
【0059】
得られたエマルジョンを真空減圧機内で脱泡させ、混入空気を除去した後、深さ6mmの圧縮成形金型に流し込み、プレス盤を用いて、設定温度100℃で30分間加熱(一次加熱)し、成形した。得られた成形体(多孔質体前駆体)を電気炉中、150℃で5時間加熱(二次加熱)し、水を除去した。こうして、長さ42mm、幅20mm、厚さ6mmの矩形板状のシリコーンエラストマー多孔質試験片を作製した。この試験片を幅方向に切断し、その切断面をSEMで観察し、セルの長径および短径をノギスで測定し、セルサイズ特性を求めた。また、この試験片について単泡率を測定した。結果を下記表1に示す。また、本実施例で得られた多孔質エラストマーの比重を測定したところ、0.66であり、硬度(Asker−C)は、40であった。なお、本試験片の切断面のSEM写真(倍率100倍)を図1に示す。このように、非常に微細で、均一なセル径を有する独立気泡型多孔質体が得られた。
【0060】
実施例2
この実施例2では、液状シリコーンゴム材として、東レ・ダウコーニング社から入手した液状シリコーンゴム(商品名DY35−7002)を用いた。この液状シリコーンゴムは、活性水素含有ポリシロキサン(粘度:15Pa・S)と、ビニル基含有ポリシロキサン(粘度:7.5Pa・S)とが別々のパッケージとして提供され、ビニル基含有ポリシロキサンには、触媒量の白金触媒が添加されているものであった。以下、前者をシリコーンゴムA剤、後者をシリコーンゴムB剤と表示する。活性水素含有ポリシロキサンは、各R4がメチル基である上記式(2)の構造を有し、他方ビニル基含有シリコーンオイルは、各R1がビニル基であり、各R2がメチル基である上記式(1)の構造を有する。また、分散安定剤としては、上記分散安定剤I分散安定剤IIを用いた。本実施例で用いた液状シリコーンゴム材から得られるシリコーンエラストマー自体の比重は、1.03である(カタログ値)。
【0061】
50重量部のシリコーンゴムA剤に、0.7重量部の分散安定剤Iと0.3重量部の分散安定剤IIとを予め混合した混合物を添加し、ハンドミキサーで5分間撹拌し、十分に分散させて混合物Aを調製した。他方、50重量部のシリコーンゴムB剤に、0.7重量部の分散安定剤Iと0.3重量部の分散安定剤IIとを予め混合した混合物を添加し、ハンドミキサーで5分間撹拌し、十分に分散させて混合物Bを調製した。
【0062】
得られた混合物Aと混合物Bを混合し、ハンドミキサーで3分間撹拌しながら、10重量部の水を添加した後、さらに2分間撹拌した。この混合物をハンドミキサーで撹拌しながら、90重量部の水を徐々に添加し、エマルジョンを調製した。
【0063】
このエマルジョンを用いて、実施例1と同様にしてシリコーンエラストマー多孔質体試験片を作製し、実施例1と同様にセルサイズ特性を測定し、単泡率を測定した。結果を下記表1に併記する。本実施例で得られた多孔質エラストマーの比重を測定したところ、0.55であり、硬度(Asker−C)は、56であった。なお、本試験片の切断面のSEM写真(倍率100倍)を図2に示す。このように、極めて微細で、均一なセル径を有する独立気泡型多孔質体が得られた。
【0064】
実施例3
この実施例3では、上述した実施例2で用いたシリコーンゴムA剤とシリコーンゴムB剤とを混合し、ハンドミキサーで3分間撹拌しながら、10重量部の水を添加した後、さらに2分間撹拌した。この混合物をハンドミキサーで撹拌しながら、90重量部の水を徐々に添加し、エマルジョンを調製した。
【0065】
このエマルジョンを用いて、実施例1と同様にしてシリコーンエラストマー多孔質体試験片を作製し、実施例1と同様にセルサイズ特性を測定し、単泡率を測定した。結果を下記表1に併記する。なお、本実施例で得られた多孔質エラストマーの比重を測定したところ、0.53であり、硬度(Asker−C)は、58であった。
【0066】
実施例4
