説明

細胞パターン回収ツール

【課題】細胞パターンを安定的かつ確実に維持したまま、細胞にとって低侵襲な条件で、細胞パターンを迅速に回収できる、細胞パターン回収ツールの提供。
【解決手段】本発明による細胞パターン回収ツールは、表面が易接着処理された基材層と、前記基材層上に形成された、表面がシラン処理された温度応答性ポリマー層と、前記温度応答性ポリマー層上に形成された、細胞接着阻害材料層とから構成されてなる。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、新規の細胞パターン回収ツール(または細胞パターン回収用細胞培養支持体)に関する。より詳しくは本発明は、所望の形状に細胞を培養して細胞パターン(シート)を形成し迅速に回収し得る、細胞パターン回収ツールに関する。さらに、本発明は、このような細胞パターン回収ツールの製造方法、および、このような細胞パターン回収ツールを用いた、細胞パターンの作製方法にも関する。
【0002】
背景技術
細胞シートとは、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で連結されたシート状の細胞集合体である。細胞パターンとは、所望する特定の形状として形成された細胞シートである。細胞シートや細胞パターンは、再生医療などでしばしば用いられる。
細胞シートはシャーレなどの支持体上で細胞培養を行うことにより得られるが、支持体上で形成された細胞シートは接着分子などを介して支持体表面と強固に結合しているため、細胞一細胞間の結合を壊さずに培養支持体から細胞シートを迅速に剥離することは容易ではない。これが細胞パターンの場合、さらに特定の形状を有しているため、培養支持体からの迅速かつ安定し確実な剥離には、さらに困難が伴う。
【0003】
細胞培養支持体から細胞シートを効率的に剥離する方法はこれまで種々検討されており、従来の方法において、剥離方法は主に2つに大別できる。このうち、第一の方法は、酵素反応を用いて支持体と細胞間の結合を弱める方法であり、第二の方法は、細胞接着力の弱い支持体や細胞接着力の変化する支持体を用いる方法である。
【0004】
第一の方法は、より具体的には、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)やコラーゲナーゼ(コラーゲン分解酵素)などの酵素を用いて、細胞間接着分子(密着結合、接着結合、デスモゾーム結合、ギャップ結合、ヘミデスモゾーム結合)を構成するタンパク質や、培養物の周囲を取り巻くコラーゲン結合織、細胞と支持体間に形成される細胞外マトリクス(Extracellular Matrix:ECM)を分解する方法である。しかしながら、この方法では細胞−支持体表面の結合だけでなく、細胞−細胞間の結合も弱めてしまう。このため、この方法では、細胞シートに少なからず損傷を与えてしまう。この方法で分解される結合物質は、培養される細胞、組織、器官において作られる物質であるから、剥離後においても一定の条件と期間で分解された結合物質を再生することができるが、結合物質の再生には時間がかかる。
【0005】
第二の方法のうち、細胞接着力の変化する支持体を用いる方法としては、例えば、特公平6−104061号公報(特許文献1)に、細胞増殖表面を温度応答性ポリマーで被覆した支持体が開示されている。ここには、温度応答性ポリマー層の製造方法として、電子線照射により、モノマーの重合反応と、温度応答性ポリマーの少なくとも一端を基材を構成する分子に共有結合させて基材表面に温度応答性ポリマーを固定化する(グラフト化する)反応とを行うグラフト重合法が記載されている。また例えば、特開平5−192130号公報(特許公報2)中にも、細胞培養において温度応答性ポリマーを用いることについて言及がある。しかしながら、これら文献に記載の温度応答性ポリマーを使用する培養支持体において、細胞パターンを迅速かつ安定的に回収することについては、何ら検討されていない。
【0006】
特開2003−082119号公報(特許文献3)には、細胞回収膜およびその製造方法が開示されている。また、特開2005−342112号公報(特許文献4)には、インビトロ形成され、細胞パターンを維持したまま回収された組織体と、その製造方法が開示されている。特開2006−8975号公報(特許文献5)には、所望の細胞を所望のパターンに沿って培養することが開示されている。しかしながら、これら文献には、温度応答性ポリマー層を設け、さらにその上に、所望の細胞パターンの形状に、細胞接着阻害材料層を形成することに関しては何ら記載されておらず、そのため、細胞パターンを形成させ、それを迅速に回収することについては何ら記載も示唆もされていない。また特許文献5の方法では、細胞パターンの剥離のために紫外線照射も行われている。
【0007】
したがって、細胞パターンを安定的かつ確実に維持したまま、細胞にとって低侵襲な条件で、細胞パターンを迅速に回収できる、培養支持体、すなわち、細胞パターン回収ツールが依然として求められている。
【0008】
【特許文献1】特公平6−104061号公報
【特許文献2】特開平5−192130号公報
【特許文献3】特開2003−082119号公報
【特許文献4】特開2005−342112号公報
【特許文献5】特開2006−8975号公報
【発明の概要】
【0009】
