説明

耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法

【課題】950℃における耐熱性と常温の加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】質量%にて、C:0.02%以下、N:0.02%以下、Si:0.1超〜1.0%以下、Mn:0.5%以下、P:0.02〜0.10%、Cr:13.0〜20.0%、Nb:0.5〜1.0%、Cu:1.0〜3.0%、Mo:1.5〜3.5%以下、W:2.0%以下、B:0.0001〜0.0010%、Al:0.01〜1.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、Mo+Wが2.0〜3.5%であることを特徴とする耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に高温強度や耐酸化性が必要な排気系部材などの使用に最適な耐熱性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の排気マニホールド、フロントパイプおよびセンターパイプなどの排気系部材は、エンジンから排出される高温の排気ガスを通すため、排気部材を構成する材料には耐酸化性、高温強度、熱疲労特性など多様な特性が要求される。
【0003】
従来、自動車排気部材には鋳鉄が使用されるのが一般的であったが、排ガス規制の強化、エンジン性能の向上、車体軽量化などの観点から、ステンレス鋼製の排気マニホールドが使用されるようになった。排ガス温度は車種やエンジン構造によって異なるが、一般のガソリン車では700〜900℃程度が多く、このような温度域で長時間使用される環境において高い高温強度、耐酸化性を有する材料が要望されている。
【0004】
ステンレス鋼の中でオーステナイト系ステンレス鋼は、耐熱性や加工性に優れているが、熱膨張係数が大きいために、排気マニホールドのように加熱・冷却を繰り返し受ける部材に適用した場合、熱疲労破壊が生じやすい。
【0005】
一方、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて熱膨張係数が小さいため、熱疲労特性や耐スケール剥離性に優れている。また、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて、Niを含有しないため材料コストも安く、汎用的に使用されている。但し、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて、高温強度が低いために、高温強度を向上させる技術が開発されてきた。例えば、SUS430J1(Nb添加鋼)、Nb−Si添加鋼、SUS444(Nb−Mo添加鋼)があり、いずれもNb添加が前提となっている。これは、Nbによる固溶強化あるいは析出強化によって高温強度を高くするものであった。
【0006】
Nb以外に高温強度向上に寄与する合金として、特許文献1〜4には、CuあるいはCu−V複合添加を行う技術が開示されている。特許文献1におけるCu添加は低温靭性向上のために0.5%以下の添加が検討されており、耐熱性の観点からの添加ではない。特許文献2〜4では、Cu析出物による析出強化を利用して600℃あるいは700〜800℃の温度域における高温強度を向上させる技術が開示されている。特許文献1,2および特許文献5〜7には、高温特性に優れたフェライト系ステンレス鋼として、Bを含有した鋼が開示されている。
【0007】
これら従来技術は、いずれも排ガス温度が850℃までの場合に適用できるものであって、最も耐熱性に優れたSUS444では900℃超の排ガス雰囲気には高温強度、熱疲労および耐酸化性の点で対応できなかった。近年の地球環境保護の観点から、自動車の排ガスを高温化させて燃費効率を向上させる動きがあり、これにより排ガス温度は950℃まで上昇するとされている。この場合、既存の鋼では排気マニホールドを構成することは困難である。
【0008】
