説明

組織切片のMALDIイメージングに有用なマスク、その製造方法と使用

本発明は、質量分析法、特にMALDIによる組織切片分析に使用するためのマスクに関し、このマスクは、不透明材料により作製又は被覆され、厚みが150μm未満であるプレートを備え、該プレートは規則的な間隔で開口を備え、該プレートの上面において、1つの開口だけを含む最大円の直径Dが、質量分析計、特にMALDIアナライザのレーザービームの直径dをsinθ(θはサンプル面に対する質量分析計、特にMALDIアナライザのレーザービーム入射角)で除した値より大きい。本発明はまた、本発明に係るマスクの製造方法、質量分析、特にMALDIによる組織切片のイメージングのためのその使用、並びに、本マスクを使用した組織切片のMALDIイメージング方法にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析法、特にMALDIによる組織切片分析に使用するためのマスクに関する。このマスクは、不透明材料により作製又は被覆された、厚みが150μm未満のプレートを備え、該プレートは規則的な間隔で開口を備え、該プレートの上面において、1つの開口だけを含む最大円の直径Dが、質量分析計、特にMALDI分析計(アナライザ)のレーザービームの直径dをsinθ(ここで、θはサンプル面に対するMALDIアナライザのレーザービーム入射角である)で除した値より大きい。本発明はまた、本発明に係るマスクの製造方法、質量分析、特にMALDIによる組織切片のイメージングのためのその使用、並びに、本マスクを使用した組織切片のMALDIイメージング方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
マトリックス支援レーザー脱離・イオン化(MALDI)と呼ばれるイオン形成法は、その性質のために、組織又は組織切片のような粗大サンプルの分析に本質的に適している。また、MALDI分析においては、どのサンプルについても、脱離・イオン化過程がサンプルのレーザービーム照射によって媒介されるため、分析領域はレーザービームで照射された部分だけに制限される。そのため、サンプルの種々の地点で分析を行って、各地点において、その地点に存在するイオン種を示すスペクトルを得ることができる。
【0003】
そのため、ユーザーが規定した一定ピッチでレーザービームを移動させることによってサンプル全体をスキャンしてもよく、こうすると全スペクトル及びそれらの座標を含むデータベースを作製することができ、それにより、分析されたサンプル中の既知m/z比をもつ任意化合物の発現マップを作製することが可能となる。
【0004】
MALDIイメージングに使用される紫外(UV)レーザー、特に337nmの発光波長を有する商業化されているN2レーザーは、慣用の焦点集束系では一般に75×75μm2〜200×200μm2の範囲内のレーザービーム断面積を有する。組織のイメージングのためには、2点間の最小距離はレーザービームの直径より大きくなければならず、結果として、イメージ定義(image definition)はたかだかレーザービーム直径(即ち、よくても75×75μm)となり、この直径では組織サンプル中の複数個の細胞の照射に対応してしまう。理想的には、組織サンプルのイメージ定義は、細胞直径(小細胞では10〜20μm)と同じか、そのオーダーであるべきである。
【0005】
従来技術においても、MALDI分析用のレーザービームの照射面積を減少させるためのさまざまな方法が試みられてきた。
従来の方法はレーザービームそれ自体を集束させることを狙っている。これは、ガリレイ式望遠鏡の原理から工夫した光学レンズを使用する(非特許文献1)か、又は光ファイバーを使用する(非特許文献1、2)か、のいずれかによりなしうる。いずれの場合も、レーザービームを約10μmの直径まで集束させることが可能である。しかし、これらの方法は、特に慣用の市販のMALDI装置を使用して実施するには、非常に面倒で費用がかかる。また、25〜30μmより小さいレーザービーム径については、気相内に生じたイオン量の非常に著しい減少が認められ(非特許文献2)、従って、イメージ定義は実際上25〜30μmに制限される。
【0006】
別の方法としては、レーザービームの光路内にアパーチャー(孔)(例、イリジウム)を加えることを含む。この方法は構成はずっと簡便であるが、残念ながら送出エネルギーが著しく減少し(非特許文献3)、そのため固体レーザーの使用が必要となる。
【0007】
代わりの方法として、分析面積の直径を小さくする別の方法は、規定直径のマトリックスのスポットを規則的ピッチで堆積させるものである。即ち、レーザービームで照射された面積は著しく大きくても、マトリックスで被覆された面積だけが気相状態のイオンを発生させる筈である(非特許文献4)が、この点は証明されていない。実際、マトリックス分子の吸収特性だけによるのではなく、入射ビーム衝撃波により物質放出(matter ejection)が促進されてしまうと、放出された物質はマトリックス被覆部分からだけではなく、照射された全面積から出てくるようになる。いずれにしても、この方法の使用は現時点ではミクロ流体装置の精度によって制約され、約100μmより小径のマトリックスのスポットの堆積 (被覆又は成膜) は不可能である。また、マトリックス・スポットの堆積は非常に時間がかかる(ラットの完全脳切片のの場合で約6〜12時間)。
【0008】
組織サンプルへのレーザービームの照射面積の減少によりイメージ定義を増大させるための上述した従来技術の利点と欠点をまとめて次の表1に示す。
【0009】
【表1】

【発明の概要】
【0010】
公知のMALDIイメージング解像度増大方法の各種の欠点のため、分析面積の直径を減少させるためのより単純で、効率的かつ経済的な新規な代替方法が明らかに求められている。
【0011】
本発明者らは、分析すべき組織サンプル上に、不透明材料から作られ、所定寸法の開口を規則的間隔で備えた「マスク」を置くことによって、開口の寸法とレーザービームの入射角とに依存して、レーザービームで実際に照射される面積の著しい減少が可能となることを見出した。こうして、レーザーの集束面積を約15×75μm2、さらには約15×50μm2(これは1細胞の寸法<約20×20μm2>に非常に近い)まで低減させることができる。また、本発明者らは、このようなマスクの使用が特に高いm/z比に対して観測されたシグナル強度の著しい増大を生ずることがあることも実証した。従って、本マスクはあらゆるタイプのMALDI装置に容易に適用可能であって、1細胞の寸法に近い解像度のイメージを得ることを可能にする。
【0012】
かくして、本発明は、外面が不透明で、厚みが150μm未満のプレートから構成された、質量分析、特にMALDIによる組織切片分析用のマスクを提供する。このプレートは規則的な間隔で配置された開口を有し、該プレートの上面において、1つの開口だけを含む最大円の直径Dが、質量分析計、特にMALDIアナライザ、のレーザービームの直径dをsinθ(θはサンプル面に対する質量分析計、特にMALDIアナライザ、のレーザービーム入射角)で除した値より大きい。
【0013】
本明細書において、「プレート」とは、厚みEにより離間している、平行で実質的に平面の2つの外面から構成された実質的に平たい固体板状物を意味する(図1Aを参照)。
「実質的に平たい固体板状物」とは、マスクの厚みEがマスク外面の寸法(長さと幅)に比べて非常に小さいことを意味する。
【0014】
「実質的に平面の外面」とは、マスクの外面に基づいて平面が規定されうることを意味する。具体的には、この外面は平面それ自体でもよい。あるいは、外面は微細構造を有していてもよい。これは、マスク厚みEに比べて非常に小さい寸法の孔又は微小凹凸(ざらつき)がマスク外面に存在しうることを意味する。ただし、この場合には、微細構造の無視しうる寸法は、外面の平均平面を規定することを妨げるものではない。
【0015】
2つの平行で実質的に平面の外面は、該平面において、矩形、特に正方形(図1Aを参照)又は円形若しくは楕円形といった任意の幾何学形状をとりうる。好ましくは、この2つの平行な外面は、矩形、特に正方形(図1Aを参照)の形状をとる。本発明に係るマスクは、組織切片の質量分析、特にMALDI分析に使用するためにに設計された。その結果、プレートの面積は、質量分析計、特にMALDIのサンプルキャリアー(保持具)上に載置された組織切片に当てるのに適した寸法のものとすべきである。通常、質量分析計、特にMALDIのサンプルキャリアーは、約5〜10cm×5〜15cmの寸法をとる。従って、本発明に係るマスクの寸法は、任意のMALDIサンプルキャリアーと同じか、それより小さくすべきである。いずれの場合も、質量分析計、特にMALDI、のサンプルキャリアーの寸法が本発明に係るマスクより大きい場合には、必要なら複数のマスクをサンプル上に並列配置して使用することができる。
【0016】
本発明に係るマスクは、質量分析、特にMALDI分析に使用するためのものであるので、プレート材料は質量分析、特にMALDI分析に適するよう選択されるべきであり、特にプレート材料はMALDI分析の脱離・イオン化プロセスが起こるのに適したものであるべきである。そのため、本発明に係るマスクは、不透明な外面(外表面)を有するべきである。「不透明」とは、材料がレーザーエネルギーを透過させないことを意味する。
【0017】
好ましくは、本発明に係るマスクは不透明かつ導電性の外面を有するべきである。「導電性」とは、電気を伝えることのできる電気伝導性材料を意味する。より正確には、本発明においては、「導電性材料」は半導体性又は厳密に導電性(即ち、半導体性ではない)のいずれかの材料を意味する。有利には、本発明に係るマスクは不透明かつ厳密に導電性の外面を有する。或いは、本発明に係るマスクは、不透明かつ半導体性の外面を有していてもよい。「不透明かつ導電性の外面」とは、マスクが全体として不透明で、マスクの少なくとも一方の外面層が導電性(即ち、半導体性又は厳密に導電性)の材料から構成されていることを意味する。従って、好ましくは本発明に係るマスクは次のいずれかの構成をとりうる:
・不透明かつ導電性の材料から作製される、
・不透明であるが導電性ではない(即ち、絶縁体である)が、他の望ましい特性を有する材料から作製され、その外面が導電性であって、不透明又はそうではない材料により被覆(コーティング)されている、又は
・不透明でも導電性でもないが、他の望ましい特性を有する材料から作製され、その外面が不透明で導電性の材料により被覆されている。
【0018】
本発明に適した不透明で導電性の材料の例としては、導電性金属(金、ニッケル、クロム、アルミニウム、チタン又はタングステンなど);ステンレス鋼のような金属合金;並びに炭素(カーボン)、シリコン又はポリシリコンが挙げられる。
【0019】
1好適態様においてプレートは不透明で導電性の材料から作製される(図1Cを参照)。好ましくは、この不透明で導電性の材料はとりわけシリコン及びステンレス鋼から選択される。特定の1態様では、プレートはシリコンウェーハから構成される。
【0020】
或いは、本発明に係るマスクは、非導電性であるが不透明で、望ましい特性を有する材料から作製され、その外面が導電性材料で被覆されているものでもよい。
また別の態様では、本発明に係るマスクは他の望ましい特性を有する別の材料から作製され、その外面が不透明で導電性の材料により被覆されているものでもよい(図1Dを参照)。
【0021】
