説明

繊維鑑別方法および繊維鑑別装置

【課題】
測定試料の作製において、識別すべき繊維の粉砕を変質なく行うことができ、前記繊維の鑑別を確実に行うことができる信頼性の高い繊維鑑別方法および繊維鑑別装置を提供する。
【解決手段】
鑑別対象である繊維を凍結した後、粉砕し、前記粉砕された繊維とポリエチレンパウダーとを混合して、試料を作成し、前記試料に電磁波を照射し、0.1THz〜10THzの周波数の範囲内で前記電磁波の周波数を掃引し、前記試料を透過する電磁波の透過強度を測定し、透過スペクトルを得ることにより前記試料内部に保持されている繊維の成分を分析することを特徴とする繊維鑑別方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ電磁波の照射を利用して、繊維を特定する繊維鑑別方法および繊維鑑別装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、テラヘルツ電磁波を利用した物質分析や有機化学研究が注目されている。テラヘルツ電磁波(1THz=1012Hz)は、遠赤外光とも呼ばれ、周波数領域が光と電波の境界に相当するおよそ0.1THz〜30THzの電磁波である。テラヘルツ帯の周波数は、たんぱく質などの生体関連分子や高分子材料における固有振動に対応しているため、生体機能や分子構造の解析などに応用が期待されている。また、各種タンパク質、脂質、炭水化物に分類される、さまざまな有機分子の振動・回転スペクトルがこの周波数領域に存在していることから、分子識別のための指紋スペクトルとしての応用も期待されている。
非特許文献1には広帯域で高出力のテラヘルツ電磁波を発生させる方法が開示されており、これまで未踏領域とされたテラヘルツ周波数帯域を用いたさまざまな応用が検討され始めている。テラヘルツ電磁波は物質に依存した透過性を持ち、光波としての直進性を兼ね備えている。このため特定物質の非破壊検査や隠匿物の画像化などへの適用が検討されている。
【0003】
ここで、繊維についての従来の検査方法に関しては、高級天然繊維の中で獣毛に分類される山羊毛や羊毛などは種類や品質によって数10倍の価格差が生じる一方、主成分が酷似しているため化学的識別法は用いることができず、識別が困難であることから不当表示が後を絶たない。特に、カシミヤ(山羊毛の一種)を使った繊維製品の不当表示が相次いて発覚し、社会問題となっている。カシミヤ製品の7〜8割が中国製であり、中国での生産工程でほかの毛が混入した以外は原因が特定されていない。この問題は、高価なカシミヤの需要が増え供給とのバランスが崩れたことや、製品の低価格化などによってさらに深刻化しつつある。このため、生産者と販売者が協力し合い、信頼性の高い品質表示を確保することで消費者の信頼回復を行うことが切に望まれている。
【0004】
獣毛の識別には、獣毛を構成するキューティクル構造の違いを識別する必要がある。この検査は(財)毛製品検査協会の熟練者が行う顕微鏡で繊維の形態と数を数える方法に頼ってきた。検査に要する時間は1点で1時間以上、費用は2〜3万円かかるなど、検査に過大な時間と人手を要してきた。最近ではこの検査をすり抜けるため、キューティクルを薬品で溶かす例や、識別困難な獣毛を意図的に混ぜる例などが出てきている。
一部の研究機関でDNA検査による識別の成功例が報告されているが、獣毛に含まれるDNAはごくわずかであり、染色や薬品処理によって簡単にDNAが壊されてしまうことから、有効な分析手段にはならないと考えられている。このような状況が繊維製品の不正表示を蔓延させる原因となってきた。
特許文献1には、獣毛繊維のDNAによる同定方法について記載されている。また特許文献2には、カシミヤ染色装置によって、白色原毛におけるカシミヤ混率を判別する方法について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−210084号公報
