説明

線維筋痛症治療薬

【課題】線維筋痛症の新規治療薬を提供すること。
【解決手段】線維筋痛症は、病因、発生機序が解明されていないため、治療薬開発が困難な疾患である。線維筋痛症に対しては、抗うつ剤の投与が一定の有効性を持つことが報告されているが、同疾患に伴う疼痛を完全に取り除くことは、難しい傾向がみられる。線維筋痛症患者に抗うつ剤であるマレイン酸フルボキサミンを投与したところ、疼痛の改善または消失が認められた。その他の抗うつ剤投与では症状の改善がみられなかったにも関らず、マレイン酸フルボキサミンの投与により、症状の改善が得られた症例も見受けられた。マレイン酸フルボキサミンは、抗うつ剤のなかでもセロトニン再取り込み阻害剤であることより、線維筋痛症の発症機序に関与する可能性もある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マレイン酸フルボキサミンの新規医薬用途に関し、具体的にはマレイン酸フルボキサミンを含む線維筋痛症の治療または予防薬に関する。
【背景技術】
【0002】
線維筋痛症は、全身のびまん性疼痛、疲労感を主訴とし、他覚症状として特徴的な圧痛点を有する疾患である。その他、睡眠障害、不安感、うつ、焦燥感等の心身症的症状を示すことが多い。さらに症状が進行すると、頻尿、過敏性腸症状群、月経困難症、乾燥症候群などを呈することも少なくない。発症は50代の女性に圧倒的に多い。線維筋痛症は往々にして微熱や倦怠感などを伴っているために、診断時に関節リウマチや膠原病を疑われることも多いが、赤沈、RAテスト(rheumatoid arthritis test)、CRP(C反応性蛋白)、RAHAテスト(リウマチ赤血球凝集試験)など、生化学検査、免疫グロブリン定量等を行っても、通常これらの検査結果に異常はみられない。また、脊椎、大関節、小関節等のX線所見にも異常はない。
【0003】
線維筋痛症の診断は、線維筋痛症に特異的な検査所見が知られてないこと、身体に器質的な変化も認められないことから、時に経験を要する。アメリカリウマチ学会は、広範囲の疼痛が続いていること、および特定の18箇所の圧痛点のうち11箇所以上に痛みがあること、の2点を評価基準とする線維筋痛症分類基準を1990年に公表した(非特許文献1)。現在の国内における線維筋痛症の診断は、1990年に発表されたアメリカリウマチ学会の分類基準を参考に行われている。
【0004】
線維筋痛症の痛みに関しては、いわいる一般的な痛みの経路とは異なる経路で起こると考えられている。すなわち、一般的な痛みの経路は、身体各部の炎症や刺激が痛覚受容器に伝わり、その刺激が脊髄を上行して脳に入って痛みを感じるが、線維筋痛症では、疼痛に対する不安が種々の精神症状を招き、それがまた新たな疼痛誘導要因となっているといわれている。
【0005】
線維筋痛症の病因については、様々な議論があるが、決定的な原因はまだ明らかになっていない。これまでに、中枢神経系の異常、遺伝、心理的・社会的要因等との関係が報告されている。
【0006】
線維筋痛症における中枢神経系の異常として、睡眠障害、神経ペプチド異常、機能的脳活動異常が報告されている。例えば、線維筋痛症患者の63〜90%が睡眠障害の症状を持つ。全身の疼痛のために不眠傾向になるものともいえるが、浅い寝覚めのすっきりしない睡眠状態がこの疾患の特徴といわれている。行岡は、線維筋痛症の診断に睡眠脳波の検査を導入することを提唱している(非特許文献2)。行岡によれば、線維筋痛症では、第一段階のノンレム睡眠の増加や第三、四段階の減少、レム睡眠の出現率の低下が観察される。特に、ノンレム睡眠におけるα波干渉の存在について着目し、α波がδ波中に現れる現象は慢性疲労症候群や他の疾患にも認められるので、線維筋痛症のみに特徴的な病因とはいえないが、症状の指標になり得ると報告している。このα波が起床後の疼痛の増加を招いていると考えられる。モルドフスキーらは若い健康人のノンレム睡眠を障害すると、疼痛や疲労などの線維筋痛症様の症状が現れるということを確認した。
【0007】
線維筋痛症における神経ペプチドの異常としては、セロトニン異常が挙げられる。モルドフスキーらは、線維筋痛症では血中トリプトファン濃度が低下することを報告している。ラッセルらは、線維筋痛症患者の抹消血中および髄液中のセロトニン値が低いこと、およびセロトニンの代謝産物である5-ヒドロキシ-インドール酢酸(5-HIAA)が髄液中で低下していることを報告している。トリプトファンはセロトニンの前駆物質である。セロトニンは脳の神経伝達物質であり、痛みの抑制に関与する縫線核群など広範囲の神経に作動する。一般に、セロトニンの欠乏は様々な障害を起こし、線維筋痛症における睡眠障害や疼痛の発現との関係が注目されている。
