説明

耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手

【課題】降伏強度が460MPaクラス以上で、板厚が50mm超の大入熱溶接用高強度鋼板を突合せ溶接して、破壊靭性値δcが十分に高い溶接継手を形成する。
【解決手段】質量%で、C:0.04〜0.2%、Mn:0.8〜2.5%、S:0.0005〜0.0025%、Al:0.02%未満、Ti:0.01〜0.05%を含有する鋼材を用いて大入熱溶接した溶接構造体における突合せ溶接継手において、溶接金属中に含まれるO量を20〜250ppmとし、かつ、粒径2.0μm以上の酸化物の量を10個/mm以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接構造体、特に、板厚50mm超の鋼板を大入熱突合せ溶接して形成した溶接構造体の耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
大型造船構造物や大型建築物等の溶接構造体において、最も破壊発生の可能性の高い部位は溶接継手部である。その理由は、溶接継手部では、溶接時に破壊の起点となる溶接欠陥を生じ易く、また、溶接熱影響により鋼材の組織が粗大化していること等のためである。
【0003】
従来、溶接継手部に変形や歪が集中するのを阻止するために、溶接金属の強度や硬さを母材よりも高くすること(オーバーマッチング)が、溶接継手を形成する上での基本であり、溶接金属を選定する際には、母材強度との比較で、オーバーマッチングとなるように継手設計がなされている。
【0004】
ところで、溶接構造物の大型化に伴い、高強度で、かつ板厚50mmを越える厚鋼材が使用されるようになってきた。そのような鋼材をエレクトロガスアーク溶接などの大入熱溶接により溶接すると、その鋼材の熱影響部は大きく軟化するために、溶接金属の硬さがHAZの硬さよりも大幅に硬くなる。その場合には、溶接金属と鋼材が変形せずに、軟化したHAZに歪が集中することになり、さらに、その変形しようとするHAZを溶接金属と母材鋼材が拘束することになるため、オーバーマッチングの程度によっては、溶接金属の強度や硬さが母材(HAZ)よりも高くなりすぎ、HAZ部の破壊靱性が低下するという問題が出てきた。
【0005】
しかし、溶接金属の硬さHvを低下させると、HAZ部の破壊靱性は確保できるものの、溶接金属の破壊靱性が低下するという問題が生じる。
そこで、高強度厚肉鋼材の大入熱溶接において、溶接金属の硬さをある程度低下しても、HAZ部と溶接金属とも十分な破壊靱性が確保できる溶接技術の開発が望まれていた。
【0006】
そのための方法として、エレクトロガス溶接等の大入熱溶接継手において、ディープノッチ試験に基づく破壊靭性値Kcを確保するために、溶接金属と母材の硬さの比を110%以下となるように制御して、溶接金属部と母材部の境界部(以下、FL部と称する)の破壊靭性値Kcを改善する方法が特許文献1によって提案されている。
【0007】
しかしながら、溶接金属の硬さを低下させると、溶接継手の強度(引張強さ)が低下するため、母材の強度と同程度の強度を確保するためには、溶接金属の幅(ビード幅)を板厚の70%以下にしなければならないという制限がある。
【0008】
また、近年、溶接構造物の安全性を定量的に評価する指標として、CTOD(Crack Tip Opening Displacement:亀裂端開口変位)試験により求められる、破壊力学に基づいた破壊靭性値δc値が重視されるようになってきている。溶接継手の破壊靭性値δcを確保するためには、FL部と溶接金属部の両方の破壊靭性値δcを満足させる必要があり、溶接金属の硬さを、母材の硬さの110%以下にまで低下させるアンダーマッチングでは、溶接金属部の破壊靭性値δcを確保できなくなるという問題も生じる。
【0009】
従来より、母材となる大入熱溶接用の厚鋼板では、そのHAZ靭性を確保すべく、Tiを含有する酸化物を母材中に分散させ、HAZ部の冷却時に粒内からフェライトなどを生成させて組織を微細化することで、HAZ靭性を確保することが試みられてきた。
【0010】