【特許文献2】特許2558440号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Phys. D: Appl. Phys. 36 (2003) 953-957
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本出願では、テラヘルツ分光分析を用い、分子間相互作用や集合体構造に由来するエネルギーのスペクトル分析を合成繊維、あるいは植物由来繊維、あるいは獣毛繊維などの各種繊維の分析に適用することを目的とする。特に、獣毛繊維では、キューティクルおよびコルテックスの細胞構造(一次構造)や細胞の集合形式(高次構造)に対応した特有のスペクトルを見出し、繊維(獣毛)の種類や品質を即時識別することを目的とする。テラヘルツ分光分析を行う際には分析対象となる繊維をテラヘルツ波の波長より十分に小さいサイズまで粉砕し、均質な粉体にした上で分析用ペレットを作成する必要がある。繊維の粉砕方法に関しては、粉砕に伴う温度上昇を防ぎながら凍結粉砕する方法が最も効果的である。
【0008】
上記テラヘルツ分光分析において、粉砕条件では、ほとんどの試料は10μm程度まで粉砕することが必要である。その理由は、テラヘルツ分光分析において、0.1から10THzを分析範囲としたいので10THzでは波長が30μmとなる。このため試料が30μm以上の大きさで、分光分析のための入射テラヘルツ波が散乱されるため、検出器に入射するテラヘルツ波の強度が減衰し、正確なスペクトルが測定できなくなる。そのため試料は10μm程度まで粉砕することが必要である。このように、繊維を分析するには、繊維をテラヘルツ分光分析における波長より細かく粉砕する必要があるが、従来の粉砕方法では、粉砕する際に相当の熱が発生し(繊維が粉砕される際に局所的に熱損傷が生じる)、多くの繊維が変質してしまうという問題点があった。
【0009】
本発明の課題は、測定試料の作製において、識別すべき繊維の粉砕を変質なく行うことができ、前記繊維の鑑別を確実に行うことができる信頼性の高い繊維鑑別方法および繊維鑑別装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
従来の欠点である、繊維を粉砕する際に熱が発生し、多くの繊維が変質してしまうという問題点(繊維が粉砕される際に局所的に熱損傷が生じることが原因)に対して、本願では、以下の解決方法を用いた。即ち、本発明では、繊維を、凍結し粉砕することで、粉砕時に繊維に生じる熱変性をなくすことを実現した。
【0011】
本発明での、繊維を粉砕する具体的な手順を、以下説明する。
識別すべき繊維をステンレス製ボール数個とともに、ステンレス製粉砕ジャー(50ml)に入れ、液体窒素に10分程度浸し、77Kまで冷却する。この後、ただちに粉砕ジャーを粉砕機に取り付け所定の周波数で所定時間粉砕する。
粉砕条件は2段階で実施する。
第1段階:ボール径25mmφ1個+試料で20ヘルツにて2分間粉砕
第2段階:ボール径10 mmφ10個(あるいは12 mmφ8個)+試料で30ヘルツにて2分間粉砕
粉砕装置はボールミル(Retsch社製、MM400)を使用した。
【0012】
粉砕した試料は、真空乾燥した後、ポリエチレンパウダーと混合して、ペレットを作製する。前記ペレットを分析器に配置して分析する。
具体的な手順を、以下に説明する。
凍結粉砕した試料を真空乾燥し、秤量しポリエチレンパウダーと所定濃度(5-7wt%)になるように混合する。混合には乳鉢ですり合わせる方法か、密閉容器(ねじ付き試験管)に入れ回転式撹拌装置で混合する。混合したパウダー状の試料を所定量秤量し(300-350mg)プレス機で圧粉し直径20mmの円盤状の楔形ペレットを形成する。します。楔形ペレットの角度は2°で経験的にこの角度が適している。楔形にしないと、ペレットの表面と裏面で入射するテラヘルツ光が干渉し、正確なスペクトルが得られないという現象がある。このペレットをテラヘルツ分光器にセットし、0.1-10THzでの透過スペクトル分析を行う。
