説明

耐遅れ破壊性に優れた引張強度1180MPa以上を有する高強度鋼板

【課題】耐遅れ破壊特性に優れた鋼板、特に、主として自動車分野および建材分野に用いる強度部材として好適な、耐遅れ破壊特性に優れた、引張り強度1180MPa以上を有する高張力鋼板を提供する。
【解決手段】
鋼板表面に、金属Sn量として10mg/m以上2000mg/m以下のSnまたはSnを主体とする合金を被覆したことを特徴とする引張強度が1180MPa以上である耐遅れ破壊性に優れためっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐遅れ破壊性に優れた鋼板に関するものである。より詳しくは、主として自動車分野および建材分野に用いる強度部材に適用される鋼板であって、耐遅れ破壊性に優れた鋼板、特に耐遅れ破壊性に優れた、引張強度1180MPa以上を有する高強度鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用鋼板には、板厚精度や平担度に関する要求から冷延鋼板が用いられているが、近年、自動車のCO排出量の低減及び安全性確保の観点から、自動車用鋼板の高強度化が図られている。
【0003】
しかしながら、鋼材の強度を高めていくと、「遅れ破壊」という現象が生じやすくなることが知られており、この「遅れ破壊」は鋼材強度の増大と共に著しく激しくなり、特に引張強度1180MPa以上の高強度鋼で顕著となる。なお、「遅れ破壊」とは、高強度鋼材が静的な負荷応力(引張り強さ以下の負荷応力)を受けた状態で、ある時間が経過したとき、外見上はほとんど塑性変形を伴うことなく、突然脆性的な破壊が生じる現象である。
【0004】
この「遅れ破壊」は、鋼板の場合、プレス加工により所定の形状に成形したときの残留応力と、応力集中部における鋼の水素脆性により生じるものであることが知られている。この水素脆性の原因となる水素は、ほとんどの場合、外部環境より鋼中に侵入、拡散した水素であると考えられており、代表的には、鋼板の腐食の際に発生した水素が鋼中に侵入、拡散したものである。
【0005】
高強度鋼板におけるこのような遅れ破壊を防止するために、例えば特許文献1では、鋼板の組織や成分を調整することにより、遅れ破壊感受性を弱める検討がなされている。しかしながら、この手法では、外部環境から鋼板内部へ侵入する水素量は変化しないため、遅れ破壊の発生を遅らせることは可能であるが、遅れ破壊自体を防止することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−231992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明は、上記のような従来技術における課題を解決し、主として自動車分野および建材分野に用いる強度部材として好適な、耐遅れ破壊性に優れた、引張強度1180MPa以上を有する高張力鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋼板内部に侵入する水素を抑制することにより、遅れ破壊を防止する手段に関し、鋭意検討および研究を重ねた。その結果、鋼板表面に少量のSnまたはSnを主体とする合金を被覆することにより、鋼板内部への水素侵入を大幅に抑制し、鋼板の遅れ破壊を抑制することが可能であることを見出した。
【0009】
本発明は、以上のような知見に基づきなされたものであり、その要旨は、鋼板表面に、金属Sn量として10mg/m以上2000mg/m以下のSnまたはSnを主体とする合金を被覆したことを特徴とする引張強度が1180MPa以上である耐遅れ破壊性に優れたSn系めっき鋼板である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、鋼板内部への水素の侵入を抑制し、遅れ破壊を効果的に防止することができる1180MPa以上の引張強度を有する高強度冷延鋼板を提供することができる。また、鋼板の腐食しろの削減による板厚減少が可能になるため、自動車分野、建材分野に適用する強度部材の重量削減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例の耐遅れ破壊性の評価に用いた評価用試験片の概略形状を示す側面図である。
