説明

結晶性化合物および包接体

【課題】品質を損なうことなく安全且つ安価に調製可能であり、ホスト分子として好適な新規な結晶性化合物および包接体を提供する。
【解決手段】酢酸銅(II)およびビフェニルジスルホン酸を固相で混合粉砕して得られることを特徴とする結晶性化合物;酢酸銅(II)、ビフェニルジスルホン酸およびN−サリチリデンアニリンを固相で混合粉砕して得られることを特徴とする包接体。酢酸銅(II)は一水和物が好ましく、ビフェニルジスルホン酸は4,4’−ビフェニルジスルホン酸が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固相反応で得られる、ホスト分子として好適な結晶性化合物および包接体に関する。
【背景技術】
【0002】
包接体は、ホストおよびゲストとして種々の材料を組み合わせて用いることで、様々な高機能性材料への応用が期待されている。例えば、ゲストを外界から遮断して収納するという特性を利用して、ホストをゲストの貯蔵庫として利用できると考えられている。また、ホスト−ゲストに特異性があることを利用して、ホストをゲストの分離精製剤として利用できると考えられている。さらに、ゲストを収納するホストの空隙部は、物理的および化学的に特殊な条件下にあると考えられるので、このような特殊な空隙部を反応場として、ホストを触媒として利用できると考えられている。あるいは、ゲストとしてフォトクロミックな分子を用いることで、包接体を、光の照射・非照射をスイッチとする分子メモリとして、利用できると考えられている。
そして、ここに挙げた例はほんの一例であって、包接体の利用価値関しては、枚挙に暇がない。
【0003】
ホストとしては、それ単独でゲストの存在なしにホストとしての構造を維持できるものと、ゲスト分子が共存することで初めてホストとしての構造を維持できるものとがある。そして、前者のホストおよび包接体は、従来、液相反応で調製されたり、超臨界流体中で反応を行うことで調整されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2007−63249号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、液相反応で調製すると、目的物の回収ロスを生じたりすることで収率が低くなったり、工程が煩雑で効率が悪いというコスト上の問題点があった。また、原料の種類によっては、危険性の高い溶媒を用いることが必要となり、安全上の問題点があった。
また、超臨界流体中で反応を行う場合も、複雑な装置が必要で工程も煩雑であり、高コストであるという問題点があった。また、反応条件が厳しいので安全上の問題点があった。
そこで、これらの問題点を解決するためには、媒体を用いずに反応を行って、ホスト分子や包接体を調製することが望ましいが、これまでに実用的な手法で調製されたホスト分子や包接体は開示されていないのが実情である。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みて為されたものであり、品質を損なうことなく安全且つ安価に調製可能であり、ホスト分子として好適な新規な結晶性化合物および包接体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、
請求項1に記載の発明は、酢酸銅(II)、ビフェニルジスルホン酸およびN−サリチリデンアニリンを固相で混合粉砕して得られることを特徴とする包接体である。
請求項2に記載の発明は、混合粉砕後、得られた生成物を50時間以上静置することを特徴とする請求項1に記載の包接体である。
請求項3に記載の発明は、得られた生成物を25〜50℃で静置することを特徴とする請求項2に記載の包接体である。
請求項4に記載の発明は、酢酸銅(II)およびビフェニルジスルホン酸を固相で混合粉砕して得られることを特徴とする結晶性化合物である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、高品質で安全且つ安価に調製可能であり、ホスト分子として好適な新規な結晶性化合物および包接体を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明について詳しく説明する。
<包接体>
本発明の包接体は、酢酸銅(II)、ビフェニルジスルホン酸およびN−サリチリデンアニリンを原料として用い、これら原料を固相で混合粉砕して得られるものである。これら原料を固相で混合粉砕することで、固相反応が進行し、酢酸銅およびビフェニルジスルホン酸から結晶構造を有するホスト分子が形成されると共に、該ホスト分子の空隙部にN−サリチリデンアニリンがゲストとして包接されることで包接体が形成される。