ここで、繊維の検出感度が得られるよう、ポリエチレンパウダー重量濃度を変える。ポリエチレンパウダー重量濃度が、3-10wt%が検出感度が高く取れ、特に5-7wt%を主に分析に適した濃度である。これはすべての種類の繊維について同様の傾向である。
【0013】
請求項1に係る発明は、鑑別対象である繊維を凍結した後、粉砕し、前記粉砕された繊維とポリエチレンパウダーとを混合して、試料を作成し、前記試料に電磁波を照射し、0.1THz〜10THzの周波数の範囲内で前記電磁波の周波数を掃引し、前記試料を透過する電磁波の透過強度を測定し、透過スペクトルを得ることにより前記試料内部に保持されている繊維の成分を分析することを特徴とする繊維鑑別方法である。
【0014】
請求項2に係る発明は、前記透過スペクトルから,前記試料の中の繊維に含まれる特定成分に対応する固有周波数の吸収帯域を識別して、前記繊維を特定することを特徴とする繊維鑑別方法である。
【0015】
請求項3に係る発明は、前記繊維は、凍結された後、ボールミルにて粉砕され、粒径を10μm以下とすることを特徴とする繊維鑑別方法である。
【0016】
請求項4に係る発明は、前記繊維は、77K以下の温度で凍結されることを特徴とする繊維鑑別方法である。
【0017】
請求項5に係る発明は、前記繊維の試料に対する重量濃度は、3wt%から10wt%の範囲とすることを特徴とする繊維鑑別方法である。
【0018】
請求項6に係る発明は、前記試料を、楔形ペレットとし、前記楔形ペレットの表面と裏面の角度を、2°とすることを特徴とする繊維鑑別方法である。
【0019】
請求項7に係る発明は、識別対象である繊維を含む試料に照射する0.1THz〜10THzの周波数の電磁波を発生する電磁波発生手段と、前記繊維を含む試料を透過する電磁波の透過強度を測定する検出手段とからなる繊維鑑別装置であって、前記試料は、楔形ペレットとし、前記楔形ペレットの表面と裏面の角度を、2°とすることを特徴とする繊維鑑別装置である。
【0020】
請求項8に係る発明は、前記試料は、鑑別対象である繊維を凍結した後、粉砕し、前記粉砕された繊維とポリエチレンパウダーとを混合して形成されたことを特徴とする繊維鑑別装置である。
【発明の効果】
【0021】
請求項1の発明によれば、鑑別すべき繊維の変質を起こさずに、粉砕することができ、
前記粉砕された繊維とポリエチレンパウダーとを混合して、試料を作成し、テラヘルツ分光器によって、繊維を安定して鑑別することができる。
請求項2の発明によれば、テラヘルツ分光器によって測定された試料の透過スペクトルから,前記試料の中の繊維に含まれる特定成分に対応する固有周波数の吸収帯域を識別して、前記繊維を特定することができる。
請求項6の発明によれば、試料を楔形ペレットとし、前記楔形ペレットの表面と裏面の角度を、2°としたので、安定したテラヘルツ分光器での透過スペクトルを測定できる。
【0022】
本発明によれば、測定試料の作製において、識別すべき繊維の粉砕を変質なく行うことができ、前記繊維の鑑別を確実に行うことができる信頼性の高い繊維鑑別方法および繊維鑑別装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明のテラヘルツ分光測定装置のブロック図である。
【図2】本発明で使用する楔形ペレットの図である。図2(a)は、上面図である、図2(b)は、図2(a)でのAA断面図である。
【図3】粉砕した繊維の顕微鏡写真である
【図4】各種合成繊維の透過スペクトルの測定結果である。
【図5】各種植物由来繊維の透過スペクトルの測定結果である。
【図6】各種獣毛繊維の透過スペクトルの測定結果である。
【図7】シルク15%+ウール85%、シルク100%、ウール100%の試料につき透過スペクトルを測定した結果である。
