説明

継手強度に優れたレーザ溶接継手及びその製造方法

【課題】従来に比べ、継手強度に優れたレーザ溶接継手を得る。
【解決手段】Pの含有量[P]と、Sの含有量[S]が、[P]+5[S]≧0.026質量%を満たす鋼板を複数枚重ねて、レーザにより接合したレーザ溶接継手であって、平均ビード幅がWで、閉ループ又は閉ループ状の本ビードと、上記本ビードの外側の止端から内側にW超、2.2W以下の距離に内側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の焼戻しビードと、上記本ビードの外側の止端から内側に1.5W超、4.0W以下の距離に外側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の圧縮場付与ビードを有することを特徴とするレーザ溶接継手。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高張力鋼板を複数枚重ね合わせ、レーザで接合した重ね継手に関し、特に、溶接ビードの品質を向上し、継手強度に優れたレーザ溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の燃費の改善や安全性の向上といった要求に対応するため、高強度の薄鋼板が自動車車体に多く使用されるようになっており、レーザ溶接を用いてこれらの鋼板を溶接することが求められている。さらに、高強度薄鋼板を重ね合わせて溶接する方法において、安定して、高い接合部の強度が得られるレーザ溶接方法が望まれている。
【0003】
レーザ溶接は、レーザ光を熱源とするので、TIG溶接やMIG溶接などのアーク溶接に比べて入熱量の制御が確実かつ容易である。このため、溶接速度やレーザビームの照射出力、さらにはシールドガス流量などの溶接条件を適切に設定することによって、熱変形を小さくできる。また、レーザ溶接は、片側から溶接できるので、自動車の車体など複雑な部材の組付溶接に好適である。さらに、近年では、ミラーによりレーザビームを高速で位置決めし、溶接箇所間の移動を短時間に行う、高効率なリモート溶接が普及しつつある。
【0004】
実際、レーザ溶接は、自動車製造業や電気機器製造業、その他の分野において、薄鋼板を成形加工した部材の溶接に多く採用されている。また、これに関連して、溶接継手強度に優れた重ね継手のレーザ溶接方法が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、1本目のビードを2本目のビードの熱により焼戻し、品質改善することで、成形時の容易なビードの破断を防止し、成形能を向上する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−000721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、鋼板が高強度化するに伴い、溶接部のさらなる強度向上が求められており、従来の技術では溶接部の強度が不十分となる場合があった。
【0008】
本発明は、上記の事情にかんがみなされたものであって、従来よりも継手強度に優れたレーザ溶接継手の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、溶接部の強度を高めるレーザ溶接方法について鋭意検討した。その結果、閉ループ又は閉ループ状のビードを形成する溶接において、1本目のビードを形成した後に、その内側に、1本目のビードに焼戻しを施すことを目的とした2本目のビードを形成することにより、継手強度に優れたレーザ溶接継手が得られることが分かった。
【0010】
しかしながら、特に、Pの含有量[P]とSの含有量[S]が、[P]+5[S]≧0.026質量%を満たす鋼板の重ね溶接では、単に焼戻しのためのビードを形成した場合、ビードに縦割れが生じることがあり、破面を観察したところ凝固割れであることが分かった。この理由は、以下のように考えられる。
【0011】
閉ループ又は閉ループ状の1本目のビードを形成すると、ビードに囲まれた領域では、板厚方向に垂直な面内において、溶接線と直角方向に引張の残留応力場が生じる。すなわち、2本目のビード形成の際、引張の残留応力場が生じている状態で溶接が行われることとなるので、2本目のビードにおいて、凝固完了前に割れが発生する。
【0012】