この実施例4では、上述した実施例2で用いた液状シリコーンゴム材と、東レ・ダウコーニング社から入手した液状シリコーンゴム(商品名DY35−615)を用いた。この液状シリコーンゴムDY35−615は、活性水素含有ポリシロキサン(粘度:113Pa・S)と、ビニル基含有ポリシロキサン(粘度:101Pa・S)とが別々のパッケージとして提供され、ビニル基含有ポリシロキサンには、触媒量の白金触媒が添加されているものであった。以下、前者を本シリコーンゴムA剤、後者を本シリコーンゴムB剤と表示する。活性水素含有ポリシロキサンは、各R4がメチル基である上記式(2)の構造を有し、他方ビニル基含有シリコーンオイルは、各R1がビニル基であり、各R2がメチル基である上記式(1)の構造を有する。
【0067】
このシリコーンゴムA剤と実施例2で用いたシリコーンゴムA剤との体積比50:50の混合物50重量部に、0.7重量部の分散安定剤Iと0.3重量部の分散安定剤IIとを予め混合した混合物を添加し、ハンドミキサーで5分間撹拌し、十分に分散させて混合物Aを調製した。他方、本シリコーンゴムB剤と実施例2で用いたシリコーンゴムB剤との体積比50:50の混合物50重量部に、0.7重量部の分散安定剤Iと0.3重量部の分散安定剤IIとを予め混合した混合物を添加し、ハンドミキサーで5分間撹拌し、十分に分散させて混合物Bを調製した。
【0068】
得られた混合物Aと混合物Bを混合し、ハンドミキサーで3分間撹拌しながら、10重量部の水を添加した後、さらに2分間撹拌した。この混合物をハンドミキサーで撹拌しながら、90重量部の水を徐々に添加し、エマルジョンを調製した。
【0069】
このエマルジョンを用いて、実施例1と同様にしてシリコーンエラストマー多孔質体試験片を作製し、実施例1と同様にセルサイズ特性を測定し、単泡率を測定した。結果を下記表1に併記する。なお、本実施例で用いた液状シリコーンゴム材から得られるシリコーンエラストマー自体の比重は、1.07であった。また、本実施例で得られた多孔質体の比重は、0.60であり、硬度(Asker−C)は、35であった。
【0070】
比較例1
富士ゼロックス社製プリンタAble 1405から加圧ローラを取り外し、その弾性層であるシリコーンエラストマー多孔質体(発泡剤として2,2−アゾビスイソブチロニトリルを用いて発泡させたもの)から試験片を切り出した。この試験片について、実施例1と同様に、セルサイズ特性と単泡率を測定した。結果を下記表1に併記する。なお、本試験片の切断面のSEM写真(倍率100倍)を図3に示す。
【0071】
【表1】

【0072】
次に、紙送り部材を具体的に説明する。紙送り部材は樹脂や金属からなる芯体の外周に、上記のシリコーンエラストマー組成物を硬化させた多孔質体を被覆したものである。この時、芯体とシリコーンエラストマー多孔質体はプライマーや接着剤を使用して接着しても良いし、圧入により固定しても良い。このシリコーンエラストマー多孔質体は30μm以下、さらには10μm以下の平均セル径を有するので、表面が摩耗しても紙との摩擦係数の変化が少なく、紙送り性能が低下することがない。また、紙との動摩擦係数が2.5以上有り、初期の摩擦係数も高い。
【0073】
紙送り部材の製造方法は、上記のシリコーンエラストマー組成物を芯体をセットした金型に注入し一体成形したり、シリコーンエラストマー組成物のみを成形して、紙送り部材の芯体に圧入や接着等、適時選択することができる。また、紙送り部材の仕上げとして円筒研削盤等を用いて研磨加工することで、紙送り部材の外周面の表面粗さを所定の粗さに仕上げても良い。
【0074】
実施例5
外径10mmの鉄製シャフト芯金を円筒状の金型にセットし、実施例4のエマルジョンを金型に注入し加熱硬化させた後、研磨して外径16mmの平均セル径が10μm以下のシリコーンエラストマー多孔質体被覆の紙送りローラを作製した。
【0075】
比較例2
外径10mmの鉄製シャフト芯金を円筒状の金型にセットし、実施例5で用いた、東レ・ダウコーニング社から入手した液状シリコーンゴム材A(商品名DY35−7002)と液状シリコーンゴム材B(商品名DY35−615)を体積比50:50で混合したものを金型に注入し加熱硬化させた後、研磨して外径16mmのシリコーンエラストマーの紙送りローラを作製した。