本発明者らは今般、表面が易接着処理された基材であるポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上に、温度応答性ポリマーをナノスケールの厚みでグラフトし、さらにその温度応答性ポリマー層上に、細胞接着阻害材料をマイクロスケールで固定化することによって、これら基材上に形成された層構造上に、播種した細胞が通常の培養条件下でパターン上に培養でき、さらに温度応答性ポリマーが疎水性から親水性に変化する臨界溶解温度より低い、室温下に構造体の温度を下げることで、接着させた有機薄膜上に細胞パターンを20分以内で迅速に回収することに成功した。また温度応答性ポリマー層上に、細胞接着阻害材料を固定化する際に、温度応答性ポリマー層をシラン処理することで、温度応答性ポリマーの温度応答性を消失させることなく、細胞接着阻害材料をマイルドな条件で効率的かつ確実に固定化することが出来た。本発明はこれら知見に基づくものである。
【0010】
よって、本発明は、細胞パターンを安定的かつ確実に維持したまま、細胞にとって低侵襲な条件で、細胞パターンを迅速に回収できる、細胞パターン回収ツールの提供をその目的とする。
【0011】
本発明による細胞パターン回収ツールは、
表面が易接着処理された基材層と、
前記基材層上に形成された、表面がシラン処理された温度応答性ポリマー層と、
前記温度応答性ポリマー層上に形成された、細胞接着阻害材料層と
から構成されてなる。
【0012】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明の細胞パターン回収ツールにおいては、細胞接着阻害材料層において、温度応答性ポリマー層が露出されてなる領域(細胞接着領域)と、温度応答性ポリマー層が細胞接着阻害材料に覆われてなる領域(細胞接着阻害領域)とが交互に配置されることによって、目的とする細胞パターンが形成されてなる。
【0013】
本発明の一つのさらに好ましい態様によれば、本発明の細胞パターン回収ツールにおいて、温度応答性ポリマー層が露出されてなる領域を挟んで存在する、細胞接着阻害材料に覆われてなる領域同士の間の幅は、1μm〜500μmである。
【0014】
本発明の好ましい態様によれば、本発明の細胞パターン回収ツールにおいて、細胞接着阻害材料は、エチレングリコール系材料である。
【0015】
本発明の別の好ましい態様によれば、本発明の細胞パターン回収ツールにおいて、温度応答性ポリマー層におけるシラン処理は、温度応答性ポリマー層をメタクロイルオキシシランでコーティングすることにより行われる。
【0016】
本発明のさらに好ましい態様によれば、本発明の細胞パターン回収ツールにおいて、温度応答性ポリマーは、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)である。
【0017】
本発明のより好ましい態様によれば、本発明の細胞パターン回収ツールは、粘着層を介して、基材層を底面部に形成してなるポリスチレンディシュをさらに含んでなる。
【0018】
本発明の別の態様によれば、本発明の細胞パターン回収ツールの製造方法であって、
表面が易接着処理された基材層上に、温度応答性ポリマー層を形成した後、温度応答性ポリマーの層の表面をシラン処理し、その上に光重合反応を利用して、細胞接着阻害材料層を、目的とする細胞パターンを形成しうる形状として、形成させることを含んでなる方法が提供される。
【0019】
また本発明による細胞パターンの作製方法は、
本発明による細胞パターン回収ツール上に、細胞を播種して、培養に適した温度条件下にて細胞を培養した後、該ツールの温度を、温度応答性ポリマーが疎水性から親水性に変化する臨界溶解温度またはそれより低い温度に変化させて、細胞を該ツールから剥離させることによって、目的とする細胞パターンを迅速に回収することを含んでなる。このとき好ましくは、前記臨界溶解温度は室温である。
【0020】
本発明による細胞パターンは、前記した本発明による細胞パターンの作製方法により作製されたものである。
【0021】
本発明による細胞パターン回収ツールによれば、所望の細胞パターンを該ツール上で細胞培養により形成させ、それを、安定的かつ確実に維持したまま、細胞にとって低侵襲な条件にて迅速に回収することができる。本発明によれば、慣用の動物細胞培養温度条件から、室温へと、細胞培養を行っている該ツールの温度を変えることだけで、ツール表面に接着させる有機薄膜上に、所望の細胞パターンを移し取り、従来に無い迅速さで(例えば、20分以内)、細胞パターンを回収することが出来る。このような迅速な回収が可能であることは、細胞パターンの量産に適したプロセスに用いることができる。さらに本発明よる細胞パターン回収ツールにより得られた細胞パターンは、所望の形状を有すると同時に表面の接着因子も損なわれていないため、再生医療などの現場や、そのための研究に、有利に利用することが出来る。
【発明の具体的説明】
【0022】
細胞パターン回収ツール
本発明による細胞パターン回収ツールは、前記したように、基本的に、
表面が易接着処理された基材層と、
前記基材層上に形成された、表面がシラン処理された温度応答性ポリマー層と、
前記温度応答性ポリマー層上に形成された、細胞接着阻害材料層と
から構成されてなる。すなわち、本発明による細胞パターン回収ツールは、前記した基材層と、温度応答性ポリマー層と、細胞接着阻害材料層とを少なくとも含んでなるものあり、必要に応じて、例えば、粘着層を介して、基材層を底面部に形成してなるポリスチレンディシュなどの任意構造をさらに含んでいてもよいことを意味する。
図1は、本発明による細胞パターン回収ツールの概念図である。
【0023】
基材層