また、割れ発生の傾向は、閉ループ又は閉ループ状のビード長が長くなるほど、すなわち、閉ループ又は閉ループ状のビードの外接円が大きくなるほど顕著になり、特に外接円の直径が10mm以上になると顕著であることが分かった。また、割れの発生は、鋼板のC量が0.05%以上になると特に顕著であるが、C量が0.002%程度であっても、割れが発生することがあることが分かった。
【0013】
本発明者らは、この問題を解決するために、さらに検討した。その結果、1本目のビードに焼戻しを施すことを目的としたビードを形成する前に、焼戻しを施すことを目的としたビードを形成する位置よりも内側に、熱膨張により圧縮歪を形成するためのビードを形成することにより、焼戻しビードの割れを防止することができることを見出した。
【0014】
すなわち、圧縮歪を形成するためのビードによる圧縮歪によって、1本目のビードによる引張歪をごく短時間ではあるが、相殺又は大幅に低減できるので、ビードに割れを生じさせることなく、焼戻しを施すことを目的としたビードを形成することができることが分かった。
【0015】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであって、その要旨は、以下のとおりである。
【0016】
(1)Pの含有量[P]と、Sの含有量[S]が、[P]+5[S]≧0.026質量%を満たす鋼板を複数枚重ねて、レーザにより接合したレーザ溶接継手であって、
平均ビード幅がWで、閉ループ又は閉ループ状の本ビードと、
上記本ビードの外側の止端から内側にW超、2.2W以下の距離に内側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の焼戻しビードと、
上記本ビードの外側の止端から内側に1.5W超、4.0W以下の距離に外側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の圧縮場付与ビード
を有することを特徴とするレーザ溶接継手。
【0017】
(2)前記圧縮場付与ビードは、前記焼戻しビードと重なることなく配置されたことを特徴とする前記(1)のレーザ溶接継手。
【0018】
(3)前記閉ループ状の本ビード、焼戻しビード、及び、圧縮場付与ビードが、各々1つ以上の開口部を有し、各々のビードにおける開口部の長さの合計は、各々のビードの外接円相当径の3/4以下であることを特徴とする前記(1)又は(2)のレーザ溶接継手。
【0019】
(4)前記本ビードの平均ビッカース硬度が、前記焼戻しビードの平均ビッカース硬度よりも低いことを特徴とする前記(1)〜(3)のレーザ溶接継手。
【0020】
(5)前記本ビードの平均ビッカース硬度が、前記焼戻しビードの平均ビッカース硬度よりも15以上低いことを特徴とする前記(1)〜(4)のレーザ溶接継手。
【0021】
(6)前記圧縮場付与ビード及び前記焼戻しビードからなる組を、2組以上有することを特徴とする前記(1)〜(5)のレーザ溶接継手。
【0022】
(7)前記(1)〜(5)のいずれかのレーザ溶接継手の製造方法であって、
(a)平均ビード幅がWの閉ループ又は閉ループ状の本ビードを形成する工程と、
(b)上記本ビードの温度がMs点−50℃以下となった後に、上記本ビードの外側の止端から内側に1.5W超、4.0W以下の距離に外側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の圧縮場付与ビードする工程と、
(c)上記圧縮場付与ビードの形成開始時刻から0.3〜3.5secの間に、上記本ビードの温度が400℃以上、Ac点+50℃以下となるように、上記本ビードの外側の止端から内側にW超、2.2W以下の距離に内側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の焼戻しビードを形成する工程
を、順に備えることを特徴とするレーザ溶接継手の製造方法。
【0023】
(8)本ビード及び焼戻しビードが閉ループであり、
ビードの中心と本ビードの始終端を結んだ線分と、ビードの中心と焼戻しビードの始終端を結んだ線分がなす角度を10°以上とする
ことを特徴とする前記(7)のレーザ溶接継手の製造方法。
【0024】
(9)前記(6)のレーザ溶接継手の製造方法であって、
前記(c)の工程の後に、さらに、前記(b)の工程、及び、前記(c)の工程を順に含む工程を、1回以上備えることを特徴とする前記(7)又は(8)のレーザ溶接継手の製造方法。
