説明

細胞培養方法、細胞培養システム、及び培地調整装置

【課題】 密封された培養容器での細胞培養において、培養環境が徐々に悪化することを防止する。
【解決手段】 細胞と培地が封入された培養容器に、新たに培地を追加して細胞を培養する細胞培養方法であって、追加する培地のpHを細胞の培養に最適なpHより高く調整し、及び/又は、追加する培地の溶存二酸化炭素分圧を細胞の培養に最適な圧力より低く調整し、及び/又は、追加する培地の溶存酸素分圧を細胞の培養に最適な圧力より高く調整し、調整した培地と、培養容器内の培地とを混合することで、培養容器内の培地の少なくともpH、溶存二酸化炭素分圧、又は溶存酸素分圧のいずれかを細胞の培養に最適な条件に調整して、培養容器内の細胞を培養する方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密封された培養容器を用いる細胞培養に関し、特に培養環境が最適な状態に保たれるように、追加する培地の溶存ガス量及びpHを調整する細胞培養方法、細胞培養システム、及び培地調整装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞や組織、微生物などを人工的な環境下で培養する細胞培養技術が発達し、バイオ医薬品の生産や、遺伝子治療、再生医療、免疫療法等の医療分野において盛んに用いられている。
この細胞培養技術は、モノクローナル抗体の生産や皮膚の再生など、大量の細胞を効率良く培養することが必要な数多くの方面で既に実用化され、極めて重要な技術となっている。
このような状況において、細胞を大量に効率良く培養すべく、従来から様々な細胞培養装置が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1に記載の細胞培養用具は、容器本体に細胞培養バッグと、培養バッグ中の培養液の流通を阻止するための阻止部材とを設けたものであり、この阻止部材を用いて培養領域を仕切り、細胞が増殖するに従って、培養領域を段階的に拡張することを可能としている。
このような細胞培養用具を用いることで、培養当初からその終了時まで同一の培養バッグ内で培養を続けて行うことができるとされている。
【0004】
また、特許文献2に記載の生体外増殖のための装置は、培養空間を有する細胞培養サブ区画室の連続する列と、サブ区画室間の液連通を可変的に解放しかつ遮断する調整手段を備え、細胞が増殖するに従って、培養領域を段階的に拡張するものである。
これにより、細胞の生存の確保に適した小さな規模の出発環境と増大する規模の環境を提供でき、移送汚染の危険がなく経済的かつ時間節約的に高細胞数集団を培養できるとされている。
【0005】
さらに、特許文献3に記載の培養容器は、底面に沿って成長する細胞を培養する培養容器であり、細胞の成長に合わせて底面の面積を拡大可能としてある。
これにより、単一の容器内において、細胞を効率的に増殖させることが可能とされている。
【0006】
しかしながら、これらの従来の細胞培養装置では、培養領域の拡張の際に追加する培地に関して、特別な工夫はなされていない。
例えば、特許文献1には、第一の阻止部材で仕切った培養領域内で細胞が所望の程度まで増殖したら、第二の阻止部材でバッグを仕切り、その際、培養細胞の増殖能力に応じて、培養領域拡張時の細胞密度が適正な範囲内に維持されるよう培地の量を決定する旨が記載されている。そして、一般的には、培養開始時または培養領域拡張時の細胞密度が1×105個/ml程度となるように培地の量を決定すること、及び細胞密度は使用する細胞の種類や増殖特性または培養の目的に応じて適宜設定すればよい旨が記載されている。
【0007】
一方、特許文献1には、追加する培地の成分をどうように調整するかについては明記されておらず、最初の培地に用いられた最適な培地が追加されると考えられる。
ところが、細胞の増殖に伴って、培地環境は徐々に悪化するものであるため、最初の培地と同一の条件の培地を追加する場合、追加直後の培養環境は向上するものの最初の培地の環境を維持することはできない。
すなわち、細胞増殖の結果、培地の溶存酸素量は低下し、溶存二酸化炭素量は増加する。また乳酸発生などによって、培地のpHは徐々に低下する。このような培地に、最初の培地と同一の条件の培地を、例えば同一量追加したとしても、培地全体を最初の最適な環境に戻すことはできない。
【0008】
このような問題は、特許文献2及び3に記載の発明を実施する場合でも同様に生じるものである。
特許文献1には、バッグを炭酸ガス培養器内へ入れ、培養に必要なガス雰囲気下で静置培養し、培養温度、培養時間、pH、二酸化炭素濃度等の条件は、使用する細胞に応じて設定する旨の記載がある。
【0009】
