説明

織物の開繊方法,織物及び複合材料

【課題】軽量で且つ高強度の複合材料をコスト安に実現可能となる極めて実用性に秀れた航空機用の複合材料に用いられる織物の開繊方法の提供。
【解決手段】複数の炭素繊維フィラメント1を収束した経糸2及び緯糸3を平織り織成して成り航空機用の複合材料に用いられる織物4を開繊する織物の開繊方法であって、カバーファクターが86〜90%の前記織物4の表面に保護フィルム5を介して当接摺動体6を設け、この当接摺動体6を前記織物4の表面に対して垂直な軸12を中心に偏心回転運動させることで前記織物4を開繊する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、織物の開繊方法,織物及び複合材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
複数の炭素繊維フィラメントを集束剤で収束したものを経糸及び緯糸として織成して成る炭素繊維織物は、樹脂と複合化して複合材料とすることにより、軽量且つ高強度を発現することから、航空機材料の分野で幅広く利用されている。また、近年、当該分野では、強度を維持しつつ更なる軽量化の要求がある。
【0003】
このような軽量化の要求を達成する方法として、織物に使用される糸量(目付重量)を抑えて強度を発現させることが試みられている。
【0004】
しかしながら、単に目付重量を抑えるだけでは、織物に隙間が生じ、複合材料にした場合、十分な強度が発現せず、物性にもばらつきが生じる。
【0005】
そこで、上記問題を解決する方法として、織物を構成する経糸及び緯糸を夫々開繊させる方法がある。具体的には、例えば特許文献1には、緯糸(織物の搬送方向に対して直交する糸)をエアジェット噴射により開繊させた後、搬送される織物の表面に、この織物の搬送前後方向(経糸と平行な方向)に往復動するローラ体を押圧せしめて加圧することで経糸(織物の搬送方向に対して平行になる糸)を開繊させる方法が開示されている。また、織物を水中に浸漬させ、音波等により開繊させる方法も知られている。
【0006】
【特許文献1】特開2003−268669号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に開示される方法では、緯糸がエアジェット噴射により開繊されるため、繊維フィラメントの束(以下、繊維束または単に糸ともいう)が乱れ、また、毛羽立ちやパサつきが生じ易い、また、織物として見た場合、糸切れや目ズレが発生し易くなり、ハンドリング性が低下する。
【0008】
更に、経糸と緯糸の交点部分(他方の糸の下に入る部分)は、ローラ体によっては直接加圧し難く、均一に開繊し難い。
【0009】
しかも、ローラ体に直接押圧される緯糸の繊維が基材の搬送方向下流側に溜まり易く、この点においても均一に開繊された織物を得ることができない。
【0010】
また、ローラ体を用いて開繊する場合、ローラ体による押圧により緯糸が織物の搬送方向に向かって湾曲し易く、目曲がりが生じ易くなる。
【0011】
従って、上記特許文献1に開示される方法で開繊した織物は、経糸及び緯糸が均一に開繊され難く、よって、この織物と樹脂からなる複合材料は、緯糸の配向が乱れているため十分な強度発現が得られない。
【0012】
また、上記織物を水中に浸漬させ音波等により開繊させる方法では、繊維束に付着している集束剤の水溶性成分が開繊時に脱落し、繊維束に毛羽立ちやパサつきが生じ易くなり、ハンドリング性が低下する。また、カップリング剤の役目も果たす集束剤が脱落することで、複合材料とした場合、基材である織物とマトリックス(樹脂)との間の接着力が低下する。
【0013】
本発明は、上述の問題点を解決したもので、織物の製織工程をそのままにして簡易な方法で経糸及び緯糸を均一に開繊可能で、しかも、ハンドリング性や樹脂との接着力が低下することもなく経糸及び緯糸が均一に開繊され織物表面が平滑で且つ目の詰まった扁平織物を得ることが可能となり、よって、例えば当該扁平織物を用いることにより軽量で且つ高強度の複合材料をコスト安に実現可能となる極めて実用性に秀れた航空機用の複合材料に用いられる織物の開繊方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
【0015】
複数の炭素繊維フィラメント1を収束した経糸2及び緯糸3を平織り織成して成り航空機用の複合材料に用いられる織物4を開繊する織物の開繊方法であって、カバーファクターが86〜90%の前記織物4の表面に保護フィルム5を介して当接摺動体6を設け、この当接摺動体6を前記織物4の表面に対して垂直な軸12を中心に偏心回転運動させることで前記織物4を開繊することを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0016】
