説明

繊維質シート状物の製造方法

【課題】 これまで人工皮革に適用することが困難であった極細長繊維を、人工皮革基体を構成する繊維として使用可能とする繊維質シート状物の製造方法の提供。
【解決手段】 少なくとも1成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂である極細繊維発生型繊維からなる織編物上に、少なくとも1成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂である極細繊維発生型繊維からなる長繊維不織布シートを積層してニードルパンチ処理を行うに際し、ニードルパンチ処理による面積収縮率が30%以上であること、および、繊維質シート状物の層間剥離強力が6kg/2.5cm以上であること、を同時に満足することを特徴とする繊維質シート状物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも1成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂である極細繊維発生型長繊維不織布と、少なくとも1成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂である極細繊維発生型織編物を用いた繊維質シート状物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工皮革は、軽さ、取り扱い易さなどの天然皮革に対する優位性が消費者に認められてきており、衣料、一般資材、スポーツ分野などで幅広く利用されるようになっている。
【0003】
従来の一般的な人工皮革の製造方法は、概略次の通りである。すなわち、溶解性を異にする2種の重合体からなる極細繊維発生型複合繊維をステープル化し、カード、クロスラッパー、ランダムウェバー等を用いてウェブ化し、ニードルパンチ等により繊維を互いに絡ませて不織布化した後、ポリウレタン等の高分子弾性体を付与し、そして該複合繊維中の一成分を除去することにより繊維を極細化させて柔軟な人工皮革を得ることができる。
【0004】
ここで、不織布基体として長繊維を用いれば、短繊維からなる不織布に比べて、その製造方法として原綿供給装置、開繊装置、カード機などの一連の大型設備を必要とせず、また長繊維からなることで強度も短繊維不織布に比べて大きいという利点がある。
【0005】
長繊維を人工皮革の不織布基体として利用しようとする試みはこれまでにもなされているが、実際に上市されている製品は0.5デシテックス以上のレギュラーファイバーを銀付調人工皮革の基体として用いる程度であり、極細長繊維使いの人工皮革は未だ上市されていない。これは、安定した目付の長繊維不織布を得ることの困難さ、極細繊維発生型複合紡糸繊維製造の取扱性、複合長繊維のムラやひずみに起因する厚み斑や目付け斑等で代表される製品ムラが原因と推察される。実際、短繊維を使用した場合と同じ製法を極細長繊維不織布に適用した場合には、極細繊維化工程、染色工程等において、人工皮革にシワ欠点を生じ、安定した製品の製造は困難である。
【0006】
このようなムラを解消する方法として、長繊維を部分的に切断し部分的にひずみを解消する方法(例えば、特許文献1参照。)が考えられるが、このような方法では、長繊維の利点である繊維がつながっていることによる強力物性への寄与を低下させ、長繊維の特徴を充分に生かすことができない場合がある。また、織編物等の補強布を導入し、繊維の形態変化を抑制する方法(例えば、特許文献2参照。)が考えられるが、単に補強布を導入するだけでは、摩擦等に対する繊維の脱落の防止効果には有効であっても、繊維のひずみ緩和に抗し切れず、シワ欠点を生じてしまう場合がある。
【0007】
【特許文献1】特許第3176592号公報
【特許文献2】特開昭64−20368号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、これまで人工皮革に適用することが困難であった極細長繊維を、人工皮革の基体として用いることを可能とする繊維質シート状物の製造方法を提供することにある。
【0009】
上記課題を達成すべく本発明者等は鋭意研究を重ねた結果、本発明に至った。
すなわち、本発明は、少なくとも1成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂である極細繊維発生型繊維からなる織編物上に、少なくとも1成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂である極細繊維発生型繊維からなる長繊維不織布シートを積層してニードルパンチ処理を行うに際し、下記IおよびIIを満足する繊維質シート状物の製造方法である。
I.ニードルパンチ処理による面積収縮率が30%以上であること