例えば、特許文献2には、鋼に、粒子径が0.1〜3.0μmのTi酸化物、あるいはTi酸化物とTi窒化物との複合体のいずれか1種あるいは2種を含有させることによって、HAZ部の粗粒化域における冷却時のγ→α変態を制御して粒内フェライトを生成させ、HAZ靭性を向上させることが記載されている。
【0011】
また、特許文献3には、鋼板に含まれる平均粒径が0.05〜1μmのTi含有酸化物の平均個数を10000個/cm2 以上とするとともに、平均粒径2μm以上のTi含有酸化物の平均個数を2000個/cm2 以下とすることにより、粗大な酸化物の数を抑えて、微細な酸化物を多数含有させ、大入熱溶接後の冷却時にHAZ部で粒内ベイナイトが生成し易くし、590〜780MPa級の厚鋼板の場合でも、大入熱溶接時のHAZ全域の靭性を改善できることが記載されている。
【0012】
しかし、これらの文献においても、HAZの靭性はシャルピー衝撃試験値で評価されているのみでCTOD試験による破壊靭性値δc値での評価はなされていない。シャルピー衝撃試験のような小型の試験では良好な結果を示しても、大型構造物の溶接継手のCTOD試験では、必ずしも良好な破壊靭性値δcを示すとは限らないため、Ti酸化物の分散による組織の微細化技術を用いて溶接金属部とFL部の両方の破壊靭性値δcを向上させることについてはさらに検討が必要である。
【0013】
【特許文献1】特開2005−144552号公報
【特許文献2】特公平7−824号公報
【特許文献3】特開2006−124759号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記のような従来技術に鑑みて、降伏強度が460MPaクラスで、板厚が50mm超の溶接用高強度鋼板を突合せ溶接して形成した溶接継手において、溶接継手の強度(引張強さ)を十分に確保できるとともに、溶接金属部と局所的な応力が増大するFL部の両方の破壊靭性値δcを向上させ、溶接継手の破壊靭性を安定的に向上する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、降伏強度が460MPaクラス以上で、板厚が50mm超(好ましくは、50mm超〜100mm程度)の高強度厚鋼板の大入熱溶接において、上述のような母材と溶接金属部の硬さのオーバーマッチングによる継手靭性の低下を防止する観点から、上記特許文献2、3に記載されているような微細酸化物を利用して溶接金属部のミクロ組織を改善する技術をさらに発展させて、溶接金属部とFL部の両方の破壊靭性値δcを向上させ、溶接継手の破壊靭性を安定的に確保できる溶接継手を具現化する技術について検討した。
そして、その過程で、溶接金属部中に、特定の大きさの介在物が一定頻度以上存在する場合に、破壊靱性値δcのばらつきが生じることを見出し、本発明を完成した。
【0016】
上記課題を解決する本発明の要旨は、以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.04〜0.2%、Mn:0.8〜2.5%、S:0.0005〜0.0025%、Al:0.02%未満、Ti:0.01〜0.05%を含有する鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、
該溶接継手の溶接金属中に含まれるOの量が20〜250ppmであり、粒径2.0μm以上の酸化物の量が10個/mm以下であることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手。
(2)質量%で、C:0.04〜0.2%、Mn:0.8〜2.5%、S:0.0005〜0.0025%、Al:0.02%未満、Ti:0.01〜0.05%を含有する鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、
該溶接継手の溶接金属中に含まれるOの量が20〜250ppmであり、粒径2.0μm以上の酸化物の量が10個/mm以下であるとともに、粒径0.1μm以上2.0μm未満のTi酸化物の量が30〜600個/mmであることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手。
(3)溶接金属部の硬さが母材部の硬さの110%超220%以下であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手。
