説明

組立式クランクシャフト及びその製造方法

【課題】切削加工によらず組立式クランクシャフトに油通路を設けること。
【解決手段】組立式クランクシャフト1の締結部3は、鍛造された隣り合う分割ピース2A〜2Jのうち一方に設けられた有底の穴部7と、他方に設けられセレーションを有する軸部5とを含み、穴部7に軸部5を圧入して塑性締結することで隣り合う分割ピースを組み付ける。一方の分割ピースに穴部7を含む袖部6が設けられ、袖部6が穴部7に圧入された軸部5を覆う。袖部6が軸部5を覆う状態で袖部6の先端が軸部5の付け根に当接する。隣り合う分割ピースの間で軸部5を覆う袖部6によりジャーナル部10又はピン部9が構成される。ピン部9に関わり、穴部7と軸部5の間には隙間16が設けられる。鍛造時には、その軸部5にて周方向に周溝13が形成され、その穴部7の底壁に、隣接するジャーナル部10の外周に通じる貫通孔12が形成され、その袖部6の端面に穴部7から袖部6の外周に通じる連通溝14が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、エンジンのクランクシャフトに係り、詳しくは、複数の分割ピースを一体に組み立ててなる組立式クランクシャフト及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の技術として、例えば、下記の特許文献1には、複数の構成部品を一体に組み立ててなる組立式クランクシャフトにおいて、ジャーナル部やピン部に潤滑油を供給する油通路が開示されている。この油通路は、ジャーナル部に垂直に形成された油孔と、ジャーナル部とピン部との間にて斜めに形成された油孔とを含む。
【0003】
【特許文献1】特許第2807761号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、特許文献1に記載の組立式クランクシャフトでは、油孔を形成するために、各構成部品に切削加工を行わなければならなかった。切削加工は、各構成部品の作製時に行われたり、クランクシャフトを組み立てた後に行われたりすることとなる。このため、このクランクシャフトをエンジンに装着して使用したとき、ジャーナル部やピン部では、切削加工後に残留した切削バリによりメタル焼き付きが起こるおそれがあった。
【0005】
この発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、切削加工によることなく油通路を設けることを可能とした組立式クランクシャフト及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、複数の分割ピースを締結部にて互いに組み付けて一体に組み立ててなる組立式クランクシャフトであって、締結部は、隣り合う分割ピースのうち一方の分割ピースに設けられた穴部と、他方の分割ピースに設けられた軸部とを含み、穴部は有底をなし、軸部は外周にセレーションを有し、穴部に軸部を圧入してセレーションにより塑性締結することにより隣り合う分割ピースが互いに組み付けられることと、一方の分割ピースには、穴部の一部を含む袖部が設けられ、袖部が穴部に圧入された軸部の一部を覆うことと、袖部が軸部の一部を覆った状態で、袖部の先端が軸部の付け根に当接することと、隣り合う分割ピースの間で軸部を覆った袖部によりジャーナル部又はピン部が構成されることと、ピン部を構成する袖部に関わる穴部及び軸部についてセレーションによる塑性締結の充填度を所定値とすることにより穴部と軸部の外周との間に設けられた隙間と、ピン部を構成する袖部に関わる軸部にてセレーションの周方向に形成された周溝と、ピン部を構成する袖部に含まれる穴部の底壁に形成され、隣接するジャーナル部の外周に通じる貫通孔と、ピン部を構成する袖部の端面に形成され、袖部に含まれる穴部から袖部の外周に通じる連通溝とを備えたことを趣旨とする。
【0007】