実際、導電性材料は普通かなり硬質(=剛性)の材料であるのに対し、型成形(モールディング)可能な軟質(=可撓性)の材料から作製されたマスクとする方が有利なこともある。マスクが型成形可能であることは、例えば、本発明に係るマスクの工業的規模での容易な大量生産にとって有用であるかもしれない。また、軟質材料から作製されたマスクは壊れにくく、ユーザーにとって取扱いがより容易であるかもしれない。
【0022】
適当な軟質材料は、型成形により所望の三次元(立体)構造と配分とを示す開口を持つマスクの製造を可能にする任意の軟質(可撓性)材料であり、そのような材料としては、ポリマー、特に一部のレジスト(例、ビスフェノールAグリシジルエーテル型ポリマーのエポキシ樹脂、CAS#28906-96-9であるSU−8)或いは一部のシリコーンポリマー又はポリシロキサン、即ち、ケイ素−酸素主鎖(−Si−O−Si−O−Si−O−)からなり、側鎖がケイ素原子に結合している1群の無機若しくは半無機ポリマー、例えば、特にシリコーン樹脂、即ち、ポリジメチルシロキサン(PDMS,CAS#63148-62-9)が挙げられる。この場合、型成形された軟質プレートを、イオンの移動を可能にするために.導電性にし、最初の軟質材料によってはさらに不透明にしなければならない。これは、型成形された軟質マスクのメタライゼーションによって達成することができる。従って、この軟質プレートの外面には、上に定義したような不透明で導電性の材料、特に不透明で導電性の金属を被覆しなければならない。金属被覆の場合、形成された金属層が不透明の性質も付与しなければならないなら、金属層の厚みを十分なもの(少なくとも100nm)としなければならない。
【0023】
マスクを不透明で導電性の材料から作製した場合であっても、そのプレートを、金、ニッケル、チタン又はクロムといった高導電性の材料で被覆(コーティング)することが有用であるかもしれない。本発明に係るマスクの特定の態様では、該マスクの少なくとも片面を高導電性の材料でさらに被覆する。
【0024】
正常な脱離・イオン化プロセスとイオン移動を可能にするために、本発明に係るマスクの厚みEは150μm未満、好ましくは100μm未満とすべきである。
本発明に係るマスクは、規則的な間隔で配置された多数の開口を備える。「規則的な間隔」とは、2つの開口の中心間の距離が一定であることを意味する。開口の「中心」とは、開口の周囲のすべての地点から等距離にある地点を意味する。開口の三次元構造は上面及び下面の幾何学形状と内面形状に依存する。上面及び下面の幾何学形状、又は内面形状に実際の制約は何もない。詳しくは、内面形状は非常に多岐に変化可能で、この内面をプレート平面(プレート面)に垂直な平面により切断した断面は、例えば、矩形、台形(これは場合によっては二等辺台形又は直角台形でもよい)その他の形状をとることができる。開口の内面をプレート平面に垂直な平面により切断した断面の例は、図1Bに示されている。
【0025】
それにもかかわらず、好適態様においては、開口の三次元構造は、開口をプレート平面に平行な平面で切断したすべての断面の幾何学形状がプレート上面における開口の幾何学形状の比例変換(相似形)となるようなものである。そうなると、開口の三次元構造(立体構造)はプレート平面での開口の幾何学形状と、開口の内面とプレート上面との間の角度αとによって特性決定することができる。
【0026】
また、本発明に係る1つのマスクの異なった開口は、同一又はいくつかの異なる幾何学形状を有することができる。個々の開口の形状は必須要件ではないからである。しかし、好適態様においては、マスクの全ての開口は同一形状をとる。「同一形状」とは、各開口の三次元構造が実質的に同一であることを意味し、実質的に同一とは、製造プロセスの不完全さに起因する微小凹凸の可能性を除外すれば、各開口の所望の三次元構造が同一であることを意味する。
【0027】
プレート平面における開口の幾何学形状は各種の形状を使用することができる。プレート平面における開口の好ましい幾何学形状としては、矩形、正方形、円形又は楕円形が挙げられる。即ち、好適態様において、開口は矩形又は楕円形、より好ましくは正方形又は円形の形状をとる。正方形及び円形の開口を備えたマスクの例は図1Aに示されている。
【0028】
開口の内面とプレート上面との間の角度αは、プレート下面における開口の幾何学形状の面積がプレート上面における開口の幾何学形状の面積に等しいか、それより小さくなるように、0〜90°の範囲内である。図1C及び1Dは、角度αの2つの好適な形態を示す。好ましくは、αは30°から90°までの範囲内である。特に、αは90°(これはプレート平面に垂直な開口内面に対応する)であるか、又は市販のMALDI機器の入射角度に対応する30°、45°、50°、60°又は90°でよい。従って、1好適態様では、開口の内面とプレート平面とが30°、45°、50°、60°又は90°の角度をなす。
【0029】
本発明に係るマスクは、MALDIレーザービームにより照射される面積を減少させることによってMALDI組織断面イメージングの解像度を改善するように考えられた。本発明に係るマスクの開口の寸法は、従って、開口形状及びレーザービーム入射角に応じて、MALDIレーザービームによりマスクを通して照射される組織断面の面積がマスクの不存在下でレーザービームにより照射される面積より小さくなるようにすべきである。即ち、本発明に係るマスクでは、プレート面における開口の幾何学形状及び該開口の内面とプレート上面との間の角度αは、入射角θが30°〜90°、40°〜80°、40°〜80°、40°〜70°、40°〜60°、又は45°〜55°の場合で、レーザービームにより実際に照射されるサンプルの面積がレーザービームの面積より小さくなるようなものとすることが好ましい。
【0030】
開口の内面とプレート上面との間の角度α、レーザービームの入射角θ、及びマスク厚みEに応じて、プレート下面における開口の形状に対応するサンプルの全表面が照射されるのではなく、この表面の一部は影(シャドウ)に入ることなる(影部分、図2及び3を参照)ことも起こりうる。具体的には、通常のMALDIアナライザのレーザーは30°から90°の範囲内の入射角θを有する。プレート上面と直角の角度αをなす内面を有する開口を備えたマスクの場合、影になる部分(面積)が存在し、レーザーにより実際に照射される面積は、プレート下面での開口面積よりは小さくなるであろう(図2及び3を参照)。具体的には、開口が正方形で、レーザービームの直径が開口面積より大きい場合、レーザービームの入射角θ、マスクの厚みE、及び影部分の幅lは次式により関係づけられる: tanθ=E/l (図3B)。
【0031】
照射された面積の幅をLとすると、影になる面積はl×(L+l)に等しく、照射される面積はL×(L+l)に等しくなる(図3Bを参照)。これに対して、α=θであると、影になる面積は存在しない(図4を参照)。ある正確な形態において、レーザーにより実際に照射される正確な面積は、開口の寸法、マスク厚みE、並びに角度θ及びαを用いて当業者なら容易に計算することができる(図3を参照)。例えば、1辺の長さが100μmで、厚みが65μm又は100μmの正方形開口を備えるマスクについて、レーザー入射角θが40°、45°、50°又は65°である場合の、実際に照射される面積の幅Lを次の表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
「1つの開口だけを含む最大円」とは、プレート上面において1つの開口だけをその内面に含む最大の仮想円を意味する。この1つの開口だけを含む最大円の中心は、その開口幾何学形状の中心上に位置し、その外延は隣接する開口に接するまでである。正方形又は円形の開口を備えたマスクについての1つの開口だけを含む最大円の例を図1Aに示す。この1つの開口だけを含む最大円の直径DがMALDIアナライザのレーザービームの直径dをsinθ(ここで、θはサンプル平面に対するMALDIアナライザのレーザービーム入射角)で除した値より大きいということは、レーザーがある1つの開口に中心合わせされている時に、この開口を通して接近可能なサンプル部分だけが照射される(図1Aを参照)ことを確実にする。
【0034】
MALDIアナライザ(レーザービーム)の入射角θは、製造業者から、特に装置と共に販売される文書から得ることができる。例えば、各種の市販MALDIアナライザの入射角θを次の表3に示す。
【0035】
【表3】

【0036】
レーザービームの直径dに関しては、それも製造業者から得られるかもしれず、或いはサンプル上でレーザーにより照射される面積(即ち、サンプル表面上へのレーザービームの投影面積)を測定することにより容易に求めることができる。下記手順(プロトコル)を使用してもよい。
【0037】
・薄層標本を得るために、標準的なMALDIサンプルプレート上に、アセトン中のα−シアノ・4−ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)15〜20mg/mL(飽和溶液)からなるマトリックス溶液数μL(一般的には1μL)をマイクロピペットで載置する、
・室温で乾かす、
・このサンプルプレートを機器に導入し、標準的な実験用レーザーエネルギーで1つの固定スポット上に、マトリックス層が完全に除去されるまで(レーザーエネルギー、レーザーのタイプ、パルス持続時間及びレーザー繰返し数<repetition rate>に依存するが、我々の器具では3000〜5000レーザーショット)レーザーを照射する。本実験は異なるスポットについて数回実施することができる、
・機器からサンプルホルダーを取り出し、照射された面積の測定を、顕微鏡(光学、SEMなど)でサンプルを観察することにより、又はサンプルを走査し、描画ソフトウェアで測定することにより行う。
【0038】
世界的に、ほとんどの現在市販されているMALDIアナライザのレーザーは約75〜150μmの直径を示すので、1つの開口だけを含む最大円の直径Dは、これらのレーザーの場合、(75/sinθ−150/sinθ)μmより大きくなるべきである。MALDIレーザーは通常は30°から90°まで入射角θ(これは0.5から1までのsinθに対応する)を有する。従って、直径が75〜150μmの範囲内の慣用の市販MALDIのレーザーについては、MALDIレーザーの入射角θに応じて、1つの開口だけを含む最大円の直径Dは、75〜300μmより大きくすべきである。あらゆる現在市販のMALDI機器に対して使用可能なように設計されるマスクの場合は、1つの開口だけを含む最大円の直径Dは300μmより大きくすべきである。より正確には、1つの開口だけを含む最大円の直径Dに対する下限値(Dをそれより大きくすべき基準値)を各種の入射角θ及びレーザービーム直径dについて列挙すると、下記の表4に示す通りである。
【0039】
【表4】

【0040】
しかし、任意の特定のMALDI機器に対して、所定の入射角θ(製造業者から得られる)及び直径d(製造業者から得られるか、上述したように求められる)で、1つの開口だけを含む最大円の直径DがD>d/sinθを満たす条件で使用するためのマスクは、容易に設計でき(d/sinθを算出することにより)、かつ製造できる(後述する方法のいずれかを用いて)ことは明らかである。特に、より集束が良好、従って、直径dが小さいレーザーが製造され、それがMALDIアナライザに適応されたなら、d/sinθより大きいという条件を満たしたまま、本発明に係るマスクの1つの開口だけを含む最大円の直径Dはより小さくすることができることは当然である。
【0041】
上述したいくらかの制限を除けば、多くの数の異なるマスクが本発明において有用となることができ、従ってその範囲内に包含されることも当然である。
