説明

耐水グリース

【課題】軸受運転時にグリース中に水が混入するような過酷な潤滑条件下でも、軸受の耐表面起点型剥離性を向上させる耐水グリースを提供する。
【解決手段】非水系基油と、増ちょう剤と、水分散剤とが配合されてなり、軸受に封入して使用される耐水グリースであって、上記水分散剤が、Caスルフォネートおよびステアリン酸ポリエチレングリコールから選ばれる少なくとも1つであり、上記非水系基油と上記増ちょう剤とからなるベースグリース 100 重量部に対して 1〜4 重量部配合され、該耐水グリース中に分散できる飽和水分量が 30〜60 重量%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水が混入する危険のある環境下で使用される軸受に封入する耐水グリースに関する。
【背景技術】
【0002】
水が浸入する環境下で使用される軸受の代表例として挙げることのできる自動車用ハブベアリングは、1980年代になり、組込み性の向上を目的に第一世代ハブベアリングと呼ばれる、背面合わせ軸受の外輪を一体化した複列アンギュラ玉軸受または複列円すいころ軸受が、自動車メーカで採用されるようになった。外輪を一体化することで、軸受組立て時に初期アキシャルすきまが適正値に設定されているため、自動車への組付け時に予圧調整が不要となった。次に、第一世代の外輪にフランジ部を設けた第二世代ハブベアリングと呼ばれる複列軸受が開発された。これは標準軸受のみでは軽量化やサイズダウンに限界があり、軸受の周辺部品である軸(ハブ輪)やハウジング(ナックル)とユニット化することで、部品点数の削減と軽量化を図った結果である。ナックルへの固定を圧入からボルト締結に変えることで、車体への組付けも容易となった。さらに、第三世代ハブベアリングでは、軸(ハブ輪)と軸受内輪を一体化し、余肉を削減するとともに、ラインの組立て性をさらに向上させている。最近では、ハブベアリングと等速ジョイントを一体化した第四世代ハブジョイントも開発されている。
【0003】
近年の自動車用軸受(ホイールベアリング)は車体への組付け作業性、軽量化、小型化を考慮して、最近では第二世代、第三世代のホイールベアリングの採用が増加している。
軸受材質に着目すると、第一世代では内外輪ともに軸受鋼(例えばSUJ2)が用いられていたが、外輪にフランジが設けられる第二世代、第三世代のホイールベアリングでは、鍛造性が良く安価なS53Cなどの機械構造用炭素鋼が用いられるようになった。機械構造用炭素鋼は軌道部に高周波熱処理を施すことで、軸受部の転がり疲労強度を確保しているが、合金成分が少ないため表面強度が弱く、軸受鋼に比べ表面起点剥離への耐性が劣る。そのため、第一世代と同じ潤滑仕様では使用条件が厳しい場合に耐久性が劣ることがあった。
【0004】
ホイールベアリングはその用途から晴天での走行のみならず雨天、悪路、海岸での走行など使用環境が非常に悪い条件で使用される。軸受内への水や異物の侵入はシールにより抑えられてはいるものの完全なものではない。したがって、軸受内に水や異物が侵入することは免れない。さらに、省エネの観点からもハブベアリングの低トルク化が求められ、その方法の一つとしてシールの軽接触化が考えられる。したがって水が浸入する可能性がより高まり、軸受内の潤滑状態は悪くなる。この問題は各世代に共通のものであり、さらに軸受材料に構造用鋼を使用している第二世代、第三世代および第四世代のハブベアリングでは潤滑状態が悪いと表面起点型剥離が発生する危険性が大きくなる。
耐水グリースの改良については、低粘度基油の採用による回転トルクの低減(特許文献1参照)や、静電気除去のための導電性の付与(特許文献2参照)が知られているが、水がグリースに混入した時に軸受性能を維持するための配慮はなされていなかった。
軸受中に水が混入すると以下のことが問題となる。水滴が負荷域に浸入した場合、油膜が途切れ潤滑性の面で不利である、油膜が途切れることにより金属接触が起こり、摩耗、表面起点型の剥離(ピーリングやスミアリングなど)、早期剥離が発生する危険がある。早期剥離とは表面近傍に白色組織変化を伴った剥離や転動体の転動方向とそれとは逆方向に表面近傍で亀裂が進展する剥離を指す。また、軸受内での水の存在状態によっては軸受内部に錆が発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−239999号公報