排気ガスの高温化対策として、特許文献8〜13には、Wを添加したフェライト系ステンレス鋼に関する技術が開示されている。Wは高温強度を向上させる元素として知られているが、Wの添加は加工性(伸び)が悪くなり、部品加工が困難になる問題点や、コストの面で課題があった。また、高温ではFeと結合して後述するLaves相として析出するため、Laves相が粗大化した場合、効果的に耐熱性を向上させることができない課題があった。また、特許文献14及び15においては、添加するMoとWの和、Mo+Wを規定することでフェライト系ステンレス鋼の高温強度を確保することが開示されているが、やはり、Laves相の粗大化の懸念は避けられない。即ち、排気マニホールドのように、エンジンの起動・停止に伴う熱サイクルを受ける場合、長時間使用段階で著しく高温強度が低下して熱疲労破壊を起こす危険性が生じることになる。即ち、既存の材料においては高温強度に優れていても、長時間使用によるLaves相やε−Cu等の析出物の粗大化による熱疲労特性の劣化の懸念があったのである。悪影響を与える析出物の例として、特許文献17においては、Pを含有することによってFeTiPが析出することで悪影響を及ぼすためP含有量は低く抑える必要があると記載されている。しかし、特許文献16においては、フェライト系ステンレス鋼においてPが高温高強度化(固溶強化)に有用であり、Pを0.1重量%まで含有させることを規定しているが、高いPを含む実施例は、開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−37176号公報
【特許文献2】国際公開WO2003/004714号公報
【特許文献3】特許第3468156号公報
【特許文献4】特許第3397167号公報
【特許文献5】特開平9−279312号公報
【特許文献6】特開2000−169943号公報
【特許文献7】特開平10−204590号公報
【特許文献8】特開2009−215648号公報
【特許文献9】特開2009−235555号公報
【特許文献10】特開平2005−206944号公報
【特許文献11】特開平2008−189974号公報
【特許文献12】特開平2009−120893号公報
【特許文献13】特開平2009−120894号公報
【特許文献14】特開2009−197306号公報
【特許文献15】特開2009−197307号公報
【特許文献16】特許第3021656号公報
【特許文献17】特開2000−336462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、特に排気ガスの最高温度が950℃となる熱環境下で使用され、耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明では、Pを含む各種固溶元素のバランスを取り、各種析出物を分散させることで高温特性を向上させるとともに、常温加工性にも優れた排気マニホールド用フェライト系ステンレス鋼板を提供することを目的とし、析出物微細化と固溶強化をバランスさせた新しいフェライト系ステンレス鋼板を発明した。
【0012】
本発明者らは950℃における高温強度の発現性、熱疲労寿命向上、異常酸化抑制並びに常温延性について詳細に調査した。そして、かかる目的を達成すべく種々の検討を重ねた結果、以下の知見を得た。この特徴として、MoとWを適正量に制御しつつ、析出強化元素としてCuを所定の量添加する際に、950℃で生成する析出物の量の確保および析出形態を制御することによって、析出強化を効果的に発現させ、Nb、MoおよびWによる固溶強化と組み合わせることで、延性低下を極力抑えながら耐熱性を確保する方法である。具体的には、Nb、MoおよびWを複合添加することで生成するLaves相と呼ばれる金属間化合物、Cuを添加することで生成するε−Cuを高温の析出強化として活用する。これらが単独に析出した場合、高温で長時間曝される場合に析出物の粗大化が生じるため、析出強化能は極めて短時間しか作用せず、熱疲労寿命は向上せず、短時間で破壊してしまう。そこで、本発明では、析出サイトとしてFeとPの化合物を利用することで、上述のLaves相やε−Cuが粒内に均質に微細析出することを見出し、析出強化の長時間安定性と熱疲労寿命の向上を実現した。更に、固溶Nb、MoおよびWによる固溶強化を活用することでより効果的に高温特性が向上する。加えて、Mo+W添加量とCu添加量を所定の範囲に規定することで熱疲労寿命と常温延性を両立できることを見出した。これにより、950℃という従来知見では耐えられない温度域において、信頼性の高い耐熱性と部品加工の自由度をもつフェライト系ステンレス鋼板を提供することを可能にした。
【0013】
上記課題を解決する本発明の要旨は、
