説明

縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法およびそれにより製造された縮合多環芳香族化合物薄膜

【課題】溶液プロセスにより製造可能な、縮合多環芳香族化合物分子の配向が所望の方向に制御された膜厚数百nm程度の縮合多環芳香族化合物薄膜と、その製造方法を提供する。
【解決手段】縮合多環芳香族化合物と、該縮合多環芳香族化合物を溶解可能な有機化合物との混合溶液を用い、それを基板に塗布し、塗布溶液から前記有機化合物を除去する縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法であって、前記縮合多環芳香族化合物を溶解可能な有機化合物が、カルボン酸化合物の1種または2種以上である方法と、その方法を使用して製造された縮合多環芳香族化合物薄膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機半導体デバイスに用いられる有機半導体薄膜の製造方法および、それにより製造された有機半導体薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
有機半導体は、従来の無機半導体では困難な、低温成膜プロセスによるプラスチック基板への薄膜形成により得られるため、各種電子デバイスのフレキシブル化や、真空蒸着プロセス等によらない簡便な溶液塗布法等による成膜プロセスで製造できる可能性があり、それによる低コスト化が期待されている。
かかる有機半導体材料としては、ポリチオフェン等の共役系高分子材料や、そのオリゴマー、ペンタセン等の縮合多環芳香族化合物等が検討されており、特にペンタセンは高いキャリア移動度が安定的に実現可能な材料として最も広く検討されている材料の一つである。
上記のペンタセンをはじめとする縮合多環芳香族化合物の成膜方法としては、これらの化合物が一般に、通常の有機溶媒にほとんど溶解せず、溶液プロセスの適用が困難であることから、真空蒸着法を用いた気相成長が従来用いられて来た。
しかしながら、成膜の低コスト化の観点からは、溶液塗布等の非真空環境下での成膜が好ましい。
【0003】
ペンタセンの溶液プロセス化に関しては、特許文献1には、溶媒としてそれ自身で特定の温度範囲において液晶相を有するいわゆる(サーモトロピック)液晶化合物を用いた溶液からの液相成長による結晶製造方法が、特許文献2には、溶媒として1,2,4−トリクロロベンゼン等の芳香族ハロゲン化炭化水素を用い、常温以上の高温で溶解した溶液を塗布・成膜する技術が開示されている。また、非特許文献1には、一般的な有機溶媒への溶解度を向上させた、ペンタセン化合物を用いることにより、溶液プロセスにより薄膜形成する技術が開示されている。
前者の特許文献1では、ペンタセンに対する溶媒としてビフェニル系またはターフェニル系液晶化合物を用いることにより、200℃付近では、室温においてベンゼン溶媒を用いた場合の溶解度(0.005重量%)に対して約4000倍の高いペンタセンの溶解度を実現できることが開示されている。
さらに、ペンタセンと液晶化合物の混合溶液が接触する面に、液晶表示素子に用いられているのと同様な、ラビング処理を施した配向膜を配置することにより、液相成長させたペンタセン結晶の結晶方位を、溶媒の液晶性を利用することにより、この配向膜で制御が可能であることが開示されている。
【0004】
また、後者の特許文献2では、ペンタセンの溶解度が105℃で0.1重量%の、溶媒1,2,4−トリクロロベンゼンとの混合溶液を用い、これを80℃に加熱した基板に塗布し、溶媒の1,2,4−トリクロロベンゼンを蒸発させることにより、基板上に膜厚200nmの均一性の高いペンタセンの薄膜が形成できることが開示されている。
【0005】
また、非特許文献1には、ペンタセン化合物として、6,13−ビス(トリイソプロピルシリルエチニル)ペンタセン(略称、TIPSペンタセン)を用いることにより、トルエンなどの一般的な有機溶媒で溶液化可能で、かつペンタセンと同程度の高いキャリア移動度を有する有機半導体薄膜が溶液プロセスにより作成できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−216966公報
【特許文献2】特開2005−294737公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】S.K.Park,C.C.Kuo,J.E.Anthony,T.N.Jackson著,IEEE・インターナショナル・エレクトロン・デバイシズ・ミーティング・2005・テクニカル・ダイジェスト(IEEE INTERNATIONAL ELECTRON DEVICES MEETING 2005 TECHNICAL DIGEST),113−116 (2005)
【非特許文献2】R.F.Fedors著,ポリマー・エンジニアリング・アンド・サイエンス(Polym.Eng.Sci.),14,147(1974)
【非特許文献3】G.W.Gray and D.G.DcDonnel,モレキュラー・クリスタルズ・アンド・リキッド・クリスタルズ(Mol.Cryst.Liq.Cryst.),53,147(1979)
【非特許文献4】T.Kato et al.著,ケミカル・マテリアルズ(Chem.Mater.),5,1094(1993)
【非特許文献5】K.Okamoto et al.著,リキッド・クリスタルズ(Liq.Cryst),34,1001(2007)