【0008】
異常が観察された神経ペプチドはセロトニンだけでなく、線維筋痛症におけるサブスタントPの異常も報告されている。2000年のアメリカリウマチ学会で、線維筋痛症の患者の髄液中に、サブスタントPという物質が増加している事が報告された。サブスタントPはP物質とも呼ばれ、11個のアミノ酸からなる神経ペプチドである。知覚神経の神経伝達物質であり、主として痛覚情報伝達物質として知られている。腸管および脳の抽出物中に見出された物質で、片頭痛、疼痛、炎症、嘔吐、不安など多種類の病態に関与しているといわれている。
【0009】
線維筋痛症における機能的脳活動異常に関する報告としては、線維筋痛症患者の脳の視床や尾状核において血流低下が起きることが、SPECT(Single Photon Emission Computed Tomography)によって、複数の施設で確認されている(非特許文献3)。視床は疼痛信号の統合に重要な役割を果たし、尾状核は侵害受容に特異的なニューロンを含む組織であり、線維筋痛症の病因研究において上記血流低下が注目されている。また、米国では、大脳辺縁系の血流が増加しているとの報告もある。このように線維筋痛症では、睡眠障害、神経ペプチドの異常、機能的脳活動異常といった中枢神経系の各種異常が観察されており、発症との関係について研究がすすめられている。
【0010】
線維筋痛症との遺伝との関係については、早くから家族性遺伝が報告されている。一親等内では、女性71%、男性35%に所見が認められたとの報告がある(非特許文献3)。疼痛への感受性、疼痛の神経伝達などについて、女性優位の遺伝的素因が線維筋痛症の発症傾向に影響している可能性がある。最近、本発明者等によって200症例の患者のゲノム解析が進められており、一卵性双生児の双方に線維筋痛症を発症した症例が確認されている(非特許文献4)。また、他にも線維筋痛症の発症に遺伝的素因が影響していることを示唆する研究も多くみられる。
【0011】
線維筋痛症は、遺伝的素因に心理社会的要因が加わって発症する場合があると考えられている。患者の多くはうつ状態を伴っており、患者に関係するストレスの形成要因として、不規則な生活、過労、疲労の蓄積などにより引き起こされる肉体的疲弊状態、さらに心理的葛藤、フラストレーション、不適当状態、正当な評価が得られないための欲求不満状態などが認められており、これらの心身の疲弊状態に、筋肉の疼痛を感じさせる肉体的外傷体験などが加わって発症するプロセスが考えられる、との見解がある(非特許文献5)。2000年の米国リウマチ学会での発表では、線維筋痛症に悪影響を与える事象が列挙された。国内においても、線維筋痛症群と診断された男性23例、女性116例のうち、外傷歴および手術歴のある症例が男性12例、女性57例、合計69例(49.6%)あったとの報告がある(非特許文献4、6)。
【0012】
また、線維筋痛症と慢性疲労症候群との比較によって、いくつかの生活習慣が線維筋痛症の発症に関与していることが示された(非特許文献7)。上記検討によると、睡眠時間7〜8時間の場合は9時間以上の睡眠時間の約1/2のリスクに減少する。積極的に運動している場合に比べ、週1〜2時間しか運動していない場合は約9倍のリスクがあり、コーヒーを飲まない場合に比べて毎日飲む場合は3.7倍のリスクがある。さらに、飲酒は1日1合飲む場合は、飲まない場合の約1/3のリスクに減り、多量に飲む場合は逆にリスクが高くなる。
【0013】
線維筋痛症の治療は、薬理学的、精神的、身体的及び補充療法を含む幾つかの分類に分けられるが、多くの症例は全ての利用できる治療に対して抗療性である(非特許文献8)広範囲に亘る一連の薬物が、線維筋痛症の治療に使用されてきたが、症状を緩和する薬剤は存在しない。例えば、非ステロイド抗炎症薬及びステロイドは役に立たない(非特許文献9及び10)。一般に、線維筋痛症の治療では、抗うつ薬の投与が第一選択肢とされているが、広く用いられている三環式抗うつ薬では、症状を完全に排除することはできない。
【0014】
現在のところ明確な線維筋痛症の治療法はなく、症状や身体機能障害の程度に応じて、認知療法や運動療法など様々な角度からのアプローチが必要とされている。線維筋痛症の痛み、不定愁訴に対しては薬剤としては通常の鎮痛薬、抗リウマチ薬ではなかなか症状が改善されないことが多く、抗うつ薬、抗不安薬、筋弛緩薬に加え、生活指導、自律訓練法、認知行動療法などの心理的治療が奏効する事も多いが、その有効性は、制御された環境においても評価が困難である(非特許文献11)。最近になって、既存の医薬品を線維筋痛症に適用する動きもあるが(特許文献1、2)、一般的に、効果が確認された医薬品であっても応答する患者と応答しない患者があり、線維筋痛症治療薬の選択肢を増やすことは急務である。