(1) 質量%にて、C:0.02%以下、N:0.02%以下、Si:0.1超〜1.0%以下、Mn:0.5%以下、P:0.02〜0.10%、Cr:13.0〜20.0%、Nb:0.5〜1.0%、Cu:1.0〜3.0%、Mo:1.5〜3.5%以下、W:2.0%以下、B:0.0001〜0.0010%、Al:0.01〜1.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、Mo+Wが2.0〜3.5%であることを特徴とする耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(2) 質量%にて、Ti:0.05〜0.4%、V:0.05〜1.0%、Zr:0.05〜1.0%、Sn:0.05〜0.5%、Ni:0.05〜1.0%の1種以上を含有することを特徴とする上記(1)記載の耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(3) 上記(1)または(2)記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造する際、熱延巻取後1時間以内に水冷処理し、熱延板焼鈍を省略して冷延、焼鈍を施すことを特徴とする耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
(4) 上記(1)または(2)記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造する際、熱延巻取後1時間以内に水冷処理し、熱延板焼鈍を700〜950℃の未再結晶域で行ない、冷延、焼鈍を施すことを特徴とする耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0014】
ここで、下限の規定がないものについては、不可避的不純物レベルまで含むことを示す。
【発明の効果】
【0015】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば従来フェライト系ステンレス鋼板の使用が困難であった950℃雰囲気に曝される排ガス経路部品に適した耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板が得られ、環境対策や部品の低コスト化などに大きな効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】最高温度が950℃の熱疲労特性に及ぼすMo+Wの影響を示す図である。
【図2】常温の破断伸びに及ぼすMo+Wの影響を示す図である。
【図3】950℃の連続酸化試験における耐酸化性に及ぼすMo+Wの影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の限定理由について説明する。
【0018】
Cは、成形性と耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらすため、その含有量は少ないほど良いため、0.02%以下とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、0.001〜0.009%が望ましい。
【0019】
NはCと同様、成形性と耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらすため、その含有量は少ないほど良いため、0.02%以下とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、0.003〜0.015%が望ましい。
【0020】
Siは、脱酸剤としても有用な元素であるとともに、高温強度と耐酸化性を改善する元素である。高温強度や耐酸化性は、Si量の増加とともに向上し、その効果は0.1%超で発現する。特に、MoやWと複合添加した場合は、その効果が顕著である。しかしながら、過度な添加は常温延性を低下させるためその上限を1.0%とする。また、製造性を考慮すると0.2〜0.5%が望ましい。
【0021】
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、600〜800℃程度の温度域(中温域)での高温強度上昇に寄与するが、0.5%超の添加により高温でMn系酸化物表層に形成し、スケール密着性や異常酸化が生じ易くなる。特に、MoやWと複合添加した場合は、Mn量に対して異常酸化が生じやすくなる傾向にある。そのため、上限を0.5%以下とした。更に、鋼板製造における酸洗性や常温延性を考慮すると、0.05〜0.2%が望ましい。
【0022】
Pは、Laves相やε−Cuの析出制御を行なうために、重要な元素である。通常、Pは加工性の観点から極力低減することが望ましいとされているが、本発明では、FeとPの化合物を形成させることで、この化合物を核として950℃Laves相やε−Cuが微細分散析出し、かつ高温で長時間保持してもこれらの析出物が粗大化し難いことを見出した。Laves相やε−Cuが母相のフェライト粒内および粒界に単独析出した場合は、早期に粗大化し、析出強化能が低下するほか、熱疲労過程で亀裂の起点や亀裂伝播を加速させてしまうが、FeとPの化合物を起点とした微細分散析出によって、高温強度の低下が抑制され、熱疲労寿命の向上に寄与する。特許文献14及び15を始めとして多くの文献においては、Pを靭性を低下させる元素とし、低ければ低いほどよいとしてる。しかしながら、本発明の場合のように、Laves相やε−Cu相析出物と共存する場合は、これらの析出物との相互作用を通して析出物微細化の効果を発揮し、高温疲労に対して効果を示すのである。Pは、不可避的に含有されてしまうので、その効果を試験することは困難であり、従来、Pの高温疲労に与える効果については開示されていなかったのである。この効果は、0.02%から発現するため、下限を0.02%とした。また、0.10%超の添加により常温延性が極端に低下するため、上限を0.10%とした。更に、鋼板製造時の酸洗性を考慮すると、0.028〜0.080%が望ましい。