また、請求項1記載の織物の開繊方法において、開繊される前記織物4は、フィラメント本数が6000本で繊度400texの炭素繊維フィラメント1を収束した経糸2及び緯糸3から成るものであり、目付が140〜230g/mであることを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0017】
また、請求項1,2いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記当接摺動体6を前記経糸2若しくは前記緯糸3の長手方向に対して斜め方向に往復運動させながら前記織物4に対して偏心回転運動させることを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0018】
また、請求項1〜3いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記保護フィルム5を前記織物4の上下の両表面に夫々設けた状態で前記織物4を開繊することを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0019】
また、請求項1〜4いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記当接摺動体6の前記保護フィルム5を介して前記織物4に当接する当接部が、断面円弧状の頂面を有する環状突起8から成ることを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0020】
また、請求項5記載の織物の開繊方法において、前記環状突起8として直径25〜35mmのものが採用されていることを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0021】
また、請求項1〜6いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記軸12は前記当接摺動体6の中心位置から1.5〜2.3mmずれた位置に設けられていることを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0022】
また、請求項1〜7いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記軸12を1500〜2500rpmで回転させて前記当接摺動体6を偏心回転運動させることを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0023】
また、請求項1〜8いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記保護フィルム5として厚さ35〜75μmのPETフィルムが採用されていることを特徴とする織物の開繊方法に係るものである。
【0024】
また、請求項1〜9いずれか1項に記載の織物の開繊方法により開繊されていることを特徴とする織物に係るものである。
【0025】
また、請求項1〜9いずれか1項に記載の織物の開繊方法により開繊されている織物であって、この織物は、カバーファクターが96%以上であることを特徴とする織物に係るものである。
【0026】
また、請求項10,11いずれか1項に記載の織物を基材とし、この基材に樹脂を含浸させて成ることを特徴とする複合材料に係るものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明は上述のようにしたから、工程を複雑化させることなく簡易な方法で経糸及び緯糸を均一に開繊可能で、しかも、ハンドリング性や樹脂との接着力が低下することもなく経糸及び緯糸が均一に開繊され織物表面が平滑で且つ目の詰まった扁平織物を得ることが可能となり、よって、例えば当該偏平織物を用いることにより軽量で且つ高強度の複合材料をコスト安に実現可能となる極めて実用性に秀れた航空機用の複合材料に用いられる織物の開繊方法となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
好適と考える本発明の実施形態を、本発明の作用を示して簡単に説明する。
【0029】
保護フィルム5を介して織物4表面に当接させた当接摺動体6を、前記織物4の表面に垂直な軸を中心に偏心回転運動させながら摺動せしめることで、該経糸2若しくは緯糸3の長手方向に対して斜め方向に経糸2若しくは緯糸3を構成する各繊維フィラメント1の束を押し広げる力(押圧力)を作用させ、織物4を開繊する。