【特許文献2】特開2004−169862号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような問題に対処すべくなされたものであり、軸受運転時にグリース中に水が混入するような過酷な潤滑条件下でも、機械構造用炭素鋼を用いた軸受の耐表面起点型剥離性を向上させる耐水グリースを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の耐水グリースは、非水系基油と、増ちょう剤と、水分散剤とが配合されてなり、軸受に封入して使用される耐水グリースであって、上記水分散剤が、Caスルフォネートおよびステアリン酸ポリエチレングリコールから選ばれる少なくとも1つであり、上記非水系基油と上記増ちょう剤とからなるベースグリース 100 重量部に対して 1〜4 重量部配合され、該耐水グリース中に分散できる飽和水分量が 30〜60 重量%であることを特徴とする。
また、本発明の耐水グリースを構成する非水系基油が鉱油であり、増ちょう剤がウレア系化合物であることを特徴とする。
本発明において、飽和水分量とは微小粒子としての水をグリース中に分散させることができる最大の水分量をいう。
【0008】
本発明のハブベアリングは、上記耐水グリースが封入され、機械構造用炭素鋼からなる摺接部位を有するハブベアリングであることを特徴とする。ここで、摺接部位とは、例えば後述の図1に示すようなハブベアリングにおいてハブ輪1および内輪2を有する内方部材5と、外輪である外方部材3と、両部材間に介在する複列の転動体4、4との転がり接触部をいう。また、本発明の耐水グリースはハブベアリング6において、内方部材5と、外方部材3と、両部材間を密封し複列の転動体4を軸方向に挟む形で取付けられた2個のシール部材7、8とに囲まれた環状空間に封入される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の耐水グリースは、軸受に封入する耐水グリースであって、該グリースは、非水系基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに、微小粒子としての水をグリース中に分散させることができる分散剤を配合してあるので、軸受に浸入してきた水を微粒子として分散させることができる。そのため、グリース中に水が混入したとしても油膜形成の阻害を起こす水分の働きを抑制することができる。
錆止め作用についても、軸受を構成する鋼と、塊状の水成分との接触を少なくできるため錆の発生を抑制することができる。
【0010】
本発明のハブベアリングは機械構造用炭素鋼からなる摺接部位を有するハブベアリングであって、該ハブベアリングに上記耐水グリースを封入しているので、ハブベアリングに水が混入しても油膜形成の阻害を起こす水分の働きを抑制することができる。このため、表面起点型剥離を抑えることができ、潤滑条件が過酷になっても長寿命を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ハブベアリングの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
機械構造用炭素鋼であり、かつ高周波熱処理を施された材料で一部が構成され、該材料を転動体との摺接部位に有し、水が浸入する危険のある箇所で使用される軸受の耐久性について検討した結果、グリース中に水を微粒子として分散させることができる分散剤を配合することで飽和水分量を制御したグリースを封入した軸受は、水が浸入しても転がり接触部の潤滑性能が低下することなく持続することを見出した。これは飽和水分量を制御したグリースは、浸入した水が微小な水粒子となってグリース中に分散させられ、連続相であるグリースに閉じ込められるので、グリースによる油膜形成を阻害することができないことにより軸受の耐久性が向上するものと考えられる。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0013】
本発明の耐水グリースは非水系基油と、増ちょう剤とからなるベースグリース中に、水を分散させることができる分散剤とを配合して得られる耐水グリースであって、下記式で表される該グリースの飽和水分量が 30〜60 重量%である。好ましくは 40〜50 重量%の範囲であり、この範囲であれば水分による油膜形成の阻害を抑制することができる。

飽和水分量(重量%)=グリース中に分散可能な最大水分量×100/(グリース重量+グリース中に分散可能な最大水分量)