【0025】
(10)複数枚重ねた鋼板に、複数の溶接継手を形成する際に、
本ビードを複数形成し、その後、
温度がMs点−50℃以下となった本ビードに対して、圧縮場付与ビード、及び、焼戻しビードを形成することを特徴とする前記(7)〜(9)のいずれかのレーザ溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、従来よりも継手強度に優れたレーザ溶接継手を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係るレーザ溶接継手の概略を示す図であり、(a)は斜視図、(b)は(a)のA−A’断面を示す図である。
【図2】本発明に係るレーザ溶接継手の、本ビードの幅の測定方法を説明する図である。
【図3】本発明に係る閉ループ状のレーザ溶接継手におけるビード形状の例を示す図である。
【図4】本発明に係る溶接継手の、本ビードと焼戻しビードの硬さ測定の方法を説明する図である。
【図5】本発明に係る溶接継手で、本ビードと焼戻しビードが溶融し一体となったときの、本ビードの平均ビード幅の測定方法を説明する図である。
【図6】本発明に係るレーザ溶接継手の他の例の概略を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の溶接継手について、図を参照して詳細に説明する。なお、以下、単に「%」と記載した場合は、「質量%」を表すものとする。
【0029】
図1は、本発明のレーザ溶接継手の概略を示す図である。図1の(b)は、(a)のA−A’断面である。
【0030】
本発明のレーザ溶接継手1は、高張力鋼板5を複数枚重ね合わせて接合してなる。図1は、2枚重ね合わせた例である。
【0031】
特に、高張力鋼板5に、Pの含有量[P]と、Sの含有量[S]が、[P]+5[S]≧0.026質量%を満たす鋼板を用いると、ビードの中央に板厚方向の凝固割れが発生しやすくなる。凝固割れが発生した溶接部に荷重が負荷されると、ビードの融合線と鋼板の重ね部が交差する部位の近傍に発生する応力の値が、割れが発生しない場合に比べ高くなるので、継手強度、特に剥離方向の荷重に対する強度の確保が困難となる。
【0032】
本発明の溶接継手は、従来に比べ、継手強度を向上させるものである。レーザ溶接継手1を形成するビードは、閉ループ又は閉ループ状であり、外側から、本ビード10、焼戻しビード20、圧縮場付与ビード30を有する。
【0033】
焼戻しビード20は、本ビード10の平均ビード幅をWとすると、焼戻しビード20の内側の止端20bが、本ビード10の外側の止端10aから内側にW超、2.2W以下となる位置に配置される。
【0034】
本ビード10の平均ビード幅Wは、鋼板の重なり部分で測定する。複数の鋼板を重ね合わせて溶接した場合は、それぞれの重なり部分のビード幅の平均値とする。図2は、4枚の鋼板を重ね合わせて溶接した例であり、平均ビード幅Wは、W1、W2、W3の平均値である。
【0035】
焼戻しビード20は、本ビード10を焼き戻すことを目的に形成される。これにより、溶接の重ね部の延性が向上し、荷重付加時の重ね部の応力集中が緩和できる。焼戻しビード20は、本ビード10の内側に形成されるので、荷重付加の際に受ける応力は、本ビード10と比べて低くなる。
【0036】
圧縮場付与ビード30は、圧縮場付与ビード30の外側の止端30aが、本ビード10の外側の止端10aから内側に1.5W超、4.0W以下となる位置に配置される。
【0037】
圧縮場付与ビード30は、本ビード10の形成により生じた引張歪を、圧縮歪により相殺するために、焼戻しビード20の形成の前に形成する。これにより、引張歪のない状態で焼戻しビード20が形成されるので、焼戻しビード形成時に割れが生じることがなくなる。
【0038】
圧縮場付与ビード30と焼戻しビード20を重ねて配置すると、圧縮場付与ビード近傍の高温で大きく膨張した領域が焼戻しビードにより溶融されるので、圧縮歪付与の効果が小さくなる。その結果、焼戻しビードに割れが生じる可能性が高くなるので、圧縮場付与ビード30と焼戻しビード20は、重なることなく配置するのが好ましい。
【0039】
閉ループ状のビードとは、例えば、図3に示すように、本ビード、焼戻しビード、及び、圧縮場付与ビードに、1つ以上の、ビードが形成されない開口部を有し、開口部の長さの合計が、各々のビードの外接円相当径の3/4以下である形状のビードをいう。