【0030】
このとき、いずれか一方の糸に対して斜めになれば、他方の糸に対しても当然斜めとなる(通常、経糸2と緯糸3とは直交する)。従って、経糸2及び緯糸3を同時的に均等に開繊することができ、経糸2及び緯糸3の開繊度合いをより均一にすることができる。
【0031】
また、保護フィルム5を介して当接摺動体6を繊維フィラメント1の束に押圧するから、経糸2及び緯糸3を傷め難いのは勿論、当接摺動体6に織物4が拘束されないため、それだけ開繊工程を抵抗なくスムーズに進めることができる。
【0032】
また、直接押し広げることができない経糸2と緯糸3との交点部分も該交点部分近傍の各繊維フィラメント1の束が押し広げられることで連動して押し広げることができ、良好に開繊することが可能となる。この点、上述したように特許文献1に開示される方法では、ローラ体が経糸と平行方向に往復動するため、繊維に対して斜め方向に押し広げる力が作用せず、交点部分の開繊を十分に行うことができない。
【0033】
また、例えば織物4の表面に垂直な軸を中心に偏心回転運動する当接摺動体6に経糸2若しくは緯糸3の長手方向に対して斜め方向の往復移動運動を加えることで、より広範囲かつ効率的に織物4の開繊を行うことができる。
【0034】
また、通常の織機で織成した織物4をそのまま開繊することができるため、経糸・緯糸をそれぞれ拡繊・開繊するなどの新たな設備を導入する必要がなく、それだけコスト安となる。更に、溶媒等に織物を浸漬させて開繊する方法と異なり、集束剤が脱落することがなく、よって、従来の織物と同等のハンドリング性を有し、また、毛羽立ちもないものとなる。
【0035】
従って、本発明によれば、経糸及び緯糸が均一に開繊された扁平な織物を得ることが可能となり、また、目スキ(糸の隙間)が非常に少ない織物を得ることが可能となる。具体的には、例えば特開2005−290623号に開示される測定装置によりカバーファクター(CF:織物の面積に対する糸の占める割合)を測定した際、カバーファクターが96%以上のものを得ることが可能となる。即ち、それだけ織物の表面平滑性が向上すると共に厚さが薄くなる。
【0036】
また、本発明によれば、開繊前のカバーファクターが86〜90%である複数の炭素繊維フィラメントを収束した経糸及び緯糸を平織り織成して成る織物を表面が平滑で且つ目の詰まった織物とすることが可能となる。
【0037】
開繊前の織物のカバーファクターが86%未満の場合(糸本数若しくは炭素繊維フィラメント本数が少ない場合)、例えば織物の所定の目付で炭素繊維フィラメント本数が多く、糸本数の密度が低い(糸本数が少ない)場合は、図7(a)に図示したように(経糸2のみ図示)、糸同士の間隔が広くなる。この織物を開繊することで扁平にはなるが空隙部が埋まらず(図7(b))、目の詰まった織物を得ることはできない。
【0038】
また、開繊前の織物のカバーファクターが90%より大きい場合(糸本数若しくは炭素繊維フィラメント本数が多い場合)、例えば織物の所定の目付で炭素繊維フィラメント本数が多く、糸本数の密度が高い(糸本数が多い)場合は、図8(a)に図示したように(経糸2のみ図示)、糸同士の間隔が狭くなる。この織物を開繊することで目は詰まるが扁平な織物(表面が平滑な織物)を得ることはできない。なお、糸とは炭素繊維フィラメントを所定の本数収束させた炭素繊維フィラメントの束のことであり、経糸及び緯糸がある。また、糸本数の密度とは、所定の間隔(本発明では25mm間)の中にどの程度糸が存在するかを示す。
【0039】
さらに、この織物を基材としてエポキシ樹脂等の合成樹脂を含浸させて複合化した複合材料は樹脂が均一に含浸しているため、曲げ強度・層間せん断強度などが十分に発現する。即ち、織物に樹脂を含浸させた場合、経糸若しくは緯糸(またはその双方)が存在する繊維部には、繊維と樹脂とが共に存在するため強固となるが、経糸と緯糸とで囲繞された空隙部には、繊維が存在せず(樹脂のみしか存在せず)、この空隙部は繊維と樹脂とが共に存在する繊維部に比し脆くなる。従って、カバーファクターの小さい織物(目が粗い織物)に比しカバーファクターの大きい織物(目の詰まった織物若しくは開繊した織物)では、脆い空隙部の割合が小さく、強固な繊維部の割合が大きくなるため、曲げ強度・層間せん断強度などが十分に発現することになる。
【0040】
