説明

給電マトリックス回路およびそれを用いたフェイズドアレーアンテナ

【課題】簡易な構造で製造コストを抑えることができ、サイズを小形化できる給電マトリックス回路およびそれを備えるフェイズドアレーアンテナの提供。
【解決手段】1入力4出力のフェイズドアレーアンテナの給電マトリックス回路であって、2個のアンテナ端子に接続される第1のラットレース回路と、2個のアンテナ端子に接続される第2のラットレース回路と、給電点を切り替えるスイッチ切替機構と、を有し、スイッチ切替機構の設定により4エレメントのアレーアンテナのビーム方向を、ボアサイト方向を含む3方向に切り替え可能である給電マトリックス回路およびそれを備えるフェイズドアレーアンテナ装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、給電ポートの位置によってビーム方向が決定される給電マトリックス回路およびそれを備えるフェイズドアレーアンテナに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、マイクロ波やミリ波用の複数のアンテナ素子の配列を有するとともに、各アンテナ素子からの受信信号や各アンテナ素子への給電信号の位相を電気的に制御することで、各アンテナ素子自体を動かさずに全体としてのビーム方向を変更できるフェイズドアレーアンテナ装置が知られている。このフェイズドアレーアンテナは、大変高価でサイズも大きいため、主として軍事用途やプロフェッショナル用途で用いられている。
【0003】
給電ポートの位置によってビーム方向が決定されるマトリクス回路を用いたフェイズドアレーアンテナは、給電を行うマトリックス回路のポート(給電点)の位置に対応してビーム方向が変化することから給電点切換走査型のフェイズドアレーアンテナとも呼ばれる。
小形で安価にビームを切り替えるマトリックス回路として、ハイブリッド回路を4つ用いてビーム方向を4方向に切り替えるバトラーマトリックス給電回路が良く知られている。この給電回路に入力された信号はマトリックス回路の中で分配され、ポート毎に異なる位相差をもって出力される。信号を入力するポート位置によって、出力側で生じる位相の傾きが異なるため、給電回路のポート位置に応じてビーム方向が変化する。
【0004】
しかし、バトラーマトリックス回路はハイブリッド回路を4つ用いているため、民生の製品で用いるにはまだ十分な小形化がされているとはいえず、民生の製品にバトラーマトリックス回路が用いられることはまれである。また、バトラーマトリックス回路はビームをボアサイト方向に向けることができない欠点を持っているところ、アンテナを用いたシステムでは、ボアサイト方向のビームを重要とされることが多いため問題となっていた。
【0005】
そこで、発明者は、アンテナのビームを、ボアサイトを含む3方向に切り替えを行うためのHTBM(Hybrid Three Direction Beam Matrix)と称する給電回路を提案した(非特許文献1)。HTBMは、λ/4の伝送線路と2つのハイブリッドカプラと3つのスイッチで構成される給電回路であって、1入力、4出力で、アンテナ間の位相差を±90°と0°に切り替えることができるものである。
【0006】
また、発明者は、さらに小形の給電マトリックス回路としてQTBM(Quarter Wavelength Three Direction Beam Matrix)と称する給電回路を提案した。これは、λ/4の伝送線路のみで構成され、HTBMと同等の性能を持つ給電回路である(特許文献1、非特許文献2)。ただし、QTBMはスイッチを5つ用いる必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-44495号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】辻正敏、他4名、「ハイブリッドマトリックスを用いたボアサイトを含む3ビーム方向制御小形アレーアンテナ」、電気情報通信学会論文誌B, Vol. J90-B, No.3, Mar. 2007
【非特許文献2】辻正敏、「λ/4線路を用いたボアサイトを含む3ビーム方向制御小形給電マトリックス回路」、電気学会論文誌C, Vol.128, No.6, Jun. 2008
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
小形フェイズドアレーアンテナの用途としては、例えば、防犯システムが挙げられる。すなわち、マイクロ波を検知エリアに向けて送信し、検知エリア内に人体(侵入者)が存在する場合には、その人体からの反射波(ドップラー効果によって変調したマイクロ波)を受信して人体を検知する防犯センサで異常を検知して、カメラで現場を撮影し、監視センターに送る防犯システムでの利用である。
【0010】
しかし、防犯センサには誤報の問題があることが知られている。例えば、防犯センサが昆虫や雨その他の誤報要因により反応してしまうため、検知信号が侵入者によるものか否かを調べるのに多くの時間が取られるという問題である。他の問題としては、カメラで広範囲を監視すると遠方の侵入者の顔が小さくなり、せっかく侵入者を撮影しても、人物の特定が難しいことが挙げられる。そこで、マイクロ波センサによって侵入者の位置を特定し、カメラを侵入者の方向に向けて拡大映像を撮像することのニーズがある。
【0011】