【0023】
Crは、本発明において、耐酸化性や耐食性確保のために必須な元素である。13%未満では、特に耐酸化性が確保できず、20%超では加工性の低下や靭性の劣化をもたらすため、13〜20%とした。更に、製造性や高温延性を考慮すると16〜18%が望ましい。
【0024】
Nbは、固溶強化および析出物微細化強化による高温強度向上のために必要な元素である。また、CやNを炭窒化物として固定し、製品板の耐食性やr値に影響する再結晶集合組織の発達に寄与する役割もある。950℃における強度は主として固溶強化であるが、MoやWと複合添加した場合はLaves相の微細析出に寄与するとともに、Laves相の析出サイトとなるFeとPの化合物の生成を促進する効果も有する。これは、製品段階でFeNbPが粒内析出し、これを起点としてLaves相が微細析出するとともに、Laves相の粗大化を抑制するためであると考えられる。微細なLaves相は高温強度や熱疲労寿命の向上に有効であり、この効果は0.5%以上の添加で発現する。一方、過度な添加は均一伸びを低下させるため、0.5〜1.0%とした。更に、溶接部の粒界腐食性や溶接割れ性、製造性および製造コストを考慮すると、0.5〜0.6%が望ましい。
【0025】
Cuは、ε−Cu析出による析出強化に寄与するが、950℃において高温強度に寄与する析出量を確保するためには、1.0%以上の添加が必要なため、下限を1.0%とした。さらに、ε―Cu析出物は、前記のように、Fe−P系の析出物と相互作用し、お互いに細かく分散する。この点が特許文献16との大きな違いである。一方、Cuは常温延性を著しく低下させる元素であり、3.0%超の添加で鋼板の全伸びが通常のプレス成形に必要な30%に到達しないため、上限を3.0%とした。更に、製造性や耐酸化性を考慮すると、1.2〜2.0%が望ましい。
【0026】
Moは、950℃における固溶強化として有効な元素であるとともに、Laves相(Fe2Mo)を生成して析出強化の作用をもたらす。これらの効果は1.5%以上で発現するが、過度な添加は合金コストが高くなるとともに、3.5%以上の添加で常温延性と耐酸化性が著しく劣化するため、1.5〜3.5%とした。更に、製造性を考慮すると、1.5〜2.7%が望ましい。
【0027】
WもMo同様、950℃における固溶強化として有効な元素であるとともに、Laves相(Fe2W)を生成して析出強化の作用をもたらす。特に、NbやMoと複合添加した場合、Fe2(Nb,Mo,W)のLaves相が析出するが、Wを添加するとこのLaves相の粗大化が抑制されて析出強化能が向上する。この原因は、Wの拡散およびFe2(Nb,Mo,W)の析出サイトとなるFeP化合物とWの相互作用が原因と考えられる。更に、前記のように、Fe−P系の析出物との共存によってこれらのLaves相は微細になる傾向がある。即ち、Cu析出物、Laves相、Fe−P系の3種の析出物がお互いに影響を及ぼし合い、微細に分散析出し、粗大化が阻止され、高温疲労特性の向上に寄与するのである。即ち、Mo,WとPを複合添加することも特許文献16との大きな相違である。
【0028】
図1に17.3%Cr−0.005%C−0.010%N−0.03%P−0.55%Nb−1.5%Cu−0.0004%B−0.03%Alの熱疲労寿命に及ぼすMo、W添加の影響を示す。ここで、熱疲労寿命の測定は、2mm厚の鋼板からφ38.1×2mm厚の溶接パイプを作製し、拘束率(自由熱膨張に対する変形量の割合)が20%を保ちつつ、熱サイクル(最低温度200℃、最高温度950℃、最高温度での保持時間2分)を付与する熱疲労試験を行ない、亀裂が板厚貫通したサイクルを計測した。この試験において、寿命が2000サイクル以上を合格(図中で○)、2000サイクル未満を不合格とした(図中で×)。
【0029】
また、常温の加工性として、JIS13号B試験片を作製して圧延方向と平行方向の引張試験を行い、破断伸びを測定した。図2に同成分系の常温における全伸びに及ぼすMo、W添加の影響を示す。通常の排気部品のプレス加工に対しては、破断伸びは30%以上必要であるため、30%以上の破断伸びが得られた場合を○、30%未満の場合を×として評価した。