また、特許文献2には、最初のサブ区画室で細胞成長と生存性の限界に達したら、内容物(細胞、培地)を次の連続したサブ区画室に移すこと、次のサブ区画室内では、そこに加えられている培地や容量等により、最初のサブ区画室からの細胞集団は生存力を保持しつつさらに増加するのに必要な条件を与えられることが記載されている。
【0010】
さらに、特許文献3には、混合された間葉系幹細胞と培地を所定の温度及び二酸化炭素濃度等の培養条件に維持することにより、所定時間にわたって一定培養条件下で細胞が二次培養される旨が記載されている。
このような先行技術では、上記の通り、追加する培地の成分条件については考慮されておらず、最初の培地と同一条件のものが追加され、その後温度やCO濃度等の培養条件が調整されるものと考えられる。
【0011】
【特許文献1】特開2000−125848号公報
【特許文献2】特許第2981684号公報
【特許文献3】特開2004−89136号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、このような方法のみでは、現実的には細胞増殖によって悪化した環境を適切に改善することはできず、培地のpHや溶存二酸化炭素量、溶存酸素量などの環境を常に最適な状態に維持することは困難である。
また、その他の先行技術文献を参照しても、密封された培養容器での細胞培養において、培養環境を最適な状態に保つことを可能にする技術について記載されたものは見あたらなかった。
【0013】
本発明は、上記の事情にかんがみなされたものであり、密封された培養容器での細胞培養において、培養中の培地に新たな培地を追加して混合した後、培養環境が細胞増殖に最適な条件になるように、追加する培地のpH及び溶存ガス量を予め調整することで、培養環境を最適な状態に保つ細胞培養方法、細胞培養システム、及び培地調整装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明の細胞培養方法は、細胞と培地が封入された培養容器に、新たに培地を追加して細胞を培養する細胞培養方法であって、追加する培地のpH及び溶存ガス量を調整し、調整した培地と、培養容器内の培地とを混合することで、培養容器内の培地の状態を細胞の培養に最適な条件に調整して、培養容器内の細胞を培養する方法としてある。
【0015】
細胞培養方法をこのような方法にすれば、培養容器内の培地に、新たに培地を追加するにあたり、混合後の培地の状態が最適になるように、追加する培地を調整することができる。
このため、従来は新たに培地を追加しても、追加後の培地は最適化されず、培養環境が徐々に悪化して、細胞の増殖が妨げられるという問題があったが、本発明によれば、追加後の培地を最適化することができるため、培養環境を常に最適な状態に維持することが可能となる。
なお、「培地」は、培養液や培養基を含むものとして用いている。
【0016】
また、本発明の細胞培養方法は、追加する培地のpHを細胞の培養に最適なpHより高く調整し、及び/又は、追加する培地の溶存二酸化炭素分圧を細胞の培養に最適な圧力より低く調整し、及び/又は、追加する培地の溶存酸素分圧を細胞の培養に最適な圧力より高く調整し、調整した培地と、培養容器内の培地とを混合することで、培養容器内の培地の少なくともpH、溶存二酸化炭素分圧、又は溶存酸素分圧のいずれかを細胞の培養に最適な条件に調整して、培養容器内の細胞を培養する方法としてある。
【0017】
細胞培養方法をこのような方法にすれば、追加する培地のpH、溶存二酸化炭素分圧、及び溶存酸素分圧を、それぞれ細胞の培養に最適な値を超える値、すなわち培養によってそれぞれの値が変化する向きとは反対方向に最適な値を超える条件に調整して、培養容器内の培地と混合することができる。
このため、混合後の培地の状態を細胞の培養に最適な状態に回復させることができ、培養環境を常に最適な状態に維持することが可能となる。
【0018】
また、本発明の細胞培養方法は、培養容器の容積を拡張して、新たな培地の追加を行う方法としてある。
細胞培養方法をこのような方法にすれば、密封された培養容器を種々の手法で拡張し、培養容積を増加させて、新たな培地を追加する場合に、追加後の培養環境を最適な状態に維持することが可能となる。
【0019】
また、本発明の細胞培養方法は、培養容器が軟包材からなり、培養容器を所定の部材を用いて押圧し、当該培養容器を培養部と拡張可能部を含む二室以上に仕切り、培養部における細胞数の増加に合わせて部材と培養容器を相対的に移動させて、培養部の容積を拡張する方法としてある。
【0020】
細胞培養方法をこのような方法にすれば、培養容器を軟包材で構成し、例えばローラ部材を用いて培養容器を培養部と拡張可能部に仕切ることで、培養細胞数の増加に合わせて培養部を拡張することができるとともに、培養部の拡張の際に培地を追加するにあたり、混合後の培地が最適になるような培地を追加することができる。
このため、培養細胞数が増加しても培地を悪化させることなく、培養環境を常に最適な状態とすることが可能となる。