また、経糸・緯糸の糸本数の密度を上げて目の詰まった織物(開繊前のカバーファクターが大きな織物)を得ることは可能であるが、経糸・緯糸の糸本数の密度を上げると、その断面方向における糸の屈曲度合いが大きくなり、糸そのものの強度発現率が低下する。糸は、断面方向に屈曲せず直線状に近い程、強度発現率が向上するからである。
【0041】
この点、本発明によれば、適度なカバーファクターを有する織物を開繊することにより、糸の屈曲度合いが小さく、糸の強度発現率の良好な複合材料を得ることが可能となる。
【0042】
以上から、本発明からなる織物を用いた複合材料は、航空機材料分野において好適に用いることが可能となる。
【実施例】
【0043】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0044】
本実施例は、複数の炭素繊維フィラメント1を収束した経糸2と緯糸3とを平織り織成して成る織物4を開繊する織物の開繊方法であって、前記織物4の表面に保護フィルム5を介して当接摺動体6を設け、この当接摺動体6を前記織物4の表面に対して垂直な軸12を中心に偏心回転運動させることで前記織物4を開繊する方法である。
【0045】
ここで、本実施例で使用した織物は、炭素繊維フィラメントの本数が6000本の糸であり、糸本数の密度が経糸・緯糸共に6本/25mm、目付が193g/m、カバーファクターが90%、平織りに織成した織物を使用した。なお、本実施例では前記織物を使用したが、開繊前のカバーファクターが86〜90%の平織り織成した織物であれば、本発明の効果を得ることができる。
【0046】
本実施例においては、図1,2に図示したような当接摺動体6を用い、この当接摺動体6を織物4に対して偏心回転運動させることで、この当接摺動体6を前記経糸2若しくは前記緯糸3の長さ方向に対して斜め方向から経糸2若しくは緯糸3に押し広げる力を作用させて開繊する。尚、本実施例においては、織物4の上面に当接摺動体6を当接摺動せしめる構成としているが、織物4の下面に当接摺動せしめる構成としても良いし、織物4の上面側及び下面側に夫々当接摺動体6を配して上下両面に当接摺動し得るように構成しても良い。また、織物4の上面及び下面において(同一部位に)当接摺動体6を相対する方向に回転させながら当接摺動せしめる場合においても、開繊が可能となる。
【0047】
具体的には、当接摺動体6は、搬送される織物4の幅より幅広で、この織物4の表面と略水平に偏心回転運動し得るように構成されており、この当接摺動体6を適宜な押圧力で保護フィルム5を介して織物4の表面に押し付けながら偏心回転運動させることで、経糸2及び緯糸3を開繊する。なお、保護フィルム5は織物4の上下の両表面に配されており、織物4と同期しながら移動する(図1に示す矢印方向に移動する)。これにより織物をスムーズに移動させ、当接摺動体6を満遍なく織物に作用させることが可能となる。また、保護フィルム5としては、PETフィルム等、摩擦に強く且つ靱性の高いフィルムを採用すると良く、このフィルムの厚さは35〜75μmに設定するのが好ましい。35μm未満であるとフィルムが薄いためシワや切れが発生し易くなり、均一に開繊された織物を得ることができず、75μmを超えると当接摺動体の環状突起形状が織物表面に上手く反映されず、十分な開繊効果を得ることができない。本実施例においては厚さ38μmのPETフィルムが採用されている。尚、織物4が開繊する原理と当接摺動体6の偏心回転運動の発生機構は後述する。
【0048】
この当接摺動体6は、軸12とモータ本体13とから成るモータ14と、該軸12が挿通する挿通孔15を有し前記モータ本体13と連結される金属製の上側板体16と、該上側板体16に対し、複数の弾性体から成る支柱17を介して前記上側板体16に対して微動可能に設けられる金属製の下側板体18と、この下側板体18の下面に設けられる弾性体から成るクッション材19と、後記キャップ体22(環状突起8)とで構成されている。ここで、本実施例における上側板体16,下側板体18及びキャップ体22はステンレス製であり、支柱17及びクッション材19はゴム製の弾性体である。
【0049】
クッション材19の下面には、樹脂製の保護フィルム5を介して織物4に当接する当接部として、断面円弧状の頂面を有する環状突起8(キャップ体22)が多数設けられており、側面視において互いに織物4との当接部分がオーバーラップするようにジグザグ状に設けられている(尚、例えば3列以上設ける場合は千鳥状に設けても良い)。また、本実施例においてはステンレス製のキャップ体22の底面を前記クッション材19に接着結合している。従って、キャップ体22はクッション材19に対してその一部若しくは全部が沈み込み可能であり、織物4の表面の凹凸形状に柔軟に対応できる。
【0050】