これらの問題を解決する手法の一つとして、マイクロ波センサのアンテナから出るビームを左右に振るビーム切り替えアンテナと測距のできるマイクロ波センサ(2周波CW方式)を組み合わせて、ターゲット位置を検出する手法がある。ビームを左右に振ることでターゲットの横方向の位置を、2周波CW方式によりセンサからの距離を検出してターゲットの2次元の位置情報を得る手法である。また、ビームを振ることで、その物体が近くの虫であるか、遠方の人であるか、雨であるかを、検出レベルにより判定することが可能である。
【0012】
しかし、これまでのビームを切り替える手法を用いると、センサの構造が複雑になり、サイズが大きく、コストが高くなるため、民生用の機器に用いることが難しかった。特にマイクロ波やミリ波などで使用するスイッチは高価であり、多数のスイッチが必要とされるフェイズドアレーアンテナ装置は高額な商品となっていた。また、多くのスイッチ回路が必要となるため、サイズも大きくなっていた。
【0013】
そこで、本発明は、簡易な構造で製造コストを抑えることができ、サイズを小形化できる給電マトリックス回路およびそれを備えるフェイズドアレーアンテナを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、1入力4出力のフェイズドアレーアンテナの給電マトリックス回路であって、2個のアンテナ端子に接続される第1のラットレース回路と、2個のアンテナ端子に接続される第2のラットレース回路と、給電点を切り替えるスイッチ切替機構と、を有し、スイッチ切替機構の設定により4エレメントのアレーアンテナのビーム方向を、ボアサイト方向を含む3方向に切り替え可能である給電マトリックス回路を要旨とし、好ましくはスイッチ切替機構を3方向切替スイッチを含んで構成する。
また、本発明は、当該給電マトリックス回路を備えるフェイズドアレーアンテナを要旨とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、簡易な構造で従来と同様の特性を得ることができ、サイズを小形化できる低コストの給電マトリックス回路およびそれを備えるフェイズドアレーアンテナを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例に係る給電回路の表面側の回路図
【図2】実施例に係る給電回路の裏面側の回路図
【図3】ポーラチャートにプロットされた実施例に係る給電回路のSパラメータ
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、RTBM(Rat-race Tree Beam Matrix)と称する1入力4出力のフェイズドアレーアンテナの小形給電マトリックス回路に関する。この給電回路は、アンテナ間の位相差を、スイッチの設定により+90°,−90°,0°に切り替えることができるため、4エレメントのアレーアンテナのビーム方向を、ボアサイト方向を含む3方向に切り替え可能である。各アンテナのパワーレベルは均一に入力信号の1/4である。この回路で使われる主要部品は、ラットレース回路2つと、3方向切り替えスイッチ1つであり、その構造はシンプルである。この回路のサイズは、誘電率3.3の3層基板を用いた場合、例えば実施例に示す如く46×55mmであり、従来の給電回路より小形にすることができる。
【0018】
この給電マトリックス回路の特性は、スイッチの設定によりアンテナ間位相差を0°,−90°,+90°レベルを全て均一にすることができることにある。本発明の給電回路はRF回路シミュレータで計算され、その結果は理論値とほぼ一致し、正しく動作することを確認することができている。本発明の給電回路は、等間隔に配置された素子アンテナを複数備えるフェイズドアレーアンテナの小形化に寄与するものである。
【0019】
以下では、本発明の詳細を実施例により説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
《構成》
図1は実施例に係る給電回路の表面側の回路図であり、図2は裏面側の回路図である。基板は、3層で構成されており、表面と裏面には、マイクロストリップラインによる回路が配置されている。中央の層は、グランドプレーンである。各図中で反対面のパターンは、薄いグレーで書かれている。黒点はビアで、表面と裏面をつなげる。表面と裏面に配置されているHB1,HB2は、1.5λ型3dBラットレース回路で、特性インピーダンス70.7Ωの線路で設計される。ラットレース回路からアンテナ端子ANT1〜4端子につながる4本の線路は、特性インピーダンス50Ωで線路長は全て同じである。線路Ta、Tb,Tcの線路長は、それぞれλ/8, λ/4、”指定なし”であり、特性インピーダンスは、50Ω,35.3Ω,25Ωである。Taは表と裏の線路を合わせてλ/4の電気長を得るために用いる。Tbは25Ωから50Ωのインピーダンス変換のために用いる。SWは3方向切り替えスイッチで、ラットレース回路のポートA1とA2のすぐそばに配置され、スイッチとラットレース回路をつなぐ線路の長さは無視できるものとする。
【0021】