【0040】
図3は、開口部を有するビード形状の例であり、実線がビード、破線が開口部を示している。単純化のため、図3では、本ビードのみを描いている。図3に示したビード形状は、例示であり、閉ループ状のビード形状がこれに限定されるものではない。
【0041】
また、例えば、亜鉛めっき鋼板を重ね合わせて溶接する際、鋼板間のめっきは沸点に達して蒸発し、急激に体積が膨張する。開口部を設ける理由は、ビードに囲まれた領域で蒸気又は気体となっためっきの通り道がないと、鋼板間の圧力が高まって、溶接中に溶融池が吹き飛び、ビードに欠陥が生じるからである。
【0042】
本発明の溶接継手では、本ビードの平均ビッカース硬度が、焼戻しビードの平均ビッカース硬度よりも低い。ビードの平均ビッカース硬度は、それぞれのビードの溶融境界の間を4等分した位置(境界を除く)で測定した硬さの平均値とする。
【0043】
これを図4(a)を用いて説明する。本ビードの平均ビッカース硬さは、図4(a)の本ビードの溶融境界10cの間を4等分したh11、h12、h13で測定した硬さの平均値、焼戻しビードの平均ビッカース硬さは、図4(a)の焼戻しビードの溶融境界20cの間を4等分したh21、h22、h23で測定した硬さの平均値とする。
【0044】
本ビードと焼戻しビードは、溶融して一体となることもある。本ビードと焼戻しビードが一体となったときの硬さは、一体となったビードの中央部(本ビードの溶融境界と焼戻しビードの溶融境界の間を2等分した位置)と、それぞれのビードの溶融境界の間を4等分した位置(境界を除く)で測定した硬さの平均値とする。
【0045】
これを、図4(b)を用いて説明する。本ビードの平均ビッカース硬さは、一体となったビードの中央部60と、本ビードの溶融境界10cとの間を4等分した、h14、h15、h16で測定した硬さの平均値とする。焼戻しビードの平均ビッカース硬さは、一体となったビードの中央部60と、焼戻しビードの溶融境界20cとの間を4等分した、h24、h25、h26で測定した硬さの平均値とする。
【0046】
本ビードと焼戻しビードが一体となった場合であっても、上で定義した本ビードの硬さが、焼戻しビードの硬さよりも低ければ、本発明の効果は得られるので、本ビードと焼戻しビードは溶融として一体となってもかまわない。
【0047】
本ビードと焼戻しビードが一体となった場合、図4(b)に示したように、外観上は1本のビードに見える。しかし、単に1本のビードを形成する溶接を行った場合には、上で説明したような硬さ分布は得られず、本発明の効果も得られない。
【0048】
本ビードの平均ビッカース硬さと焼戻しビードの平均ビッカース硬さは、継手強度の向上の観点からは、本ビードの平均ビッカース硬さが、焼戻しビードの平均ビッカース硬さよりも、15以上小さくなるように、焼戻しビードを形成するのが好ましい。
【0049】
一般にレーザ溶接の際、ビードは、冷却に際して、溶融境界から凝固し、結晶がビード中央部に向かって成長するので、ミクロ組織の観察により、最終凝固部となるビード中央部を知ることは容易である。
【0050】
したがって、本ビードと焼戻しビードが一体となり、本ビードが焼戻しビードで隠れた場合でも、図5(a)のように、本ビードがビード幅方向に半分以上残っている場合は、最終凝固部10dから溶融境界10cまでの距離を2倍すれば本ビードの平均ビード幅Wを求めることができる。例えば、図5(a)の場合には、2Wh1、2Wh2、2Wh3、の平均値となる。
【0051】
一方、レーザ溶接において、レーザビームが板厚方向に複数の板を貫通するキーホール溶接では、ビード幅は主にビーム径によって決まる。コストの面から、通常、本ビードと焼戻しビードは、同じ光学系を用いて形成することが多いと考えられるので、ほぼ同じビーム径を有すると考えてよい。また、本ビードを焼戻すには、本ビードと同程度のビード幅を形成可能な焼戻しビードで溶接する必要がある。
【0052】
したがって、図5(b)に示すように、本ビードのビード中央部が焼戻しビードによって隠れ、元の本ビードのビード幅が分からない場合には、本ビードのビード幅を焼戻しビードの平均ビード幅で代替すればよい。
【0053】