本発明の範囲内に含まれるMALDIイメージングに有用な特定のマスクとしては、内面がプレート面に垂直であって、最大辺の長さが500μmより小さい(特に好ましい最大辺の長さは50、100、240及び500μm)矩形、特に正方形の開口を規則的間隔で備えている、厚みが50〜150μmの範囲内のシリコンウェーハから作製されたプレートからなるマスクが挙げられる。
【0042】
最も一般的な例である30°〜60°の入射角θを示すレーザーの場合、このようなマスクは、サンプルの照射面積を、マスクが存在しない時にレーザービームにより照射される面積より小さくなるようにすることができる(表2を参照)。
【0043】
また、このようなマスクは、検出されたイオンのシグナル強度の減少を生ずることもなく、しかも予想外にも特に高いm/z比(即ち、m/z>3000)については、前記シグナル強度の有意の増大を生ずることさえある。
【0044】
本発明にかかるマスクは、サンプルの質量分析、特に組織サンプルのMALDI分析用に意図された。しかし、それらは他の質量分析計と共に使用することもできる。詳しくは、MALDIで用いるマトリックスはMALDIの脱離・イオン化に不可欠である。マトリックスは、パルスレーザービームに対するエネルギー受容体として作用し、そのエネルギーを共結晶化被分析物(cocrystallized analytes)を脱離させるために利用する。しかし、この方法は、多量のマトリックス・バックグラウンドイオンを生じ、それらが小さな質量イオンを妨害又は抑制しうることから、この方法を小分子の定量に利用することが制限される。分析結果を向上させるためのいくつかの戦略がこれまでに提案されてきた。
【0045】
まず、ポーラスシリコン上レーザー脱離・イオン化(DIOS)質量分析法が最近報告された(非特許文献5)。ポーラスシリコン(PSi)は、マトリックスを使用しない脱離・イオン化基板としての可能性を示し、マトリックスに関連するイオンが存在しないことから、観測可能な質量範囲が小分子にまで広がる。結晶質シリコンをHF系溶液中で電気化学的に溶解することにより、水素終端ポーラスシリコン(PSi−H)表面が得られる。この技術は既に確立している。単結晶シリコンウェーハからHF系溶液中での化学的及び/又は電気化学的エッチングによって、細孔形態が適度に明確なPSiの平坦な薄膜を調製することができる。生ずる気孔率、細孔寸法、及びPSi層厚みは、電流密度、エッチング液の組成、及びエッチング時間といったエッチング条件、並びに基板の種類、ドーピングレベル及び配向に依存する。
【0046】
より最近になって、結晶質シリコンナノワイヤー(SiNW)の緻密なアレイが、小分子、ペプチド、タンパク質消化物、並びに内因性及び生体異物性代謝産物の生体流体工学(biofluidics)のレーザー脱離・イオン化質量分析法のプラットフォームとして使用されるようになった(非特許文献6)。最適化された条件下では、アトモル(attomole)レベルまで下がった感度が達成された。シリコンナノワイワー(SiNW)は、いわゆる気液固相(VLS)法を用いて調製することができる。この方法は、高温(440〜540℃)で金ナノ粒子(Au−NP)を触媒としてシランガス(SiH4)を化学分解することに基づく。この方法では、生成するナノワイワーの直径は触媒粒子の直径で決まるため、本方法は均一寸法のナノワイヤーを得る効率的な手段となる。狭い寸法分布を持つSiNWが、よく規定された触媒(金ナノ粒子)を用いて得られた。この技術は比較的低コストで大面積の合成に対して容易に適応可能である。この方法は異なる基板上に制御されたやり方でSiNWを成長させることができる(非特許文献7)。酸化亜鉛(ZnO)、酸化錫(SnO2)、窒化ガリウム(GaN)、及び炭化珪素(SiC)のナノワイヤーといった他の半導体ナノ構造物も小分子の定量分析用エネルギー移動マトリックスとして効率的であることが判明している(非特許文献8)。
【0047】
ペプチドのマトリックス支援レーザー脱離・イオン化用の金ナノ粒子(Au−NP)に基づく別の例も文献に報告されている(非特許文献9)。金ナノ粒子(Au−NP)は多様な方法で調製しうる。まず、Au薄膜の熱蒸発とその後のアニーリングからなる物理的な方法でAu−NPを調製することができる。詳しくは、金薄膜上に接着層を全く存在させずにPECVD法で成膜したシリカ薄膜が高い安定性を示す(非特許文献13〜15)。さらに、このようなシリカ薄膜を用いて、金薄膜を成膜することができる。例えば、シリコン基板上のPECVD成膜されたSiOx膜上に3nm厚のAu膜を400℃で10分間の熱アニーリング後に形成することができる。熱アニーリングによりAu薄膜は自己集合して、緻密で均一なナノ粒子のアレイになる。得られたAuナノ粒子は10〜25nmの平均径を示す。最初のAu薄膜の厚みを小さくすると、ナノ粒子の平均径がいくらか小さくなる。別法として、粒度が2.5〜50nmの単分散金コロイド溶液が市販されている。従って、ドロップ・キャスティング(drop casting)法を使用して、アミン又はチオール終端表面上に金ナノ粒子を堆積させることができる。Au−NPを形成するための別の適当な方法はE−ビーム・リソグラフィー法である。この方法では、寸法、形状及び位置が制御された金ナノ構造物の形成が可能である。
【0048】
ポーラスシリコンと金ナノ粒子との複合体も使用可能であろう。PSi/Au−NP基板は下記の2つの異なる手法を用いて得ることができる。
1.酸化された表面をアミノプロピルトリエトキシシランでシラン化することにより調製されたアミン終端PSi基板上に金ナノ粒子を堆積させる。NH2基とAuナノ粒子との間の強い相互作用により、該表面でのナノ粒子の制御された堆積が起こる。表面上のナノ粒子の密度は、使用する金コロイドの初期希釈度により制御される。この方法は、水溶液状態で良好かつ長期の安定性を示す、平均径10nmの金ナノ粒子で被覆されたアミン終端PSi表面を得るのを可能にする。このことは、表面上に化学的又は生化学的官能性を導入するためにナノ粒子をさらに変性するための重要な資産である。
【0049】
2.新しい又は酸化されたPSi表面上でのAu薄膜(1〜4nm)の熱蒸発はPSi表面上でのAuナノ粒子の堆積を生ずる。
PSi層の形成は、シリコン基板からの正孔供給を必要とし、従って、n型結晶質シリコン上でのPSi薄膜の調製は、正孔を発生させるために表面への白色光照射を必要とする。n型Siの電気化学的エッチングの光刺激のために、単純なマスクの使用によりPSiのパターン又はアレイを得ることができる。さらに、PSiのパターンはエッチング液(HF/EtOH)中で安定なパターン化レジストを用いてp型シリコン基板上に直接形成することもできる。
【0050】
同様に、PSi/Au−NPのパターンは、アミン終端構造物上でのAu−NP吸着又はAu薄膜の熱蒸発によっても製作することができる。
SiNWアレイは、金ナノ粒子触媒を予めパターン化し、次いで高温でSiH4の化学蒸着を行うことによっても形成できる。
【0051】
MALDI質量分析法におけるようなマトリックスへの依存性を解消し、従って小分子の分析を改善するのを可能にするこれらのすべての方法は、上述したプロトコルを用いて本発明に係るマスクに組み込んでもよい。
【0052】
従って、上述した本発明に係るマスクの1つの特定の態様においては、マスクはサンプルと接触させる方のマスク外面上及び場合により開口内面の一部又は全面上に、ポーラスシリコン;半導体ナノワイヤーアレイ、特にシリコンナノワイヤー;金ナノ粒子アレイ;又はポーラスシリコンと金ナノ粒子との複合体アレイからなる層をさらに備えている。好ましくは、かかるマスクはサンプルと接触させる方のマスク外面上及び場合により開口内面の一部又は全面上に、ポーラスシリコン;金ナノ粒子アレイ;又はポーラスシリコンと金ナノ粒子との複合体アレイからなる層を備えている。さらに好ましくは、このようなマスクはサンプルと接触させる方のマスク外面上及び場合により開口内面の一部又は全面上にポーラスシリコンの層を備えている。
【0053】
このようなマスクは従って、MALDI方におけるようなマトリックスに頼ることを必要とせずに、質量分析法に使用するのに適している。特に、このようなマスクはDIOS質量分析法に使用するのに適している。
【0054】
このようなマスクはさらに化学的に官能化(官能基導入処理)することができる。調製されたばかりのポーラスシリコン又はシリコンナノワイヤーの表面は水素終端型である。PSi−H又はSiNW−H上の多様な有機モノレイヤー(単分子層)を既存又は開発された技術を用いて調製することができる。この技術は、PSi−H表面との各種のアルケン及びアルデヒドのヒドロシリル化反応により、安定なSi−C及びSi−O−C結合を介して表面に共有結合した有機モノレイヤーを生ずることからなる。種々の官能性末端基を有する有機分子を合成し、熱条件下で該表面に共有結合させることができる。この化学プロセス中に使用する有機分子の構造によって該表面の湿潤性(疎水性/親水性)が決まる。さらに、PSi表面の部分的酸化とその後の化学的誘導体化によって、種々の化学組成を有する表面を調製することが可能となる。ある特定の細菌又は有害物質を特異的に認識する種々のリガンドを合成し、PSi表面に結合させることができる。水素終端PSi又はSiNW表面はまた、熱的、電気化学的、化学的及びUV−オゾン等のいくつかの手段によって酸化することもできる。得られた表面は高濃度の表面ヒドロキシル基を含有しており、これは次いでトリクロロ又はトリアルキルオキシシランに容易に結合させることができる(非特許文献10)。
【0055】
ナノ粒子の化学的官能化は周知のアルカンチオールアセンブリの化学を用いて行うこともできる(非特許文献10)。
本発明はさらに、下記工程を含む本発明に係るマスクの製造方法にも関する:
a)不透明導電性材料から作製された、厚みが150μm未満のプレートを用意し;
b)該プレートに複数の開口を形成し、但し、プレート平面において、1つの開口だけを含む最大円の直径Dが、MALDIアナライザのレーザービームの直径dをsinθ(θはサンプル面に対するMALDIアナライザのレーザービーム入射角)で除した値より大きい。
【0056】
「開口を形成」とは、所望の開口三次元構造を示す穴をマスク内に作製することを意味する。開口の形成は所望の三次元構造の開口を生ずることができる任意の適当な技術を用いて行うことができる。
【0057】
有利な1態様において、開口の形成は下記工程を含む:
i)プレートを清浄化(洗浄)し、
ii)プレートにポジ型又はネガ型フォトレジストを被覆し、
iii)被覆されたプレートに、目的とする所望のマスク開口の位置に対応する部分がクロム被覆ガラス保護部(ネガ型フォトレジストの場合)又はクロム被覆ガラス非保護部(ポジ型フォトレジストの場合)のいずれかに対応するような形態を有するクロム被覆ガラス保護部材を介して紫外線(UV)を照射し
iv)現像液を使用して、所望の開口に対応する部分のフォトレジストを除去し、
v)ドライエッチングを用いて所望の開口に対応する部分を侵食して、プレートの開口を形成し、そして
vi)得られたマスクを清浄化(洗浄)して、ざらつき(微小凹凸)を除去する。
【0058】
上述した開口の形成方法は、工程i)とii)との間にプレート上にアルミニウムを成膜する任意工程i1)をさらに含んでもよい。アルミニウムの成膜は特にスパッタリング又は蒸発により行うことができる。
【0059】
このような任意工程は、レジストの樹脂が長時間のウェットエッチングには耐えられないため、深いウェットエッチング(ICPによる)、従って、特に厚い膜の場合には得策である。