【図8】脱脂等の処理を一切行っていないメリノ種羊毛の原毛と脱脂、漂白、染色工程を経た試料の透過スペクトルを比較した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、識別すべき繊維を凍結し粉砕することで、粉砕時に繊維に生じる熱変性をなくしたことを特徴とし、鑑別対象である繊維を凍結した後、粉砕し、前記粉砕された繊維とポリエチレンパウダーとを混合して、試料を作成し、前記試料に電磁波を照射し、0.1THz〜10THzの周波数の範囲内で前記電磁波の周波数を掃引し、前記試料を透過する電磁波の透過強度を測定し、透過スペクトルを得ることにより前記試料内部に保持されている繊維の成分を分析することを特徴とする繊維鑑別方法である。
【0025】
本出願では、テラヘルツ分光分析を用い、分子間相互作用や集合体構造に由来するエネルギーのスペクトル分析を獣毛分析に適用している。すなわち、キューティクルおよびコルテックスの細胞構造(一次構造)や細胞の集合形式(高次構造)に対応した特有のスペクトルを見出し、獣毛の種類や品質を即時識別することを目的としている。テラヘルツ分光分析を行う際には分析対象となる繊維をテラヘルツ波の波長より十分に小さいサイズまで粉砕し、均質な粉体にした上で分析用ペレットを作成する必要があり、繊維の粉砕方法に関しては、粉砕に伴う温度上昇を防ぎながら凍結粉砕する方法、即ち、凍結し粉砕する方法を用いる。
【0026】
繊維を凍結することのメリットは、以下である。テラヘルツ派の性質と応用分野に関して、これまでは生地を透過し秘匿物を画像化するという例があった。繊維自体を分析した例はほとんどない。繊維を分析するには、繊維を波長より細かく粉砕する必要があるが、粉砕する際に相当の熱が発生し(繊維が粉砕される際に局所的に熱損傷が生じる)、多くの繊維が変質してしまう。このため凍結し粉砕することで、粉砕時に繊維に生じる熱変性をなくすことができる。
図3は、粉砕した繊維の顕微鏡写真である
【0027】
また、本発明は、識別対象である繊維を含む試料に照射する0.1THz〜10THzの周波数の電磁波を発生する電磁波発生手段と、前記繊維を含む試料を透過する電磁波の透過強度を測定する検出手段とからなる繊維鑑別装置であって、前記試料は、楔形ペレットとし、前記楔形ペレットの表面と裏面の角度を、2°とすることを特徴とする繊維鑑別装置である。ここで、前記試料は、鑑別対象である繊維を凍結した後、粉砕し、前記粉砕された繊維とポリエチレンパウダーとを混合して形成されたことを特徴とする。
【実施例】
【0028】
図1は、本発明のテラヘルツ分光測定装置10のブロック図である。テラヘルツ分光測定装置10は、電磁波発振器1、検出器4、信号処理部5により構成される。測定対象となる試料3は、発振器1と検出器4の間の光軸2上に置かれる。試料3を通過した電磁波は、検出器4により検出され、信号処理部5により検出信号が処理される。駆動機構6は試料3の位置決めや、試料3を走査して透過イメージングを得る際に必要となる。
試料3は光軸2に垂直な平面内の移動・調整により光軸2上で分析点が決定される。検出器4としては、広い波長感度特性をもつ焦電検知器や、ボロメータなどが用いられる。また検出器で検知された信号は信号処理部5によってスペクトル情報として処理・記憶される。
電磁波発振器1としては、例えば、GaP結晶を用いた差周波テラヘルツ波発生装置が用いられる。また、GaP結晶の代わりにLiNbO3結晶を用いると、差周波発生やパラメトリックオシレーションにより0.7THzから2.5THzのテラヘルツ電磁波を得ることができる。さらに、電磁波発振器1として、ガンダイオード、タンネットダイオード、共鳴トンネルダイオード、又は、p型ゲルマニウムレーザや量子カスケードレーザなどの電子デバイスを用いることもできる。これらの発振器を用いることにより、0.1THz〜30THzの周波数範囲の電磁波を利用できる。
本実施例の装置では、0.4-6.2THzの範囲の周波数範囲の電磁波を用いた。