【非特許文献6】S.K.Kang and E.T.Samulski著,リキッド・クリスタルズ(Liq.Cryst),27,371(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1に開示された技術は、ペンタセン単結晶の液相成長による形成技術であり(得られた単結晶のグレインサイズは対角200μmで、厚み約2.5μm)、上記特許文献2に開示されているような、実用的なデバイス量産に適した膜厚数百nmの均一なペンタセン薄膜の形成には適していない。
一方、特許文献2および非特許文献1に開示された技術では、上記特許文献1に開示されているような、用いた溶媒自身の液晶性を利用したペンタセン化合物分子の高度な配向制御は出来ない。
したがって、上記の三つの従来技術においては、そのいずれを用いても、ペンタセン化合物の配向を所望の方向に制御(例えば、キャリア移動度が所望の方向で大きくなるように)しつつ、膜厚数百nm程度のペンタセン薄膜を形成することは困難であった。
本発明は、上記状況に鑑みて、溶液塗布プロセスにより製造可能な、縮合多環芳香族化合物分子の配向が所望の方向に制御された膜厚数百nm程度の縮合多環芳香族化合物の薄膜と、その製造方法を提供し、優れた電気特性を有する有機半導体デバイスを提供可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の製造方法は、
[1]縮合多環芳香族化合物と、該縮合多環芳香族化合物を溶解可能な有機化合物との混合溶液を得るステップと、
前記混合溶液を基板に塗布するステップと、
前記塗布溶液から前記有機化合物を除去するステップと、
を有する縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法であって、
前記縮合多環芳香族化合物を溶解可能な有機化合物が、カルボン酸化合物の1種または2種以上であることを特徴とする。
[2]前記縮合多環芳香族化合物と前記有機化合物との混合溶液が、両者の混合により液晶性が付与されることを特徴とする。
[3]前記縮合多環芳香族化合物と、前記カルボン酸化合物との、どちらか一方または両方が液晶性を有することを特徴とする。
[4]前記カルボン酸化合物が、安息香酸化合物であることを特徴とする。
[5]前記カルボン酸化合物が、シクロヘキサンカルボン酸化合物であることを特徴とする。
[6]前記混合溶液を基板に塗布するステップが、せん断場を溶液に加えつつ塗布するステップであることを特徴とする。
[7]前記塗布溶液から前記有機化合物を除去するステップが、前記有機化合物の蒸気圧を前記縮合多環芳香族化合物より高くし、前記有機化合物を選択的に蒸発させるステップであることを特徴とする。
[8]前記縮合多環芳香族化合物が、ポリアセン化合物であることを特徴とする。
[9]前記縮合多環芳香族化合物が、ペンタセン化合物であることを特徴とする。
[10]前記混合溶液が塗布される基板の表面に、前記混合溶液の液晶性によりその配向を制御する配向層を設けたことを特徴とする。
また、本発明の薄膜は、
[11]以上の特徴を有する縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法によって製造されたことを特徴とする縮合多環芳香族化合物薄膜である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法によれば、一般的な有機溶媒に難溶性である縮合多環芳香族化合物の薄膜を、真空蒸着プロセスに比べ低コスト化が可能な溶液塗布プロセスにより、薄膜中の縮合多環芳香族化合物の分子配向を制御しつつ形成することが可能となる。また本発明の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法により形成された縮合多環芳香族化合物薄膜は、所望の方向に最も高いキャリア移動度が制御され形成されていることから、優れた電気特性を有する有機半導体デバイスを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】様々な化合物の溶解度パラメータ(SP値)のFedorsの方法による算定値をプロットした図である。
【図2】ペンタセンおよび、図1中の液晶化合物a−gの化学構造式を示す図である。
【図3】安息香酸分子の分子間水素結合による二量体の模式図とペンタセンの化学構造式を示す図である。
【図4】TIPSペンタセンの化学構造式を示す図である。
【図5】2,9−ジアルキルペンタセンの化学構造式を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法においては、まず縮合多環芳香族化合物(溶質)と、当該縮合多環芳香族化合物を溶解可能な有機化合物(溶媒)との混合溶液を得る第1のステップを実施する。混合の際の温度は溶媒有機化合物が液晶相(あるいは外場印加による液晶相)を示す温度範囲が好ましく、溶媒有機化合物の先記液晶相温度範囲の高温側から1/3の温度範囲がさらに好ましい。
上記溶媒は、それ自身複数の化合物の混合物であっても良い。
縮合多環芳香族化合物(溶質)と、有機化合物(溶媒)との混合溶液中の縮合多環芳香族化合物(溶質)の質量百分率(質量%)は、0.05〜40質量%が好ましく、0.5〜20質量%がさらに好ましい。
【0013】
上記本発明の溶液を構成する縮合多環芳香族化合物(溶質)と溶媒は、それぞれ単体では液晶相を示さない材料であっても良い。
一方両者を混合した溶液は、液晶性を示すか、あるいは当該溶液に対する外場印加(せん断場、電場等)により液晶性を示すような、潜在的な液晶性を有するものである。