【0060】
この場合、アルミニウムエッチングも工程iv)において現像液により行われる。
本発明によると、「フォトレジスト」は、後でエッチングを受ける材料の一部の領域を保護するのに使用しうる感光性で耐薬品性の材料である。フォトレジストは通常はプリント回路基板素材の一部領域をマスクするのに使われるが、本発明においても有用である。
【0061】
「ポジ型」フォトレジストとは、紫外光で露光された後の方が現像液への溶解速度が高くなるタイプのフォトレジストを意味する。露光でフォトレジストの化学構造が変化し、現像液中での可溶性がより高くなる。その後、現像液を用いて、露光した部分のフォトレジストだけを溶解させて除去することができる。従って、使用するクロム被覆ガラス保護部材は、本発明に係る得られたマスク上に残留すべきパターンそのままのコピーを含んでいる。
【0062】
ポジ型フォトレジストは通常は、ノボラック(フェノール−ホルムアルデヒドポリマー、CAS#9003-35-4)のような非感光性のベースフェノール樹脂(芳香族アルコールとホルムアルデヒドとの縮合ポリマー)、ジアゾナフトキノン誘導体化合物のような感光性の溶解抑制剤、並びにn−ブチルアセテート、キシレン、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(PGMEA)、若しくは2−エトキシエチルアセテートのような塗布用溶剤を含有する。該レジストはさらに、酸化防止剤、ラジカル掃去剤(スカベンジャ)、O2及びケトンを吸収するためのアミン、湿潤剤、スペクトル吸収特性を変化させるための染料、接着促進剤、及び/又は塗布助剤を含有していてもよい。
【0063】
一般的なポジ型フォトレジストは従って、前述したような許容される溶剤中において、ジアゾナフトキノン(DNQ)とノボラック樹脂(フェノール・ホルムアルデヒドポリマー)との混合物を主成分とする。他の適当なポジ型フォトレジストとしては、特に、AZ Electronic Materials USA Corp (米国、70 Meister Avenue, Somerville, NJ 08876)又はShipley (英国、コベントリー) から入手できるAZTM 1518、AZTM 4562、又はAZTM9260 フォトレジスト (主にノボラック樹脂、ジアゾナフトキノン(DNQ)のような光活性剤(PAC)、及び溶媒 (PGMEA、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、CAS#108-65-6) の混合物を主成分とする) が挙げられる。
【0064】
「ネガ型」フォトレジストとは、紫外光で露光されると現像液に対して相対的に不溶性となるタイプのフォトレジストを意味する。露光でネガ型フォトレジストの重合が誘起され、溶解がより困難となる。その後、現像液を用いて、露光しなかった部分のフォトレジストだけを溶解させて除去することができる。従って、ネガ型フォトレジストに対して使用するクロム被覆ガラス保護部材は、本発明に係るマスクに転写すべきパターンの逆転パターン(即ち、写真の「ネガ」のパターン)を含んでいる。
【0065】
ネガ型フォトレジストは通常、非感光性の基質材料(固形分の約80%、通常は環化ポリ(シス−イソプレン))、感光性架橋剤(固形分の約20%、通常はビス−アジドABC化合物)、塗布用溶剤(通常はn−ブチルアセテート、n−ヘキシルアセテート、及び2−ブタノールの混合物)を含有する。このようなレジストはさらに、酸化防止剤、ラジカル掃去剤、露光中にO2を吸収するためのアミン、湿潤剤、接着促進剤、塗布助剤、及び/又は染料を含有していてもよい。一般的なネガ型ポジ型フォトレジストはエポキシ系ポリマーを主成分とし、例えば、Microchem SU−8 (エポキシ樹脂 (CAS#28906-96-9) をトリアリールスルホニウム/ヘキサフルオロアンチモネート塩及びプロピレンカーボネートと混合し、γ−ブチロラクトン中で処方したもの) 及びSU−8−2000 (SU−8と同じ組成物であるが、シクロペンタノン中で処方したもの) フォトレジストが挙げられる。他の適当なネガ型フォトレジストとしては、特にAZ Electronic Materials USA Corp (米国、70 Meister Avenue, Somerville, NJ 08876) 又はShipley (英国、コベントリー) から入手できるAZTM 5214又はAZTM nLoF フォトレジスト (主にノボラック樹脂、ジアゾナフトキノン(DNQ)のような光活性剤(PAC)、及び溶媒 (PGMEA、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート) の混合物を主成分とする) が挙げられる。
【0066】
「現像液」とは、露光後に像を分離させるのに使用する溶液を意味する。ポジ型フォトレジストに対しては、現像液の侵食速度はフォトレジストの未露光部よりフォトレジストの露光部の方が高くなる。具体的には、DNQ−ノボラックレジストは、塩基性溶液(通常0.26N水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液)中での溶解により現像される。ネガ型フォトレジストの場合、現像液の侵食速度はフォトレジストの露光部より未露光部の方が高くなる。ネガ型フォトレジストの現像液はレジストを膨潤させて、未架橋ポリマー鎖をほどいて洗い流すことができるようにする溶剤である。複数の溶剤を順に使用して、膨潤を可逆性に保持することが多い。例えば、ネガ型SU−8フォトレジストは、Microchem SU−8現像液、乳酸エチル又はジアセトンアルコールを用いて現像することができる。
【0067】
本発明によると、「ドライエッチング」とは、露光表面から材料の一部を追い出すイオンの衝撃に材料をさらすことにより材料を除去すること意味する。ドライエッチングは典型的には指向性に又は少なくとも異方性を持ってエッチングするので、プレート面に実質的に垂直な内面を持つ開口を本発明に係るマスク内に形成することが可能となる。ドライエッチング法としては、特に、二フッ化キセノン(XeF2)エッチング若しくはインターハロゲン(BrF3&ClF3)エッチングのような非プラズマ系ドライエッチング、並びに反応性イオンエッチング(RIE)、深堀り反応性イオンエッチング(DRIE)、電子サイクロトロン共鳴(ECR)、誘導結合プラズマ(ICP)などのプラズマ系ドライエッチングが挙げられる。
【0068】
好ましくは、上述した有利な態様のプロトコルの工程v)におけるドライエッチングは誘導結合プラズマ(ICP)を用いて、より好ましくはボッシュ(Bosch)法 (DE 4241045に記載のような) を用いて実施される。
【0069】
この態様に従って開口を形成するための詳しいプロトコルは実施例1.1に説明されている。
別の有利な態様において、開口の形成は下記工程を含む:
i)プレートを清浄化 (洗浄) し、
ii)プレートを酸化ケイ素又は窒化ケイ素で被覆し、
iii)プレートをポジ型又はネガ型フォトレジストで被覆し、
iv)被覆されたプレートに、目的とする所望のマスク開口の位置に対応する部分がクロム被覆ガラス保護部(ネガ型フォトレジストの場合)又はクロム被覆ガラス非保護部(ポジ型フォトレジストの場合)のいずれかに対応するような形態を有するクロム被覆ガラス保護部材を介して紫外線(UV)を照射し
v)現像液を使用して、所望の開口に対応する部分のフォトレジストを除去し、
vi)反応性イオンエッチング(RIE)エッチング(プラズマCHF3/CF4)により酸化ケイ素又は窒化ケイ素に開口を伝え、
vii)ウエットエッチングを用いて所望の開口に対応する部分を侵食して、プレートの開口を形成し、そして
viii)得られたマスクを清浄化(洗浄)してざらつき(微小凹凸)を除去する。
【0070】
この別の開口形成方法は、工程viii)の後、又は工程v)とvi)との間に、所望のマスク厚みまで(従って、意図した開口に応じて)プレートを薄くすることからなる任意工程をさらに含んでもよい。この操作はウェットエッチング(KOH、TMAH)又はドライエッチング(ICP)により可能である。
【0071】
本発明によると、「ウェットエッチング」とは、エッチングすべき材料を化学エッチング剤の液体浴中に浸漬することにより材料を除去することを意味する。湿式エッチング剤は、等方性エッチング剤と異方性エッチング剤の2種類に大別される。等方性エッチング剤はエッチングされる材料を全方向において同じ速度で侵食する。異方性エッチング剤は、シリコンウェーハを方向が異なると異なる速度で侵食するので、形成される形状のより良好な制御が得られる。ある種のエッチング剤は、シリコン中の不純物の濃度に依存して異なる速度でシリコンを侵食する(濃度依存性エッチング)。
【0072】
通常の異方性湿式エッチング剤は当業者には周知であり、それには水酸化カリウム(KOH)、水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)、エチレンジアミンピロカテコール(EDP)、及びエチレンジアミンピロカテコールと水(EPW)が含まれる。本発明の場合、異方性湿式エッチング剤、特にKOH及びTMAHが、上述した別の有利な態様の工程vii)で実施されるウェットエッチングに好適に使用される。
【0073】
これらの異方性エッチング剤は、本発明に係るマスクにおいて、開口の内面とプレート面との間の角度αが厳密に90°より小さい開口を得るのを可能にする。特にシリコンウェーハ(<100>配向)の場合、TMAHを使用すると、角度αは54.7°となる。その結果、プレート面に垂直な平面で切断した開口内面の断面は台形形状(V型の開口)となる。このような開口を形成するための詳しいプロトコルは実施例1.2に説明されている。
【0074】
本発明のさらに別の有利な態様において、開口の形成は、レーザーマイクロサージェリー(laser microsurgery)、電気化学法又はホットエンボシングといった微細加工技術を用いて行われる。微細加工技術の当業者は具体的ケースに使用するための適当なプロトコルを知っている。
【0075】
本発明はまた、下記工程を含む、本発明に係るマスクの別の製造方法にも関する:
a)所望のマスク形状を有する硬質(剛性)モールドを用意し、
b)この硬質モールドに軟質(可撓性)材料を注型して、所望形状の軟質マスクを得、そして
c)得られたマスクの外面を導電性材料で被覆し、この導電性材料は、工程b)で使用した軟質材料が不透明ではない場合には不透明なものである。
【0076】
前記軟質マスクを得るためにモールドに注型される軟質材料は、微細型成形(マイクロモールディング)に適した任意の軟質材料(これはモールドに注型し、型成形後に所望の三次元構造と配分とを有する開口を備えたマスクを製造することができる任意の軟質材料を意味する)でよい。例えば、上述した好適な軟質材料はいずれも使用することができる。型成形(モールディング)工程を含む上記の製造方法の1好適態様において、軟質材料はシリコーンポリマー又は上述したようなフォトレジストである。特にSU−8ネガ型フォトレジストを軟質材料として使用してもよい。有利にはPDMSを軟質材料として使用する。
【0077】