本発明の溶接継手は、図6に示すように、圧縮場付与ビードと焼戻しビードからなる組を、2組以上有してもよい。これにより、本ビードの焼戻しをさらに進め、また、1本目の焼戻しビードも、2本目の焼戻しビードにより焼戻されるので、剥離方向の継手強度をより向上させることが可能となる。また、鋼板間を繋ぐビードの断面積が増えるので、板厚方向と垂直な方向に荷重が負荷された場合のせん断強度も向上させることが可能となる。
【0054】
図6では、本ビード10の内側に、焼戻しビード20、2本目の焼戻しビード21、圧縮場付与ビード30、2本目の圧縮場付与ビード31が順番に配置されている。1本目の焼戻しビードと2本目の焼戻しビード、1本目の圧縮場付与ビードと2本目の圧縮付与ビードの位置関係は、これに限定されるものではない。
【0055】
次に、本発明による溶接方法について説明する。
【0056】
本発明のレーザ溶接継手の製造に用いる装置は、従来のレーザ溶接継手を製造する装置と同様の装置を使用することができる。
【0057】
本発明のレーザ溶接継手の製造では、本ビードを形成した後、本ビードの温度がMs点−50℃(Ms点:マルテンサイト変態開始温度)以下まで待機し、その後に、圧縮場付与ビード、及び、焼戻しビードの形成を開始する。
【0058】
本ビードの温度をMs点−50℃以下とすると、鋼板中に一定量以上のマルテンサイトが生成される。その後、圧縮場付与ビード、及び、焼戻しビードを順に形成することで、先のマルテンサイトが焼戻されて軟化し、継手強度が上昇する。
【0059】
本ビードの温度がMs点−50℃より高いうちに圧縮場付与ビード、及び、焼戻しビードの形成を開始すると、本ビードには十分なマルテンサイトが生成されない。さらに、続いて照射された、圧縮場付与ビード及び焼戻しビードの熱により、溶接部近傍の広い領域が軟化するので、継手強度が大幅に低下する。
【0060】
圧縮場付与ビードの形成を開始するときの、本ビードの温度の下限は特に規定しないが、Ms点−250℃以上とするのが好ましい。Ms点−250℃で、一般の鋼板はマルテンサイト変態を終了するからである。Ms点−250℃未満まで待つことによるメリットは特になく、タクトタイムが増加し、生産コスト増となる。
【0061】
圧縮場付与ビードの外側の止端は、本ビードの外側の止端から内側に1.5W超、4.0W以下の距離に配置される。本ビードの外側の止端から圧縮場付与ビードの外側の止端までの距離が1.5W以下となると、圧縮場付与ビード近傍の高温で大きく膨張した領域が焼戻しビードにより溶融され、圧縮歪付与の効果が小さくなるので、焼戻しの際、ビードに割れが生じる可能性が高くなる。
【0062】
圧縮場付与ビードの外側の止端が、本ビードの外側の止端から4.0Wを超えると、本ビードより内側に位置する圧縮場付与ビードの総ビード長は短くなり、結果的に、鋼板へ与える総入熱量が減る。その結果、圧縮歪の総量が少なくなるので、本ビードの近傍に生じた引張歪を相殺できない。
【0063】
また、焼戻しビードは、圧縮場付与ビードの形成開始時刻から、0.3〜3.5secの間に、本ビードの温度が400℃以上、Ac点+50℃以下となる条件で形成する。
【0064】
圧縮場付与ビードの形成開始時刻から0.3sec未満で焼戻しビードの形成を開始すると、圧縮歪が十分に付与されず、本ビード形成の際に生じた引張歪が相殺されないまま焼戻しビードが形成されることとなるので、ビードに割れが生じる可能性が高くなる。
【0065】
圧縮場付与ビードの形成開始時刻から3.5secを超えると、圧縮場付与ビードの形成により上昇した温度が低下し、熱膨張が収縮に変わる。すると、焼戻しビードが形成される位置には引張歪が生じることとなり、焼戻しビード形成時に、ビードに割れが生じる可能性が高くなる。
【0066】
ビードの温度は、鋼板表面の止端で測定した温度を代表値として用いることができる。温度は、放射温度計や熱電対を用いて測定することができる。Ms点は、鋼板の成分から、
Ms(℃)=550−361×(%C)−39×(%Mn)−35×(%V)
−20×(%Cr)−17(%Ni)−10×(%Cu)
−5×(%Mo+%W)+15×(%Co)+30×(%Al)
で推定することができる。(%C)等は、各元素の鋼板中の含有量を質量%で示した値である。
【0067】
また、焼戻しビードは、本ビードの温度が400℃以上、Ac1点+50℃以下の範囲となる条件で加熱し、形成する。ビードの温度は上記のように、鋼板表面で測定可能である。
【0068】
