絶縁電線、電気コイル及びモータ
【課題】部分放電開始電圧の高い絶縁電線であって、煩雑な工程により製造されるワニスを使用せずに製造することが可能である絶縁電線、及びこの絶縁電線からなる電気コイル、この電気コイルを用いたモータを提供する。
【解決手段】導体、前記導体を被覆する絶縁層、及び前記絶縁層を被覆する帯電防止層を有する絶縁電線であって、前記帯電防止層は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ前記帯電防止層の表面抵抗が、109Ω以上、1012Ω以下であることを特徴とする絶縁電線、及びこの絶縁電線からなる電気コイル、この電気コイルを用いたモータ。
【解決手段】導体、前記導体を被覆する絶縁層、及び前記絶縁層を被覆する帯電防止層を有する絶縁電線であって、前記帯電防止層は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ前記帯電防止層の表面抵抗が、109Ω以上、1012Ω以下であることを特徴とする絶縁電線、及びこの絶縁電線からなる電気コイル、この電気コイルを用いたモータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ用コイルの巻線等として用いられる絶縁電線、並びにこの絶縁電線を用いる電気コイル及びこの電気コイルを用いるモータに関する。
【背景技術】
【0002】
モータ等の回転電機のコイルに高電圧が印加されると、そのコイルの巻線である絶縁電線の絶縁皮膜表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。部分放電の発生により、局部的な温度上昇やオゾン、イオンの発生が引きおこされやすくなり、その結果絶縁皮膜が劣化し、絶縁電線ひいてはモータの寿命が短くなるという問題が生じていた。
【0003】
そこで、部分放電を抑制するために、部分放電開始電圧の高い絶縁電線が求められており、特許文献1には、導体を被覆する絶縁層の外層に、熱融着樹脂を塗布、焼き付けし、巻線作業後熱融着させる方法が提案されている。絶縁電線の絶縁皮膜中又は絶縁電線間に微小な空隙があると、その部分に電界集中し部分放電が発生しやすくなるが、特許文献1に記載の方法によれば、熱融着により絶縁電線間の空隙を埋めることができ、部分放電開始電圧を向上させることができる。しかし、この方法には、巻線作業後の熱融着工程が必要になるという問題がある。
【0004】
又、特許文献2では、導体上に、四三酸化鉄、タルク、シリカ等の導電性酸化物を含有するポリイミド樹脂ワニスからなる導電層を有する絶縁電線が開示されており、特許文献3には、導体を被覆するポリアミドイミド樹脂からなる絶縁層の外層に、導電性フィラーとしてカーボンブラックを混合した油性エナメルからなり1kΩ〜1MΩの表面抵抗を有する導電層を形成させた絶縁電線が提案されている。このような導電層により、絶縁皮膜表面に生じる静電位勾配が緩やかになり電界集中を防ぎ、部分放電開始電圧を向上させることができる。
【0005】
しかし、特許文献2の方法では、導電性酸化物の比重が大きいため、導電層における導電性酸化物の分散性が低下するとともに、導電性酸化物が絶縁層中で凝集し、絶縁電線の機械的特性(可とう性)が低下するという問題があった。又、特許文献3の方法では、導電層の表面抵抗が、1kΩ〜1MΩに設定されているため、交流通電時漏れ電流が大きくなり絶縁電線の表面が発熱しそのため劣化が生じるという問題があった。
【0006】
そこで、特許文献4では、導体上に形成された絶縁層の外層に、樹脂とカーボンブラックとの混合物で構成されるとともに、表面抵抗が108Ω以上、1012Ω未満である半導電層を形成した絶縁電線が提案されている。この絶縁電線では、部分放電開始電圧を向上させることができるとともに、漏れ電流が小さく表面の発熱による劣化が抑制され、又絶縁電線の機械的特性(可とう性)を向上させることが可能である。
【特許文献1】特開平10−261321号公報
【特許文献2】特開平10−41122号公報
【特許文献3】特開2004−254457号公報
【特許文献4】特開2007−294312号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献4の絶縁電線の半導電層は、樹脂とカーボンブラックの混合物を含むワニスを絶縁層上に塗布し焼結する方法により形成される。しかし、このワニスは、樹脂を有機溶剤に溶解した後カーボンブラックを配合し混練して製造する必要があり、その製造工程が煩雑であり、加工コスト高の原因となっていた。又、樹脂とカーボンブラックの混合が不十分な場合は、カーボンブラックの分散が不十分になり、絶縁電線の機械的特性(可とう性)の低下の原因となる。
【0008】
本発明は、これらの従来技術の有する問題を解決するものであり、部分放電開始電圧の高い絶縁電線であって、煩雑な製造工程を要するワニスを使用せずに製造することが可能な絶縁電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前記課題を解決するため鋭意検討した結果、絶縁電線の表面、すなわち導体を被覆する絶縁層上に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とするとともに、表面抵抗が109Ω〜1012Ωの範囲である帯電防止層を設けることにより、前記の課題が達成されることを見いだし、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、その請求項1として、
導体、前記導体を被覆する絶縁層、及び前記絶縁層を被覆する帯電防止層を有する絶縁電線であって、
前記帯電防止層は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ
前記帯電防止層の表面抵抗が、109Ω以上、1012Ω以下であることを特徴とする絶縁電線を提供する。
【0011】
帯電防止層を形成する材質であるポリエーテルエステルアミドとは、両末端にカルボキシル基を有するポリアミド成分と、ビスフェノール類等をエーテル結合して得られる重合体であるポリエーテル成分を、エステル結合して得られるブロック共重合体であり、熱可塑性樹脂の帯電防止剤として優れた帯電防止性を付与することが知られている。例えば、特開平7−10989号公報には、両末端にカルボキシル基を有する数平均分子量500〜5,000のポリアミドと数平均分子量1,600〜3,000のビスフェノール類のエチレンオキシド付加物から誘導され、相対粘度が0.5〜4.0(0.5重量%m−クレゾール溶液、25℃)であるポリエーテルエステルアミドが開示されており、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の帯電防止剤として用いられることが記載されている。