【0021】
また、本発明の細胞培養方法は、混合後の培養容器内の培地のpHが、6.5〜7.5である方法としてある。
また、本発明の細胞培養方法は、混合後の培養容器内の培地の溶存二酸化炭素分圧が、20mmHg〜50mmHgである方法としてある。
また、本発明の細胞培養方法は、混合後の培養容器内の培地の溶存酸素分圧が、115mmHg〜170mmHgである方法としてある。
【0022】
細胞培養方法をこのような方法にすれば、新たな培地を追加した後の培地のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧をそれぞれ最適化することができ、培養環境を常に最適な状態に維持することが可能となる。
【0023】
また、本発明の細胞培養方法は、混合後の培養容器内の細胞密度が5×103個/ml〜3×106個/mlである方法としてある。
細胞培養方法をこのような方法にすれば、新たな培地を追加した後の細胞密度を低すぎずかつ高すぎない最適な状態にすることができる。
このため、細胞増殖の効率を最適な状態に維持することが可能となる。
【0024】
また、本発明の細胞培養システムは、細胞と培地が封入された培養容器に、新たに培地を追加して細胞を培養する細胞培養システムであって、追加する培地のpH及び溶存ガス量を調整する培地調整装置と、培地と細胞が封入される培養容器と、追加する培地を培地調整装置から培養容器へ送るチューブとを備える構成としてある。
【0025】
細胞培養システムをこのような構成にすれば、培地と細胞が封入された培養容器に新たに追加する培地を、混合後の培地の状態が最適になるように、調整することができる。
このため、培養環境を常に最適な状態に維持することが可能となる。
【0026】
また、本発明の細胞培養システムは、軟包材からなる培養容器を所定の部材を用いて押圧し、当該培養容器を培養部と拡張可能部を含む二室以上に仕切り、培養部における細胞数の増加に合わせて部材と培養容器を相対的に移動させて、培養部の容積を拡張する細胞培養装置をさらに備えた構成としてある。
【0027】
この細胞培養システムには、培養容器を培養部と拡張可能部に仕切り細胞数の増加に合わせて培養部の容積を拡張する細胞培養装置が備えられており、培養部の容積が拡張された際に、新たに培地を追加する必要がある。
このとき、本発明によれば、混合後の培地の状態が最適になるように追加する培地の状態を調整することができ、培養環境を常に最適な状態に維持することが可能となる。
【0028】
また、本発明の培地調整装置は、細胞と培地が封入された培養容器に、新たに培地を追加して細胞を培養するための培地調整装置であって、追加する培地のpHを細胞の培養に最適なpHより高く調整し、及び/又は、追加する培地の溶存二酸化炭素分圧を細胞の培養に最適な圧力より低く調整し、及び/又は、追加する培地の溶存酸素分圧を細胞の培養に最適な圧力より高く調整する構成としてある。
【0029】
培地調整装置をこのような構成にすれば、細胞と培地が封入された培養容器に新たに培地を追加するにあたり、その追加する培地を、追加後の培地の状態が最適になるように調整することが可能となる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、培養容器内の培地に、新たに培地を追加するにあたり、混合後の培地の状態が最適になるように、追加する培地を調整することができる。
このため、混合後の培地を最適化することができ、培養環境を常に最適な状態に維持することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明に係る細胞培養方法、細胞培養システム及び培地調整装置の好ましい実施形態について、図面を参照して説明する。
[第一実施形態]
まず、本発明の第一実施形態の構成について、図1を参照して説明する。同図は、本実施形態の細胞培養システムの構成を示すブロック図である。
図1に示すように、本実施形態の細胞培養システムは、細胞培養装置10、培養庫20、培養液調整装置(培地調整装置)30、培養液貯蔵容器(培地貯蔵容器)40、保管庫50、回収容器60、チューブ70を有している。
【0032】
細胞培養装置10は、同図に示すように、培養容器11と、容器積載台12と、ローラ13とを備えている。
培養容器11は、培養の対象となる細胞(培養細胞)や、この細胞を培養するための培地(培養液や培養基を含む)が封入されて、培養を行う容器である。この培養容器11において、培養細胞や培地を封入し得る部分を培養部11−1、ローラ13で仕切られているために培養細胞や培地が進入できない部分を拡張可能部11−2という。
【0033】
培養容器11は、軟包材を材料として袋状(バッグ型)に形成されている。