【0030】
更に、耐酸化性の試験として、大気中950℃で200時間の連続酸化試験を行い、異常酸化やスケール剥離の発生有無を評価し(JISZ2281に準拠)た。図3に同成分系の950℃の耐酸化性に及ぼすMo、W添加の影響を示す。異常酸化やスケール剥離の発生がない場合を○、発生した場合を×とした。
【0031】
上記図1〜3より、熱疲労寿命、常温延性、耐酸化性を満足するためには、Mo+Wの範囲を2.0〜3.5%とするとともに、Moを1.5%以上とすることが有効であることがわかる。また、過度なWの添加はコスト高になるとともに、常温延性が低下するため、Wの上限を2.0%とした。更に、製造性、低温靭性および耐酸化性を考慮すると、W添加量は1.5%以下、Mo+W量は2.1〜2.9%が望ましい。
【0032】
Bは、製品のプレス加工時の2次加工性を向上させる元素である。また、本発明では、B添加によりCu析出物、Laves相およびFeP化合物の粗大化が抑制され、高温環境での使用時の強度安定性が高くなる効果が発現することを見出した。これは、冷延板焼鈍工程において再結晶処理時にBが結晶粒界に偏析することで、その後の高温環境に曝された際に析出する上記析出物が結晶粒界に析出し難くなり、粒内に微細析出を促すためと考えられる。これにより析出強化の長期安定性を発現させ、強度低下の抑制や熱疲労寿命の向上に寄与する。この効果は0.0001%以上で発現するが、過度な添加は硬質化や粒界腐食性と耐酸化性を劣化させる他、溶接割れが生じるため、0.0001〜0.0010%とした。更に、耐食性や製造コストを考慮すると、0.0001〜0.0004%が望ましい。
【0033】
Alは、脱酸元素として添加される他、耐酸化性を向上させる元素である。また、固溶強化元素として600〜700℃の強度向上に有用である。その作用は0.01%から安定して発現するが、過度の添加は硬質化して均一伸びを著しく低下させる他、靭性が著しく低下するため、上限を1.0%とした。更に、表面疵の発生や溶接性、製造性を考慮すると、0.01〜0.2%が望ましい。
【0034】
さらに、必要に応じて以下の成分を含有することができる。
【0035】
Tiは、C,N,Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性、常温延性や深絞り性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。これらの効果は、0.05%以上から発現するが、0.4%超の添加により、固溶Ti量が増加して常温延性が低下する他、粗大なTi系析出物を形成し、穴拡げ加工時の割れの起点になり、プレス加工性を劣化させる。また、耐酸化性も劣化するため、Ti添加量は0.4%以下とした。更に、表面疵の発生や靭性を考慮すると0.05〜0.2%が望ましい。
【0036】
Vは、耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて添加される。この効果は0.05%以上の添加で安定して発現するが、1%超添加すると析出物が粗大化して高温強度が低下する他、耐酸化性が劣化するため、上限を1%とした。更に、製造コストや製造性を考慮すると、0.08〜0.5%が望ましい。
【0037】
Zrは、TiやNb同様に炭窒化物形成元素であり、耐食性、深絞り性の向上させる元素であり、必要に応じて添加する。これらの効果は0.05%以上で発現するが、1.0%超の添加により製造性の劣化が著しいため、0.05〜1.0%とした。更に、コストや表面品位を考慮すると、0.1〜0.6%が望ましい。
【0038】
Snは、耐食性を向上させる元素であり、中温域の高温強度を向上させるため、必要に応じて添加する。これらの効果は0.05%以上で発現するが、0.5%以上添加すると製造性が著しく低下するため、0.05〜0.5%とした。更に、耐酸化性や製造コストを考慮すると、0.1〜0.5%が望ましい。
【0039】
Niは耐酸性や靭性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。これらの効果は0.05%以上で発現するが、1.0%以上添加するとコスト高になるため、0.05〜1.0%とした。更に、製造性を考慮すると、0.1〜0.5%が望ましい。
【0040】