ここで、「表面が易接着処理された基材層」における「基材層」の基材としては、その表面を後述する易接着処理できるものであれば、いずれの材料によるものであってもよく例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、アクリル等が挙げられる。ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクタン、もしくはその共重合体のような生分解性ポリマーであってもよい。好ましくは、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリカーボネートであり、より好ましくは、ポリエチレンテレフタレートである。この内特に、ポリエチレンテレフタレートは、透明性、寸法安定性、機械的性質、電気的性質、耐薬品性等の性質に優れているため、細胞パターン回収ツールの材料として好適である。
【0024】
「表面が易接着処理された基材層」において、基材の「表面が易接着処理された」とは、例えば、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン、ポリエチレンイミン、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等の易接着剤により、基材の表面に易接着層が設けられたものを挙げることが出来る。この内、好ましい易接着剤としては、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン等が挙げられる。基材表面を易接着処理することによって、それを覆う温度応答性ポリマー層の接着を容易にできる。
【0025】
基材の「表面が易接着処理」について、基材がポリエチレンテレフタレートの場合を具体例として挙げ、説明すると、ポリエチレンテレフタレートフィルムに易接着性を付与するには、易接着性付与塗料をインラインコート方式またはオフラインコート方式にて塗布することができる。易接着性付与塗料としては、前記易接着剤と架橋剤成分のメラミン系樹脂等を組み合わせたものが例示できる。インラインコート方式とは、フィルムの成膜工程のなかで塗布する方式であり、オフラインコート方式とは、成膜にて得られた二軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムをコーターにかけ、塗料を塗布・乾燥する方式である。塗料の塗布方式としては、ロールコート法、グラビアコート法、マイクログラビアコート法、リバースコート法、リバースグラビアコート法、バーコート法、ロールブラッシュ法、エアーナイフコート法、カーテンコート法、ダイコート法などの任意の塗布方式を適宜、単独または組み合わせて適用することができる。
【0026】
ここで、表面が易接着処理された基材層の厚さは、特に制限は無いが、例えば、10〜500μm、好ましくは、50〜200μmである。
【0027】
なお、表面が易接着処理された基材層は、必要であれば市販品を使用してもよい。
【0028】
温度応答性ポリマー層
本発明において、「表面がシラン処理された温度応答性ポリマー層」は、前記したように、前記基材層上、特に易接着処理された基材層表面に形成されてなる。
【0029】
「温度応答性ポリマー層」において使用可能な温度応答性ポリマーは、細胞培養温度下(通常、37℃程度)において疎水性を示し、培養した細胞シートの回収時の温度下において親水性を示し得るものである。
ここで、温度応答性ポリマーが、疎水性から親水性に変化する温度(水に対する臨界溶解温度(T))は、特に限定されないが、培養後の細胞シートの回収の容易さの観点からは、細胞培養温度よりも低い温度であることが好ましい。このような温度応答性ポリマー成分を含むことで、細胞培養時においては、細胞の足場(細胞接着面)が充分に確保されるため、細胞培養を効率よく行うことができる一方、培養後の細胞シートの回収時においては、疎水性部分を親水性に変化させ、培養された細胞シートを細胞培養基材から分離させることで、細胞シートの回収をより一層容易にすることができる。特に所定の臨界溶解温度未満の温度で親水性を示し、同温度以上の温度で疎水性を示す温度応答性ポリマーが好ましい。このような温度応答性ポリマーにおける臨界溶解温度を特に下限臨界溶解温度と呼ぶ。
【0030】
本発明において好適に使用できる温度応答性ポリマーは、具体的には下限臨界溶解温度Tが0〜80℃、好ましくは0〜50℃、より好ましくは室温程度であるポリマーが好ましい。Tが80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。またTが0℃より低いと、一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため好ましくない。なお、例えば、Tが室温程度であると、細胞培養温度(通常、37℃程度)からTまで温度を下げるには、培養用のインキュベーターから培養しているツールをインキュベーター外に出すだけで、温度Tを達成できるため、操作性をより向上させることができる。
【0031】
このような好適なポリマーとしてはアクリル系ポリマー又はメタクリル系ポリマーが挙げられる。好適なポリマーは例えば特許文献1にも記載されている。具体的に適当なポリマーとしては、例えば、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、及び、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。その他のポリマーとしては、例えば、ポリ−N−エチルアクリルアミド、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド、ポリ−N−シクロプロピルメタクリルアミド、ポリ−N−アクリロイルピロリジン、ポリ−N−アクリロイルピペリジン、ポリメチルビニルエーテル、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のアルキル置換セルロース誘導体や、ポリポリプロピレンオキサイドとポリエチレンオキサイドとのブロック共重合体等に代表されるポリアルキレンオキサイドブロック共重合体や、ポリアルキレシオキサイドブロック共重合体が挙げられる。