軟包材とは、可撓性・柔軟性を包装体に与える包装材料をいう。これにより、培養容器11は、ローラ13の押圧・回転に伴ってフレキシブルに培養部11−1の容積を変えることができる。軟包材については、例えば、特開2002−255277号公報(軟包材フィルムシートを用いた食品包装体及び食品の取り出し方法)や、特開2004−323077号公報(加圧抽出形の袋状容器)などに記載されており、周知技術である。
【0034】
また、培養容器11は、細胞培養に必要なガス透過性を有している。これにより、細胞培養システムを閉鎖系(密閉系)にすることができる。さらに、培養容器11は、内容物を確認できるように、一部又は全部が透明性を有している。
これら培養容器11としての条件を満たす包装材料の具体例としては、ポリオレフィン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、スチレン系エラストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、シリコーン系熱可塑性エラストマー、シリコーンゴムなどが挙げられる。
【0035】
この培養容器11の四方各辺は密封されているが、そのうち一辺には2本以上のチューブ70が接続されている。このうち1本は培養細胞や培地を外部から培養部11−1に注入するための注入用(チューブ70−1)、他の1本は培養細胞や培地を培養部11−1から回収するための回収用(チューブ70−2)である。また、図1に示すように、チューブ70が3本取り付けられているときは、3本目は、培養細胞や培地をサンプルとして培養部11−1から取り出すためのサンプリング用である。
【0036】
このチューブ70の材質としては、例えば、シリコーンゴム、軟質塩化ビニル樹脂、ポリブタジエン樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合体、塩素化ポリエチレン樹脂、ポリウレタン系熱可塑性エラストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、シリコーン系熱可塑性エラストマー、スチレン系エラストマー、例えば、SBS(スチレン・ブタジエン・スチレン)、SIS(スチレン・イソプレン・スチレン)、SEBS(スチレン・エチレン・ブチレン・スチレン)、SEPS(スチレン・エチレン・プロピレン・スチレン)等を用いることができる。これらは、ガス透過性に優れている。
【0037】
容器積載台12は、上面に培養容器11が載置され、さらにその培養容器11の上面にローラ13が配設される平面の台である。
ローラ13は、円柱状に形成されており、軸方向が培養容器11の幅方向と平行になるように培養容器11の上面に配設され、図1に示すように、培養容器11の長手方向に沿って水平に回転移動できるようになっている。
このローラ13の軸方向の長さは、培養容器11の幅よりも長く、ローラ13は、自重などにより、ローラ13の表面が培養容器11を押圧するようになっている。
【0038】
これによって、培養容器11は、ローラ13の押圧位置を境に、培養部11−1と拡張可能部11−2の二室に分けられる。このとき、チューブ70の取り付けられている方が培養部11−1となり、ここに培養細胞や培地が封入される。
なお、細胞培養装置10にローラ13を二以上設け、例えば培養容器11の長手方向の両端側の室をそれぞれ培養部11−1A、培養部11−1Bとし、中央に形成される室を拡張可能部11−2にするなど、培養部11−1と拡張可能部11−2を二室以上設けることも可能である。
【0039】
そして、ローラ13が、培養容器11の上面に接しつつ、容器長手方向に回転しながら移動することにより、培養部11−1の容積が連続的に変化することになる。
具体的には、ローラ13は、培養部11−1内で細胞を培養している状態では、培養部11−1の容積を増やす方向に移動制御され、培養部11−1を培養状態に応じて最適な容積に維持することができる。
【0040】
一方、培養が終了して培地や培養細胞を回収する場合には、ローラ13は、培養部11−1の容積を小さくする方向に移動され、ローラ13によって押圧された培地や培養細胞がチューブ70を介して外部(例えば、後述する回収容器60)に押し出されるため、それらを自動的に回収することができる。
【0041】
培養庫20は、その内部に細胞培養装置10を収納し、培養部11−1の温度、酸素濃度、二酸化炭素濃度をコントロールでき、安定した培養環境を確保できるようになっている。
【0042】
培養液調整装置30は、保管庫50にて冷蔵されている培養液貯蔵容器40における培養液を、チューブ70−1を介して、細胞を培養するのに適切な温度まで加温するとともに、培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、及び溶存酸素分圧を制御する。