つまり、上記の縮合多環芳香族化合物と、当該縮合多環芳香族化合物を溶解可能な有機化合物との混合溶液とは液晶状態あるいは外場印加により液晶相となる液体状態をいう。
【0014】
後者の様に、せん断場下でのみ液晶性を示す溶液であっても、後記するステップにおいて、当該溶液を基板に塗布する際に、バーコーターあるいは、スリットコーター等の溶液にせん断場を加えつつ塗布する装置・プロセスを用いることにより、塗布プロセス時に溶液に液晶性が発現され、例えばせん断方向に溶質縮合多環芳香族化合物の分子長軸を配向するよう制御することが可能である。
本発明においては、このような溶液を用いることにより、特許文献1における従来技術と同様に、溶液の(潜在的な)液晶性を利用した縮合多環芳香族化合物の分子配向制御が可能となる。
一方、後記するステップにおいて溶液塗布後、溶媒を蒸発させることによって縮合多環芳香族化合物の薄膜を形成するためには、特許文献2に記載されているように、溶質縮合多環芳香族化合物より十分高い蒸気圧の溶媒を選択する必要がある。
より具体的には、溶媒の沸点は100℃以上250℃以下であることが好ましいとされている。
【0015】
特許文献1において、溶媒として用いられているそれ自身が液晶相を有する液晶化合物は、溶質である縮合多環芳香族化合物分子の大きさと同程度であり、それが両者の溶解度を高める要因であると記述されている(図2にペンタセンと特許文献1に列挙されている液晶化合物a〜gの比較を示す)。
【0016】
かかる制約があるため、特許文献1の技術においては、結果として、溶質縮合多環芳香族化合物分子と当該溶媒液晶分子の分子量、そして蒸気圧、沸点等は同程度となり、上記の薄膜形成に必要な、溶質縮合多環芳香族化合物より十分高い蒸気圧の液晶溶媒を見出すことは困難である。
つまり特許文献1に開示された、縮合多環芳香族化合物分子の大きさと同程度の大きさの、それ自身液晶相を有する液晶溶媒によっては、溶質縮合多環芳香族化合物より十分高い蒸気圧を実現することは困難である。
本発明においては、上記のように特許文献1において、溶解度を高めるとして選択された溶質である縮合多環芳香族化合物分子の大きさと同程度という要件からは外れた液晶化合物や、さらに、有機化合物単体として液晶性の無い化合物をも一部あるいは全部を溶媒として用いることにより、溶媒選択の自由度を増し、溶質縮合多環芳香族化合物より高い蒸気圧の化合物を選択することにより、結果として特許文献2にある従来技術と同様な、溶液塗布後、溶媒を蒸発させることにより膜厚均一性の高いペンタセン薄膜の成膜を可能としたものである。
【0017】
本発明において用いる縮合多環芳香族化合物は、複数のベンゼン環が、好ましくは直線状に縮合した多環構造の芳香族化合物であり、好ましい例としては、アントラセン、テトラセン、ペンタセン、ヘキサセン等のポリアセン化合物が挙げられる。
かかるポリアセン化合物には、その側鎖に置換基が導入されたものが含まれる。置換基の例としては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルキルジエニル基、アリール基、アリールアルキル基、アルキルアリール基、シクロアルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、シクロアルケニル基等の炭化水素基、シアノ基、アミノ基、カルバモイル基、ホルミル基、水酸基、シリル基等が挙げられる。置換基は全ての側鎖に導入されていてもよいし、一部に導入されていてもよい。また、複数の置換基が導入される場合、それぞれがすべて等しくてもよいし、それぞれ異なっていてもよい。
これらの置換基を側鎖に導入することにより、たとえば当該縮合多環芳香族化合物の溶媒への溶解度の向上が期待される。
縮合多環芳香族化合物としてのポリアセン化合物においては、π電子軌道の重なりが大きな凝集構造を取りやすいため、高いキャリア移動度を得るために有利である。
【0018】
またこれらの中でも、溶媒との混合溶液の潜在的な液晶性を得る上で有利な、分子のアスペクト比が大きな縮合多環芳香族化合物、例えばペンタセン化合物またはヘキサセン化合物が好ましく、化合物の安定度を考えるとペンタセン化合物がさらに好ましい。
上記のような、分子のアスペクト比が大きな縮合多環芳香族化合物を用いることにより、それぞれ単体では液晶相を示さない縮合多環芳香族化合物(溶質)と溶媒を用いた場合であっても、両者の混合効果により混合溶液の液晶性の付与が可能となる。
【0019】
次に、本発明で用いる溶媒について説明する。かかる溶媒としては、上記ペンタセンのような縮合多環芳香族化合物を溶解可能であり、かつ、上述の混合溶液の潜在的な液晶性を得るためには、用いる縮合多環芳香族化合物に対して高い溶解度を有する溶媒が好ましい。
溶質の溶媒に対する溶解度を評価する方法として、溶解度パラメータ(SP値)を用いる方法が知られており、溶質と溶媒の溶解度パラメータ値が近いほど、一般的に高い溶解度が得られることが知られている。
上記の溶解度パラメータを算出する方法はいくつか提案されているが、広範な化合物に適用可能な方法として、Fedorsの提案した方法がある(非特許文献2を参照。)。
【0020】
図1に、このFedorsの方法を用いて、アントラセン、テトラセン、ペンタセン、ヘキサセン等のポリアセン化合物と、前出の特許文献1、2に列挙された様々な溶媒化合物の溶解度パラメータ(SP値)を算出し、その溶解度パラメータ値を横軸にとって整理したものを示す。