上記発明の構成によれば、隣り合う分割ピースの一方に設けられた穴部に、他方の分割ピースに設けられた軸部の全体が圧入されるので、軸部と穴部による締結部の長さが最大限確保される。また、穴部と軸部はセレーションにより塑性締結するので、強固な締結力が得られる。更に、軸部と穴部が締結した状態で、袖部の先端が軸部の付け根に当接し、軸部の先端が穴部の内壁に接するので、軸部がその両端にてエンジンの爆発力による反力を支持することとなる。
ここで、ピン部に関わる穴部及び軸部についてセレーションによる塑性締結の充填度を所定値としたので、その穴部と軸部の外周との間で、締結力を確保しつつ潤滑油のための隙間が得られる。ジャーナル部の外周へ供給される潤滑油は、ピン部に関わる穴部へ貫通孔を通じて流れ、上記隙間を流れて周溝にて集められ、連通溝を通じて袖部の外周、すなわちピン部の外周へ供給される。従って、これら貫通孔、隙間、周溝及び連通溝により潤滑油のための油通路が構成される。また、これら貫通孔、周溝及び連通溝は、各分割ピースを作製する過程で鍛造により同時に形成することが可能であり、上記隙間は、各分割ピースを組み付ける過程で同時に形成することが可能である。
【0008】
上記目的を達成するために、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、ピン部を構成する袖部の外周に、袖部の軸線方向に延び、連通溝に通じる長溝が形成されたことを趣旨とする。
【0009】
上記発明の構成によれば、請求項1に記載の発明の作用に加え、連通溝を流れる潤滑油は、ピン部に関わる袖部の外周の長溝を通じてピン部の外周の軸線方向へ行き渡る。
【0010】
上記目的を達成するために、請求項3に記載の発明は、複数の分割ピースを互いに組み付けて一体に組み立ててなる組立式クランクシャフトの製造方法であって、厚板状のカウンタウェイト部と、カウンタウェイト部の一端側へ突出すると共に外周にセレーションを有する軸部と、カウンタウェイト部の他端側へ突出する袖部と、袖部からカウンタウェイト部にかけて設けられる有底の穴部とを含む複数の分割ピースを鍛造により作製する作製工程と、隣り合う分割ピースのうち一方の分割ピースに設けられた穴部に、他方の分割ピースに設けられた軸部を圧入してセレーションにより塑性締結し、軸部の一部を袖部により覆うと共に袖部の先端を軸部の付け根に当接させて隣り合う分割ピースを互いに組み付けると共に、隣り合う分割ピースの間で軸部を覆った袖部によりジャーナル部又はピン部を構成する組立工程とを備え、作製工程では、更に、各分割ピースを鍛造する過程で、ピン部を構成する袖部により覆われた軸部にてセレーションの周方向に周溝を形成し、ピン部を構成する袖部に含まれる穴部の底壁に、隣接するジャーナル部の外周に通じる貫通孔を形成し、ピン部を構成する袖部の端面に、袖部に含まれる穴部から袖部の外周に通じる連通溝を形成し、組立工程では、更に、ピン部を構成する袖部に関わる穴部及び軸部についてセレーションによる塑性締結の充填度を所定値とすることにより穴部と軸部の外周との間に隙間を設けることを趣旨とする。
【0011】
上記発明の構成によれば、ジャーナル部の外周へ供給される潤滑油は、貫通孔、隙間、周溝及び連通溝を経由してピン部の外周へ供給され、これら貫通孔、隙間、周溝及び連通溝により潤滑油のための油通路が構成される。これら貫通孔、周溝及び連通溝は、各分割ピースを鍛造により作製する過程で同時に形成され、隙間は、各分割ピースを組み付ける過程で同時に形成されるので、切削加工の必要がなく、製造上の手間が省かれる。
【0012】
上記目的を達成するために、請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の発明において、作製工程では、更に、ピン部を構成する袖部の外周に、袖部の軸線方向に延び、連通溝に通じる長溝を形成することを趣旨とする。
【0013】