また、環状突起8の頂部は半径1mm〜半径3mm程度に設定するのが好ましい。特に好ましくは1mmである。これにより頂面の円弧形状の効果を十分に活かすことができる。
また、環状突起8の直径は25〜35mm程度に設定するのが好ましい。特に好ましくは30mmである。上記範囲外であると、本実施例で使用する織物に対して環状突起8の形状を十分に活かすことができない。具体的には糸同士の間隔と突起形状の大きさが合わなくなるため、開繊される部分とされない部分が発生し、織物全体を均一に開繊することができない。
【0051】
尚、本実施例においては、当接摺動体6の当接部として環状突起8を採用しているが、半球状や柱状の突起等、他の構成を採用し、これらをクッション材19の下面に多数並設した構成としても良いが、環状突起8の場合、どのような方向に移動させても織物4と一様に当接でき且つ柱状や半球状のものに比し当接範囲が広いため、特に好適である。
【0052】
ここで環状突起8が織物4を開繊する原理を説明する。後述するように当接摺動体6は、中心位置から離れた偏心位置に織物4の表面に対して垂直な回転軸を有する後記円盤体20が該回転軸を中心に回転することで偏心回転運動する。従って、当接摺動体6に設けられる各環状突起8も前記回転軸を中心に偏心回転運動することになるが、この偏心回転運動する環状突起8の軌跡はトータルでは図3に図示したような円状の軌跡を描き、図3に示すように、環状突起8のR形状の頂部が織物4に当接し、経糸2及び緯糸3の長手方向に対して斜め方向に押圧力が加わる。これにより、経糸2及び緯糸3を構成する炭素繊維フィラメント1の束が斜め方向に強く押し広げられる。また、経糸2及び緯糸3との交点部分は、環状突起8が該交点部分近傍の経糸2及び緯糸3を斜め方向に押し広げるため、該交点部分(特に他方の糸の下に入る部分)を連動して押し広げることが可能となる。また、複数の環状突起8が、搬送される織物4の幅方向全面に対して均一に当接摺動するため、経糸2及び緯糸3の区別なく、均一な開繊を行うことが可能となる。また、保護フィルム5を介しているので炭素繊維フィラメント1を傷付けることなく、炭素繊維フィラメント1の束を押し広げることが可能となる。
【0053】
次に当接摺動体6の偏心回転運動の発生機構について説明する。当接摺動体6の偏心回転運動は、モータ14の軸12(織物4の表面に対して垂直に設けられる)を、下側板体18とベアリング21(ラジアルベアリング)を介して設けられる円盤体20の中心位置から離れた偏心位置に連結し、軸12の回転によりこの円盤体20が偏心回転運動することにより発生する。
【0054】
具体的には、軸12の回転により円盤体20が偏心回転運動すると、この円盤体20とベアリング21を介して設けられる下側板体18(及びクッション材19)が、図1に図示したような織物4の搬送方向に対して直交状態のまま偏心回転運動しようとするが、この下側板体18は弾性のある支柱17を介して上側板体16と連結されているため、支柱17による弾性体の復元力を受けながら放射方向に細かく振動しつつ偏心回転運動することになる。尚、円盤体20は、この円盤体20の中心位置が長方形状の下側板体18の中心位置(対角線の交点)に合うように設けられている。従って、円盤体20及び下側板体18の中心位置が当接摺動体6の中心位置となる。
【0055】
これにより、各炭素繊維フィラメント1の長手方向に対して斜め方向に環状突起8が押し付けられるだけでなく、この環状突起8の頂部が振動しつつ擦り付けられることにより、各炭素繊維フィラメント1同士を押し広げる作用が極めて良好に発揮されることになる。
【0056】
尚、本実施例において、上側板体16は適宜な支持部材(図示省略)に設けられ、搬送される織物4に対して固定状態に設けられており、この上側板体16にはモータ本体13が固定状態に設けられている。具体的には、上側板体16(及び当接摺動体6)が織物4の搬送方向に対して直交する向きとなるように固定されている。
【0057】
また、軸12は円盤体20の中心位置から1.5〜2.3mm程度ずらした位置(偏心位置)に設けるのが好ましい。特に好ましくは中心位置から2.0mm程度ずらした位置である。1.5mm未満であると当接摺動体6の振れ幅が小さ過ぎて十分に各繊維フィラメント1の束を押し広げることができず、2.3mmを超えると当接摺動体6の振れ幅が大き過ぎて経糸や緯糸が曲がってしまう。例えば、当接摺動体6の軸12の偏心位置を、中心位置から0.5mm、2.0mm、2.5mmずらした位置として織物を開繊した場合の各織物のカバーファクターを測定したところ、図9に図示したように2.0mmとした場合は0.5mmとした場合より均一な開繊織物が得られ、当該織物のカバーファクターを測定したところ、大きい値を有するものが得られた。2.5mmの場合は経糸及び緯糸がずれてしまい、均一な開繊織物を得ることができなかった。なお、当該織物のカバーファクターは測定していない。