なお、ここで混合粉砕とは、原料を粉末状に粉砕しながら他の原料と混合することを指す。
【0009】
酢酸銅(II)は水和物および無水物のいずれでも良いが、一水和物(Cu(CHCOO)・HO)を用いることが好ましい。
【0010】
ビフェニルジスルホン酸のフェニル基におけるスルホン酸基の結合位置は、特に限定されないが、4,4’−ビフェニルジスルホン酸を用いることが好ましい。
また、ビフェニルジスルホン酸のフェニル基の水素原子は、本発明の効果を損なわない範囲で、如何なる置換基で置換されていても良く、置換数も特に限定されないが、置換基で置換されていないことが好ましい。
【0011】
用いる原料の比率は、N−サリチリデンアニリン1モルに対し、酢酸銅(II)が0.7〜1.3モル、ビフェニルジスルホン酸が1.7〜2.3モルであることが好ましく、酢酸銅(II)が0.9〜1.1モル、ビフェニルジスルホン酸が1.9〜2.1モルであることがより好ましい。
【0012】
固相反応の条件は、用いる原料の組み合わせにしたがって適宜調節すれば良い。
具体例を挙げると、反応温度は15〜40℃であることが好ましく、20〜30であることがより好ましい。
反応時間は、5〜30分であることが好ましく、8〜15分であることがより好ましい。
固相での混合粉砕は、原料が微粉末状に粉砕されて均一に混合されるように行うのが好ましく、例えば、乳鉢および乳棒を用いて原料をすり潰しながら混合する方法が挙げられる。また、市販の粉砕機を用いて混合粉砕しても良く、なかでもボールミルを用いる方法が好ましい。ボールミルとしては、回転運動により粉砕を行うものや振動を加えることで粉砕を行うものなど、種々の形態のものが使用できるが、振動を加えて粉砕を行うものがより好ましい。ボールミルを用いることで、原料が細かく粉砕され均一に混合され易く、固相反応の反応率向上に好適である。
また、用いる原料に吸湿性を有するものがある場合には、混合粉砕は窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス雰囲気下で行う方が、固相反応の反応率が高くなる点で好ましい。
【0013】
ボールミルなどを用いて振動を加えて混合粉砕を行う場合、振動の周波数は20Hz以上であることが好ましい。20Hzよりも小さい振動数でも包接体を得ることはできるが、振動数が小さいほど、原料の粒子径が大きく比表面積が小さい状態で固相反応が進行することがあり、反応率が低目になることがある。一方、振動数が大き過ぎると、得られる包接体結晶の結晶格子の不整化やアモルファス化が原因と考えられる、包接体の結晶性低下が生じることがある。よって、振動の周波数は、20〜30Hzであることがより好ましい。
【0014】
混合粉砕後に得られた生成物は、さらに所定時間静置させることが好ましい。静置時間は、50時間以上であることが好ましく、80時間以上であることがより好ましい。このように混合粉砕後に静置させることで、固相反応の反応率をより向上させることができる。
【0015】
また、静置させる時の温度は、用いる原料や生成物にもよるが、25〜50℃であることが好ましく、35〜45℃であることがより好ましい。このように静置温度を室温よりも高めに設定することで、固相反応の反応率をより向上させることができる。その理由としては、加温に伴う酢酸の脱離が促進されて固相反応が促進されることが考えられる。一方、静置温度が高過ぎると、原料や生成物の融点を超えることがあるので好ましくない。
【0016】
包接体の生成の有無は、例えば、粉末X線回折(以下、PXRDと略記する)測定により確認できる。PXRD測定を行うと、原料または包接体由来の特有なピークを検出できるので、原料由来ピークが消失するかまたは原料由来ピークの減少が見られなくなってその強度がほぼ一定となった時点で、固相反応が終了したと判断できる。また、包接体由来ピークの増加が見られなくなってその強度がほぼ一定となって時点で、包接体の生成が終了したと判断できる。
さらに、各ピークの積分値を算出すれば、検量線を用いて固相反応の反応率なども算出できる。
また、例えば、酢酸銅(II)一水和物、4,4’−ビフェニルジスルホン酸およびN−サリチリデンアニリンを原料として得られる包接体は、UV照射により蛍光を発する。一方、これら原料はUV照射で蛍光は発しない。したがって、このような場合、蛍光の有無により簡易的に包接体の生成有無を確認することもできる。
【0017】
固相反応終了後、またはさらに得られた生成物を静置後は、得られた生成物をそのまま包接体として各種用途に用いることができる。
【0018】
本発明の包接体のうちホスト分子は、分子長が比較的長いビフェニルジスルホン酸を一構成分子としているので、ゲストを包接する空隙部のサイズも比較的大きめである。したがって、N−サリチリデンアニリンが安定して包接される。