このとき、培養液調整装置30は、培養液のpHを、培養容器内の培養液と混合した後に、最適なpHとなるように、細胞の培養に最適なpHよりも高い値に調整する。
【0043】
また、培養液調整装置30は、培養液の溶存二酸化炭素分圧を、培養容器内の培養液と混合した後に、最適な溶存二酸化炭素分圧となるように、細胞の培養に最適な溶存二酸化炭素分圧よりも低い値に調整する。
また、培養液調整装置30は、培養液の溶存酸素分圧を、培養容器内の培養液と混合した後に、最適な溶存酸素分圧となるように、細胞の培養に最適な溶存酸素分圧よりも高い値に調整する。
【0044】
このような培養液調整装置30の機構によって、培養液貯蔵容器40における培養液を、培養容器内の培養液と混合した後、培養部11−1における培養液の温度の低下を防ぐことが可能となる。
また、培養部11−1における培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、及び溶存酸素分圧を最適な状態に維持することが可能となる。
なお、この培養液調整装置30の機構を、少なくともpH、溶存二酸化炭素分圧、及び溶存酸素分圧のいずれかを調整するように制限することも可能である。
【0045】
培養液貯蔵容器(培養液タンク)40は、培養容器11に注入するための、追加する培養液を保持しておくための容器である。この培養液貯蔵容器40は、保管庫(保冷庫)50に収められている。
この培養液貯蔵容器40と培養容器11(培養積載台12に載置されたもの)とは、柔軟性のあるチューブ70−1により連結されており、培養容積拡張時に培養液貯蔵容器40から培養容器11へ培養液を送り込む。
【0046】
回収容器(遠心用ボトル)60は、培養容器11から回収された培養細胞や培地を入れておく容器である。
この回収容器60は、遠心分離機に取り付けることが可能となっており、遠心分離を行うことで培地から培養細胞を回収することができる。
なお、回収容器60と培養容器11(培養積載台12に載置されたもの)とは、柔軟性のあるチューブ70−2を介して連結されていてもよい。このチューブ70−2を介して、培地及び培養細胞が培養容器11から回収容器60に回収される。
【0047】
次に、本実施形態の細胞培養システムにおける動作(細胞培養方法)について図1を参照して説明する。ただし、本発明の細胞培養方法は、以下の具体的動作に限定されるものではない。
まず、細胞培養装置10において、ローラを回転移動させることにより培養容器11の培養部11−1の容積を目的とする培養に適したサイズに調節し、この培養部11−1に、培養に適する一定以上の細胞密度を備えた細胞群と、これを培養するための最適な培地を封入する。
そして、培養庫20内の温度、及び二酸化炭素濃度と酸素濃度を培養に適した値に調節する。
【0048】
また、培養容器11に追加するための培地を培養液貯蔵容器40に注入し、この培養液貯蔵容器40を保管庫50において冷蔵する。
次に、培養容器11内の細胞が増殖すると、培養部11−1の容積を拡張するために、増加した細胞の量や細胞密度に応じて、ローラ13を移動させ、適切な位置にローラ13を配設する。
【0049】
また、培養容器11に追加するための培養液を、チューブ70−1を通じて、培養液貯蔵容器40から培養液調整装置30に送り込む。このとき、培養液調整装置30に、ローラ13の移動によって培養容器11が拡張した容積に適する量の培養液を送り込む。
そして、培養液調整装置30により、チューブ70−1内の培養液のpHを、培養容器11内の培養液に、当該チューブ70−1内の培養液を混合した後に、細胞培養に最適なpHとなるように調整する。この最適なpHは、培養対象とする細胞によっても異なるが、人間の多くの組織細胞の場合には、6.5〜7.5とすることが好ましい。
このようにpHを調整するための具体的な手段としては、培養液調整装置30が装置内部の酸素分圧、二酸化炭素分圧及び温度を調整できる形態を有しており、この装置内部にチューブ70−1が納められる形態をとることが可能である。
ここで、調整装置30内の溶存二酸化炭素分圧を変化させることでチューブ70−1内にある培養液のpHを調整することが可能である。他の方法としては、培養液に炭酸塩等を添加することにより調整することも可能である。
【0050】
また、培養液調整装置30により、チューブ70−1内の培養液の溶存二酸化炭素分圧を、培養容器11内の培養液に、当該チューブ70−1内の培養液を混合した後に、細胞培養に最適な溶存二酸化炭素分圧となるように調整する。この混合した後に細胞培養に最適な溶存二酸化炭素分圧は、培養対象とする細胞によっても異なるが、人間の多くの組織細胞の場合には、20mmHg〜50mmHgとすることが好ましい。
このように溶存二酸化炭素分圧を調整するための具体的な手段としては、例えば、上記のpH調整手段と同様の装置を用い、装置内部の二酸化炭素分圧を調整することでチューブ70−1内の培養液を所定の溶存二酸化炭素分圧に調整することができる。