上記発明の構成によれば、請求項3に記載の発明の作用に加え、連通溝を流れる潤滑油は、ピン部に関わる袖部の外周の長溝を通じてピン部の外周の軸線方向へ行き渡る。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に記載の発明によれば、組立式クランクシャフトに対して切削加工によることなく油通路を設けることができ、油通路を有する組立式クランクシャフトの製造を簡略化することができる。
【0015】
請求項2に記載の発明によれば、請求項1に記載の発明の効果に加え、ピン部の外周全域に潤滑油を供給することができ、ピン部の潤滑性能を高めることができる。
【0016】
請求項3に記載の発明によれば、組立式クランクシャフトに対して切削加工によることなく油通路を設けることができ、油通路を有する組立式クランクシャフトの製造を簡略化することができる。
【0017】
請求項4に記載の発明によれば、請求項3に記載の発明の効果に加え、ピン部の外周全域に潤滑油を供給することができ、ピン部の潤滑性能を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の組立式クランクシャフト及びその製造方法を具体化した一実施形態につき図面を参照して詳細に説明する。この実施形態では、本発明を4気筒エンジン用の組立式クランクシャフトに具体化して説明する。
【0019】
図1に、本実施形態の組立式クランクシャフト1を側面図により示す。この組立式クランクシャフト1は、10個の分割ピース2A,2B,2C,2D,2E,2F,2G,2H,2I,2Jを締結部3にて互いに組み付けて一体に組み立てることにより構成される。各分割ピース2A〜2Jは、適量のカーボンを含有した「S45C」や「S35C」等を材料として鍛造により作製されたものである。
【0020】
図1において、左側から第2分割ピース2B、第4分割ピース2D、第6分割ピース2F及び第8分割ピース2Hは互いに同一形状をなしている。これら分割ピース2B,2D,2F,2Hは、厚板状のカウンタウェイト部4と、そのカウンタウェイト部4の一端側(図面左側)へ突出する軸部5と、そのカウンタウェイト部4の他端側(図面右側)へ突出する袖部6と、その袖部6及びカウンタウェイト部4を貫通する穴部7とを備える。これら分割ピース2B,2D,2F,2Hにおいて、軸部5は、カウンタウェイト部4のほぼ中央に配置され、袖部6及び穴部7は、カウンタウェイト部4の片端寄りに配置される。
【0021】
図1において、左側から第3分割ピース2C、第5分割ピース2E、第7分割ピース2G及び第9分割ピース2Iは、互いに同一形状をなしている。これら分割ピース2C,2E,2G,2Iは、厚板状のカウンタウェイト部4と、そのカウンタウェイト部4の一端側(図面左側)へ突出する軸部5と、そのカウンタウェイト部4の他端側(図面右側)へ突出する袖部6と、その袖部6及びカウンタウェイト部4を貫通する穴部7とを備える。これら分割ピース2C,2E,2G,2Iにおいて、軸部5は、カウンタウェイト部4の片端寄りに配置され、袖部6及び穴部7は、カウンタウェイト部4のほぼ中央に配置される。
【0022】
図1において、左端の第1分割ピース2Aと右端の第10分割ピース2Jは、他の分割ピース2B〜2Iと異なる形状をなしている。第1分割ピース2Aは略筒形をなし、その内部に穴部7を含む。第10分割ピース2Jは、軸部5と、その軸部5の一端に形成されたフランジ部8とを備える。
【0023】
この実施形態において、各分割ピース2A〜2Jの締結部3は、それぞれ隣り合う分割ピース2A〜2Jの一方に形成された穴部7と、隣り合う分割ピース2A〜2Jの他方に形成された軸部5とを含む。各締結部3にて、それぞれ穴部7に軸部5を圧入して締結することにより、隣り合う分割ピース2A〜2Jが互いに組み付けられる。
【0024】