焼戻しビードを形成する際に、本ビードの平均温度が400℃未満であると、本ビードは十分に焼戻しされず、軟化しないので、十分な継手強度が得られない。本ビードの温度がAc1点℃+50℃を超えると、本ビード中の組織に生成するオーステナイトの割合が増加し、冷却時に再び焼入れられ、マルテンサイト変態が起こり、軟化しないので、十分な継手強度が得られない。より好ましい温度範囲は、400℃以上、Ac1点未満である。
【0069】
Ac1点は、鋼板の成分から、
Ac1(℃)=723−10.7×(%Mn)−16.9×(%Ni)
+29.1×(%Si)+16.9×(%Cr)+290×(%As)
+6.38×(%W)
で推定することができる。(%C)等は、各元素の鋼板中の含有量を質量%で示した値である。
【0070】
さらに、焼戻しビードの内側の止端は、本ビードの外側の止端から内側にW超、2.2W以下の距離となるように配置する。本ビードの外側の止端から焼戻しビードの内側の止端までの距離がW以下だと、焼戻しビードを形成する際に、本ビードの外側の止端や重ね部の温度が、Ac3点以上となり、再び焼きが入るので、継手強度が向上しない。
【0071】
本ビードの外側の止端から焼戻しビードの内側の止端までの距離が、2.2Wより大きくなると、焼戻しビードを形成する際の熱が本ビードまで十分に伝導しないので、本ビードの焼戻しができず、継手強度が向上しない。
【0072】
本発明のレーザ溶接継手を形成するのに用いるレーザのパワー密度は、0.5MW/cm以上、500MW/cm以下の範囲が好ましい。パワー密度が0.5MW/cm以上、500MW/cm以下であれば、板厚方向にレーザビームが貫通するようなキーホール溶接が可能となり、ビードの焼戻しが広い溶接速度範囲で可能となる。
【0073】
パワー密度が0.5MW/cmより低いと、キーホールが形成されないので、レーザビームの移動速度、すなわち、溶接速度を著しく低下させなければビードの焼戻しを実現できず、実生産では不利である。一方、パワー密度が500MW/cmより高い場合、ビーム照射部では、蒸発が支配的となるので、溶融溶接の熱源として利用できず、ビードを形成するのが困難になる。
【0074】
レーザビームのパワー密度はレーザビームの出力をビーム面積で割ることで計算でき、さらに、ビーム面積はビーム径(ビーム中心からビーム中心の強度の1/eまで強度が減少する点までの距離(半径))を用いて求めることができる。
【0075】
始端と終端が一致する閉ループのビードを形成する場合は、終端に始端の熱が重畳して過加熱となり、溶鋼が垂れ落ちたり吹き飛んだりする場合がある。また、本ビードと焼戻しビードの始終端位置を近接させると、焼戻しビードの溶鋼の垂れ落ち、吹き飛びが、促進される場合がある。
【0076】
溶鋼の垂れ落ち等が生じると、継手強度の低下につながる。そのため、溶鋼の垂れ落ち、吹き飛びを抑制するために、本ビードと焼戻しビードの始終端位置をずらすことが好ましい。
【0077】
具体的には、ビードの中心から本ビードの始終端を結んだ線分と、ビードの中心から焼戻しビードの始終端を結んだ線分がなす角度が10°以上となるように、ビードを形成することが好ましい。ここで、ビードの中心とは、ビードの外接円の中心をいう。
【0078】
以上のように溶接ビードを形成することにより、良好な継手強度を有する溶接継手を製造することができる。
【0079】
なお、本発明の溶接継手を複数形成する際には、個々の溶接継手を順番に形成する必要はない。すなわち、まず、本ビードのみを複数形成し、次いで、最高点がMs点−50℃以下となった本ビードに対して、圧縮場付与ビード、及び、焼戻しビードを形成してもよい。
【0080】
このようにビードを形成することにより、本ビードの温度が低下するまでの時間を、他の本ビードの形成に使えるので、複数の溶接継手を効率良く形成することができる。
【0081】
本発明のレーザ溶接継手は、板厚が0.5〜3.0mmの範囲の高張力鋼板の重ね合わせ溶接に好適である。板厚が0.5mm未満であっても、溶接部の強度向上の効果は得られるが、継手の強度が板厚に支配されるので、継手全体の強度向上の効果が小さくなり、部材の適用範囲が限定される。また、板厚が3.0mm超であっても、溶接部の強度向上の効果は得られるが、部材の軽量化の観点から、部材の適用範囲が限定される。
【実施例】
【0082】