【0058】
また、軸12の回転数は、織物の送り速度を毎分0.5mとした場合、1500〜2500rpmに設定するのが好ましい。特に好ましくは2000rpmである。1500rpm未満であると織物の所定のエリアを開繊する際に回転数に対しての織物の送り速度が速くなり、当該エリアにおいて各繊維フィラメントの束を満遍なく押し広げる前(開繊する前)に次のエリアが送られてきてしまうため、開繊が不十分となる。2500rpmを超えると織物の所定のエリアの各繊維フィラメントの束を押し広げ過ぎるため、経糸や緯糸が曲がってしまう。
【0059】
また、クッション材19としては、硬度が10〜20、厚さが5〜20mmのウレタン樹脂製のスポンジ状のゴム体を採用すると良い。特に好ましくは硬度が15程度、厚さが15mm程度のものを採用すると良い。硬度が20を超える場合または厚さが5mm未満である場合は織物表面の凹凸形状に十分に対応できない(追従性が悪い)。硬度が10未満である場合または厚さが20mmを超えると環状突起8が織物表面を押圧する前にクッション材19がその押圧力を吸収してしまうため該環状突起8の凹凸形状の効果を十分に発揮できない。
【0060】
また、本実施例においては、上側板体16及びモータ本体13(当接摺動体6)は、織物4に対して固定状態に設けられているが、当接摺動体6を偏心回転運動させる際、この当接摺動体6を同時に織物4の搬送方向に対して斜め方向に細かな往復運動を加えた構成としても良い。この場合、当接摺動体6は図4に図示したように擬似楕円状の軌跡を示す。この場合も本実施例と同様に経糸2及び緯糸3の長手方向に対して斜め方向に当接摺動体6が移動し良好な開繊を行うことができる。
【0061】
ここで、本実施例で使用した環状突起8はステンレスであり、弾性を有するクッション材19及び支柱17の存在により、織物4表面にやや強めに押し付けても、このクッション材19及び支柱17により過剰な押圧力が吸収される。従って、環状突起8の断面円弧状の頂部を良好な開繊ができる程度に十分強く擦り付けることができ、しかも織物4に傷を付けにくい。
【0062】
上記構成の当接摺動体6を用いて織物4を開繊すると、図5に図示したような状態(図1中、当接摺動体6より織物4の搬送方向上流側の状態)から、図6に図示したように経糸2及び緯糸3を構成する各繊維フィラメント1が偏ったりせず適度にばらける。さらに、経糸2及び緯糸3との交点部分は、当接摺動体6により該交点部分近傍の経糸2及び緯糸3を斜め方向に押し広げるため、該交点部分(特に他方の糸の下に入る部分)を連動して押し広げることが可能となる。これにより、厚さがtからtに押圧されて開かれた扁平織物(図1中、当接摺動体6より織物4の搬送方向下流側の状態)とすることができ、経糸2と緯糸3とで囲繞される空間が可及的に小さい例えばカバーファクターが96%以上の織物4を得られることになる。また、この織物4からなる複合材料は、織物4にエポキシ樹脂等の樹脂が均一に含浸しているため、硬化成形後の複合材料は軽量且つ高強度となる。よって、航空機用材料等に適した極めて商品価値の高いものとなる。
【0063】
本実施例は上述のようにしたから、保護フィルム5を介して織物4表面に当接させた当接摺動体6を、経糸2及び緯糸3を構成する各炭素繊維フィラメント1の束の長手方向に対して斜め方向から押し広げる力を作用させることで経糸2及び緯糸3を開繊することができ、経糸2及び緯糸3を傷め難い。また、上記作用により、直接押し広げることができない経糸2と緯糸3との交点部分も該交点部分近傍が押し広げられることで連動して押し広げることができ、良好に開繊することが可能となる。
【0064】
また、当接摺動体6を該当接摺動体6の放射方向に細かく振動させながら織物4に対して偏心回転運動させるから、振動により一層良好に開繊が行われ、効率的に開繊を行うことが可能となる。
【0065】
また、通常の織機で織成した織物4をそのまま開繊することができるため、新たな設備を導入する必要がなく、それだけコスト安となる。更に、溶媒等に織物を浸漬させて開繊する方法と異なり、集束剤が脱落することがなく、よって、従来の織物と同等のハンドリング性を有し、また、毛羽立ちもないものとなる。
【0066】
従って、本実施例によれば、経糸及び緯糸が均一に開繊された扁平な織物を得ることが可能となり、具体的には、目スキ(糸の隙間)が非常に少ないものを得ることが可能となり、この織物を基材として航空機材料分野で要求されるような十分な強度発現が可能な複合材料を得ることが可能となる。