II.繊維質シート状物の層間剥離強力が6kg/2.5cm以上であること
【0010】
そして、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂が粘度平均重合度200〜500、ケン化度90〜99.99モル%、融点160℃〜230℃であることが好ましい
また、本発明のもう1つの形態は、上記いずれかの方法によって得られた繊維質シート状物に対し、内部に高分子弾性体を含浸する工程、極細繊維発生型繊維を極細化する工程を含む人工皮革基体の製造方法あり、さらに上記製造方法により製造された人工皮革基体より製造される人工皮革である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の繊維質シート状物の製造方法によれば、人工皮革の基体に適した繊維質シート状物を得ることができ、該シート状物の内部に高分子弾性体を含浸かつ極細繊維発生型繊維を極細化することで、人工皮革基体を製造することができる。また、該人工皮革基体の表面を毛羽立てることによりスエード調或いはヌバック調の人工皮革が得られ、また該基体表面に樹脂を塗布するか表面を熱や溶剤で溶かして表面を樹脂層とすることにより銀面調の人工皮革が得られる。これら人工皮革は、天然皮革調の緻密性と充実感のある風合いを有し、機械的性能に優れ、更に柔軟特性及び審美性に優れたものである。これら人工皮革は、靴、ボール類、家具、乗物用座席、衣料、手袋、野球用グローブ、鞄、ベルトまたはバッグで代表される人工皮革製品に加工することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明を達成するための具体的な手段の一例は、好ましくは、先ず水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂(以下PVAと略することがある)を一成分に用いて極細化後の単糸繊度が0.0003〜0.5デシテックスの極細繊維を形成することが可能な極細繊維発生型繊維からなるフィラメントを用いて長繊維不織布シートを形成し、この長繊維不織布シートと、0.0003〜0.5デシテックスの極細繊維を発生させることが可能な水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を一成分に用いたフィラメントから構成され、撚数が10〜650T/Mであるマルチフィラメント糸から構成された織編物(織物または編物のこという。)を重ねてニードルパンチング処理により、ニードルパンチ処理前後の面積収縮率が少なくとも30%となるまで絡合処理して長繊維不織布シート自体の絡合と長繊維不織布シート及び織編物との絡合を十分に高めることで一体構造を形成せしめ繊維質シート状物を製造する方法であり、しかる後、内部に高分子弾性体を含浸する工程や極細繊維発生型繊維を極細化する工程を含む人工皮革基体を製造する方法である。
【0013】
ここでいう一体構造とは、長繊維不織布シートを構成する極細繊維発生型繊維どうしがその形態を維持しながら絡み合っているばかりでなく、該極細繊維発生型繊維が極細繊維発生型織編物の組織に入り込み、ランダムに絡み合った状態で層間剥離強力が6kg/2.5cm以上となっており、さらに強い応力で剥離せしめることによって、剥離よりも人工皮革基体が構造破壊を生じるような、あたかも長繊維不織布シートと織編物が不離一体となった構造をいう。
【0014】
本発明において極細繊維発生型繊維からなる長繊維不織布シートを得るための極細繊維発生型繊維としては特に限定されず、チップブレンド(混合紡糸)方式や複合紡糸方式で代表される方法を用いて得られる海島型断面繊維や多層積層型断面繊維等から適宜選択可能であるが、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を海成分、非水溶性熱可塑性樹脂を島成分とする極細繊維発生型長繊維が好ましく、非水溶性熱可塑性樹脂としては特に限定されないが、ポリエチレンテレフタレート(以下、PETと称する。)、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート(以下、PBTと称する。)、ポリエステルエラストマー等のポリエステル系、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン610、芳香族ポリアミド、ポリアミドエラストマー等のポリアミド系、ポリウレタン系、ポリオレフィン系、アクリロニトリル系などの繊維形成能を有する重合体が好適である。この中でもPET、PBT、ナイロン6、ナイロン66等は加工した製品の風合及び実用性能の点から特に望ましい。そして、これら重合体は融点が160℃以上であることが好ましく、160℃未満の場合には、形態安定性が劣り、実用性の点から好ましくない。