この図で、縦軸において、ポリアセン化合物より上側にプロットされたものは、特許文献2に列挙された芳香族ハロゲン化炭化水素系の有機化合物であり(なお、特許文献2には、上記の芳香族ハロゲン化炭化水素以外に脂肪族ハロゲン化炭化水素等も列挙されているが、後者はほとんどがSP値9以下であって、SP値が12程度のペンタセン等に比べて小さな溶解度パラメータを示すため、プロットしていない)、これらの中で当該特許においてペンタセンの良溶媒として例示された1,2,4−トリクロロベンゼンの溶解度パラメータは、ペンタセンのそれに近い値を示しており、高い溶解度が予測される。
一方、溶解度パラメータ値のみから判断した場合、上記の1,2,4−トリクロロベンゼンより、例えば1,4−ジヨードベンゼンの方が、よりペンタセンの値に近く、好ましいと予測されることになる。
【0021】
しかしながら、特許文献2に記載されているように、原理的に溶液塗布後、ペンタセンより高い溶媒蒸気圧により、溶媒を蒸発してペンタセン薄膜を得るためには、溶媒の沸点は100℃以上250℃以下であることが好ましい。上記の1,2,4−トリクロロベンゼンの沸点が213℃で上記の範囲中にあるのに対し、1,4−ジヨードベンゼンの沸点は285℃と上記の好ましい範囲の上限より高い。
これらのことから、図1に示された溶解度パラメータの要素と、これらの沸点等の要素を同時に満たすものとして溶媒を選択する必要がある。
一方、図1縦軸において、ポリアセン化合物のすぐ下側にプロットされたものは、特許文献1に列挙されたそれ自身がサーモトロピック液晶性を有する代表的な化合物についての結果である(特許文献1で実際にペンタセンの溶媒として用いられているそれ自身がサーモトロピック液晶性を有する化合物は、ここに示した化合物に類似した末端鎖長等が異なる化合物の混合組成物であるが、その詳細な組成は不明なため、図2に示す代表的なサーモトロピック液晶性を有する単品化合物の結果(a〜g)を示してある)。図2には、ペンタセンおよび、図1中の液晶化合物a−gの化学構造式を示している。
【0022】
特許文献1においては、これらの内、シアノターフェニル系(a)の液晶組成物を溶媒として用いた場合にペンタセンの溶解度が高く、ついでシアノビフェニル系(b)となっているが、図1によると、それらに対応する分子の溶解度パラメータが、他の液晶化合物よりペンタセンのそれに近い値となっているのが判る。
一方で、これらの分子の骨格であるターフェニルおよびビフェニルの沸点はそれぞれ383℃、254℃であることから、これらの骨格を有し、さらに分子量の大きな上記の液晶化合物は、一般的に前出の溶媒の好ましい沸点250℃以下の条件を満たすことが難しく、溶液塗布後、溶媒を蒸発させることによりペンタセン薄膜を得るのは困難と考えられ、特許文献1にもペンタセン薄膜形成の記述はなく、ペンタセンの溶液成長結晶粒についてのみの記述となっている。
【0023】
上記の結果から、ペンタセンをはじめとする縮合多環芳香族化合物を高い溶解度で溶液化可能な溶媒を見出すガイドラインとして、図1のようなFedorsの方法による溶解度パラメータを用い、さらに沸点等のデータを加味した探索方法が非常に有効であることが判る。
この知見を基に、発明者らは、鋭意このFedorsの方法により溶解度パラメータの評価(そのいくつかを図1の縦軸の液晶化合物の下の段にプロットした)を行なった結果、ペンタセンの有望な溶媒候補として、安息香酸(ベンゾイックアシッド)およびシアノベンゼンを見出した。
これらの沸点を調べると、安息香酸は249℃、シアノベンゼンは190℃であり両者ともに上述の好ましい沸点の温度範囲内となっている。
上記の観点と同時に、本発明において、縮合多環芳香族化合物と溶媒とを混合した溶液に(少なくとも潜在的な)液晶性を付与ためには、溶媒が少なくとも「潜在的な液晶性」を合わせ持つことが好ましい。
【0024】
かかる溶媒の結晶性に関しては、たとえば上記で見出された溶媒候補の一つである安息香酸化合物については、図1の一番下の2つの段に示したような化合物、HOOC−C−C2n+1および、HOOC−C−O−C2n+1のうち、鎖長nがある程度大きな(前者はnが4以上、後者はnが3以上)化合物が液晶性を有することが知られている(たとえば、非特許文献3,4を参照。)。本発明においては、このような安息香酸のアルキル基やアルコキシ基置換体などを使用することができる。
このように、安息香酸化合物が単環低分子量で液晶性を示す理由として、図3Aに模式的に示すように、二つの分子がカルボキシル基の水素結合により二量体を形成し、結果的に、図2に示すような、一般的な二環以上の液晶化合物の棒状メソゲンコア部と同様の性質を示すためとされている(これを水素結合二量体による潜在的な液晶性という。)(たとえば、非特許文献3を参照。なお、この二量体は、温度上昇につれ解離し単量体となる)。
【0025】
上記の安息香酸は、縮合多環芳香族化合物との溶解性に優れた芳香族カルボン酸の代表的な化合物であるが、同様に、安息香酸のベンゼン環をシクロヘキサン環とした(これ以外の他の環状構造であっても良い)カルボン酸化合物も、安息香酸と同様な液晶性を有することが報告されており(たとえば非特許文献2を参照。)、カルボン酸化合物系のこの様な単環低分子量での液晶性は、他に例が無く、この系に特異な性質と考えられる。
このように、本発明における溶媒として、薄膜形成に必要な、溶質縮合多環芳香族化合物より十分高い蒸気圧を得る点で有利な低分子量で、かつ潜在的な液晶性をも両立させるには、図3のような二量体の形成能を有するカルボン酸化合物の1種(単独)または2種以上(混合物)を用いるのが好ましく、安息香酸化合物の1種または2種以上で用いるのがより好ましい。