(4)前記溶接構造体が板厚50mm超の高強度鋼板を突合せ溶接したものであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、降伏強度が460MPaクラスで、板厚が50mm超の高強度鋼板を溶接する時、破壊靭性値δcが十分に高い溶接継手を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明者らは、溶接継手のCTOD試験での破壊発生点を詳細に調査した結果、CTOD試験試験における破壊の起点となるのはある大きさ以上の酸化物であり、そのような酸化物の存在頻度を低減することによりCTOD試験における破壊靱性値δcのばらつきを低減できることを知見した。
【0019】
以下、上記知見が得られた実験について説明する。
質量%で、C:0.06%、Mn:1.6%、S:0.002%、Al:0.002%、Ti:0.02%を含有する板厚70mmの鋼板をエレクトロガス溶接(EG)の一種である2電極揺動式エレクトロガス溶接により、突合せ溶接を実施した。
【0020】
溶接材料としては、化学成分として、C:0.01〜0.06%、Si:0.2〜1.0%、Mn:0.5〜2.5%、Ni:0〜4.0%、Mo:0〜0.30%、Al:0〜0.3%、Mg:0〜0.30%、Ti:0.02〜0.25%、B:0〜0.050%の範囲の鋼ワイヤを用い、それを2本同時に用いて2電極とし、電圧42V、電流390A、溶接速度4.2m/分の溶接条件の下、溶接入熱が450kJ/cm以上で溶接を行った。
【0021】
この場合、開先角度は20度、開先幅33mm、ルートギャップは8mmとした。この溶接を実施するときに、溶接金属の酸素量を変化させるために、シールドガスとして(a)20%Arガス、(b)100%Arガスの2種類を用いて、それぞれ溶接した。
【0022】
溶接後、上記(a)と(b)のシールド条件で溶接したそれぞれの溶接継手部において、鋼板厚み方向1/4、1/2、3/4の3箇所の位置で溶接金属部(WM)と母材部(BM)の硬さHvを測定し、その平均値を求めた。
また、溶接金属部と、FL部のHAZ側(FL,HAZ部)にそれぞれ疲労予き裂が一致するように採取したCTOD試験片を用いて、破壊靭性値(δc値)を評価した。
さらに、上記(a)と(b)の場合の溶接金属部の酸化物の分散状況を調査した。
【0023】
その結果を、溶接条件とともに表1に示す。
シールド効果が低い条件で溶接した継手(a)では、溶接金属部の酸素量が400ppmと高く、溶接金属部及びFL、HAZ部ともδc値が低かったが、シールド効果が高い条件で溶接した継手(b)では、溶接金属部の酸素量が150ppmと低く、溶接金属部及びFL、HAZ部とも十分高いδc値が得られた。
【0024】
さらに、酸化物の分散状態について、継手(a)の場合には、粒径が2μm以上の粗大酸化物が500個/mmと多数存在し、逆に粒径0.1μm以上2.0μm未満のTi酸化物は20個/mmと少なかった。
一方、継手(b)の場合には、粒径0.1μm以上2.0μm未満のTi酸化物の量が480個/mmであって、微細なTi酸化物が溶接金属中に均一に分散しており、粒径が2μm以上の酸化物の個数は、3個/mmであって、その数は少なかった。
【0025】
【表1】

【0026】
以上のように、溶接金属部及びFL部の破壊靱性値δcと溶接金属部中の2μm以上の酸化物の個数との間に関連が認められたので、さらに両者の関係を調査し、破壊靱性値の良好な溶接金属の得られる酸化物の粒径と個数についての条件を求めた。
その結果、大きさが2μm以上の酸化物の個数が10個/mm以下であると、また、さらに好ましくは、粒径0.1μm以上2.0μm未満のTi酸化物の量が30〜600個/mmであると破壊靱性値δcの良好な溶接金属部が得られることが分かった。
そして、本発明は、そのような酸化物の分散状況の得られる母材の化学組成についてさらに検討した結果なされたものである。
【0027】
以下、上記の知見に基づく本発明について順次説明する。