【0051】
さらに、培養液調整装置30により、チューブ70−1内の培養液の溶存酸素分圧を、培養容器11内の培養液に、当該チューブ70−1内の培養液を混合した後に、細胞培養に最適な溶存酸素分圧となるように調整する。この混合した後に細胞培養に最適な溶存酸素分圧は、培養対象とする細胞によっても異なるが、人間の多くの組織細胞の場合には、115mmHg〜170mmHgとすることが好ましい。
このように溶存酸素分圧を調整するための具体的な手段としては、例えば、上記の培養液調整装置30において、装置内の酸素分圧を調整することにより、チューブ70−1内の培養液を所定の溶存酸素分圧に調整することができる。
【0052】
このようにして、培養液調整装置30により調整された培養液は、チューブ70−1を通じて、培養容器11における培養部11−1に注入され、培養部11−1内の培養液と混合される。
その結果、混合後の培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧は、細胞の培養に最適な値にまで戻すことが可能となる。
【0053】
同様に、増加した細胞の量や時間の経過に応じてローラ13を移動させ、最終的には、培養容器11のほぼ全体が培養部11−1となるようにローラ13を移動させる。
この過程において、培養部11−1における培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧は、培養に最適な状態に維持することが可能となる。
【0054】
培養容器11における培地や培養細胞を回収するときは、チューブ70−2が接続された辺に向かって、ローラ13を回転移動させる。
これにより、培養部11−1の容積が小さくなっていき、培地等がチューブ70−2を介して回収容器60に回収される。
【0055】
なお、本実施形態では、細胞培養装置10において、ローラ13を用いて培養容器11における培養部11−1の容積を変更したが、本発明は、これに限定されるものではなく、そのほか、種々の方法で培養部11−1の容積を変更する場合に適用することのできるものである。
例えば、特許文献1に記載されているように、培養液の流通を阻止する阻止部材を用いて培養バッグ内における培養部の容積を段階的に変更する場合や、特許文献2に記載されているように、培養空間を備えた培養サブ区画室を連続させることで、培養空間の容積を段階的に変更する場合にも本発明を適用することが可能である。また、特許文献3に記載されているように、底面の面積を拡大可能な培養容器を用いて培養を行う場合にも適用することが可能である。
【0056】
以上説明したように、本実施形態の細胞培養システムによれば、培養容器内の培養液に、新たに培養液を追加するにあたり、混合後の培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧が最適になるように、追加する培養液を調整することができる。
このため、混合後の培養液を最適化することができ、培養環境を常に最適な状態に維持することが可能となる。
【0057】
[第二実施形態]
次に、本発明の第二実施形態について、図3を参照して説明する。同図は、第二実施形態の細胞培養システムの構成を示すブロック図である。
本実施形態は、追加する培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧を培養液貯蔵容器40において調整している点で第一実施形態と異なる。その他の点については、第一実施形態と同様である。
【0058】
図3に示すように、本実施形態では、培養液調整装置30内に培養液貯蔵容器40を設け、この培養液貯蔵容器40における培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧を調整可能としている。
また、この培養液調整装置30に冷却機能を設けて第一実施形態の保管庫50と同様に保冷可能とすることも好ましい。
細胞培養システムをこのようにすれば、全体の構成をより簡略化することが可能となる。
【実施例】
【0059】
(実施例1)
容積が1Lの培養容器を容器積載台に配設し、ローラを移動させて培養容器における培養部の容積が0.1Lとなるように調節した。
次に、この培養部に培養液として、RPMI Medium 1640(GIBCO社製)を0.1L注入するとともに、培養細胞として、ヒト白血病Tリンパ腫 jurkatを1000万個注入した。
この培養液のpHをi-STAT(Abbott社製)を用いて測定した結果、7.17であった。
【0060】
また、この培養液の溶存二酸化炭素分圧をi-STAT(Abbott社製)を用いて測定した結果、39mmHgであった。
さらに、この培養液の溶存酸素分圧をi-STAT(Abbott社製)を用いて測定した結果、140mmHgであった。