なお、融点は、示差走査熱量計(以下、DSCと称する。)を用いて、窒素中、昇温速度10℃/分で300℃まで昇温後、室温まで冷却し、再度昇温速度10℃/分で300℃まで昇温した場合の重合体の融点を示す吸熱ピークのピークトップの温度を採用している。
【0015】
本発明では極細繊維発生型繊維の海成分に水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を用いるが、該樹脂の使用は、環境汚染、溶解除去時の収縮特性等を総合的に考慮して選定されたものである。すなわち、このようなポリビニルアルコール系樹脂を用いることにより溶解除去する際に大きな収縮が生じ、人工皮革の高密度化が達成され、人工皮革のドレープ性や風合い等が天然皮革に酷似したものとなる。ポリビニルアルコール系樹脂溶解除去前の極細繊維発生型繊維中に占める質量比率としては5〜70質量%が好ましい。より好ましくは10〜60質量%、特に好ましくは15〜50質量%である。水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂自身の好ましい態様については後述する。
【0016】
本発明における極細繊維発生型長繊維よりなる長繊維不織布シートは、溶融紡糸と直結したいわゆるスパンボンド不織布の製造方法によって効率よく製造することができ、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂と非水溶性熱可塑性樹脂とをそれぞれ別の押し出し機で溶融混練し、溶融した樹脂流を複合ノズルを経て紡糸ヘッドに導きノズル孔から吐出させ、この吐出複合繊維を冷却装置により冷却せしめた後、エアジェット・ノズル等の吸引装置を用いて目的の繊度となるように1000〜6000m/分の複合繊維の引き取り速度に該当する速度で高速気流により牽引細化させ、移動式の捕集面の上に堆積させて必要に応じて部分圧着して製造することができる。得られる極細繊維発生型繊維の繊度としては、1.0〜5.0デシテックスの範囲、長繊維不織布シートの目付としては20〜500g/mの範囲が工程取扱性の面から好ましい。また、極細繊維とした後の単繊維繊度が0.0003〜0.5デシテックスの範囲となるように海島繊維の島数を設定することが好ましい。0.0003デシテックス未満ではスエード調人工皮革とした際に染色性に難があるため好ましくなく、0.5デシテックス超では人工皮革とした際に柔軟性および外観品位の劣るものとなるため好ましくない。
【0017】
織編物を構成する極細繊維発生型繊維の単繊維断面および使用樹脂としては、長繊維不織布シートを構成する極細繊維発生型繊維と同様の選択が別途可能であるが、長繊維不織布シートに採用したものと同様の構成にすることが好ましい。すなわち、被除去成分を水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂とし、残存成分に長繊維不織布シートと同系列の非水溶性熱可塑性樹脂を用いることで、極細繊維化の際に長繊維不織布シートと織編物の被除去成分を同時に除去することができるとともに、工程通過時の収縮挙動をそろえることができ、形態変化によるシワ欠点等の発生を回避できる。また、長繊維不織布シート表面への織編物の繊維の突き出しを考慮すると、極細繊維とした後の単繊維繊度は長繊維不織布シートを構成する極細繊維の繊度と同等のレベルであることが好ましく、0.0003〜0.5デシテックスの範囲とすることがより好ましい。これらにより人工皮革としての外観、審美性は飛躍的に向上する。
【0018】
織編物を構成する糸としては、マルチフィラメント糸が好ましく、マルチフィラメント糸の太さとしては50〜150デシテックスの範囲が好ましい。
【0019】
本発明の繊維質シート状物において、織編物はシート断面の下層に存在することとなるが、編織物を構成する繊維の撚数は収縮処理後において、2500T/m以下が好ましく、1000T/m以下がより好ましく、10〜650T/mが特に好ましい。上記範囲を採ることによって絡合処理工程で織編物を構成する繊維の一部を長繊維不織布シート側へ移動させ絡合を容易にし易く、長繊維不織布層と織編物層とが強固に絡合した一体構造が得られ易い。一方、撚数が10T/m以上あれば織編工程の通過性が良好となり易い。
【0020】
編織物の目付は、目的に応じて適宜設定可能であるが、極細処理後において20〜200g/m の範囲であることが望ましく、最も好適には30〜150g/mの範囲である。目付が20g/m 未満になると編織物としての形態が極めてルーズになり、目ずれ等布帛の安定性に欠ける。また、目付が200g/mを超えると編織物組織が密になり、長繊維不織布を構成している繊維の貫通が不充分で得られる繊維質シート状物の高絡合化が進まず不離一体化した構造物を作製し難くなる。
【0021】