そして、N−サリチリデンアニリンは、周知のようにフォトクロミックな分子であり、UV照射時と非照射時とで異なる分子構造を採る。そこでこの機能を利用することで、本発明の包接体は、例えば、分子メモリなどの用途が期待される。
【0019】
<結晶性化合物>
本発明の結晶性化合物は、酢酸銅(II)およびビフェニルジスルホン酸を固相で混合粉砕して得られるものである。
用いる原料の比率は、酢酸銅(II)1モルに対して、ビフェニルジスルホン酸が1.9〜2.1モルであることが好ましい。
そして、ゲスト分子であるN−サリチリデンアニリンを原料として用いないこと以外は、上記本発明の包接体の製造方法と同様の製造方法で得られる。また、該結晶性化合物の生成の有無も、前記包接体の場合と同様の方法で確認できる。
なお、ここでいう結晶性化合物とは、酢酸銅(II)およびビフェニルジスルホン酸の単なる物理的混合物ではなく、これらを原料として結晶構造が構築された化合物のことを指す。
【0020】
本発明の結晶性化合物は、ホスト分子として機能し得る。そして、その空隙部に収納し得るサイズのものであれば、先に述べたN−サリチリデンアニリンを始め、種々の機能を有するゲストを包接できる。ゲストは原子、分子、イオンなどいずれでも良い。
本発明の結晶性化合物を用いて包接体を形成する場合には、例えば、該結晶性化合物をゲストと共に固相で混合粉砕しても良いし、液層中でゲストと混合しても良く、ゲストの種類に応じて適宜選択すれば良い。
【実施例】
【0021】
以下、具体的実施例により、本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
なお、以下に示す実施例におけるPXRDの測定条件は次の通りである。
[PXRD測定条件]
線源;CuKα
スキャンスピード;2deg/min
電流;20mA
電圧;40kV
温度;22℃
2θ;2〜60°
また、以下に示す実施例で使用しているボールミルは次の通りである。
[ボールミル]
株式会社レッチェ製「ミキサーミル」
サイズ;高さ182mm、幅300mm、奥行き465mm
振動数設定可能域;3〜30Hz
粉砕ジャー;ステンレス製、容量10ml
粉砕ボール;ステンレス製、直径12mm
【0022】
(実施例1)
酢酸銅(II)一水和物(以下、CuAceと略記する)0.203gおよび4,4’−ビフェニルジスルホン酸(以下、BPDSと略記する)0.629gを測り採り、室温で10分間、乳鉢および乳棒を用いてこれらをすり潰しながら混合し、固相反応を行った。
固相反応後、得られた生成物をPXRDで分析したところ、図1に示すように、CuAceおよびBPDSから構成された結晶性化合物に由来すると推測されるピークが、2θ=5〜8°(図1中「a」と示す)、18°(図1中「b」と示す)付近に観測された。なお、図1中には、原料であるCuAceおよびBPDSのピークパターンもあわせて示した。
【0023】
(実施例2)
乳鉢および乳棒を用いる代わりに、室温で10分間、ボールミルを用いてこれを周波数25Hzで振動させることで混合粉砕を行ったこと以外は、実施例1と同様に固相反応を行った。
その結果、図1に示すように、固相反応で得られた結晶性化合物に由来すると推測されるピークが、2θ=5〜8°(図1中「a」と示す)、18°(図1中「b」と示す)付近に観測された。
【0024】
(実施例3)
CuAce0.203g、BPDS0.629gおよびN−サリチリデンアニリン(以下、SAと略記する)0.194gを測り採り、ボールミルを用いて室温で10分間、周波数25Hzで振動させることで混合粉砕を行った。次いで、得られた生成物をサンプル瓶中に密封し、室温で144時間静置した。この間、生成物の組成をPXRDで分析したので、その時得られたPXRDパターン(静置0時間、48時間、96時間、144時間)を図2に示す。静置0時間(混合粉砕直後)の段階では、包接体由来と推測されるピーク(図2中「c」と示す)が観測されると共に、原料であるBPDS由来のピーク(図2中「d」と示す)がわずかに観測された。しかし、静置96時間の段階では、BPDS由来のピークは観測されなかった。さらに、得られたピークの積分値より反応率を求めたところ、静置0時間の段階では約70%であり、その後の静置で少しずつ上昇し、静置48時間の段階で約78%に到達し、その後は上昇しなかった。静置中の反応率を表すグラフを図4に示す。また、あわせて、同様に求めた混合粉砕中の反応率を表わすグラフを図3に示す。反応率は、BPDS由来のピークおよび包接体由来のピークの積分比より求めた。この時、BPDS由来のピークが見られなかった静置144時間での反応率を100%として積分値を比較することにより算出した。
なお、静置後の反応率が約78%にとどまったのは、積分値計算時のバックグラウンド処理が不完全であったことが原因で、実際にはこれよりも高い反応率であったと考えられる。