アンテナと信号源の入出インピーダンスは50Ωである。スイッチ設定が1(SW1)の時、IN端子より入力された信号は、λ/4インピーダンス変換にて25Ωに変換された後、半分の電力が表面のラットレース回路HB1のポートC1に、残りの半分が裏面のラットレース回路HB2のポートC2に導かれる。信号は、表面ではポートB1, D1より、裏面ではポートB2, D2より出力される。各ポートB1, B2, D1, D2は、4本のアンテナANT1, ANT2, ANT3, ANT4にそれぞれ給電される。ラットレース回路の特性上、ポートA1,A2からは、信号が出ないことが知られている(岡田文明著、「マイクロ波工学 基礎と応用」、山海堂発行)。そのためここに接続される線路Taは無視することができる。ここで、線路Tcの長さとラットレース回路とアンテナ間の線路の長さを無視して考えると、4つのアンテナポートの位相とパワーレベルは全て一致し、入力信号INを基準として、位相は−180°、パワーレベルは -6dBで出力される。
【0022】
スイッチ設定が2(SW2)の時、入力信号の半分は、表面のラットレース回路のポートA1に入り、半分の信号は、表面と裏面の線路Taを通り、位相が90°遅れて裏面のラットレース回路のポートA2に入る。ラットレース回路の特性により、ANT1,ANT2,ANT3,ANT4に出力される位相は、入力信号に対してそれぞれ180°, 90°, 0°, -90°であり、アンテナ間の位相差は、ANT1を基準として-90°となる。そして各アンテナ出力のレベルは、全て-6dBになる。この時、ポートC1, C2からは信号は出ないため、線路Tcは無視できる。
【0023】
スイッチ設定が3(SW3)の時、入力信号は、裏面のポートA2よりラットレース回路HB2に入り、半分の信号は、線路Taを通り位相が90°遅れて表面のラットレース回路HB1に入る。アンテナANT1,ANT2,ANT3,ANT4に出力される位相は90°, 180°, -90°, 0°であり、各アンテナ間の位相差は、ANT1を基準として+90°となる。そして各アンテナのレベルは、全て-6dBになる。
【0024】
《設計とシミュレーション》
シミュレーションは、図1および2の回路をRF回路シミュレータSNAP(修正節点解析法、MEL)で解析する。解析は、入力ポートINをポート1(P1)、アンテナポートANT1〜ANT4をポート1〜5(P2〜P5)として伝達特性S21〜S51を求める。
また、「ラットレース回路からアンテナまでの線路の電気長、線路Tcの線路の長さ、ビア、スイッチ、線路のロス」の部分は無視して解析を行う。
【0025】
基板の特性は、HTBMで報告された値に合わせて誘電率3.3、板厚0.8mmとする。各線路の幅(W)と線路長(L)は、SNAPにより計算され、線路幅W=1.0mm (Z0=70Ω) W=1.8mm (Z0=50Ω) W=3.1mm (Z0/2=35.3Ω) W=4.9mm (Z0=25Ω), λ/4の線路長 L= 19.1mm を得た。解析周波数は2.4〜2.5GHzで行う。
【0026】
《測定結果》
図3では、シミュレータで計算されたRTBMのS21, S31, S41, S51がポーラチャート上にプロットされている。データの中にある○印のマーカーは、2.45GHzのポイントであり、表1は、その角度と振幅値をまとめたものである。
【0027】
[表1]

【0028】
SW1では4つのデータはほぼ同じになり、位相は180°、レベルは-6dBである。SW2では、S21, S31, S41, S51の位相は-179°, 89°, 0°, -90°であり、ANT1を基準とするとアンテナ間の位相は約90°遅れる。レベルは4つともほぼ同じ-6dBである。SW3では、S21, S31, S41, S51の位相は89°, -179°, -90°, 0°であり、ANT1を基準とすると、アンテナ間の位相は約90°進む。レベルは4つともほぼ同じ-6dBである。
【0029】
以上のようにシミュレーション結果は、理論値とほぼ一致し、実施例に係る給電回路が正しく動作することを確認することができた。実施例に係る給電回路のサイズは、スイッチ回路を20×20mmとすると、46×55mmと見積もられる。これは非特許文献1のHTBMに対して80%のサイズであり、HTBMより小形化が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、小形かつ簡易な構造で、製造コストも抑えることができるため、防犯システム用マイクロ波センサなどの民生製品としての利用に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1入力4出力のフェイズドアレーアンテナの給電マトリックス回路であって、
2個のアンテナ端子に接続される第1のラットレース回路と、
2個のアンテナ端子に接続される第2のラットレース回路と、
給電点を切り替えるスイッチ切替機構と、を有し、スイッチ切替機構の設定により4エレメントのアレーアンテナのビーム方向を、ボアサイト方向を含む3方向に切り替え可能である給電マトリックス回路。
【請求項2】
スイッチ切替機構が、3方向切替スイッチを含んで構成される請求項1の給電マトリックス回路。
【請求項3】
請求項1または2の給電マトリックス回路を備えるフェイズドアレーアンテナ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−175329(P2012−175329A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−34501(P2011−34501)
【出願日】平成23年2月21日(2011.2.21)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】