図2は、本発明で使用する楔形ペレット31の図である。図2(a)は、上面図である、図2(b)は、図2(a)でのAA断面図である。前記楔形ペレット31は、外径Dを20mm、厚みtを約1mmとし、表面32aと裏面32bとのなす角度αは、2°が用いられる。この楔形ペレット31が、図1のテラヘルツ分光測定装置10の試料3として配置される。
このように、楔形ペレット31の角度は2°が適している。楔形にしないと、ペレットの表面と裏面で入射するテラヘルツ光が干渉し、正確なスペクトルが得られないという現象がある。
【0029】
(実施例1)(各種合成繊維の識別)
図4は、各種合成繊維の透過スペクトルの測定結果である。
凍結粉砕した繊維のテラヘルツ分光を行うことにより、化学繊維(ナイロン6、ナイロン66、ポリエステル、アクリル、レーヨンなど)で異なるスペクトルを得た。組成不明のナイロン生地を分析し、スペクトルパターンよりナイロン66であることを確認した。
それぞれ100%含有の生地を凍結粉砕し測定試料とした。
これらの試料は前述の段落0011、0012にて説明したように、繊維を冷凍し、粉砕して、ポリエチレンパウダーと混合し、図2に示す濃度の測定用の楔形ペレットを形成した。
【0030】
図4に示すごとく、ポリエルテルは5.5 THz付近に、アクリルは4 THz付近にブロードな吸収帯が存在する。これに対し、ナイロン6は2
THzおよび3.1 THz、ナイロン66では2、3.3および5.1 THに特徴的な吸収ピークが確認されている。ナイロン6およびナイロン66は従来用いられてきた赤外分光分析法ではスペクトルが酷似しており、識別が困難であると考えられる。本件はテラヘルツ分光分析によってポリエステルやアクリルなどの異なる分子構造の合成繊維の識別はもとより、ナイロンの分子形態や結晶構造の変異を感度良く検出できる事例を見出したものである。
【0031】
(実施例2)(各種植物由来の天然繊維の識別)
図5は、各種植物由来繊維の透過スペクトルの測定結果である。
植物由来の天然繊維のテラヘルツ分析を行い、綿、亜麻(リネン)、苧麻(ラミー)、大麻(ヘンプ)のスペクトル上の違いを確認した。各種植物由来の天然繊維のセルロース(結晶)の構造差異をテラヘルツ分光で検出可能であることが示された。
それぞれ100%含有の生地を凍結粉砕し測定試料とした。
これらの試料は前述の段落0011、0012にて説明したように、繊維を冷凍し、粉砕して、ポリエチレンパウダーと混合し、図2に示す濃度の測定用の楔形ペレットを形成した。
【0032】
植物由来繊維とセルロース再生繊維であるレーヨンのテラヘルツスペクトルである。植物由来繊維としては綿、ヘンプ(大麻)、リネン(亜麻)、ラミー(苧麻)の測定例を示してある。綿は構成物質のほとんどがD-グルコースが結合した直鎖状高分子セルロースで形成されており、そのセルロース構造は結晶構造と非結晶構造が配列した構造を形成しており、熟成した綿では結晶構造が80%以上となることが知られている。麻は種類によって繊維の形態が異なり、セルロース構造に加えて繊維を密着させるペクチン質
など不純物が多く含まれている。
【0033】
図5に示すように、各種繊維のテラヘルツスペクトルは、セルルースの結晶形態を反映していると考えることができる。ヘンプ、リネンおよびラミーのスペクトルは、結晶純度が高いものと予想される綿のスペクトルと類似しているが、3.2および5.2 THz付近の吸収ピークの形がそれぞれ異なっているのがわかる。これは、原料となる植物のセルルース結晶形態を反映しているものと思われる。一方、再生繊維であるレーヨンは全く異なるスペクトルを示している。レーヨンは木材パルプなどを原料としており、繊維を溶かして紡績する方法を用いているため、セルロースの結晶構造が変質、あるいはほぼ消失しているものと考えられる。このような結果から植物由来の繊維識別に関しても、テラヘルツ分光分析は高感度に各繊維種を識別できるものと予想される。
【0034】
(実施例3)(各種獣毛繊維の識別)
図6は、各種獣毛繊維の透過スペクトルの測定結果である。