【図2】実施例の複合サイクル腐食試験の工程を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明の耐遅れ破壊性に優れた鋼板の基質となる鋼板は、引張強度が1180MPa以上の鋼板である。引張強度が1180MPa以上であれば、その化学組成および鋼組織は特に限定されず、また圧延方法等についても特に限定されず、熱延鋼板、冷延鋼板のいずれでもよい。しかしながら、このうち、自動車分野や建材分野等において用いられる、特に自動車分野等において多く用いられる引張強度が1180MPa以上の高強度冷延鋼板が好ましく、引張強度が1340MPa以上の高強度冷延鋼板がさらに好ましい。引張強度が低い鋼板は、本質的に遅れ破壊が生じにくい。本発明の効果は、引張強度が低い鋼板でも発現されるが、引張強度が1180MPa以上の鋼板で顕著に発現され、引張強度が1340MPa以上の鋼板でより顕著に発現されるためである。
【0014】
本発明において好ましく用いられる高強度冷延鋼板は、所望の引張強度を有するものであれば、いかなる組成および組織を有するものでも良く、機械特性等の諸特性を向上させるために、例えば、C、Nなどの侵入型固溶元素およびSi、Mn、P、Crなどの置換型固溶元素の添加による固溶体強化、Ti、Nb、V、Alなどの炭・窒化物による析出強化、W、Zr、Hf、Co、B、Cu、希土類元素等の強化元素の添加などの化学組成的改質、再結晶の起こらない温度で回復焼きなましすることによる強化あるいは完全に再結晶させずに未再結晶領域を残す部分再結晶強化、ベイナイトやマルテンサイト単相化あるいはフェライトとこれら変態組織の複合組織化といった変態組織による強化、フェライト粒径をdとしたときのHall−Petchの式:σ=σ0+kd−1/2(式中σ:応力、σ0、k:材料定数)で表される細粒化強化、圧延などによる加工強化といった組織的ないし構造的改質を単独でまたは複数を組み合わせて行うことができる。
【0015】
このような高強度冷延鋼板の組成として、一例を挙げると、質量%で、C:0.1〜0.4%、Si:0〜2.5%、Mn:1〜3%、P:0〜0.05%、S:0〜0.005%および残部がFeおよび不可避的不純物であるもの、または更にCu、Ti、V、Al、Crなどを含むものを例示することができる。
【0016】
上記の引張強度を有する高強度冷延鋼板として商業的に入手可能なものとして、例えば、JFE−CA1180、JFE−CA1370、JFE−CA1470、JFE−CA1180SF、JFE−CA1180Y1、JFE−CA1180Y2(以上、JFEスチール株式会社製)、SAFC1180D(新日本製鐵株式会社製)等が例示できる。
【0017】
特に限定されるものではないが、本発明において基質となる鋼板の厚さは、0.8〜2.5mm程度が好ましく、より好ましくは1.2〜2.0mm程度である。
【0018】
本発明者らの研究および検討結果によれば、腐食過程における鋼板内部への水素侵入は、湿潤環境下におけるFe錆の酸化還元反応が大きく寄与していると考えられる。すなわち、水素侵入を抑制するためには、Fe錆を変化しにくい状態にするいわゆる「安定錆」を形成することが重要である。
【0019】
鋼にSnを添加すると、鋼材表層部に生じる腐食生成物中にSnが含有されることで安定錆を形成できるため、建材の鋼構造物などの用途では、耐候性鋼としてSn添加鋼が用いられている。しかしながら、鋼にSnを添加すると加工性が低下する。建材の鋼構造物などの用途は、加工が厳しくないため、Sn添加鋼を用いることができるが、例えば、自動車の強度部材のような加工が厳しい用途では、加工により鋼が割れやすくなるため、鋼成分としてSnを添加することは好ましくない。
【0020】
本発明は、引張強度が1180MPa以上である鋼板表面に、金属Sn量として10mg/m以上2000mg/m以下のSnまたはSnを主体とする合金を被覆する。
【0021】
鋼板表面に、10mg/m以上2000mg/m以下のSnを被覆すると、Snが鋼板表面に不連続に存在する皮膜、すなわち、Snが不連続に島状に存在する皮膜、あるいはSnが部分的に存在しないスポットが存在する皮膜、あるいはこれらが混在して存在する皮膜になる。鋼板表面に存在するSn皮膜が上記のようになると、外部の腐食環境下にFeとSnが曝されることになり、鋼材表層部に生じる腐食生成物中にSnが含有されることで安定錆が形成される。安定錆が形成されると腐食過程における鋼板内部への水素侵入が抑制される。また、FeとSnとの酸化還元電位差が大きいため、安定錆が形成されるまでの間は、Feがアノード、Snがカソードとなって電気化学的に腐食が生じ、水素はカソード領域であるSn側で発生するために、鋼材側への水素侵入が抑制される。
【0022】