得られた軟質の型成形されたマスクの外面の不透明導電性材料による被覆(コーティング)は、開口の三次元構造を著しく変質させずにマスク外面に不透明導電性材料の全体として規則的な層を堆積することができる任意の適当な方法を用いて実施すればよい。適当な方法としては、例えば、スパッタ及び蒸発が挙げられる。使用する不透明導電性材料は、「不透明」及び「導電性」として前に規定した性質を示す任意の材料、特に前述した任意の不透明導電性材料でよい。使用する軟質材料が不透明ではなく、コーティングが導電性と不透明性の両方を付与することを目的とする場合、軟質マスク上に被覆する不透明導電性材料層の厚みは、不透明性の付与に十分なもの(金属被覆の場合で100nm以上)とすべきである。
【0078】
プレートに使用する軟質材料がフォトレジストである場合、本発明に係るマスクのさらに別の製造方法は、フォトレジスト製のプレートを用意し、所望のマスク開口の位置に対応する部分がクロム被覆ガラス保護部(ネガ型フォトレジストの場合)又はクロム被覆ガラス非保護部(ポジ型フォトレジストの場合)のいずれかに対応するような形態を有するクロム被覆ガラス保護部材を介した照射により開口を直接形成することからなる方法である。例えば、Microchem社はXP MicroForm TM 1000という名前のSU−8フォトレジストの軟質フィルムを提供している。得られた軟質マスクの外面の不透明導電性材料による被覆は、上述したように、開口の三次元構造を著しく変質させずにマスク外面に不透明導電性材料の全体としては規則的な層を堆積することができる任意の適当な方法を用いて実施すればよい。
【0079】
本発明に係るマスクは、サンプルの分析しうる面積の寸法を細胞1個の寸法に近い寸法まで低減するように意図された。従って、本マスクは、本発明者らが意図した理由である組織切片のMALDI分析のイメージ解像度の改善のために使用することができるが、サンプルの分析面積の低減が必要又は有用である他の用途にも使用可能である。例えば、本発明に係るマスクは、ある組織切片サンプル内の選択された興味ある個々の細胞、例えば、特定の細胞タイプのMALDIイメージング用に、さらには解像度が十分であるなら、一つの細胞内の特定の領域を分析するために使用されうる。或いは、本マスクは、予め個々の細胞が上に載置(又は付着)されているサンプルキャリアー(サンプル保持具)のMALDI分析に使用することもできる。その後、各細胞、又はさらには個々の各細胞内の特定領域を別々に分析することができる。
【0080】
従って、本発明は、サンプルキャリアー上に載置された組織切片又は個々の細胞のMALDI分析のための本発明に係るマスクの使用にも関する。1好適態様において、本発明に係るマスクは組織切片のMALDI分析に使用される。「組織切片の分析」とは、組織切片の1領域のイメージング(画像形成)、又は興味ある細胞、例えば、所望の細胞タイプの細胞を含む組織切片の特定領域の分析だけ、のいずれかを意味する。好ましくは、本発明に係るマスクは組織切片の選択された領域のMALDIイメージングに使用される。或いは、本発明に係るマスクは、興味ある細胞、例えば、所望の細胞タイプの細胞を含む組織切片の特定領域のMALDI分析に使用される。別の好ましい態様では、本発明に係るマスクは組織切片サンプルに対して使用されるのではなく、個々の細胞がすでに載置又は付着されているサンプルキャリアーに対して使用される。
【0081】
本発明に係るマスクは、MALDI分析以外の他の用途に使用することも考えられる。例えば、本発明に係るマスクは組織切片又はサンプルキャリアー上に載置された個々の細胞の蛍光顕微鏡分析にも使用可能である。実際、制限された領域の分析は、バックグラウンド蛍光ノイズを低減し、従って、分析品質を改善することができる。
【0082】
本発明はまた下記工程を含む、組織切片のMALDIイメージング方法にも関する:
a)MALDIサンプルキャリアー上の組織切片サンプルを用意し、
b)前記組織切片サンプルの表面上に適当なMALDIマトリックスを堆積させ、
c)前記マトリックスで被覆された組織切片サンプルの表面上に、本発明に係るマスクを直接載置し、
d)MALDI質量分析計を用いて各マスク開口内で該組織切片サンプルを分析し、得られたすべてのスペクトルを記憶させ、
e)前記記憶されたスペクトルを用いて、既知m/z比をもつ任意の所望化合物の発現マップを作製する。
【0083】
本発明によると、「組織切片」は好ましくは下記性質を有する:それは、凍結、固定、又は固定及びパラフィン包埋されたものでよく;その厚みはほぼ細胞径のオーダー、即ち、5〜20μmの範囲内でよい。クライオスタット(低温維持)を用いた凍結組織から得られた凍結切片の場合、OCT(最適切断温度ポリマー)は、組織を固定するためだけに使用し、組織切片がOCTと接触しないように、凍結組織をOCT中に包埋しないことが好ましい。その後、この組織切片を「MALDIサンプルキャリアー」上に移してもよい。このキャリアーは、金属、無機又は有機材料を包含する、さらなるMALDI分析に適した任意の材料、例えば、金、鋼、ガラス、ナイロ6/6、シリコン、プラスチック、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリ二フッ化ビニリデン、又は任意の厚みのガラススライスにニッケル若しくはITOなどの透明性を保持する導電性金属を被覆したものから作製される。
【0084】
「適当なMALDIマトリックス」とは、被分析物(アナライト)と混合されると、レーザー照射によりうまく脱離して固相結晶から気相へとイオン化されて分子イオンとして加速される結晶質マトリックス包埋アナライト分子を形成する任意の材料を意味する。慣用のMALDI−MSマトリックスは、一般にレーザー波長で吸収性の酸性小分子化合物であり、例としては、ニコチン酸、桂皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB)、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)、3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシ桂皮酸(シナピン酸又はSA)、3−メトキシ−4−ヒドロキシ桂皮酸(フェルラ酸)、3,4−ジヒドロキシ桂皮酸(コーヒー酸)、2−(4−ヒドロキシフェニルアゾ)安息香酸(HABA)、3−ヒドロキシピコリン酸(HPA)、2,4,6−トリヒドロキシアセトフェノン(THPA)、及び2−アミノ−4−メチル−5−ニトロピリジンが挙げられる。これらのマトリックスの製造手順は本技術分野では周知であり、これらのマトリックスのほとんどは市販されている。ペプチド/タンパク質分析に現在一般に使用されているマトリックスとしては、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB)、及びシナピン酸(SA)が挙げられる。DNPHは2,4−ジニトロフェニルヒドラジンであり、これはアルデヒド類及びケトン類の検出に使用される反応性マトリックスである。
【0085】
また、特に直接組織切片分析に適した別のマトリックスも上記方法に使用できる。そのようなマトリックスとしては特にイオン性マトリックスを挙げることができる。「イオン性マトリックス」は、荷電マトリックスと対イオンとから構成される複合体である。MALDIマトリックスは通常は酸性であるので、そのようなイオン性マトリックスは、通常は酸性の慣用のMALDIマトリックスと有機塩基との酸−塩基反応により調製される。この反応は、これら2種類の化合物間のプロトン交換を生じ、[マトリックス塩基]複合体を生ずる。マトリックスは、通常は酸性であるが、2−アミノ−4−メチル−5−ニトロピリジン(2A4M5NP)マトリックスのように塩基性のマトリックスもいくらか存在する。従って、プロトン交換後に[酸性マトリックス/塩基性マトリックス]複合体を生ずる、慣用の酸性マトリックスと塩基性マトリックスとの間の酸−塩基反応によってイオン性マトリックスを調製することもできる。概略を述べると、イオン性マトリックスの合成は、等モル量の酸性と塩基性の2種類の化合物を例えばメタノールのような有機溶媒中で混合することにより実施されうる。室温で1時間撹拌した後、溶媒を蒸発させ、得られたイオン性マトリックスをアセトニトリル/水の溶液中に溶解させてから、MALDI分析に使用する。本発明の実施に特に有利なイオン性マトリックスとしては[CHCAANI]、[CHCADANI]、及び[CHCA2A4M5NP]が挙げられる。ここで、ANI及びDANIは、それぞれアニリン及びN,N−ジメチルアニリンを表す。MALDI組織切片分析に有用なイオン性マトリックスに関するさらなる詳細は、米国仮特許出願60/687848に提供される。
【0086】
マトリックスの堆積(付着)後、図5に示すように、マトリックスで被覆された組織切片上に本発明に係るマスクを直接載置する。
その後、各開口のMALDI分析を行い、それぞれ得られたm/z比に対するシグナル強度を記憶させる。
【0087】
既知m/z比の任意の化合物の「発現マップ」を次いで作製してもよい。実際、全ての記憶されたプロフィールにおける所望m/z比のシグナル強度の分析によって、この特定のm/z比を示す化合物の発現レベルの二次元イメージを作製することができる。
【0088】
本発明の主な目標は組織切片のMALDI分析における解像度を改善するための製品、その製造方法及びその使用方法を提供することである。本発明に係るマスクの唯一の明らかな欠点は、レーザービームが特定のある開口に中心合わせされて位置している時に、それが隣接する開口内で接近可能なサンプルを照射することができないよう防止するのに十分な距離だけ、開口が互いに離れていなければならないことであろう。従って、上述した方法は、各開口内でより精密なより小さいサンプル領域を分析するのを可能にするが、分析地点同士は必ずある距離だけ離間している。しかし、この点は、本発明に係るマスクを使用する際に、上述した組織切片のMALDIイメージング方法において、下記を含む工程d')の少なくとも1回の反復を挿入することによって容易に修正することができる。
【0089】
i)本発明に係るマスク又は組織切片サンプルを移動させて、新たな位置において、マスク開口がまだ照射されたことのないサンプル領域上に位置するようにし;そして
ii)MALDI質量分析計を使用して各マスク開口内の該組織切片サンプルを分析し、得られた全てのスペクトルを記憶させる。
【0090】
従って、MALDIアナライザは、サンプルを固定し、マスクを可動性にするか、あるいはその逆となるように適合させてもよい。工程d')は、分析されたサンプルの面積がかなりの割合となるように、必要な回数だけ反復しうる。有利には、本マスクを固定し、サンプルを移動させる。
【0091】
1好適態様において、マスクの開口は、隣接する開口外周の2地点間の最小距離と定義される隣接する2つの開口間の距離がn・1/2(隣接する2つの開口の中心間距離)に等しくなるように互いに離間させる。ここで、nは整数である。こうすると、2つの隣接開口の間で整数開口のn個分の面積が利用可能となる。例えば、nが1である場合、1個分の開口の面積が2つの隣接する開口の間で利用可能である(図5を参照)。その場合、分析されたサンプル面積をかなりの割合、開口の幾何学形状によっては完全な割合とするためには、工程d)を1回実施した後、工程d')を3回実施する(合計4つの位置で分析する)必要がある(図5を参照)。
【0092】