図2,3に、一例として、第2分割ピース2B、第3分割ピース2C及び第4分割ピース2Dの組み付け工程を側面図により示す。ここで、各分割ピース2A〜2Jに設けられる穴部7は、図2,3に示すように、有底をなしている。すなわち、各穴部7は、図面右側に開口し、図面左側に底壁を有して閉じている。また、各分割ピース2A〜2Jに設けられる軸部5は、図2,3に示すように、その外周にセレーション11を有する。セレーション11は、軸部5の軸線方向に延び、交互に並ぶ山部と谷部より構成される。従って、この実施形態では、穴部7に軸部5を圧入してセレーション11により塑性締結することにより、隣り合う分割ピース2A〜2Jが互いに組み付けられるようになっている。図2,3から分かるように、この実施形態では、ジャーナル部10に関わる軸部5は、ピン部9に関わる軸部5よりも外径が大きくなっている。それに合わせて、ジャーナル部10に関わる穴部7は、ピン部9に関わる穴部7よりも内径が大きく構成されるようになっている。
【0025】
第2及び第3の分割ピース2B,2Cの組み付けは、第2分割ピース2Bの袖部6に開いた穴部7に、第3分割ピース2Cの軸部5を圧入してセレーション11により塑性締結することにより行われる。この圧入により、袖部6が穴部7に圧入された軸部5の一部を覆うこととなる。このように第2分割ピース2Bの袖部6が第3分割ピース2Cの軸部5の一部を覆った状態で、袖部6の先端が軸部5の付け根に当接することとなる。このように隣り合う分割ピース2B,2Cの間で軸部5を覆った袖部6によりピン部9が構成される。同様に、第3分割ピース2Cの袖部6に開いた穴部7に、第4分割ピース2Dの軸部5を圧入してセレーション11により塑性締結することにより、両分割ピース2C,2Dの組み付けが行われる。この圧入により、袖部6が穴部7に圧入された軸部5の一部を覆うこととなり、その状態で袖部6の先端が軸部5の付け根に当接することとなる。このように隣り合う分割ピース2C,2Dの間で軸部5を覆った袖部6によりジャーナル部10が構成される。第5分割ピース2E〜第9分割ピース2Iの組み付けについても上記と同様である。
【0026】
この他、第2分割ピース2Bの軸部5を第1分割ピース2Aの穴部7に圧入してセレーションにより塑性締結することにより、両分割ピース2A,2Bの組み付けが行われる。このように第2分割ピース2Bの軸部5を覆った第1分割ピース2Aの外周によりジャーナル部10が構成される。また、第10分割ピース2Jの軸部5を第9分割ピース2Iの穴部7に圧入してセレーションにより塑性締結することにより、両分割ピース2I,2Jの組み付けが行われる。このように隣り合う分割ピース2I,2Jの間で軸部5を覆った袖部6によりジャーナル部10が構成される。
【0027】
図4に、組み付け状態の第3〜第5の分割ピース2C〜2Eを断面図により示す。図5に、第4分割ピース2Dのピン部9を図4のX−X線断面図により示す。図4に示すように、各分割ピース2C〜2Eの組み付け状態では、袖部6が軸部5の一部を覆った状態で、袖部6の先端が軸部5の付け根に当接している。また、軸部5の先端は穴部7の底壁に対しわずかな隙間を隔てて近接している。ここで、袖部6の先端と軸部5の付け根は、それぞれ面取りされて湾曲面をなしている。
【0028】
この組立式クランクシャフト1は、エンジンに装着されることにより、外部から各ジャーナル部10に潤滑油が供給され、そのジャーナル部10に供給される潤滑油を隣接するピン部9へ供給するための油通路を有する。この組立式クランクシャフト1は、各ジャーナル部10がジャーナルメタル(図示略)を介してエンジンブロックの軸受に支持される。また、各ピン部9には、コンロッドメタルを介してコンロッドが連結され、そのコンロッドの先端にピストンが連結される(共に図示略)。そして、各ジャーナル部10には、軸受からジャーナルメタルを介して潤滑油が供給され、その供給された潤滑油が油通路を経由して隣接するピン部9へ供給されるようになっている。この油通路について以下に説明する。
【0029】