また、培養液の温度は37℃であった。
【0061】
次に、この細胞を3日間培養した。また、培養庫の温度を調節することで、培養液の温度を37℃に維持した。
そして、上記と同様に培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧を測定した。その結果、これらはそれぞれ6.8、55mmHg、135mmHgであった。
【0062】
次に、容器積載台上で培養容器に対してローラを移動させ、培養部の容積を0.2Lに拡張し、この拡張した培養部に、培養液貯蔵容器40から培養液調整装置30を経由して、培養液を0.1L注入した。
このとき、培養液調整装置30において、追加する培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧を調整し、それぞれ7.4、21mmHg、180mmHgとした。
【0063】
そして、培養液を追加して混合した後の培養部における培養部のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧を上記と同様に測定した。
その結果、それぞれ7.1、38mmHg、150mmHgであった。
(比較例1)
実施例1と同様に、容積が1Lの培養容器を容器積載台に配設し、ローラを移動させて培養容器における培養部の容積が0.1Lとなるように調節した。
次に、この培養部に培養液として、RPMI Medium 1640(GIBCO社製)を0.5L用意し、このうち0.1Lを注入するとともに、培養細胞として、ヒト白血病Tリンパ腫 jurkatを1000万個注入した。
この培養液のpHをi-STAT(Abbott社製)を用いて測定した結果、7.17であった。
【0064】
また、この培養液の溶存二酸化炭素分圧をi-STAT(Abbott社製)を用いて測定した結果、39mmHgであった。
さらに、この培養液の溶存酸素分圧をi-STAT(Abbott社製)を用いて測定した結果、140mmHgであった。
また、培養液の温度は37℃であった。
【0065】
次に、この培養液を3日間培養した。また、培養庫の温度を調節することで、培養液の温度を37℃に維持した。
そして、上記と同様に培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧を測定した。その結果、これらはそれぞれ6.87、55mmHg、134mmHgであった。
【0066】
次に、容器積載台上で培養容器に対してローラを移動させ、培養部の容積を0.2Lに拡張し、この拡張した培養部に、最初に注入したものと同じ培養液(7.17、39mmHg、140mmHg)を0.1L注入した。
そして、培養液を追加して混合した後の培養部における培養部のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧を上記と同様に測定した。
その結果、それぞれ7.03、46mmHg、136mmHgであった。
【0067】
上記の通り、本発明の培養方法を用いて培養液を追加した実施例1では、培養部を拡張して培養液を追加した後の培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧は、培養開始時点のものとほぼ同様であり、培養に最適な環境を維持することができていることが確認された。
一方、従来の培養方法を用いて培養液を追加した比較例1では、培養部を拡張して培養液を追加した後の培養液のpH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧は、追加直前の値よりも培養に適した数値に改善されているものの、培養開始時点よりも劣るものであり、培養液を追加しても培養環境は徐々に悪化していることが確認された。
【0068】
本発明は、以上の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内において、種々の変更実施が可能であることは言うまでもない。
例えば、上記各実施形態では、細胞培養条件のうち、pH、溶存二酸化炭素分圧、溶存酸素分圧についてのみ調整しているが、その他の条件に適用して最適な状態を維持可能とするなど適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明は、大量の細胞を培養する必要のあるバイオ医薬や再生医療、免疫療法等の分野において、好適に利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明の第一実施形態の細胞培養システムの構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の第一実施形態の細胞培養システムにおける培養液追加前後の培養部の環境を示す図である。