【0015】
【特許文献1】WO2004/039383 (PCT/JP2003/013999)
【特許文献2】特開2006-76945
【非特許文献1】Wolfe F, Smythe HA, Yunus MB, et al.: The American College of Rheumatology 1990 Criteria for the Classification of Fibromyalgia. Arthritis Rheum 1990 ; 33 (2): 160-172
【非特許文献2】行岡正雄:Fibromyalgia(2002)その診断と治療.リウマチ病セミナーXIV(七川歡次監修):p49-58、大阪、永井書店、2003
【非特許文献3】西海正彦:Fibromyalgia syndrome. リウマチ科27(3):298-304、2002
【非特許文献4】医歯薬出版 西岡久寿樹 監修/ホールネス研究会 著 線維筋痛症とたたかう:117-124
【非特許文献5】村上正人、宗像和彦:ペインクリニック18(2):211-216、1997
【非特許文献6】浦野房三:一次性線維筋痛症候群の補体値の異常.第42回日本リウマチ学会総会抄録集.リウマチ38:304、1998
【非特許文献7】松本美富士:線維筋痛症候群.日本臨床57(2):364-369、1999
【非特許文献8】Crofford LJ, Clauw DJ. Fibromyalgia : where are we a decade after the American College of Rheumatology classification criteria were developed ? Arthritis Rheum 2002; 46: 1136-8
【非特許文献9】Goldenberg DC, Felson DT, Dinerman H. A randomized controlled trial of amitriptyline and naproxen in the treatment of patients with fibromyalgia. Arthritis Rheum. 1986;29:1371-7
【非特許文献10】Clark S, Tindall E, Bennett RM. A double blind crossover trial of prednisolone versus placebo in the treatment of fibrositis. J Rhematol. 1985; 12: 980-3
【非特許文献11】Burckhardt , Clark SR, Campbell SM, O'Reilly GA, Weins AN, Bennett RM. Multidisciplinary treatment of fibromyalgia. Scan J Rheumatol. 1992; 21: 51
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
線維筋痛症患者は、広範囲に及ぶ筋肉痛及び圧迫に対する痛み、並びに、頚部から背部に亘る痛みを主訴とする特徴的症状を有する。この痛みはしばしば、横たわった姿勢を取るのを妨げ、背部痛は不眠を引き起こすこともある。他の自己免疫疾患の痛みと、線維筋痛症の痛みとでは、例えば、衣服を着る場合に仙痛様の肩痛を感じる傾向がある点で異なる。多くの症例における症状の多様性は、線維筋痛症の確定診断を困難としている。そのため、繊維筋痛症と診断されることなく、他の自己免疫疾患、うつ病、更年期疾患または慢性疲労症候群等についての治療がしばしば継続される。さらに、うつ病を伴う多くの症例が報告されていることから、線維筋痛症が常に抑うつ状態を伴うものとしばしば推定され、そのため抗うつ剤が処方される。しかしながら、このような薬物は、その使用により疼痛改善をもたらすかも知れないが、線維筋痛症の痛みに根本的に対応するものではない。
【0017】
本発明は上記状況に鑑みてなされたものであり、本発明が解決しようとする課題は、線維筋痛症の新規治療薬の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記状況を解決すべく、本発明者等は鋭意努力した。しかし上述のとおり、線維筋痛症の病因、発生機序が解明されていないため、線維筋痛症治療薬の開発は極めて困難な状況にある。今回、線維筋痛症の治療において、マレイン酸フルボキサミン、ダントロレンナトリウム(筋弛緩剤)及びエチゾラムを用いることにより、痛みを完全に排除することができた。患者のうち一人は、うつ病と診断され、長期に亘り抗うつ剤による治療を受けていた。