高級獣毛繊維である山羊毛カシミヤと、各種純血種羊毛、ラクダやウサギの獣毛、および絹等に関してもテラヘルツ吸収スペクトルの違いを見出している。業界で問題となっている、カシミヤと性状が酷似している極細羊毛(メリノ種、羊)やヤク(牛)の毛の識別も可能であった。
それぞれ100%含有の生地を凍結粉砕し測定試料とした。
これらの試料は前述の段落0011、0012にて説明したように、繊維を冷凍し、粉砕して、ポリエチレンパウダーと混合し、図2に示す濃度の測定用の楔形ペレットを形成した。
【0035】
図6に示すように、カシミヤ(山羊毛)、メリノ(羊毛)、ヤク(牛毛)のテラヘルツスペクトルである。それぞれ洗毛された純粋な獣毛を試料として用いているが、カシミヤに関しては他の獣毛が混入している可能性を考慮し、異なる入手ルートのものについても追加測定を行った(カシミヤNo.2と記載)。
便宜上、図6の縦軸(透過率)は対数表示としてスペクトルが識別しやすくしてある。メリノ種は毛の直径が16-18μmと羊毛の中でも繊維が最も細く、カシミヤの繊維(11-18μm)とほぼ同程度であるため、カシミヤとの識別が困難な羊毛の一種である。また、ヤクの繊細なアンダーヘアは毛の表面のスケール形状がカシミヤのものと類似しているため、カシミヤとの識別が困難な獣毛のひとつである。これら獣毛のテラヘルツスペクトルは、メリノ種では3.9 THz、ヤクでは5.2および5.7THz、カシミヤでは4.7および5.7THzに吸収ピークが観測され、これらピークはブロードなものではあるが、獣毛の種別によって明確に異なるスペクトルを示すことが確認できた。
【0036】
獣毛はほぼ100%タンパク質で構成され、キューティクル、毛髄、および皮質細胞(コルテックス)によって構成されている。コルテックスは紡錘型の細胞が配列し、獣毛全体の90%近くを占めている。テラヘルツ分光分析では、このコルテックス構造の結合に起因した振動モード、あるいは分子間の水素結合などを検出し、獣毛種別による違いが検出されていると考えられる。
【0037】
カシミヤなどの混用率を測定するには、熟練者が行う顕微鏡で繊維の形態と数を数える方法が用いられてきた。この方法では細かく裁断された繊維の鏡面にあるキューティクルのスケール形状から特定の繊維を識別し、裁断された繊維の中に占める特定繊維の数をカウントし、統計的処理によって混用率を求めるという作業を行ってきた。この方法では特定繊維をいかに効率よく識別するかがカギであるが、スケール形状が薬品処理によって喪失したり、あるいはスケール形状が酷似した別種繊維を混入するなどによって、検査自体の信頼性が揺らぎつつある。本願では混用率の測定に関して以下の試験を実施した。カシミヤやウールにシルクを混入させた製品が多く製造されていることを鑑み、シルク15%+ウール85%、シルク100%、ウール100%の試料を測定した結果を図7に示した。
シルク100%の試料では3.5THz付近に顕著な吸収ピークが観測されるが、ウールでは吸収ピークは5.3および5.7THz付近に観測される。シルク15%+ウール85%(図中Silk mixed wool)では吸収ピークが4.2THz付近に観測されている。これは、シルクとウールが混合することによって、シルクとウールそれぞれのスペクトルが加算平均されたために生じた吸収ピークのシフトを意味している。このシフトの大きさを計測することによって、繊維の混用率を求めることができる。同様の測定結果はウールに変わりカシミヤを用いた場合でも観測されている。
【0038】
(実施例4)
従来の、熟練者が行う顕微鏡で繊維の形態と数を数える検査をすり抜けるために、獣毛繊維のキューティクルを薬品で溶かす例や、繊維を引き延ばす例などが新たな偽装の手口として発生している。このような場合に、本発明のテラヘルツ検査で、鑑別することが可能である。