さらに、静置後の生成物に対して、暗室においてUV照射装置(UVP−UVGL−58、Upland社製)を用いて365nmのUVを照射したところ、蛍光を発するのが確認された。
【0025】
(実施例4)
実施例3と同様に混合粉砕を行って、混合粉砕開始後0〜1800秒において生成物(0秒の場合は混合物)のPXRD測定を行った。そして実施例3と同様に反応率を算出したので、その結果を図5に示す。
図5より明らかなように、反応率は600秒の段階で最大(約70%)となり、その後は徐々に減少した。なお、反応率が約70%にとどまったのは、実施例3同様に、積分値計算時のバックグラウンド処理が不完全であったことが原因で、実際にはこれよりも高い反応率であったと考えられる。
【0026】
(実施例5)
ボールミルを用いて10秒間混合粉砕した後、40℃で1週間静置したこと以外は、実施例3と同様に包接体の調製を行った。
その結果、PXRDパターン中の包接体由来のピークが実施例3の場合よりもシャープになり、実施例3で得られたものよりも結晶性の良好な包接体が得られたことが確認された。静置0時間および1週間のPXRDパターンを図6に示す。
【0027】
(参考例)
CuAce0.203g、BPDS0.629gおよびSA0.194gを測り採り、ボールミルを用いて室温で10分間、周波数15Hzまたは5Hzで振動させることで混合粉砕を行った。次いで、得られた生成物をサンプル瓶中に密封し、室温で96時間静置した。96時間静置後の生成物のPXRDパターンを確認したところ、15Hzで振動させたものおよび5Hzで振動させたもののいずれも、25Hzで振動させた場合よりも包接体由来のピークが小さくなり、またそれぞれのピークのシャープネスは25Hzで振動させた場合と大差なかった。さらに96時間静置後の生成物の粒子径の様子をSEMにより観察したところ、振動数が小さい方が、粒子系が大きく、原料の比表面積の減少により、25Hzで振動させた場合よりも反応速度が小さくなったことが示唆された。
【0028】
(比較例1)
CuAce0.203g、BPDS0.629gおよびSA0.194gを測り採り、40℃のメタノールに溶解させ、その後メタノールを蒸発させて結晶を析出させた。得られた結晶のPXRD測定を行ったところ、CuAceおよびBPDSから生成されたホスト分子由来と考えられるピークが観測されたが、包接体由来と考えられるピークは観測されなかった。また、得られた結晶に対して実施例3と同様にUV照射を行ったが、変色などUV照射に伴う外観上の変化は観測されなかった。したがって、得られた結晶は、前記ホスト分子、SAおよび未反応物の物理的混合物であることが確認された。
【0029】
以上の結果から、本発明により、CuAceおよびBPDSから構成されたホスト分子中に、ゲスト分子としてSAが包接された包接体が、固相反応により良好に形成されることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、分子メモリなど高機能材料への利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1および2で得られた結晶性化合物のPXRDパターンを示す図である。
【図2】実施例3における静置中のPXRDパターンを示す図である。
【図3】実施例3における混合粉砕中の反応率を示すグラフである。
【図4】実施例3における静置中の反応率を示すグラフである。
【図5】実施例4における混合粉砕中の反応率を示すグラフである。
【図6】実施例5における静置0時間および1週間のPXRDパターンを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸銅(II)、ビフェニルジスルホン酸およびN−サリチリデンアニリンを固相で混合粉砕して得られることを特徴とする包接体。
【請求項2】
混合粉砕後、得られた生成物を50時間以上静置することを特徴とする請求項1に記載の包接体。
【請求項3】
得られた生成物を25〜50℃で静置することを特徴とする請求項2に記載の包接体。
【請求項4】
酢酸銅(II)およびビフェニルジスルホン酸を固相で混合粉砕して得られることを特徴とする結晶性化合物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2008−239591(P2008−239591A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−86924(P2007−86924)
【出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【Fターム(参考)】