【0032】
本発明の好ましい態様においては、該ポリマーとしては、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)、ポリーN−n―プロピルメタクリルアミド、ポリーN,N−ジエチルアクリルアミド、より好ましくは、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドが挙げられる。
【0033】
これらのポリマーを形成するためのモノマーとしては、例えばモノマーの単独重合体がT=0〜80℃を有するようなモノマーであって、放射線照射(好ましくは電子線照射)によって重合し得るモノマーが挙げられる。モノマーとしては例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体、及びビニルエーテル誘導体等が挙げられ、これらの1種以上を使用してよい。モノマーが一種類単独で使用された場合、基材上に形成されるポリマーはホモポリマーとなり、モノマーが複数種一緒に使用された場合、基材上に形成されるポリマーはコポリマーとなるが、どちらの形態も本発明に包含される。また、増殖細胞の種類によって「T」を調節する必要がある場合や、被覆物質と細胞培養支持体との相互作用を高める必要が生じた場合や、細胞支持体の親水/疎水性のバランスを調整する必要がある場合などには、上記以外の他のモノマー類を更に加えて共重合してよい。更に本発明に使用する上記ポリマーとその他のポリマーとのグラフトまたはブロック共重合体、あるいは本発明のポリマーと他のポリマーとの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質が損なわれない範囲で架橋してもよい。
【0034】
本発明の好ましい態様においては、該モノマーとしては、N−イソプロピルアクリルアミド、N−n−プロピルメタクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド、より好ましくは、N−イソプロピルアクリルアミドが挙げられる。
【0035】
本発明において、温度応答性ポリマー層の形成は下記のようにして行うことが出来る。すなわち、前記モノマーと、該モノマーを溶解しうる有機溶媒と含む塗布用組成物を調製し、これを慣用の塗布方法に従って塗布することにより形成することができる。ここで、慣用の塗布方法としては、小面積の基材層への塗布方法としては、例えば、スピンコーター、バーコーター等による塗布法、噴霧塗布法等が挙げられ、また大面積の基材層への塗布方法としては、例えば、ブレードコーティング法、グラビアコーティング法、ロッドコーティング法、ナイフコーディング法、リバースロールコーティング法、オフセットグラビアコーティング法等が使用できる。
【0036】
前記したモノマーを溶解しうる有機溶媒としては、モノマーを溶解しうるものであれば特に制限はないが、常庄下に於いて沸点120℃以下、特に60〜110℃のものが好ましい。好ましい溶媒としては、具体的にはメタノール、エタノール、n−プロパノール、2−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール、及び水等が挙げられ、これらは組み合わせて使用しても良い。その他の溶媒、例えば1−ペンタノール、2−エチル−1−ブタノール、2−ブトキシエタノール、及びエチレン(若しくはジエチレン)グリコール又はそのモノエチルエーテル、等も使用可能である。必要であれば、上記溶液にはその他添加剤として、硫酸等で代表される酸類、モール塩等を配合してよい。
【0037】
本発明のより好ましい態様によれば、モノマーを溶解しうる有機溶媒としては、2-プロパノールである。また、塗布用組成物中のモノマーの含有量は5〜70重量%であることが好ましい。
【0038】
塗布用組成物の塗布による塗膜形成後、そこに電子線を照射することによって、重合反応によるポリマー形性と、基材表面とポリマーとの間のグラフト化反応を起こさせ、必要により塗膜を乾燥させて、前記有機溶媒を除去する。
【0039】
このようにして形成された温度応答性ポリマー層を、必要時応じてさらに洗浄してもよい。基材表面上に共有結合により固定化されたポリマー分子だけでなく、固定化されていない遊離のポリマー分子や、未反応のモノマー等が存在していると考えられ、洗浄により、これら遊離ポリマーや未反応物を除去することができるので好ましい。また後述するシラン処理の実効性を高める上でも有利である。ここで、洗浄方法は特に限定されないが、典型的には浸漬洗浄、遥動洗浄、シャワー・洗浄、スプレー洗浄、超音波洗浄等が挙げられる。また洗浄液としては典型的には各種水系、アルコール系、炭化水素系、塩素系、酸・アルカリ洗浄液が挙げられる。
【0040】
本発明において、温度応答性ポリマー層の被覆量は、グラフトされたポリマーが温度応答性を発揮する必要な塗布量であればよく、例えば、5〜80μg/cmであり、10〜50μg/cmであることが好ましい。ポリマー被覆量が50μg/cmを超過すると細胞接着性が低下してしまうという問題があり、逆に被覆量が5μg/cm未満だと細胞剥離性が低下する。
【0041】