本発明では、溶接構造体を構成する母材として、少なくとも、質量%で、C:0.04〜0.2%、Mn:0.8〜2.5%、S:0.0005〜0.0025%、Al:0.02%未満、Ti:0.01〜0.05%を含有する鋼材を用いる。
【0028】
Cは、溶接構造体としての強度を確保するために少なくとも0.04%は必要であるが、0.2%を超えると凝固割れが発生しやすくなる。
Mnは、強度および靭性を確保するために少なくとも0.8%は必要であるが、2.5%を超えると焼入性が増大し靭性が低下する。
Sは、靭性を低下させる元素であり、0.0025%以下にする必要がある。しかし、MnSを形成させ、酸化物とMnSの複合体を粒内変態核として利用するためには、0.0005%以上含有させることが好ましい。
【0029】
Alは、鋼の製造において脱酸剤として添加されるが、Al酸化物はフェライト変態核生成能力が極めて小さいため0.02%未満とする。0.005%以下であればさらに好ましい。
Tiは、本発明では、脱酸剤として使用するとともに、Ti酸化物を生成させ、Ti酸化物によるミクロ組織微細化により溶接金属およびHAZ部の破壊靭性を向上させる上で必須の元素である。必要なTi酸化物を形成させるためには少なくとも0.01以上必要であるが、0.05%を超えると酸化物の量やサイズが過大になり破壊の起点となる恐れがある。
【0030】
Oは、Ti酸化物を多数形成するために必要である。溶接金属中のTi酸化物の粒径や個数の条件を満たすためには、溶接金属中に20〜250ppm、より好ましくは100〜200ppm含有する必要がある。溶接金属中の酸素量は、母材中の酸素含有量ばかりでなく溶接方法によっても変化するため母材中の含有量を一律には規定できないが、母材中の酸素含有量としては、シールド効果の高い溶接方法では20ppm以上とし、その他の溶接方法では100ppm以上とするのがよい。母材中の酸素含有量の上限は、250ppm以下が好ましい。
【0031】
本発明の溶接継手の母材となる鋼材は、上記成分の条件を満たす限りにおいて、公知の溶接用鋼であってよいが、上記成分に加え、通常の鋼で含有するSiを1.0質量%以下、Pを0.01質量%以下含有し残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を基本とし、母材強度や継手靭性の向上等、要求される性質に応じて、Ni、Cr、Mo、Cu、W、Co、V、Nb、Zr、Ta、Hf、REM、Y、Ca、Mg、Te、Se、Bの内の1種又は2種以上を合計で8質量%以下含有させた鋼が好ましい。
【0032】
本発明では、Ti酸化物を微細に分散させて、オーステナイトからフェライトへの変態に際しその変態の核として利用し、良好な靭性を示す微細な針状フェライトを多く含むミクロ組織を形成させることにより、靭性の優れた溶接金属を得るものであるが、その際、粒径2.0μm以上の酸化物の量が10個/mmを超えないようにすることが必要である。それを超えて鋼中に存在する場合には、CTOD試験における破壊の起点となり、溶接金属部の破壊靱性値δcのばらつきの原因となる。
【0033】
さらに、Ti酸化物を粒内変態核として機能させ、微細な針状フェライトを多く含むミクロ組織を形成させるためには、粒径が0.1μm以上2.0μm未満のTi酸化物を、30〜600個/mmの頻度で分散させることが好ましい。
なお、一部の微細なTi酸化物は、そのまわりMnSが析出することにより、MnSと複合体を形成する。この複合体は、粒内変態核としてより有効であり、本発明のTi酸化物には、このような複合体を含めるものとする。
【0034】
Ti酸化物の粒径を0.1μm以上2.0μm未満の範囲とするのは、0.1μm未満では粒内変態核として機能するには小さすぎるためであり、2.0μm以上では、上述のように破壊の起点となる恐れがあるからである。
【0035】
また、酸化物個数を、30〜600個/mmとするのは、目標とする0.15mm以上のδc値を得るためにはTi酸化物の量が30個/mm以上必要であり、一方、粒子数が600個/mmを越えると粒子間隔が小さくなり、介在物を起点とする破壊の間隔が小さくなるため、延性破壊に対する抵抗値が低下し、また溶接部に進入する水素のトラップサイトとなり、破壊靭性にとっても有害になる場合があるからである。
なお、より好ましい個数は100〜400個/mmである。