すなわち、図4に示すように、ピン部9を構成する袖部6に含まれる穴部7の底壁には、隣接するジャーナル部10を構成する袖部6の外周、すなわちジャーナル部10の外周に通じる貫通孔12が形成される。この貫通孔12を、ジャーナル部10に通じさせるために、ジャーナル部10を構成する袖部6の外径Rjが、ジャーナル部10を構成する袖部6の軸線Ljからピン部9を構成する袖部6に関わる穴部7までの最短距離Rpよりも大きくなるように設定される。つまり、この組立式クランクシャフト1を軸線Ljの方向の一端側から見た場合、ジャーナル10の外周が、ピン部9に関わる穴部7と重なるように配置される。図2,4,5に示すように、ピン部9を構成する袖部6により覆われた軸部5の付け根には、セレーション11の周方向に沿って周溝13が形成される。また、図4,5に示すように、ピン部9を構成する袖部6の端面には、その袖部6に含まれる穴部7から袖部6の外周、すなわちピン部9の外周に通じる連通溝14が形成される。この連通溝14と周溝13は互いに連通する。更に、図4,5に示すように、ピン部9を構成する袖部6の外周には、その袖部6の軸線方向に延び、連通溝14に通じる長溝15が形成される。
【0030】
一方、ピン部9を構成する袖部6に関わる穴部7及び軸部5についてセレーション11による塑性締結の充填度を所定値とすることにより、その穴部7と、その穴部7に圧入される軸部6の外周との間に所定の隙間16が形成される。この実施形態では、セレーション11による塑性締結の充填度Fdを「0.25以上0.8以下」に設定することにより、この隙間16を設けている。図6に、「Fd=0.25」となる場合の締結部3の一部を拡大断面図により示す。図7に、「Fd=0.8」となる場合の締結部3の一部を拡大断面図により示す。図8に、比較として、「Fd=1.0」となる場合の締結部3の一部を拡大断面図により示す。図6〜8に示すように、この実施形態で、セレーション11を構成する隣り合う二つの歯11aの間の谷部が略V字形をなしている。ここで、充填度Fdは、図6,7に示すように、セレーション11の歯11aの高さ(歯丈)Htに対する、歯11aの袖部6への食い込み深さ(充填丈)Hfの割合を意味する。図8に示すように、「Fd=1.0」となる場合では、歯11aの全部が袖部6の肉に食い込むので、穴部7の内壁と軸部5の外周との間には、隙間16が形成されない。これに対し、図6,7に示すように、充填度Fdが「0.25以上0.8以下」の範囲では、歯11aの一部が袖部6の肉に食い込むだけで、穴部7の内壁と軸部5の外周との間に適度な隙間16が形成されることとなる。ここで、充填度Fdを「0.25以上0.8以下」の範囲に設定したのは、この範囲の充填度Fdによれば、締結力を確保しつつ潤滑油の流れを確保できる隙間16が得られるからである。
【0031】
上記した組立式クランクシャフト1を製造するには、先ず、作製工程において、厚板状のカウンタウェイト部4と、そのカウンタウェイト部4の一端側へ突出すると共に外周にセレーション15を有する軸部5と、そのカウンタウェイト部4の他端側へ突出する袖部6と、その袖部6からカウンタウェイト部4にかけて設けられる有底の穴部7とを含む複数の分割ピース2B〜2Iをそれぞれ鍛造により作製すると共に、両端の分割ピース2A,2Jをそれぞれ鍛造により作製しておく。
【0032】
同じく、作製工程において、各分割ピース2A〜2Jを鍛造する過程で、ピン部9を構成する袖部6により覆われた軸部5にてセレーション11の周方向に周溝13を同時に形成する。同じく、各分割ピース2A〜2Jを鍛造する過程で、ピン部9を構成する袖部6に含まれる穴部7の底壁に、隣接するジャーナル部10の外周に通じる貫通孔12を同時に形成する。同じく、各分割ピース2A〜2Jを鍛造する過程で、ピン部9を構成する袖部6の端面に、袖部6に含まれる穴部7からその袖部6の外周に通じる連通溝14を同時に形成すると共に、その袖部6の外周に、その袖部6の軸線方向に延び、連通溝14に通じる長溝15を同時に形成する。ここで、各分割ピース2A〜2Jを鍛造する過程で、袖部6の先端と軸部5の付け根をそれぞれ面取りする。また、鍛造の後工程として、各分割ピース2A〜2Jにつき、袖部6の先端と軸部5の付け根にそれぞれ焼き入れを施すこともできる。