本発明においては、安息香酸を始めとするカルボン酸化合物を、その特異な性質である水素結合二量体による潜在的な液晶性と、高温で解離した単環単量体での高い蒸気圧を併せ持った溶媒として用いることによって、従来技術では困難であった、配向制御に好ましい縮合多環芳香族化合物との溶液状態における(潜在的な)液晶性と、薄膜形成に必要な高い蒸気圧を両立することが可能となる。
【0026】
なお、新たに見出されたもう一つの溶媒候補であるシアノベンゼンは、その融点が−13℃と非常に低く、溶媒の融点を下げたい場合に組成成分として有用である。混合溶液におけるシアノベンゼンの濃度は0.1〜60質量%が好ましく、0.5〜30質量%がさらに好ましい。
【0027】
上記では、溶質縮合多環芳香族化合物としてペンタセンを例とした場合の、本発明における溶媒の選択と、溶液プロセスによる薄膜形成方法について説明した。
【0028】
次に、ペンタセンの代わりに、非特許文献1で用いられている図4に示すペンタセン化合物、6,13−ビス(トリイソプロピルシリルエチニル)ペンタセン(TIPSペンタセン)を溶質縮合多環芳香族化合物として用いる場合の本発明の形態について説明する。
図4のTIPSペンタセン(h)について、上記と同様にFedorsの方法を用いて溶解度パラメータ(SP値)を算出すると、その値は約9.4(MJ/m1/2となり、ペンタセンの約11.9(MJ/m1/2に比べ非常に小さいことがわかる。
このTIPSペンタセンのSP値を図1で見てみると、ペンタセンとは逆に一般的な有機溶媒であるベンゼンあるいはトルエンにSP値が近く、溶解度が高いと考えられる。
逆に言うと、溶質TIPSペンタセンに対する溶媒として、上述の安息香酸あるいはその誘導体は適当ではないことがわかる。
【0029】
本発明の好ましい形態において、TIPSペンタセンに適した溶媒を同様に溶解度パラメータから探索すると、安息香酸(ベンゼンカルボン酸)のベンゼン環をシクロヘキサン環とした、シクロヘキサンカルボン酸化合物がその良い候補であることを見出した。
このシクロヘキサンカルボン酸の沸点を調べると、232℃と、前述の好ましい沸点の温度範囲である100℃以上250℃以下となっている。
また、シクロヘキサンカルボン酸は、その融点が安息香酸に比べて低く、溶媒の融点を下げたい場合にも有用である。
【0030】
さらに前述したように、シクロヘキサンカルボン酸化合物も、安息香酸と同様な液晶性を有することが報告されており、例えばHOOC−C10−C2n+1のうち、鎖長nが4以上の化合物が液晶性を有することが知られている(非特許文献3)。
この液晶性を有する鎖長4の化合物(HOOC−C10−C)のSP値を算出すると、その値は約9.7(MJ/m1/2となり、TIPSペンタセンのSP値に非常に近い。
【0031】
したがって、上記のシクロヘキサンカルボン酸化合物を溶媒として用いることにより、TIPSペンタセンを溶質縮合多環芳香族化合物とした場合も、本発明の目的である、溶液プロセスによる縮合多環芳香族化合物分子の配向が所望の方向に制御された縮合多環芳香族化合物薄膜の形成が可能となる。
【0032】
上述のTIPSペンタセンと同様にトルエン等の一般的な有機溶媒に可溶なペンタセン誘導体の例として、非特許文献5において、図5に示す2,9−ジアルキルペンタセン(i)が報告されている(nは1以上の整数を表す)。
この2,9−ジアルキルペンタセンは、非特許文献5に記載あるように、末端鎖長n=4以上でスメクチック液晶性を示す、スメクチック液晶性を有するペンタセン化合物である。
【0033】
この鎖長4の2,9−ジブチルペンタセンのSP値を算出すると、その値は約10.1(MJ/m1/2となり、上述の鎖長4のシクロヘキサンカルボン酸化合物(HOOC−C10−C)のSP値約9.7(MJ/m1/2にやはり近い。
したがって、このスメクチック液晶性を有するペンタセン化合物、2,9−ジブチルペンタセンを溶質縮合多環芳香族化合物とした場合も、上記のシクロヘキサンカルボン酸化合物を溶媒として用いることにより同様に本発明の目的が達せられる。
【0034】
本発明においては、次に、第1のステップにおいて調製した縮合多環芳香族化合物と、当該縮合多環芳香族化合物を溶解可能なカルボン酸化合物等の特定の有機化合物との混合溶液を塗布溶液として、基板に塗布する第2ステップを実施する。
【0035】
塗布装置としては、せん断場を加えつつ塗布しうる装置(コーター)であれば、いずれも使用可能であり、例えばバーコーター、スリットコーター、ドクターブレードコータ、リップコーター、コンマコーター等が好ましく使用される。このように、上記したせん断場下でのみ液晶性を示す溶液であっても、塗布する際に、形成する塗膜に、せん断場を加えつつ塗布することにより、塗布される溶液に液晶性が発現され、例えばせん断方向に溶質縮合多環芳香族化合物の分子長軸を配向するよう制御しながら、塗膜を形成することが可能となる。
また、塗膜を形成する基板としては、従来使用されている各種の材料が使用可能であり、例えば、石英ガラス、ソーダガラス、石英、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、シリコン、ITO、マイカ等のセラミックス基板、金、銀、アルミニウム、銅、鉄、ステンレス鋼等の金属基板、ポリカーボネート、ポリエーテルケトン、ポリスルフォン、エポキシ樹脂、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、シリコーン樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル、ノルボルネン樹脂等のプラスチックス基板が好ましいものとして挙げられる。またこれらの基板は、必要に応じて異なる材質からなる複合積層構造を有しても良い。