【0012】
この特開平7−10989号公報に開示されているポリエーテルエステルアミド樹脂も、帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωであるとの条件を満たす場合は、本発明において、帯電防止層を形成する材質として用いることができる。すなわち、その分子量や樹脂の原料であるモノマーの種類、ポリアミド成分とポリエーテル成分の比等は、帯電防止層に求められる耐熱性や機械的特性等に応じて、適宜選択することができ、表面抵抗が109Ωから1012Ωであるとの条件を満たし本発明の趣旨が損なわれない限り、特に限定されない。
【0013】
帯電防止層は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とする。ここで「主成分とする」とは、ポリエーテルエステルアミド樹脂を固形成分の50重量%以上含む意味である。本発明の趣旨を損ねず、かつ帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωであるとの条件を満たす範囲で、他の樹脂等を混合しても良い。又、ポリエーテルエステルアミド樹脂のみからなる場合でもよい。特に、ポリエーテルエステルアミド樹脂が、固形成分の80重量%以上の場合は、本発明の趣旨を達成しやすいので好ましい。
【0014】
帯電防止層には、ポリエーテルエステルアミド樹脂等に加えて、アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属のハロゲン化物からなる金属塩を含有させてもよい。これらを含有させることにより、帯電防止効果を更に向上させることができ、帯電防止層の表面抵抗が109Ω以上であるとの条件をより容易に満たすことができる。例えば、前記特開平7−10989号公報に開示されているポリエーテルエステルアミド樹脂から選択する場合は、その選択の範囲を広げることができる。
【0015】
アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属のハロゲン化物からなる金属塩としては、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、臭化マグネシウム等を挙げることができる。中でも、塩化ナトリウム及び塩化カリウムが好ましい。この金属塩の使用量は、帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωとなる範囲であり、又、使用量の調整により帯電防止層の表面抵抗を調整することができる。なお、帯電防止層中の5重量%を超えると絶縁電線の表面に析出し外観を損ねるので、5重量%以下が好ましい。
【0016】
帯電防止層には、ポリエーテルエステルアミド樹脂等に加えて、非イオン性、アニオン性、カチオン性もしくは両性の界面活性剤を含有させてもよい。これらを含有させることにより、帯電防止効果を更に向上させることができ、帯電防止層の表面抵抗が109Ω以上であるとの条件をより容易に満たすことができる。この界面活性剤と前記の金属塩をともに含有させてもよい。これらの界面活性剤の中では、アニオン性界面活性剤、特にアルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルスルホン酸塩、パラフィンスルホン酸塩等のスルホン酸塩が好ましい。
【0017】
本発明の絶縁電線では、その帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωの範囲内である。ここで「表面抵抗」とは、帯電防止層の材料固有の抵抗値をいい、帯電防止層を厚み5μmで設けた絶縁電線の幅1cmあたりの抵抗値(単位はΩ)をいう。
【0018】
帯電防止層の表面抵抗が109Ω以上であるので、絶縁電線末端の導体露出部と絶縁電線表面の帯電防止層との短絡は生じにくく、使用時に絶縁電線端末の帯電防止層を剥離する工程は不要である。さらに、交流通電時の漏れ電流を小さくすることが可能になり、帯電防止層が発熱による劣化をより効果的に抑制することが可能になる。
【0019】
一方、帯電防止層の表面抵抗が1012Ω以下であるため、電気コイルを形成する絶縁電線の帯電防止層間の等電位状態が保持される。その結果、絶縁電線間の電界の集中が緩和されるため部分放電開始電圧が高くなり、コイルに高電圧が印加された場合でも部分放電の発生を効果的に防止し、部分放電による絶縁破壊を効果的に防止することが可能になる。結果として、モータ等、この絶縁電線を用いる電気機器の寿命を長くすることができる。
【0020】
請求項2の発明は、前記帯電防止層の厚みが0.1μm〜10μmであることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線である。前記帯電防止層の厚みは、0.1μm以上、10μm以下が好ましい。厚みが0.1μm未満では周方向の均一被覆が困難となる傾向があり、一方厚みが10μmを超えると摩耗特性等の機械的特性が低下する傾向がある。
【0021】
請求項3の発明は、部分放電開始電圧が、1.0kV以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の絶縁電線である。部分放電開始電圧は、1.0kV以上であることが好ましい。近年、小型かつ高出力のモータを得るために、電気コイルに印加される電圧の上昇が望まれているが、部分放電開始電圧を1.0kV以上に設定することにより、部分放電の発生を効果的に抑制し、電気コイルに印加される電圧を高くすることができる。
【0022】
本発明は、前記の絶縁電線に加えて、この絶縁電線を使用する電気コイル及びモータを提供する。すなわち、請求項4の発明は、請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の絶縁電線を捲回してなることを特徴とする電気コイルであり、請求項5の発明は、請求項4に記載の電気コイルを有することを特徴とするモータである。
【発明の効果】
【0023】
本発明の絶縁電線は、部分放電開始電圧が高く、部分放電による絶縁破壊の発生が抑制されたものである。又、煩雑な製造工程を要するワニスを使用せずに製造することが可能である。この絶縁電線を用いた本発明の電気コイル、及びこの電気コイルを用いた本発明のモータは、部分放電が抑制されているので、高電圧が印加されても絶縁破壊の発生が少なく、又、加工コストの低減も可能とするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
次に、本発明を実施するための具体的形態、特に最良の形態について、図や実施例により説明するが、本発明の範囲はこの形態や実施例のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を損ねない範囲で、種々の変更を加えることができる。
