説明

細胞周期解析方法

【課題】細胞が塊として認識されていても、それを除外することなく細胞周期解析に有用なデータを引き出すことが可能な細胞周期解析方法を提供する。
【解決手段】細胞核を可視化する工程と、特定の細胞周期に特異的に発現する生体分子を可視化する工程と、前記細胞核を可視化することにより得られた細胞核の数値データと、前記生体分子を可視化することにより得られた生体分子の数値データとを利用して、細胞集団中の前記特定の細胞周期割合を同定する、細胞周期解析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞周期解析方法に関し、特に、細胞や組織を画像で認識し、その画像より得られたデータで解析する際の細胞周期関連データ取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イメージングサイトメータで細胞周期を解析する際には細胞核を染色してそのDNA含量と最大輝度から細胞周期を判断する方法が一般的である(Cytometry A. 2004 Feb;57(2):113-9.)。また、蛍光蛋白質を細胞内に導入して細胞分裂可視化細胞を樹立し、それによって細胞周期を評価する方法も考えられている(特開2004―187530)。また、細胞内の蛋白質を免疫染色法によって可視化し、その挙動を解析する手法も一般的に行われている。免疫染色法は抗原-抗体反応という特異的な結合反応を利用して、目的とする蛋白質の細胞内および組織内の局在を検出する手法である。免疫染色法の種類としては、抗原に対する特異的抗体である一次抗体に酵素や蛍光物質を直接結合させて検出する直接法と一次抗体に対する抗体である二次抗体を用いて可視化する間接法がある。そして、細胞周期は合成準備期(以下、G1期)→合成期(以下、S期)→分裂準備期(以下、G2期)→分裂期(以下、M期)と繰り返されることより成り立っており、G1期にはDNA量が2N(=46本の染色体)であり、DNAは核内に均一に分布する。S期にはDNAが合成され、2Nから4Nとなる。G2期にはDNA量が4Nとなり核内に均一に分布し、M期にはDNAが凝集して蛍光染色されたその輝度が上がる。上記免疫染色法は、細胞周期に連動したDNAの量と凝集度を利用したもので、イメージングサイトメータではDNA含量を横軸、その最大輝度を縦軸にとったスキャッターグラムを作成し、その分布によって、細胞周期を判断する方法である。このように、DNA含量を基に細胞周期を特定し、その解析を行うことは癌や腫瘍細胞への新規薬剤の評価やDNA 異数性解析による悪性度、予後、悪性進行度の評価、薬剤が細胞周期のどの期に良く効くのかを判断する上でも重要である。
【特許文献1】特開2004-187530
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、イメージングサイトメータで細胞を認識して解析する際、核染色の輝度によって細胞の輪郭を描く。イメージングサイトメータでは数千、数万個の細胞データを収集するが、フローサイトメータとは異なり、個々の細胞が単離しているとは限らず、複数の細胞が接触している場合がある。このため、従来法では、多数の細胞が塊となって1つの細胞として認識されてしまうことが多く、このような場合、一つ一つの細胞に切り離して認識させることが困難である。細胞の塊は、1つの細胞を認識したときよりも面積が数倍大きくなるので、目視確認しながらデータから塊を除外することもで出来るが、これは手間がかかる上、塊となって認識されている細胞多ければ多いほど、正確なデータの取得は難しい。
【0004】
そこで、本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、細胞が塊として認識されていても、それを除外することなく細胞周期解析に有用なデータを引き出すことが可能な細胞周期解析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、細胞周期依存的な生体分子を染色してマーカーとし、同時に核DNA量を測定することで、塊として認識された細胞の中からも有用なデータを引き出し、細胞周期依存性生体分子の挙動および細胞周期をより明確に判定することを検討した。その結果、従来の細胞周期解析では塊として認識され、正確なデータを取得することが困難であった細胞群からも有用な情報が得られる方法を見出し、本発明に至った。
【0006】
すなわち、本発明の細胞周期解析方法は、細胞核を可視化する工程と、特定の細胞周期に特異的に発現する生体分子を可視化する工程と、前記細胞核を可視化することにより得られた細胞核の数値データと、前記生体分子を可視化することにより得られた生体分子の数値データとを利用して細胞集団中の前記特定の細胞周期割合を同定することを特徴とする。
【0007】
また、本発明の細胞周期解析方法の好適な実施態様において、細胞及び組織の画像解析を、顕微鏡、又はイメージングサイトメータにより行なうことを特徴とする。
【0008】
