説明

素材の表面処理方法

【課題】従来のシランカップラーを用いた表面処理が困難であった任意の素材に対して、特定のホスホリルコリン基含有シランカップラーと反応させることにより、該ホスホリルコリン基を極めて効率良く、簡便に導入する方法を提供すること。
【解決手段】素材表面に金属酸化物又はシリカの蒸着を行った後、下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物により処理を行う素材の表面処理方法である。


(1)
式中、mは2〜6、nは1〜4である。
1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基またはハロゲンである。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホリルコリン基を含有する表面改質剤による表面処理方法及び、該表面処理方法により改質された樹脂、改質粉体、金属、セラミックス、繊維に関する。
【0002】
本発明の表面処理方法は、任意の素材に、生体適合性、保湿性、その他の様々な有用な機能を素材に付与する。
【背景技術】
【0003】
ホスホリルコリン基を有する重合体は生体適合性高分子として検討されており、この重合体を各種基剤に被覆させた生体適合性材料が開発されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンの単独重合体及び共重合体で被覆した粉末を、化粧料用粉末として利用して保湿性や皮膚密着性を改善した化粧料が開示されている。
【0005】
また、特許文献2及び特許文献3には、ホスホリルコリン基を有する重合体で被覆した医療用材料や分離剤が開示されている。
【0006】
上記の材料は、主に水酸基を有するアクリル系モノマーと2−クロロ−1,3,2−ジオキサホスホラン−2−オキシドを反応させ、更にトリメチルアミンにより4級アンモニウムとすることによりホスホリルコリン構造を有するモノマーを合成しこれを重合して得られる重合体により、その表面が被覆されたものである(重合体の製造方法に関しては特許文献4及び5を参照)。
【0007】
特許文献4には、2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンとメタクリル酸エステルの共重合体が製造され、特許文献5には2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンの単独重合体が製造されている。
【0008】
非特許文献1には、担体上に化学的にグラフトされたホスホリルコリン基により、タンパク質の吸着が減少することが記載されている。
【0009】
しかしながら、ホスホリルコリン基を有する重合体により、物体の表面を被覆して改質する方法では、被覆した重合体が物体から剥離するため、耐久性に問題が生じる場合がある。特に親水性の表面にホスホリルコリンを用いた重合体を被覆した場合、水などで容易に重合体が脱落してしまう。また、疎水性表面を被覆する場合、疎水基を有するホスホリルコリン重合体を合成し、疎水性相互作用を用いて耐久性を発揮させるが、有機溶媒など、疎水性相互作用がキャンセルされるような条件下においては、やはり容易に重合体が脱落するという問題が生じる。
【0010】
上記の問題を解決するため、本願発明者等はホスホリルコリン基を有するシランカップラーを開発し、強固な共有結合によって、ホスホリルコリン基を素材に導入することにより、素材表面に導入したホスホリルコリン基の耐久性が大きく改善され、期待すべき機能が十分に発揮されることを確認している(特許文献6)。
【0011】
【特許文献1】特開平7−118123号公報
【特許文献2】特開2000−279512号公報
【特許文献3】特開2002−98676号公報
【特許文献4】特開平9−3132号公報
【特許文献5】特開平10−298240号公報
【特許文献6】特開2005−187456号公報
【非特許文献1】Jian R.Lu等、Langmuir 2001、17、3382−3389
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、シランカップラーによる表面処理が有効な素材は、金属酸化物や一部の金属に限定され、また、それらの中でも反応効率は金属種により異なることが見出された。すなわち、樹脂のように、必ずしも、シランカップラーとの反応する足場がない素材に対しては、該シランカップラーは、必ずしも有効な手段とはならない。
【0013】
本発明は、従来のシランカップラーを用いた表面処理が困難であった任意の素材に対して、金属酸化物若しくはシリカの蒸着、又は、アルコキシシラン化合物による処理若しくはポリシラザン処理により、素材表面にシランカップラーと反応する基(シリカ蒸着、アルコキシシラン化合物処理、ポリシラザン処理を行う場合はシラノール基)を導入し、特定のホスホリルコリン基含有シランカップラーと反応させることにより、優れた耐久性の共有結合によって、該ホスホリルコリン基を極めて効率良く、簡便に導入する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
すなわち、本発明は、素材表面に金属酸化物或いはシリカの蒸着を行った後、下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物により処理を行う素材の表面処理方法を提供するものである。
【化9】