編織物の種類については、経編、トリコット編で代表される緯編、レース編及びそれらの編み方を基本とした各種の編物、あるいは平織、綾織、朱子織及びそれらの織り方を基本とした各種の織物などが挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。これら織物のうち、好ましいものとしては、経糸、緯糸の撚数を10〜650T/mにした糸を用いたものがよく、特に好ましいものとしては経糸、緯糸ともに撚数を50〜600T/Mとした糸を用いた織物である。
【0022】
このような織編物上に、前述の長繊維不織布シートをクロスラッパー等を用いて重ね合わせ、次いで油剤を付与した後に、ニードルパンチ処理を施し一体化する。
【0023】
ニードルパンチ工程では、ニードルパンチ前後の長繊維不織布と織編物の積層体の面積収縮率が30%以上、好ましくは40%以上となるように長繊維不織布シートと織編物を絡合させる。面積収縮率が30%未満の場合には、繊維質シート状物のシート中の繊維の見掛け密度が低くなるため、極細繊維発生型繊維の極細化工程等、人工皮革の製造過程において長繊維不織布シートの長繊維が潜在的に有するひずみの緩和の際に繊維の動く余地を与えてしまい、シートにシワを生じさせ易くなるとともに、スエード調人工皮革とした際の表面の緻密感に欠けるものとなる。
また、面積収縮率の上限は特に設けないが、物理的な収縮の限度や風合等を考慮すると80%以下であることが好ましい。なお、ここでいう面積収縮率とは、収縮前の面積から収縮後の面積を引いた値を収縮前の面積で除した比率を表す。
【0024】
また、ニードルパンチ工程では、ニードルパンチ後の繊維質シート状物の、層間剥離強力が6kg/2.5cm以上となるように長繊維不織布シートと織編物を絡合させる必要がある。層間剥離強力が6kg/2.5cmに満たない場合には、長繊維不織布シートと織編物の絡合が不充分であり、織編物による長繊維不織布シートに対する形態変化抑制効果が充分発揮されないこととなり、人工皮革の製造過程において繊維質シート状物にシワを生じさせ易くなる。また、層間剥離強力の上限に関しては、特に制限はしないが、30kg/2.5cm以下であることが、ニードルパンチ処理工程の負荷や風合等のバランスの点で好ましい。
【0025】
このような条件を満たすための、油剤、ニードル形状、ニードル深度、パンチ数等の所謂ニードル条件については特に制限はなく、公知の方法から適宜選択することができる。例えばニードル形状は、バーブ数が多いほうが効率的であるが、針折れが生じない範囲で1〜9バーブの中から選ぶことができ、深度はニードル針のバーブが不織布表面まで貫通するような条件でかつニードルマークが強く出ない範囲で設定することができる。また、必要パンチ数は針種、油剤等の選択により増減するが、いずれの場合にも、面積収縮率30%以上かつ層間剥離強力6kg/2.5cm以上を満たすことが本発明の人工皮革製造におけるシワ抑制等で代表される工程通過性や形態安定性の確保に必要である。
【0026】
次に本発明の不織布及び織編物に好適に用いられるPVAについて詳述する。本発明の長繊維不織布シートおよび織編物を構成する極細繊維発生型繊維に用いられるPVAとしては、粘度平均重合度(以下、単に重合度と略記する)が200〜500のものが好ましく、中でも230〜470の範囲が好ましく、250〜450が特に好ましい。重合度が200未満の場合には溶融粘度が低すぎて、安定な複合化が得られにくい。重合度が500を超えると溶融粘度が高すぎて、紡糸ノズルから樹脂を吐出することが困難となる。重合度500以下のいわゆる低重合度PVAを用いることにより、熱水で溶解するときに溶解速度が速くなるという利点が有る。
【0027】
ここで言うPVAの重合度(P)は、JIS−K6726に準じて測定される。すなわち、PVAを再ケン化し、精製した後、30℃の水中で測定した極限粘度[η]から次式により求められるものである。
P=([η]10/8.29)(1/0.62)
重合度が上記範囲にある時、本発明の目的がより好適に達せられる。
【0028】
本発明のPVAのケン化度は90〜99.99モル%であることが好ましく、93〜99.98モル%がより好ましく、94〜99.97モル%がさらに好ましく、96〜99.96モル%が特に好ましい。ケン化度が90モル%未満の場合には、PVAの熱安定性が悪く熱分解やゲル化によって満足な溶融紡糸を行うことができないのみならず、生分解性が低下し、更に後述する共重合モノマーの種類によってはPVAの水溶性が低下し、本発明の複合繊維を得ることができない場合がある。一方、ケン化度が99.99モル%よりも大きいPVAは安定に製造することができにくい。
【0029】