また、本発明の細胞周期解析方法の好適な実施態様において、特定の細胞周期が、M期であり、当該M期に特異的に発現する生体分子が、リン酸化ヒストンH3(セリン10)、リン酸化ヒストンH3(セリン28)、リン酸化CENP-A(セリン7)、メチル化ヒストンH4(リジン20)、サイクリンB1、オオーロラキナーゼからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の細胞周期解析方法の好適な実施態様において、前記生体分子の可視化を免疫蛍光染色により行なうことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の細胞周期解析方法の好適な実施態様において、前記細胞核の可視化を染色により行なうことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の細胞周期解析方法によれば、画像で塊となって認識された細胞から細胞周期に関して有用なデータを取得することが可能であるという有利な効果を奏する。すなわち、本発明の細胞周期解析方法では、細胞周期依存性生体分子の挙動をより正確に判断することが出来、塊となって認識された細胞からも有用な情報を引き出すことが出来るという有利な効果を奏する。
【0012】
さらに、本発明の細胞周期解析方法によれば、細胞周期を特定し、その解析を行うことで新規薬剤の評価やDNA 異数性解析による悪性度、予後、悪性進行度の評価、薬剤が細胞周期のどの期に良く効くのかを判断することが出来るという有利な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の細胞周期解析方法は、細胞核を可視化する工程と、特定の細胞周期に特異的に発現する生体分子を可視化する工程と、前記細胞核を可視化することにより得られた細胞核の数値データと、前記生体分子を可視化することにより得られた生体分子の数値データとを利用して細胞集団中の前記特定の細胞周期割合を同定する。
【0014】
細胞核の可視化方法として、特に限定されない。
【0015】
また、特定の細胞周期に特異的に発現する生体分子を可視化方法についても、特に限定されるものではないが、例えば、細胞周期依存的に発現する蛋白質を蛍光色素によって免疫染色したり、蛍光蛋白質を細胞内に導入したりする方法を用いるなどの方法を挙げることができる。好適な実施態様において、前記生体分子の可視化を免疫蛍光染色により行なう。
【0016】
本発明においては、このようにして得られた細胞核の数値データと、生体分子の数値データを利用して塊状の細胞を含め細胞集団中の前記特定の細胞周期にある細胞の割合を同定する。このような方法によれば、塊となって多数の細胞が1の細胞と判断されていた従来方法による問題点を首尾よく解決することが可能となる。このようなデータは細胞核又は生体分子を可視化することにより、例えば、染色により可視化すれば、染色蛍光輝度(強度)に基づいて、実質的に細胞の全数及び特定の細胞周期にある細胞の全数の割合を把握することが可能となる。
【0017】
本発明をより詳細に説明するために、従来法との比較において説明する。図3は、従来の細胞周期解析方法に係るスキャッターグラムを示す図である。図3ではイメージングサイトメータで細胞核の染色蛍光輝度に関して閾値を設定し、その設定された閾値によって細胞を認識させた際のスキャッターグラム(横軸が蛍光輝度の総量(DNA含量)、縦軸が最大蛍光輝度(染色体の凝集度))を示している。赤い線で囲まれた部分がDNA含量4NつまりG2/M期の細胞を示しているが、4N以上つまり右側にも細胞が多く検出されている。これは複数の細胞が1つの細胞として認識されていることが原因である。従来法ではこの4Nの部分でDNAの凝集度が低いもの、つまり最大輝度が低いものをG2期、DNAが凝集しているものをM期として判断する。
【0018】
これに対して、本発明においては、図1に示すような複数の細胞が塊となっている場合でもより正確な細胞数をカウントできる。工程としては、細胞核及び細胞周期依存性生体分子マーカーを可視化する。可視化することにより得られた細胞核の数値データ、たとえば、核染色の総量、及び、細胞周期依存性生体分子の総量を測定する。測定には、細胞画像を認識及び蛍光量などを測定することが可能な装置、例えば、顕微鏡、イメージングサイトメータなどを用いることができる。
【0019】
最後に測定されたデータより、細胞周期依存性生体分子の総量/核染色の総量を算出し、割合を求めることが可能である。このように、可視化された細胞周期依存性生体分子とDNA含量を同時に同時に測定し、その細胞周期依存性生体分子をマーカーとすることで、細胞集団全体の中での細胞周期依存性生体分子の挙動をより正確に判断することが出来、塊となって認識された細胞からも有用な情報を引き出すことが出来る。
【0020】
また、好適な実施態様において、特定の細胞周期が、M期であり、当該M期に特異的に発現する生体分子が、リン酸化ヒストンH3(セリン10)、リン酸化ヒストンH3(セリン28)、リン酸化CENP-A(セリン7)、メチル化ヒストンH4(リジン20)、サイクリンB1、オーロラキナーゼからなる群から選択される少なくとも1種である。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は、下記実施例に限定して解釈される意図ではない。
【0022】
実施例1
プレートの作成
HeLa細胞(ヒト子宮頸癌細胞)を培養し、トリプシン処理して細胞懸濁液を作成し、96ウェルマルチプレートに2×104/ウェルの濃度で植込んだ。約4時間後、細胞が接着したことを確認し、M期に細胞周期を同調させる薬剤ノコダゾールを段階希釈して処理した。37℃、5%COインキュベータ内で約16時間培養後、終濃度2%のパラホルムアルデヒドで固定した。
細胞周期特異的マーカーの免疫染色