ここで、目標とするδc値は、ノルウェー海事協会(DNV)等の規格では、設計温度にて0.1〜0.2mm程度の値が要求されていることから、0.15mm以上とした。
【0036】
溶接金属部において、粒径2.0μm以上の酸化物の量を抑制し、粒径0.1μm以上2.0μm未満の酸化物の量を適正化するためには、母材として、酸化物のサイズが2.0μm以下に抑制された鋼材を使用するのがよい。
そのためには、母材となる鋼材の脱酸工程において、Alでの脱酸のみならず、たとえばTi脱酸後に、さらにTiよりも脱酸作用の強いAlやMg、Caなどの1種または2種以上を逐次添加して脱酸することにより、酸化物の寸法を小さくする。
そのような逐次脱酸工程を採用することにより、2μm以上の粗大酸化物の生成が抑制され、その結果0.1〜2μmの微小酸化物を多数生成させることができる。
【0037】
電子ビーム溶接などの、溶接材料を用いず雰囲気からの酸素の混入のほとんどない溶接の場合は、基本的に上記のような酸化物分散状態の母材を用いればよい。また、溶接材料を用いて溶接する場合でも、溶接時に溶融する母材からもたらされる酸化物に粗大な酸化物がないよう上記の逐次脱酸工程を用いて製造された母材を使用することが望ましいが、それに加えて、溶接時に十分なシールドを実施して、溶接金属の酸素含有量が250ppmを超えないようにすることが必要である。十分なシールド方法としては、シールドガスの酸素分率をできるだけ低く抑える方法や、Ar100%のシールドガスにするなどの方法があるが、その方法については特に制限されない。
【0038】
なお、上記酸化物粒子の大きさおよび個数の測定は、例えば、次の要領で行なうことができる。すなわち、母材となる鋼板から抽出レプリカを作製し、それを電子顕微鏡にて10000倍で20視野以上、観察面積にして1000μm以上を観察することで、酸化物粒子の大きさおよび個数を測定する。このとき、酸化物粒子が適正に観察可能であれば、観察倍率を低くしてもかまわない。
【0039】
本発明では、さらに、母材と溶接金属部の硬さのオーバーマッチングの程度を調整するとより効果的である。
大入熱溶接した場合、溶接金属部の強度や硬さが上昇し、母材の強度や硬さよりも著しく高くなっていることにより、溶接金属部に接しているHAZ部との境界近傍で局所的な応力が増大し、そのため、FL部の破壊靭性値δcが低下する。
【0040】
そこで、溶接金属部の硬さを母材の硬さの110%超220%以下となるように溶接するのが望ましい。
溶接金属部は、焼入れ性を確保して粗大なフェライトが生成しないようにするためにはある程度の硬さが必要であり、溶接金属部の硬さを母材の硬さの110%超とする。しかし、硬すぎると上記のように局所的な応力の増大による破壊靭性値δcの低下を招くので、220%以下に抑制する。
このように母材と溶接金属部の硬さを調整することにより、オーバーマッチングによる継手靭性の低下を防止できる。
【0041】
溶接金属部の硬さと母材の硬さの比を上記の範囲に抑えるためには、例えば次のようにする。
溶接材料を用いない溶接方法の場合には、溶接速度や溶接入熱を調整して、冷却速度が大きくなりすぎないようにする必要がある。目標とする冷却速度を、鋼材の連続冷却曲線特性図を参考にして、マルテンサイト変態が生じる冷却速度より小さくなるように選定して溶接することで、溶接金属部の硬さを母材の220%以下に規制することが可能である。
また、予熱や後熱を行う場合に冷却速度が遅すぎると、溶接金属部の硬さが母材の110%以下となることもあるので、予熱や後熱の条件も考慮する必要がある。
【0042】
溶接材料を用いる溶接方法の場合には、母材の炭素当量と溶接材料の炭素当量を比較して、溶接材料の炭素当量が母材の炭素当量の200%以下であるような溶接材料を用いることが望ましい。その範囲の溶接材料を用いるとともに、溶接時に低温割れや凝固割れを発生しないような溶接条件を用いることにより、溶接金属の硬さを母材の220%以下に抑制することができる。
【0043】
本発明では、鋼板の板厚は特に制限されないが、上記の課題が顕在化するのは、板厚が50mm超の高強度鋼板である。
【0044】