また、患者の一人はNSAIDs及びプレドニゾロンを服用していたが、これらの薬物に効果は無かった。他の一人の患者は、疼痛緩和のため神経遮断薬を処方されたが、この薬剤も痛みを完全に除くことはできなかった。エチゾラムの線維筋痛症への効果は、今回検査した全症例において同様であったが(図1)、うち一人の患者は、本治療以前にエチゾラムを処方されており、エチゾラムがおそらく線維筋痛症の症状を部分的にしか改善しないことが示唆された。今回、うつ病については、治療効果を定量的に評価していないが、マレイン酸フルボキサミンは、うつ病様症状を改善するのに効果的であることが示された。しかしながら、これらの3患者において、うつ病に似た症状が、持続的な痛みのせいで起こり、痛みの排除がうつ病に対して陽性効果を有していた可能性も排除することはできない。
【0019】
本研究者らは、マレイン酸フルボキサミンと共に、増大された用量のエチゾラム(3mg/日)、及び急性段階でのエチゾラム投与を採用することにより、痛みを含む繊維筋痛症の症状を排除することができることを今回の研究により見出した。この治療プロトコルでは、マレイン酸フルボキサミンは150mg/日まで増加し、症状の緩解が始った時点から徐々に減少させた。ダントロレンナトリウム及びNSAIDsの投与は、症状を緩和しなかったが、エチゾラム及びマレイン酸フルボキサミンと共に用いた場合には効果があった。マレイン酸フルボキサミンが、総体的疲労及び睡眠障害を含む線維筋痛症の症状を改善する効果の機構については不明である。しかしながら、他の抗うつ剤では起こらない、マレイン酸フルボキサミンにより誘導されるセロトニン分泌が重要である可能性がある。この機構をより良く理解することにより、線維筋痛症の病理についての理解も深まるかもしれない。
【0020】
このように、抗うつ剤と知られるマレイン酸フルボキサミンの投与により、線維筋痛症の症状が劇的に改善されることが本発明により明らかとなった。そこで、本発明は、マレイン酸フルボキサミンを含有する、線維筋痛症の治療薬に関し、具体的には以下の発明を提供するものである。
(1)マレイン酸フルボキサミンを含有する、線維筋痛症の治療薬。
(2)エチゾラムをさらに含む、上記(1)記載の治療薬。
(3)治療薬が、マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムを別々の薬剤として含むキットである、上記(2)記載の医薬品。
(4)さらに、ダントロレンナトリウム及び/または非ステロイド抗炎症薬を含む、上記(1)又は(2)記載の治療薬。
(5)非ステロイド抗炎症薬がメロキシカムである、上記(4)記載の治療薬。
(6)配合剤である、上記(2)、(4)又は(5)のいずれか一項記載の治療薬。
(7)治療薬が、マレイン酸フルボキサミン、エチゾラム、並びに、ダントロレンナトリウム及び/または非ステロイド抗炎症薬の各成分を別々の薬剤として含むキットである、上記(4)又は(5)記載の医薬品。
(8)線維筋痛症に伴う疼痛を改善するものである、上記(1)乃至(7)のいずれか一項記載の治療薬。
(9)経口投与可能な剤型である、上記(1)乃至(8)のいずれか一項記載の治療薬。
(10)経口投与可能な剤型が錠剤である、上記(9)記載の治療薬。
(11)錠剤が腸溶錠である、上記(10)記載の治療薬。
【発明の効果】
【0021】
本発明によって、線維筋痛症の新規治療薬が提供された。本発明により、これまでは完全に除くことが困難とされていた線維筋痛症の痛みに対し、有効な治療法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明は、マレイン酸フルボキサミンを含有する、線維筋痛症の治療薬を提供する。以下、「マレイン酸フルボキサミンを含有する、線維筋痛症の治療薬」を「本発明の治療薬」と称す。マレイン酸フルボキサミンは、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であり、うつ病、うつ状態、強迫性障害及び社会不安障害等の治療に従来用いられている。本発明者らにより、マレイン酸フルボキサミンが、線維筋痛症による疼痛に有効である事が初めて見出された。
【0023】
マレイン酸フルボキサミンの化学名は、5-メトキシ-4’-トリフルオロメチルバレロフェノン(E)-O-2-アミノエチルオキシム モノマレエートであり、分子式:C15H21 F3N2O2・C4H4O4、分子量:434.41の化合物である。商品名「ルボックス(登録商標)」(ソルベイ)、「デプロメール(登録商標)」(明治製菓)等として市販されている。その作用機序については、Claassen, V., Br.J.Clin.Pharmacol., Vol.15(Suppl.3): 349S (1983)、Tulp, M. et al., Depression, Anxiety and Aggression: 9 (1988)等の文献を参照することができる。