【0025】
図1は、本発明の絶縁電線の一例の断面図である。図1中の1は本発明の絶縁電線の一例を表す。図1に示されるように、絶縁電線1は、導体2と、導体2上に形成された絶縁層3と、絶縁層3上に形成された帯電防止層4とを有している。
【0026】
導体2としては、銅や銅合金の線がその代表例として挙げられるが、材質や構成は、電線に求められる導電性と強度を有する限りは特に限定されない。材質としては、銀線、アルミ線等の他の金属線や、錫めっき銅線、アルミ合金線、鋼心アルミ線、カッパーフライ線、ニッケルめっき銅線、銀めっき銅線、銅覆アルミ線等が挙げられる。導体の径やその断面形状も特に限定されない。断面形状は丸型に限られず、平角、六角等の多角形状でもよい。なお、高電圧を負荷するモータや電気コイル等の幅広い用途に適用するとの観点から、導体の直径は0.1mm〜3.0mmが好ましい。
【0027】
絶縁層3に用いる樹脂としては、絶縁性が高い樹脂であれば特に限定されないが、耐熱性の高い樹脂が好ましい。このような樹脂としては、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂等を挙げることができる。
【0028】
これらの中でも、長期絶縁耐熱温度が150℃以上の樹脂が好ましい。絶縁層3の長期絶縁耐熱温度を150℃以上とすることにより、高温での長期使用に耐える絶縁電線を得ることができる。ここで長期絶縁耐熱温度とは、JISC3003−1999の耐熱指標により示される耐熱温度であり、所定の温度で20000時間熱処理した後の絶縁破壊電圧が、所定の試験電圧であるときの当該所定の温度を言う。長期絶縁耐熱温度が150℃以上の樹脂としては、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂等を挙げることができる。
【0029】
なお、絶縁層3に用いる樹脂としては、1種類の樹脂を単独で使用してもよいが、2種以上を組み合わせて使用しても良い。又、絶縁層3は多層構造でもよい。すなわち、互いに異なった材質から形成される2以上の層からなるものでもよい。さらに、絶縁層3は、潤滑剤等の各種添加剤や無機フィラー等を含んでいても良い。添加剤や無機フィラーは、従来の絶縁電線の絶縁層に用いられていたものと同様なものを使用することができる。
【0030】
帯電防止層4は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつその表面抵抗は109Ωから1012Ωの範囲内である。前記のように、ポリエーテルエステルアミド樹脂に加えて、本発明の趣旨を損ねずかつ帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωであるとの条件を満たす範囲で、他の樹脂等を混合しても良く、アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属のハロゲン化物からなる金属塩や、非イオン性、アニオン性、カチオン性もしくは両性の界面活性剤が含まれていてもよい。さらに、その特性を損なわない範囲で、他の成分、例えば、酸化防止剤や、接着性を向上させるための可塑成分を加えても良い。
【0031】
又、帯電防止層4には、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、金、銀等の金属粒子等の導電性フィラーを混練してもよい。ただし、導電性フィラーの混練は、ワニスの製造を煩雑にし、又、放電開始電圧に影響を与える可能性や、混練が不十分な場合は絶縁電線1の機械的特性(可とう性)を低下させる可能性があるので、このような問題が生じない範囲、すなわち本発明の趣旨が損なわれない範囲に限られる。導電性フィラーの中では、カーボンブラックが樹脂に対する分散安定性が良好であるため、好適に使用される。
【0032】
本発明の絶縁電線は、導体上に絶縁層を形成し、その後この絶縁層上に帯電防止層を形成する方法により製造することができる。
【0033】
絶縁層を形成する方法は、従来の絶縁電線の製造における絶縁層の形成と同様にして行うことができる。すなわち、導体上に、絶縁層を構成する樹脂を溶剤に溶解したワニスを、塗布し、焼付けすることにより絶縁層を得ることができる。ワニスに使用される溶剤や塗布、焼付けの条件は、従来の絶縁電線の場合と同様である。絶縁層が2層以上からなる場合は、この工程を、樹脂の種類を変えて繰り返すことにより製造することができる。絶縁層の厚さは、絶縁電線に求められる物性の程度や、導体の径等を考慮して決定される。通常、JIS C3003 5項で示される2種〜0種である。
【0034】
帯電防止層を形成も、前記の絶縁層の形成と同様にして行うことができる。すなわち、導体上に形成された絶縁層上に、ポリエーテルエステルアミド樹脂又はそれを主成分とする混合物を有機溶剤に溶解したワニスを、塗布し、焼き付けすることにより帯電防止層を得ることができる。ワニスの塗布は、従来の絶縁層の形成の場合と同様に行うことができる。有機溶剤は、ポリエーテルエステルアミド樹脂やその他の成分を溶解又は均一に分散できるものであれば、特に限定されない。例えば、クレゾール等が挙げられる。
【0035】
このようにして得られる本発明の絶縁電線の断面形状は、丸に限らず、平角、六角等の多角形状でも構わない。
【0036】
本発明の電気コイルは、前記のようにして得られた絶縁電線を捲回して得ることができる。捲回は、従来の絶縁電線から電気コイルを得る場合と同様な方法や条件で行うことができる。又、本発明の電気コイルを回転子や固定子として、本発明のモータを構成することができる。回転子や固定子として使用する方法は、従来の電気コイルをモータに使用する場合と同様である。
【0037】
融着処理後の部分放電抑制効果を低下させない範囲内において、帯電防止層4の外層、すなわち絶縁電線の最外層に、絶縁電線表面に潤滑性を付与するための表面潤滑層を設けてもよい。表面潤滑層を設けると、絶縁電線1を捲回して電気コイルを形成する際の作業性が向上するとともに、絶縁電線表面に傷が生じにくくなるので好ましい。表面潤滑層としては、流動パラフィン、固形パラフィンといったパラフィン類の塗膜も使用できる。又、本発明の絶縁電線には、必要に応じて、難燃層等を設けてもよい。
【0038】