1% BSA/0.1% Tween20/PBSでブロッキングした後、M期特異的マーカーとして知られるリン酸化ヒストンH3(セリン10)(Upstate社、カタログナンバー06-570)を200倍希釈して1次抗体とし、4℃で一晩反応させた。その後PBSで洗浄し、Alexa488 goat anti-rabbit IgG(Molecular Probes社、カタログナンバーA11008)を二次抗体として常温で1時間反応させた。
細胞核染色
二次抗体の染色後、PBSで洗浄し、5μM DRAQ5TM (Biostate社、カタログナンバーBOS-889-001-R200)を1000倍希釈して核を染色した。
イメージングサイトメータによるデータ取得
細胞周期特異的マーカーおよび核の染色を行ったプレートをイメージングサイトメータ(iCyteTM、OLYMPUS)を用いて画像取得し、目的とする核およびリン酸化ヒストンH3 (セリン10)の蛍光を確認した。その後、核染色の総蛍光量、リン酸化ヒストンH3 (セリン10)の総蛍光量、細胞数に関してデータを取得し、リン酸化ヒストンH3(セリン10)の割合を算出した結果を図2に示す。図2は、同じ条件を3つのウエルで行なった結果の平均値である。縦軸は細胞周期依存性生体分子総量/核染色総量、横軸は細胞周期をM期に同調させる試薬ノコダゾールの濃度である。本発明の方法を使用して測定した際、ノコダゾールの濃度が高くなればなるほど、M期の細胞割合が高くなることが分かる。本実施例ではノコダゾールの濃度依存的にM期の増加する様子を数値化(グラフ化)することを目的としている。ノコダゾールは細胞分裂期に微小管を阻害することで細胞をM期に同調させる試薬ですので、ノコダゾールの添加量を増やしていくとM期の細胞が増えていくこととなる。
図2において、ノコダゾールの濃度が高くなるにつれて、ノコダゾールがM期へ細胞を同調する効果に加えて、その後M期の細胞数が減少しているが、これは、細胞に毒性が現れ始めたことが原因であると考えられる。すなわち、細胞に毒性が現れると、細胞周期が停止したり、アポトーシスを起こしたりすることが原因と考えられる。
図1にイメージングサイトメータで取得した画像の一部拡大図を示したが、赤色蛍光は細胞核染色の蛍光を、緑色傾向はリン酸化ヒストンH3(セリン10)の蛍光を示している。ここでは核染色の蛍光強度により閾値を設定し、自動的に細胞の輪郭を描いており、細胞を塊として認識している部分があることがわかる。塊となって認識されている細胞の中にもリン酸化ヒストンH3(セリン10)(緑色蛍光を発している細胞)があるが、実際の解析の際は、細胞の面積が著しく大きく認識されているため、データから除外されてしまう。本発明ではこれらの細胞の蛍光蛍光強度を数値データとして捉え、リン酸化ヒストンH3(セリン10)の蛍光総量/核染色の蛍光総量でヒストンH3リン酸化の割合を算出した(図2)。これによって、塊となっている細胞からもリン酸化ヒストンH3の情報を引き出すことが出来、ノコダゾール処理の際の細胞周期におけるリン酸化ヒストンH3の変動過程をより明確に示すことが出来た。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、癌や腫瘍細胞への新規薬剤の評価やDNA 異数性解析による悪性度、予後、悪性進行度の評価、薬剤が細胞周期のどの期に良く効くのかを判断する上で重要な情報を提供することが可能であり、広範な分野において応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、イメージングサイトメータで取得した画像の一部拡大図を示す。
【図2】図2は、イメージサイトメータによるデータ取得の結果を示す。
【図3】図3は、従来の細胞周期解析方法に係るスキャッターグラムを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞核を可視化する工程と、特定の細胞周期に特異的に発現する生体分子を可視化する工程と、前記細胞核を可視化することにより得られた細胞核の数値データと、前記生体分子を可視化することにより得られた生体分子の数値データとを利用して細胞集団中の前記特定の細胞周期割合を同定する細胞周期解析方法。
【請求項2】
細胞及び組織の画像解析を、顕微鏡、又はイメージングサイトメータにより行なう請求項1記載の方法。
【請求項3】
特定の細胞周期が、M期であり、当該M期に特異的に発現する生体分子が、リン酸化ヒストンH3(セリン10)、リン酸化ヒストンH3(セリン28)、リン酸化CENP-A(セリン7)、メチル化ヒストンH4(リジン20)、サイクリンB1、オーロラキナーゼからなる群から選択される少なくとも1種である請求項1又は2項に記載の方法。
【請求項4】
前記生体分子の可視化を免疫蛍光染色により行なう請求項1〜3項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記細胞核の可視化を染色により行なう請求項1〜4項のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−99625(P2008−99625A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−285976(P2006−285976)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】