【0024】
線維筋痛症は、上述のとおり、米国リウマチ学会の基準をもとに診断されることが一般的である。米国リウマチ学会によって1990年に公表された線維筋痛症分類基準は以下のとおりである。
1)広範囲の疼痛が3ヶ月以上続いていること。次にあげるものが全て生じている場合には、広範囲の疼痛と考えられる。左半身の痛み、右半身の痛み、腰より上の痛み、腰より下の痛み、骨格系の痛み(頸部脊椎、前部脊椎、胸部脊椎、背中の下部)。
この定義においては、左右の肩部と臀部の痛みはそれぞれ左右半身の痛みに含まれ、背中の下部の痛みは下半身の痛みと考える。
【0025】
2)約4Kgの力で指圧したとき、18箇所の圧痛点のうち、11箇所以上に痛みがあること。18箇所の圧痛点とは、後頭部:後頭骨下部筋付着部(左右)、下頸部:C5−C7における横突間帯の前部(左右)、僧帽筋:上側縁付近の肩甲棘の上(左右)、第二肋間:第二肋骨軟骨接合部、接合部上面のすぐ脇(左右)、外側上顆:上顆から2cm(左右)、臀部:外側に張り出した片側臀部を四分割した上外側(左右)、大転子:転子窩突起の後部(左右)、膝:関節線近傍の内側脂肪体(左右)である。指圧により患者が痛いと感じた場合に、その指圧点を陽性とする。普段は痛みを感じないが、押したことにより痛い場合は陽性としない。
なお、二次的臨床疾患の存在を理由により、線維筋痛症は除外されない。
【0026】
上記2つの基準を満たしたときに線維筋痛症と診断されるが、臨床上では、専門医の判断により、上記2つの基準を満たしていなくても線維筋痛症と診断されることがある。臨床上と同様に、本発明の医薬品は、上記基準を満たす症例のみならず、専門医によって線維筋痛症と診断された症例にも適用できる。
【0027】
本発明の治療薬は、線維筋痛症の各種症状を緩和することができる。線維筋痛症の各種症状のうち、とりわけ疼痛緩和に有効である。
【0028】
マレイン酸フルボキサミンは、既に製剤が市販されていることから自明なとおり、公知技術によって製剤化することができる。製剤形態は、有効成分を患部に到達させ得る形態であれば経口薬剤(錠剤、顆粒剤、液剤、カプセル剤など)、注射剤、貼布剤、リニメント剤、座剤、クリーム剤、懸濁剤、乳剤あるいは軟膏等でもよい。経口薬剤は、患者への侵襲性が比較的低い点で好ましく、腸溶錠とすることもできる。製剤化する際に使用する添加剤は、薬理学的に許容され得るものの中から目的に応じて選択することができる。「薬学的に許容され得る添加剤」とは、賦形剤、希釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤、コーティング剤、結合剤あるいはその他の添加剤等が挙げられる。
【0029】
本発明の治療薬の投与量は、安全性と有効性のバランス、投与経路、患者の年齢や体重などを考慮して決定することができる。経口薬剤とする場合であれば、一日あたりのマレイン酸フルボキサミン投与量を、例えば、0.025g〜0.2g、好ましくは、0.05g〜0.2g、最も好ましくは0.1g〜0.2gとすることができる。経口薬剤以外の製剤の場合は、製剤に応じた吸収・分布・代謝・排泄を考慮しながら、適宜決定することが可能である。
【0030】
また本発明者らは、マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムの組合せにより、線維筋痛症の治療において、より高い治療効果が得られることを確認した。したがって本発明は、マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムとを組合せてなる、繊維筋痛症の治療薬をも提供する。マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムを併用する場合は、それぞれを別の製剤として投与しても、配合剤として一つの製剤にして投与しても良い。使用上の便宜のため、マレイン酸フルボキサミン製剤とエチゾラム製剤とを組み合わせ、使用上の注意などが記載された説明書とともに、繊維筋痛症治療用のキットとすることもできる。
【0031】