(1)
式中、mは2〜6、nは1〜4である。
1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基またはハロゲンである。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
Rは下記式(2)〜(4)中の構造のいずれかである(ただし、下記式(2)〜(4)構造において、式(1)の化合物をA−R−Bで表す)。
【化10】

(2)
【化11】

(3)
【化12】

(4)
式(2)〜(4)中、Lは1〜6、Pは0〜3を表す。
【0015】
また、本発明は、素材表面をアルコキシシラン化合物又はポリシラザン化合物により処理してシラノール基を導入した後、下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物により処理を行う素材の表面処理方法を提供するものである。
【化13】

(1)
式中、mは2〜6、nは1〜4である。
1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基またはハロゲンである。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
Rは下記式(2)〜(4)中の構造のいずれかである(ただし、下記式(2)〜(4)構造において、式(1)の化合物をA−R−Bで表す)。
【化14】

(2)
【化15】

(3)
【化16】

(4)
式(2)〜(4)中、Lは1〜6、Pは0〜3を表す。
【0016】
さらに、本発明は、上記表面処理方法により処理された樹脂素材(合成樹脂又は天然樹脂)を提供するものである。
【0017】
また、本発明は、上記表面処理方法により処理された改質粉体を提供するものである。
【0018】
さらに、本発明は、上記表面処理方法により処理された金属素材を提供するものである。
【0019】
また、本発明は、上記表面処理方法により処理されたセラミックス素材を提供するものである。
【0020】
さらに、本発明は、上記表面処理方法により処理された繊維素材を提供するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明の表面処理方法によれば、通常はシランカップラーによる表面処理が困難である各種物体の表面を、極めて簡便な反応によって、希望する任意の量のホスホリルコリン基を素材表面に導入することが可能である。すなわち、素材の材質、形状を問わず、表面改質が可能である。その結果、ホスホリルコリン基により、タンパク質吸着抑制等の希望する各種機能を有する樹脂、改質粉体、金属、セラミックス、繊維を容易に製造できる。
【0022】
さらに詳しく言えば、各種素材に、タンパク質やポリペプチドの吸着が極めて少ないホスホリルコリン基を、簡便かつ定量的に、高い耐久性をもって導入することができる。また、ホスホリルコリン基以外の未反応官能基が導入されることも無いために、極めて生体適合性の高い素材を提供することが可能である。
【0023】
本発明の方法により、ホスホリルコリン基を表面に導入した合成樹脂及び天然樹脂、改質粉体、金属、セラミックス、繊維は、生体適合性に極めて優れている。また、表面への蛋白吸着も少ないことから、医療材料、分析装置、診断・分析用粒子、化粧料などに応用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
「表面処理剤(表面改質剤)」
本発明で用いる表面処理剤(表面改質剤)は、下記式(1)、または(5)若しくは(6)で示されるホスホリルコリン基含有化合物である。特開2005−187456号公報にその製造方法が詳しく記載されている。
【化17】

(1)
式中、mは2〜6、nは1〜4である。
1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基またはハロゲンである。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
Rは下記式(2)〜(4)中の構造のいずれかである(ただし、下記式(2)〜(4)構造において、式(1)の化合物をA−R−Bで表す)。
【化18】

(2)
【化19】

(3)
【化20】

(4)
式(2)〜(4)中、Lは1〜6、Pは0〜3を表す。
【化21】

(5)
【化22】

(6)
式中、mは2〜6、nは1〜4である。X1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基またはハロゲンである。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
【0025】
「式(1)、または(5)若しくは(6)のホスホリルコリン基含有化合物の製造方法」
下記式(7)に示したホスホリルコリン誘導体を蒸留水に溶解させる。下記式(7)のホスホリルコリン誘導体は公知の化合物であり市販品を入手できる。
【化23】

(7)
【0026】
式(7)の化合物の水溶液を氷水浴中で冷却し、過ヨウ素酸ナトリウムを添加し、5時間攪拌した。反応液を減圧濃縮、減圧乾燥し、メタノールにより下記式(8)に示すアルデヒド基を有するホスホリルコリン誘導体を抽出する。
【化24】