本発明においては、このようにして形成された温度応答性ポリマー層は、慣用のシランカップリング剤、例えば、メタクリロキシシラン、ビニルシラン、アミノシラン、エポキシシラン等を用いて、表面をシラン処理する。好ましくは、ここで使用するシランカップリング剤としては、メタクリロキシシランである。表面にシラン処理を施さないと、温度応答性ポリマー層と、細胞接着阻害材料層との結合が十分でなく、温度応答性ポリマー層上に細胞接着阻害材料層を細胞パターン上に形成させることが十分にできなくなる場合がある。これに対し、表面をシラン処理することで、温度応答性ポリマー層と、細胞接着阻害材料層との間の結合を確実にし、細胞接着阻害材料層による所望の細胞パターンの形成を確実にすることができる。
【0042】
ここで、シラン処理は、シランカップリング剤を溶解しうる有機溶媒を使用して溶解させ、これを慣用の塗布方法、例えば、スピンナー法、ダイコート法、浸漬法、グラビア印刷法、CVD(化学蒸着法)等により形成された温度応答性ポリマー層を塗布することにより行うことができる。例えば、スピンナー法で行う場合、条件は、700〜2000rpmで、3〜20秒程度とすることができる。
【0043】
またここで、シランカップリング剤を溶解しうる有機溶媒としては、例えば、イソプロピルアルコール(IPA)、エタノール、1,3−ブタンジオール、n−ブタノール、ペンタン、クロロベンゼン、メチルアルコール、n−プロピルアルコール、イソペンチルアルコール、ベンジルアルコール、フェノール、ジエチルエーテル、1,4−ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、アセトニトリル、プロピオニトリル、酢酸メチル、酢酸エチル、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、ニトロエタン、ニトロメタン、ニトロベンゼン、アニリン、ピリジン、モルホリン、キノリン、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセタミドおよび水等が挙げられ、これらは組み合わせて使用しても良い。好ましくは、該有機溶媒は、イソプロピルアルコールである。
【0044】
なお、表面をシラン処理した温度応答性ポリマー層において、シラン処理層は温度応答性ポリマーと一体もしくは、区別不能な状態となっており、別個独立したそれぞれの層を形成しているのではないと考えられる。このため、本明細書においては、温度応答性ポリマー層という場合には、シラン処理を施したものを含めて言う場合がある。なお、これらは理論もしくは仮定であって、本発明を限定するものではない。
【0045】
このようなポリマー被覆量またはシラン処理被覆量は、例えばフーリエ変換赤外分光計全反射法(FT−IR−ATR法)、被覆部若しくは非被覆部の染色や蛍光物質の染色による分析、更に接触角測定等による表面分析、X線光電子分光法測定(XPS)を単独または併用して求めることが出来る。
【0046】
本発明の細胞パターン回収ツールにおいて、シラン処理された温度応答性ポリマー層の乾燥時の厚さは、0.001〜10μmであることが好ましく、より好ましくは0.01〜0.03μmである。
【0047】
細胞接着阻害材料層
本発明において、「細胞接着阻害材料層」は、前記したように、シラン処理された温度応答性ポリマー層上に形成されてなる。
【0048】
ここで、細胞接着阻害材料としては、細胞と接着することを阻害する細胞接着阻害性を有するものであって、そのモノマーを、光重合開始剤と共に使用して、光重合反応に付すことよって、光(例えば、紫外光)照射部分について光重合反応を起こし、細胞接着阻害材料層を形成できるものであれば、特に制限はない。このような細胞接着阻害材料としては、例えば、エチレングリコール系樹脂、具体的には、ポリエチレングルコールジアクリレート、ポリエチレングルコールメタクリレート、リン脂質ポリマー、長鎖アルキル系材料、フッ素系材料などの撥水性材料、ポリビニルアルコール(PVA)などの親水性材料等が挙げられる。
【0049】
ここで使用可能な光重合開始剤としては、例えば、2−ヒドロキシ−4’−(2−ヒドロオキシエトキシ)−2−メチルプロピオフェノン、カンフォキノン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2,2−ジエトキシアセトフェノン、2−クロロベンゾフェノン、2−エチルアントラキノン、4,4’−ビス(ジエチルアミノ)ベンゾフェノン、9−フルオレノン、ベンジル、ベンゾリン、ジフェニルヨードニウムヘキサフルオロフォスフェート、N−メチル−9−アクリドン、トリブロモメチルフェニルスルホン等が挙げられる。
【0050】
本発明において、細胞接着阻害材料層の形成は下記のようにして行うことが出来る。すなわち、前記細胞接着阻害材料と、光重合開始剤と、これらを溶解しうる溶媒と含む溶液を調製し、これを慣用の塗布方法に従って塗布した後、必要に応じて所望の細胞パターン形状をなすようにマスキングし、これを光(紫外線)をマスク照射して、光重合反応を起こさせる。次いで、表面を水等を用いて洗浄して、重合反応に関与しなかった領域を洗い流し、これによって、所望の細胞パターン状に細胞接着阻害材料層を形成させることができる。あるいは、前記細胞接着阻害材料と、光重合開始剤と、これらを溶解しうる溶媒とを含む溶液をインクジェット方式、オフセット印刷方式、グラビア印刷方式、フレキソ印刷方式、グラビアオフセット印刷方式、スクリーン印刷方式などで所定のパターンを形成し、全面光(紫外線または光重合開始剤の吸収波長)を照射する方法が考えられる。
【0051】
本発明においては、照射する光としては、紫外光、例えば、波長150〜600nm、照度1〜100mW/cmが使用することができるが、紫外光が好ましい。