【0033】
次に、組立工程において、隣り合う分割ピース2B〜2Iのうち一方の分割ピース2B〜2Iに設けられた袖部6の穴部7に、他方の分割ピース2B〜2Iに設けられた軸部5を圧入してセレーション15により塑性締結し、軸部5の一部を袖部6で覆うと共に、袖部6の先端を軸部5の付け根に当接させて隣り合う分割ピース2B〜2Iを互いに組み付ける。同様に、第1分割ピース2Aを第2分割ピース2Bに組み付けると共に、第10分割ピース2Jを第9分割ピース2Iに組み付ける。そして、隣り合う分割ピース2A〜2Jの間で、軸部5を覆った袖部6によりジャーナル部10又はピン部9を構成する。併せて、この組立工程では、ピン部9を構成する袖部6に関わる穴部7及び軸部5についてセレーション11による塑性締結の充填度Fdを「0.25以上0.8以下」とすることにより、穴部7と軸部5の外周との間に所定の隙間16を設ける。このように組み付けることで、組立式クランクシャフト1が完成する。
【0034】
以上説明したこの実施形態の組立式クランクシャフト1の構成によれば、隣り合う分割ピース2A〜2Jの一方に設けられた穴部7に、他方の分割ピース2A〜2Jに設けられた軸部5の全体が圧入されるので、軸部5と穴部7による締結部3の長さが最大限に確保される。このため、締結部3として最大限の締結力を得ることができる。また、穴部7と軸部5はセレーション15により塑性締結するので、強固な締結力が得られる。更に、図9に示すように、軸部3と穴部7が締結された状態で、袖部6の先端が軸部5の付け根に当接し、軸部5の先端が穴部7の内壁に接するので、軸部5がその両端にてエンジンの爆発力による反力を支持することとなる。このため、軸部5に抜け力が働き難い構成となり、エンジン運転時に爆発力がピン部9やジャーナル部10に作用しても、その爆発力に対する締結部3の強度を高めることができ、締結部3の抜けを防止することができる。つまり、組立式クランクシャフト1がエンジンに使用され、エンジン運転時にピストンの運動力が各ピン部9及び各ジャーナル部10に作用して、各締結部3の締結が抜ける方向に力が加わっても、各締結部3の強固な締結状態を保つことができる。
【0035】
また、この実施形態では、袖部6の先端と軸部5の付け根がそれぞれ面取りされるので、袖部6の先端と軸部5の付け根との当接部分における応力集中が面取りにより分散される。このため、袖部6の先端と軸部5の付け根の強度をそれぞれ高めることができ、締結部3の耐久性を向上させることができる。袖部6の先端と軸部5の付け根に焼き入れを施した場合は、袖部6の先端と軸部5の付け根における硬度が増大し、袖部6の先端と軸部5の付け根の強度を更に高めることができ、締結部3の耐久性を更に向上させることができる。
【0036】
ここで、この実施形態の組立式クランクシャフト1では、ピン部9を構成する袖部6に関わる穴部7及び軸部5についてセレーション11による塑性締結の充填度Fdを「0.25以上0.8以下」としたので、その穴部7と軸部5の外周との間で、セレーション11による締結力を確保しつつセレーション11に沿って潤滑油のための適度な隙間16が得られる。ピン部9に関わる穴部7の底壁に形成された貫通孔12は、隣接するジャーナル部10の外周に通じるので、外部からジャーナル部10に供給される潤滑油は貫通孔12を通じてその穴部7へ流れる。ピン部9に関わる軸部5の付け根には、セレーション11の周方向に周溝13が形成されるので、上記隙間16を流れる潤滑油は周溝13にて集められる。ピン部9を構成する袖部6の端面に形成された連通溝14は、その袖部6の穴部7から袖部6の外周に通じるので、上記隙間16を流れて周溝13に集められた潤滑油は、連通溝14を通じて袖部6の外周、すなわちピン部9の外周へ供給される。特に、この実施形態では、連通溝14から長溝15を経由して潤滑油がピン部9の外周に供給される。
【0037】