飽和水分量が 30 重量%未満では水分を取り込みにくくなり、軸受内部で大きな水滴として存在し油膜形成を阻害する。また、60 重量%より大きいと軸受内部に多量の水分を保持しすぎてしまい、錆が発生する。
【0014】
本発明において飽和水分量を制御することができる分散剤としては、界面活性剤を使用できる。界面活性剤は、水がハブベアリング中に浸入しても、油膜切れや発錆を起こさないようにグリース中に水分を分散し水分を無害化させるために用いられる。グリースに浸入した水は界面活性剤により微小な水粒子となってグリース中に分散させられる。グリースは連続相として存在できるので、油膜切れが生じないと考えられる。
また、同様に連続相であるグリースに閉じ込められた不連続相である水粒子はハブベアリング本体を構成する構造鋼と接触する確率も極めて低く、低い確率で構造鋼に付着した水粒子もハブベアリング本体の回転に連動する転動体の回転によりすぐに連続相であるグリースに置換されるので構造鋼を発錆させることができないと考えられる。
本発明に使用できる界面活性剤は、連続相であるグリース中に水粒子を不連続相として捕捉し易いW/O(油相(グリース)中に水相が分散している状態)型の界面活性剤であり、界面活性剤の水と油とへの親和性の程度を表わすHLB(Hydrophilic-Lipophilic Balance)値が 5〜18 の範囲であることが好ましい。
【0015】
本発明に用いる界面活性剤としては、具体的には、ポリアルキレングリコール系、カルボン酸アルキレングリコール系、カルボン酸ポリアルキレングリコール系等のグリコール系界面活性剤、カルボン酸グリセリン系、カルボン酸ポリオキシアルキルグリセリン系、カルボン酸グリセリル系等のグリセリン系界面活性剤、カルボン酸ポリグリセリル系、カルボン酸ポリオキシアルキレングリセリル系等のグリセリル系界面活性剤、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル系、カルボン酸ポリオキシアルキレンアルキルエーテル系等のエーテル系界面活性剤、カルボン酸ポリオキシアルキレンアルキルエーテルジエステル系、ソルビタンエステル系等のエステル系界面活性剤、ポリオキシアルキレン硬化ひまし油系、カルボン酸ポリオキシアルキレン硬化ひまし油系等のひまし油系界面活性剤、カルボン酸ポリオキシアルキレントリメチロールプロパン系界面活性剤、金属スルフォネート系界面活性剤、ソルビタンエステル系界面活性剤等が挙げられる。
これらのなかで金属スルフォネート系界面活性剤、カルボン酸ポリアルキレングリコール系界面活性剤が好ましい。金属スルフォネート系界面活性剤、カルボン酸ポリアルキレングリコール系界面活性剤は、下記配合割合の範囲内で、飽和水分量を 30〜60 重量%の範囲内とすることができる。
【0016】
本発明に使用できる界面活性剤の配合割合は、非水系基油と増ちょう剤とからなるベースグリース 100 重量部に対して 1〜5 重量部であることが好ましい。1 重量部未満の場合には飽和水分量を 30 重量%以上とすることができないため、所期の効果を十分に得ることが困難になり、また、5 重量部をこえる場合には飽和水分量が 60 重量%をこえる場合が生じ、また、油膜形成率などの所期の効果が頭打ちになり、軸受寿命などのグリース特性を低下させる。
【0017】
本発明の耐水グリースに使用できる非水系基油としては、例えば、鉱油、ポリ-α-オレフィン(以下、PAOと記す)油、エステル油、フェニルエーテル油、フッ素油、さらに、フィッシャートロプシュ反応で合成される合成炭化水素油(GTL基油)などが挙げられる。また、これらの混合物を使用できる。
鉱油としては、例えば、ナフテン系鉱油、パラフィン系鉱油、流動パラフィン、水素化脱ろう油などの通常潤滑油やグリースの分野で使用されているものをいずれも使用することができる。
PAO油としては、α-オレフィンの重合体、α-オレフィンとオレフィンとの共重合体、またはポリブテンなどが挙げられる。これらは、α-オレフィンの低重合体であるオリゴマーとし、その末端二重結合に水素を添加した構造である。また、α-オレフィンの一種であるポリブテンも使用でき、これはイソブチレンを主体とする出発原料から塩化アルミニウムなどの触媒を用いて重合して製造できる。ポリブテンは、そのまま用いても、水素添加して用いてもよい。
α-オレフィンのその他の具体例としては、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-エイコセン、1-ドコセン、1-テトラコセン等を挙げることができ、通常はこれらの混合物が使用される。