また、溶接材料も、本発明に規定する特性を満足するものであればよく、その化学成分などが限定されるものではない。望ましい溶接材料の化学成分としては、C:0.01〜0.06%、Si:0.2から1.0%、Mn:0.5〜2.5%、Ni:0〜4.0%、Mo:0〜0.30%、Al:0〜0.3%、Mg:0〜0.30%、Ti:0.02〜0.25%、B:0〜0.050%の範囲のものが例示できるが、鋼材の化学成分をも考慮して、適宜選択すればよい。
【0045】
本発明の溶接継手では、大入熱溶接方法として、VEGA(1電極揺動式エレクトロガス溶接)、VEGA−II(2電極揺動式エレクトロガス溶接)、EG(エレクトロガス溶接)、及び、SAW(サブマージアーク溶接)を用いることができる。また、レーザ溶接や電子ビーム溶接のような高エネルギービームによる溶接方法も用いることができる。
いずれの溶接方法を採用するにしても、溶接パス数は1パスでも多パスでもかまわないが、多パス溶接の場合は溶接欠陥が発生しやすいので、1パス溶接が好ましい。
【0046】
各溶接方法での溶接条件の一例を示すと、次のようである。
VEGA−IIでは、溶接ワイヤを2本用い、板厚70mmの鋼板を溶接する場合は、電圧42V、電流390A、溶接速度4.2m/分、溶接入熱450kJ/cm以上で溶接を行なう。なお、開先角度は20°、ルートギャップは8mmとするのが好ましい。
SAWで、板厚70mmの鋼板を溶接する場合には、直径4.8mmの溶接ワイヤを用い、電流650A、電圧33V、溶接速度60cm/分で多層溶接したり、また、裏面を銅やアスベストでバッキングし、さらに電流を上げて大入熱溶接する。
【0047】
電子ビーム溶接では、例えば、板厚80mmの場合、電圧175V、電流120mA、溶接速度125mm/分程度の条件で行なわれる。通常、10−3mbar以下の高真空下で溶接が行われるが、局所真空を用いて低真空度で溶接を行う減圧電子ビーム溶接法でも、本発明は適用することができる。
【0048】
以下に、本発明を実施例に基づいてさらに説明するが、実施例における条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、該一条件例に限定されるものではない。
本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件ないし条件の組合せを採用し得るものである。
【実施例】
【0049】
表2に示す成分を含有し残部Feおよび不可避的不純物よりなる、板厚50〜100mmの厚鋼板を準備し、種々の溶接方法によって突合せ溶接した後、形成された溶接継手の特徴及び性能を試験し、調査した。
【0050】
試験の結果を、用いた鋼板条件や溶接方法とともに表3に示す。
なお、Hv(BM)は、10kgの圧痕により測定した母材の板厚方向における硬さの平均値であり、Hv(WM)は、溶接金属部の板厚中央部において、10kgの圧痕により測定した硬さの値である。また、溶接継手の性能に関し、δc(mm)は、CTOD試験において−10℃の試験温度で求めた値である。
【0051】
表3において、本発明例のNo.1〜3及びNo.12〜17は、溶接材料を使用しない電子ビーム溶接あるいはレーザ溶接の例であり、本発明例のNo.4〜11はアーク溶接の例である。
本発明例のNo.1〜17は、鋼材の化学成分、溶接金属中の酸素量と酸化物量がいずれも本発明で規定する範囲内にあるものであり、δc値が溶接金属部及びFL,HAZ部とも0.15mm以上であって、十分な値を示している。
【0052】
なお、本発明例No.1は、Hv(WM)/Hv(BM)の値がより好ましい範囲にないため、溶接金属部のδc値が低めであり、本発明例のNo.4〜11のアーク溶接の場合は、粒径2μm以上の酸化物個数が多めであったので、溶接金属部のδc値が低めであり、本発明例のNo.1、14〜17の溶接材料を使用しない溶接の場合は、粒径0.1μm〜2.0μm未満の酸化物個数が少なめであったので、FL,HAZ部のδc値が低めであった。
【0053】
これに対し、比較例18は、溶接金属中の酸素量及びHv(WM)/Hv(BM)の値が本発明の規定値以上であり、かつ粒径2μm以上の酸化物個数が本発明の規定値以上のため、溶接金属部及びFL,HAZ部ともδc値は不十分であった。
比較例19は、溶接金属中の酸素量及びHv(WM)/Hv(BM)の値が本発明の規定範囲を外れており、かつ粒径2μm以上及び粒径0.1〜2μm未満の酸化物個数が本発明の規定値以上のため、溶接金属部及びFL,HAZ部ともδc値は不十分であった。
【0054】
比較例20は、鋼材のC量が本発明の規定値以上で鋼材の炭素当量が高く、粒径2μm以上の酸化物個数が本発明の規定値以上のため、溶接金属部のδc値が不十分であった。
【0055】
比較例21は、鋼材のMn量が本発明の規定値以上で鋼材の炭素当量が高く、粒径0.1〜2μm未満の酸化物個数が本発明の規定値以下のため、FL,HAZ部のδc値が不十分であった。
比較例22は、鋼材のMn量が本発明の規定値以上で鋼材の炭素当量が高く、Hv(WM)/Hv(BM)の値が本発明の規定値以下であり、溶接金属中の酸素量も低かったため、粒径0.1〜2μm未満の酸化物個数が本発明の規定値以下となり、溶接金属部及びFL部ともδc値は不十分であった。
【0056】
比較例23は、鋼材のTi量が本発明の規定値以下であり、溶接金属中の酸素量も低かったため、粒径0.1〜2μm未満の酸化物個数が本発明の規定値以下となり、溶接金属部及びFL部ともδc値は不十分であった。
比較例24は、鋼材のAl量が本発明の規定値以上であるため、溶接金属中の酸素量が十分であるにもかかわらず、粒径0.1〜2μmの酸化物個数が本発明の規定値以下で、粒径2μm以上の酸化物個数が本発明の規定値以上であるため、溶接金属部及びFL部ともδc値は不十分であった。
【0057】
【表2】

【0058】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、高強度でかつ板厚の大きい高強度鋼板の大入熱溶接継手において、万一、溶接欠陥が存在したり、疲労亀裂が発生、成長しても、脆性破壊が発生し難いので、溶接構造体が破壊するような致命的な損傷、損壊を防止することができる。
よって、本発明は、溶接構造体の安全性を顕著に高めるという顕著な効果を奏し、産業上の利用価値の高い発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.04〜0.2%、Mn:0.8〜2.5%、S:0.0005〜0.0025%、Al:0.02%未満、Ti:0.01〜0.05%を含有する鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、
該溶接継手の溶接金属中に含まれるOの量が20〜250ppmであり、粒径2.0μm以上の酸化物の量が10個/mm以下であることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手。
【請求項2】
質量%で、C:0.04〜0.2%、Mn:0.8〜2.5%、S:0.0005〜0.0025%、Al:0.02%未満、Ti:0.01〜0.05%を含有する鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、
該溶接継手の溶接金属中に含まれるOの量が20〜250ppmであり、粒径2.0μm以上の酸化物の量が10個/mm以下であるとともに、粒径0.1μm以上2.0μm未満のTi酸化物の量が30〜600個/mmであることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手。
【請求項3】
溶接金属部の硬さが母材部の硬さの110%超220%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手。
【請求項4】
前記溶接構造体が板厚50mm超の鋼板を突合せ溶接したものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の耐脆性破壊発生特性に優れた溶接継手。

【公開番号】特開2008−87031(P2008−87031A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−270975(P2006−270975)
【出願日】平成18年10月2日(2006.10.2)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】