【0067】
本実施例の効果を裏付ける実験例について説明する。
【0068】
図10に図示した織物Aと織物Bを用いて評価を行った。なお、各織物に使用した糸はフィラメント本数6000本・繊度400texの炭素繊維フィラメントの束からなるものである。具体的には各織物の開繊処理をしていないもの、超音波による開繊処理を施したもの、上述のように当接摺動体を偏心回転運動させることにより開繊処理を施したものについて、夫々カバーファクターを測定し、また、毛羽の有無及びハンドリング性の良し悪しを評価した。また、夫々の織物に一般的なエポキシ樹脂を均一に含浸せしめて半硬化して成るプリプレグを夫々8枚ずつ重ね、硬化成形した複合材料の曲げ強度及び層間せん断強度(ILSS)を測定した。実験結果を図11,12に示す。
【0069】
尚、カバーファクターの測定は、特開2005−290623号に開示されるような、経糸と緯糸とで織成され繊維強化樹脂に使用される織物の、該経糸と緯糸とで囲繞された開口部の開口率(開口部の開口面積の総和/測定範囲全面積)を測定する開口率測定装置であって、発光部と該発光部の発光を受光する受光部とが繊維強化樹脂に使用される織物を挟んで対置され、この発光部及び受光部は同期移動するように構成された測定装置(スキャナー)により行い、毛羽立ちの有無は目視観察により評価し、ハンドリング性はプリプレグの作製時における加工性のし易さ、具体的には毛羽の除去の頻度、目ズレの有無などにより評価した。
【0070】
また、曲げ試験及び層間せん断試験は、図13に図示したように、試料Aを支持体Cによる支点間距離Lを所定値に設定した状態で圧子Bにより荷重Pを加えることで行った。
【0071】
具体的には、曲げ試験は、JIS K7074に準拠した3点曲げにより行い、試料の厚さ:2±0.4mm、幅:15±0.2mm、長さ:100±1mmとし、試験条件は、支点間距離:80±0.2mm、試験速度:1mm/minとし、曲げ強度は、(3*P*L)/(2*b*h)から求めた。また、層間せん断試験は、JIS K7078に準拠した3点曲げにより行い、試料の厚さ:1.8〜4.2mm、幅:10.0±0.2、全長:7×試料厚さとし、試験条件は、支点間距離:5×試料厚さ、試験速度:1mm/min、層間せん断強度は(3/4)*P/(b*h)から求めた。尚、P:荷重(N)、L:支点間距離(mm)、b:試料片幅(mm)、h:試料片厚さ(mm)である。
【0072】
図11,図12の比較例1−1と比較例1−2及び比較例2−1と比較例2−2との比較から、超音波開繊によりカバーファクターが向上し、それに伴い複合材料とした場合の曲げ強度及び層間せん断強度は若干向上するものの、毛羽立ちが生じ、また、ハンドリング性も改善されないことが確認できた。なお、比較例1−1及び比較例2−1に比べ比較例1−2及び比較例2−2の層間せん断強度が若干高いのは、比較例2の織物の扁平率が高いことに起因する。言い換えれば、カバーファクターが高いため、糸が扁平状になっており、これにより単位面積内に繊維が隙間無く配されることから、樹脂の濡れ透過性が良好となり、樹脂が均一に含浸し、複合材料として強度が発現していると考えられる。
【0073】
実施例1及び実施例2は、カバーファクターを限界まで向上させることが可能でありながら、比較例1−2及び比較例2−2のように毛羽立ちが生ぜず、加えてハンドリング性が改善されることが確認でき、しかも、複合材料とした場合の曲げ強度及び層間せん断強度の向上率も比較例2より高くなることが確認できた。
【0074】
また、実施例1と実施例2との比較から、目付に比例して曲げ強度及び層間せん断強度の向上率が高くなることが確認できた。
【0075】
尚、種々の実験から、曲げ強度及び層間せん断強度の向上効果が良好に発揮される目付の範囲は140〜230g/mであることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本実施例の概略説明斜視図である。
【図2】本実施例に係る当接摺動体の概略説明斜視図である。
【図3】本実施例の環状突起の移動軌跡を示す概略説明図である。
【図4】本実施例の別例の環状突起の移動軌跡を示す概略説明図である。
【図5】開繊前の織物の概略説明断面図である。
【図6】開繊後の織物の概略説明断面図である。
【図7】カバーファクターが小さい織物の概略説明断面図である。
【図8】カバーファクターが大きい織物の概略説明断面図である。
【図9】偏心位置によるカバーファクターの変化を示す表である。