次に製造方法について説明する。本発明の鋼板の製造方法は、製鋼−熱間圧延−酸洗−冷間圧延−焼鈍・酸洗の各工程よりなる。製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて添加される成分を含有する鋼を、転炉溶製し続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとする。スラブは常法により、所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。熱間圧延は複数スタンドから成る熱間圧延機で圧延された後に巻き取られる。
【0041】
本発明において好ましくは、熱延板靭性を向上するために巻取後にコイル水冷を行なう。本発明の鋼成分は種々の合金が添加されているため、熱延板靭性が低下し易く、次工程にて板破断などのトラブルが生じる場合がある。これは結晶粒の粗大化、Cuクラスターの生成、Crの二相分離が挙げられるが、これを確実に防止するために、コイルをそのままプールに浸漬して水冷する。但し、巻取から水冷までの時間が1時間超では靭性改善効果がないため、巻取から水冷までの時間を1時間以内とする。この時間は、20分以内が望ましい。また、巻取温度の規定はしないが、組織微細化の観点からは400〜750℃が望ましい。
【0042】
通常、熱延板焼鈍は、組織の均質化や軟化の観点から再結晶温度まで加熱される。しかしながら、再結晶組織は結晶粒が粗大になるため、熱延焼鈍板の靭性が問題となることがある。そこで、本発明で好ましくは、熱延板焼鈍を省略する、あるいは未再結晶となる温度で熱処理を行ない、組織微細化によって靭性を確保する。本発明の鋼の再結晶温度は1000℃以上であるが、再結晶組織を得た場合、結晶粒が粗大化してしまい、靭性が低下しコイル通板時に板破断が生じることがある。熱延板焼鈍を省略した場合、組織の不均一性を有したまま冷延に供されるが冷延板焼鈍後に整粒組織が得られることを確認できているとともに、冷延素材が硬質であるが冷延は可能で、かつ熱延段階の微細加工粒によって靭性は問題ない。また、本発明では、サブグレイン形成のため加工歪を除去しサブグレイン組織を得て、変形双晶の発生による靭性低下を防ぐことが可能であることを見出した。この効果は、700〜950℃の熱処理で得られることから、熱延板焼鈍温度は700〜950℃が好ましい。更に、酸洗性の観点から、750〜900℃で熱処理することが望ましい。本発明では、保持時間や冷却速度は規定しないが、生産性の観点から、保持時間は20秒以内、冷却速度は10℃/sec以上が望ましい。
【0043】
冷間圧延後の焼鈍は、再結晶組織を得るために施される。本発明の鋼成分の再結晶温度は1000〜1100℃であり、この温度範囲に加熱後冷却する。CuやNb、MoおよびWは冷却過程でε−CuやLaves相を生成するが、冷却速度が遅いと過度に析出し、高温強度、常温延性の低下をもたらすことがあるため、極力固溶状態を保つと好ましい。このためには、ソルト処理や中性塩電解処理が施される400℃までの冷却速度を10℃/sec以上で行なう。生産性や酸洗性を考慮すると冷却速度は20〜100℃/secが望ましく、冷却方法は気水冷却、水冷など適宜選択すれば良い。
【0044】
他工程の製造方法については特に規定しないが、熱延板厚、冷延板焼鈍雰囲気などは適宜選択すれば良い。また、冷延・焼鈍後に調質圧延やテンションレベラーを付与しても構わない。更に、製品板厚についても、要求部材厚に応じて選択すれば良い。
【実施例】
【0045】
表1に示す成分組成の鋼を溶製してスラブに鋳造し、スラブを熱間圧延して5mm厚の熱延コイルとした。この際、スラブ加熱温度は1250℃、仕上温度は850〜950℃、巻取温度は450〜750℃、熱延巻取後1時間以内にコイルを水冷し、熱延板焼鈍を省略あるいは700〜900℃で熱処理を施した。その後、コイルを酸洗し、2mm厚まで冷間圧延し、焼鈍・酸洗を施して製品板とした。この際、冷延板の焼鈍温度は、結晶粒度番号を5〜7程度にするために、1000〜1100℃とした。当該温度に加熱後、ε−CuやLaves相の生成による常温延性の低下を抑制するために、400℃までの冷却速度を20〜100℃/secとして冷却し、製品板とした。このようにして得られた製品板から、先述した方法で熱疲労試験、連続酸化試験、常温の破断伸びの測定を行ない、同様な判定を実施した。
【0046】
【表1】

【0047】