【0036】
また、基板上の塗布溶液が接触する面に摩擦処理(ラビング処理)を施こすことも好ましい。ラビング処理を施すことによって、混合液が接触する面における配向膜の分子の配向を、予め所定の方向に揃えておくことができる。このようにして、塗布された薄膜表面のペンタセン等の分子の分子長軸を、ラビング処理時のラビングの方向とほぼ一致させることができる。また、塗布溶液が塗布される基板の表面に、塗布される混合溶液の液晶性によりその配向を制御する配向層を設けることも好ましい態様である。
【0037】
最後に、塗布された溶液から溶媒である有機化合物を除去する第3ステップを実施する。
当該第3ステップは、乾燥工程として実施し、溶媒である有機化合物を蒸発除去し、基板上に縮合多環芳香族化合物の薄膜を形成する工程である。特に、前記有機化合物の蒸気圧を縮合多環芳香族化合物のそれより高くすることにより、前者を選択的に蒸発・除去することができる。
乾燥温度は、溶媒の沸点以上であることが好ましく、通常100℃以上250℃以下であることが望ましい。有機化合物の乾燥装置としては、特に限定するものではなく、箱形乾燥器、通気バンド乾燥器、トンネル乾燥器等より実施することができる。なお、ペンタセン等のポリアセン化合物の場合は、チッ素、アルゴン等の不活性雰囲気下に乾燥工程を実施することが好ましい。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明がこれにより限定されるものではない。
【0039】
(実施例1)
安息香酸(ベンゾイックアシッド)と、その置換体である4−メトキシ−ベンゾイックアシッド(CH−O−C−COOH)の1:1の重量比の混合物8gと、ペンタセン粉末(アルドリッチ社製)0.1gとの混合物を、140℃に加熱して均一なペンタセン溶液を調製した。このペンタセン溶液を、バーコーターを用いてせん断応力を加えつつ、120℃に加熱した石英ガラス基板上に塗布した。その後、160℃で加熱して安息香酸とその誘導体を蒸発させ、ペンタセン薄膜を得た。
得られたペンタセン薄膜の膜厚を測定したところ、膜厚180nm±10nmの均一性の高い薄膜が得られていることを確認した。また、このペンタセン薄膜を反射エリプソメトリーにて測定した結果、薄膜表面の光学的異方軸の方向が、上記バーコーターによる塗布時のせん断応力方向と20度以内の角度で一致していることが確認された。これは、薄膜中のペンタセン分子の分子配向が、加えたせん断応力の方向により制御されたためと考えられる。
【0040】
ペンタセン分子は、分子平面に垂直な方位に異方的に高いキャリア移動度を示すことが知られていることから、上記の様にペンタセン分子の配向を制御することにより、キャリア移動度が所望の方向で大きくなるように制御が可能である。
また、上記と同じ手順で作成したペンタセン溶液をガラス基板間に挟み、偏光顕微鏡下で観察した結果、複屈折を伴ういわゆるシュリーレン・テクスチュアが観察され、上記ペンタセン溶液は液晶状態であることが確認された。
ペンタセンを加える前の安息香酸とその誘導体の混合物を、同じ温度に加熱し、溶液化したものについても同様の偏光顕微鏡観察を行った所、上記のような複屈折によるテクスチュアは観察されず、液晶状態ではなかった。
【0041】
(実施例2)
4−プロポキシ−ベンゾイックアシッド(C−O−C−COOH)10gと、ペンタセン粉末(アルドリッチ社製)0.05gとの混合物を、150℃に加熱して均一なペンタセン溶液を調製した。このペンタセン溶液を、バーコーターを用いてせん断応力を加えつつ、140℃に加熱した石英ガラス基板上に塗布した。その後、180℃で加熱して4−プロポキシ−ベンゾイックアシッドを蒸発させ、ペンタセン薄膜を得た。
得られたペンタセン薄膜の膜厚を測定したところ、膜厚120nm±10nmの均一性の高い薄膜が得られていることを確認した。また、このペンタセン薄膜を反射エリプソメトリーにて測定した結果、薄膜表面の光学的異方軸の方向が、上記バーコーターによる塗布時のせん断応力方向と20度以内の角度で一致していることが確認された。
また、上記と同じ手順で作成したペンタセン溶液をガラス基板間に挟み、偏光顕微鏡下で観察した結果、複屈折を伴ういわゆるシュリーレン・テクスチュアが観察され、上記ペンタセン溶液は液晶状態であることが確認された。
ペンタセンを加える前の4−プロポキシ−ベンゾイックアシッド単品も元々液晶性を有するため(たとえば非特許文献4)、同様の偏光顕微鏡観察でシュリーレン・テクスチュアが観察された。
【0042】
(実施例3)
ペンタセン粉末(アルドリッチ社製)0.05gと、安息香酸4gとの混合物を、200℃に加熱して均一なペンタセン溶液を調製した。このペンタセン溶液を、バーコーターを用いてせん断応力を加えつつ、120℃に加熱した石英ガラス基板上に塗布した。その後、240℃で加熱して安息香酸を蒸発させ、ペンタセン薄膜を得た。
得られたペンタセン薄膜の膜厚を測定したところ、膜厚210nm±20nmの均一性の高い薄膜が得られていることを確認した。実施例1と同様に、このペンタセン薄膜を反射エリプソメトリーにて測定した結果、薄膜表面の光学的異方軸の方向が、上記バーコーターによる塗布時のせん断応力方向と20度以内の角度で一致していることが確認された。
【0043】