また、潤滑性能や価格を考慮すると、これらの非水系基油の中でも鉱油を使用することが好ましい。
【0018】
本発明に使用できる非水系基油は、室温で液状を示し、40℃における動粘度が 30〜200 mm2 /sec である。好ましくは、40〜120 mm2/sec である。30 mm2/sec 未満の場合は、短時間で非水系基油が劣化し、生成した劣化物が非水系基油全体の劣化を促進するため、軸受の耐久性を低下させ短寿命となる。また、200 mm2/sec をこえると回転トルクの増加による軸受の温度上昇が大きくなるので好ましくない。
【0019】
本発明においてベースグリース 100 重量部中に占める非水系基油の配合割合は、好ましくは 60〜99 重量部、さらに好ましくは 70〜95 重量部である。
非水系基油の配合割合が、65 重量部未満では、グリースが硬く低温時の潤滑性が悪い。また 98 重量部をこえると軟質で洩れ易くなる。
【0020】
本発明の耐水グリースに使用できる増ちょう剤としては、ベントン、シリカゲル、フッ素化合物、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、力ルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物が挙げられる。耐熱性、コスト等を考慮するとウレア系化合物が望ましい。
【0021】
ウレア系化合物は、例えば下記式(1)で表わされる。
【化1】

(R2 は、炭素原子数 6〜15 の芳香族炭化水素基を、R1 およびR3 は、互いに同一であっても異なっていてもよく、それぞれ炭素数6〜12の芳香族基、脂環族基および脂肪族基から選ばれた少なくとも一つの基を、それぞれ示す。)
ウレア系化合物は、イソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させることにより得られる。反応性のある遊離基を残さないため、イソシアネート化合物のイソシアネート基とアミン化合物のアミノ基とは略当量となるように配合することが好ましい。
【0022】
式(1)で表されるジウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミンの反応で得られる。ジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、1,5-ナフチレンジイソシアネート、2,4-トリレンジイソシアネート、3,3-ジメチル-4,4-ビフェニレンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜等が挙げられ、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン、アニリン、p-トルイジン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。
本発明においては、芳香族ジイソシアネートと、脂環族モノアミンおよび芳香族モノアミン、または芳香族モノアミン単体との反応で得られる脂環族−芳香族ウレア系化合物または芳香族ウレア系化合物が好ましい。
【0023】
反応は、例えばモノアミン酸とジイソシアネート類を、70〜120℃程度の非水系基油中で十分に反応させた後、温度を上昇させ 120〜180℃で 1〜2 時間程度保持し、その後冷却し、ホモジナイザー、3 本ロールミル等を使用して均一化処理することによりなされ、各種配合剤を配合するためのベースグリースが得られる。
本発明においてベースグリース 100 重量部中に占める増ちょう剤の配合割合は、好ましくは 1〜40 重量部、さらに好ましくは 3〜25 重量部である。増ちょう剤の配合割合が 1 重量部未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、40 重量部をこえるとグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られにくくなる。
【0024】
本発明の耐水グリースには、機能を損なわない範囲で、必要に応じて公知の添加剤を添加できる。添加剤としては、例えばアミン系、フェノール系、イオウ系化合物などの酸化防止剤、イオウ系、リン系化合物などの摩耗抑制剤、金属スルフォネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、金属スルフォネート、金属フォスフェートなどの清浄分散剤などが挙げられる。これらは単独または2種類以上組み合せて添加することができる。