本発明で使用されるPVAは生分解性を有しており、活性汚泥処理あるいは土壌に埋めておくと分解されて水と二酸化炭素になる。PVAを溶解した後のPVA含有廃液の処理には活性汚泥法が好ましい。該PVA水溶液を活性汚泥で連続処理すると2日間から1ヶ月の間で分解される。また、本発明に用いるPVAは燃焼熱が低く、焼却炉に対する負荷が小さいので、PVAを溶解した排水を乾燥させてPVAを焼却処理してもよい。
【0030】
本発明に用いられるPVAの融点(Tm)は160〜230℃が好ましく、170〜227℃がより好ましく、175〜224℃が特に好ましく、180〜220℃がとりわけ好ましい。融点が160℃未満の場合にはPVAの結晶性が低下し繊維強度が低くなると同時に、PVAの熱安定性が悪くなり、繊維化できない場合がある。一方、融点が230℃を超えると溶融紡糸温度が高くなり紡糸温度とPVAの分解温度が近づくためにPVA繊維を安定に製造することができない。
【0031】
PVAの融点は、DSCを用いて、窒素中、昇温速度10℃/分で300℃まで昇温後、室温まで冷却し、再度昇温速度10℃/分で300℃まで昇温した場合のPVAの融点を示す吸熱ピークのピークトップの温度を意味する。
【0032】
PVAは、ビニルエステル単位を主体として有する樹脂をケン化することにより得られる。ビニルエステル単位を形成するためのビニル化合物単量体としては、ギ酸ビニル、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、バレリン酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、ピバリン酸ビニルおよびバーサティック酸ビニル等が挙げられ、これらの中でもPVAを容易に得る点からは酢酸ビニルが好ましい。
【0033】
本発明で使用されるPVAは、ホモ樹脂であっても共重合単位を導入した変性PVAであってもよいが、溶融紡糸性、水溶性、繊維物性の観点からは、共重合単位を導入した変性PVAを用いることが好ましい。共重合単量体の種類としては、共重合性、溶融紡糸性および繊維の水溶性の観点からエチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテンの炭素数4以下のα−オレフィン類、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n−プロピルビニルエーテル、i−プロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル等のビニルエーテル類が好ましい。炭素数4以下のα−オレフィン類および/またはビニルエーテル類に由来する単位は、PVA中に1〜20モル%存在していることが好ましく、さらに4〜15モル%が好ましく、6〜13モル%が特に好ましい。さらに、α−オレフィンがエチレンである場合には、繊維物性が高くなることから、特にエチレン単位が4〜15モル%、より好ましくは6〜13モル%導入された変性PVAを使用する場合である。
【0034】
本発明で使用されるPVAは、塊状重合法、溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法などの公知の方法が挙げられる。その中でも、無溶媒あるいはアルコールなどの溶媒中で重合する塊状重合法や溶液重合法が通常採用される。溶液重合時に溶媒として使用されるアルコールとしては、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコールなどの低級アルコールが挙げられる。共重合に使用される開始剤としては、a、a`−アゾビスイソブチロニトリル、2,2`ーアゾビス(2,4−ジメチル−バレロニトリル)、過酸化ベンゾイル、nープロピルパーオキシカーボネートなどのアゾ系開始剤または過酸化物系開始剤などの公知の開始剤が挙げられる。重合温度については特に制限はないが、0℃〜150℃の範囲が適当である。
【0035】
以上により得られた繊維質シート状物に、必要に応じてカレンダーロールによる面平滑化を施し、内部に高分子弾性体を含浸する工程、極細繊維発生型繊維を極細化する工程を経て人工皮革基体を製造することができる。高分子弾性体の付与は高分子弾性体を溶剤に溶解、あるいは分散媒に分散したのち、上記繊維質シート状物に含浸付与し、非溶剤で処理して湿式凝固させるか、あるいは熱処理や熱水処理などを施して、乾式凝固や熱水凝固あるいは感熱ゲル化処理を施すことによりおこなうことができる。なかでも、有機溶剤を使用せず、環境への負荷が少ない点から、水分散型樹脂の使用が好適な例として挙げられる。
極細繊維発生型繊維の極細化は、海島型繊維の場合には、海成分である水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を熱水により溶解除去することにより行う。ここで、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の溶解除去を高分子弾性体の含浸付与以前あるいは以後に行っても良い。