また、上記と同じ手順で作成したペンタセン溶液をガラス基板間に挟み、偏光顕微鏡下で、上記バーコーターによる塗布時に加わるせん断応力と同等のせん断応力を加えて観察した結果、上記溶液は当該せん断応力を加えた場合にのみ、加えたせん断応力の方向に複屈折が生じるのが観察された。したがって、上記バーコーターによる塗布プロセス時には、ペンタセン溶液はせん断応力誘起の液晶状態となっていると考えられる。
【0044】
(実施例4)
安息香酸(ベンゾイックアシッド)と、その置換体である4−ブチル−ベンゾイックアシッド(C−C−COOH)の1:1の重量比の混合物10gと、ペンタセン粉末(アルドリッチ社製)0.1gとの混合物を、130℃に加熱して均一なペンタセン溶液を調製した。また、ポリイミド前駆体であるポリアミック酸溶液を石英ガラス基板上にスピンコートし、加熱イミド化してポリイミド薄膜化した後、表面をラビングマシンにてラビング処理した石英ガラス基板を用意した。上記のペンタセン溶液を、100℃に加熱したラビング処理を施した石英ガラス基板上にスピンコートした。その後、150℃で加熱して安息香酸とその誘導体を蒸発させ、ペンタセン薄膜を得た。
得られたペンタセン薄膜表面の表面SFG(Sum Frequency Generation)測定をおこなった結果、薄膜表面のペンタセン分子の分子長軸が、上記ラビング処理時のラビングの方向と20度以内の角度で一致していることが確認された。
これは、低濃度の等方相状態で塗布されたペンタセン溶液が、安息香酸の蒸発に伴い高濃度化し、リオトロピック液晶状態となり、ラビング処理された基板表面により配向されたためと考えられる。
【0045】
(実施例5)
4−メチル−ベンゾイックアシッド(CH−C−COOH)5gと、4−ブチル−ベンゾイックアシッド(C−C−COOH)5gと、ペンタセン粉末(アルドリッチ社製)0.05gとの混合物を、80℃に加熱して均一なペンタセン溶液を調製した。また、垂直配向用ポリイミド前駆体であるポリアミック酸溶液を石英ガラス基板上にスピンコートし、加熱イミド化してポリイミド薄膜化した。上記のペンタセン溶液を、100℃に加熱した上記石英ガラス基板上にディスペンスコートした。その後、4−メチル−ベンゾイックアシッドと4−ブチル−ベンゾイックアシッドの混合溶媒を蒸発させ、ペンタセン薄膜を得た。
得られたペンタセン薄膜の膜厚を測定したところ、膜厚120nm±10nmの均一性の高い薄膜が得られていることを確認した。また、このペンタセン薄膜表面の表面SFG測定をおこなった結果、薄膜表面のペンタセン分子の分子長軸が、ガラス基板法線から同一方向に僅かに傾いた配向となっていることが確認された。
また、上記と同じ手順で作成したペンタセン溶液をガラス基板間に挟み、偏光顕微鏡下で観察した結果、複屈折を伴ういわゆるシュリーレン・テクスチュアが観察され、上記ペンタセン溶液は液晶状態であることが確認された。
ペンタセンを加える前の4−メチル−ベンゾイックアシッドと4−ブチル−ベンゾイックアシッドの1:1混合溶液自身も元々液晶性を有するため(たとえば非特許文献6)、同様の偏光顕微鏡観察でシュリーレン・テクスチュアが観察された。
【0046】
(実施例6)
4−ブチル−シクロヘキサンカルボキシリックアシッド(C−C10−COOH)10gと、図4に示すTIPSペンタセン粉末0.05gとの混合物を、80℃に加熱して均一なTIPSペンタセン溶液を調製した。このTIPSペンタセン溶液を、バーコーターを用いてせん断応力を加えつつ、90℃に加熱した石英ガラス基板上に塗布した。その後、4−ブチル−シクロヘキサンカルボキシリックアシッドを蒸発させ、TIPSペンタセン薄膜を得た。
得られたTIPSペンタセン薄膜の膜厚を測定したところ、膜厚120nm±10nmの均一性の高い薄膜が得られていることを確認した。また、このTIPSペンタセン薄膜を反射エリプソメトリーにて測定した結果、薄膜表面の光学的異方軸の方向が、上記バーコーターによる塗布時のせん断応力方向と20度以内の角度で一致していることが確認された。
また、上記と同じ手順で作成したTIPSペンタセン溶液をガラス基板間に挟み、80℃で偏光顕微鏡下で観察した結果、複屈折を伴ういわゆるシュリーレン・テクスチュアが観察され、上記TIPSペンタセン溶液は液晶状態であることが確認された。
TIPSペンタセンを加える前の4−ブチル−シクロヘキサンカルボキシリックアシッド単品も元々液晶性を有するため(たとえば非特許文献3)、同様の偏光顕微鏡観察でシュリーレン・テクスチュアが観察された。
【0047】
(実施例7)
4−ブチル−シクロヘキサンカルボキシリックアシッド(C−C10−COOH)4gと、図5に示す末端鎖長n=4の、2,9−ジブチルペンタセン粉末1gとの混合物を、84℃に加熱して均一な2,9−ジブチルペンタセン溶液を調製した。また、垂直配向用ポリイミド前駆体であるポリアミック酸溶液を石英ガラス基板上にスピンコートし、加熱イミド化してポリイミド薄膜化した。上記のペンタセン溶液を、94℃に加熱した上記石英ガラス基板上にディスペンスコートした。その後、4−ブチル−シクロヘキサンカルボキシリックアシッドを蒸発させ、2,9−ジブチルペンタセン薄膜を得た。
得られたペンタセン薄膜の膜厚を測定したところ、膜厚120nm±10nmの均一性の高い薄膜が得られていることを確認した。また、この2,9−ジブチルペンタセン薄膜表面の表面SFG測定をおこなった結果、薄膜表面の2,9−ジブチルペンタセン分子の分子長軸が、ガラス基板法線から同一方向に僅かに傾いた配向となっていることが確認された。
また、上記と同じ手順で作成した2,9−ジブチルペンタセン溶液をガラス基板間に挟み、84℃で偏光顕微鏡下で観察した結果、複屈折を伴ういわゆるシュリーレン・テクスチュアが観察され、上記2,9−ジブチルペンタセン溶液は液晶状態であることが確認された。