(8)
【0027】
次に、式(8)のメタノール溶液に3−アミノプロピルトリメトキシシランを0.5当量添加する。この混合溶液を室温で所定時間撹拌したのち、氷冷し、シアノヒドロホウ素化ナトリウムを適量添加し、室温に戻して16時間撹拌する。この間も反応容器には乾燥窒素を流し続ける。沈殿をろ過した後、式(5)のメタノール溶液を得る。
【0028】
式(7)の化合物の水溶液を氷水浴中で冷却し、過ヨウ素酸ナトリウム及び触媒量の三塩化ルテニウムを添加し、3時間攪拌する。反応液を減圧濃縮、減圧乾燥し、メタノールにより下記式に示すカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体(A)を抽出する。
【化25】

(A)
【0029】
次に、式(A)のアセトニトリル或いはN,N−ジメチルホルムアミド分散液に塩化チオニル1.2当量を添加し、30分間攪拌した溶液に3−アミノプロピルトリメトキシシランを0.9当量添加する。この混合溶液を室温で4時間撹拌する。この方法では、式(6)の化合物として下記式(B)の化合物が得られる。同様な方法により、3−アミノプロピルトリメトキシシランの代わりに他のシラン化合物を用いて、一般式の式(1)、又は式(6)の化合物が得られる。
【化26】