【0036】
このようにして得られた人工皮革基体は、その表面を毛羽立て、柔軟化処理、染色処理することによりスエード調の人工皮革とすることができる。毛羽立てる方法としてはサンドペーパーや針布等を用いたバフがけを用いることができる。また、公知の方法により所望の条件にてエンボス加工、柔軟化処理、染色などの処理で銀付き調、または半銀付き調の人工皮革とすることもできる。これらの人工皮革は、シワが無く、天然皮革様の充実感、長繊維由来のドレープ性を有しており、衣料用、靴用、手袋用、またはソファー等のインテリア用といった製品用途の素材として好適なものである。
【0037】
海島型の長繊維不織布シートを用いて人工皮革を製造する場合、海成分除去工程、染色工程等の高温における繊維の伸縮による動きを抑制することが難しく、シート全面に不規則な皺を生じるケースが多い。特にバインダー樹脂の比率が低い場合にこの傾向が顕著になるが、本発明のように一定の形態保持能力を有する織編物と一体化させ、繊維の動きを抑制することで、シワの発生を抑えることが可能となる。また、織編物の補強効果により、不織布単独では従来全く得られなかった高強力、高密度及び引裂特性に優れた柔軟で高品位の人工皮革基体が得られる。
実施例
【0038】
以下実施例により、本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
なお、繊維の平均繊度は、繊維形成に使用した樹脂の密度と走査型電子顕微鏡を用いて数百倍〜数千倍程度の倍率にて観察される、シートを構成する繊維の断面の面積とから計算されたものである。また、実施例中で記載される部および%は、特にことわりのない限り質量に関するものである。
樹脂の融点は、DSC(TA3000、メトラー社製)測定器を用いて、窒素中、昇温速度10℃/分で300℃まで昇温後、室温まで冷却し、再度昇温速度10℃/分で300℃まで昇温した場合の樹脂の融点を示す吸熱ピークのピークトップの温度を採用した。
【0039】
製造例1
[水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の製造]
攪拌機、窒素導入口、エチレン導入口および開始剤添加口を備えた100L加圧反応槽に酢酸ビニル29.0kgおよびメタノール31.0kgを仕込み、60℃に昇温した後30分間窒素バブリングにより系中を窒素置換した。次いで反応槽圧力が5.9kg/cmとなるようにエチレンを導入仕込みした。開始剤として2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(以下、AMVと略すこともある。)をメタノールに溶解した濃度2.8g/L溶液を調整し、窒素ガスによるバブリングを行って窒素置換した。上記の重合槽内温を60℃に調整した後、上記の開始剤溶液170mlを注入し重合を開始した。重合中はエチレンを導入して反応槽圧力を5.9kg/cmに、重合温度を60℃に維持し、上記の開始剤溶液を用いて610ml/hrでAMVを連続添加して重合を実施した。10時間後に重合率が70%となったところで冷却して重合を停止した。反応槽を開放して脱エチレンした後、窒素ガスをバブリングして脱エチレンを完全に行った。次いで減圧下に未反応酢酸ビニルモノマーを除去しポリ酢酸ビニルのメタノール溶液とした。得られた該ポリ酢酸ビニル溶液にメタノールを加えて濃度が50%となるように調整したポリ酢酸ビニルのメタノール溶液200g(溶液中のポリ酢酸ビニル100g)に、46.5g(ポリ酢酸ビニルの酢酸ビニルユニットに対してモル比(MR)0.10)のアルカリ溶液(NaOHの10%メタノール溶液)を添加してケン化を行った。アルカリ添加後約2分で系がゲル化したものを粉砕器にて粉砕し、60℃で1時間放置してケン化を進行させた後、酢酸メチル1000gを加えて残存するアルカリを中和した。フェノールフタレイン指示薬を用いて中和の終了を確認後、濾別して得られた白色固体のPVAにメタノール1000gを加えて室温で3時間放置洗浄した。上記洗浄操作を3回繰り返した後、遠心脱液して得られたPVAを乾燥機中70℃で2日間放置して乾燥PVAを得た。
【0040】