Sn量が10mg/m未満になると、安定錆が形成されなくなるため、腐食過程における鋼板内部への水素侵入を抑制できず、耐遅れ破壊性が劣る。Sn量が2000mg/mを超えると、プレス加工時に、表面に形成したSn皮膜が剥れ、遅れ破壊を抑制する効果が得られなくなるだけでなく、自動車の強度部材製造における連続プレス時の欠陥となるため好ましくない。さらに上記のように外部の腐食環境下に曝されているFeの面積に比べ、Snの面積が広くなるため、孔食を生じやすく、腐食を促進することからも好ましくない。
【0023】
以上のように、鋼板表面に、金属Sn量として10mg/m以上2000mg/m以下のSnを被覆することで、安定錆が形成されるまでの間も、安定錆が形成されてからも、腐食過程における鋼板内部への水素侵入が抑制されることから、優れた耐遅れ破壊性が得られる。また、安定錆が形成されることで、鋼板の腐食しろ削減による板厚減少が可能になり、自動車分野、建材分野に適用する強度部材の重量削減が可能となる。より好ましい金属Sn量は、50mg/m以上300mg/m以下である。
【0024】
鋼板にSnめっきを施したSnめっき鋼板には、食品缶詰用途で主に使用される、いわゆるぶりきがある。この用途では、缶重量の低減のために鋼板の高強度化が行われているが、最も高強度の2回冷間圧延材DR10でも耐力は690MPaであり、この程度の耐力の鋼板では遅れ破壊の問題はない。また、ぶりきは、通常板厚は0.6mm以下である。
【0025】
鋼板上への被覆は、Sn単体のみならず、Snを主体とする合金であっても良い。Snを主体とする合金は、SnにFe、Co、Zn、Cr、Mn、Ni、およびMo等の1種または2種以上を、当該合金の20質量%以下で含有するものを指し、この範囲内のものであれば、本発明の効果を奏する。Snを主体とする合金を被覆する場合、Snを主体とする合金中のSn量を10mg/m以上2000mg/m以下とすればよい。
【0026】
SnまたはSnを主体とする合金を鋼材表面に被覆する方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法により実施することが可能であるが、例えば、電気めっき法、無電解めっき法、蒸着法等を用いることができる。
【0027】
上記のSnまたはSnを主体とする合金は、鋼板のいずれか一方の表面上のみに被覆したものでも、両方の表面上に被覆したものでも良い。
【0028】
基質として使用される鋼板の製造方法は特に限定されない。
【0029】
本発明の理解を容易とするために、例えば、冷延鋼板の表面にSnまたはSnを主体とする合金を被覆する場合における、製鋼からの一連のプロセスを、以下に一例を挙げて簡単に説明するが、基質となる鋼板の製造工程としては、もちろん以下の例示に限定されるものではない。
【0030】
所定の成分組成の鋼を溶製し、常法に従い連続鋳造でスラブとする。次いで、得られたスラブを加熱炉中で1100〜1300℃の温度で加熱し、750〜950℃の仕上げ温度で熱間圧延を行い、500〜650℃にて巻き取る。これに続いて酸洗後、圧下率30〜70%の冷間圧延を行う。その後、必要に応じて、常法に従い、アルカリまたはアルカリと界面活性剤およびキレート剤との混合溶液による洗浄、電解洗浄、温水洗浄、乾燥を行う清浄化処理を行った後、750〜900℃にて加熱処理し、急速冷却を行い、鋼板の引張強度の調整を行う。さらに必要に応じて、常法に従い伸長率0.01〜0.5%程度の調質圧延を行うことで所望の引張強度を有する冷延鋼板を得、このようにして得られた冷延鋼板表面に、電気めっき法、無電解めっき法、蒸着法等の方法にて、SnまたはSnを主体とする合金を、金属Sn量が10mg/m以上2000mg/m以下となるように被覆することにより、本発明の耐遅れ破壊性に優れた高強度冷延鋼板を得ることができる。
【0031】
なお、SnまたはSnを主体とする合金を冷延鋼板表上に被覆する場合に、めっき法、特に電気めっき法を用いた場合には、めっき処理時に鋼板およびSnまたはSnを主体とする合金皮膜中に水素が侵入するおそれがあるときは、必要に応じて、めっき処理後に、100〜300℃程度の温度でベーキング処理を施し、鋼板およびSnないしSnを主体とする合金皮膜中に侵入した水素を除去する処理を施しても良い。
【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