組織切片のMALDIイメージングのために本発明に係るマスクを使用し、そして特に組織切片のMALDIイメージングのために上述した方法を使用すると、各分析地点においてレーザーで照射される面積の減少のために、より高い解像度の発現マップを得ることができる。また、組織切片サンプル上に本発明に係るマスクが存在することは、シグナル強度の低下にはつながらず、特に高いm/z比(即ち、約3000以上のm/z比)についてはシグナル強度が有意に高くなることすら起こる。ただし、この予想外の知見を生ずる詳しいメカニズムは完全には解明されていない。この結果は組織切片のMALDIイメージングに対して特に興味がある。なぜなら、解像度を改善するために利用されてきた従来の方法の大部分はシグナルの低下を生ずる傾向があるからである。
【0093】
最後に、本発明に係るマスクの大いなる利点は、その使用が材料の変更や新たな装置の投資を必要としないことから、あらゆるMALDIアナライザに間違いなく容易に適合可能である点である。本マスクは、分析前にマトリックスで被覆された組織切片上に載置するだけでよい。
【0094】
本発明を以上に一般的に説明したが、本発明の特徴及び利点のさらなる理解は、例示だけを目的としてここに示し、特に明記しない限り制限を意図していない、以下の具体的ないくつかの実施例及び添付図面を参照することにより得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】本発明に係るマスクの一般的説明。A.正方形又は円形の開口を備えた導電性不透明材料から作製されたか、又は該材料でコーティング(被覆)された厚みEの正方形プレートを示す。該開口は、1つの開口だけを含む最大円の直径Dが、MALDIアナライザのレーザービームの直径dをsinθ(θはサンプル面に対するMALDIアナライザ・レーザービーム入射角)で除した値より大きくなるように規則的に離間している。B.プレート平面に垂直な平面で切断した開口内面の断面形状のいくつかの例。C.特定の開口三次元構造を有する本発明に係るマスクの垂直断面図。本発明に係るこの形態のマスクでは、プレートは不透明導電性材料から作製され、開口の内面とプレート上面との間の角度αは45°である。D.別の特定の開口三次元構造を有する本発明に係る別のマスクの垂直断面図。本発明に係るこの形態のマスクでは、プレートは軟質材料から作製され、不透明導電性材料によって被覆され、開口の内面とプレート上面との間の角度αは90°である。
【図2】レーザービーム入射角θ=45°及び開口内面とプレート上面との間の角度α=90°での、マスク厚みEと開口寸法Oとに依存する物質放出。A.E≧Oの場合、レーザービームはサンプルに到達せず、物質は放出されない。B.E<Oの場合、レーザービームはマスクにより保護されていないサンプル領域の一部に到達し、この照射領域を構成する物質が放出され、分析される。
【図3】レーザービーム入射角が90°より小さく、開口の側面がプレート平面に垂直である場合の影になる領域の存在を示す。A.組織、マスク及びレーザービームを示す。レーザービームの入射角のため、マスクを通ってレーザービームにより照射される面積は、マスクで保護されていないサンプルの全面積より小さい。残りの接近可能なサンプル面積は影内に位置する。照射領域(照射面積)と影領域(影面積)とを示す。B.レーザービームで照射された矩形開口の上面図。機器軸、レーザービーム入射角θ、影面積の幅l、照射面積の幅L、及びマスク厚みEを示す。θ、E及びlは、式:tanθ=E/lにより関係づけられる。そうなると、影の面積はl×(L+l)に等しく、照射面積は、L×(L+l)に等しくなる。
【図4】マスク平面と45°の角度をなす側面を有する開口を備えたマスクの例。これは、入射角が45°のレーザービームのMALDIアナライザに対して使用するのに特に適している。この形態では、接近可能な全サンプル面積が照射され、影面積は生じない。
【図5】組織切片サンプルに対する本発明に係る方法の1例を示す概要工程図。組織切片サンプルを導電性のMALDIサンプルキャリアー上に載置し(工程a))、MALDIマトリックスで被覆する(マトリックスを組織サンプル上に置いて乾燥させる、工程b))。その後、本発明に係るマスクをMALDI分析の前に組織切片サンプル上に直接載せて(工程c))、各開口においてMALDI分析を行う(工程d))。その後、組織切片サンプルの面積の完全なMALDIイメージを得るために本工程図に示されるように工程d')を3回繰り返す。所定のm/z比で得られたスペクトルのデータ解析(工程e))によって、分析したサンプル面積中のこのm/z比を示す化合物の発現マップが作製される。
【図6】開口が正方形で、開口の内面とプレート上面との間の角度αが約90°である本発明に係るマスクの製造方法の原理。工程1:薄いシリコンウェーハ(約100μm厚さ)をネガ型フォトレジストSU−8で被覆(コーティング)する。工程2:SU-8ネガ型フォトレジストで被覆されたシリコンウェーハに、形成すべきマスク開口に対応する所望形態の形状を有するクロム被覆ガラス保護部材を介して紫外線を照射する。工程3:紫外線照射SU-8被覆シリコンウェーハを、ガラス保護部材で保護された領域における未露光のSU-8ネガ型フォトレジストを除去する現像液(Microchem SU-8現像液)にさらす。工程4:残留するSU-8ネガ型フォトレジストにより保護されていない部分をボッシュ法(DE4241045に記載)を用いて誘導結合プラズマ(ICP)により侵食すると、ガラスマスクと同じ形態の開口を生ずる。
【図7】開口が正方形で、開口の内面とプレート上面との間の角度αが約90°であり、開口寸法が異なる(a:50μm、b:100μm)本発明に係るマスクの走査型電子顕微鏡(SEM)写真。
【図8】開口が正方形で、開口の内面とプレート上面との間の角度αが約55°の本発明に係るマスクの製造方法の原理。工程1:シリコンウェーハの両面に窒化物(Si34)を成膜。工程2:上面にAZ 5214フォトレジスト (Shipley社製) を成膜 (速度3000、加速1000、持続時間7秒) し、被覆されたウェーハを120℃で60秒間硬化させる。このシリコンプレートのAZ 5214フォトレジストで被覆された上面を次いで、直径200及び400μmの円形開口を有するクロム被覆ガラス保護部材を介して紫外線照射し、プレートを120℃で60秒間硬化させる。シリコンプレートのAZ 5214フォトレジストで被覆された上面に次いで全面の紫外線照射を60秒間行う。工程3:高純度の金属イオン不含有(MIF)現像液を用いてプレートを20秒間処理し、クロム被覆ガラス保護部材により保護されなかった部分のAZ 5214フォトレジスト層を除去する。プレートを次に脱イオン(DI)水ですすぐ。工程4:反応性イオンエッチング(RIE)でのエッチング(プラズマCHF3/CF4)によって円形開口を窒化物(Si34)層に伝える。工程5:所望の開口に対応する部分を、TMAHによるウェットエッチング (速度0.5 μm/分) を用いて侵食し、開口を形成する。目的とする厚み (深さ) に応じて、ウェットエッチングは200〜480分行う。シリコンの結晶構造のために、円形部分からシリコン中では正方形開口ができあがる。工程6:次に、プレートの両面のSi34被覆面をRIE (125 W、50 mTorr、CF4: 40、CHF3: 40、約7分30秒) を用いて侵食する。工程7:プレートの下面をICP−STSを用いてエッチングして全体厚みを低減させ、得られたマスクを「ピラニア」溶液を用いて清浄化する。
【図9】A.開口が正方形で、開口の内面とプレート上面との間の角度αが約55°である本発明に係るマスクの概要図。B.及びC.実施例1に記載の手順を用いてシリコンウェーハから加工された、外側寸法270μm、内側寸法103μm、厚み119μm、α=54.7°の正方形V型開口を有するマスクの、2つの異なるスケールでの走査型電子顕微鏡(SEM)写真 (1つの開口を通るように切断した後の側面図)。B.1cm=34,246μm;C.1cm=11,765μm。
【図10】A.1cm2上に正方形V型の100×100の開口の緻密なアレイを有するマスクの走査型電子顕微鏡(SEM)写真。B.実施例1に記載の手順を用いてシリコンウェーハから加工された、外側寸法95μm、内側寸法36μm、厚み42μm、α=54.7°のいくつかの開口の走査型電子顕微鏡(SEM)写真。
【図11】本発明に係るマスクを用いた標準的なMALDI分析。既知m/z比の標準的なペプチド混合物をMALDIサンプルキャリアーに置く。マトリックスの被覆後、下記形状の本発明に係るマスクを載置する。図11−A:厚みが約65μmで、開口は一辺の寸法が500μmの正方形;図11−B:厚みが約65μmで、開口は一辺の寸法が240μmの正方形;図11−C:厚みが約100μmで、開口は一辺の寸法が100μmの正方形;図11−D:厚みが約100μmで、開口は一辺の寸法が50μmの正方形。500〜10000のm/z比についてのシグナル強度を示す。% Intensity=強度(%); Mass=質量; Angiotensin II=アンギオテンシンII;SP-Amide=SPアミド; Bovine insulin=ウシ・インスリン;Bovine ubiquitin=ウシ・ユビキチン。
【図12】本発明に係るマスクを使用しない(A,C)、又は厚みが約65μmで、一辺の寸法が500μm(B)又は240μm(D)の正方形開口を備えた本発明に係るマスクを使用した、ラット脳組織切片のMALDI分析結果。900〜5500のm/z比についてのシグナル強度を示す。% Intensity=強度(%); Mass=質量。
【図13】厚みが約100μmで、一辺の寸法が100μmの正方形開口を備えた本発明に係るマスクを使用し、かつMALDI-LIFT-TOF/TOF機器 (Bruker Daltonics, ドイツ国ブレーメン) を50°の入射角で使用した、ラット脳組織切片のMALDI分析結果。真に照射された面積は約17×75μm2の面積に対応する。600〜3000のm/z比についてのシグナル強度を示す。Intensity=強度。
【図14】20 kVに設定され、最終電界電位 (field potential) が19 kに設定された、厚み65μmで240μmの開口から構成された電極に対する電界線 (electrical field lines) 及びイオン軌跡のSIMION 3DTM v6シミュレーション。
【実施例1】
【0096】
本発明に係るマスクの製造方法
1.1:開口の内面とプレート上面との間の角度αが約90°のマスク
開口の内面とプレート上面との間の角度αが約90°で、厚み100μm以下のシリコン製のマスクであって、マスクの設計対象であるMALDIアナライザのレーザービーム半径に対応する一定の所望距離より大きい間隔で離間している、一辺の寸法d<500μmの正方形開口を備えたマスクを、下記工程を用いて調製した。
【0097】
・シリコンウェーハを、残るシリコンウェーハの厚みが100μm以下になるまでウェットエッチング (TMAH又はKOH侵食など) を用いて薄くする、
・得られたシリコンプレートを、「ピラニア」洗浄液 (H2SO4+H2O2) を用いて清浄化する。
【0098】
・清浄化したシリコンプレートをネガ型フォトレジストSU-8 (Microchem) の10μm厚の層で被覆 (コーティング) する、
・ネガ型SU-8被覆シリコンプレートを次いで、形成しようとするマスク開口に対応する所望形態の形状を有するクロム被覆ガラス保護部材を介して紫外線照射する、
・現像液 (Microchem SU-8現像液; 1-メトキシ-2-プロピルアセテート、CAS: 108-65-6からなる) を用いて、所望開口の領域に対応するクロム被覆ガラス保護部材により保護されていた部分のSU-8層を除去する、
・未露光のSU-8が除去された部分を、誘導結合プラズマ(ICP)を用いてボッシュ法 (DE 4241045に記載) に従って侵食する。この工程ではシリコンプレート内に所望形態の開口が形成される、