従って、外部からジャーナル部10の外周へ供給される潤滑油は、貫通孔12、隙間16、周溝13、連通溝14及び長溝15を経由してピン部9の外周へ供給されることとなり、これら貫通孔12、隙間16、周溝13、連通溝14及び長溝15により潤滑油のための油通路が構成される。また、これら貫通孔12、周溝13、連通溝14及び長溝15は、各分割ピース2A〜2Jを作製する過程で鍛造により同時に形成することができ、上記隙間16は、各分割ピース2A〜2Jを組み付ける過程で同時に形成することができる。このため、この組立式クランクシャフト1に対して、切削加工によることなく油通路を設けることができ、切削バリの発生を抑えることができる。この結果、この組立式クランクシャフト1をエンジンに使用した場合に、ジャーナル部10やピン部9では、切削バリによるメタル焼き付きを防止することができる。また、貫通孔12、隙間16、周溝13、連通溝14及び長溝15を設けるために切削加工の必要がないことから、製造上の手間が省かれ、油通路を有する組立式クランクシャフト1の製造を簡略化することができる。
【0038】
また、この実施形態では、ピン部9を構成する袖部6の外周に形成される長溝15が連通溝14に通じるので、連通溝14を流れる潤滑油が長溝15を通じてピン部9の外周の軸線方向へ行き渡る。このため、ピン部9の外周全域に潤滑油を供給することができ、ピン部9の潤滑性能を高めることができる。
【0039】
なお、この発明は前記実施形態に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱することのない範囲で構成の一部を適宜変更して以下のように実施することもできる。
【0040】
(1)前記実施形態では、図6〜8に示すように、セレーション11を構成する隣り合う二つの歯11aの間の谷部を略V字形とした。これに対し、図10に示すように、隣り合う二つの歯11aの間の谷部を略方形とすることもできる。ここで、谷部の角は応力集中を避けるために面取りするのが望ましい。この場合、穴部7と軸部5の外周との間の隙間16の断面積を、前記実施形態よりも拡大することができる。このため、歯丈Htに対する充填丈Hfの割合としての充填度Fdを「0.9」程度まで上げることができ、締結部3の強度を更に向上させることができる。
【0041】
(2)前記実施形態では、ピン部9を構成する袖部6に関わる穴部7に圧入される軸部5につき、その付け根に周溝13を形成したが、図11に示すように、軸部5の付け根と軸部5の中間部の両方に周溝13を形成することもできる。
【0042】
(3)前記実施形態では、本発明を4気筒用エンジンのための組立式クランクシャフト1に具体化したが、本発明を4気筒以外の気筒数のエンジンのための組立式クランクシャフトに具体化することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】組立式クランクシャフトを示す側面図。
【図2】一部の分割ピースの組み付け工程を示す側面図。
【図3】一部の分割ピースの組み付け工程を示す側面図。
【図4】組み付け状態の一部の分割ピースを示す断面図。
【図5】ピン部を示す図4のX−X線断面図。
【図6】締結部の一部を示す拡大断面図。
【図7】締結部の一部を示す拡大断面図。
【図8】締結部の一部を示す拡大断面図。
【図9】締結部に作用する爆発力と反力の関係を示す説明図。
【図10】締結部の一部を示す拡大断面図。
【図11】一つの分割ピースを示す側面図。
【符号の説明】
【0044】
1 組立式クランクシャフト
2A 第1分割ピース
2B 第2分割ピース
2C 第3分割ピース
2D 第4分割ピース
2E 第5分割ピース
2F 第6分割ピース
2G 第7分割ピース
2H 第8分割ピース
2I 第9分割ピース
2J 第10分割ピース
3 締結部
4 カウンタウェイト部
5 軸部
6 袖部
7 穴部
9 ピン部
10 ジャーナル部
11 セレーション
12 貫通孔
13 周溝
14 連通溝
15 長溝