2,9−ジブチルペンタセンを加える前の4−ブチル−シクロヘキサンカルボキシリックアシッド単品も元々液晶性を有するため(たとえば非特許文献3)、同様の偏光顕微鏡観察でシュリーレン・テクスチュアが観察された。
【0048】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨にもとづいて種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【0049】
例えば、基板としては、実施例で用いたガラス以外にも、すでに述べたシリコン、石英や、アルミニウム、金等の金属、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリイミド等のプラスチック基板等でも良い。またこれらの基板は、必要に応じて異なる材質からなる複合積層構造を有しても良く、さらにラビング処理以外の光配向処理等の表面配向処理が施されたものも配向制御に好適である。
さらにまた、溶液塗布方法も、上に挙げた以外のせん断応力を加えることの出来る塗布方法以外にも、磁場あるいは電場等のせん断応力以外の配向制御能を有する作用を加えつつ塗布を行なう方法を用いても良い。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法およびそれにより製造された縮合多環芳香族化合物薄膜は、液晶、有機エレクトロルミネッセンス等の各種の表示素子の薄膜トランジスタを製造する工程として、およびそれら薄膜トランジスタの有機半導体薄膜層として利用可能であり、それらを用いたフレキシブルな携帯テレビ受像機の表示素子等に利用可能である。
【符号の説明】
【0051】
a…シアノターフェニル系液晶化合物
b…シアノビフェニル系液晶化合物
c…フェニルピリミジン系液晶化合物
d…エステル系液晶化合物
e…トラン系液晶化合物
f…トリフルオロ系液晶化合物
g…フェニルシクロヘキサン系液晶化合物
h…TIPSペンタセン
i…2,9−ジアルキルペンタセン
A…安息香酸分子の分子間水素結合による二量体


【特許請求の範囲】
【請求項1】
縮合多環芳香族化合物と、当該縮合多環芳香族化合物を溶解可能な有機化合物との混合溶液を得るステップと、
前記混合溶液を基板に塗布するステップと、
前記塗布溶液から前記有機化合物を除去するステップと、
を有する縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法であって、
前記縮合多環芳香族化合物を溶解可能な有機化合物が、カルボン酸化合物の1種または2種以上であることを特徴とする縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記縮合多環芳香族化合物と前記有機化合物との混合溶液が、両者の混合により液晶性が付与されることを特徴とする請求項1記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記縮合多環芳香族化合物と、前記カルボン酸化合物との、どちらか一方または両方が液晶性を有することを特徴とする請求項1記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記カルボン酸化合物が、安息香酸化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項5】
前記カルボン酸化合物が、シクロヘキサンカルボン酸化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項6】
前記混合溶液を基板に塗布するステップが、せん断場を溶液に加えつつ塗布するステップであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項7】
前記塗布溶液から前記有機化合物を除去するステップが、前記有機化合物の蒸気圧を前記縮合多環芳香族化合物より高くし、前記有機化合物を選択的に蒸発させるステップであることを特徴とする請求項1〜6のいずか1項に記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項8】
前記縮合多環芳香族化合物が、ポリアセン化合物であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項9】
前記縮合多環芳香族化合物が、ペンタセン化合物であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項10】
前記混合溶液が塗布される基板の表面に、前記混合溶液の液晶性によりその配向を制御する配向層を設けたことを特徴とする請求項1〜9いずれか1項に記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の縮合多環芳香族化合物薄膜の製造方法によって製造されたことを特徴とする縮合多環芳香族化合物薄膜。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−51438(P2013−51438A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−257348(P2012−257348)
【出願日】平成24年11月26日(2012.11.26)
【分割の表示】特願2008−234936(P2008−234936)の分割
【原出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】