【0025】
本発明のハブベアリングの一例(従動輪用第三世代ハブベアリング)を図1に示す。図1は、ハブベアリングの断面図である。ハブベアリング6は、ハブ輪1および内輪2を有する内方部材5と、外輪である外方部材3と、複列の転動体4、4とを備えている。ハブ輪1はその一端部に車輪(図示せず)を取付けるための車輪取付けフランジ1dを一体に有し、外周に内側転走面1aと、この内側転送面1aから軸方向に延びる小径段部1bとが形成されている。
本明細書においては、軸方向に関して「外」とは、車両への組付け状態で幅方向外側をいい、「内」とは、幅方向中央側をいう。
ハブ輪1の小径段部1bには、外周に内側転走面2aが形成された内輪2が圧入されている。そして、ハブ輪1の小径段部1bの端部を径方向外方に塑性変形させて形成した加締部1cにより、ハブ輪1に対して内輪2が軸方向へ抜けるのを防止している。
外方部材3は、外周に車体取付けフランジ3bを一体に有し、内周に外側転走面3a、3aと、これら複列の外側転走面3a、3aに対向する内側転走面1a、2aとの間には複列の転動体4、4が転動自在に収容されている。
本発明の耐水グリースはシール部材7と、外方部材3と、シール部材8と、内方部材5と、ハブ輪1とに囲まれた空間に封入され、外方部材3と、内方部材5とに挟まれた複列の転動体4、4の周囲を被覆し、転動体4、4の転動面と、内側転走面1a、2aおよび外側転走面3a、3aとの転がり接触部の潤滑に供される。
本発明の耐水グリースは、ハブベアリング以外の高負荷がかかる軸受にも使用することができる。
【0026】
本発明のハブベアリングに使用できる材質は、軸受鋼、浸炭鋼、または機械構造用炭素鋼を挙げることができる。これらの中で鍛造性が良く安価なS53Cなどの機械構造用炭素鋼を用いることが好ましい。該炭素鋼は一般に高周波熱処理を施すことで、軸受部の転がり疲労強度を確保した上で用いられる。しかし、機械構造用炭素鋼は高周波熱処理を施しても、合金成分が少ないため表面強度が弱く、軸受鋼に比べ摺接部位での表面起点型剥離への耐性が劣る。この表面起点型剥離の問題に対し、本発明の耐水グリースは摺接部位における潤滑性能を向上させることによって、ハブベアリングに用いられる機械構造用炭素鋼の表面起点型剥離を防止することができる。
【実施例】
【0027】
本発明を実施例および比較例により具体的に説明するが、これらの例によって何ら限定されるものではない。
実施例1〜実施例5および比較例1〜比較例3
非水系基油である鉱油に、増ちょう剤としてウレア化合物を均一に分散させた鉱油/ウレア系ベースグリース(JISちょう度No.2グレード、ちょう度:265〜295 )を準備した。
鉱油(新日本石油社製タービン100、40℃での動粘度:100 mm2/sec )2000 g 中で、ジフェニルメタン−4、4'−ジイソシアネー卜 231.7 g と、アニリン 86.2 g と、シクロヘキシルアミン 91.7 g とを反応させ、生成したウレア化合物を均一に分散させてベースグリースを得た。このベースグリースに、表1に示す配合で添加剤を配合して試験用グリースを得た。
【0028】
得られた試験用グリースにつき、以下に記す油膜形成率試験、軸受寿命試験および飽和水分量測定に供し、油膜形成率、軸受寿命時間、飽和水分量および錆の発生有無を測定した。結果を表1に併記する。
【0029】
<油膜形成率試験>
使用軸受:アンギュラ玉軸受7006ADLLBをハブベアリングに模擬して使用した。
試験条件:得られた試験用グリースをアンギュラ玉軸受7006ADLLBに 1.0 g 封入し、ラジアル荷重 8000 N 、アキシャル荷重 3000 N 、軸受回転数 1000 rpm にて回転させた状態で、注水量 1.0 ml/時間で 10 時間、注水したときの試験用グリースの油膜形成率を測定した。
【0030】
<軸受寿命試験>
使用軸受:アンギュラ玉軸受7006ADLLBをハブベアリングに模擬して使用した。
試験条件:得られた試験用グリースをアンギュラ玉軸受7006ADLLBに 1.0 g 封入し、ラジアル荷重 8000 N 、アキシャル荷重 3000 N 、軸受回転数 1000 rpm にて回転させた状態で、注水量 1.0 ml/時間で注水したときの軸受寿命を測定した。軸受寿命は外輪転動面、内輪転動面、鋼球のいずれか1つが損傷し振動が大きくなるまでの時間を軸受寿命とした。
【0031】
<飽和水分量測定>