・最後に、得られたマスクを「ピラニア」溶液を用いて清浄化する。
【0099】
この方法の主な重要工程を図6に示す。
この方法で得られたマスクは、マスク平面に垂直な側面を持つ正方形開口を有する。この方法を用いて、厚みが100μm又は65μmで、開口の一辺の寸法が50、100、240及び500μmのマスクを調製した。このようなマスクの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図7に示す。
【0100】
1.2:開口の内面とプレート上面との間の角度αが約55°のマスク
開口の内面とプレート上面との間の角度αが約55°で、厚み120μmのシリコン製のマスクであって、マスクの設計対象であるMALDIアナライザのレーザービーム半径に対応する一定の所望距離より大きい間隔で離間している、一辺の寸法dが上面では270μm、下面では約100μmの正方形開口を備えたマスクを、下記工程を用いて調製した。
【0101】
・厚み380μmのシリコンウェーハをHF (1%) で侵食して自然の酸化物を除去する、 ・シリコンウェーハの両面に窒化物 (Si34) を成膜する、
・上面にAZ 5214フォトレジスト (Shipley社製) を成膜し (速度3000、加速1000、持続時間7秒)、被覆したウェーハを120℃で60秒間硬化させる、
・このシリコンプレートのAZ 5214フォトレジストで被覆された上面を次いで、直径400μmの円形開口を有するクロム被覆ガラス保護部材を介して紫外線照射し、該プレートを120℃で60秒間硬化させる、
・シリコンプレートのAZ 5214フォトレジストで被覆された上面に、次いで全面の紫外線照射を60秒間行い、高純度の金属イオン不含有(MIF)現像液を用いてプレートを20秒間処理し、クロム被覆ガラス保護部材により保護されなかった部分のAZ 5214フォトレジスト層を除去する。プレートを脱イオン(DI)水ですすぐ、
・形成された円形開口を、反応性イオンエッチング(RIE)でのエッチング(プラズマCHF3/CF4)によって窒化物 (Si34) 上に伝える、
・フォトレジストを「ピラニア」溶液を用いて除去する;
・所望の開口に対応する部分を、TMAHによるウェットエッチング (速度0.5 μm/分) を用いて侵食して、開口を形成する。目的とする厚み (深さ) に応じて、ウェットエッチングは200〜480分間行う。シリコンの結晶構造のために、円形領域からシリコン中では正方形開口ができあがる;
・次に、プレートの両面のSi34被覆面をRIE (125 W、50 mTorr、CF4: 40、CHF3: 40、約7分30秒) を用いて侵食する;
・プレートの下面をICP−STSを用いてエッチングし、全体厚みを低減させる;そして
・最後に、得られたマスクを「ピラニア」溶液を用いて清浄化する。
【0102】
この方法の主な重要工程を図8に示す。
このようなマスクの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図9に示す。
クロム被覆ガラス保護部材が円形開口ではなく正方形の開口を有する以外は上述した手順を用いて、外側寸法95μm、内側寸法36μm、厚み42μm、α=54.7°の別のマスクをシリコンウェーハから加工した。95μmの各正方形間の間隔は5μmである。
【0103】
このようなマスクの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図10に示す。
【実施例2】
【0104】
組織切片のMALDI分析に対する本発明に係るマスクの使用
実施例1に記載の方法により製造された本発明に係るマスクを、標準的ペプチド混合物及びラット脳組織切片のMALDI分析について試験した。
【0105】
2.1:本発明に係るマスクを用いた標準的ペプチド混合物のMALDI分析
波長337 nmの3 Hzパルス窒素レーザーを備えた、Voyager-DE STR MALDI飛行時間 (time-of-flight, TOF) 機器 (Applied Biosystems, 米国マサチューセッツ州フラミンガム) を用いて、標準的混合物 (下記ペプチド類を含むペプチド混合物:アンギオテンシンII、SP-アミド、ACTH'7-38)、ACTH(18-39)、ウシインスリン、ACTH(7-39)、及びウシユビキチン) について、まずマスクを試験した。150 nsの遅延時間及び25 kVの加速電圧を用いて線形モードで質量スペクトルを記録した。このMALDI機器は、入射角が45°で、レーザービーム断面が120×150μm (平均レーザービーム径135μmに相当) のレーザーを有する。
【0106】
上記ペプチド混合物とHCCAマトリックスとが塗布されたMALDIサンプルキャリアーを、厚みが65μmで1辺の寸法が500μm又は240μmの正方形開口を有するマスク、又は厚みが100μmで1辺の寸法が100μm又は50μmの正方形開口を有するマスクを用いて分析した。
【0107】
結果を図11に示すが、特にシグナル強度に関して非常に満足できるスペクトルが得られることを示している。50μmの開口を持つマスクで行われた分析は、残りのマスクで行われたものより低いシグナル強度 (最大シグナル強度が2200付近) を示す。100又は500μmの開口を有するマスクで得られたシグナル強度は、互いにほぼ同等でより高い (最大シグナル強度が1.4及び1.1 104付近)。240μmの開口を持つマスクについては、有意なシグナル強度の増大を認めることができる (最大シグナル強度が4.9 104付近)。
【0108】
また、より詳しく解析すると、m/z比の高いイオンのシグナル強度の有意な増大が、開口240μmのマスク (ウシ・ユビキチン MH22+=4282、ウシ・インスリン MH+=5716、及びウシ・ユビキチン MH+=8568について) 及び開口100μmのマスク (ウシ・インスリン MH+=5716について) で認められることがわかる。
【0109】
全体として、上述したペプチド混合物については、最良の結果は240μmの開口を持つ厚み100μmのマスクで得られた。
2.2:本発明に係るマスクを用いたラット脳組織切片のMALDI分析
標準物質で得られた結果を組織切片の直接的なMALDI分析によりさらに確認した。厚み65μmで開口が240及び500μmのマスクを、Voyager-DE STR MALDI飛行時間 (TOF) 機器 (上記参照) を用いてラット脳組織切片のMALDI分析について試験した。
【0110】
結果を図12に示すが、240μmの開口を持つマスクについて、マスクを使用しない従来の分析に比較して有意なシグナル強度の増大 (最大シグナル強度が、1.87 104に対して2.7 104に増大) を認めることができることを示している。
【0111】
また、標準物質について既に述べたように、マスク (240又は500μmの開口) を使用すると、高いm/z比 (3000以上) の有意なシグナル強度増大が認められる。
本マスクをまた、新型Bruker Daltonics実証用MALDI-LIFT-TOF/TOFアナライザ (Bruker Daltonics, ドイツ国ブレーメン) (入射角50°、レーザービーム直径d=75×75μm2) を用いて試験した。得られた結果は、別の形態のMALDI-TOF機器で既に得られた結果を確認した。
【0112】
具体的には、厚み100μmで開口100μmのマスク。この形態での本当に照射された面積は17×75μm2の面積に対応する。
得られた結果を図13に示すが、このようなマスクが、分析面積が17×75μm2に制限されるにもかかわらず、通常のシグナル強度でスペクトルを観測することができることを示している。別のマスク形態特徴では、照射面積を約15×50μm2に減少させることができよう。
【0113】
これらの結果は、本発明に係るマスクの使用が分析面積のサイズを減少させることができることを確認し、そしてあらゆる種類のMALDI機器に容易に適応できることを強調している。
【0114】
3.6:認められたシグナル強度増大を説明する仮説
240μmの開口を有するマスクで得られた特に良好な結果を説明するためのいくつかの仮説を述べることができる。
【0115】
1つの可能な説明は、ソース (源) の第1加速領域における電界の変化であろう。実際、開口を有する導電性支持体を適用すると、必ず電界の変化を生ずる。
この仮説について検討するため、SIMION 3DTM v6 ソフトウェア (米国 1027 Old York Road, Ringoes, NJ 08551のScientific Instrument Services, Inc.から入手可能) を用いて電界線並びにイオン軌跡のシミュレーションを行った。
【0116】
20 kV (MALDI-TOF機器での慣用の値) の電位が印加され、加速ゾーン (ここでは長さが200 mm) は19 kVに設定されたフラット(平坦)電極によって区切られている、厚み65μmの2つの電極の間の240μmの1つの開口でのシミュレーションは、該開口の周囲で電界線が著しい湾曲を示すのに対し、他の領域では電界線は、2つのフラット電極の間の電位差により誘導される電界について通常予想されるように、直線のままである (図14を参照)。
【0117】
また、この形態でのイオン軌跡のシミュレーションは、イオンビームがこのような電界によって集束されることを示している (図14参照)。このようなイオンの良好な集束は、開口が240μmのマスクを用いた時に認められた感度の増大の理由となるかもしれない。かかる良好な感度を脱離・イオン化プロセスが伴う各種の事象と結合させると、高いm/z比で観測されたシグナル強度の有意な増大を説明するかもしれない。
【0118】
2.4:結論
上述した結果は、本発明に係るマスクによって、観測されたイオンのシグナル強度を低下させずにMALDIレーザーにより照射される面積の寸法を著しく低減させることができることを明らかに示している。
【0119】
これらの結果は、分析面積を約15×75μm2、即ち1125μm2まで低減させることが少なくとも可能であることを実証している。他のマスク開口形態を使用すると、分析面積はさらに約15×50=750μm2まで低減されるかもしれない。この解像度は、現在はシグナル強度を低下させずにMALDIレーザーの直径を約50μm (これは約50×50=2500μm2の面積に相当する) より小さく集束させることができないので、マスクを使用せずに得ることができたものより既に良好である。
【0120】
さらには、組織切片サンプル上での本発明に係るマスクの存在が、特に高いm/z比についてシグナル強度の有意な増大を生ずることがあることも認められた。この結果は標準的なペプチド混合物と、ラット脳組織切片の両方で得られた。このシグナル強度の予想外の増大を生ずる正確なメカニズムは完全には解明されていない(本マスクによる電界線の変化に起因するイオンのより良好な集束から起こるのかもしれない)が、解像度の向上に使用される従来技術の方法の大部分がシグナル強度の低下を生ずる傾向があることから、この結果は組織切片MALDIイメージングにとって特に興味深い。
【0121】
最後に、本発明に係るマスクの大いなる利点は、その使用が材料の変更や新たな装置の投資を必要としないことから、あらゆるMALDIアナライザに間違いなく容易に適合可能である点である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0122】