【0052】
すなわち、本発明の好ましい態様によれば、細胞接着阻害材料層において、温度応答性ポリマー層が露出されてなる領域と、温度応答性ポリマー層が細胞接着阻害材料に覆われてなる領域とが交互に配置されることによって、目的とする細胞パターンが形成されてなる。より好ましくは、このとき、温度応答性ポリマー層が露出されてなる領域を挟んで存在する、細胞接着阻害材料に覆われてなる領域同士の間の幅は、1μm〜500μm、さらに好ましくは、2〜200μmである。
【0053】
本発明の細胞パターン回収ツールにおいて、細胞接着阻害材料層の乾燥時の厚さは、0.01〜15μmであることが好ましく、より好ましくは、0.05〜1.5μmである。
【0054】
他の層または構造
本発明において、基材層の形状としては、ディッシュ形状や、フィルム形状などが挙げられる。フィルム形状基材を用いる場合、フィルム形状基材表面にグラフトされる温度応答性ポリマー層を形成した後、細胞培養に適した形状(例えばディッシュ形状)に加工することができる。加工の際は、必要に応じて他の材料からなる部材を前記基材と組み合わせて使用することもできる。例えば、基材層の底面と粘着層を介して、ポリスチレンディシュ、シャーレの底面に形成し、それらを含めて、本発明による細胞パターン回収ツールとして使用することもできる。
【0055】
細胞パターン回収ツールの製造方法
本発明の別の態様によれば、前記したように、本発明の細胞パターン回収ツールの製造方法であって、
表面が易接着処理された基材層上に、温度応答性ポリマー層を形成した後、温度応答性ポリマーの層の表面をシラン処理し、その上に光重合反応を利用して、細胞接着阻害材料層を、目的とする細胞パターンを形成しうる形状として、形成させることを含んでなる方法が提供される。
なお図2は、本発明による細胞パターン回収ツールの製造方法を、具体例を挙げて示した概念図である。
【0056】
細胞パターンの作製方法
また本発明による細胞パターンの作製方法は、前記したいように、
本発明による細胞パターン回収ツール上に、細胞を播種して、培養に適した温度条件下にて細胞を培養した後、該ツールの温度を、温度応答性ポリマーが疎水性から親水性に変化する臨界溶解温度またはそれより低い温度に変化させて、細胞を該ツールから剥離させることによって、目的とする細胞パターンを迅速に回収することを含んでなる。
【0057】
本発明の細胞パターン回収ツールを用いて、種々の細胞、例えば生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞等から細胞パターンを作製することができる。こうして作製された細胞パターンは、所望する特定の形状を有し、かつ、表面の接着因子が損なわれていないことに加えて、細胞培養面に接した部分が均一な品質を有することから、再生医療などへの利用に適したものである。また、細胞パターンを利用することでバイオセンサー等の検出デバイスへの応用へも展開できる。
【0058】
なお本明細書において、「約」および「程度」を用いた値の表現は、その値を設定することによる目的を達成する上で、当業者であれば許容することができる値の変動を含む意味である。
【実施例】
【0059】
本発明を以下の例によって詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0060】
実施例1
(1−1) 温度応答性フィルムの作製
N−イソプロピルアクリルアミドを、最終濃度20重量%になるようにイソプロピルアルコール(IPA)に溶解させた。市販の易接着性ポリエチレンテレフタレートフィルム(三光産業社より入手、透明50−Fセパ1090)(以下において「易接着PET」と略することがある)を調達し、これを10cm角に切断した。ここに前記溶液を、易接着PETの易接着面に展開し、ミヤバーでコーティングした。電子線照射装置(岩崎電気社製)を用いて該サンプル上に電子線照射を行い、該溶液をグラフト重合した。このときの電子線照射線量は300kGyであった。
【0061】
(1−2) 細胞接着阻害材料の形成
メタクリロキシシラン(モメンティブパフォーマンスマテリアルズ社より入手、TSL8370)を用意し、これをイソプロピルアルコール(IPA)で0.1重量%になるように希釈した。
前記で得られたフィルムを、0.7mm厚ガラスにテープで固定し、スピンナー(ミカサ製)を用いて、メタクリロキシシランをコーティングし、シラン処理を行った。このときのスピンナー法の条件は700rpm×3秒であった。
次いで、ポリエチレングリコールジアクリレート(分子量300、アルドリッチ社より入手)が最終濃度50重量%になるように、純水で希釈し、ここに、重合開始剤として、2−ヒドロキシ−4’−(2−ヒドロオキシエトキシ)−2−メチルプロピオフェノン(アルドリッチ社より入手)を最終濃度1重量%になるように加えた。この溶液をスターラーで15分間攪拌した。
【0062】
これをシラン処理したフィルム上に1mL展開し、150μm厚PETフィルム(東レ株式会社製)を用いて所望のパターン形状が形成されるように、マスキングした。次いで、フォトマスクをマスキングフィルム上からギャップ200μm離してセットし、500mWマルチライト(ウシオ電機社製)を用いて、10秒間光照射した。光照射条件は、波長、365nmで、照度は75mW/cmであった。
その後、マスキングフィルムを剥離し、シラン処理基材上にポリエリレングリコールジアクリレートが固定化されていることを目視で確認した。
【0063】
(1−3) 細胞培養