一定量を量り採った試験用グリースに水の混入割合を 5 重量%ずつ変化させて加え、ミクロスパーテルを用いて手動で撹拌し、加えた水を分散できた最大の水分量を求め、以下の式を用いて飽和水分量を算出した。分散できたかどうかは、試験用グリースをガラスプレートに採取し、厚さ 0.025 mm のスペーサシムをガラスプレートの両端に置き、その上から別のガラスプレートで挟み、ガラスプレート全体に 600 N の荷重を均一に負荷して、試験用グリースを広げ顕微鏡で観察したとき、グリース内に存在する最も大きい水滴の粒子径が 50μm 以下であるときを、分散できているとした。

飽和水分量(重量%)=グリース中へ分散可能な最大水分量×100/(試験用グリース重量+グリース中へ分散可能な最大水分量)

【0032】
【表1】

【0033】
表1に示すとおり、飽和水分量が 30〜60 重量%の領域(特に 40〜50 重量%)で、高い油膜形成率となる。
水が混入した場合、飽和水分量が 30 重量%未満のグリースや 60 重量%をこえるグリースでは油膜の形成が損なわれるため金属接触を起こすことや、錆が発生する。30〜60 重量%では油膜を形成できるため金属接触を起こす危険性は少ないため軸受寿命も長く、さらに錆の発生を抑制できる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の耐水グリースは、非水系基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに、水をグリース中に分散させることができる分散剤を配合して該グリースの飽和水分量が 30〜60 重量%に制御されていることから、該グリースを封入した軸受運転時にグリース中に水が混入したとしてもグリースの油膜形成の阻害を起こす水分の働きを抑制することができるので、軸受の表面起点型剥離を抑えることができ、軌道輪に構造用鋼を用いた軸受においても、潤滑条件が過酷になっても長寿命を得ることができる。そのため、常に水の浸入の可能性がある環境下で、耐摩耗性とともに、長期間耐久性の要求される鉄道車両、建設機械、自動車電装補機などに用いる耐水グリースとして好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0035】
1 ハブ輪
1a 内側転走面
1b 小径段部
1c 加締部
1d 車輪取付けフランジ
2 内輪
2a 内側転走面
3 外方部材
3a 外側転走面
3b 車体取付けフランジ
4 転動体
5 内方部材
6 ハブベアリング
7 シール部材
8 シール部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非水系基油と、増ちょう剤と、水分散剤とが配合されてなり、軸受に封入して使用される耐水グリースであって、
前記水分散剤が、Caスルフォネートおよびステアリン酸ポリエチレングリコールから選ばれる少なくとも1つであり、前記非水系基油と前記増ちょう剤とからなるベースグリース 100 重量部に対して 1〜4 重量部配合され、
該耐水グリース中に分散できる飽和水分量が 30〜60 重量%であることを特徴とする耐水グリース。
【請求項2】
前記非水系基油が、鉱油であることを特徴とする請求項1記載の耐水グリース。
【請求項3】
前記増ちょう剤が、ウレア系化合物であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の耐水グリース。
【請求項4】
前記ウレア系化合物は、芳香族ジイソシアネートと、脂環族モノアミンおよび芳香族モノアミンとの反応で得られる化合物であることを特徴とする請求項3記載の耐水グリース。
【請求項5】
前記軸受が、機械構造用炭素鋼からなる摺接部位を有することを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項記載の耐水グリース。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−177136(P2012−177136A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−136555(P2012−136555)
【出願日】平成24年6月18日(2012.6.18)
【分割の表示】特願2006−75470(P2006−75470)の分割
【原出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】