【図10】織物A及び織物Bの特性を示す表である。
【図11】織物Aの実験結果を示す表である。
【図12】織物Bの実験結果を示す表である。
【図13】曲げ試験及び層間せん断試験の概略説明図である。
【符号の説明】
【0077】
1 炭素繊維フィラメント
2 経糸
3 緯糸
4 織物
5 保護フィルム
6 当接摺動体
8 環状突起
12 軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の炭素繊維フィラメントを収束した経糸及び緯糸を平織り織成して成り航空機用の複合材料に用いられる織物を開繊する織物の開繊方法であって、カバーファクターが86〜90%の前記織物の表面に保護フィルムを介して当接摺動体を設け、この当接摺動体を前記織物の表面に対して垂直な軸を中心に偏心回転運動させることで前記織物を開繊することを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項2】
請求項1記載の織物の開繊方法において、開繊される前記織物は、フィラメント本数が6000本で繊度400texの炭素繊維フィラメントを収束した経糸及び緯糸から成るものであり、目付が140〜230g/mであることを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項3】
請求項1,2いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記当接摺動体を前記経糸若しくは前記緯糸の長手方向に対して斜め方向に往復運動させながら前記織物に対して偏心回転運動させることを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記保護フィルムを前記織物の上下の両表面に夫々設けた状態で前記織物を開繊することを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項5】
請求項1〜4いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記当接摺動体の前記保護フィルムを介して前記織物に当接する当接部が、断面円弧状の頂面を有する環状突起から成ることを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項6】
請求項5記載の織物の開繊方法において、前記環状突起として直径25〜35mmのものが採用されていることを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項7】
請求項1〜6いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記軸は前記当接摺動体の中心位置から1.5〜2.3mmずれた位置に設けられていることを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項8】
請求項1〜7いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記軸を1500〜2500rpmで回転させて前記当接摺動体を偏心回転運動させることを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項9】
請求項1〜8いずれか1項に記載の織物の開繊方法において、前記保護フィルムとして厚さ35〜75μmのPETフィルムが採用されていることを特徴とする織物の開繊方法。
【請求項10】
請求項1〜9いずれか1項に記載の織物の開繊方法により開繊されていることを特徴とする織物。
【請求項11】
請求項1〜9いずれか1項に記載の織物の開繊方法により開繊されている織物であって、この織物は、カバーファクターが96%以上であることを特徴とする織物。
【請求項12】
請求項10,11いずれか1項に記載の織物を基材とし、この基材に樹脂を含浸させて成ることを特徴とする複合材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2010−18903(P2010−18903A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−179552(P2008−179552)
【出願日】平成20年7月9日(2008.7.9)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【出願人】(000155698)株式会社有沢製作所 (117)
【Fターム(参考)】