【0076】
<動摩擦係数の測定>
実施例5と比較例2で作製した紙送りローラを東洋精機製作所製摩擦測定機TR型に取り付け、20mm幅の短冊状に切断したコピー用紙(富士ゼロックスC2紙)を使用し、用紙端に14.8gの錘を取り付け、荷重変換器の水平移動速度を50mm/分にして、動摩擦係数を求めた。なお、測定は室温24℃、相対湿度70%の環境で行った。
【0077】
その結果、実施例5の紙送りローラの動摩擦係数は2.9、比較例2の紙送りローラの動摩擦係数は1.8と同じシリコーンエラストマーを多孔質体とすることで動摩擦係数が約60%大きくなり、シリコーンエラストマーの初期の摩擦係数が低いという問題を解決できる。
【0078】
次に、動摩擦係数の測定が終了した実施例5の紙送りローラの表面を耐水ペーパー#2000で研磨し、簡易的に通紙耐久後の表面状態として、前記と同様に動摩擦係数を測定したところ、実施例5の紙送りローラの動摩擦係数は2.9となり、紙との動摩擦係数は低下しなかった。
【0079】
従って、上記の動摩擦係数の測定結果から明らかなように、本発明のシリコーンエラストマーを多孔質体を被覆した紙送り部材は、初期の摩擦係数も高く、表面が摩耗しても動摩擦係数が低下しない紙送り部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】実施例1で作製したシリコーンエラストマー多孔質体の断面のSEM写真である。
【図2】実施例2で作製したシリコーンエラストマー多孔質体の断面のSEM写真である。
【図3】比較例1のシリコーンエラストマー多孔質体の断面のSEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エマルジョン組成物から調製された少なくとも独立気泡型のシリコーンエラストマー製の多孔質体層を外周部に有する紙送り部材。
【請求項2】
前記多孔質体層は、50μm以下の径を有するセルが全セル数の50%以上を占め、かつ60%以上の単泡率を有するシリコーンエラストマーから形成されていることを特徴とする請求項1に記載の紙送り部材。
【請求項3】
式(A):0≦(m−n)/m≦0.5
(ここで、mは、セルの長径を表し、nは、セルの短径を表す)で示される関係を満たすセルが、全セル数の50%以上を占める事を特徴とする請求項2に記載の紙送り部材。
【請求項4】
式(B):0≦(m−n)/n≦0.5
で示される関係をも満たすセルが、全セル数の50%以上を占める事を特徴とする請求項3に記載の紙送り部材。
【請求項5】
前記シリコーンエラストマーは、30μm以下の平均セル径を有することを特徴とする請求項2に記載の紙送り部材。
【請求項6】
前記シリコーンエラストマーは、80%以上の単泡率を有することを特徴とする請求項2に記載の紙送り部材。
【請求項7】
前記セルの径が0.1μm〜70μmの範囲内にあることを特徴とする請求項2に記載の紙送り部材。
【請求項8】
前記多孔質体が、硬化してシリコーンエラストマーを生成する液状シリコーンゴム材、界面活性作用を有するシリコーンオイル材、および水を含有する油中水型エマルジョン組成物から調製されたものであることを特徴とする請求項1に記載の紙送り部材。
【請求項9】
前記多孔質体の紙との動摩擦係数が2.5以上であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の紙送り部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−248709(P2006−248709A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−68395(P2005−68395)
【出願日】平成17年3月11日(2005.3.11)
【出願人】(000227412)日東工業株式会社 (99)
【Fターム(参考)】