【非特許文献1】Hillenkamp, F. Dreisewerd K. 49th ASMS Conference on Mass Spectrometry and Allied Topics, Chicago, Illinois, May 27-31, 2001
【非特許文献2】Dreisewerd K. et al, Int. J. Mass Spectrom. Ion Processes 1995, 141, 127-148
【非特許文献3】Caprioli, R.M. et al, Anal. Chem. 1997, 69(23) 4751-4760
【非特許文献4】Schwartz S.A. et al, J. Mass Spectrom. 2003 Jul, 38(7), 699-708
【非特許文献5】J. Wei, J.M. Buriak and G. Siuzdak, Nature, 1999, 399, 243-246
【非特許文献6】E.P. Go, J.V. Apon, G. Luo, A. Saghatelian, R.H. Daniels, V. Sahi, R. Dubrow, B.F. Cravatt, A. Vertes, and G. Siuzdak, Anal. Chem. 2005, 77, 1641-1646
【非特許文献7】B. Salhi, B. Grandidier and R. Boukherroub, J. Electroceram. 16 (2006) 15-21
【非特許文献8】M.-J. Kang, J.-C. Pyun, J.-C. Lee, Y.-J. Choi, J.-H. Park, J.-G. Lee and H.-J. Choi, Rapid Comm. Mass Spectrom. 2005, 19, 3166-3170
【非特許文献9】J.A. McLean, K.A. Stumpo and D.H. Russell, J. A. Chem. Soc. 127 (2005) 5304
【非特許文献10】A. Ulman: An Introduction to Ultrathin Oraganic Films: From Langmuir-Brodgett to Self-Assembled Monolayers, Academic Press, Boston, 1991

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外面が不透明で、厚みが150μm未満のプレートから構成された、質量分析組織切片分析用のマスクであって、該プレートは規則的な間隔で開口を有し、該プレートの上面において、1つの開口だけを含む最大円の直径Dが、質量分析計レーザービームの直径dをsinθ(θはサンプル面に対する質量分析計レーザービーム入射角)で除した値より大きいマスク。
【請求項2】
プレート面での開口の幾何学形状と、該開口の内面とプレート上面との間の角度αとが、30°から90°のレーザー入射角θについて、レーザービームにより実際に照射されるサンプル面積がレーザービームの面積より小さくなるような関係にある、請求項1に記載のマスク。
【請求項3】
前記プレートの外面が不透明で導電性である、請求項1及び2のいずれかに記載のマスク。
【請求項4】
プレート材料がシリコン、ステンレス鋼、及び高分子ポリマーから選ばれる、請求項1〜3のいずれかに記載のマスク。
【請求項5】
プレートがシリコンウェーハから構成される請求項1〜4のいずれかに記載のマスク。
【請求項6】
前記マスクの少なくとも片面が高導電性材料でさらに被覆されている、請求項1〜5のいずれかに記載のマスク。
【請求項7】
前記マスクのすべての開口が同じ幾何学形状を示す、請求項1〜6のいずれかに記載のマスク。
【請求項8】
前記開口がプレート面において矩形又は楕円形状を示す、請求項7に記載のマスク。
【請求項9】
前記開口の内面とプレート上面とが30〜90°の角度αを形成する、請求項1〜8のいずれかに記載のマスク。
【請求項10】
前記開口の内面とプレート上面とが30°、45°、50°、60°又は90°の角度αを形成する、請求項9に記載のマスク。
【請求項11】
前記マスクが、サンプルと接触させる方の外面上及び場合により開口内面の一部もしくは全面上に、ポーラスシリコン;半導体ナノワイヤーアレイ、特にシリコンナノワイヤー;金ナノ粒子アレイ;又はポーラスシリコンと金ナノ粒子との複合体アレイの層をさらに備える、請求項1〜10のいずれかに記載のマスク。
【請求項12】
a)不透明導電性材料から作られた、厚みが150μm未満のプレートを用意し;
b)該プレートに、複数の開口を形成し、ここで該開口は、プレート面において、1つの開口だけを含む最大円の直径Dが、質量分析計レーザービームの直径dをsinθ(ここで、θはサンプル面に対する質量分析計レーザービーム入射角である)で除した値より大きいものである、
ことを含む、請求項1〜10のいずれかに記載のマスクの製造方法。
【請求項13】
前記開口の形成が下記工程を含む、請求項12に記載の方法。
i)プレートを清浄化し、
ii)プレートにポジ型又はネガ型フォトレジストを被覆し、
iii)被覆されたプレートに、所望のマスク開口の位置に対応する部分がクロム被覆ガラス保護部(ネガ型フォトレジストの場合)又はクロム被覆ガラス非保護部(ポジ型フォトレジストの場合)のいずれかに対応するような形態を有するクロム被覆ガラス保護部材を介して紫外線を照射し
iv)現像液を使用して、所望の開口に対応する部分のフォトレジストを除去し、
v)ドライエッチングを用いて所望の開口に対応する部分を侵食して、プレートに開口を形成し、そして
vi)得られたマスクを清浄化してざらつきを除去する。
【請求項14】
工程i)とii)との間に、プレート上にアルミニウムを堆積させる任意工程i1)をさらに含む、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
工程v)が誘導結合プラズマ(ICP)又はウエットエッチングを用いて行われる、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
前記開口の形成が下記工程を含む、請求項12に記載の方法。
i)プレートを清浄化し、
ii)プレートを酸化ケイ素又は窒化ケイ素で被覆し、
iii)プレートをポジ型又はネガ型フォトレジストで被覆し、
iv)被覆されたプレートに、所望のマスク開口の位置に対応する部分がクロム被覆ガラス保護部(ネガ型フォトレジストの場合)又はクロム被覆ガラス非保護部(ポジ型フォトレジストの場合)のいずれかに対応するような形態を有するクロム被覆ガラス保護部材を介して紫外線を照射し
v)現像液を使用して、所望の開口に対応する部分のフォトレジストを除去し、
vi)反応性イオンエッチング(RIE)エッチング(プラズマCHF3/CF4)により酸化ケイ素又は窒化ケイ素層に開口を伝え、
vii)ウエットエッチングを用いて所望の開口に対応する部分を侵食して、プレートに開口を形成し、そして
viii)得られたマスクを清浄化してざらつきを除去する。
【請求項17】
工程viii)の後、又は工程v)とvi)との間に、所望のマスクの厚みまでプレート厚みを薄くすることからなる任意工程をさらに含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
工程vii)におけるウエットエッチングが異方性エッチング剤のKOH又はTMAHを用いて行われる、請求項16又は17に記載の方法。
【請求項19】
開口の形成が、レーザーマイクロサージェリー、電気化学法又はホットエンボシングといった微細加工技術を用いて行われる、請求項12に記載の方法。
【請求項20】
下記工程を含む、請求項1〜10のいずれかに記載のマスクの製造方法:
a)所望のマスク形態を有する硬質モールドを用意し、
b)この硬質モールドに軟質材料を注型して、所望形態の軟質マスクを得、そして
c)得られたマスクの外面を導電性材料で被覆し、この導電性材料は、工程b)で使用した軟質材料が不透明ではない場合には不透明なものである。
【請求項21】
前記軟質材料がシリコーンポリマー又はフォトレジストである、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
請求項1〜11のいずれかに記載されたか、又は請求項12〜21のいずれかに記載の方法により得られたマスクの、組織切片の質量分析イメージング用途への使用。
【請求項23】
組織切片のMALDI又はDIOSイメージング用途である請求項22に記載の使用。
【請求項24】
組織切片のMALDIイメージング用途である請求項22に記載の使用。
【請求項25】
下記工程を含む、組織切片のMALDIイメージング方法:
a)MALDIサンプルキャリアー上の組織切片サンプルを用意し、
b)前記組織切片サンプルの表面上に適当なMALDIマトリックスを配置し、
c)前記マトリックスで被覆された組織切片サンプルの表面上に、請求項1〜10のいずれかに記載されたか、又は請求項12〜21のいずれかに記載の方法により得られたマスクを直接載置し、
d)MALDI質量分析計を用いて各マスク開口内で該組織切片サンプルを分析し、得られたすべてのスペクトルを記憶させ、そして
e)前記記憶されたスペクトルを用いて、既知m/z比をもつ任意の所望化合物の発現マップを作製する。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9A】
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【図9B】
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【図9C】
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【図10A】
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【図10B】
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【図11−A】
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【図11−B】
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【図11−C】
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【図11−D】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公表番号】特表2009−535631(P2009−535631A)
【公表日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−508339(P2009−508339)
【出願日】平成19年5月2日(2007.5.2)
【国際出願番号】PCT/EP2007/054253
【国際公開番号】WO2007/128751
【国際公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【出願人】(505179971)サントル・ナシオナル・ドゥ・ラ・ルシェルシュ・シアンティフィーク(セーエヌエールエス) (18)
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE(CNRS)
【Fターム(参考)】