(B)
【0030】
また、上記縮合反応に用いる試薬は、塩化チオニル以外にも、五塩化リン、オキシ塩化リン、三臭化リン、オキザリルクロライドなど、一般的にカルボン酸ハロゲン化物を生成するものであれば問題なく使用できる。精製は上記式(5)の化合物と同様の手法で行うことができる。
【0031】
上記の手順は、式(5)または(6)に示した化合物中のm、nが変わっても全く同様に行うことができる。ここで示した手順はm=3、n=2の場合である。さらにアミノ基を有するシラン化合物として3−(2−アミノエチルアミノプロピル)トリメトキシシラン等を用いることによってシラン部位とホスホリルコリン基の間に2級アミンを挿入することも可能で、これについても上記と同様の手順で行うことができる。反応溶媒は特に限定されず、上述したメタノール以外にも水や、エタノール、プロパノール、ブタノールなどのアルコール、N,N−ジメチルホルムアミドやジメチルスルホキシドなどの非プロトン性溶媒を用いることができる。ただし、反応中の有機シラン化合物の重合を防ぐためには脱水溶媒が好ましい。
また、式(5)または(6)中のメトキシ基(OCH3)がエトキシ基(OC25)である場合にはメタノールをエタノールに変えて反応を行い、Clの場合はジメチルホルムアミドやジメチルスルホキシドに変更する。
さらには、Siと結合するメトキシ基またはエトキシ基またはClの内、2つまたは1つがメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれかで置換されている場合も上記の手法と全く同様に製造することができる。
【0032】
次に、上記化合物の精製方法について説明する。本発明の化合物の精製方法は以下に限るものではない。
得られた上記化合物のメタノール溶液を減圧濃縮し、残留物を蒸留水に溶解させる。この水溶液を試料とする。疎水性相互作用とカチオン交換能を有する高速液体クロマトグラフィー用カラムである、カプセルパックSCX UG80 S−5 (サイズ:4.6mmi.d.×250mm)(株式会社資生堂)をHPLC装置に接続し、0.2mmol/Lのリン酸緩衝液(pH3.5)を1mL/分の流速で流して平衡化させたのちに、試料を10μL注入する。検出器として示差屈折計を用いることでクロマトグラムを得られ、目的とする化合物を単離することができる。
【0033】
上記式(5)および(6)の化合物は、各種物質の表面改質剤として有用である。すなわち、物質表面に容易に希望する量のホスホリルコリン基を導入して改質するものである。具体的には、水酸基を表面に有している物質の場合、その物質表面の水酸基と式(5)および(6)の化合物のSi−OCH3から脱水反応によって化学結合を形成させる。この化学反応はほとんどの有機溶媒中または水中で、10℃から250℃の温度範囲で極めて容易に定量的に進行する。この反応によって化学的、物理的に極めて安定なホスホリルコリン基による表面改質を施すことができる。
【0034】
「金属酸化物又はシリカの蒸着方法」
素材表面に対する金属酸化物又はシリカの蒸着方法としては、一般的な方法を用いることができる。真空蒸着、スパッタリング、熱CVD、光CVD、プラズマCVD、反応性蒸着等が好適に利用できる。
金属酸化物として、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化アルミニウム等を用いることができる。これらは単独でも、2種以上を混合しても良い。蒸着の厚みは特に限定されるものではなく、表面が満遍なく被覆されていれば良い。
【0035】
「アルコキシシラン化合物による処理方法」
素材表面を処理するアルコキシシラン化合物としては、テトラアルコキシシラン、トリアルコキシモノアルキルシラン、ジアルコキシジアルキルシランが好ましいが、これらに限定されるものではない。処理方法は特に限定されないが、一般的は手法として、素材をアルコキシシラン化合物を含有する溶液に素材を浸漬させるか或いは素材表面に上記溶液を塗布し、乾燥させて皮膜を形成させる。必要に応じて溶液に水或いはアルカリを添加しても良い。また、乾燥させる際に加熱を行っても良い。また、乾燥後、残存するアルコキシ基を水酸基に加水分解するため水処理を行っても良い。
本発明においては、素材表面の極性が比較的高いものから中程度のものはアルコキシシラン化合物による処理が好ましい。例えば、PMMA、ポリアミド、ナイロンなどはアルコキシシラン化合物により処理することが好ましい。
【0036】
「ポリシラザンによる処理方法」
ポリシラザンによる処理方法は、ポリシラザン溶液中に、素材を浸漬又は上記溶液を素材表面に塗布、乾燥させるものであり、必要に応じて加熱や水処理を行っても良い。
本発明においては、素材表面の極性が中程度のものから比較的低いものはポリシラザンによる処理が好ましい。例えば、アルキルシリコーン、テフロン(登録商標)などはポリシラザンによる処理することが好ましい。
【0037】
「ホスホリルコリン基含有化合物による処理」
金属酸化物若しくはシリカの蒸着、又は、アルコキシシラン化合物若しくはポリシラザン処理を行った素材に対する、上記式(1){(5)、(6)}による処理方法は特に限定されるものではない。一般的な方法として、(5)又は(6)の溶液を素材に塗布、又は、該溶液に素材を浸漬し、乾燥させることで達成できる。必要に応じて、該溶液に、水又は酸又はアルカリを添加したり、処理時間を延長したり、加熱することも可能である。また、素材の有機溶媒に対する耐久性に応じて、溶媒を適宜選択できる。処理方法は特開2005−187456号公報に詳しく記載されている。
【0038】
本発明の表面処理方法によって改質された各種素材は、生体適合性及び親水性に優れた材料及び成形品となる。そして、ホスホリルコリン基を素材表面に直接的に強固な共有結合により有する材料として、化粧料、医用材料(人工臓器、手術用器具等)、クロマト用充填剤、塗料等の分野において、蛋白の吸着が問題となる用途や、生体適合性が必要とされる幅広い用途に応用可能である。
【実施例】
【0039】
次に本発明を実施例に基づきさらに詳しく説明する。なお、本発明はこれらの実施例に
限定されるものではない。
【0040】
「合成例1:式(A)の化合物の製造(ホスホリルコリン基を含有するアミン型シランカップラーの製造)」