板厚1.0mmの、鋼板の主成分が、C:0.12%、Si:0.5%、Mn:2.0%、P:0.01%、S:0.004%である高張力鋼板を2枚重ね合わせ、レーザ溶接により接合し、継手を作製した。溶接部のビードの形状は閉じた円状、又は、図3の(a)〜(e)に示す形状とした。
【0083】
発明例の溶接部は、すべて、本ビード、焼戻しビード、及び、圧縮場付与ビードの3本のビードを有する。
【0084】
鋼板の成分から、Ms点、Ac1点は、それぞれ、429℃、716℃と推定される。
【0085】
レーザ溶接継手は、溶接ビードの形状、製造条件を、表1に示したように変えた、複数の種類を作製した。ビード形状の(a)〜(e)は、図3の(a)〜(e)の形状であることを示す。また、表1中の下線は、本発明で規定する範囲外であることを示す。
【0086】
その他の溶接の条件は、レーザ出力を4.0kW、焦点位置を上側鋼板の表面、焦点位置におけるビームスポット直径を0.5mmとした。また、溶接速度は、本ビードと焼戻しビードを4m/min、圧縮場付与ビードを2m/min一定とした。
【0087】
本ビードの温度は、本ビードの外側の止端の近傍に熱電対を貼り付け、測定した。
【0088】
【表1】

【0089】
作製したレーザ溶接継手の十字引張強度、及び、本ビード、焼戻しビードの平均ビッカース硬さを測定した。
【0090】
十字引張強度の測定方法や継手形状は、スポット溶接継手に関し規定した、JIS Z 3137に従った。十字継手をレーザ溶接によって作製し、所定の引張ジグを用い、引張速度を10mm/min一定として引張試験を実施し、そのときの最高荷重を十字引張強度と定義した。
【0091】
表2に、これらの結果を示す。ビードを1本のみ形成した場合(No.8)の十字引張強度を基準に、これの1.2倍以上となった場合を良好、十字引張強度の比が1.2倍未満となる場合を不良と判定した。
【0092】
【表2】

【0093】
表2の結果から分かるように、本発明によれば、ビードに割れを生じさせることなく、継手強度に優れたレーザ溶接継手を得ることができる。
【0094】
No.8は、1本の円形のビードで溶接継手を形成した比較例であり、発明例と比べると、十字引張強度が劣る。
【0095】
No.9は、圧縮場付与ビードが本ビードから離れすぎているので、本ビードの近傍に生じた引張歪みを相殺できず、焼戻しビードに割れが生じた。
【0096】
No.10は、焼戻しビードが本ビードから遠すぎるので、本ビードに熱が十分に伝導せず、本ビードの焼戻しが不十分となり、継手強度が向上しなかった。
【0097】
No.11は、本ビードの温度が十分に下がらないうちに圧縮場付与ビードを形成したので、本ビードには十分なマルテンサイトが生成されず、過度に軟化され、十字引張強度が大幅に低下した。
【0098】
No.12は、圧縮場付与ビードを形成してから、焼戻しビードを形成するまでの時間が長いので、圧縮場付与ビードの形成により上昇した温度が低下し、焼戻しビードの形成位置に引張歪が生じて、焼戻しビードに割れが生じた。
【0099】
No.13は、圧縮場付与ビードが本ビードに近すぎるので、圧縮付与ビード近傍の高温で大きく膨張した領域が焼戻しビードにより溶融され、圧縮歪付与の効果が小さくなり、焼戻しビードに割れが生じた。
【0100】
No.14は、焼戻しビードが本ビードに近すぎるので、本ビードの温度が上昇しすぎて再び焼きが入り、焼戻しが不十分となり、十字引張強度が向上しなかった。
【0101】
No.15は、圧縮場付与ビードを形成してから、焼戻しビードを形成するまでの時間が短いので、圧縮歪が十分に付与されず、その結果、本ビード形成の際に生じた引張歪が相殺されず、焼戻しビードに割れが生じた。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明によれば、従来よりも継手強度に優れたレーザ溶接継手が得られ、自動車用部材等に適用できるので、産業上の利用可能性は大きい。
【符号の説明】
【0103】
1 レーザ溶接継手
5 高張力鋼板
10 本ビード
10a 本ビードの外側の止端
10b 本ビードの内側の止端
10c 本ビードの溶融境界
10d 本ビードの最終凝固部(中央部)
20,21 焼戻しビード
20a 焼戻しビードの外側の止端
20b 焼戻しビードの内側の止端
20c 焼戻しビードの溶融境界
30,31 圧縮場付与ビード
30a 圧縮場付与ビードの外側の止端
30b 圧縮場付与の内側の止端