なお、前記電気コイルにおいて、絶縁電線間に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ表面抵抗が109Ωから1012Ωである層を設けることにより、前記の本発明の趣旨を損ねず、より部分放電抑制効果に優れた電気コイルとすることができる。例えば、電気コイルを形成する絶縁電線間の接触が不十分である場合においても、部分放電開始電圧を高くし、漏れ電流を小さくすることが可能になる。さらに、導体と、導体上に形成される絶縁層とを有する絶縁電線を捲回して成る電気コイルであって、絶縁電線が本発明の絶縁電線以外の場合であっても、絶縁電線間に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ表面抵抗が109Ωから1012Ωである層を設けることにより、部分放電抑制効果に優れた、漏れ電流の小さい電気コイルを得ることができる。
【実施例】
【0039】
実施例1
(絶縁電線の作製)
直径1.0mmの銅導体上に、ポリアミド樹脂絶縁ワニス(日立化成工業社製、商品名HI−406)を塗布し、縦型焼付炉にて焼付けして絶縁層を形成した。その後、当該絶縁層上に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とする樹脂組成物(三洋化成工業社製帯電防止樹脂、商品名ペレスタットNC6321)をクレゾールに固形分25%となるよう溶解したワニスを塗布、焼付けして帯電防止層を形成し、絶縁電線を作製した。なお、絶縁電線の仕上外径は1.068mm、絶縁層の厚みは30μm、帯電防止層の厚みは4μmであった。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0040】
実施例2
絶縁層の厚みを32μm、帯電防止層の厚みを2.0μmとした以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0041】
実施例3
ペレスタットNC6321の代わりにペレスタットNC7530(ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とする樹脂組成物、三洋化成工業社製帯電防止樹脂)を用いた以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0042】
比較例1
帯電防止層を形成せず、絶縁層の厚みを34μmとした以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。
【0043】
実施例4
ポリアミド樹脂絶縁ワニスHI−406の代わりに、ポリエステルイミド樹脂絶縁ワニス(アルタナ社製、商品名Isomid40SM45)を用いた以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0044】
比較例2
帯電防止層を形成せず、絶縁層の厚みを34μmとした以外は、実施例4と同条件で絶縁電線を作製した。
【0045】
実施例5
直径1.0mmの銅導体上に、ポリエステルイミド樹脂絶縁ワニスIsomid40SM45を塗布し、縦型焼付炉にて焼付けして絶縁層下層を形成した。その後、当該絶縁層下層の上に、ポリアミド樹脂絶縁ワニスHI−406を塗布し、縦型焼付炉にて焼付けして絶縁層上層を形成した。その後、当該絶縁層上層の上に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とする樹脂組成物ペレスタットNC6321をクレゾールに固形分25%となるよう溶解したワニスを塗布、焼付けして帯電防止層を形成し、絶縁電線を作製した。なお、絶縁電線の仕上外径は1.068mm、絶縁層下層の厚みは25μm、絶縁層上層の厚みは5μm、帯電防止層の厚みは4μmであった。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0046】
比較例3
帯電防止層を形成せず、絶縁層上層の厚みを9μmとした以外は、実施例5と同条件で絶縁電線を作製した。
【0047】
実施例6
ポリアミド樹脂絶縁ワニスHI−406の代わりに、ポリイミド樹脂絶縁ワニス(I.S.T社製、商品名Pyre−ML)を用いた以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0048】
比較例4
帯電防止層を形成せず、絶縁層の厚みを34μmとした以外は、実施例6と同条件で絶縁電線を作製した。
【0049】
以上のようにして作製した各絶縁電線について、次に示す測定方法により表面抵抗及び部分放電開始電圧を測定した。その結果を、表1及び表2に示す。
【0050】
<表面抵抗の測定>
作製した絶縁電線の表面に、幅1cmの銀ペースト(藤倉化成社製、商品名ドータイトD550)を塗布して、電極を1cm間隔で3個形成した。そして、絶縁抵抗計(横河ヒューレットパッカード社製、商品名4329A)を用いて、各電極間の抵抗値を測定し、その平均値を算出することにより、帯電防止層の表面抵抗を測定した。
【0051】
<部分放電開始電圧測定>
JIS−C3003−1999に規定された2個撚り法に準拠して、部分放電試験機(三菱電線工業社製、商品名QM−50)を用いて測定した。具体的には、図2に示すように、巻線2本を撚り合わせ、2本の巻線の両端に交流電圧を印加する。電圧を70V/secの速さで上げ、放電量が100pCに達したときの電圧を測定値とする。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
表1及び表2の結果より、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、表面抵抗が2.8〜3.5×1010Ω(109Ω〜1012Ωの範囲内)である帯電防止層を設けた実施例(本発明例)の絶縁電線は、1.1kV以上の部分放電開始電圧を示し、部分放電の抑制効果が優れていることが示されている。この効果は、絶縁層の樹脂の種類を変えても同様である。一方、帯電防止層を設けていない比較例の絶縁電線は、絶縁層の厚みや材質等が実施例と同じであるにもかかわらず、1.0kVを下回る部分放電開始電圧しか得られず、部分放電の抑制効果が不十分であることが示されている。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の絶縁電線の一例の断面図である。
【図2】部分放電開始電圧測定用試験体を説明する図である。
【符号の説明】
【0056】
1. 絶縁電線
2. 導体
3. 絶縁層
4. 帯電防止層
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ用コイルの巻線等として用いられる絶縁電線、並びにこの絶縁電線を用いる電気コイル及びこの電気コイルを用いるモータに関する。
【背景技術】
【0002】
モータ等の回転電機のコイルに高電圧が印加されると、そのコイルの巻線である絶縁電線の絶縁皮膜表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。部分放電の発生により、局部的な温度上昇やオゾン、イオンの発生が引きおこされやすくなり、その結果絶縁皮膜が劣化し、絶縁電線ひいてはモータの寿命が短くなるという問題が生じていた。