得られたエチレン変性PVAのケン化度は98.4モル%であった。また該変性PVAを灰化させた後、酸に溶解したものを用いて原子吸光光度計により測定したナトリウムの含有量は、変性PVA100質量部に対して0.03質量部であった。また、重合後未反応酢酸ビニルモノマーを除去して得られたポリ酢酸ビニルのメタノール溶液をn−ヘキサンに沈殿、アセトンで溶解する再沈精製を3回行った後、80℃で3日間減圧乾燥を行って精製ポリ酢酸ビニルを得た。該ポリ酢酸ビニルをd6−DMSOに溶解し、500MHzプロトンNMR(JEOL GX−500)を用いて80℃で測定したところ、エチレンの含有量は10モル%であった。上記のポリ酢酸ビニルのメタノール溶液をアルカリモル比0.5でケン化した後、粉砕したものを60℃で5時間放置してケン化を進行させた後、メタノールソックスレーを3日間実施し、次いで80℃で3日間減圧乾燥を行って精製されたエチレン変性PVAを得た。該PVAの平均重合度を常法のJIS K6726に準じて測定したところ330であった。該精製PVAの1,2−グリコール結合量および水酸基3連鎖の水酸基の含有量を5000MHzプロトンNMR(JEOL GX−500)装置による測定から前述のとおり求めたところ、それぞれ1.50モル%および83%であった。さらに該精製された変性PVAの5%水溶液を調整し厚み10ミクロンのキャスト製フィルムを作成した。該フィルムを80℃で1日間減圧乾燥を行った後に、DSCを用いて、前述の方法により融点を測定したところ206℃であった。
【実施例1】
【0041】
上記水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を海成分に用い、イソフタル酸変性度6モル%のポリエチレンテレフタレ−トを島成分とし、極細繊維発生型繊維1本あたりの島数が25島となるような溶融複合紡糸用口金を用い、海成分/島成分の質量比30/70となるように260℃で口金より吐出した。紡速が4500m/minとなるようにエジェクター圧力を調整し、平均繊度2.0デシテックスの長繊維をネットで捕集し、30g/mの長繊維不織布シートを得た。
【0042】
イソフタル酸変性度6モル%のポリエチレンテレフタレ−トを島成分、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を海成分とする島数25の極細繊維発生型繊維よりなる84デシテックス−24フィラメントのマルチフィラメント糸より成る撚り数550T/m、織密度105×84本/インチ、目付100g/mの平織物上に、上記長繊維不織布シート8枚相当分をクロスラップ法により重ね合わせ、針折れ防止油剤をスプレー付与した。
【0043】
次いで、針先端からバーブまでの距離が5mmの1バーブの針を用い、針深度10mmにて両面から交互に3600P/cmのニードルパンチングをおこない、織物と長繊維不織布シートを絡合せしめた。このニードルパンチ処理による面積収縮率は50%であり、ニードルパンチ後の繊維質シート状物の層間剥離強力は9.5kg/2.5cmであった。
【0044】
該シート状物をカレンダーロールでプレスすることで表面の平滑な繊維質シート状物とした。この繊維質シート状物の目付は650g/m、見かけ比重は、0.78であった。この繊維質シート状物に水系ポリウレタンエマルジョンとしてスーパーフレックスE−4800(第一工業製薬株式会社製)を含浸付与し、乾燥およびキュアリングを施した後、95℃の熱水中で極細繊維発生型繊維の水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を溶解除去して島成分よりなる極細繊維束を発現させ、厚さ0.7mmの人工皮革基体を得た。極細繊維の平均繊度は0.05デシテックスであった。また、人工皮革基体中のポリウレタンの質量比率は13%であり、シワ欠点の全く無いものであった。この人工皮革基体をバフィングにより起毛したのち、分散染料により染色し、厚さ0.7mmのスエード調人工皮革を得た。得られたシートは皺が無く、天然皮革様の充実感および良好なライティング性を有し、インテリア、カーシート等の用途に好適な強度物性を有していた。
【実施例2】
【0045】
上記水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を海成分に用い、255℃でのメルトフローレート:10のポリアミドを島成分とし、繊維1本あたりの島数が36島となるような溶融複合紡糸用口金を用い、海成分/島成分の質量比30/70となるように255℃で口金より吐出した。紡速が4500m/minとなるようにエジェクター圧力を調整し、平均繊度2.0デシテックスの長繊維をネットで捕集し、30g/mの長繊維不織布シートを得た。
【0046】
上記長繊維不織布シートを構成する繊維と同組成のポリアミドを島成分、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を海成分とする島数36の極細繊維発生型繊維よりなる目付100g/mの編物上に、上記長繊維不織布シート10枚相当分をクロスラップ法により重ね合わせ、針折れ防止油剤をスプレー付与し、両面から交互に2400P/cmのニードルパンチングをおこなった。このニードルパンチ処理による面積収縮率は45%であり、ニードルパンチ後の繊維質シート状物の層間剥離強力は8.0kg/2.5cmであった。
【0047】