羊毛を染色する際には、脱脂工程、漂白工程、および含金染料や酸性染料による着色によってキューティクルが損傷を受ける。図8に示したのは、脱脂等の処理を一切行っていないメリノ種羊毛の原毛と脱脂、漂白、染色工程を経た試料のスペクトル比較の結果である。この結果よりメリノ種に特有の3.9THz付近の吸収はすべての試料で観測されていることがわかる。黒色に染色したものでは5THz付近にも吸収ピークが観測されるが、メリノ種を特徴づけるスペクトルは保持されている。このことから、キューティクルが損傷を受けたり、あるいは消失しても本発明の方法によれば繊維種を識別化のであることがわかる。
テラヘルツ分光分析では獣毛の大部分(90%以上)を占めるコルテックスの結合状態を検出していると考えられ、キューティクルを薬品で溶かす例でも大きなスペクトル変化は生じないことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明では、テラヘルツスペクトル分析を各種繊維分析に適用した、合成繊維、植物繊維、および動物繊維などの各種繊維において、繊維の高分子構造や結晶構造の違い、あるいは細胞構造(一次構造)や細胞の集合形式(高次構造)に対応した特有のスペクトルが出現することを見出した。本発明は、例えば、カシミヤ偽装などで問題となっている獣毛種繊維の識別を可能にしていることから、新たな繊維検査技術につながる基礎技術として応用の可能性が大である。
【符号の説明】
【0040】
1 電磁波発振器
2 光軸
3 測定試料
31 楔形ペレット
32a 楔形ペレットの表面
32b 楔形ペレットの裏面
4 検出器
5 信号処理部
6 駆動機構
10 テラヘルツ分光測定装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鑑別対象である繊維を凍結した後、粉砕し、
前記粉砕された繊維とポリエチレンパウダーとを混合して、試料を作成し、
前記試料に電磁波を照射し、0.1THz〜10THzの周波数の範囲内で前記電磁波の周波数を掃引し、
前記試料を透過する電磁波の透過強度を測定し、透過スペクトルを得ることにより前記試料内部に保持されている繊維の成分を分析することを特徴とする繊維鑑別方法。
【請求項2】
前記透過スペクトルから,前記試料の中の繊維に含まれる特定成分に対応する固有周波数の吸収帯域を識別して、前記繊維を特定することを特徴とする請求項1記載の繊維鑑別方法。
【請求項3】
前記繊維は、凍結された後、ボールミルにて粉砕され、
粒径を10μm以下とすることを特徴とする請求項1記載の繊維鑑別方法。
【請求項4】
前記繊維は、77K以下の温度で凍結されることを特徴とする請求項1または3記載の
繊維鑑別方法。
【請求項5】
前記繊維の試料に対する重量濃度は、3wt%から10wt%の範囲とすることを特徴とする請求項1記載の繊維鑑別方法。
【請求項6】
前記試料を、楔形ペレットとし、前記楔形ペレットの表面と裏面の角度を、2°とする
ことを特徴とする請求項1または2記載の繊維鑑別方法。
【請求項7】
識別対象である繊維を含む試料に照射する0.1THz〜10THzの周波数の電磁波を発生する電磁波発生手段と、前記繊維を含む試料を透過する電磁波の透過強度を測定する検出手段とからなる繊維鑑別装置であって、
前記試料は、楔形ペレットとし、前記楔形ペレットの表面と裏面の角度を、2°とする
ことを特徴とする繊維鑑別装置。
【請求項8】
前記試料は、鑑別対象である繊維を凍結した後、粉砕し、前記粉砕された繊維とポリエチレンパウダーとを混合して形成されたことを特徴とする請求項7記載の繊維鑑別装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−203138(P2011−203138A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−71101(P2010−71101)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(507234427)公立大学法人岩手県立大学 (22)
【出願人】(591020283)小岩井農牧株式会社 (6)
【出願人】(510083348)株式会社 生活品質科学研究所 (1)
【Fターム(参考)】