エチゾラムの化学名は、4-(2-クロロフェニル)-2-エチル-9-メチル-6H-チエノ[3,2-f][1,2,4]チアゾロ[4,3-a][1,4]ジアゼピンであり、分子式:C17H15ClN4S、分子量:342.85の化合物である。商品名「デパス(登録商標)」(三菱ウェルファーマ)、「セデコパン(登録商標)」(長生堂)、「エチドラール(登録商標)」(シオノ)等として市販されている。視床下部及び大脳辺縁系、特に扁桃核のベンゾジアゼピン受容体に作用し、不安・緊張等の情動異常を改善するとして、神経症、うつ病、心身症、結合失調症、頚椎症、腰痛症、筋収縮性頭痛等の治療に使用されている。ヒトに対する作用については、Itil,T.M. et al., Psychopharmacol. Bull., 18(4): 165 (1982)、斎藤正己, 脳波と筋電図, 4: 27 (1976)、Nakazawa, Y. et al., Psychopharmacologia (Berl.) 44: 165 (1975)等の文献を参照することができる。
【0032】
エチゾラムの製剤化に際しては、成分、症状、患者年齢、体重、などを考慮して、投与経路、投与形態、投与量について適宜決定することが可能である。基本的に、既に臨床上使用されている成分の場合は、臨床上の投与経路、投与形態、投与量を参考にすることができる。例えば、本発明の治療薬において、マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムとを組合せた経口薬剤とする場合であれば、一日あたりのエチゾラム投与量は、例えば、0.0005g〜0.003g、好ましくは、0.001g〜0.003g、最も好ましくは0.001g〜0.0015gである。経口薬剤以外の製剤の場合は、製剤に応じた吸収・分布・代謝・排泄を考慮しながら、適宜決定することが可能である。
【0033】
また本発明者は、ダントロレンナトリウム及び非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)の投与が、それらのみでは線維筋痛症患者の症状を緩和しないものの、エチゾラム及びマレイン酸フルボキサミンと共に使用した場合には効果を顕すことを見出した。そこで、本発明は、マレイン酸フルボキサミンとダントロレンナトリウム及び/または非ステロイド抗炎症剤を組み合わせてなる繊維筋痛症の治療薬、さらには、マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムとダントロレンナトリウム及び/または非ステロイド抗炎症剤を組み合わせてなる、繊維筋痛症の治療薬を提供するものである。
【0034】
マレイン酸フルボキサミン、エチゾラム、並びにダントロレンナトリウム及び/またはNSAIDsを併用する場合は、各成分それぞれを別々に製剤化しても、または、そのうちの一部成分を一つの製剤(例えば、マレイン酸フルボキサミン及びエチゾラム)とし、残りの成分を別の製剤として製造してもよい。また、全ての成分を組合せ配合剤として一つの製剤にしても良い。使用上の便宜のため、マレイン酸フルボキサミン製剤、エチゾラム製剤、ダントロレンナトリウム製剤、NSAID製剤とを組み合わせ、使用上の注意などが記載された説明書とともに、繊維筋痛症治療用のキットとすることもできる。
【0035】
ダントロレンナトリウムの化学名は、1-[[5-(p-ニトロフェニル)フルフリジン]アミノ]ヒダントインナトリウムであり、分子式:C14H105N4O5Na・3 1/2H2O、分子量:399の化合物である。商品名「ダントリウム(登録商標)」(アステラス製薬)として市販されている。骨格筋の興奮収縮連関を遮断し、筋小胞体からのカルシウムイオンの遊離を抑制することによって筋弛緩を起こすとして、外傷後後遺症、筋萎縮性側鎖硬化症及び痙性脊髄麻痺等に伴う痙性麻痺、全身こむら返り病、並びに悪性症候群等の治療に使用されている。
【0036】
ダントロレンナトリウムの製剤化に際しては、成分、症状、患者年齢、体重、などを考慮して、投与経路、投与形態、投与量について適宜決定することが可能である。基本的に、既に臨床上使用されている成分の場合は、臨床上の投与経路、投与形態、投与量を参考にすることができる。例えば、本発明の治療薬において、マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムとを組合せた経口薬剤とする場合であれば、一日あたりのダントロレンナトリウム投与量は、例えば、0.125g〜0.75g、好ましくは、0.25g〜0.75g、より好ましくは、0.5g〜0.75g、最も好ましく0.5g〜0.75gである。経口薬剤以外の製剤の場合は、製剤に応じた吸収・分布・代謝・排泄を考慮しながら、適宜決定することが可能である。
【0037】