表1から明らかなように、本発明で規定する成分組成を有する鋼を上記のような通常の方法にて製造した場合、比較例に比べて熱疲労特性、常温伸び、耐酸化特性に優れていることがわかる。即ち、最高温度が950℃での熱疲労試験において、2000サイクル以上の特性を示し、常温での破断伸びが30%以上と高くプレス加工性に優れ、950℃の連続酸化試験においても異常酸化やスケール剥離が生じない。比較鋼のNo.11、12は、C、Nが上限外れで熱疲労、伸び、耐酸化性いずれも劣る。No.13はSiが下限外れで熱疲労、伸び、耐酸化性いずれも劣る。No.14はMnが上限外れで熱疲労、伸び、耐酸化性いずれも劣る。No.15は、Pが下限外れで熱疲労特性が劣る。No.16は、Pが上限外れで熱疲労特性と常温加工性に劣る。No.17はCrが下限外れで耐酸化性が劣り、異常酸化部を起点として熱疲労破壊が早期に生じる。No.18は、Nbが下限外れで高温強度が不足して熱疲労寿命が短い。No.19は、Nbが上限外れでLaves相の粗大析出によって熱疲労特性および加工性が劣る。No.20は、Cuが下限外れで高温強度が不足して熱疲労寿命が短い。No.21は、Cuが過剰に添加されており、熱疲労特性は良好だが、常温延性および耐酸化性に劣る。No.22は、Moが下限外れで高温強度が不足して熱疲労寿命が短いとともに耐酸化性も劣る。No.23はMoが過剰に添加されており、加工性と耐酸化性に劣る。No.24は、Wが上限外れで伸びが不足するとともに耐酸化性も劣る。No.25は、Bが上限外れでいずれの特性も劣る。No.26および27は、それぞれAlおよびTiが上限外れで加工性に劣る。No.28および30は、それぞれVおよびSnが上限外れで加工性と耐酸化性が劣る。No.29および31は、それぞれZrおよびNiが上限外れで加工性が劣る。
【0048】
表1に示す成分組成の鋼の中で鋼No.1〜6について、熱間圧延において巻取後コイル水冷までの時間、熱延板焼鈍温度、冷延板焼鈍時の400℃までの冷却速度を変化させて製造し、熱延板もしくは熱延板靭性の評価、冷延焼鈍板の常温伸びを測定した。ここで、熱延の加熱温度は1250℃とし、仕上温度を900℃とし、400〜750℃の範囲で巻取処理した後、コイル水冷までの時間を変化させた。また、熱延板焼鈍温度を変化させた後、2mm厚まで冷延を施し、冷延板焼鈍を施した。この際、冷却時に最高温度から400℃までの冷却速度を変化させた。熱延板もしくは熱延焼鈍板の靭性の評価は、幅方向にノッチを入れたVノッチシャルピー試験片を作製し、常温にてシャルピー衝撃試験を行ない、20J/cm2以上の衝撃値が得られた場合を合格(表中で○)とし、これ未満の場合をやや好ましくない(表中で△)とした。また、冷延焼鈍板の常温伸びは先述した方法で評価した。結果を表2のNo.41〜50に示す。
【0049】
【表2】

【0050】
表2から明らかなように、本発明の好適な製造条件で製造したNo.41〜46については、製造過程の靭性が高く、加工性に優れた製品板が得られることがわかる。一方、本発明の好適条件からは外れるNo.47、48については、熱延板のコイル水冷処理を施していないため、熱延板靭性が低く、No.49、50は、熱延板焼鈍温度が好適範囲外であり、熱延焼鈍板の靭性が低い。これらは、鋼板製造時に板破断が生じることがある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、C:0.02%以下、N:0.02%以下、Si:0.1超〜1.0%以下、Mn:0.5%以下、P:0.020〜0.100%、Cr:13.0〜20.0%、Nb:0.5〜1.0%、Cu:1.0〜3.0%、Mo:1.5〜3.5%以下、W:2.0%以下、B:0.0001〜0.0010%、Al:0.01〜1.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、Mo+Wが2.0〜3.5%であることを特徴とする耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
質量%にて、Ti:0.05〜0.4%、V:0.05〜1.0%、Zr:0.05〜1.0%、Sn:0.05〜0.5%、Ni:0.05〜1.0%の1種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
請求項1または2記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造する際、熱延巻取後1時間以内に水冷処理し、熱延板焼鈍を省略して冷延、焼鈍を施すことを特徴とする耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造する際、熱延巻取後1時間以内に水冷処理し、熱延板焼鈍を700〜950℃の未再結晶域で行ない、冷延、焼鈍を施すことを特徴とする耐熱性と加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−207252(P2012−207252A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−72270(P2011−72270)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】