50 開口部
60 一体となったビードの中央部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pの含有量[P]と、Sの含有量[S]が、[P]+5[S]≧0.026質量%を満たす鋼板を複数枚重ねて、レーザにより接合したレーザ溶接継手であって、
平均ビード幅がWで、閉ループ又は閉ループ状の本ビードと、
上記本ビードの外側の止端から内側にW超、2.2W以下の距離に内側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の焼戻しビードと、
上記本ビードの外側の止端から内側に1.5W超、4.0W以下の距離に外側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の圧縮場付与ビード
を有することを特徴とする継手強度に優れたレーザ溶接継手。
【請求項2】
前記圧縮場付与ビードは、前記焼戻しビードと重なることなく配置されたことを特徴とする請求項1に記載の継手強度に優れたレーザ溶接継手。
【請求項3】
前記閉ループ状の本ビード、焼戻しビード、及び、圧縮場付与ビードが、各々1つ以上の開口部を有し、各々のビードにおける開口部の長さの合計は、各々のビードの外接円相当径の3/4以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の継手強度に優れたレーザ溶接継手。
【請求項4】
前記本ビードの平均ビッカース硬度が、前記焼戻しビードの平均ビッカース硬度よりも低いことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の継手強度に優れたレーザ溶接継手。
【請求項5】
前記本ビードの平均ビッカース硬度が、前記焼戻しビードの平均ビッカース硬度よりも15以上低いことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の継手強度に優れたレーザ溶接継手。
【請求項6】
前記圧縮場付与ビード及び前記焼戻しビードからなる組を、2組以上有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の継手強度に優れたレーザ溶接継手。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のレーザ溶接継手の製造方法であって、
(a)平均ビード幅がWの閉ループ又は閉ループ状の本ビードを形成する工程と、
(b)上記本ビードの温度がMs点−50℃以下となった後に、上記本ビードの外側の止端から内側に1.5W超、4.0W以下の距離に外側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の圧縮場付与ビードする工程と、
(c)上記圧縮場付与ビードの形成開始時刻から0.3〜3.5secの間に、上記本ビードの温度が400℃以上、Ac1点+50℃以下となるように、上記本ビードの外側の止端から内側にW超、2.2W以下の距離に内側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の焼戻しビードを形成する工程
を、順に備えることを特徴とする継手強度に優れたレーザ溶接継手の製造方法。
【請求項8】
本ビード及び焼戻しビードが閉ループであり、
ビードの中心と本ビードの始終端を結んだ線分と、ビードの中心と焼戻しビードの始終端を結んだ線分がなす角度を10°以上とする
ことを特徴とする請求項7に記載の継手強度に優れたレーザ溶接継手の製造方法。
【請求項9】
請求項6に記載のレーザ溶接継手の製造方法であって、
前記(c)の工程の後に、さらに、前記(b)の工程、及び、前記(c)の工程を順に含む工程を、1回以上備えることを特徴とする請求項7又は8に記載の継手強度に優れたレーザ溶接継手の製造方法。
【請求項10】
複数枚重ねた鋼板に、複数の溶接継手を形成する際に、
本ビードを複数形成し、その後、
温度がMs点−50℃以下となった本ビードに対して、圧縮場付与ビード、及び、焼戻しビードを形成することを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載の継手強度に優れたレーザ溶接継手の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate