説明

耐熱性卵白

【課題】高温又は酸に対する凝固性、撹拌に対する起泡性といった卵白本来の望ましい機能特性を保持させつつ卵白の耐熱性を適度に向上させる。
【解決手段】卵白中の蛋白質において、オボアルブミンに対してオボトランスフェリンが選択的に除去されている。この耐熱性卵白は、金属プロテアーゼを用いた酵素処理により得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵白としての機能特性を損なうことなく高度な殺菌処理を行うことができる耐熱性卵白に関する。
【背景技術】
【0002】
鶏卵は、安価で良質の蛋白源として広く食品に利用されているが、近年、世界的に新たな感染症の流行が報告されるようになり、より高度な衛生管理が求められるようになっている。
【0003】
即ち、食品工業において、鶏卵は割卵され、いわゆる液卵という形態で流通、使用されることが多い。液卵の衛生管理手法としては、現在、サルモネラ菌を死滅させることが可能な加熱殺菌(55〜60℃、3〜10分)が施されているが、新たな感染症の流行を未然に防止するためには、殺菌温度を現在よりも高くして未知の病原菌をも殺菌できるようにすることが望まれる。
【0004】
しかしながら、卵白は卵黄や全卵に比べて熱で凝固し易く、現在よりも加熱殺菌のレベルを上げると、液卵として流通させることができないという問題があった。
【0005】
この問題に対しては、様々な試みがなされており、例えば、特許文献1には、卵白を70〜90℃に保持しつつ酵素処理を行うことが提案されている。
【0006】
【特許文献1】特公平5−14543号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の酵素処理卵白によれば、100℃近くまで加熱しても固化せず、また、酸に対する凝固性や撹拌に対する起泡性といった卵白に求められる機能特性が損なわれる。このため、スポンジケーキ、メレンゲ等の菓子や、茶碗蒸、オムレツ等の調理品という従前の卵白の利用分野での卵白の使用が制限されるという問題が生じる。
【0008】
これに対し、本発明は、凝固性、起泡性といった卵白本来の望ましい機能特性を保持させつつ卵白の耐熱性を向上させ、従来よりも高度の加熱殺菌を行えるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、卵白中に含まれる主要な3つの蛋白質であるオボトランスフェリン、オボアルブミン、リゾチームのうち、オボトランスフェリンを選択的に除去した卵白は、耐熱性が適度に向上し、酸に対する凝固性や撹拌に対する起泡性等の卵白本来の機能特性を保持することを見出した。
【0010】
即ち、本発明は、卵白中の蛋白質において、オボトランスフェリンが選択的に除去されている耐熱性卵白を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の耐熱性卵白では、卵白中に含まれる主要な3つの蛋白質であるオボトランスフェリン、オボアルブミン、リゾチームのうち、オボトランスフェリンが選択的に除去され、ほとんど又は完全に存在しないので、耐熱性が向上し、63℃30分の加熱殺菌をしても固化しない。したがって、卵白を含む液状食品を固化させることなく、従来よりも高度な加熱殺菌を行うことが可能となる。
【0012】
また、この耐熱性卵白には、オボアルブミンとリゾチームについては、酵素処理をしていない通常の卵白とほぼ同量が含まれるので、上述の60℃30分の加熱殺菌を行った後においても、70℃を超える程度の高温や酸に対する凝固性、撹拌に対する起泡性といった卵白特有の性質は保持される。よって、スポンジケーキ、メレンゲ等の菓子類、茶碗蒸、オムレツ等の調理品という従前の卵白の利用分野で引き続きこの耐熱性卵白を使用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0014】
本発明の耐熱性卵白は、それを構成する蛋白質のうちオボトランスフェリンが選択的に除去されているものである。
【0015】
ここで、卵白とは、割卵して卵黄と分離した卵白液、乾燥卵白、冷凍卵白、加熱殺菌卵白等の種々の形態の卵白をいう。
【0016】
また、卵白を構成する蛋白質のうちオボトランスフェリンが選択的に除去されているとは、例えば、卵白の蛋白質をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法にて分離し、染色して検出した場合に、オボアルブミンやリゾチームのバンドは通常の卵白と同様に観察されるが、オボトランスフェリンはバンドとして全く観察されないか、あるいはほとんど観察されないことをいう。
【0017】
このようにオボトランスフェリンを除去することにより、例えば、63℃30分という従来よりも高度な加熱殺菌に対して固化しない程度の耐熱性を卵白に付与することができると共に、70℃以上で10分間加熱することにより固化する熱凝固性も付与することができる。したがって、本発明の耐熱性卵白は、卵白の熱凝固性を利用した茶碗蒸、オムレツ等の調理品の分野で引き続き使用することが可能となる。
【0018】
卵白中の蛋白質において、オボトランスフェリンを選択的に除去する方法としては、活性中心に金属を有する蛋白質分解酵素である、いわゆる「金属プロテアーゼ」を用いて卵白を酵素分解する方法をあげることができ、このような金属プロテアーゼとしては、オリエンターゼ90N、オリエンターゼONS(エイチビィアイ社)、プロチンP、サーモアーゼ、デスキン(大和化成社)、ニュートラーゼ(ノボザイムズジャパン社)、プロテアーゼN「アマノ」、プロテアーゼA「アマノ」、YL−NL「アマノ」(天野エンザイム社)等の商品名で市販されているものを使用することができる。なお、従来、卵白の耐熱性を向上させるために使用されている蛋白質分解酵素を用いると、卵白中の蛋白質の分解が大きく進み、オボトランスフェリンだけでなく他の蛋白質も分解され、高温又は酸に対する凝固性や撹拌に対する起泡性等の卵白特有の性質が損なわれるので好ましくない。
【0019】
上述の蛋白質分解酵素を用いた卵白の酵素分解の具体的な方法としては、例えば、卵白(固形分)に対して0.3〜1.0%のプロテアーゼN「アマノ」(天野エンザイム社)を、卵白と混合し、pH7.5〜9.5、温度50〜60℃で60〜15分間加熱する。
【0020】
この場合、酵素処理の最終的な処理温度として63〜70℃が30〜1分間維持されるように加温することが好ましい。この最終処理温度により酵素が失活するので、オボトランスフェリンの酵素分解と別個に酵素の失活処理をすることが不要となる。
【0021】
尚、上述の温度50〜60℃での60〜15分間の加熱及び63〜70℃での30〜1分間の加熱においては、いずれも一定温度を維持し続ける必要はなく、例えば、除々に加温することにより、50〜60℃の温度帯さらに63〜70℃の温度帯を、各々所定の時間をかけて昇温させるようにする方法でもよい。
【0022】
また、酵素処理は、食塩2〜10%の加塩条件で行ってもよい。これにより、酵素処理をしている間の耐熱性菌の増殖を抑制することができる。
【0023】
こうして酵素処理した卵白の蛋白質をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分離すると、酵素処理前には検出されるオボトランスフェリン(酵素処理前の卵白の蛋白質における含有量約12%、変性温度62℃)が検出されず、酵素処理前には検出されないオボトランスフェリン分解物のバンドが、分子量31000〜45000の範囲でオボアルブミンのバンドの直下に検出されるようになる。酵素処理後の卵白の全ての蛋白質中、オボアルブミン(変性温度84℃)の含有量は45〜60%、オボトランスフェリン分解物の含有量は25〜31%、リゾチーム(変性温度73℃)の含有量は約3%となり、オボアルブミンとリゾチームの含有量は酵素処理の前後で差異がない。
【0024】
酵素処理後の卵白は、冷蔵(10℃以下)又は冷凍で保管すればよい。
【実施例】
【0025】
実施例1:酵素処理卵白の調製
5%加塩した卵白液1kg、金属プロテアーゼ(プロテアーゼN「アマノ」、天野エンザイム社)6gを、撹拌しながら加熱して、50℃から60℃まで15分間かけて昇温させ、さらに、63℃まで昇温させた後そのまま30分間保持し、その後室温まで水冷した。得られた酵素処理卵白は透明で、酵素処理をしていない卵白液よりも粘度が低かった。
【0026】
比較例1
卵白液1kg、活性中心に金属を有さない蛋白質分解酵素(プロレザー―FG―F(Bacillus subtilis由来、LotPRA1251013CFG)、天野エンザイム社)5gを、撹拌しながら50℃で5時間反応した。反応終了後、5%となるように食塩を加え、撹拌しながら加熱して、50℃から60℃まで15分間かけて昇温させ、さらに、63℃まで昇温させた後そのまま30分間保持し、その後室温まで水冷した。得られた酵素処理卵白液は白濁していた。
【0027】
比較例2
5%加塩した卵白液1kg、活性中心に金属を有さない蛋白質分解酵素である食品用精製パパイン(パパイヤCarica papaya L 由来、Lot2477574、ナガセケムテックス社)6gを、撹拌しながら加熱して、50℃から60℃まで15分間かけて昇温させ、さらに、63℃まで昇温させた後そのまま30分間保持し、その後室温まで水冷した。得られた酵素処理卵白液は白濁していた。
【0028】
評価
(1)100℃の加熱に対する耐熱性
実施例1、比較例1及び2の酵素処理卵白液と、対照例として酵素処理をしていない5%加塩卵白液とを各10gずつ試験管に取り、沸騰している湯浴に浸漬し、経時的に観察した。その結果、実施例1の酵素処理卵白液及び酵素処理をしていない対照例の5%加塩卵白液は5分以内に完全に凝固した。しかし、比較例1及び2の酵素処理卵白液は、5分以上経過しても凝固しなかった。
【0029】
(2)攪拌に対する起泡性
ホバートミキサー(10クオート)のミキサーボウルに20℃に加温した実施例1、比較例1及び2の酵素処理卵白液、又は酵素処理をしていない対照例の5%加塩卵白液を450g入れ、ワイヤーホイッパーを使用し、中速で1.5分間攪拌した後、1.5分ずつ高速で攪拌して生じる泡の高さを測定した。結果を表1に示す。表中の数字の単位はcmである。
【0030】
【表1】

【0031】
表1から、実施例1の酵素処理卵白液は、対照例の非酵素処理卵白液と同等以上の起泡性を有しているが、比較例1及び2の酵素処理卵白液は、対照例に較べて起泡性が劣っていることがわかる。
【0032】
(3)電気泳動分析
各実施例及び比較例の酵素処理卵白液と、対照例(酵素処理をしていない5%加塩卵白液)とを、それぞれSDS−ポリアクリルアミド電気泳動法用のサンプルバッファーで10〜40倍に希釈し、沸騰水浴上で5分間加熱し、電気泳動用サンプルとした。
【0033】
SDS−ポリアクリルアミド電気泳動は、市販のポリアクリルアミドゲルである10〜20%PerfectntNT Gel A(ディー・アール・シー社)と専用泳動槽ERICA-A(ディー・アール・シー社)を使用して、300Vの定電圧条件で行った。分子量測定用の標準蛋白質(分子量マーカー)は、SDS-PAGEスタンダード(Broad)(日本バイオ・ラッド ラボラトリーズ社)を使用した。
【0034】
サンプルバッファー中の標識色素であるブロモフェノールブルーがゲルの下端から5mmのところまで到達したところで泳動を終了し、ゲルをガラス板から取り出し、クマシーブリリアントブルーR-250溶液で30分間室温で染色した。ゲルは脱色液(25%エタノール、8%酢酸溶液)で背景が透明になるまで脱色した。この電気泳動パターンを図1に示す。
【0035】
図1から、比較例1の酵素処理卵白液ではオボトランスフェリンの分解が不十分で一部が残存しているうえに、オボアルブミンの一部も分解されており、比較例2の酵素処理卵白液ではオボトランスフェリン、オボアルブミンとリゾチームという卵白の主要蛋白質の全てが分解されてしまっていることがわかる。これらに対して、実施例1の酵素処理卵白液では、オボトランスフェリンのみがほぼ特異的に分解・除去され、オボアルブミンのバンドの直下に新たな分解物のバンドを形成しているのがわかる。
【0036】
また、図1に示す実施例1の電気泳動パターンを、ULTRA-CAN ANALYSIS SYSTEM(ULTRA-LUM社)を使用してデジタルデータとして取り込み、画像解析用ソフトウエアであるTotal LAB(ULTRA-LUM社)を利用して、各バンドの分子量と量比を算出した。その結果、オボアルブミンの直下に存在する、オボトランスフェリンの分解物と考えられるバンドの分子量は、約37000と算出された。
【0037】
各バンドの量比は、各バンドの合計を100%とした場合、対照例においてオボトランスフェリンが18%、オボアルブミンが77%、リゾチームが4%と算出され、実施例1ではオボアルブミンが77%、オボトランスフェリン分解物と推定される蛋白質が14%、リゾチームが4%となった。これにより、酵素反応によりオボアルブミンとリゾチームはほとんど分解されておらず、オボトランスフェリンが選択的に分解されていることがわかった。
【0038】
また、実施例1の酵素処理卵白液の調製過程において、酵素を添加し加熱開始後の40℃達温、50℃達温、55℃達温、55℃で15分保持後、63℃達温、63℃で15分保持後、63℃で30分保持後の各点でサンプリングした卵白液、及び対照例(酵素処理をしていない5%加塩卵白液)について、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動で分析した結果を図2に示す。図2から、酵素反応の進行に伴いオボトランスフェリンが分解され、また、63℃達温以降は新たな分解反応が生じていないことがわかる。
【0039】
(4)マヨネーズの製造と保存試験
実施例の酵素処理卵白液及び酵素処理をしていない対照例の卵白液を用いて、表2の配合のマヨネーズを次のように製造した。
【0040】
【表2】

【0041】
まず、サラダ油以外の原料を良く混和し、次いで脱気攪拌機で減圧しながら攪拌しつつ、サラダ油を注入した。こうして得たマヨネーズを、更にコロイドミルに通し、仕上げ乳化を行い、500g容のマヨネーズ用ボトルに充填し、35℃において保存試験を行った。
【0042】
保存試験においては、昇降機付きのB型粘度計にTバー型ローターのDタイプを使用して、マヨネーズの粘度を充填直後から充填3週間後まで測定した。結果を表3に示す。













【0043】
【表3】

【0044】
表3から、酵素処理卵白を配合した実施例のマヨネーズは、原料の酵素処理卵白が醸造酢により酸変性して凝固するため、酵素処理をしない卵白を配合した対照例のマヨネーズと同様に、経時的に粘度が上昇することがわかる。すなわち、本発明の耐熱性卵白は、通常の卵白と同様にマヨネーズの原料として好適に使用できるものであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の耐熱性卵白は、高温又は酸に対する凝固性、撹拌に対する起泡性という卵白特有の機能特性を保持しつつ耐熱性が適度に向上しているので、従来よりも高度の加熱殺菌をすることができる。本発明の耐熱性卵白は、スポンジケーキ、メレンゲ等の菓子類、茶碗蒸、オムレツ等の調理品、その他、飲料、健康食品、調味料、医薬品等の従来の卵白の利用分野において、従来の卵白に代えて使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例及び比較例の酵素処理卵白についての電気泳動パターンの図面代用写真である。
【図2】実施例の酵素処理卵白についての電気泳動パターンの図面代用写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
卵白中の蛋白質において、オボトランスフェリンが選択的に除去されている耐熱性卵白。
【請求項2】
SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法により、オボトランスフェリンが検出されず、分子量31000〜45000の範囲でオボアルブミンのバンドの直下にオボトランスフェリン分解物のバンドが検出される請求項1記載の耐熱性卵白。
【請求項3】
金属プロテアーゼを用いた酵素処理により、オボトランスフェリンが選択的に除去されている請求項1又は2記載の耐熱性卵白。
【請求項4】
酵素処理が、50〜60℃で60〜15分間行われ、その後63〜70℃で30〜1分間行われている請求項3記載の耐熱性卵白。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−101801(P2006−101801A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−295080(P2004−295080)
【出願日】平成16年10月7日(2004.10.7)
【出願人】(000001421)キユーピー株式会社 (657)
【Fターム(参考)】