該シート状物をカレンダーロールでプレスすることで表面の平滑な繊維質シート状物とした。この繊維質シート状物の目付は540g/m、見かけ比重は、0.76であった。この繊維質シート状物に水系ポリウレタンエマルジョンとしてスーパーフレックスE−4800(第一工業製薬株式会社製)を含浸付与し、乾燥およびキュアリングを施した後、95℃の熱水中で複合紡糸繊維中の水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を溶解除去して島成分よりなる極細繊維束を発現させ、厚さ0.55mmの人工皮革基体を得た。極細繊維の平均繊度は0.03デシテックスであった。また、人工皮革基体中のポリウレタンの質量比率は16%であった。この人工皮革基体をバフィングにより起毛したのち、含金染料により染色し、厚さ0.55mmのスエード調人工皮革を得た。得られたシートはシワが無く、天然皮革様の充実感および良好なドレープ性、ライティング性を有し、衣料等の用途に好適な素材であった。
【0048】
比較例1
織編物を使用しない以外は実施例1と同様のニードルパンチ条件にて長繊維不織布シートのみから繊維質シート状物を作製した。得られた繊維質シート状物を実施例1と同様の工程により人工皮革基体としたが、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の溶解除去工程において多数のシワを生じ、製品としての使用に耐えないものとなった。
【0049】
比較例2
実施例1において、ニードルパンチ回数を280P/cmとする以外は同条件で繊維質シート状物を作製した。このニードルパンチ処理による面積収縮率は23%であり、ニードルパンチ後の繊維質シート状物の層間剥離強力は1.0kg/2.5cmであった。得られたシート状物を実施例1と同様の工程により人工皮革基体としたが、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の溶解除去工程において多数のシワを生じ、製品としての使用に耐えないものとなった。
【0050】
比較例3
ニードルパンチの針深度を6mmとする以外は実施例1と同条件で繊維質シート状物を作製した。このニードルパンチ処理による面積収縮率は32%であり、ニードルパンチ後の繊維質シート状物の層間剥離強力は5.0kg/2.5cmであった。得られたシート状物を実施例1と同様の工程により人工皮革基体としたが、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の溶解除去工程において多数のシワを生じ、製品としての使用に耐えないものとなった。
【0051】
比較例4
極細繊維発生型繊維の海成分を水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂からポリエチレンに変更する以外は実施例1と同条件で繊維質シート状物を作製した。人工皮革基体とした時にポリエチレンの溶解除去にトルエンを使用することで島成分のポリエチレンテレフタレ−トが膨潤し、工程通過中の伸びが大きくなり取扱性に難があるばかりでなく、製品としての風合い、充実感に欠けるものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂である極細繊維発生型繊維からなる織編物上に、少なくとも1成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂である極細繊維発生型繊維からなる長繊維不織布シートを、積層してニードルパンチ処理を行うに際し、下記IおよびIIを満足することを特徴とする繊維質シート状物の製造方法。
I.ニードルパンチ処理による面積収縮率が30%以上であること
II.繊維質シート状物の層間剥離強力が6kg/2.5cm以上であること
【請求項2】
水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂が粘度平均重合度200〜500、ケン化度90〜99.99モル%、融点160℃〜230℃である請求項1に記載の繊維質シート状物の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2いずれかの方法によって得られた繊維質シート状物に対し、内部に高分子弾性体を含浸する工程、極細繊維発生型繊維を極細化する工程を含む人工皮革基体の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の製造方法により得られる人工皮革基体。

【公開番号】特開2006−2286(P2006−2286A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−179681(P2004−179681)
【出願日】平成16年6月17日(2004.6.17)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】