使用した供試材である鋼板の成分を表1に示す。厚さ1.5mmの冷延鋼板を用い、トルエンに浸漬して5分間超音波洗浄を行った後、二価錫イオン濃度:30g/L、フェノールスルホン酸濃度:5g/L(硫酸換算)、硫酸濃度:60g/Lの溶液を用い、電流密度30A/dmでSnめっきした。その際、電解時間を変化させることでSnめっき量を変化させた。鋼板上に付着したSnめっき量は、蛍光X線を用いて定量した検量板を用いて測定した。さらに、上記浴中に硫酸銅を銅濃度として4g/L添加しSn−Cu合金めっきした。また、比較対照として、めっき処理を行わなかった鋼板も用意した。鋼板の強度はめっきの有無に関わらず、1480MPaであった。
【0034】
以上のようにして得られた、Sn付着量が5mg/m(比較例1)、10mg/m(発明例1)、100mg/m(発明例2)、1000mg/m(発明例3)、3000mg/m(比較例2)の各Snめっき鋼板、Sn付着量が100mg/m(発明例4)のSn−Cuめっき鋼板、および、比較対照としてのめっき処理を行わなかった非めっき鋼板(比較例3)に対し、以下の評価を行った。なお、Sn−Cu合金めっきのCu含有率は、皮膜重量に対して20%であった。得られた結果を表2に示す。
【0035】
(1)加工性の評価
上記のSnめっき鋼板および非めっき鋼板をそれぞれ幅35mm×長さ100mmにせん断し、せん断時の残留応力を除去するために幅が30mmとなるまで研削加工を施し、試験片を作製した。次に、この試験片に対し、3点曲げ試験機を用い、180°曲げ加工を施し、加工性を評価した。曲げの曲率半径は4mmRで180°曲げ加工である。評価は、曲げ加工後にダンプロンテープ(「ダンプロン」は登録商標)を接着後、剥離を行い、そのテープを銅板に接着させた後に蛍光X線を用いてSn強度を測定し、Sn強度変化からめっき皮膜剥れ量を求め、以下の基準により評価した。
〇:めっき皮膜剥れなし。
△:めっき皮膜剥れ量がめっき皮膜量の5%未満。
×:めっき皮膜剥れ量がめっき皮膜量の5%以上。
【0036】
(2)耐遅れ破壊性の評価
上記(1)と同様にして研削加工を施して作製した試験片を曲率半径4mmRで180°曲げ加工して曲げ試験片1を作成し、図1に模示するように、曲げ試験片1を内側間隔が8mmとなるようにしてボルト2とナット3を用いて締結し、試験片形状を固定させ、耐遅れ破壊性評価用試験片を得た。このようにして作製した耐遅れ破壊性評価用試験片に対し、米国自動車技術会で定めたSAE J2334に規定された、乾燥・湿潤・塩水浸漬の工程からなる複合サイクル腐食試験(図2参照)を、最大80サイクルまで実施した。各サイクルの塩水浸漬の工程前に目視により割れの発生の有無を調査し、割れ発生サイクルを測定した。また、本試験は、各鋼板3検体ずつ実施し、その平均値をもって評価を行った。評価はサイクル数から、以下の基準により評価した。
〇:70サイクル以上
△:30サイクル以上70サイクル未満
×:30サイクル未満
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
本発明範囲内のSnめっきを付着させた発明例1〜4はめっき皮膜剥れがなく、いずれも耐遅れ破壊性が良好な結果を示した。これに対して、Snめっき量が本発明範囲を下回る比較例1は、めっき処理を施さなかった比較例3と比較して、耐遅れ破壊性が若干向上する傾向を示したが、発明例1〜4に比べて耐遅れ破壊性が劣る結果となった。また、めっき量が本発明範囲を超える比較例2は、曲げ加工で皮膜の剥れが認められ、めっき処理を施さなかった比較例3よりも耐遅れ破壊性が若干低下する結果が得られた。また、Sn合金としてSn−Cuめっきを施した場合においても良好な耐遅れ破壊性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、遅れ破壊を抑制する高張力鋼板を提供でき、自動車分野や建材分野を中心に広範な分野で適用が可能となる。
【符号の説明】
【0041】
1 試験片
2 ボルト
3 ナット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面に、金属Sn量として10mg/m以上2000mg/m以下のSnまたはSnを主体とする合金を被覆したことを特徴とする引張強度が1180MPa以上である耐遅れ破壊性に優れためっき鋼板。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−208247(P2011−208247A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−78508(P2010−78508)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】