16 隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の分割ピースを締結部にて互いに組み付けて一体に組み立ててなる組立式クランクシャフトであって、
前記締結部は、隣り合う分割ピースのうち一方の分割ピースに設けられた穴部と、他方の分割ピースに設けられた軸部とを含み、前記穴部は有底をなし、前記軸部は外周にセレーションを有し、前記穴部に前記軸部を圧入してセレーションにより塑性締結することにより前記隣り合う分割ピースが互いに組み付けられることと、
前記一方の分割ピースには、前記穴部の一部を含む袖部が設けられ、前記袖部が前記穴部に圧入された前記軸部の一部を覆うことと、
前記袖部が前記軸部の一部を覆った状態で、前記袖部の先端が前記軸部の付け根に当接することと、
前記隣り合う分割ピースの間で前記軸部を覆った前記袖部によりジャーナル部又はピン部が構成されることと、
前記ピン部を構成する前記袖部に関わる前記穴部及び前記軸部について前記セレーションによる塑性締結の充填度を所定値とすることにより前記穴部と前記軸部の外周との間に設けられた隙間と、
前記ピン部を構成する前記袖部に関わる前記軸部にて前記セレーションの周方向に形成された周溝と、
前記ピン部を構成する前記袖部に含まれる前記穴部の底壁に形成され、隣接する前記ジャーナル部の外周に通じる貫通孔と、
前記ピン部を構成する前記袖部の端面に形成され、前記袖部に含まれる前記穴部から前記袖部の外周に通じる連通溝と
を備えたことを特徴とする組立式クランクシャフト。
【請求項2】
前記ピン部を構成する前記袖部の外周に、前記袖部の軸線方向に延び、前記連通溝に通じる長溝が形成されたことを特徴とする請求項1に記載の組立式クランクシャフト。
【請求項3】
複数の分割ピースを互いに組み付けて一体に組み立ててなる組立式クランクシャフトの製造方法であって、
厚板状のカウンタウェイト部と、前記カウンタウェイト部の一端側へ突出すると共に外周にセレーションを有する軸部と、前記カウンタウェイト部の他端側へ突出する袖部と、前記袖部から前記カウンタウェイト部にかけて設けられる有底の穴部とを含む複数の分割ピースを鍛造により作製する作製工程と、
隣り合う分割ピースのうち一方の分割ピースに設けられた前記穴部に、他方の分割ピースに設けられた前記軸部を圧入してセレーションにより塑性締結し、前記軸部の一部を前記袖部により覆うと共に前記袖部の先端を前記軸部の付け根に当接させて前記隣り合う分割ピースを互いに組み付けると共に、前記隣り合う分割ピースの間で前記軸部を覆った前記袖部によりジャーナル部又はピン部を構成する組立工程と
を備え、前記作製工程では、更に、前記各分割ピースを鍛造する過程で、前記ピン部を構成する前記袖部により覆われた前記軸部にて前記セレーションの周方向に周溝を形成し、前記ピン部を構成する前記袖部に含まれる前記穴部の底壁に、隣接する前記ジャーナル部の外周に通じる貫通孔を形成し、前記ピン部を構成する前記袖部の端面に、前記袖部に含まれる前記穴部から前記袖部の外周に通じる連通溝を形成し、
前記組立工程では、更に、前記ピン部を構成する前記袖部に関わる前記穴部及び前記軸部について前記セレーションによる塑性締結の充填度を所定値とすることにより前記穴部と前記軸部の外周との間に隙間を設ける
ことを特徴とする組立式クランクシャフトの製造方法。
【請求項4】
前記作製工程では、更に、前記ピン部を構成する前記袖部の外周に、前記袖部の軸線方向に延び、前記連通溝に通じる長溝を形成することを特徴とする請求項3に記載の組立式クランクシャフトの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−287686(P2009−287686A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−141317(P2008−141317)
【出願日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】