【0003】
そこで、部分放電を抑制するために、部分放電開始電圧の高い絶縁電線が求められており、特許文献1には、導体を被覆する絶縁層の外層に、熱融着樹脂を塗布、焼き付けし、巻線作業後熱融着させる方法が提案されている。絶縁電線の絶縁皮膜中又は絶縁電線間に微小な空隙があると、その部分に電界集中し部分放電が発生しやすくなるが、特許文献1に記載の方法によれば、熱融着により絶縁電線間の空隙を埋めることができ、部分放電開始電圧を向上させることができる。しかし、この方法には、巻線作業後の熱融着工程が必要になるという問題がある。
【0004】
又、特許文献2では、導体上に、四三酸化鉄、タルク、シリカ等の導電性酸化物を含有するポリイミド樹脂ワニスからなる導電層を有する絶縁電線が開示されており、特許文献3には、導体を被覆するポリアミドイミド樹脂からなる絶縁層の外層に、導電性フィラーとしてカーボンブラックを混合した油性エナメルからなり1kΩ〜1MΩの表面抵抗を有する導電層を形成させた絶縁電線が提案されている。このような導電層により、絶縁皮膜表面に生じる静電位勾配が緩やかになり電界集中を防ぎ、部分放電開始電圧を向上させることができる。
【0005】
しかし、特許文献2の方法では、導電性酸化物の比重が大きいため、導電層における導電性酸化物の分散性が低下するとともに、導電性酸化物が絶縁層中で凝集し、絶縁電線の機械的特性(可とう性)が低下するという問題があった。又、特許文献3の方法では、導電層の表面抵抗が、1kΩ〜1MΩに設定されているため、交流通電時漏れ電流が大きくなり絶縁電線の表面が発熱しそのため劣化が生じるという問題があった。
【0006】
そこで、特許文献4では、導体上に形成された絶縁層の外層に、樹脂とカーボンブラックとの混合物で構成されるとともに、表面抵抗が108Ω以上、1012Ω未満である半導電層を形成した絶縁電線が提案されている。この絶縁電線では、部分放電開始電圧を向上させることができるとともに、漏れ電流が小さく表面の発熱による劣化が抑制され、又絶縁電線の機械的特性(可とう性)を向上させることが可能である。
【特許文献1】特開平10−261321号公報
【特許文献2】特開平10−41122号公報
【特許文献3】特開2004−254457号公報
【特許文献4】特開2007−294312号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献4の絶縁電線の半導電層は、樹脂とカーボンブラックの混合物を含むワニスを絶縁層上に塗布し焼結する方法により形成される。しかし、このワニスは、樹脂を有機溶剤に溶解した後カーボンブラックを配合し混練して製造する必要があり、その製造工程が煩雑であり、加工コスト高の原因となっていた。又、樹脂とカーボンブラックの混合が不十分な場合は、カーボンブラックの分散が不十分になり、絶縁電線の機械的特性(可とう性)の低下の原因となる。
【0008】
本発明は、これらの従来技術の有する問題を解決するものであり、部分放電開始電圧の高い絶縁電線であって、煩雑な製造工程を要するワニスを使用せずに製造することが可能な絶縁電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前記課題を解決するため鋭意検討した結果、絶縁電線の表面、すなわち導体を被覆する絶縁層上に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とするとともに、表面抵抗が109Ω〜1012Ωの範囲である帯電防止層を設けることにより、前記の課題が達成されることを見いだし、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、その請求項1として、
導体、前記導体を被覆する絶縁層、及び前記絶縁層を被覆する帯電防止層を有する絶縁電線であって、
前記帯電防止層は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ
前記帯電防止層の表面抵抗が、109Ω以上、1012Ω以下であることを特徴とする絶縁電線を提供する。
【0011】
帯電防止層を形成する材質であるポリエーテルエステルアミドとは、両末端にカルボキシル基を有するポリアミド成分と、ビスフェノール類等をエーテル結合して得られる重合体であるポリエーテル成分を、エステル結合して得られるブロック共重合体であり、熱可塑性樹脂の帯電防止剤として優れた帯電防止性を付与することが知られている。例えば、特開平7−10989号公報には、両末端にカルボキシル基を有する数平均分子量500〜5,000のポリアミドと数平均分子量1,600〜3,000のビスフェノール類のエチレンオキシド付加物から誘導され、相対粘度が0.5〜4.0(0.5重量%m−クレゾール溶液、25℃)であるポリエーテルエステルアミドが開示されており、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の帯電防止剤として用いられることが記載されている。
【0012】
この特開平7−10989号公報に開示されているポリエーテルエステルアミド樹脂も、帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωであるとの条件を満たす場合は、本発明において、帯電防止層を形成する材質として用いることができる。すなわち、その分子量や樹脂の原料であるモノマーの種類、ポリアミド成分とポリエーテル成分の比等は、帯電防止層に求められる耐熱性や機械的特性等に応じて、適宜選択することができ、表面抵抗が109Ωから1012Ωであるとの条件を満たし本発明の趣旨が損なわれない限り、特に限定されない。
【0013】
帯電防止層は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とする。ここで「主成分とする」とは、ポリエーテルエステルアミド樹脂を固形成分の50重量%以上含む意味である。本発明の趣旨を損ねず、かつ帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωであるとの条件を満たす範囲で、他の樹脂等を混合しても良い。又、ポリエーテルエステルアミド樹脂のみからなる場合でもよい。特に、ポリエーテルエステルアミド樹脂が、固形成分の80重量%以上の場合は、本発明の趣旨を達成しやすいので好ましい。
【0014】
帯電防止層には、ポリエーテルエステルアミド樹脂等に加えて、アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属のハロゲン化物からなる金属塩を含有させてもよい。これらを含有させることにより、帯電防止効果を更に向上させることができ、帯電防止層の表面抵抗が109Ω以上であるとの条件をより容易に満たすことができる。例えば、前記特開平7−10989号公報に開示されているポリエーテルエステルアミド樹脂から選択する場合は、その選択の範囲を広げることができる。