非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)とは、ステロイド以外の抗炎症剤の総称である。非ステロイド抗炎症剤は、シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害を介してプロスタグランジン合成を阻害し、抗炎症作用を発揮する。従来の非ステロイド抗炎症剤はCOX-1とCOX-2の双方を阻害し、胃腸障害等の副作用が発生しやすい傾向が見られる。胃腸障害を中心とした非ステロイド抗炎症剤の副作用はCOX-2を選択的に阻害することにより副作用を軽減できると考えられ、このような考えの下、COX-2選択的非ステロイド抗炎症剤が開発された。日本でも既に、エトドラク、メロキシカム等のCOX-2選択的非ステロイド抗炎症剤が臨床上使用されているほか、海外では、セレコキシブ、ロフェコキシブ、バルデコキシブ、パレコキシブ、エトリコキシブ、ルミラコキシブ等のCOX-2選択的非ステロイド抗炎症剤がすでに実用化または開発中である。
【0038】
上市されている非ステロイド抗炎症剤の例として、サリチル酸ナトリウム、アセチルサリチル酸、サリチルアミド、フルフェナム酸アルミニウム、メフェナム酸、トルフェナム酸、ジクロフェナクナトリウム、スリンダク、アンフェナクナトリウム、インドメタシン、インドメタシンファルネシル、マレイン酸プログルメタシン、アセメタシン、ナブメトン、エトドラク、モフェゾラク、イブプロフェン、ケトプロフェン、フルルビプロフェン、フルルビプロフェンアキセチル、オキサプロジン、フェノプロフェンカルシウム、チアプロフェン酸、ナプロキセン、プラノプロフェン、ロキソプロフェンナトリウム、アルミノプロフェン、ザルトプロフェン、ブコローム、ピロキシカム、アンピロキシカム、テノキシカム、メロキシカム、ロルノキシカム、エピロゾール、塩酸チアラミド、エモルファゾン、ワクシニアウイルス摂取家兎炎症皮膚抽出液などが知られている。本発明において使用可能な非ステロイド抗炎症剤は、マレイン酸フルボキサミンと併用することにより線維筋痛症の治療効果を上昇させるものであれば特に制限はなく、上記いずれの非ステロイド抗炎症剤を複数組合せてもよく、また上記非ステロイド抗炎症剤に限らず使用することができる。
【0039】
非ステロイド抗炎症剤の製剤化に際しては、成分、症状、患者年齢、体重、などを考慮して、投与経路、投与形態、投与量について適宜決定することが可能である。基本的に、既に臨床上使用されている成分の場合は、臨床上の投与経路、投与形態、投与量を参考にすることができる。例えば、ロキソプロフェンは、特にマレイン酸フルボキサミンと組合せて線維筋痛症の治療に有用であるが、マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムとを組合せた経口薬剤とする場合であれば、一日あたりのロキソプロフェン投与量は、例えば、0.06g〜0.360g、好ましくは、0.12g〜0.18g、より好ましくは、0.18g、最も好ましくは、0.18g である。経口薬剤以外の製剤の場合は、製剤に応じた吸収・分布・代謝・排泄を考慮しながら、適宜決定することが可能である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
1.マレイン酸フルボキサミン単独投与による線維筋痛症治療
以下、マレイン酸フルボキサミンの投与が、症状の改善に有効であった3人の線維筋痛症患者について報告する。11点疼痛スコア(「0」は痛み無し、「11」は考えられる最大の痛みを表す)及び疼痛重篤度の4点評価(「無」、「軽度」、「中度」、「重度」)、さらには、1日における疼痛の平均時間に基づき疼痛を判定した。また、処置後の疼痛改善の持続時間、及び処置について認められた有効性も決定した。
(症例1)
広範囲に及び持続的な筋肉痛、及び関節痛のため来院した57歳の女性。背部痛、肩痛及び全身疲労が2年間続いており、55歳の時、主治医よりこの痛み及び疲労感が、更年期症候群に伴うものであると診断され、ホルモン及び非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)を処方されていた。彼女の症状はゆっくりと悪化し、筋肉痛の範囲が広がり、肩痛の強まりにより肩関節の可動性レベルが低下した。検査の結果、疼痛スコアは8であり、4点疼痛評価は「十度」のレベルであった。患者は、さらに全身疲労、並びに不満足感、否定的感情、抑うつ感、及び憂鬱等の感情を訴えた。これらの症状に基づき、研究者らは、彼女は線維筋痛症であると診断し、1.5mg/日のエチゾラム、ダントロレンナトリウム及びNSAIDsの投与を開始した。しかしながら、本治療開始から2週間後の追跡検査でも、疼痛スコアは6となったものの、全身疲労及び抑うつ状態は変わらず、症状の目立った改善は見られなかった。この時点で、50mg/日のマレイン酸フルボキサミンを追加し、それにより症状の改善が認められた。研究者らは、この治療が効果的であると結論付け、マレイン酸フルボキサミンの用量を100mg/日に上げたところ、さらなる症状の改善がみられた。即ち、4週間後に、患者の疼痛スコアは2に下がり、全身疲労及び抑うつ状態も改善した。患者の疼痛スコアは治療前には8であり、4点疼痛評価は「中度」であった。従って、本症例において、マレイン酸フルボキサミンは、線維筋痛症の臨床経過において劇的な効果を有していた。