このようにして得られた培養支持体ツールを、20mmφに切り出し、粘着層を露出させ、35mmφポリスチレンディッシュ(ベクトンディッキンソン社製)底面に貼り付け、これを70%エタノールにて滅菌した。滅菌時間は1時間とした。
マウス線維芽細胞(DSファーマバイオメディカル社より入手)を、5×10cells/cmになるように調整し、ツール内に播種した。
このとき、使用培地は5%FBS含有DMEM(ギブコ製)であった。培養はCOインキュベーターで37℃、5%COの条件にて行い、培養48時間後、細胞がパターン上に接着していることを位相差顕微鏡により確認した。
【0064】
次いで、得られた細胞バターン上にビトリゲル(旭テクノグラス社製)を接触させ、室温下で20分間放置した後、ピンセットで慎重にビトリゲルを剥離した。ビトリゲル上に、細胞パターンが回収されていることを位相差顕微鏡で確認した。
【0065】
実施例2
(2−1) 温度応答性フィルムの作製
実施例1の(1−1)の項と同様にして、温度応答性フィルムを作製した。
【0066】
(2−2) 細胞接着阻害材料の形成
メタクリロキシシラン(モメンティブパフォーマンスマテリアルズ社より入手、TSL8370)を用意し、これをイソプロピルアルコール(IPA)で0.1重量%になるように希釈した。
前記で得られたフィルムを、0.7mm厚ガラスにテープで固定し、スピンナー(ミカサ製)を用いて、メタクリロキシシランをコーティングし、シラン処理を行った。このときのスピンナー法の条件は700rpm×3秒であった。
【0067】
次いで、ポリエチレングリコールメタクリレート(分子量525、アルドリッチ社より入手)が最終濃度50重量%になるように、純水で希釈し、ここに、重合開始剤として、2−ヒドロキシ−4’−(2−ヒドロオキシエトキシ)−2−メチルプロピオフェノン(アルドリッチ社より入手)を最終濃度1重量%になるように加えた。この溶液をスターラーで15分間攪拌した。
【0068】
これをシラン処理したフィルム上に1mL展開し、150μm厚PETフィルム(東レ株式会社製)を用いて所望のパターン形状が形成されるように、マスキングした。次いで、フォトマスクをマスキングフィルム上からギャップ200μm離してセットし、250mWマルチライト(ウシオ電機社製)を用いて、20秒間光照射した。光照射条件は、波長、365nmで、照度は38mW/cmであった。
その後、マスキングフィルムを剥離し、シラン処理基材上にポリエリレングリコールメタクリレートが固定化されていることを目視で確認した。
【0069】
(2−3) 細胞培養
このようにして得られた培養支持体ツールを、7.5cmに切り出し、粘着層を露出させ、100mmφポリスチレンディッシュ(ベクトンディッキンソン社製)底面に貼り付け、これをエチレンオキサイドガスにて滅菌した。滅菌時間は2時間とした。
ヒト正常血管内皮細胞(クラボウ社より入手)を、5×10cells/cmになるように調整し、ツール内に播種した。
このとき、使用培地は10%FBS含有HuMediaであった。培養はCOインキュベーターで37℃、5%COの条件にて行い、培養48時間後、細胞がパターン上に接着していることを位相差顕微鏡により確認した。
【0070】
次いで、得られた細胞バターン上にCellShifter(セルシード社製)を接触させ、室温下で20分間放置した後、ピンセットで慎重にCellShifterを剥離した。CellShifter上に、細胞パターンが回収されていることを位相差顕微鏡で確認した。
【0071】
実施例3
(3−1) 温度応答性フィルムの作製
実施例1の(1−1)の項と同様にして、温度応答性フィルムを作製した。
【0072】
(3−2) 細胞接着阻害材料の形成
メタクリロキシシラン(モメンティブパフォーマンスマテリアルズ社より入手、TSL8370)を用意し、これをイソプロピルアルコール(IPA)で1重量%になるように希釈した。
前記で得られたフィルムを、0.7mm厚ガラスにテープで固定し、スピンナー(ミカサ製)を用いて、メタクリロキシシランをコーティングし、シラン処理を行った。このときのスピンナー法の条件は1000rpm×3秒であった。
【0073】
次いで、ポリエチレングリコールジアクリレート(分子量525、アルドリッチ社より入手)が最終濃度50重量%になるように、IPAで希釈し、ここに、重合開始剤として、2−ヒドロキシ−4’−(2−ヒドロオキシエトキシ)−2−メチルプロピオフェノン(アルドリッチ社より入手)を最終濃度1重量%になるように加えた。この溶液をスターラーで15分間攪拌した。
【0074】
これをシラン処理したフィルム上に2mL展開し、スピンナーを用いて1000rpmで3秒間処理した。次にフォトマスクをフィルム上からギャップ200μm離してセットし、1kW自動露光装置(大日本科研株式会社製)を用いて、20秒間光照射した。
その後、シラン処理基材上にポリエリレングリコールジアクリレートが固定化されていることを目視で確認した。
【0075】
これにより、開口部幅60μmで遮光部幅300μmに、調整してマスク照射を行い、温度応答性ポリマー層が露出されてなる領域(細胞接着領域)の幅が300μmとなり、また、温度応答性ポリマー層が細胞接着阻害材料に覆われてなる領域(細胞接着阻害領域)の幅が60μmとなるラインパターンの「サンプル1」を作製した。
同様にして、細胞接着領域の幅が60μmとなり、また、細胞接着阻害領域の幅が300μmとなるラインパターンの「サンプル2」を作製した。
【0076】
(3−3) 細胞培養
このようにして得られた培養支持体ツールを、7.5cmに切り出し、粘着層を露出させ、100mmφポリスチレンディッシュ(ベクトンディッキンソン社製)底面に貼り付け、これをエチレンオキサイドガスにて滅菌した。滅菌時間は2時間とした。