【0015】
アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属のハロゲン化物からなる金属塩としては、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、臭化マグネシウム等を挙げることができる。中でも、塩化ナトリウム及び塩化カリウムが好ましい。この金属塩の使用量は、帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωとなる範囲であり、又、使用量の調整により帯電防止層の表面抵抗を調整することができる。なお、帯電防止層中の5重量%を超えると絶縁電線の表面に析出し外観を損ねるので、5重量%以下が好ましい。
【0016】
帯電防止層には、ポリエーテルエステルアミド樹脂等に加えて、非イオン性、アニオン性、カチオン性もしくは両性の界面活性剤を含有させてもよい。これらを含有させることにより、帯電防止効果を更に向上させることができ、帯電防止層の表面抵抗が109Ω以上であるとの条件をより容易に満たすことができる。この界面活性剤と前記の金属塩をともに含有させてもよい。これらの界面活性剤の中では、アニオン性界面活性剤、特にアルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルスルホン酸塩、パラフィンスルホン酸塩等のスルホン酸塩が好ましい。
【0017】
本発明の絶縁電線では、その帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωの範囲内である。ここで「表面抵抗」とは、帯電防止層の材料固有の抵抗値をいい、帯電防止層を厚み5μmで設けた絶縁電線の幅1cmあたりの抵抗値(単位はΩ)をいう。
【0018】
帯電防止層の表面抵抗が109Ω以上であるので、絶縁電線末端の導体露出部と絶縁電線表面の帯電防止層との短絡は生じにくく、使用時に絶縁電線端末の帯電防止層を剥離する工程は不要である。さらに、交流通電時の漏れ電流を小さくすることが可能になり、帯電防止層が発熱による劣化をより効果的に抑制することが可能になる。
【0019】
一方、帯電防止層の表面抵抗が1012Ω以下であるため、電気コイルを形成する絶縁電線の帯電防止層間の等電位状態が保持される。その結果、絶縁電線間の電界の集中が緩和されるため部分放電開始電圧が高くなり、コイルに高電圧が印加された場合でも部分放電の発生を効果的に防止し、部分放電による絶縁破壊を効果的に防止することが可能になる。結果として、モータ等、この絶縁電線を用いる電気機器の寿命を長くすることができる。
【0020】
請求項2の発明は、前記帯電防止層の厚みが0.1μm〜10μmであることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線である。前記帯電防止層の厚みは、0.1μm以上、10μm以下が好ましい。厚みが0.1μm未満では周方向の均一被覆が困難となる傾向があり、一方厚みが10μmを超えると摩耗特性等の機械的特性が低下する傾向がある。
【0021】
請求項3の発明は、部分放電開始電圧が、1.0kV以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の絶縁電線である。部分放電開始電圧は、1.0kV以上であることが好ましい。近年、小型かつ高出力のモータを得るために、電気コイルに印加される電圧の上昇が望まれているが、部分放電開始電圧を1.0kV以上に設定することにより、部分放電の発生を効果的に抑制し、電気コイルに印加される電圧を高くすることができる。
【0022】
本発明は、前記の絶縁電線に加えて、この絶縁電線を使用する電気コイル及びモータを提供する。すなわち、請求項4の発明は、請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の絶縁電線を捲回してなることを特徴とする電気コイルであり、請求項5の発明は、請求項4に記載の電気コイルを有することを特徴とするモータである。
【発明の効果】
【0023】
本発明の絶縁電線は、部分放電開始電圧が高く、部分放電による絶縁破壊の発生が抑制されたものである。又、煩雑な製造工程を要するワニスを使用せずに製造することが可能である。この絶縁電線を用いた本発明の電気コイル、及びこの電気コイルを用いた本発明のモータは、部分放電が抑制されているので、高電圧が印加されても絶縁破壊の発生が少なく、又、加工コストの低減も可能とするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
次に、本発明を実施するための具体的形態、特に最良の形態について、図や実施例により説明するが、本発明の範囲はこの形態や実施例のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を損ねない範囲で、種々の変更を加えることができる。
【0025】
図1は、本発明の絶縁電線の一例の断面図である。図1中の1は本発明の絶縁電線の一例を表す。図1に示されるように、絶縁電線1は、導体2と、導体2上に形成された絶縁層3と、絶縁層3上に形成された帯電防止層4とを有している。
【0026】
導体2としては、銅や銅合金の線がその代表例として挙げられるが、材質や構成は、電線に求められる導電性と強度を有する限りは特に限定されない。材質としては、銀線、アルミ線等の他の金属線や、錫めっき銅線、アルミ合金線、鋼心アルミ線、カッパーフライ線、ニッケルめっき銅線、銀めっき銅線、銅覆アルミ線等が挙げられる。導体の径やその断面形状も特に限定されない。断面形状は丸型に限られず、平角、六角等の多角形状でもよい。なお、高電圧を負荷するモータや電気コイル等の幅広い用途に適用するとの観点から、導体の直径は0.1mm〜3.0mmが好ましい。
【0027】
絶縁層3に用いる樹脂としては、絶縁性が高い樹脂であれば特に限定されないが、耐熱性の高い樹脂が好ましい。このような樹脂としては、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂等を挙げることができる。
【0028】
これらの中でも、長期絶縁耐熱温度が150℃以上の樹脂が好ましい。絶縁層3の長期絶縁耐熱温度を150℃以上とすることにより、高温での長期使用に耐える絶縁電線を得ることができる。ここで長期絶縁耐熱温度とは、JISC3003−1999の耐熱指標により示される耐熱温度であり、所定の温度で20000時間熱処理した後の絶縁破壊電圧が、所定の試験電圧であるときの当該所定の温度を言う。長期絶縁耐熱温度が150℃以上の樹脂としては、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂等を挙げることができる。