L−α−グリセロホスホリルコリン(450mg)を蒸留水15mlに溶解し、氷水浴中で冷却した。過ヨウ素酸ナトリウム(750mg)を添加し、5時間攪拌した。反応液を減圧濃縮、減圧乾燥し、メタノールにより化学式(5)に示す目的物を抽出した。続いて上記のメタノール溶液に3−アミノプロピルトリメトキシシラン(300mg)を添加後、室温で5時間撹拌したのち、氷冷し、シアノヒドロホウ素化ナトリウム(100mg)を添加し、室温に戻して16時間撹拌する。この間も反応容器には乾燥窒素を流し続ける。沈殿をろ過した後、式(A)のメタノール溶液を得る。
図1に、式(A)の化合物の1H−NMRデータを示す。
【0041】
「合成例2:式(B)の化合物の製造(ホスホリルコリン基を有するアミド型シランカップラーの製造)」
1−α―グリセロホスホリルコリン5gを水70ml−アセトニトリル30mlに溶解した。氷冷下、過ヨウ素酸ナトリウム17gと三塩化ルテニウム80mgを添加し、一晩攪拌した。沈殿物をろ過し、減圧濃縮、メタノール抽出により化学式(6)に示す目的とするカルボキシメチルホスホリルコリンを得た。続いてアセトニトリルに式(6)の化合物及び塩化チオニル3gを氷冷下で添加、30分間攪拌し、3−アミノプロピルトリメトキシシラン3.8gを添加、反応容器には乾燥窒素を流し続け、3時間室温で攪拌して、目的とする式(B)の化合物を得る。
図2に、式(B)の化合物の1H−NMRデータを示す。
【0042】
「実施例1:PETフィルムの式(A)の化合物による処理」
1cmx1cmのPETフィルム表面に、真空蒸着法により酸化ケイ素を蒸着した。続いて合成例1の化合物を1mmolの濃度で含むメタノール溶液5mlに浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理PETフィルムを得た。
【0043】
「実施例2:PETフィルムの式(B)の化合物による処理」
1cmx1cmのPETフィルム表面に、真空蒸着法により酸化ケイ素を蒸着した。続いて合成例2の化合物を1mmolの濃度で含むアセトニトリル溶液5mlに浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理PETフィルムを得た。
【0044】
「実施例3:ポリカーボネートフィルムの式(A)の化合物による処理」
1cmx1cmのポリカーボネートフィルム表面に、真空蒸着法により酸化ケイ素を蒸着した。続いて合成例1の化合物を1mmolの濃度で含むメタノール溶液5mlに浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理ポリカーボネートフィルムを得た。
【0045】
「実施例4:ポリカーボネートフィルムの式(B)の化合物による処理」
1cmx1cmのポリカーボネートフィルム表面に、真空蒸着法により酸化ケイ素を蒸着した。続いて合成例2の化合物を1mmolの濃度で含むアセトニトリル溶液5mlに浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理ポリカーボネートフィルムを得た。
【0046】
「実施例5:PMMAフィルムの式(A)の化合物による処理」
1cmx1cmのPMMAフィルム表面に、真空蒸着法により酸化ケイ素を蒸着した。続いて合成例1の化合物を1mmolの濃度で含むメタノール溶液5mlに浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理PMMAフィルムを得た。
【0047】
「実施例6:PMMAフィルムの式(B)の化合物による処理」
1cmx1cmのPMMAフィルム表面に、真空蒸着法により酸化ケイ素を蒸着した。続いて合成例2の化合物を1mmolの濃度で含むアセトニトリル溶液5mlに浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理PMMAフィルムを得た。
【0048】
「実施例7:PMMAフィルムの式(A)の化合物による処理」
1cmx1cmのPMMAフィルム表面に、プラズマPVD蒸着法により酸化チタンを蒸着した。続いて合成例1の化合物を1mmolの濃度で含むメタノール溶液5mlに浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理PMMAフィルムを得た。
【0049】
「実施例8:PMMAフィルムの式(B)の化合物による処理」
1cmx1cmのPMMAフィルム表面に、プラズマPVD蒸着法により酸化亜鉛を蒸着した。続いて合成例2の化合物を1mmolの濃度で含むアセトニトリル溶液5mlに浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理PMMAフィルムを得た。
【0050】
「実施例9:ナイロン粒子の式(A)の化合物による処理」
平均粒子径100μmのナイロン粒子10gに、真空蒸着法により酸化ケイ素を蒸着した。続いて合成例1の化合物を1mmolの濃度で含むメタノール溶液20mlに添加し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理ナイロン粒子を得た。
【0051】
「実施例10:ステンレスの式(B)の化合物による処理」
1cmx1cmのステンレス鋼板表面に、真空蒸着法により酸化ケイ素を蒸着した。続いて合成例2の化合物を1mmolの濃度で含むアセトニトリル溶液5ml中に浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理ステンレス鋼板を得た。
【0052】
「実施例11:PMMAフィルムのテトラブトキシシランを用いた処理」
1cmx1cmのPMMAフィルム上にテトラブトキシシラン0.1ml及び水0.01mlとエタノール0.01mlを混合したものを塗布し、60℃で3時間加熱した。フィルムを水−エタノール混合液に1時間浸漬させた後、更に水に1時間浸漬させ、合成例2の化合物を1mmolの濃度で含むアセトニトリル溶液5ml中に浸漬し、60℃で1時間加熱し、水で洗浄して処理PMMAフィルムを得た。
【0053】
「リン定量分析によるホスホリルコリン基の導入結果」
上記で行った本発明の表面処理方法により導入されたホスホリルコリン基は、過塩素酸を用いた前処理を行った後、モリブデンブルー法によるリンの定量分析により定量した(参考文献:実験化学講座(14)第4版分析, 3.8.2リン 丸善)。結果を「表1」に示す。いずれの実施例においても、ホスホリスコリン基が効率良く各種素材の表面に導入されていることが確認された。