【図3】本発明の第二実施形態の細胞培養システムの構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0071】
1 細胞培養システム
10 細胞培養装置
11 培養容器
11−1 培養部
11−2 拡張可能部
12 容器積載台
13 ローラ
20 培養庫
30 培養液調整装置
40 培養液貯蔵容器
50 保管庫(保冷庫)
60 回収容器
70(70−1,70−2) チューブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞と培地が封入された培養容器に、新たに培地を追加して前記細胞を培養する細胞培養方法であって、
前記追加する培地のpH及び溶存ガス量を調整し、
調整した培地と、前記培養容器内の培地とを混合することで、培養容器内の培地の状態を前記細胞の培養に最適な条件に調整して、
前記培養容器内の前記細胞を培養する
ことを特徴とする細胞培養方法。
【請求項2】
前記追加する培地のpHを前記細胞の培養に最適なpHより高く調整し、及び/又は、前記追加する培地の溶存二酸化炭素分圧を前記細胞の培養に最適な圧力より低く調整し、及び/又は、前記追加する培地の溶存酸素分圧を前記細胞の培養に最適な圧力より高く調整し、
調整した培地と、前記培養容器内の培地とを混合することで、培養容器内の培地の少なくともpH、溶存二酸化炭素分圧、又は溶存酸素分圧のいずれかを前記細胞の培養に最適な条件に調整して、
前記培養容器内の前記細胞を培養する
ことを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項3】
前記培養容器の容積を拡張して、前記新たな培地の追加を行うことを特徴とする請求項1または2記載の細胞培養方法。
【請求項4】
前記培養容器が軟包材からなり、前記培養容器を所定の部材を用いて押圧し、当該培養容器を培養部と拡張可能部を含む二室以上に仕切り、前記培養部における細胞数の増加に合わせて前記部材と前記培養容器を相対的に移動させて、培養部の容積を拡張することを特徴とする請求項3記載の細胞培養方法。
【請求項5】
前記混合後の培養容器内の培地のpHが、6.5〜7.5であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の細胞培養方法。
【請求項6】
前記混合後の培養容器内の培地の溶存二酸化炭素分圧が、20mmHg〜50mmHgであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の細胞培養方法。
【請求項7】
前記混合後の培養容器内の培地の溶存酸素分圧が、115mmHg〜170mmHgであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の細胞培養方法。
【請求項8】
前記混合後の培養容器内の細胞密度が5×103 個/ml〜3×106 個/mlであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の細胞培養方法。
【請求項9】
細胞と培地が封入された培養容器に、新たに培地を追加して前記細胞を培養する細胞培養システムであって、
前記追加する培地のpH及び溶存ガス量を調整する培地調整装置と、
培地と細胞が封入される培養容器と、
前記追加する培地を前記培地調整装置から前記培養容器へ送るチューブと、を備えることを特徴とする細胞培養システム。
【請求項10】
軟包材からなる前記培養容器を所定の部材を用いて押圧し、当該培養容器を培養部と拡張可能部を含む二室以上に仕切り、前記培養部における細胞数の増加に合わせて前記部材と前記培養容器を相対的に移動させて、前記培養部の容積を拡張する細胞培養装置をさらに備えた
ことを特徴とする請求項9記載の細胞培養システム。
【請求項11】
細胞と培地が封入された培養容器に、新たに培地を追加して前記細胞を培養するための培地調整装置であって、
前記追加する培地のpHを前記細胞の培養に最適なpHより高く調整し、及び/又は、前記追加する培地の溶存二酸化炭素分圧を前記細胞の培養に最適な圧力より低く調整し、及び/又は、前記追加する培地の溶存酸素分圧を前記細胞の培養に最適な圧力より高く調整する
ことを特徴とする培地調整装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−271850(P2008−271850A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−119113(P2007−119113)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(000003768)東洋製罐株式会社 (1,150)
【Fターム(参考)】