【0029】
なお、絶縁層3に用いる樹脂としては、1種類の樹脂を単独で使用してもよいが、2種以上を組み合わせて使用しても良い。又、絶縁層3は多層構造でもよい。すなわち、互いに異なった材質から形成される2以上の層からなるものでもよい。さらに、絶縁層3は、潤滑剤等の各種添加剤や無機フィラー等を含んでいても良い。添加剤や無機フィラーは、従来の絶縁電線の絶縁層に用いられていたものと同様なものを使用することができる。
【0030】
帯電防止層4は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつその表面抵抗は109Ωから1012Ωの範囲内である。前記のように、ポリエーテルエステルアミド樹脂に加えて、本発明の趣旨を損ねずかつ帯電防止層の表面抵抗が109Ωから1012Ωであるとの条件を満たす範囲で、他の樹脂等を混合しても良く、アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属のハロゲン化物からなる金属塩や、非イオン性、アニオン性、カチオン性もしくは両性の界面活性剤が含まれていてもよい。さらに、その特性を損なわない範囲で、他の成分、例えば、酸化防止剤や、接着性を向上させるための可塑成分を加えても良い。
【0031】
又、帯電防止層4には、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、金、銀等の金属粒子等の導電性フィラーを混練してもよい。ただし、導電性フィラーの混練は、ワニスの製造を煩雑にし、又、放電開始電圧に影響を与える可能性や、混練が不十分な場合は絶縁電線1の機械的特性(可とう性)を低下させる可能性があるので、このような問題が生じない範囲、すなわち本発明の趣旨が損なわれない範囲に限られる。導電性フィラーの中では、カーボンブラックが樹脂に対する分散安定性が良好であるため、好適に使用される。
【0032】
本発明の絶縁電線は、導体上に絶縁層を形成し、その後この絶縁層上に帯電防止層を形成する方法により製造することができる。
【0033】
絶縁層を形成する方法は、従来の絶縁電線の製造における絶縁層の形成と同様にして行うことができる。すなわち、導体上に、絶縁層を構成する樹脂を溶剤に溶解したワニスを、塗布し、焼付けすることにより絶縁層を得ることができる。ワニスに使用される溶剤や塗布、焼付けの条件は、従来の絶縁電線の場合と同様である。絶縁層が2層以上からなる場合は、この工程を、樹脂の種類を変えて繰り返すことにより製造することができる。絶縁層の厚さは、絶縁電線に求められる物性の程度や、導体の径等を考慮して決定される。通常、JIS C3003 5項で示される2種〜0種である。
【0034】
帯電防止層を形成も、前記の絶縁層の形成と同様にして行うことができる。すなわち、導体上に形成された絶縁層上に、ポリエーテルエステルアミド樹脂又はそれを主成分とする混合物を有機溶剤に溶解したワニスを、塗布し、焼き付けすることにより帯電防止層を得ることができる。ワニスの塗布は、従来の絶縁層の形成の場合と同様に行うことができる。有機溶剤は、ポリエーテルエステルアミド樹脂やその他の成分を溶解又は均一に分散できるものであれば、特に限定されない。例えば、クレゾール等が挙げられる。
【0035】
このようにして得られる本発明の絶縁電線の断面形状は、丸に限らず、平角、六角等の多角形状でも構わない。
【0036】
本発明の電気コイルは、前記のようにして得られた絶縁電線を捲回して得ることができる。捲回は、従来の絶縁電線から電気コイルを得る場合と同様な方法や条件で行うことができる。又、本発明の電気コイルを回転子や固定子として、本発明のモータを構成することができる。回転子や固定子として使用する方法は、従来の電気コイルをモータに使用する場合と同様である。
【0037】
融着処理後の部分放電抑制効果を低下させない範囲内において、帯電防止層4の外層、すなわち絶縁電線の最外層に、絶縁電線表面に潤滑性を付与するための表面潤滑層を設けてもよい。表面潤滑層を設けると、絶縁電線1を捲回して電気コイルを形成する際の作業性が向上するとともに、絶縁電線表面に傷が生じにくくなるので好ましい。表面潤滑層としては、流動パラフィン、固形パラフィンといったパラフィン類の塗膜も使用できる。又、本発明の絶縁電線には、必要に応じて、難燃層等を設けてもよい。
【0038】
なお、前記電気コイルにおいて、絶縁電線間に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ表面抵抗が109Ωから1012Ωである層を設けることにより、前記の本発明の趣旨を損ねず、より部分放電抑制効果に優れた電気コイルとすることができる。例えば、電気コイルを形成する絶縁電線間の接触が不十分である場合においても、部分放電開始電圧を高くし、漏れ電流を小さくすることが可能になる。さらに、導体と、導体上に形成される絶縁層とを有する絶縁電線を捲回して成る電気コイルであって、絶縁電線が本発明の絶縁電線以外の場合であっても、絶縁電線間に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ表面抵抗が109Ωから1012Ωである層を設けることにより、部分放電抑制効果に優れた、漏れ電流の小さい電気コイルを得ることができる。
【実施例】
【0039】
実施例1
(絶縁電線の作製)
直径1.0mmの銅導体上に、ポリアミド樹脂絶縁ワニス(日立化成工業社製、商品名HI−406)を塗布し、縦型焼付炉にて焼付けして絶縁層を形成した。その後、当該絶縁層上に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とする樹脂組成物(三洋化成工業社製帯電防止樹脂、商品名ペレスタットNC6321)をクレゾールに固形分25%となるよう溶解したワニスを塗布、焼付けして帯電防止層を形成し、絶縁電線を作製した。なお、絶縁電線の仕上外径は1.068mm、絶縁層の厚みは30μm、帯電防止層の厚みは4μmであった。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0040】
実施例2
絶縁層の厚みを32μm、帯電防止層の厚みを2.0μmとした以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0041】
実施例3
ペレスタットNC6321の代わりにペレスタットNC7530(ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とする樹脂組成物、三洋化成工業社製帯電防止樹脂)を用いた以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0042】