【0041】
(症例2)
43歳の女性が、広範囲に及び持続的筋肉痛、関節痛及び肩のこわばりにより入院した。彼女は、3年に亘る広範囲に及ぶ背中痛、肩痛及び全身疲労を患っていた。40歳の時に、首痛及び全身疲労の症状が現れ、主治医により慢性疲労症候群と診断されNSAIDsを処方された。しかしながら、患者の症状は徐々に悪化し、広範囲に及ぶ筋肉痛、肩痛の強まりに伴う肩関節の可動性の低下が起こった。検査の結果、患者の疼痛スコアは10であり、4点疼痛重篤度評価は「重度」であった。患者は、筋肉痛による、全身疲労、抑うつ状態及び不眠を訴え、これらの症状に基づき線維筋痛症と診断された。この時点で、1.5mg/日のエチゾラム、ダントロレンナトリウム及びNSAIDsの投与を開始した。しかしながら、本治療開始から2週間後の追跡検査でも、疼痛スコアは8となったものの、全身疲労及び抑うつ状態は変わらず、症状の改善は見られなかった。この検査の後、100mg/日のマレイン酸フルボキサミンを追加した。治療前には8であった患者の疼痛スコアは、4週間後、0となり、前身疲労及び抑うつ状態は消失し、4点疼痛評価は「なし」となり、マレイン酸フルボキサミンが線維筋痛症の臨床経過に対して劇的な効果を有することが示唆された。
【0042】
(症例3)
62歳男性が、広範囲に及び筋肉痛、肩のこわばり及び抑うつ状態により本研究者らの病院に入院した。患者は、背部筋肉痛及び全身疲労を1年半に亘り患っていた。60歳の時に、背部痛、全身疲労、及び不眠を起こし、主治医によりうつ病と診断されていた。患者は塩酸アミトリプチリンを処方され、うつ病はやや改善したものの、背部筋肉痛及び全身疲労は徐々に悪化し、全体的な症状悪化の傾向は認識されなかった。当病院において、患者の疼痛スコアは6、疼痛重篤度評価は「重度」と診断された。上記症状に基づき線維筋痛症と診断され、1.5mg/日のエチゾラム、ダントロレンナトリウム及びNSAIDsの投与を開始した。しかしながら、本治療開始から2週間後の追跡検査でも、疼痛スコアは6であり、全身疲労及び抑うつ状態は変わらず、症状の改善は見られなかった。この時点で、100mg/日のマレイン酸フルボキサミンを追加し、その2週間後には症状が改善していた。即ち、治療前には8であった疼痛スコア及び「中度」であった4点疼痛評価は、治療後、疼痛スコアは2となり、前身疲労及び抑うつ状態は消失した。本症例では、うつ病に対して投与された塩酸アミトリプチンが線維筋痛症の全体的な症状の治療に無効であったにもかかわらず、マレイン酸フルボキサミンは、これらの症状に対して劇的な効果を有していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マレイン酸フルボキサミンを含有する、線維筋痛症の治療薬。
【請求項2】
エチゾラムをさらに含む、請求項1記載の治療薬。
【請求項3】
治療薬が、マレイン酸フルボキサミンとエチゾラムを別々の薬剤として含むキットである、請求項2記載の医薬品。
【請求項4】
さらに、ダントロレンナトリウム及び/または非ステロイド抗炎症薬を含む、請求項1又は2記載の治療薬。
【請求項5】
非ステロイド抗炎症薬がメロキシカムである、請求項4記載の治療薬。
【請求項6】
配合剤である、請求項2、4または5のいずれか一項記載の治療薬。
【請求項7】
治療薬が、マレイン酸フルボキサミン、エチゾラム、並びに、ダントロレンナトリウム及び/または非ステロイド抗炎症薬の各成分を別々の薬剤として含むキットである、請求項4又は5記載の医薬品。
【請求項8】
線維筋痛症に伴う疼痛を改善するものである、請求項1乃至7のいずれか一項記載の治療薬。
【請求項9】
経口投与可能な剤型である、請求項1乃至8のいずれか一項記載の治療薬。
【請求項10】
経口投与可能な剤型が錠剤である、請求項9記載の治療薬。
【請求項11】
錠剤が腸溶錠である、請求項10記載の治療薬。

【公開番号】特開2008−260728(P2008−260728A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−105774(P2007−105774)
【出願日】平成19年4月13日(2007.4.13)
【出願人】(596165589)学校法人 聖マリアンナ医科大学 (53)
【出願人】(502285457)学校法人順天堂 (64)
【Fターム(参考)】