ウシ血管内皮細胞(HS研究資源バンク社より入手)を、67000cells/cmになるように調整し、ツール内に播種した。
培養24時間後、細胞がパターン上に接着していることを位相差顕微鏡により確認した。
【0077】
結果は図3に示されるとおりであった。
なお図は、倍率40倍にて、細胞培養を行ったサンプル1およびサンプル2の表面を顕微鏡撮影したものである。
【0078】
実施例4 :ポリエチレングルコールジアクリレートの密着性試験
まず、実施例1の(1−1)の項と同様にして、温度応答性フィルムを作製した。
次いで、実施例1の(1−2)と同様にシラン処理をした後、開口部幅300μmで遮光部幅60μmに、調整してマスク照射を行い、温度応答性ポリマー層が露出されてなる領域(細胞接着領域)の幅が60μmとなり、また、温度応答性ポリマー層が細胞接着阻害材料に覆われてなる領域(細胞接着阻害領域)の幅が300μmとなるラインパターンの「サンプルA」を作製した。
シラン処理を実施しない以外は同様にして「サンプルB」を作製した。
作製した各サンプルを用いて、実施例1と同様にして細胞培養を行い、細胞パターンが適切に回収できるか確認をした。
【0079】
結果は下記表に示される通りであった。
表1:
サンプルの種類 評価
サンプルA(シラン処理した温度応答性ポリマー層を有する) ○
サンプルB(未処理の温度応答性ポリマー層を有する) △
表中、○は細胞パターンが適切に回収できたことを意味し、△は細胞パターンと共にポリエチレングリコールジアクリレートの一部がビトリゲルに転写されてしまったことを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明による細胞パターン回収ツールの概念図である。図中、層の厚みは例示である。
【図2】本発明による細胞パターン回収ツールの製造過程を表す概念図である。図中、上から下に向かって順に、本発明による細胞パターン回収ツールの製造プロセスの一例を示す。
【図3】実施例3の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が易接着処理された基材層と、
前記基材層上に形成された、表面がシラン処理された温度応答性ポリマー層と、
前記温度応答性ポリマー層上に形成された、細胞接着阻害材料層と
から構成されてなる、細胞パターン回収ツール。
【請求項2】
細胞接着阻害材料層において、温度応答性ポリマー層が露出されてなる領域と、温度応答性ポリマー層が細胞接着阻害材料に覆われてなる領域とが交互に配置されることによって、目的とする細胞パターンが形成されてなる、請求項1に記載の細胞パターン回収ツール。
【請求項3】
温度応答性ポリマー層が露出されてなる領域を挟んで存在する、細胞接着阻害材料に覆われてなる領域同士の間の幅が、1μm〜500μmである、請求項2に記載の細胞パターン回収ツール。
【請求項4】
細胞接着阻害材料がエチレングリコール系材料である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の細胞パターン回収ツール。
【請求項5】
温度応答性ポリマー層におけるシラン処理が、温度応答性ポリマー層をメタクロイルオキシシランでコーティングすることにより行われる、請求項1〜4のいずれか一項に記載の細胞パターン回収ツール。
【請求項6】
温度応答性ポリマーが、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の細胞パターン回収ツール。
【請求項7】
粘着層を介して、基材層を底面部に形成してなるポリスチレンディシュをさらに含んでなる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の細胞パターン回収ツール。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の細胞パターン回収ツールの製造方法であって、
表面が易接着処理された基材層上に、温度応答性ポリマー層を形成した後、温度応答性ポリマーの層の表面をシラン処理し、その上に光重合反応を利用して、細胞接着阻害材料層を、目的とする細胞パターンを形成しうる形状として、形成させることを含んでなる、方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の細胞パターン回収ツール上に、細胞を播種して、培養に適した温度条件下にて細胞を培養した後、該ツールの温度を、温度応答性ポリマーが疎水性から親水性に変化する臨界溶解温度またはそれより低い温度に変化させて、細胞を該ツールから剥離させることによって、目的とする細胞パターンを迅速に回収することを含んでなる、細胞パターンの作製方法。
【請求項10】
前記臨界溶解温度が室温である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項9または10に記載の方法により作製された、細胞パターン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−98979(P2010−98979A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271850(P2008−271850)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度、文部科学省科学技術振興調整費委託事業「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】