比較例1
帯電防止層を形成せず、絶縁層の厚みを34μmとした以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。
【0043】
実施例4
ポリアミド樹脂絶縁ワニスHI−406の代わりに、ポリエステルイミド樹脂絶縁ワニス(アルタナ社製、商品名Isomid40SM45)を用いた以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0044】
比較例2
帯電防止層を形成せず、絶縁層の厚みを34μmとした以外は、実施例4と同条件で絶縁電線を作製した。
【0045】
実施例5
直径1.0mmの銅導体上に、ポリエステルイミド樹脂絶縁ワニスIsomid40SM45を塗布し、縦型焼付炉にて焼付けして絶縁層下層を形成した。その後、当該絶縁層下層の上に、ポリアミド樹脂絶縁ワニスHI−406を塗布し、縦型焼付炉にて焼付けして絶縁層上層を形成した。その後、当該絶縁層上層の上に、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とする樹脂組成物ペレスタットNC6321をクレゾールに固形分25%となるよう溶解したワニスを塗布、焼付けして帯電防止層を形成し、絶縁電線を作製した。なお、絶縁電線の仕上外径は1.068mm、絶縁層下層の厚みは25μm、絶縁層上層の厚みは5μm、帯電防止層の厚みは4μmであった。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0046】
比較例3
帯電防止層を形成せず、絶縁層上層の厚みを9μmとした以外は、実施例5と同条件で絶縁電線を作製した。
【0047】
実施例6
ポリアミド樹脂絶縁ワニスHI−406の代わりに、ポリイミド樹脂絶縁ワニス(I.S.T社製、商品名Pyre−ML)を用いた以外は、実施例1と同条件で絶縁電線を作製した。作製された絶縁電線において、常態における外観の異常等は観察されなかった。
【0048】
比較例4
帯電防止層を形成せず、絶縁層の厚みを34μmとした以外は、実施例6と同条件で絶縁電線を作製した。
【0049】
以上のようにして作製した各絶縁電線について、次に示す測定方法により表面抵抗及び部分放電開始電圧を測定した。その結果を、表1及び表2に示す。
【0050】
<表面抵抗の測定>
作製した絶縁電線の表面に、幅1cmの銀ペースト(藤倉化成社製、商品名ドータイトD550)を塗布して、電極を1cm間隔で3個形成した。そして、絶縁抵抗計(横河ヒューレットパッカード社製、商品名4329A)を用いて、各電極間の抵抗値を測定し、その平均値を算出することにより、帯電防止層の表面抵抗を測定した。
【0051】
<部分放電開始電圧測定>
JIS−C3003−1999に規定された2個撚り法に準拠して、部分放電試験機(三菱電線工業社製、商品名QM−50)を用いて測定した。具体的には、図2に示すように、巻線2本を撚り合わせ、2本の巻線の両端に交流電圧を印加する。電圧を70V/secの速さで上げ、放電量が100pCに達したときの電圧を測定値とする。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
表1及び表2の結果より、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、表面抵抗が2.8〜3.5×1010Ω(109Ω〜1012Ωの範囲内)である帯電防止層を設けた実施例(本発明例)の絶縁電線は、1.1kV以上の部分放電開始電圧を示し、部分放電の抑制効果が優れていることが示されている。この効果は、絶縁層の樹脂の種類を変えても同様である。一方、帯電防止層を設けていない比較例の絶縁電線は、絶縁層の厚みや材質等が実施例と同じであるにもかかわらず、1.0kVを下回る部分放電開始電圧しか得られず、部分放電の抑制効果が不十分であることが示されている。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の絶縁電線の一例の断面図である。
【図2】部分放電開始電圧測定用試験体を説明する図である。
【符号の説明】
【0056】
1. 絶縁電線
2. 導体
3. 絶縁層
4. 帯電防止層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体、前記導体を被覆する絶縁層、及び前記絶縁層を被覆する帯電防止層を有する絶縁電線であって、
前記帯電防止層は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ
前記帯電防止層の表面抵抗が、109Ω以上、1012Ω以下であることを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記帯電防止層の厚みが、0.1μm以上、10μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
部分放電開始電圧が、1.0kV以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の絶縁電線を捲回してなることを特徴とする電気コイル。
【請求項5】
請求項4に記載の電気コイルを有することを特徴とするモータ。
【請求項1】
導体、前記導体を被覆する絶縁層、及び前記絶縁層を被覆する帯電防止層を有する絶縁電線であって、
前記帯電防止層は、ポリエーテルエステルアミド樹脂を主成分とし、かつ
前記帯電防止層の表面抵抗が、109Ω以上、1012Ω以下であることを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記帯電防止層の厚みが、0.1μm以上、10μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
部分放電開始電圧が、1.0kV以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の絶縁電線を捲回してなることを特徴とする電気コイル。
【請求項5】
請求項4に記載の電気コイルを有することを特徴とするモータ。
【図1】
【図2】
【図2】
【公開番号】特開2010−61922(P2010−61922A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−225066(P2008−225066)
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【Fターム(参考)】
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