【0054】
【表1】

【0055】
「蛋白質非特異吸着試験結果」
ウシ血清アルブミン及び卵黄リゾチームの非特異吸着量をマイクロBCA法により定量した。比較例1として未処理PET、比較例2として未処理ポリカーボネート、比較例3として未処理PMMA、比較例4として未処理ステンレスを評価した。結果を「表2」に示す。いずれの実施例においても、ホスホリルコリン基を導入した素材表面に対する蛋白質の吸着は大幅に抑制された。
【0056】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0057】
シランカップラーによる表面処理が有効な素材は、金属酸化物や一部の金属に限定されている。そして、反応効率は金属種により異なる。また、樹脂のように、必ずしも、シランカップラーと反応する足場がない素材も存在する。本発明は、従来のシランカップラーを用いた表面処理が困難であった任意の素材に対して、特定のホスホリルコリン基含有シランカップラーと反応させることにより、該ホスホリルコリン基を極めて効率良く、簡便に導入する方法を提供するものである。
【0058】
本発明の表面処理方法によれば、通常はシランカップラーによる表面処理が困難である各種物体の表面を、極めて簡便な反応によって、希望する任意の量のホスホリルコリン基を素材表面に導入することが可能である。すなわち、素材の材質、形状を問わず、表面改質が可能である。その結果、ホスホリルコリン基により、タンパク質吸着抑制等の希望する各種機能を有する樹脂、改質粉体、金属、セラミックス、繊維を容易に製造できる。
すなわち、各種素材に、タンパク質やポリペプチドの吸着が極めて少ないホスホリルコリン基を、簡便かつ定量的に、高い耐久性をもって導入することができる。また、ホスホリルコリン基以外の未反応官能基が導入されることも無いために、極めて生体適合性の高い素材を提供することが可能である。また、表面への蛋白吸着も少ないことから、医療材料、分析装置、診断・分析用粒子、化粧料などに応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】式(A)の化合物の1H−NMRスペクトルである。
【図2】式(B)の化合物の1H−NMRスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材表面に金属酸化物又はシリカの蒸着を行った後、下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物により処理を行う素材の表面処理方法。
【化1】

(1)
式中、mは2〜6、nは1〜4である。
1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基またはハロゲンである。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
Rは下記式(2)〜(4)中の構造のいずれかである(ただし、下記式(2)〜(4)構造において、式(1)の化合物をA−R−Bで表す)。
【化2】

(2)
【化3】

(3)
【化4】

(4)
式(2)〜(4)中、Lは1〜6、Pは0〜3を表す。
【請求項2】
素材表面をアルコキシシラン化合物又はポリシラザン化合物により処理してシラノール基を導入した後、下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物により処理を行う素材の表面処理方法。
【化5】

(1)
式中、mは2〜6、nは1〜4である。
1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基またはハロゲンである。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
Rは下記式(2)〜(4)中の構造のいずれかである(ただし、下記式(2)〜(4)構造において、式(1)の化合物をA−R−Bで表す)。
【化6】

(2)
【化7】

(3)
【化8】

(4)
式(2)〜(4)中、Lは1〜6、Pは0〜3を表す。
【請求項3】
請求項1又は2記載の表面処理方法により処理された樹脂素材。
【請求項4】
請求項1又は2記載の表面処理方法により処理された改質粉体。
【請求項5】
請求項1又は2記載の表面処理方法により処理された金属素材。
【請求項6】
請求項1又は2記載の表面処理方法により処理されたセラミックス素材。
【請求項7】
請求項1又は2記載の表面処理方法により処理された繊維素材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−119643(P2007−119643A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−315102(P2005−315102)
【出願日】平成17年10月28日(2005.10.28)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】